仮面ライダーAP


 

第1話 シェードの残影

 夜の帳が下り、艶やかなネオンが煌めきを放つ夜の東京。その一角にある小さなバーで――とある一人の若いバーテンダーが、カウンターの上に設置されたテレビを眺めていた。

『相次ぐ、シェードの改造人間による襲撃事件は留まることを知りません。警察も自衛隊も、この神出鬼没の怪人達に対抗しうる術を見出せていない状況です』
『シェードと交戦している謎のヒーロー「仮面ライダー」を目撃した――という情報もありますが、依然としてその実態は明確にはされておりません』
『そもそも、仮面ライダーには本当に正義があるのでしょうか。被験者保護施設の関係者や人権団体からは、改造人間の生存権を著しく侵害する凶悪な連続殺人犯と、糾弾する声も上がっています』

 城南大学二年生、南雲(なぐも)サダト。20歳を迎えたばかりの彼は、テレビで絶えず報道されている物騒なニュースに、居心地の悪さを覚えていた。
 というのも、報道された事件現場がこの近くだからだ。

「……たくよぉ! 近頃の世の中は物騒過ぎらァな! ついこないだまで対テロ組織だなんだと担がれてたシェードが、今じゃ悪の秘密結社! 連中にいつ襲われるかわからねぇってんで、今じゃ若いねーちゃんも夜道をうろつかねぇ! 昔は会社帰りにナンパし放題だったのによォ!」
「お客さん、飲み過ぎですよ。もう直ぐ店じまいですし……」
「るせぇクソガキ! 誰のおかげでこのガラガラのオンボロバーに金が落ちてると思ってんだ、えぇ!?」

 4、50代のリーマンは飲んだくれながらサダトに八つ当たりし、赤い顔のままふらついていた。

「お客様。あまり飲み過ぎてはお身体に障りますよ。今日は、娘さんの誕生日でしょう? 早く帰って、安心させてあげてください」
「……ちっ、わぁったよ」

 だが、サダトの後ろから現れた白髪の老紳士に諭されると、罰が悪そうに立ち上がる。彼はそのまま会計を済ませると、よろめきながら店を出てしまった。

「すみません、オーナー……」
「いいんだ、サダト君。君が対応に困るのも無理は無い。何せ彼は、7年前のテレビ局占拠事件で、奥様をシェードに殺されているのだから……」
「……」
「――ゆえに今は、一人娘だけが拠り所なのだ。それでも、どうしても奥様のことを忘れられないでいる……。だから酒に溺れることで、現実から逃れて安らぎを得たいのだよ。……私に免じて、許してあげて欲しい」
「……別に。怒ってなんかいません。ただ、やるせないだけなんです」

 何もできないもどかしさ。客足の途絶えたこの小さなバーに、その感情だけが残されていた。

 ◆

 ネオンの光も届かない、穏やかな住宅街。輝きを失った夜空は、その闇を以てこの空を覆っている。

(シェード、か……)

 バイトから上がり、赤いレーサーバイクで帰路についていたサダトは、その中にある下宿先を目指して夜道を走っていた。

 馴染みの公園はすっかり闇夜に包まれ、設置されている照明だけが、そこを照らしていた。

 ――そこを越えた先にある曲がり角まで、いつものように向かった時だった。

(なっ……んだ!)

 ドタドタと深夜に忙しく響く足音。その音源に目を向けた先には――フードを深く被った厚着の少女を、迷彩服を纏う数人の軍人達が追いかけている光景があった。

 非日常極まりないその絵面の異常さだけに気を取られそうだったが――サダトは少女を追う軍人達の装備に目を移す。その見た目には、見覚えがあった。

(な、なんでシェードがこんなところに!)

 脳がそれを理解した瞬間、サダトは咄嗟に一刻も早く逃げようと、アクセルを踏み込もうとする――が。

「……くッ!」

 どうしても、それはできなかった。女の子を見捨てては逃げられない、というなけなしの理性が、恐怖という絶対的な本能に胃を唱えたのだ。

 彼はバイクをターンさせると、行き慣れた道を通じて軍人達の背後に回る。

「ぐわぁあ!?」
「く、邪魔者か!」

 そして後方から容赦無く、バイクによる体当たりを敢行した。だが、シェードの手先ともなればやはり改造人間であることは間違いないらしく――バイクの追突で吹き飛ばされたはずの彼らは、憤怒の表情で立ち上がってくる。

(化け物かこいつら! ――ちくしょうッ!)

 だが――サダトは恐れを振り切り、赤茶色のレザージャケットを翻してバイクから飛び降りる。そして、襲いくるシェードの刺客に強烈な突きや上段回し蹴り、裏拳を見舞った。
 それでダメージを受けてはいなかったが、予想外の反撃を受けた彼らは、警戒した表情でサダトを睨み付けた。

「貴様……何者だ」
「……少林寺拳法四段、テコンドー五段。なんだけど、まるで効いちゃいない……よな」

 手応えは確かにあった。普通の人間なら、間違いなく一発で病院送りにできるほどには。しかしシェードの軍人達には、まるで効き目がない。却って警戒させて、隙を狙えなくなってしまっていた。

「……乗って!」
「あ、あなたは……」
「話は後だ、急いで!」

 こんな怪物相手では、武闘派バーテンダーであるサダトでもどうにもならない。彼は足早にバイクに跨るとタンデムシートに少女を乗せ、緊急発進する。
 無論、シェードの軍人達は阻止しようとするのだが――それよりも先に体当たりを再び食らわされ、転倒させられたのだった。

 そして彼らがもう一度立ち上がる頃には――二人の男女を乗せたバイクは、夜の闇に消え去っていた。

「あの男……」
「……ドゥルジ様に報告しろ。新しい『素体』になり得る」

 

 

第2話 エリュシオン星から愛を込めて

「……今の話、本当なのか?」
「信じ難いのも、無理はありません。信じられない、と仰るならば、それもやむを得ないでしょう。それでも私は、これか真実であると言わざるを得ないのです」

 シェードの追っ手を振り切ったサダトと少女は、彼の下宿先であるボロアパートに身を寄せていた。
 その六畳間の狭い部屋の中、ちゃぶ台を挟んで向き合う二人は、この場に似つかわしくないほどにスケールの広い話をしている。

 彼女がサダトに語った話によると。
 アウラと名乗ったこの少女は――なんと、遠い外宇宙からやってきた異星人「エリュシオン星人」なのだという。
 シェードによって改造人間にされ、人間に戻れなくなった人々を救う為、自らの意思で地球に訪れたのだそうだ。

 ――シェードと言えば、かつては対テロ組織として活躍し、精鋭中の精鋭と目されていた特殊部隊。

 しかし、ある時にその実力と成果が「人体改造」「洗脳手術」という非人道的行為の賜物だという事実が発覚し、組織は解散。

 統率者だった人物・徳川清山(とくがわせいざん)も投獄されてしまったという。

 だが7年前、その解散したはずのシェードが、テレビ局を占拠して、人質と徳川清山の交換を要求する事件が起きたのだ。

 その件は、シェード内で起きた内紛と思しき、改造人間同士の乱闘によって鎮静したが、彼らの再来は世間を震撼させるには充分過ぎるほどだった。

 さらに、シェードの非人道的行為が発覚した後も、すでに改造された被験者達は人間に戻れなくなった苦しみに苛まれ、社会問題にもなっている。
 ――彼女は、そんな被験者達を生身の人間に戻すために、はるばる宇宙から来たのだというのだ。

「……そういえば。アメリカやロシアにいた被験者が奇跡的に生身に戻った、なんてニュースが半年くらい前にあったっけ。あれも、君が?」
「はい。あの人達には再改造手術に成功したということにして、私のことを秘密にして頂いているんです。私の力が明るみに出れば、良くないことに利用されたりするでしょうから」
「……そういうことなら、シェードに狙われることにも説明がつく。向こうからしたら、せっかく手塩にかけて改造した被験者なのに、人間に戻されたりしたら全部の水の泡だもんな」
「えぇ。……まだメディアには知られていませんが、彼らにはばれてしまったようで――あのように、追われるようになったのです」

 そこまで語ると、彼女はフードを取り――艶やかな黒髪のボブカットを靡かせ、その美貌を露わにする。

 雪のように白い柔肌。くびれた腰に反して豊満に飛び出た胸に、むっちりとした臀部から太腿にかけての滑らかなライン。淡い桜色の唇に、大きく碧く煌めく瞳。
 確かに、異星人と言われると思わず信じてしまいそうな――おおよそ天然の地球人とは比にならない絶対的な美貌の持ち主であった。サダトの胸元程度しかない身長から察するに、恐らく10代であるが、そのプロポーションは到底、少女と呼べるようなものではない。

 その美しさに、思わずサダトも息を飲むが――それを悟られまいと咳払いをして、平静を装う。

「……南雲様を、このような事態に巻き込んでしまったことには……もはや、弁明の余地もありません。――申し訳、ありませんでした」
「いいさ、別に。乗りかかった船ってやつだろ? こういうの。……さて、だったらなるべく外は出歩かない方がいいな。行く先が見つかるまでは、ここにいた方が安全かも知れない」

 そんな彼女は死刑を待つ囚人のように目を伏せていたのだが――この場の空気に全くそぐわない、サダトの場違いな反応に思わず顔を上げてしまった。

「怒っては……おられないのですか? 私は、自分の勝手な都合であなた様を巻き込んで……!」
「君が追われてるのは、苦しんでる人を救ってきたから――正しいことをして来たからなんだろ? 正しい人を責めたくは、ない」
「……!」

 その言葉に、アウラは驚愕したように目を見開くと――潤む瞳を細め、口元を両手で覆う。感極まった自分の想いを、懸命に隠そうとして。
 だが彼女は、その思慕の情に嘘を付くことは出来なかった。

「よし、じゃあこうするか」
「……?」

 ふと、サダトは肘をちゃぶ台の上に乗せて、小指を立てた。その意図を察することが出来ず、アウラは小首をかしげる。

「南雲様、それは……?」
「んー、約束を守るためのおまじない、かな?」
「約束……」
「ああ。君のやることを信じる、っていう……約束」
「……」

 その目的と意義を知り、異星の姫君はほんのりと白い頬を染めて――サダトの向かいに座り、自分の小指を絡めた。

「南雲様……」
「ん?」
「私、私……出逢えた人が、あなたで良かった……」
「……そうか」

 それは、単なるおまじない。

 だが、知る者も頼る者もいないまま、孤独に救済の旅路を歩んできた彼女にとって――小指から伝わるサダトの体温は、かけがえのない温もりとなっていた。


 ……時は2016年。
 人間の尊厳を顧みない悪の組織と、孤独な愛の戦士の戦いが幕を開けて、7年が過ぎようとしていた……。
 
 

 
後書き
※エリュシオン星人
 成井紀郎先生が執筆された漫画版ストロンガー「決死戦7人ライダー」に登場。デルザー軍団やショッカーの黒幕である「タルタロス星人」に滅ぼされた惑星の生き残りであり、作中では科学者として働かされていた。
 大首領と相討ちになった7人ライダーを緊急手術で救い、元の人間に戻した。改造人間を生身に戻すことができる、希少な存在である。
 G本編から7年後であることから、7号ライダー「ストロンガー」に因み、この設定を採用。 

 

第3話 迫る闇

 場所は変わり、地下深くに位置する、とある場所。

 天井からは水滴が滴り、コンクリートの床には、所々に水溜まりがある。

 あちこちを蝙蝠が飛び回り、周囲には不気味な機械類が散乱していた。

「データの最終調整を始める」

 一筋の光明さえ差さない暗黒の空間に、一人の男のしゃがれた声が響き渡る。

 それを合図に、地べたを駆け回る鼠を踏み潰し、何人かの白衣の男達が、黙々と機械へ向かう。

「人工筋肉、及びパワーソースの最終データチェック完了」
「特殊装甲……及び固定兵器の最終データチェック完了。全てのデータチェック、完了しました」

 まるで機械の一部であるかの如く、白衣の男達は黙々と各々の作業をこなしていく。

 一糸も乱れぬその動きで作業が終了すると、指揮を執っていたと思しき男が、声を張り上げる。

「よし――事前データは完璧だ。『食前酒計画(アペリティフけいかく)』の完成の日は近いぞ」

 下卑た笑いを浮かべる彼の下に、作業を終えた一人の若い白衣の男が歩み寄る。

「No.5の基礎データを基に設計された量産型を配置し、それを前座として奴にぶつける。そして、弱った所を……!」

 刹那、若い男の体から一筋の光が放たれ、異形の怪人に変貌する。
 人体模型のような風貌を持つその全身は、毒々しい粘液で覆われており――彼の足が地に触れる度、びちゃりびちゃりと粘つく音が響き渡っていた。

「この私……エチレングリコール怪人が一網打尽に! 完璧な作戦ですね」
「うむ。あとは被験体の調達のみだ」

 統率者らしき男は、コンピュータに表示された数値データを眺めて腕を組むと、眉間に皺を寄せる。

 被験体の調達。一番の問題はそこだった。

「7年前の織田大道(おだだいどう)の失態のおかげで、我々は貴重な被験体を大勢失っているのだからな。手当たり次第に捕縛するほかないが……」

「隊長、ご安心を」

 彼の傍にひざまづき、異形の怪人はニヤリと笑う。

「大義ある『食前酒計画』。その被験体のうちの一人は、既に目星を付けております。他の候補も、必ずやこの私が手に入れてご覧に入れましょう……」
「ほう……? 楽しみにしているぞ……わが同胞よ。して、あのエリュシオン星人の方はどうなっておる? 抹殺には成功したか?」

 男を見上げる怪人は、さらに粘つくような下卑た笑みで口元を吊り上げ、言葉を紡ぐ。

「いいえ。あの娘は捕縛し、こちらで管理することとしました」
「なんだと? なぜそんなことをする必要がある。あの娘は危険だ、生かしておけば次々と我々の作品を台無しにされてしまうのだぞ!」
「ええ、無論その通りです。しかし、脅威となるのは野放しであれば――という話です。我々の手中に収めれば、これ以上ない便利な『道具』になるでしょう」
「なに……?」
「あの娘は改造人間を生身に戻してしまう。それは裏を返せば改造手術に失敗しても、被験者が死ぬ前に元に戻せる、ということです」
「ほう……」
「ならば丈夫で新しい被験者を探す手間が省ける上、トライ&エラーを繰り返し、より精強な怪人を創り出せるようにもなりましょう。それに何と言っても――奴は女。我々の手で、改造人間を元に戻せる『道具』を量産する『母体』に調教すれば……」
「ククク、なるほど……。聞けばあの娘、なかなかに見目麗しい女だという話ではないか。我が配下の野獣共も、さぞ喜ぶだろう……。いいだろう、ドゥルジ。お前の望むようにやって見せろ」
「はい……フフフ……」
 
 

 
後書き
※エチレングリコール
 粘り気のある無色透明の液体。トラクターや自動車などの不凍液として主に利用されている物質であり、消防法により危険物の一つに指定されている。
 毒性がある物質であり、1980年代にワインに甘味を出すために使用され、問題になった。
 

 

第4話 束の間の……

 南雲サダトとアウラの出会いから、数週間。

 サダトの部屋に匿われた彼女は、彼がバイトや大学で家を空けている間の家事や炊事を行い、部屋主の帰りを待つ日々を送っていた。
 一方。サダトは彼女の分の生活費を稼ぐべく、バイトをさらに増やしている。移動先の目処が立たないうちは、彼女を外に出すわけにはいかないからだ。バイトさせるなど、以ての外である。

(でも、これってまるで……や、やだ。何考えてるの、私……)

 そんな暮らしが続く中で、アウラは今の自分の姿を思い返し――妄想を繰り返しては、罪悪感に沈んでいた。こんな状況だというのに、心のどこかで幸せを覚えている自分がいたからだ。

(これってなんか……い、いや考えちゃダメだ俺。あの子は16歳なんだぞ。エリュシオン星じゃ成人扱いらしいが、こっちの基準で言えば高校一年生だ。犯罪だ)

 同じ頃。サダトも大学の講義がまるで頭に入らず、悶々としていることも知らずに。
 
 ――その夜。いつものように、勤め先でのバーで一仕事を終えた彼が、黒い制服からレザージャケットに着替えていると。

「サダト君。最近、いつもよりシフトが多いね。買いたいものでもあるのかな?」
「……え、えっとまぁ……そんなところです」

 オーナーである老紳士が、目を細めて尋ねてくる。視線を逸らし、歯切れの悪い返答しかしないサダトに、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

「――そうか、恋人か。君もなかなか隅に置けないな。その顔立ちで、今までいなかったという方が不思議なものだが」
「え……い、いや、ち、ちがっ……!」
「ふふ、無理に否定することはない。大切にしてあげなさい」
「いや、だから……も、もういいです! お疲れ様でした!」
「ご苦労様。ふふふ」

 本当のことを話せないサダトに対し、老紳士は当たりとも外れとも言い切れない指摘を送る。そんな彼の言葉を否定することに踏み切れず、サダトは喚くように声を上げてバーを後にした。
 その背中を微笑ましげに見つめる老紳士の視線を、振り切るように。

 ――癖がある一方で、艶のある黒い髪。整った目鼻立ちに、強い意思を宿した眼差し。いわゆる細マッチョという体格で、姿勢もいい。
 それだけの容姿を備えていて今まで彼女がいなかったのは、ひとえに恋愛に奥手なその性格が原因であり――そこが最大のコンプレックスでもあったのだ。

 ◆

「……ったく、あの人は全く……」

 ネオンが煌めく町を抜け、静かな住宅街へと進んでいくサダトのバイクは――わざと遠回りを繰り返しながら、下宿先のボロアパートを目指していた。帰りの途中でシェードに発見されても、すぐに住処がバレるようなことにならないためだ。
 遅かれ早かれ暴かれるとしても、ある程度時間を稼げば、アウラだけは逃がすこともできる。彼女は改造人間にされた人々を救える、唯一の希望だ。絶対に守らねばならない。

(……!?)

 その思いを新たにした時。得体の知れない気配の数々が、サダトの第六感に警鐘を鳴らした。その殺気を後方に察知した彼は、素早くハンドルを切ると進路を変え、自宅から遠ざかって行く。
 彼の行方を追う数台のバイクは、彼の背をライトで照らしながら、付かず離れずといった距離で彼を追跡する。

(来たな……!)

 そんな追っ手を一瞥したサダトは、行き慣れた狭い道を駆け抜け、林の中へ入り込んで行く。無理に追おうとしたそのうちの何台かは、そこで木にぶつかったりバランスを崩したりして、次々と転倒してしまった。
 狙い通りに撒いていけている。その光景から、そう確信していたサダトの前に――

「遊びは終わりだ、小僧」
「……ッ!?」

 ――悍ましい風貌を持つ怪人が、全身から粘液を滴らせ、正面から待ち構えていた。舗装されていない林の中で、相手が待ち伏せていたことに驚愕する余り――サダトは声を上げることすら出来なかった。
 そして――瞬く間にバイクを片手でなぎ倒され、サダト自身も吹き飛ばされてしまう。

「うわぁぁああぁあッ!?」

 舞い上がる身体。回転していく視界。その現象と身体に伝わる衝撃に意識を刈り取られ、サダトは力無く地に倒れ伏した。
 彼を見下ろす人体模型は――口元を歪に釣り上げ、ほくそ笑む。

「ようこそ――シェードへ」




 ――しばらく時が過ぎ。かつて青年がいた場所に彼の姿は見えず、彼の私物であるオートバイだけが残されていた。

 そして、そこにもう一台の、純白のカラーが眩しいオートバイを駆る男が訪れる。

 彼はヘルメットを外し、今や無人となったそのレーサーバイクを眺めていた。

「遅かったか……!」

 口惜しげに苦虫を噛んだ表情で、青年はバイクに駆け寄る。
 そのバイクのすぐ傍に、木の葉や草が何かに溶かされた跡があった。

 自然のものとは思えない、その痕跡。それと倒れたオートバイを交互に見遣る男は、眉を顰める。

「これは……」

 そして素早く立ち上がると――自身の愛車に跨り、弾かれるように走り出して行った。

「シェードの仕業に違いない……無事であればいいが……!」

 時は一刻を争う。彼の表情が、そう語っていた。白いジャケットを纏うその男はさらに
愛車を加速させていく。

「また一つ、尊い命が奪われようとしている……許すわけには行かない!」
 

 

第5話 愛するために

 南雲サダトの突然の失踪から、数日。

 行方をくらましたまま、一向に帰ってこない彼の行方を案じるアウラは、窓から見える町並みを覗き続けていた。
 もしかしたら、ひょっこり姿が見えるのではないか。そんな、淡い期待を抱いて。

「南雲、様……」

 だが、彼が期待通りに現われることはなかった。そして――その理由は容易に想像がつく。

「やはり、シェードに……なら、それは私の……」

 シェードに狙われていた自分を庇った。標的にされる理由など、それだけで十分過ぎる。そして、そこから来る自責の念が、彼女の心を大きく揺るがした。

(私が、あの人を……)

 いくら外を覗いても、待ち続けても。彼は帰ってこない。その現実に打ちのめされたように、アウラは膝から崩れ落ちていく。
 それほどまでに、彼女にとっては大きいのだ。南雲サダトという男の存在は。

(……故郷から、この星の人々を改造人間の哀しみから救うべくやって来て、半年。この日本に来るまで、私は何人もの被験者達を治療してきた。けど……)

 ――アウラはこれまで、世界中を巡り改造手術の被験者にされた元構成員達を、何人も救ってきた。……だが、それで必ずしも誰もが幸せになれたわけではない。

 むしろ人間に戻ったせいで、一度社会から追放された者は生き抜くための武器を失い、野垂れ死んだケースもある。治療が原因でシェードに存在を知られた彼女の巻き添えで、人間に戻って間も無く殺されたケースもある。

 そんな彼女に向かう、遺族の罵声。怨み。嘆き。その全てを背負ってなお、彼女は治療を投げ出さなかった。ここで立ち止まれば、その時こそ犠牲になった命が無駄になってしまうのだと。

 それでも。たった一人で背負うには、その罪は重過ぎた。
 だから彼女は、味方も作らず無謀も承知で、わざわざシェードの本拠地がある日本に来たのだ。彼らに捕まり、殺されるならそれもいい――と、半ば投げやりに己の命を軽んじて。
 そうすることで、自分の罪を清算しようと。

 ――だが。
 それを許さない者がいた。

 シェードに追われ、いよいよかと覚悟を決めようとした自分を、身を呈して守り抜いた青年は――罪に塗れているはずの自分を、こともあろうに「正しい」と言ってのけたのだ。

 そんな資格はない、と頭では理解していながら。自分には勿体無いとわかったつもりでいながら。それでも心のどこかで、狂おしく求め続けていた言葉が――アウラという少女の心を、溶かしてしまったのだ。
 もう――この人なしではこの星で生きられないと。

 それほどまでに想う相手が、自分が原因で危険に晒されてしまった。その胸の痛みは、あらゆる痛みに勝る責め苦となり、彼女を締め付けている。
 ――そして。その痛みが。

(助け出さなくては……南雲様を、なんとしても!)

 愛する男との約束を破ってでも、捜索に向かう決断に踏み切らせたのだった。彼女は「家を出るな」というサダトの言いつけを破ると、勢いよくアパートを飛び出し、東京の街へと繰り出して行った。

 絶世の美貌を持つ彼女は、道行く人々の視線を一身に惹きつけ、時として色欲に塗れた男達に声を掛けられることもあった。
 だが、それら全てをかわす彼女は、一心不乱にとある場所を目指す。――彼女の胸中には、心当たりがあったのだ。

 ――それはかつて。No.5と呼ばれた改造人間と、7年前のテレビ局占拠事件の首謀者との決戦が行われた廃墟。
 そして今は、シェード残党が潜伏するアジトにもなっている。

 都会から程よく離れた地点であり、遮蔽物が多く入り組んだ構造でもあるため、彼らにとっては絶好の潜伏先なのだ。

 「仮面ライダー」と呼ばれているNo.5により、7年に渡る戦いで世界各地のアジトを潰された彼らは今、居場所を求めてこの場に集まっている。
 アウラは改造人間が持つ独特の脳波を感知し、その気配が集まる場所を特定していたのだ。

 人気がまるでない、僻地の廃墟。そこにいるだけで孤独感に押し潰されてしまいそうな、その魔境に足を踏み入れた彼女は――神経を研ぎ澄まし、怪人達の居所を追う。

(失踪から数日が経っていても、南雲様の御遺体は発見されていない。シェードが人手不足になっているという点を考慮するなら、改造人間にするために誘拐されたという線が強い。……なら、今もこのアジトに囚われているはず!)

 サダトの脳波を探し出そうと、アウラは瞼を閉じ、さらに感覚を鋭利なものにしていく。――その時。彼女の足元に砂利の坂から小さな瓦礫が転がって来た。

「……!」

 小さな埃が舞い散り、アウラは顔を守るようにそれを振り払う。

 ――刹那。禍々しい気配が、少女の第六感に轟いた。

 瓦礫が転がる坂の上にいる「何か」を見上げた彼女は、恐怖に屈しまいと唇を噛み締める。

「……!」

 彼女の眼前の先。

「……まさか貴様の方から、のこのこと来てくれたとはな。――エリュシオン星人よ」
「――シェードの改造人間っ!」

 そこには、シェードによってその身を改造された異形の怪人が佇んでいたのだ。

 青白い筋肉組織のようなものを剥き出した、人体模型を思わせる悍ましい姿。

 更に、その全身を得体の知れない、無色の粘液が覆っている。
 彼が一歩踏み出すたびに、べちゃり、という音が立つ。

 シェードの刺客……エチレングリコール怪人だ。

「さぁて……孕んでもらおうか、俺の子を!」
「――お断りよ!」
 

 

第6話 仮面の戦士

 怪人はアウラに覆い被さらんと、駆け出した。そんな悍ましい怪物の猛威に怯むことなく、アウラは持ち込んでいた煙幕で姿をくらます。

 だが、エチレングリコール怪人は諦めることなく、彼女を探し回る。びちゃりびちゃりという音が、ますます激しくなっていった。

 やがて煙幕を抜け出し、獣欲に爛れた瞳でアウラを見据え、執拗に付け狙うエチレングリコール怪人。

「ふふふ、くはははは!」
「くッ……!」

 狂うように笑いながら、あっさりと彼女に追いついてしまった彼は――彼女の柔肌を手に入れようと、その手をゆらりと伸ばし……。

「はああっ!」
「ぐおっ――ぁあぁぁあッ!?」


 突如、コンクリートの壁をぶちやぶり現れた――もう一人の異形の者に、跳ね飛ばされてしまった。
 白く輝くバイクの体当たりを受けたエチレングリコール怪人は、その身を激しく吹き飛ばされていく。

「ぐぬぅッ!?」

 自らを覆う粘液を撒き散らしながら、彼の体はぐちゃりとコンクリートの床にたたき付けられてしまう。

 粘液の存在が多少は衝撃を緩和したようだが、それだけでダメージが無くなるわけではない。

 痛む箇所を押さえながら、粘液を纏う怪人は、颯爽と現れ、自らを襲った人物を睨み据える。同時に、アウラは自分を救った仮面の戦士に目を奪われていた。

「遂に現れたな……!」
「あ……あな、たは……!」

 純白のオフロードバイク。

 赤と黒の配色を持つ、シャープなスタイル。

 左足に伸びる真紅のライン。

 金色に煌めく大きな複眼。

 バックルに納められた、一つのワインボトル。

 そして――胸と複眼に輝く「G」の意匠。


 シェードが最も恐れ、最も危惧すべき戦士――「仮面ライダーG」。その凛々しくも雄々しい姿が日の光を後光にして、まばゆい輝きを放つ。

「あの事件から7年。よくもこれまでのうのうと生きて来たものだ! 我々の相手をしながら……」

 息を荒立てるエチレングリコール怪人を尻目に、Gは悠然とバイクを降りる。

 ――そこには、確かな歴戦の貫禄があった。

 静かな足取りで、ある程度の距離まで近づくと、彼はようやく重い口を開く。

「どこまでも生きていけるさ。この世界を守ると、約束したのだから。彼らと――彼女と」

 孤独な愛の戦士の脳裏に、7年前の戦いが蘇る。

 テレビ局での、かつての恋人だった日向恵理(ひなたえり)との運命の再会。
 思い出のワイン。洗脳からの解放。
 彼女を守る決意。裏切り者の烙印。
 隊長格の織田大道(おだだいどう)との死闘。

 そして、10人の仮面ライダーとの出会いと、激励。

 あれから7年間。洗脳されていた時の犯行声明が原因で社会からも迫害された彼は、たった独りでシェードの刺客と戦い続けていた。

 ――恐れはなかった。
 愛する者を守る事、それだけがGを戦いへと突き動かしていたからだ。

「人間社会は改造人間を受け入れない。そして我々は裏切り者を受け入れない! 貴様の行く末に、安住の地などないのだ!」

「安住の地なら、ある。彼女という、安住の地が」

 Gは語る口を止めることなく、拳を握り締める。これから始まる戦いに、己を奮い立たせるために。

「その安住の地を守る為に、僕は貴様達に立ち向かって来た。これまでも――これからも」

 Gはエチレングリコール怪人と真っ向から向き合い、握り締めた拳を構える。しかし、怪人に怯みは無い。

「馬鹿め! 私の体は猛毒の粘液で満たされている! さっきはバイクでの追突だったから通じなかっただけ……直に触れれば貴様とて!」
「なら――触れなければいいんだろう?」

 言うが早いか、Gの胸のプロテクターから、同じ形の物体が現れた。
 それは彼の右手に渡り、掌中に収まると同時に、先端にソムリエナイフを思わせる刃が出現した。

「し、しまっ――!」

 まばゆく閃くGの剣が、凄まじい勢いでエチレングリコール怪人に向かって行く。一切の隙を与えない、電光石火の連続攻撃。
 7年間に渡る実戦経験の賜物である、その剣技を前に――怪人は防戦を強いられた。

「うっ、ぐうっ!」

 後ずさりするしかない。怪人に焦燥が走る。

 反撃しようと踏み込めば、間違いなくそこから生まれる僅かな隙を狙われ、切り裂かれてしまうだろう。
 防御するために突き出した彼の両腕からは、激しく火花が飛び散り続けていた。

 一方で、Gも攻撃を緩めるつもりは全くなく、流麗かつ素早い剣捌きでエチレングリコール怪人を圧倒する。

「――ハッ!」

 そして、連続攻撃の末に繰り出された、大きく振りかぶった一撃。

「グギャアァアッ!」

 それを浴びた怪人は、容赦なく吹き飛び、再び地を転げ回った。毒性の粘液を撒き散らし、怪人は二度に渡って襲い来る痛みにのたうちまわる。
 鮮やかな身のこなしで武器を操るGとは対照的だ。

「これ以上は無駄な事。早々に諦め、降伏することだ。幸い、ここに改造人間を人間に戻せる姫君もいる」
「――!? ど、どうして私のことを……!」
「シェードのヨーロッパ支部と戦っている最中、奴らの情報網から君のことを偶然知ったんだ。……まさか、日本に来ているとは思わなかったが」
「……」
「――さあ。貴様も改造人間としての役目を捨て、人間に立ち戻れ。僕も、不要な争いはしたくない」

 先刻の滑らかな動きからは想像のつかないような毅然な姿勢で、Gは怪人に降伏を勧告する。だが、エチレングリコール怪人は降参の意を示さない。
 痛みに苦しみながらも、Gの威圧に屈する様子が見られないのだ。

「……流石だ。7年間に渡り、我々を翻弄し続けて来ただけの事はある」

 ひび割れたコンクリート壁に寄り掛かりながら、粘液を纏う怪人は立ち上がる。

「だが――その7年間という月日は、我々に貴様の様々なデータを残していったのだ」

「僕の……データだと?」

 自分の情報が話に関わっていると知り、Gはマスク越しに顔をしかめる。

「そうだ! 我が食前酒計画の真髄、心行くまで堪能していただく。行け、APソルジャー!」

 その時。

 Gは己の背後に凍てつくような殺気を感じた。

「っ!」

 後ろにいる――敵が!

 咄嗟の判断で水平に身をかわす。

 すると、さっきまで彼が立っていた場所に、謎の五人衆が舞い降りて来た。

「メインディッシュは、最後まで取っておくもの。まずは前置きから楽しんでいただかなくてはな!」
 

 

第7話 目覚める魂

 エチレングリコール怪人は、自らがAPソルジャーと呼ぶ五人衆がやって来ると、物影に隠れていたアウラに目を向ける。

「……丁度いい。人類の希望たる仮面ライダーを粉砕し、その眼を絶望に染め上げてから――貴様を頂くことにしよう」
「さ……させないわ! 南雲様を返して貰うまでは……!」
「ククク。やはり、狙いは南雲サダトか。ならば、さらなる絶望に沈むがいい」
「なんですって……!」

 エチレングリコール怪人の真意を問い詰めようと、アウラは物陰から身を乗り出すように立ち上がる。――が、その瞬間に怪人は全身を粘液に溶かし、姿を消してしまっていた。

(さらなる絶望……一体何を――!?)

 怪人が残した言葉に言い知れぬ不安を感じて、アウラは戦いに目を移す。――その時。彼女の眼に、ある一人のAPソルジャーが留まる。

 他の4人と共に、Gを攻め立てるその兵士に――あの夜、自分を助けようとシェードに立ち向かった青年の、勇ましい後ろ姿が重なったのだ。

 そんな馬鹿な、と思えば思うほど。仕草や足運びが似通った、そのAPソルジャーは――少女の視線を捉えて離さない。

(ま、まさか、そんな……!)

「くッ!」

(……あっ!?)

 その瞬間。Gの上げた声に、アウラの意識はAPソルジャーからGの戦いへと引き戻される。

「……!」

 突如現れた五人衆の襲撃を受けて、窮地に陥るGの姿に彼女は思わず口を覆う。Gは、自分を襲う五人衆――APソルジャー達に戸惑うばかりだ。

 なぜなら――ボディの配色といい、顔の造形といい、どれをとってもGと瓜二つの風貌だからだ。
 だが、違う点もある。複眼を囲う部分はaの形をしており、胸のプロテクターはpの字を象っている。

「僕の戦闘データで、僕の模造品を作り上げたというのか……!」

 敵ながら、優秀な性能を発揮しているGのデータを基に量産型を生産し、それを差し向ける事でGを物理的に圧倒する、食前酒計画。APソルジャーの名も、食前酒の英訳の綴りから来ているのだろう。

 Gはシェードのなりふり構わぬやり方に、さらに拳を震わせる。
 ――しかし、今は彼らをなんとかすることが先決だ。

 いつの間にか姿を消している粘液を纏う怪人も、探し出さなくてはならない。

 ――すると、APソルジャー達の胸にあるP字型のプロテクターから、それと同じ形状のアイテムが現れ、各々の手に渡った。

(まさか……剣まで再現しているのか)

 最悪の展開を想定し、Gは自らの得物を構える。

 五人衆の手に収められたp字型のアイテムは、その先端に鋭利な刃を出現させた。
 APソルジャー専用武器「APナイフ」だ。

「うおおおっ!」

 凄まじい叫びと共に、五人の猛者は己の剣を振りかざし、孤高の裏切り者に群がっていく。

「ちッ……!」

 Gも懸命に剣で応戦する。戦闘経験においても改造人間としての性能においても、GはAPソルジャーより遥かに優れているだろう。

 だが、1対5という構図になると、それだけでどちらが勝つかを明瞭にすることは難しい。
 APナイフは、Gの剣よりリーチは短く、刃の硬度も劣る。しかし、5人という数は、そのスペックの差を大きくカバーしていたのだった。

「……食前酒でこの強さとは、恐れ入る」

 量産された模造品とはいえ、そのモデルは長きに渡りシェードを苦しめて来た仮面ライダーG。一体一体が、オリジナルに及ばずながらもそれなりの性能を持っている事には違いない。

 次から次へと襲い来るAPナイフの強襲。
 ひたすらそれを払いのけ、Gは防戦一方となっていた。

「……ぐッ!」

 そして、Gの防御をかい潜ったAPソルジャーの一撃が、裏切り者を遂に吹っ飛ばしてしまった。

「ああっ!」

 Gのやられる姿を前に、アウラは思わず声を上げてしまう。
 地面に転がるGの体。

「く……!」

 思わぬ強敵に追い詰められ、彼は短く苦悶の声を漏らす。

「これほど、だとはな……!」

 じりじりと自らのオリジナルに詰め寄ってくるAPソルジャー達。
 彼らの手にあるAPナイフの刀身が、ひび割れた天井から差し込む太陽の光で、妖しく輝く。

 とどめを刺してやる。その輝きが、そう叫んでいるようだった。

 やがて、五人衆は足元に倒れているGを包囲する。Gが見上げれば、そこには自分を見下ろす、自分とよく似た五つの顔があった。

 口を利かなくても解る。彼らが洗脳され、感情を閉ざされているということが。
 かつての自分自身が、そうだったように……。

 やがて、APソルジャー達は一斉に自らの持つ剣を振り上げる。これが、仮面ライダーGの最後。
 そう確信した悪の尖兵達が、刃を振り下ろす――瞬間。

「南雲……様ッ!」

 甲高い叫びが、廃墟一帯に響き渡る。その叫び声に、振りかざされたAPナイフを持つ手が――動きを変えた。

「……!?」

 Gはその叫びと自分の目に映る光景に、思わず言葉を失った。7年間戦ってきて、初めて見た光景だからだ。

 ――APソルジャーの1人が。振り下ろされた4本の剣を1人で受け止め、Gを守っているのだ。洗脳されているはずの改造人間が、少女の声一つで――自我を取り戻したというのか。
 他のAPソルジャー達も、想定外なイレギュラーの出現に驚いた様子であり、G共々硬直していた。

「ア、ウ……ラ……」

 その反逆した1人の兵士は。譫言のように少女の名を呼びながら、APナイフの刀身を震わせていた。
 他のAPソルジャー達とは明らかに違う、その個体の行動を目の当たりにしたGは――僅かな硬直を経て、再び動き出した。

「――ッ!」

 このチャンスを、逃さないために。

「……ハァアアッ!」

 4人が反逆者に気を取られている隙に剣を取り、自分を取り囲む彼らを一気に薙ぎ払ったのだ。

「ぐわぁあぁあッ!」

「ぎゃあぉぁッ!」

 APソルジャー達は次々に悲鳴を上げ、崩れ落ちる様に倒れていった。
 ただ一人――同胞達を裏切り、Gを救った個体を除いて。


「君達はカクテルかな? リキュールかな? いずれにせよ、食前酒の時間は終わりだ」

 しばらくすると、やがて彼らはその異形の姿から、かつて人間だった頃の姿を取り戻していくのだった。
 そして……Gは倒れ伏した4人の生存を確認したのち――自分が斬らなかった唯一のAPソルジャーを見遣る。彼もまた、無意識のうちに人間の姿に戻っていた。
 

 

第8話 たった独りでも

「ん……俺、は……」

 Gを救ったAPソルジャー。その殻の下には――南雲サダトの姿があったのだ。

「……! あ、あぁ……!」

 立ち尽くすサダトの姿を認め、アウラは涙を目に溜めて両膝を着く。

(私のせい……! 私のせいで、南雲様が……!)

 彼女にとっては、まさしく最悪な結果になっていた。自分と関わりを持ったこと――それ以外に、サダトが改造人間になってしまう理由など、考えつかなかった。

 できれば、そうあって欲しくはない。巻き込んでしまうことだけは避けたかった。そんな淡い願いさえ、現実は非情に打ち砕いてしまう。

「う、ああ……あ……!」

 零れ落ちる雫を、拭う余裕さえない。泣き叫んだつもりだったが、思った程の声が出てこない。罪悪感にうちひしがれた彼女の喉からは、声にならない叫びが僅かに漏れてくるのみだ。

 一方。Gに倒され変身が解けた他の4人も、はっきりと意識を取り戻そうとしていた。

「う……ん……」

「こ、ここは……」

 眠りから目覚めた彼らの瞳には、確かな生気が感じられる。考えられる結果は一つ。
 打ちのめされ変身を解かれたショックで、洗脳から解き放たれたのだろう。

 Gはその様子を静かに見守っていた。



「そうだ……俺は……あの時……」

「シェードに襲われ、て……」

 洗脳から解放された者達に待ち受けるのは、改造手術を受け、奪われていた記憶のフラッシュバック。

 人間として平和な日々を謳歌していた時代。シェードに囚われ、兵器の身体に成り果てた自分自身。
 ――全ての記憶が彼らに蘇り、五人衆は人間の心を取り戻した。

 呆然とした表情で、座ったままの彼らに、Gは優しく声を掛ける。

「洗脳から、解放されたようだな。もう、君達の心は君達だけの物だ」

 しかし、5人は全く反応がない。
 意識を取り戻してから、僅かに身を震わせるばかりだ。

「……記憶を取り戻したばかりだから無理もないか」

「お、俺達が……!」

「改造人間……!?」

 5人のうちの誰かが、恐怖と絶望に歪んだ表情で、口を開く。

 そこには、かつてGが記憶を取り戻した時に見せたような精悍な面持ちは、全く見られない。そこにあるのは、人間でなくなった者の悲哀だけだ。

「い、いやだ……」

「いやだぁぁああッ!」

 自分自身に起きた無情な現状に、彼らは泣き叫ぶ。

「俺は――もうすぐ結婚だったんだぞ!? 子供を持って、幸せな家庭を持って……!」

「なんで!? なんで俺達が!? 俺達が何をしたっていうんだよぉ!」

「返せよ! 返してくれよ俺の身体! 返せーッ!」

 異形の身体と人間の心の共存は、まさしく生き地獄だ。

 彼らはそばにいるGに泣き縋り、元に戻してくれと、涙ながらに懇願する。

 しかし、Gにそんな力がある筈がなく、シェードの科学力を以てしても、改造人間を人間に戻す事など不可能だろう。
 Gとしてはどうにか彼らの心を救いたかった。しかし、彼にはどうすることも出来ない。それが現実である。

 彼は唯一の希望であるアウラの方に目を向けるが――彼女は膝を着いて俯いたまま、動かない。どうやら、APソルジャーの中に知人がいたらしく、ショックに打ちひしがれているようだった。

(彼女が持ち直してくれる時を、待つしかないな……ん?)

 ふと、Gの目にある光景が留まる。
 5人の中で唯一、叫ぶことも嘆くこともしない者がいたのだ。

 彼は悲しみを表に出さず、自らの胸に閉じ込めているようだった。

 そう――かつての自分のように。



 その人物――南雲サダトは、自分の身に起きた現実を享受したまま、アウラの方を静かに見つめていた。

「……」

「あっ――な、南雲、様……」

 その眼差しを感じてか、アウラは思わず顔を上げ――不安げな表情のまま、想い人と視線を交わす。

「……あはは、助けに来てくれたのか? たくもう、家から出るなって言ったのに。まぁでも――ありがとう」
「え……? な、なぜお怒りにならないのですか。わ、私は、あなたを巻き込んで……!」

 そして、改造された後とは思えないほど相変わらずな笑顔を向けられた彼女は――今にも泣き出しそうな面持ちのまま、自分の罪深さを訴える。

「前にも言っただろ? ――正しい人を責めたくは、ない。体が変わったって、俺の心は、変わらないよ」
「……!」

 だが。
 それでも彼は、赦していた。どれほどアウラが自罰を下そうとしても。己を卑下しても。彼はその全てを受け止め、受け入れてしまう。

「あ、ぁあぁあっ……なぐ――サダト、様ぁあぁあ……!」
「――よく頑張ったよ、アウラ」

 もはや――彼女の心に、逃げ道はない。彼の優しさに、身と心を委ね――少女はその胸に飛び込み、幼子のように啜り泣く。
 そんな彼ら2人を、Gの複眼が穏やかに見守っていた。




「アウラ。早速で悪いんだけど、彼らを元の人間に戻してあげて欲しい。彼らはただ操られていただけだし、今すぐ戻せば何事もなく復帰できる」
「はい。では、まずはあなたから――」
「――いや、俺は一番最後でいい」
「えっ……」

 アウラは早速、サダトを生身の人間に戻そうと、その逞しい胸板に手を当てる。だが、彼女の白い手が緑色の優しげな光を放つ瞬間。
 サダトは彼女の手を掴み、その光を止めてしまった。待ち望んだ瞬間を止められ、アウラは上目遣いでサダトを見遣る。

「この身体だからこそ、出来る事もある。まだ全てが失われていないなら、失われていないものから新しい大切なものを、見つけだしたい。俺は……そう思うんだ」
「さ、サダト様……まさか!」
「君は他の4人を助けてあげてくれ。俺は――カタを付けてくる」

 それが、今のサダトが求める願いだった。それを察したアウラは、言葉が出るよりも早く腕に全力でしがみ付き、引き止めようとする。
 だが――改造人間のパワーを前にしては、何の足止めにもならない。

「サダト、様……」
「――大丈夫。絶対、帰ってくるからさ。信じて、待っててくれ」

 加えて、そう言い切られてしまっては。もう、アウラには見送ることしかできない。APソルジャー専用のバイクに跨る彼の裾から、名残惜しげに少女の手が離れて行く。

「君は……これから何処へ向かうつもりだ」

 そんなサダトに、Gは背後から声を掛ける。

「ここから少し離れた所に、食前酒計画を進めていた地下研究所があるんです。奴はそこにいるはず」

 サダトは、Gの様子を伺うと、一つ付け足した。

「あなたは手を出さないでください。これは俺達……APソルジャーの問題です」


 それだけ言い残すとサダトは独り、廃墟を後にしていく。そこにはアウラとG、そして4人の元APソルジャーが残された。

「……」

 何も言わず、Gはサダトが旅立った方向を眺めている。

「サダト様……」

 一方。アウラは、独り戦いへ赴いて行くサダトの背を視線で追い、祈るように指を絡めていた。
 Gはそんな彼女をしばらく眺めると、彼らに背を向け、自らのバイクに跨がる。

「君の帰りを待っている人がいる……なら僕は、君を死なせるわけには行かない」

 エンジンが火を噴き、彼のバイクは猛烈な勢いで廃墟を飛び出していく。あの青年の向かう、地下研究所を目指して。

 

 

第9話 闇を纏う剣

 薄暗い地下通路の中で、一つのライトが光り輝いている。

 シェードの地下研究所に向かうバイクのエンジン音が、地下一帯に響き渡っていた。

(エチレングリコール怪人は、恐らくAPソルジャーのデータを持ち帰っているはず。このまま放っておけば、更に多くの人間がAPソルジャー……つまりシェードの兵士となってしまうだろう。なんとしても、阻止しなくては……んッ!?)

 その時。前方から突然、謎の液体が飛んで来た。

「なんだ!?」

 咄嗟に頭を下げ、顔面への直撃をかわす。その後ろでは、何かが焼け爛れるような音が響いていた。

「毒液かッ!」

 薄暗い地下通路であるため、あまりはっきりとは見えないが――間違いなくエチレングリコール怪人が待ち伏せしていた。

「俺達の洗脳が解けてるって事、お見通しってことか!」

 サダトはバイクから飛び降りて怪人と相対すると――腰に装備されたベルトに「AP」と刻まれたワインボトルを右手で装填する。バックルに付いているレバーが、それに応じて起き上がってきた。

SHERRY(シェリー)!? COCKTAIL(カクテル)! LIQUEUR(リキュール)! A(エー)! P(ピー)! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』

 その直後、ベルトからリズムを刻むように電子音声が流れ出す。その軽快な音声を他所に、サダトは左手の人差し指と中指で「a」の字を描くと――最後に、その指先を顔の正面に立てた。

「……変身ッ!」

 そして――その叫びと共に右手でレバーを倒すと、バックルのワインボトルが赤く発光を始める。
 その輝きが彼の全身を覆うと――そこには南雲サダトではない、異質な姿の戦士が立っていた。

『AP! DIGESTIF(ディジェスティフ) IN(イン) THE() DREAM(ドリーム)!!』

 APソルジャーとしての姿に変貌した彼は――意を決するように、胸から己の得物を取り出した。

「らああぁァッ!」

 サダトはAPナイフを構えると、眼前で待ち構えているエチレングリコール怪人に向かっていった。

「裏切り者めが――覚悟はできておるのだろうなァァァッ!」

 絶え間ないエチレングリコール怪人の毒液攻撃をかい潜り、サダトはAPナイフを振りかぶる。金属音と共に、彼の攻撃が命中した。
 だが――相手に効果はさほど見られない。

「くッ!」
「馬鹿めが! No.5を基にしているとはいえ、所詮は量産型。百戦練磨の俺に敵うものか!」

 あっという間に喉首を掴まれ、サダトは腕一本で投げ飛ばされてしまった。

「うわああッ!」

 壁に激しくたたき付けられ、地面に落下するサダト。
 そこへ追い打ちを掛けようとエチレングリコール怪人はじりじりと歩み寄る――が。

「トアァッ!」
「ぐおッ……!?」

 その一瞬を狙い、意表を突いて立ち上がったサダトの一閃により、すれ違いざまに脇腹を切り裂かれてしまった。エチレングリコール怪人の脇腹に、微かな傷跡が生まれる。

「貴様ァァァ! 消耗品の分際で、どこまで俺を愚弄するつもりだァァァァッ!」

 追撃の一閃を刻もうと振り下ろされた剣を片手で掴み、その剣を持っていたAPソルジャーの顔面に、毒液が滴る鉄拳が炸裂した。

「ぐがぁあッ!!」

 エチレングリコール怪人の毒液を帯びたパンチは、その衝撃力以上のダメージを齎していた。
 だが。顔面から全身に伝わる激痛にのたうちまわりながらも、サダトは立ち上がる。

 そして――再び剣を振りかざし、エチレングリコール怪人に踊り掛かって行った。

「無駄なことを。さっさと死を選んでおれば、楽になれたろうに」
「悪いが先約があるんだ。必ず生きて帰るってな!」
「……抜かせェエェッ!」

 だが――サダトの奮闘も虚しく、彼は再び吹っ飛ばされてしまう。今度は強烈な回し蹴りを浴び、更に激しく同じ壁に打ち付けられた。

「ぐはああァァァッ!」

 しかも、そのショックで変身が解けてしまい、彼は元の姿に戻ってしまった。

「しっ、しまっ……た……!」

 自分の目に肌色の手の平が映った事から、サダトは変身が解けてしまった事を悟る。

「さて。ではそろそろ、俺の毒液を心行くまで堪能して貰おうか」
「ぐっ……!」

 そこへ歩み寄るエチレングリコール怪人は――歪に嗤い、とどめの瞬間を迎えようとしていた。変身を解かれては、勝ち目もない。
 為す術なく、サダトが死を遂げようとした――その時。

「うっ――あ!?」

 同じ箇所に二度も、強烈な衝撃が加わったことで。今度は、その壁が音を立てて崩れ始めた。

「わ、ぁぁあぁああッ!?」

 壁にもたれかかっていたサダトは体重を乗せる先を失い――崩れた先にある奈落へと落ちていく。その闇の中へと消えていく裏切り者を、エチレングリコール怪人は冷酷に見下ろしていた……。

 
 

 
後書き
※変身ポーズと騒音ベルト
 自分が変身するライダーの意匠をポーズで描く、という部分は原作の仮面ライダーGに倣ったもの。最後に指先を顔の正面に――は、仮面ライダーゴーストの影響がバリバリだったり。
 ベルトがうるさいのは「Gの世界の最新ライダー」であることの表現として、電子音声が強調されるようになった第二期平成ライダーにあやかってのこと。ちなみに電子音声の内容は、仮面ライダーGの本編中に吾郎が発した台詞に由来している。
 

 

第10話 変身、APソルジャー

「……あぐっ!」

 上も下も分からない、闇の底。その渦中に沈む彼は、やがて壁が崩れた先にある場所に落下した。

「……こ、ここは……?」

 薄汚れたなんらかの資料やコンピュータが散乱している空間。――そう。ここが彼らの目指す「地下研究所」だったのだ。

「そうか、ここが……。よし、ここのデータを全部処分して――」
「――そうはいかんな」
「……ッ!」

 だが。そう悟った瞬間――冷ややかな呟きが、波紋のようにサダトの聴覚に響き渡る。振り返れば、毒液を撒き散らしながらエチレングリコール怪人が降下して来ていたのだ。
 咄嗟にその場を飛び退き、サダトは警戒するように身構える。だが、いつでも殺せる相手と思っているからか、怪人の殺気は収まっていた。

「よくここまで落ちてきて、生きていられたものだな。どこまでも悪運の強い小僧だ」
「――ここのデータを基に俺達のようなAPソルジャーを大量生産するつもりなんだろうが……そんな事させるか! 徳川清山の解放なんて、させないぞ!」

 精一杯の虚勢を張るサダトとは対象的に、エチレングリコール怪人の姿勢は落ち着いている。

「勘違いするな。食前酒計画は俺の物する。だが――俺は徳川清山を救うつもりなど微塵もない」
「な、に……!?」

 エチレングリコール怪人から飛び出た発言に、サダトは目を剥いた。
 シェードの洗脳によって操られた改造人間は、徳川清山の忠実な奴隷となる筈。彼に逆らうなど、普通の改造人間なら有り得ない。

 ふと、辺りを見渡せば、ここの研究員だったと思しき白衣の男達は惨殺されていた。これも、あの怪人の仕業だとすれば――。
 そう仮説を立てたサダトは、ハッとして顔を上げる。

「そう。俺も貴様と同じ。既に洗脳から解き放たれている身なのだよ。シェードの奴隷など、偽りに過ぎん」

「まさか……そんな!」

 洗脳から解放されていながら、操られた振りをしてシェードに付き従っていた改造人間がいた事に、サダトは衝撃を覚えた。

「俺は俺達を迫害するこの世界が憎い。だがそれ以上に、俺をこの体に改造した徳川清山が憎いのだ。だからこそ、俺は徳川清山を滅ぼし、奴に代わってこの世界を支配する!」

 いままで抑えていた感情を解き放つように、エチレングリコール怪人は叫ぶ。

「そのためには力が必要だ。食前酒計画から生まれたAPソルジャーのデータは、その先駆けとなる」
「馬鹿な! 洗脳から解き放たれていながら、人間と敵対する道を選ぶなんて!」

 洗脳から解放されたなら、人間の心を取り戻した筈。それが、どうしてこのような野心を生み出すのか。
 ――近しい身の上でありながら、道を違えている事実に胸を締め付けられ、サダトは怪人に訴える。

「……ふん。俺もある事故がきっかけで洗脳から解き放たれたばかりの頃は、人間の心を以て善行を試みたものだ」
「……!」
「だが――奴らは俺を怪物と罵倒したのだ! 助けた事実など無視して!」

 これまで見受けられなかった、エチレングリコール怪人の真意が、根底の感情が、露呈しようとしていた。

「俺がそんな苦しみに苛まれた後になって……あの小娘がのこのこと、善人ヅラで改造人間を人間に戻し始めてから――俺は決めたのだ。復讐をな!」
「……!」
「そう。俺を迫害するこの世界と俺をここまで追い詰めた徳川清山への復讐! ただそれだけが、俺を駆り立てる全てだ!」
「そんな……そんなことって!」
「――ここの研究員共はよく働いてくれた。いずれ私に始末される運命も知らず、徳川清山を助ける為だと信じ続けてな……。実に下らん!」

 研究員の死体を踏みにじる異形の怪人。人間としての心を持ちながら、人間らしく生きる事や大切なものの為に戦う事を諦めた男の姿が、そこにあった。
 事実にうちひしがれ、俯くしかなかったサダトが、静かに口を開く。

「例えそうでも……俺は、立ち向かう。戦い続ける! 大切なものは――これから見つけられるから!」
「知った風な事を。もういい、貴様も消え失せろ!」

 ――その時。どこからともなくエンジン音が響いて来た。

「……んッ!?」
「来るな――奴が!」

 このエンジン音は――APソルジャーが使うバイクの物ではない。
 ならば――答えは一つ。

「――はぁあぁああッ!」

 刹那――怪人の頭上を一台のバイクが飛び越えていった。そのバイクは、滑らかな動きでサダトの傍に着地する。
 そして、そのバイクから白いジャケットを纏う青年が颯爽と降りて来た。

「あ、あなたは!」
「現れたな――No.5!」

 そう。そこには、元ソムリエの改造人間「吾郎(ごろう)」の姿があったのだ。思わぬイレギュラーの出現に、サダトは戸惑う。

「どうして……! これは俺の問題だって!」
「君の体は、僕を基盤に作られたのだろう? なら、僕にとっては半身だ。僕自身の問題とも言える」
「う……」

 サダトの抗議をあっさりあしらうと、吾郎はエチレングリコール怪人を見据える。

「残念だが、食前酒の時間は終わった。ここからは――メインディッシュのようだね」
「――貴様も、俺と同じだNo.5。人間社会は貴様を決して受け入れない」

 非情な現実を、怪人はストレートに言い放つ。しかし、吾郎の毅然な姿勢に揺るぎはない。

「それでも僕は戦う。貴様があり得ないと叫ぶ、愛という幻想に賭けて」

 彼の手元に、真紅のワインボトルが現れ、腰にワインオープナーを思わせるベルトが現れた。

「――俺も、賭けていいですか……それ」
「ああ。――それが悔いを残さない道なら、誰にもそれを阻む権利はない」
「わかりました。……行きます」

 それに続いてサダトも再び、ワインボトルを再びバックルに装填する。場違いなほどに軽快な電子音声が、この狭くじめじめした地下室に響き渡った。

「貴様らが正しいか、俺が正しいかは…この戦いの決着が教えるだろう! 来るがいい!」

 二人との間に距離を置き、エチレングリコール怪人は戦いに備えて身構える。
 その様を見据える吾郎とサダトは――ベルトを起動させる動作に入った。

 彼らの手は、「G」を――あるいは、「a」を描いていく。

「今、僕のヴィンテージが芳醇の時を迎える――変身!」

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「変身ッ!」
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 吾郎のベルトにワインボトルが収められ、サダトのバックルのレバーが倒されると、二人の体を真紅のエネルギーが包み込んでいった。

 そしてその中から、新たな姿となった戦士達が飛び出していく。

 ――「仮面ライダーG」と、「APソルジャー」の強襲である。
 

 

第11話 紅き一蹴、紅き一閃

「はあっ!」

 エチレングリコール怪人は、両腕から無数の毒液を放ち、牽制を試みる。二人はそれを巧みにかわし、コンピュータの物影に飛び込んだ。

「あの毒液、まともに浴びれば痛いじゃ済まされないようだ」
「俺が注意を引きます。あなたはその隙に!」

 サダトの変身するAPソルジャーは、物影から飛び出すと、勢いよく怪人の傍を駆け抜け、すれ違い様に斬り付けていった。

「ちぃ、量産型風情が小癪なっ!」

 その隙を、吾郎の変身する仮面ライダーGが狙う。

「――そこだ!」

 一気に物影から飛び出し、APソルジャーに気を取られて背を向けていたエチレングリコール怪人の背後を、ソムリエナイフを模した剣で切り付けた。

「ぐはぁっ!?」

 背後からの攻撃に、怪人は思わぬダメージを受け、後ずさる。

「もらった!」

 そこへ追い撃ちを仕掛けようと、APソルジャーはAPナイフを構え、一気に怪人に襲い掛かる。だが、いつまでも同じ手を食う相手ではない。

「貴様――生かしてはおかん!」

 その瞬間、APソルジャーの首がエチレングリコール怪人に掴み上げられてしまった。

「ぐあっ!?」
「忘れるな…私が本気で戦えば、貴様など数分も生きられないという事をな!」

 APソルジャーを締め上げる音が、徐々に強くなっていく。

「ぐ、あ、ああ……!」
「――させん!」

 そこへ、Gの剣が閃いた。切っ先が怪人の腕に届くと、そこから火花が飛び散る。

「ぐわぁっ!」

 手の先にほとばしる痛みに、エチレングリコール怪人は思わず手を離してしまう。そこへ、APソルジャーが再び斬り掛かった。

「らあああッ!」

 力の限り、APナイフを振るい続ける。どんなに疲れたって、傷付いたって構わない。自分の体の事なんて、奴を倒してから考えればいい。
 全ては、終わってからでいい。

 その思いが、ひたすらAPソルジャーを戦いへと駆り出していた。しかし、その思いとは裏腹に、彼の攻撃はさほど怪人には通じてはいないようだった。

「貴様の攻撃など――無駄だと何故わからないか!」

 何度目だろうか。APソルジャーは、またしても強烈に吹っ飛ばされてしまう。

「うわぁッ!」

 量産型の域を出ないAPソルジャーの火力では、決定打に至らない。戦況からそう判断した吾郎は、サダトが持たなくなる前に手を打つべきと行動を起こす。

「ならば受け取ってもらおう。僕の――悪と正義のマリアージュを!」

 悪の体と、正義の心。
 その融合から生まれる必殺の一撃を放たんと、Gは自らのバックルに収められたワインボトルの近くにあるパーツを押し込んだ。

 すると、そこからパワーソースが胸のGの意匠へと充填され、更に左足のエネルギーラインへと繋がっていく。

 ふと、彼の脳裏に、7年前の戦いの際に応援に駆け付けた、10人の戦士達の激励が蘇る。

『この世界を守れるのは――君だけだ』
『立ち上がれ!』
『愛の為に、戦うライダー!』
『G!』

(――そうだ。僕は戦わなければならない。例え孤独でも、命ある限り、愛がある限り戦い続ける。それがきっと、「仮面ライダー」だから)

 そして、彼の左足にワインボトルから解き放たれたエネルギーが凝縮された。
 狙うは――眼前の敵。

「まさかッ……ええぃ!」

 Gが仕掛けようとしている事に感づいたエチレングリコール怪人は、退避を始めた。だが、その行く手をAPソルジャーが阻む。

 APナイフの攻撃が、怪人の動きを止めていたのだ。

「ちぃ! 貴様、何度打ちのめされれば気が済むと――!」
「いつまで経っても済まないさ、あんたに勝つまではな!」
「ぬかせぇっ!」

 息の根を止めようと、怪人は腕を突き出す。

「らあぁ――ああああっ!」

 しかし、間一髪それをかわしたAPソルジャーは――ワインボトルのパーツを押し込み、Gに続くようにベルトのエネルギーを、上半身を通じて右腕に充填させていく。

(今の一発をかわした!? この小僧、戦いの中でここまで成長してッ――!)

 その渾身の力を込めた右手には――逆手に握られた一振りの剣。

FINISHER(フィニッシャー)! EVIL(イヴィル) AND(アンド) JUSTICE(ジャスティス) OF(オブ) MARRIAGE(マリアージュ)!』
「スワリング――ライダービート!」

 紅い電光を放つAPナイフを翳した彼は、遠心力を乗せるように体を回転させながら――水平に一閃。脇腹についた微かな傷跡を、その斬撃でメスのように切り開く。

「がはっ――!? ば、馬鹿な!」

 たかが量産型。そう見くびっていた者の、戦士としての末路だった。そして何かを思い出したように、エチレングリコール怪人は背後を振り返る。

 ――そう、そこには正に今、必殺技を放とうとする仮面ライダーGの姿があったのだ。

「やっ――やめろォォオ!」

「スワリング――ライダーキック!」

 円錐状に展開された真紅のエネルギーを纏い、Gの飛び蹴りが空を切り裂く。
 エチレングリコール怪人は、せめてもの抵抗に、そこへ向かってありったけの毒液を放つ。

 だが、円錐状のエネルギーは全くそれを通さない。

「うおおおおォォォォオッ!」

「がァあああッ!」

 Gの雄叫びと怪人の悲鳴がこだますると、研究所に激震が走った。スワリングライダーキックが――Gの一撃が、完全に決まったのだ。

「ぐわあああァァァアァアァアッ!」

 悲痛な叫びと共に、エチレングリコール怪人の体が吹っ飛ばされ、激しく壁にたたき付けられる。その衝撃で壁はひび割れ、彼はそこから剥がれ落ちるように倒れた。

「――やった、のか」

 APソルジャーは、その光景からGの強さを改めて思い知る。シェードの技術が生み出した、最強の改造人間。そのポテンシャルの、一端を。

「あんな人に、俺達は挑んでたのか……。ハハ、前座呼ばわりも納得だな」

 思わず、乾いた笑いが零れてしまう。――その時だった。

「お、のれ……!」
「!? まだ生きて……!」

 背後から聞こえた、年寄りのようなしゃがれ声が響く。APソルジャーは慌てて振り返り――戦いが終わっていなかったことに驚愕した。
 ――だが。彼の眼前に倒れている男は、もはやエチレングリコール怪人ではなかった。

「……!?」

 APソルジャーは、思わず目を見張る。彼らの前にいるのは、あの怪人の正体である……一人の若い男性だったのだ。

 怪人が人間態を持っている事自体は、別段珍しい事でもない。7年前のフィロキセラ怪人だって、織田大道という人間としての側面を持ち合わせていた。

 だが、シェードの改造人間との実戦経験がなかったサダトにとっては……人の身を持つ相手と殺し合いをしていた、という事実を初めて突き付けられた瞬間だった。
 Gはエチレングリコール怪人の人間態――ドゥルジを一瞥し、深く頷く。

「そうか、彼が……」

 南雲サダトを始めとするAPソルジャーの面々を苦しめ、Gを倒し、徳川清山さえ滅ぼそうとしていたエチレングリコール怪人の正体はやはり――独りの人間なのだ。

「あなたが……」
「く、ふふふ……いくら怪物を気取ろうと、一皮剥けば改造人間などこんなもの、か」

 人間としての姿になったエチレングリコール怪人――だったドゥルジは、自虐するように嗤う。その声には、怪人態だった時のような威風はかけらも見られない。

「俺はかつて――正義の為と信じ、シェードの人体実験に身を捧げた」

 息を整えた男は、静かに己の過去を語る。

「だが――俺は異形の怪物と化し、いつしかテロリストのみならず、人々までも襲うようになっていた。戦闘中の事故で洗脳が解けたあの時は、自らの罪深さに絶望したものだ」

 Gはそこまで聞くと、僅かに目を逸らしてしまった。共感する所があるからだ。
 ――彼自身、あのテレビ局のテロに荷担していたのだから。

「だが、それだけで俺は諦めなかった。――この力で、人々の為に働こうと決意してな。俺はこの力を以て、ある災害に苦しむ人々を助け出した。しかし……」

 顔を上げて過去の栄光を、精一杯の希望を振り絞るように語ったかと思うと、その表情は再び暗く沈んでしまった。

「彼らは俺を化け物と非難し、恩も忘れて迫害したのだ。俺の人としての心は、その日から失われた」
「……」
「脆いものさ。人間の、正義感なんてな。……仮に今から、あの娘の力で人間に戻ったとしても――この罪が灌がれることはない。ならばいっそと俺は――」

 APソルジャーは懸命に、彼に掛ける言葉を探す。その間に、ドゥルジは話を続けていた。

「――俺は、復讐を誓った。俺をこの体にした徳川清山を倒し、この世界を滅ぼすと」
「……」
「だが、結果はこの始末。いたずらに、侮れない敵を増やしただけだったようだな」

 すると――彼の体が、下半身から肉が焼ける音を上げ、溶解を始めた。体内の毒液を調整する機能が、戦闘で故障したためだ。
 刻一刻と、男に死が近づく。

「お前も同じだぞ、南雲サダト。人間の自由だ平和だと抜かしたところで、誰もお前に感謝などしない。誰も、お前を覚えない。――ヒーローなんてマネをやれるのはNo.5のように、その覚悟をしょってる奴だけさ」
「……俺も、あなたのようになるしか、ないのか」
「ああ、そうさ。地獄の底から、賭けてやってもいい。もしその時が来たら、そいつに処理してもらえ。俺のように――ブゴッ」

 言い終えることは、叶わなかった。すでに上半身、首と来ていた溶解は口元まで及び、肉と血に塗れた泡が、ドゥルジの言葉を飲み込んで行く。
 やがて血の匂いを纏う泡は、最後に残った頭さえ埋め尽くし――人の形をした跡だけを床に残して、男の存在を抹消してしまった。

 誰一人、語る者はいない。異形の姿を持つ者もいない。変身を解いた南雲サダトと吾郎だけが、生気を持たない闇の中に取り残されていた……。
 

 

最終話 騎士の旅立ち

 ――その後。地下研究所から遠く離れた街の一角に、吾郎とサダトの姿があった。研究所から持ち出したAPソルジャーの開発データを、取り急ぎ処分するためだ。
 書類をめくる手を止めず、APソルジャーに関するデータを調べ続けている吾郎。そんな彼を一瞥し、サダトは空を仰ぐ。

「……そろそろ、アウラがみんなを治してくれてる頃ですね」
「ああ。この場所も彼女には連絡してある。じきに、ここへ来るだろう。君も――」
「――そうですか。じゃあ、もう行かないと」

 吾郎の言葉を受け、サダトは彼が言い終えないうちにバイクに乗り込んで行く。その行動が、彼の「選択」を物語っていた。
 その「選択」を前に、吾郎はようやく書類をめくる手を止める。そして最後に確かめるように――厳かに問い掛けた。

「……戦うのか」
「別に、あの人への当て付けってわけじゃありません。……ただ、俺のしたいようにしてるだけなんです」
「彼女は、納得しないぞ?」
「しなくたって、構いません。あの子は、皆の笑顔を守ってくれる。だから俺は、そんなあの子の笑顔を守る。それだけのことですから」
「なるほどな。しかし――彼女の笑顔は、君が戻らねば失われてしまうぞ」

「――だから約束したんですよ。必ず、生きて帰るって」

 彼女と出会ったあの日。おまじないと称して交わした小指を見つめながら、サダトはそう宣言した。

 その言葉を最後に。サダトはバイクを走らせ、街の中へと消えていく。追うことも引き留めることもせず、その旅立ちを見送った吾郎は、静かに青空を仰ぐ。

「必ず帰る、か」

 手にしたワインボトルに視線を落とし、彼はひとりごちる。――脳裏に、いつかもう一度と誓った恋人の姿を、過ぎらせて。

 そして――もう姿が見えないサダトに、誰にも知られることのない称号を送る。

「――それが答えなら。君には、『仮面ライダーAP』の称号を贈ろう。せめてもの、餞別だ」

 すると――自分を呼ぶ複数の声に、吾郎は思わず振り返る。彼に手を振る、アウラや人間に戻った元APソルジャー達が駆け寄って来ていたのだ。
 何も知らない彼女は、もうすぐサダトを人間に戻し、共に愛を育めるものと信じている。その表情は、意中の男と逢う瞬間を今か今かと待ち侘びる乙女そのものであった。

(……やれやれ)

 騎士に去られた姫君に、どう申し開こうか。そう思い悩む彼は、苦笑を浮かべて手を振り返していた……。

 ――その頃。

 街を抜け、高速道路を駆け抜けるサダトのバイクの後方に――蒼い薔薇が静かに舞い降りる。その薔薇には、人知れず一つのメッセージが込められていた。

『裏切り者には、死の薔薇を送ろう』

 それは、絶対に逃れられない――死の宣告。
 
 

 
後書き
※仮面ライダーAP(APソルジャー)
 本作のオリジナルライダー。名前の由来はAPERITIF(アペリティフ)=食前酒から。主菜の前に嗜むものであることから、前座=戦闘員ポジションを意味しており、シェード残党によるライダー型改造人間の先行量産型である。
 いわゆる量産型ライダーの一人であり、仮面ライダーGのデータが基盤であるため容姿もGに近く、複眼の意匠が「a」で胸のシンボルが「p」となっている。ただし量産型と言っても、Gの7年分の戦闘データを糧に生まれた最新型でもあるため、改造前の素体によっては非常に優れた性能を発揮できる。
 必殺技はワインボトルから腕部にエネルギーを充填し、専用装備「APナイフ」で切り裂く「スワリング・ライダービート」。

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番外編 アウラの門出

 ――蒼き星々が、闇の中で己の輝きを示す。自分はここにいるのだ、と世界に叫ぶように。
 命そのもの、とも言うべきその煌きから、透明なガラスを隔てて――独りの少女が、その数多の輝きを見つめていた。

「……地球、か」

 ――銀河連邦警察。

 全宇宙に蔓延る悪の侵略者から、管轄下の星を守るべく組織された、全宇宙規模の公安機関である。その活動範囲・内容は多岐に渡り、特に侵略者に対する武力鎮圧の割合が多数を占めている。
 そんな銀河連邦警察の内部では、年々増加する宇宙犯罪に対抗すべく、設立されてから長い年月を経た今でも「若手の育成」が急務とされている。
 ボブカットの艶やかな黒髪を靡かせ、暗黒に広がる空を眺める少女――アウラも。その「若手」となる新世代の戦士――「宇宙刑事」の一人であった。

 鍛え抜かれ、引き締まった腰周りに反した胸と臀部の膨らみは、女性らしい滑らかな曲線を描き――桃色に塗装された強化外骨格「ポリスアーマー」が、生まれたままの彼女の肢体に隙間なく張り付き、その曲線をあるがままに表現している。

『アウラ捜査官。地球への出港準備が完了しました、取り急ぎドックへ移動してください』
「……!」

 自分の名を呼ぶアナウンスに反応し、少女は我に返るように顔を上げる。薄い桜色の唇は、初任務に赴く彼女の覚悟を示すように強く結ばれた。

 ――彼女を乗せた銀河連邦警察の大型宇宙船は今日、訓練生過程を修了した新米宇宙刑事の門出を祝う役目を担っていた。
 数多くの男性訓練生を押し退け、入隊時から修了時までの間、群を抜いた成績で首席を独占してきた――アウラ・アムール・エリュシオンの、門出を。

 ◆

「いよいよ俺達の同期が初任務に行くのか〜……。しかも、いきなり単独任務で辺境惑星のパトロールときた。やっぱ首席は扱いが違うよなぁ、俺なんか配属先で雑用だぜ?」
「お前はまだいいよ、俺なんかお茶汲みと先輩の靴磨きからだ……。他の中隊には、配属先で訓練やり直しのスパルタコースが決まってる奴までいるってよ」
「ウゲェ……マジかよありえねぇ。くそっ、いくら男が首席じゃないからって、上の先輩方イビリ過ぎじゃねーか……」
「ちょっと! あんた達邪魔よ、歴史的瞬間を見逃しちゃうじゃない!」
「そうよそうよ! 宇宙刑事過程が始まって以来の、歴史的快挙! 初めて女性の首席卒業生が輩出される一大イベントなのよ!」

 アウラが搭乗する予定である小型宇宙艇。その機体を格納しているドックの上では、大勢の人だかりが出来ていた。
 宇宙刑事訓練生過程を首席で修了した、初めての女性宇宙刑事。その存在と門出を一目見ようと、彼女の同期達はもとより、銀河連邦警察広報部や宇宙マスコミまでもが詰め掛けていたのだ。

「おい、しっかり撮れよ!? 宇宙刑事過程の数百年に渡る歴史の中で、初めての超超超快挙なんだからな!」
「わかってますよ! ……しっかし、ある意味奇跡ですよねぇ。女性ながら男性顔負けの強さを持つ上に……とんでもない絶世の美少女ときた!」
「さらにさらに、あの全宇宙でも指折りの美しさって評判の、エリュシオン星の第一王女! こんなの注目の的にならねぇはずがねぇわな!」
「……けど、なんでそんなお姫様がよりによって宇宙刑事なんかになったんでしょうなぁ」
「そんなの知るかよ。……おい、準備しとけ。そろそろ出航予定時刻だ」

 ◆

「姫様! アウラ姫様!」
「……なんだ、アルクじゃない。どうしたの?」

 扉の向こうから聞こえてくる喧騒にため息をつくアウラが、ドックに続く入り口に近づいた時。ふと、背後から響いてきた呼び声に、彼女は大して驚く気配もなく静かに振り返る。

 その視線の先には――荘厳な機械仕掛の甲冑で全身を固めた老騎士が、険しい面持ちでアウラを射抜いていた。色が全て抜け落ちた白髪と、顔に残された古傷の跡が、古強者としての風格を滲ませている。
 だが、その身に纏われた鎧は銀河連邦警察で正式採用されている「コンバットスーツ」や「バトルスーツ」には該当していない。――明らかに、銀河連邦警察とは異なる組織の戦闘服である。

 アルクと呼ばれたその老騎士は、物々しい足音を立ててアウラに近寄ろうとする。そんな彼の顔を、少女は剣呑な眼差しで見つめた。

「どうした……ではありませぬ! エリュシオン星第一王女であらせられる貴女様が、何故このような道に進まれるのか! 今一度、お考え直し下され!」
「……この期に及んで顔を見せた、ということは激励の言葉でもくれるのかと思っていたのだけれど……違ったようね」
「姫様! 貴女様はエリュシオン星の未来を担われるお方! このような危険な真似事をさせられるはずがありませぬ! さあ、小官と共にエリュシオン星へ帰りましょうぞ!」
「……」

 籠手に固められた手を伸ばし、共に母星へ帰ろうと誘う老騎士。その真摯な瞳を前にしたアウラは、彼の想いに感服したように、その手を握る。

「おぉ……姫様! わかってくださいまッ――!?」

 その対応に、老騎士が頬を綻ばせた瞬間。

 彼の視界は激しく上下に回転し――重厚な甲冑に固められたその巨体が、鉛色の床に打ち付けられてしまった。
 その反動による物理的な衝撃と、何をされたか理解が追いつかない、という精神的な衝撃により、老騎士は言葉を失ったまま口を開いていた。

 一瞬にして握った手を取り、腕をねじり上げて投げ飛ばされたことにも、アルクは気づかないままだったのだ。そんなエリュシオン星騎士団長の姿を一瞥したアウラは、何事もなかったかのように踵を返す。

「ひ……ひめ、さま……な、なにを……!」
「――アルク。知っているでしょう? かつて私達のふるさとは、タルタロス星人の侵略により滅亡させられていた、と」
「……!」

 彼女の口から語られたエリュシオン星史の一端に、アルクは目を剥く。
 ――現在あるエリュシオン星は、正確にはエリュシオン星人の母星ではない。遥か昔、タルタロス星人と呼ばれる侵略者の襲撃を受け、故郷を失い他の星に逃れた唯一の生き残りが、他の宇宙難民を率いて新天地に築いた新たな国家。それが現「エリュシオン星」なのだ。
 現体制を築き上げた、その生き残りの血を引くアウラは――知っているのだ。現エリュシオン星の王である父を救ってくれた、恩人達が住まう星の名を。

「お父様は……改造人間という身でありながら人類の未来のために戦い、異星人である自分さえ救ってくださった、偉大な七人の勇者のお話を、いつも聞かせてくださった。だから私は――恩返しがしたいの。父を、エリュシオンの未来を救ってくださった、あの青い星に」
「ひ、姫様……!」
「今、地球の人々は『シェード』と呼ばれる悪の組織により、改造人間にされつつあるわ。人でありながら、人でない……そんな苦しみに苛まれている人々を見捨てることなんて、私には絶対にできない」
「そ、それならば我々が……! なにも姫様が行かずとも……!」
「戦うことだけが、宇宙刑事としての私の任務ではないのよ、アルク。改造人間にされた人を、生身に戻せる秘術はエリュシオン星人の血を引く私にしかできない。――だから私が、今回の地球派遣の任務に選ばれたの」
「で、ではせめて我々を護衛に! そのような危険な状況にある星へ、姫様を一人で行かせるなど断じて――!」
「……その私にいいようにあしらわれてるあなた達が来たところで、足手まといにしかならないわ。今の投げも読めないくらいに衰えてるあなたが、未だに騎士団長を退いていないのは――あなたより強い後任が育っていない証拠でしょう?」
「ぬぐぅう……!」

 懸命に食い下がり、忠誠を捧げる姫君を一人で行かせまいとするアルクだったが……どのように言葉を並べても、彼女を引き留めることは出来ずにいた。そんな老騎士の姿を見下ろし、アウラは苦笑いを浮かべる。

「……ごめんね、心配かけて。でも、大丈夫。一人でもやっていけるようになるために、宇宙刑事過程を履修したんだから。すぐに任務を終わらせて、大手を振って帰ってくるわ」
「……! ひ、姫様! お待ちください姫様! 姫様ぁあぁあ!」

 せめて不安な気持ちは見せないように。彼女は老騎士に笑い掛け――ドックに続く扉を開く。そして、自分に向け手を伸ばす老騎士を見つめ、悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。

「――じゃ、行ってきます」

 ドックに続く扉が自動で閉じられたのは、その直後である。

 ◆

 今日の主役であるアウラの登場に、人々は大いに沸き立っていた。特に人だかりの最前列を占める同期の女性陣は、一際激しく黄色い悲鳴を上げている。

「キャァアァアッ! アウラ姫様ぁあぁあ!」
「アウラお姉様ぁあぁあっ!」
「素敵ィイィッ! アウラ様こっち向いてぇぇえぇッ!」

 その迫力は周囲の男性陣や報道陣を圧倒する勢いであり、誰も彼女達を阻むことはできずにいた。――その時。

「……!」
「――初任務の地球派遣。ご武運をお祈りしますわ、アウラさん」

 苦笑を浮かべながらギャラリーに手を振りつつ、宇宙艇へ乗り込もうとしていたアウラの背後に――艶やかな声が響く。その声を耳にした彼女は、ハッチに伸ばした手を止めると、静かに後ろを振り返る。

「……今日は千客万来ね」
「あら、わたくしやあちらの方々の他にも誰かが? ふふ、さすが人気者ですわね」

 そこにいたのは、もう一人の同期。かつて首席の座を争い、共に競い合ってきたライバル――ジリアン・アルカンジュ・ビーズ候補生。彼女もまた、次席で宇宙刑事過程を修了したエリートであり、とある惑星の姫君でもあった。
 ポニーテールに纏め上げたブラウンの髪は、優雅に首を振る彼女の動きに合わせて艶やかに揺れる。決してアウラに引けを取らない美貌や白い柔肌、抜群のプロポーションを持つ彼女は、アウラに次ぐ人気を誇っている。その人気の秘訣は、男勝りなアウラとは対照的な、高貴な女性らしい振る舞いにあった。

「キャーッ! 見て見て! ジリアン様まで来られたわ!」
「あぁ……あのエレガントな立ち振舞い……素敵ですわ、ジリアンお姉様……」
「……お前ら一体どっちのファンなんだよ」
「ハァアァ!? 決まってんじゃないバカ男子ども! 両方よ両方!」

 そんな女性陣の昂りを尻目に。アウラ以上の胸をぴっちりと密着させた緑色のポリスアーマーを纏うジリアンは、穏やかな笑みを浮かべて戦友を見つめている。
 アウラもまた、そんな親友の姿を前に頬を綻ばせていた。

「人気って……もぅ。みんな勝手に盛り上がってるだけじゃない。たまたま女の私が首席になったくらいでさ」
「あら。首席なんて、たまたまでなれるような甘いものではありませんのよ? これでもわたくし、訓練の時は全身全霊の本気でしたのに」
「それにしちゃ、随分晴れやかな顔してるわね」
「全身全霊の本気だからこそ――ですわ。自分自身に悔いを残さない全力だったからこそ――前を向けるものですのよ」

 そうして他愛のない言葉を交わし――ジリアンの瞳が、アウラを地球へと運ぶ宇宙艇を映す。

「……地球派遣。先を越されてしまいましたわね」
「――そっか。確かジリアンのお母様も、地球には縁があったのよね」
「ええ。母上は仰っておりましたわ。美しい緑に囲まれた地球には、愛に溢れた人々が住んでいると……。その平和を脅かす敵とあらば、是が非でもこの手で懲らしめなければ――と思っていたのですが」
「ふふっ。――じゃあ、すぐに見せてあげる。私が平和にした地球の姿をね」
「あらあら。言ってくれますわね。わたくしのいいところを掻っ攫うおつもりですか?」
「決まってるわ。だって、それが私の任務だもん」

 笑い合う二人は、やがて互いに不敵な笑みを浮かべると――男らしさすら感じさせる眼差しを交わし、互いの拳を合わせた。必ず帰る、と約束するように。

 そして――出港予定の時間を迎えたアウラが、黄色い声援を背に受けながらハッチを開けた時。

「じゃあねジリアン。アラン教官にもよろしく――」
「――アウラ。あなたの将来のために、親友として一つ忠告しておきますわ」
「……?」

 突如ジリアンに声を掛けられ、何事かと首を傾げてしまった。その発言の意図が読めずにいる彼女を見遣り、ジリアンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「もし地球の殿方と恋に落ちた時は――その口調を改めることをお勧めしますわ。そんな乱暴な言葉遣いでは、いくら地球人が温厚でもその御心を射止めることは叶いませんもの」
「んなっ……!? な、ないわよそんなことっ!」
「さぁ、どうでしょう? かの宇宙刑事ボイサーも、地球人の美しい女性と子を成したとか……。ならば、その逆も……?」
「んもーっ! ないったらぁ! ジリアンのばかっ!」

 そして投げ込まれた言葉の爆弾を受け、顔を真っ赤にしてしまう。今までの人生の中で、愛の告白を受けたことは数え切れないほどあるが――自分から告白するようなことを考えたことなど、一度もなかったのだ。
 王室で暮らしていた頃に、様々な星の有力者から求婚された時も。訓練生時代に、同期や先輩の宇宙刑事から告白された時も。そんな気持ちにはなったことがなかった。
 だからこそ、恋に落ちるという――未知の感情に、つい過剰に反応してしまうのである。そんな親友の初々しい姿を、ジリアンは微笑ましげに見守っていた。

 そして彼女が別れ際に残したその言葉は……宇宙艇に乗り込み、大型宇宙船から出港してからも、暫し彼女の思考を支配していた。

(ま、全くもうジリアンったら……! こ、恋なんて……私が誰かを好きになるなんてっ……!)

 地球人への確かな憧れ。親友の残した言葉。様々な要素が脳裏を渦巻く中、彼女を乗せた宇宙艇は、青い星へと飛び去って行く。
 その中で彼女は、ある一つの想いを巡らせていた。

(……だけど、もし……本当に……そんな気持ちにさせてくれる人と出会えたなら……私は……)

 その黒い瞳は、期待と不安の色を滲ませながら――前方で輝きを放つ星を映している。かの星――地球を見つめる彼女の胸は今、かつてない高鳴りに満たされていた。

(……いっぱい、幸せをあげたい……。私の胸にある、愛情を捧げて……。そんな風に、愛し合えたら、いいな……)
 
 

 
後書き
※ポリスアーマー
 藤沢とおる先生の作品「宇宙刑事ギャバン 黒き英雄」に登場。ギャバンのコンバットスーツやアランのバトルスーツとも違う、身体に密着した戦闘用スーツ。女性用なのか、かなり女性的でセクシーなラインで作られている。銀河連邦警察の捜査官ミネルバが装着した。 

 

第1話 闇夜を貪る異形の影

 ――至誠(しせい)(もと)()かりしか。

 ――言行(げんこう)()づる()かりしか。

 ――気力(きりょく)()くる()かりしか。

 ――努力(どりょく)(うら)()かりしか。

 ――不精(ぶしょう)(わた)()かりしか。

 ◆

 人類の海を侵略し、その大部分を征服した未知の脅威――深海棲艦(しんかいせいかん)。暗雲と暗闇に空と海を染める侵略者に、人類は敗走を繰り返し制海権を奪われ続けてきた。

 その脅威に抗するは、彼らと対等に戦える力を持つただ一つの存在。在りし日の艦艇の魂を宿す娘達――艦娘(かんむす)
 艤装(ぎそう)と呼ばれる兵器を身に纏い、生まれながらにして深海棲艦と戦う力を持つ彼女達は、長きに渡り海を狙う侵略者達に抗い続けてきた。

 双方は飽くなき死闘を繰り返し、今日に至るまで幾度となく戦いを続けている。
 ――全てはこの水平線に、勝利を刻むために。

 ◆

「こちら神通(じんつう)。異常ありません」
「こちら川内(せんだい)、異常ナシだ」
「こちら那珂(なか)ちゃん! 異常なしだよっ!」
『了解した。0400の時刻を以て、第二支援艦隊の哨戒班と任務を交代する。所定の位置まで帰投せよ』

 ――194X年8月25日。
 某海域。

 艦娘を率いる軍事拠点「鎮守府(ちんじゅふ)」より派遣された三姉妹の艦娘達が、夜の海原を駆けていた。
 艤装によりスケートさながらに海上を走る、三人の姉妹艦。夜戦を得手とする一番艦「川内」、二番艦「神通」、三番艦「那珂」の三名はこの時、深海棲艦の接近に対する哨戒任務に就いていた。

「……あーんもぅ、異常なさすぎっ! せっかく夜間でも隠し切れない那珂ちゃんの魅力で、みんなをメロメロにする予定だったのにぃ!」
「も、もう那珂ちゃん……いけませんよ、異常がないのは良いことなのですから」
「神通の言う通りだぞ、那珂。……あー、でもやっぱり敵を見つけて夜戦したかったっ!」
「川内姉さんっ!」

 柿色の服の上に艤装を纏う彼女達は、交代の時間が差し迫ると口々に本音を漏らす。長女と三女の奔放な発言に、次女はいつものことながら眉を釣り上げ諫言する。

「しっかし、ホントに何も起きないねー。いつもだったら、こっちを偵察しに来てる奴らが二、三匹はいるもんなのに……」

 ――多少なりとも深海棲艦との小競り合いは起きているが、ここ数週間は穏やかな毎日が続いている。大規模な反抗作戦に向けた準備期間……という噂もあるが、艦娘達自身も実際のところは把握していない。

 彼女達の指揮官である「提督(ていとく)」は現在、上層部に特型駆逐艦配備の打診のため大本営に出張しており、現在は秘書艦を務める戦艦「長門(ながと)」と「陸奥(むつ)」がその役割を代行しているが――彼女達も詳細を語ろうとはしなかった。
 だが、機密保持という鉄則を鑑みればその姿勢は当然であり、部下である艦娘達もそれについては理解しているため、詮索する者は一人もいなかった。

 だが。それを鑑みても――この日の静けさは異常過ぎると、彼女達は感じていた。

「妙、ですね。静か過ぎる……」
「今夜だって、かなり沖の方まで踏み込んで哨戒してたのに……一匹も影すら見えないなんて、ちょっと変だよね」

 次女と三女が、そうして訝しげに互いを見合わせていた時。先行する長女は独り、前方の水平線を眺めて居た。

「……!」

 闇一色の空を映したように、暗く淀んだ海原。その並行であるはずのラインの上に――うっすらと。

 何かの影が、見えたのだ。

「……いたいた。神通、那珂。0時の方向に何かいる」
「えっ……!? どうしてこんなところに!? 索敵を潜り抜けて来たというの……!?」
「ほ、ほんとだ。なんであんなところに……」
「とにかく、あの影の実体を探ろう。散開するよ」

 夜戦で培った暗視能力は、伊達ではない。素早く敵影を発見した川内は、指先で二人に散開を指示するとスピードを落とし、音を殺す。
 その指示を受け、次女と三女は互いに顔を見合わせて強く頷き、左右に航路を変えた。

(あんな場所に、単独で……。ウチの艦娘じゃないことは確かだよね。でも、万一にも誤射だけは避けたい)

 妹達が散らばって行く様を見届けた後、川内は耳に手を当て上司と連絡を取る。

『こちら長門(ながと)だ。何かあったか?』
「進路上に、彼我不明(ひがふめい)の人員一を確認しました。これより誰何(すいか)に入ります」
『なに? そんなところにか……? ……わかった。何か対象に変化があれば、速やかに報告しろ』
「了解しました」

 通信から返ってきた凛とした声に、川内は厳かに頷くと、夜目を利かせて眼前の正体不明の物体を注視する。
 その「何か」は那珂と神通に包囲されても微動だにせず、海上に静止していた。

『こちら神通。所定の位置に到着しました』
『こちら那珂ちゃん! こっちも着いたよ!』
「よし……神通、那珂。これより、あの人員一の正体を誰何する。逸るなよ、二人とも」
『了解しました』
『了解〜っ!』

 目測距離は約300。三角状に散開した川内型三姉妹は、中央で静止する対象を凝視しつつ――緩やかな速度で接近を始める。
 僅かな波の揺れも起こすまい、と慎重に歩を進める彼女達の影が、徐々に「何か」へと近づいていく。だが、「何か」は気づいていないのか、未だ反応を示さない。

『距離250。対象、未だ変化なし』
『変だね……かなり近づいてるのに』
「無防備と見せかけて、こちらを引き付ける算段かも知れない。油断するなよ」

 川内の視界に映る、神通と那珂の影が徐々に大きくなっていく。対象のシルエットがさらにはっきりと見えるようになってきた。
 通常の深海棲艦なら、とうにこちらに気付いて攻撃してくる間合いだが――まだ、動きはない。

『距離200。未だ、変化はありません』
『……寝てるのかな?』
「こっちの領海のど真ん中でか? ……ていうか、この影の形は……」

 それからさらに接近し――対象まで距離150、といったところで。
 遂に、対象のシルエットが明らかになる。

 ――「雷巡(らいじゅん)(きゅう)」。
 顔を黒鉄の鉄仮面で覆い隠し、下半身を機械の塊で埋め尽くした深海棲艦の一種。夜間での戦闘を本領とする種であり、この時間帯においては脅威になりうる存在だ。

(……間違いない、チ級だ。やっぱり深海棲艦だったのか。……でも、妙だな)

 対象は未確認の新手ではなく、すでに交戦経験もあるチ級だった。……が、それだけに違和感も大きい。

 川内は夜戦を得手とする自身の特性上、同じく夜間で性能を発揮するチ級とは何度も戦ってきた。この鎮守府で最も夜戦慣れしていると言っても、過言ではない。
 そんな彼女の経験則を以てしても――これほど無抵抗で接近を許すチ級との遭遇は初めてのことであった。

 夜戦に精通する彼女だからこそ感じる、えもいわれぬ違和感。その実態――あのチ級に隠された秘密を解き明かすまで、油断はできないだろう。

『距離100。川内姉さん、これはやはりチ級では……? どうします?』
『まだこっちに気づいていないみたいだし……先制して仕掛けるのもアリじゃない?』
「……いや、もう少し様子を見る。少なくともこの距離なら、いつ相手が動いてもこっちは絶対に外さないんだ」

 もしかしたら、このチ級から深海棲艦の新たな情報が得られるかも知れない。今まで発見されなかった習性があるなら、その全貌を見極める価値はある。
 川内は近づいてくる妹達に指示を送ると、正面からチ級の影に近づいていく。その間合いはすでに、50を切っていた。

(もう目と鼻の先か……。これ以上引き付けたって、撃つ姿勢に入る前に撃たれるのが関の山だ。それがわからないチ級とは思えないが……)

 しかし、ここまで近くに来てもチ級の影に変化はない。微動だにしないまま、川内達の接近を許していた。
 この近さとなると、もう夜間でも全体像がハッキリと見えてくる。鉄仮面で素顔を隠し、下半身を機械に埋め尽くすその出で立ちは、紛れもなく雷巡チ級のそれであった。

 彼女は居眠りでもしているかのように俯いたまま、全く動きを見せない。対して、川内達三人は砲身を向けながらジリジリと近寄っている。

 川内が考えている通り、ここまで無防備なまま接近を許していては、迎撃する前に撃たれてしまうだろう。仮に正面の川内を撃てたとしても、すぐに両脇から神通と那珂に撃たれてしまう。
 いくら夜間の雷巡チ級といえど、この状況を脱せられるほどの性能はないはず。――川内の表情は、さらに険しくなった。

『……距離、10。川内姉さん、このチ級は一体……?』
『やっぱり寝ちゃってるのかな……?』
「……」

 彼女に合わせて近づいてきていた妹達も、さすがに違和感を覚えたらしい。訝しむような声色で呟く彼女達は、互いに顔を見合わせる。すでに互いの顔が鮮明に見える距離だった。
 あとほんの少し近づけば、姉妹間の通信すら無用になるほどの距離になる。そこに思い至った川内は、暫し思いふけると――意を決するように顔を上げた。

「……よし。私がゼロ距離まで接近して調べてみる。二人は万一に備えて援護してくれ」
『え……!? む、無茶です川内姉さん! もしそこでチ級が動き出したら……!』
『そ、そうだよいくらなんでも!』
「大丈夫。……大丈夫な、気がするんだ」

 もしかしたら、チ級の生態を調べることができるかも知れない。今まで遠距離で撃ち合い、沈めるしかなかった深海棲艦にそこまで近付くのは初めての経験だが……この謎の敵の正体を解き明かす手掛かりにもなりうる。
 そう思い立った川内は、危険を承知で深海棲艦にゼロ距離まで接近することに決めたのであった。力強い長女の声色を聞き、妹達は不安に表情を染めつつも見守る他なかった。

 川内は滑るように航路を変え、チ級の背面に回りこむ。そして、息を殺して近寄っていくのだった。

(距離、9。8。7)

 心臓が高鳴る。それは期待か、不安か。

(6。5。4)

 緊張が走る。妹達の心臓が悲鳴を上げ、長女の顎から汗の雫が滴り落ちる。

(……3、2……)

 とうとう、ここまで来た。もはや、引き返せはしない。手が届く直前まで近づいてしまった彼女は、初めて見るチ級の鮮明な身体に息を飲む。

(1。……0ッ!)

 そして。ついに。
 容易く触れることができる距離まで……近づいてしまった。心臓が止まるような、強烈な緊張に震えながら……彼女は微かに震える手で、深海棲艦の柔肌に触れる。

(……こ、れが……)

 それは、自分達艦娘とさして変わらない……柔らかな感触だった。体温というものをまるで感じない冷たさではあるものの、彼女の指に伝わる感覚は、妹達や仲間達と触れ合う時とどこか似ているようにも感じられた。

(すごい……なんだか、まるで……)

 その未知の感覚に驚嘆しつつ、川内は撫でるように上から下へと手を滑らせる。……その時だった。

(……んっ……!?)

 ぬちゃり。

 そんな擬音が似合う、「何か」が川内の手に纏わり付いた。その違和感を敏感に感じ取った彼女は咄嗟に手を引き――彼女の足元が大きく波打つ。

『川内姉さんっ!』
『大丈夫っ!?』

 その反応を目撃した神通と那珂が、何事かと声を震わせる。普段なら、ここで強気に笑って元気付けるところであるが……今の川内に、そんな余裕はない。

「……!」

 手に纏わり付く鮮血の滴りに、戦慄している今の彼女には。

 自分の手についたのがチ級の血だと気づいた川内は、その感触を覚えた部位――肉体の上半身と機械の下半身を繋ぐ腰周りに、視線を移す。
 チ級の身体自体が暗い色であるためか、彼女の夜目でも中々見えない部分だったが……徐々に、その全貌が見えてくる。

 そして。

「……ひっ!?」

 見えた。

 見えてしまった。

 腰から無惨に食いちぎられ、「中身」を剥き出しにされたチ級の傷口が。

 歴戦の艦娘らしからぬ声を漏らし、川内は思わず背を仰け反らせる。すると、先ほど川内が揺らした海面にバランスを狂わされてか、チ級の身体が大きく傾いた。

 このまま倒れ伏して行く。誰もが、そう思う動きだった。

 だが。このチ級は、違っていた。

「……あぁ……!」

 食いちぎられた腰周りは、もはや骨も残っておらず……僅かな肉が繋がっているに過ぎなかった。そのためか、傾いた勢いで倒れたのは――チ級の、上半身のみであった。

 血糊を撒き散らしながら、うつ伏せに海面に伏したチ級の上半身は、そのまま暗黒の海中へと没する。
 それから僅かな間をおいて、残された下半身が上半身とは異なる方向に倒れ――沈み始めた。

『こ、これって……!』
『どど、どうなってんの!?』

 目の前で起きた現象に、神通と那珂も困惑の表情を浮かべる。川内は反応する余裕もなく、ただ呆然と上下に分かれたチ級の遺体が水没していく様子を、見るしかなかった。

(このチ級は私達を引き付けていたのでも、眠っていたのでもない。何者かに、すでに喰い殺されていたんだ……。誰が……!?)

 だが……海中に消えゆくチ級の上半身を見つめていた彼女は。ふと、あることを思い立ち我に返る。

「神通、那珂! 下を照らせ、海中だ!」
『えっ!? し、下ですか!?』
『な、なんで!』
「いいから早く!」

 そして妹達に指示を送りながら、手にしたライトを海中に向ける。長女の切迫した声に、妹達はただ従うしかない。

 底の見えない暗闇そのもの。
 そこへ差し込む三つの光は――彼女達三人に、凄惨たる光景を映し出していた。

「……!」

 川内も。神通も。那珂も。誰一人、声が出せずにいた。凍りつく三姉妹が、足下の海中を見下ろした先には――おびただしい数の、深海棲艦の遺体が漂っている。

 鮫型の「駆逐(くちく)(きゅう)」、「駆逐(くちく)(きゅう)」、「軽巡(けいじゅん)(きゅう)」。チ級と同じく、人間に近い部分を持っている「軽巡(けいじゅん)(きゅう)」。
 何十という深海棲艦の群れが、身体のあらゆる箇所を食い荒らされ、海中に没していた。たった今、沈もうとしているチ級も、その仲間入りを果たそうとしている。

 彼女達が感じていた、奇妙なまでの静けさ。その理由が、ここにあった。

「な、なに!? なんでみんな食べられて……だ、誰が!?」
「川内姉さん、これは……」
「……ああ、間違いない。このチ級も、海の下のこいつらも、みんな何者かに喰い殺されたんだ。……これが、ここ暫く連中の姿が見えなかった理由、か」

 鮮血が纏わり付く自分の手を一瞥し、川内は眉を顰める。通信がなくとも話せる位置まで集まった三姉妹は、三方向に背中を預け合い、揃って剣呑な面持ちになった。

 ……正体は不明。だが、チ級もろとも無数の深海棲艦を捕食するほどの「何か」がいることは間違いなかった。
 ならば、速やかにその実態を突き止めねばならない。「何か」の目的も何もかもわからないままではあるが――自分達にある意味近しい深海棲艦が喰われている以上、艦娘の自分達が捕食対象外とは限らない。

 その可能性を、言葉にするまでもなく危惧した彼女達は互いに頷きあうと、ライトを下に照らす。
 深海棲艦を喰らう者。そんな未知の脅威が、水平線に浮かんでいるとは限らない。第一、海にその「何か」がいるとするなら、夜戦に特化している自分達が気づかないはずはない。
 なら予想される「何か」の出処は、海中。そこに潜んで獲物を捉え、深海棲艦を喰らい尽くしていたとするなら……今まで自分達が見つけられなかったことにも説明がつく。

「……えっ!?」
「うそっ!?」
「どういう……こと!?」

 だが――三人はライトで照らした海中を見下ろした途端、驚愕の表情となる。

 あれほどまばらに漂っていた、無数の遺体が。おびただしい数の、遺体の群れが。

 忽然と、その姿を消していたのだ。

 三姉妹が一箇所に集まるまでの、僅かな時間。その間だけ、三人とも海中から目を離していた。
 一分はおろか三十秒にも満たない、その僅かな時間の中で、大量の遺体が海中から消え去っていたのである。

 一体、何がどうなっているのか。三姉妹の誰もが、その答えを見つけられずにいた。
 もしかしたら、幻か……何かの見間違いだったのではないか。そんな考えも過っただろう。……今この瞬間も、川内の手に纏わり付く鮮血の滴りがなければ。

「あ、あれだけの数の遺体が、どこへ……!」
「もしかして、犯人が食べちゃった……とか?」
「……いや、それはない。チ級が喰われた痕は、そんな大きさじゃなかった」

 川内が間近で見たチ級の傷口。僅かな肉だけで上半身と下半身を繋いでいた、その部分には、凄まじい力で食いちぎられた痕跡があった。
 だが、その傷口の形――即ち歯型は、鮫の類とは違う形状であり、しかも歯型自体はそこまで大きなものではなく……犯人は、自分達と大して変わらない体長の持ち主であることが推察された。

 少なくとも、無数の遺体を丸呑みにしてしまうような大きさではなかったはず。
 それに、他の遺体にも同じ形状の歯型が幾つも残されていた。跡形もなく深海棲艦を喰らい尽くせるような存在に、わざわざ獲物を小さく噛んで遺体を残す意味があるとも思えない。

 つまり……無数の深海棲艦を食い散らかした「何か」と。大量の遺体を跡形もなく捕食した「何か」がいることになる。

 「何か」は、二体(・・)いるのだ。

「……ッ!? なに、あれ……」

 その事実に至り、三人の全身が総毛立つ瞬間。何もかも消え去った海中の果てに、「何か」の影が揺らめいた。

 見間違いではない。

 影は徐々に大きくなり、彼女達が見たことないシルエットを膨らませている。

「……!」

 その先にあるものを、凝視した先には。













 ――巨大。


 その一言に尽きる、飛蝗(バッタ)の顔が。


 三姉妹の視界全てを埋め尽くすように、広がっていた。










 そして。

 その口元から、僅かに覗く深海棲艦の肉片。それを目の当たりにした彼女達の絶叫が、夜空の果てへと轟くのだった。
 
 

 
後書き
 次回からは仮面ライダー側の世界のお話になります。艦これ側の世界のお話に戻るのは第10話からになりますのでご了承ください。
 なお、本作ではどっち側の世界の話なのかが分かりやすいように、艦これ側の世界は「194X年」とし、仮面ライダー側の世界は「2016年」と表記しています。 

 

第2話 仮面ライダーAP、南雲サダト

 
前書き
 あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますっ! 

 
 ――2009年。世界各地でテロが多発。
 日本政府は鎮圧のため、精鋭揃いの対テロ特殊部隊「シェード」を創設。
 地球全土を活動範囲とする彼らの活躍により、世界には少しずつ平和の光が差し染めるようになっていた。

 だが。

 その成果が、人体を改造して兵器化するという非人道的な行為によるものと判明。シェードは直ちに解体され、創始者「徳川清山(とくがわせいざん)」も逮捕された。

 ――それから僅かな日数が過ぎた、2009年1月31日。
 開局50周年を迎えたテレビ朝日本社ビルにて、突如謎のテロ組織が踏み込み、ビルが瞬く間に占拠される事件が発生。
 その正体は、「織田大道(おだだいどう)」をリーダーとするシェード残党であった。人質と引き換えに徳川清山の釈放を要求する彼らは、「No.5」と呼ばれる兵士に犯行声明を読み上げさせる。

 しかし――彼が改造される以前から恋人関係にあったワインソムリエ「日向恵理(ひなたえり)」の説得をきっかけに、No.5は洗脳から解放され、組織から離反。
 改造人間「仮面ライダーG」に変身し、織田率いるシェード残党の怪人部隊と交戦。これを撃破した。

 それから間も無く、No.5は恋人を残し出奔。人間社会からもシェードからも孤立したまま、人類を脅かす怪人達と激闘を繰り広げることとなる。

 ◆

 ――それから7年が過ぎた、2016年5月。
 長きに渡る仮面ライダーGとシェードの戦いも徐々に沈静化を見せ、シェード残党の勢いはかなり弱まっていた。

 そんな折、世界中に「シェードに改造された元被験者が生身を取り戻した」という不可思議なニュースが舞い飛ぶようになる。
 それは、改造人間にされた罪なき人々を救う為に外宇宙から来訪してきた、エリュシオン星の姫君「アウラ」の所業だった。

 「改造人間を生身の人間に治す」秘術を持つ彼女の存在に目を付けたシェードは、東京まで単身で来日してきた彼女を攫おうと画策する。
 しかしその目論見は、現場に居合わせた城南大学2年生「南雲(なぐも)サダト」によって妨害されてしまった。

 生身でありながら、改造人間である戦闘員から少女一人を助け出した彼の手腕にも狙いを定めたシェードは、アウラを匿う彼を急襲。
 敢え無く囚われてしまった彼は、仮面ライダーGをモデルに開発された新型改造人間「APソルジャー」の一員として改造されてしまった。

 やがて仮面ライダーGと交戦することになる彼だったが、戦闘中にアウラの呼びかけにより洗脳から覚醒。No.5と同様に、組織への反旗を翻す。
 斯くして「仮面ライダーAP」と名を改めた南雲サダトは、アウラの力で人間に戻ることをよしとせず、仮面ライダーとして彼女を守るために戦うことを選ぶのだった。

 ――そして。

 この「Gの世界」における、第二の「仮面ライダー」が出現してから三ヶ月。

 シェードの中から、さらなる暴威が目醒めようとしていた。

 ◆

 ――2016年8月24日。
 東京都奥多摩町某所。

「……」

 蝉の鳴き声。川のせせらぎ。小鳥の囀り。
 都市開発がこの国で最も進んでいる東京の一部とは思えないほどに、自然の音色に彩られたこの空間の中で。

 赤いレザーベストに身を包む一人の若者が、石段に腰掛け一冊の本を読みふけっていた。
 夏の風に黒髪を揺らす彼の傍らには、真紅に塗装されたバイク「VFR800F」をベースとする改造人間用二輪車「マシンアペリティファー」が置かれている。

(相互に影響し合う、複数の世界――か)

 木陰の中でページを捲る若者……もとい南雲サダトは、手にした本の一節を静かに見つめる。その本の表紙には、「パラレルワールド 互いに干渉する異次元」という題名が記されていた。
 オーストラリアのとある高名な学者が提唱する、今ある世界とは全く違う歴史を歩んだ異次元の存在を、科学的考証に基づいて証明した論文を元に、日本の大学教授が学術書として著した一冊である。
 裏表紙には、「割戸神博志(わりとがみひろし)」という著者名が記されていた。

(城南大学の元教授、か……。2009年に消息を絶っているって話だけど)

 生物学を専門とする、某県出身の老教授。当時から偏屈者として知られていたらしい。
 サダトが入学してきた頃には、すでに割戸神教授は大学から姿を消している。
 ――それに彼が行方知れずとなった時期は、シェード残党の武装蜂起にも重なる。

 やがて、訝しむような面持ちでページを捲る彼の目に、あるページが留まった。終盤であるその項は、オーストラリアの論文の解釈ではなく――割戸神教授自身の主張が記されている。

 ――『この国には、この世界には偽善と欺瞞が溢れている。平和を謳いながらマイノリティを公然と迫害し、誰もそれを咎めない。この世界に生を受けていながら、この世界に居場所を見出すことができない。それを是とするならば、我々はもはや他の世界に居場所を求める他はないのかも知れない』。

 その一節は、この世界への深い絶望と諦観を滲ませていた。

(居場所を見出すことができない……か)

 サダトは神妙な面持ちで、その文面を見つめる。

 ――無差別テロを繰り返すシェードの怪人。
 その脅威から人々を守り続けてきた仮面ライダーに対する民衆の反応は、真っ二つに分かれていた。

 怪人達から被害を受けている大多数の一般市民は、人間の自由と平和を守る正義の味方として、惜しみない賞賛を送っている。
 現実問題として、シェードのテロ行為による被害が後を絶たない昨今においては、この考えが世論の主流であった。
 特に右翼寄りの勢力からの支持が多く、警察や自衛隊の特殊構成員として引き入れるべきという意見もある。

 だがその一方で、正義を騙り公然と人殺しを繰り返す殺人鬼として、強烈に批判する見解もあった。その背景には、シェードによる改造手術を受けた被験者問題がある。

 2009年にシェードの非人道的な人体実験が明るみになり、組織は解体されたのだが……それで改造されていた被験者達が元通りになれるわけではない。
 身体を人外の兵器にされた挙句、居場所も奪われた被験者達が路頭に迷い、異形ゆえに人間社会から追放された影響で凶行に走るという、社会問題にまで発展してしまった。
 これを受けて、政府はただちに改造被験者保護施設を全国各地に設立。シェードに改造され、かつ民間人への害意を持たない被験者達を隔離にも近い形で保護することになった。改造人間にも、人権が保障される制度が組まれたのである。

 そんな彼らにとって、シェードの怪人とあらば問答無用で抹殺に掛かる仮面ライダーは、まさしく「死神」であった。
 仮面ライダーの標的はシェード残党の暗躍に関わる怪人のみであるが、詳細を知らない元被験者達の間では「仮面ライダーに殺される」と錯乱状態に陥る者が続出。これを受けて、一部の人権保護団体が仮面ライダーを差別主義の殺人鬼と糾弾し始めたのである。

 そうして世論が二手に分かれた今も、仮面ライダーとシェードの戦いは続いている。
 だが、シェードを倒したとしても、仮面ライダーに勝利は来ない。

 異形の存在を受け入れる居場所がないことは、改造被験者保護施設の存在が証明している。平和が訪れたとしても、そこに安住の地はない。
 この広い世界に、仮面ライダーは独りなのだ。

(……俺の居場所も、ここじゃないのかもな)

 シェードも仮面ライダーもいない世界なら。改造人間が普遍的に暮らしている世界なら。……そんな世界が、あるなら。
 きっとそこに、自分の居場所もあるのではないか。ここよりもっと、相応しい場所があるのではないか。

 隣の芝生は青く見える、ということかも知れないが……それでも。似て非なる異世界が実在するというのなら……それを求める割戸神教授の思想にも、共感してしまう。
 気がつけばこうして、彼の著書を手に取っているのが、その本心の顕れであった。

 ――だが、その時。
 林の向こうから響き渡る悲鳴が空を衝く。その断末魔にも似た叫びを聞き、サダトは我に返るように石段から立ち上がった。

「……ッ!」

 考えるよりも速く。サダトは傍らのマシンアペリティファーに跨り、エンジンを噴かせる。
 プルトニウム原子炉を動力源とする改造人間用のスーパーマシンは、主人を乗せて猛烈に道無き道を疾走した。
 
 

 
後書き
 今話から第9話まで、仮面ライダー側の世界でお話が展開していきます。
 ちなみに今話で触れられた、この世界における改造人間を巡る社会問題については、第三章でちびちび掘り下げる方針ですので、第二章の大筋にはそこまで関係ないです。ごめんなさい。 

 

第3話 怪人との対決

 ――2016年8月24日。
 東京都奥多摩町某バーベキュースポット。

 世間では夏休みの只中。真夏の日差しを浴びながら、賑やかなひと時を過ごす人々の前に――()(もの)は唐突に現れた。

 全身から禍々しい棘だらけの触手を伸ばした、異形の魔物。「フィロキセラ怪人(かいじん)」と称される、シェード残党の主力改造人間だ。
 2009年に現れた織田大道の怪人態をベースに量産された個体であり、その総数は100を悠に超える。

 瑞々しい輝きを放つ川から這い出た悪魔の形相に、バーベキューを楽しんでいた人々は一瞬にして騒然となり、娯楽施設であるはずのスポットは阿鼻叫喚の生き地獄と化した。

 躓きながら、転びながら。それでも(せい)にしがみつき、ひた走る人々。そんな彼らの無防備な背中を、鞭のようにしなる触手が容赦無く貫いて行く。

 血糊に塗れた亡骸を踏み躙り、フィロキセラ怪人は川岸を歩んでいく。厳かに血を踏み締める彼自身の動きは、緩慢なものであったが――彼から伸びる触手の群れは、決して捉えた獲物を逃がさない。

 一人。また一人と、己の触手を鮮血に染めて行く。

 ――選ばれた改造人間である自分達こそが至高の存在であり、無力な人間共はその素晴らしさを喧伝するための生贄。家畜。
 それが仮面ライダーに追い詰められたことで、より苛烈で過激な選民思想に凝り固まったシェードの理念であった。

「……!」

 だが、それすらも跳ね除けんとする正義の使者が彼の前に立ち塞がる。逃げ惑う民衆の波を掻き分けるように、VFR800Fの赤いボディが真っ向から走って来た。

「……そこまでだ」

 フィロキセラ怪人の眼前で大きく片脚を振り上げ、バイクから降りた青年――サダトは、ジェットヘルメットを脱ぎ憤怒の形相を露わにする。彼の足元や周辺には、シェードのテロ行為により犠牲となった人々が死屍累々と散らばっていた。
 ――何もしていない怪人だったなら、投降を呼び掛けて改造被験者保護施設に入れさせることもできる。だがもはや、この個体に対話の余地はない。

 怪物の声による嘲笑と共に、亡骸を踏み潰すフィロキセラ怪人を前にした今。サダトの脳裏にあった選択肢は、一つに絞られた。
 「殺す」という、至極単純な選択に。

「……ッ!」

 真紅のレザーベストを翻し、ワインオープナーを象ったベルトが顕になる。同時に、懐に忍ばせていた赤色のワインボトルを手に取り――瞬時にベルトに装填した。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』

 甲高い声色の電子音声が、ベルトから青空に響き渡る。サダトの身体を異形に変貌させる、変身待機音声だ。

 その直後。彼はタクトを振る指揮者のように滑らかな動きで、左手の人差し指と中指で「a」の字を描くと――最後に、その指先を顔の正面に立てた。

「……変身ッ!」

 次の瞬間。右手でレバーを倒すと、ベルトに装填されたワインボトルが赤く発光を始める。
 その輝きが彼の全身を覆うと――そこには南雲サダトではない、異形の戦士が立っていた。

 黒を基調とするボディに走る、真紅のエネルギーライン。金色に煌めく複眼は「a」の字に囲われ、赤い胸に刻まれた「p」のイニシャルが、燦々とした太陽の輝きを照り返している。

『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 そして高らかな電子音声が、変身シークエンスの完了を告げるのだった。

 斯くして、仮面ライダーAPとして変身を遂げた南雲サダトは、フィロキセラ怪人と対峙することとなる。その右手にはすでに、胸の「p」の意匠から出現した一振りの剣が握られていた。
 「p」の字を象った柄から伸びる白銀の刃か、陽射しを浴びて眩い輝きを放つ。

「――シャアァアアッ!」
「おおぉッ!」

 その光を消し去らんと、フィロキセラ怪人の触手が唸る。だが、縦横無尽に振るわれる刃は、その猛攻を容易く凌いだ。
 火花を散らし、切り落とされて行く触手。その部位から伝わる激痛にもがく怪人は、頭部からさらに図太い触手を放った。とてもではないが、一太刀で切り裂ける太さではない。

「はッ!」
「……ッ!?」

 だが、それすらもサダトの想定内であった。彼は咄嗟に剣を投げ捨て、太い触手を両腕で掴む。
 そして、そのまま大きく両腕を振り上げ――怪人を振り回してしまった。宙を舞う怪人の背中が、バーベキューの鉄網の上へ落下していく。

「ガァッ!」

 石の上に叩きつけられる衝撃と、背中に伝わる高熱を同時に味わい、怪人は予期せぬダメージにのたうつ。そこへ、剣を拾い上げたサダトが踊りかかった。

「はッ! とぁッ! せあぁッ!」
「ギ、アァッ!」

 無論、怪人も迎撃に入ろうとするが――怪人が立ち上がって構えるより、サダトが斬り込む方が遥かに速い。
 身を起こしたばかりで無防備な怪人を、容赦無く何度も斬りつけていく。火花と血潮が飛び散り、フィロキセラの全身が血だるまになっていった。
 やがて斬撃に吹き飛ばされた彼は、その身を川の浅瀬に墜とされる。激しい水飛沫が、戦いの激しさを物語っていた。

「グ、オ、オォッ……!」

 かろうじて立ち上がりつつも、倒壊寸前の廃墟のように、ふらつきを見せるようになる怪人。その視界はすでに、失血とそれに伴う疲弊で混濁しているようだった。

「……とどめだ!」

 だが、サダトはあくまで手を緩めず――ワインボトルを押し込み、ボトルのエネルギーを右腕に集中させる。
 真紅のエネルギーラインを通じる「力」はやがて、右手に渡り――さらに逆手に握られた剣へと充填された。
 白銀の刃が紅い電光を帯びて、妖しい輝きを放つ。

『FINISHER! EVIL AND JUSTICE OF MARRIAGE!』
「スワリング――ライダービートッ!」

 そして、身体を横に回転させて放つ必殺の一閃が――降伏も命乞いも許さず、フィロキセラ怪人を切り裂く。

「グガ、アァアァアアッ!」

 絶叫と共に、怪人が爆炎に包まれたのは、その直後だった。

「……」

 爆発の威力を物語るように、川岸の周辺に煙が立ち上る。その光景から怪人の死を確信したサダトは、ベルトからワインボトルを引き抜き変身を解除する。
 そして、苦々しい面持ちで踵を返す――その時。

「バ、カな……こ、こんなバカなことがッ……!」
「――ッ!?」

 煙の方向から響く苦悶の声に、思わず振り返った。その視線の先には――血だるまで跪く、迷彩服姿の男の姿があった。
 男は血が滲むほどに唇を噛み締めながら、憎々しげにサダトを睨み付けていた。その佇まいから、あのフィロキセラ怪人の人間態であることが窺い知れる。
 あの一閃を受けていながら、まだ生きていたのだ。

「仮面ライダーの模造品でしか……先行量産型の一人でしかない! そんな貴様に、この俺が負けるはずがない……! 間違いだ、こんな結果は、間違いだァァァァッ!」
「ま、待てッ!」

 頭を抱え、目を血走らせ、狂乱の叫びを上げて。男は水を掻き分けながら、奥多摩の山中へと消えていく。
 瀕死まで追い込まれているとは思えないほどの力で、彼は逃走を図っていた。

 追い詰められるあまり凶悪性を増した怪人は、何をしでかすかわからない。
 サダトは素早くマシンアペリティファーに跨ると、男を追ってエンジンを噴かせた――。
 

 

第4話 異形の飛蝗

 男を追い、バイクを走らせた先に待ち受けていたのは……一軒の、木造造りの山小屋だった。

「……」

 ここで途絶えている男の足音を見下ろし、サダトはバイクから降りるとヘルメットを脱ぎ、神妙な面持ちで山小屋に近づいていく。……敵の気配は、感じられない。
 キィ、という音と共に扉を開いた先には、男のものらしき血痕が山小屋の隅に続いていた。そこには、地下へ通じているものと思しき梯子がある。

(ここが連中のアジトだったのか……よし)

 無論、敵の拠点を見つけた以上、放っておくわけにはいかない。サダトは意を決したように口元を結び、梯子を降りていく。

(仮面ライダーG……吾郎(ごろう)さんは、海外に散らばったシェード残党を駆逐するため、ヨーロッパに向かっている。日本に残った仮面ライダーとして、俺がなんとかしなきゃ……)

 仮面ライダーとしての先輩である男の背中は、果てしなく遠い。それでも人間を守る改造人間として、その責は果たさねばならない。
 その一心で奥へと降りていく彼は……やがて、薄暗い研究室らしき場所へ辿り着いた。

「……!?」

 ――刹那。強烈な血の匂いに、サダトは思わず鼻を抑える。

 さっきの男だけの血ではない。目を凝らして辺りを見渡してみると、部屋中が血塗れになっていた。
 一見、水漏れのようにも見える滴りは、よく見ると天井に掛かった血痕によるものだということがわかる。

 天井に血痕が残るほどの、激しい血飛沫がここで起きていた。目の前でピチャリ、ピチャリと滴る紅い雫が、その証となっている。

(な、んだ、ここは。一体、ここで何が……!?)

 何かの資料らしき紙やディスクもあちこちに散乱している。激しい争いの跡が、これでもかというほど残されていた。
 ここで内乱でも起きていたのだろうか。そう勘繰るサダトは、とにかく辺りを調べて見ようと踏み出し――足元に奇妙な感覚を覚える。まるで、何かを踏んだような。

「う……!」

 見下ろした途端、思わず声を漏らしてしまう。彼が踏んでいたのは、血だるまになり息絶えた白衣の研究員であった。
 体のあちこちが欠損しており、脇腹は曲線を描く歯型を残して食いちぎられている。まるで、鮫に食われたかのようだった。

(こんな傷跡、初めて見るぞ……。俺が今まで戦ってきた怪人達とは、明らかに違う)

 それは、この三ヶ月近くに渡る戦いの日々の中では遭遇したことのない痕跡だった。それを一目見るだけで、これまでの常識が通じない相手であることは容易に想像できる。

 未知の怪人による暴走。それに伴うアジトの壊滅。それが、サダトが導き出したこの状況への結論。
 その得体の知れない怪人が、この広くもないアジトに今も潜んでいる。そう思う彼の頬を、冷や汗が伝った。

「……ん?」

 すると。立ち上がったサダトの目にふと、机に放置されていた書類が目に留まった。紙一枚で散らばった他の書類と違い、しっかりとファイリングされているそれは、彼の関心を強く引きつける。

「……」

 書類は埃まみれな上に、紙そのものがかなり古ぼけているようだった。さらにページのあちこちが血塗れになっていて、字が滲んで読めない部分が非常に多い。
 だが、人型の図面を描いたページはある程度はっきりと読むことができた。

「アグ、レッサー……?」

 そう名付けられた人型の何か――恐らく怪人だろうか――の全体像を描いた図面。それを見つめるサダトは、眉を顰める。
 飛蝗の遺伝子を組み込んだ人型の怪人。それを第一形態とし、段階的に進化する――という旨が書かれていた。……進化する怪人。ますます見たことがない。

(ここのアジトは、こいつを造っていたのか……。くそ、この資料を解析できれば、もっと情報も手に入っ――ん?)

 その時。

 なんとか情報を集めようと資料を凝視するサダトの目に、ある文字が留まる。それは、見取図の隅に小さく記されていた。
 ……血の滲みから免れたそれに書かれていたのは、彼が知っている名前であった。

(……! これは!)

 ――『開発主任:割戸神博志』。確かに、この資料にはそう書かれている。

 かつて城南大学の教授であり、パラレルワールドの実在を主張していた彼が。このアジトでシェードに与して、怪人の開発に携わっていた。
 その決定的証拠を、掴んでしまった。薄々関係があるのでは……と感じつつも、敢えて目を逸らしてきた現実と直面し、サダトは唇を噛み締める。

(教授……どうして、こんな……)

 割戸神教授とは、親交はおろか面識すらない。どのような人柄なのかも知らない。
 だが、同じ大学に身を置いていた人物であることには違いない。シェードが絡まなければ、自分の先生になっていたかも知れない。
 そんな人物が怪人の開発に関わっていたなどとは、そうかも知れないとわかっていても、認めたいものではなかった。

(教授……)

 深い落胆を覚えながら、それでもサダトはページに目を落とす。すでに教授も、この怪人の手に掛かっているのだとしたら……弔いの戦いに臨める者は、自分しかいない。
 死んでしまえば、敵も味方もないのだ。

「……ん?」

 ページを捲って行くと――やがて、古びた写真を幾つも貼り付けたページに辿り着いた。まるで五寸釘でも打ち込んでいるかのように、まばらに貼り付けられた写真の数々。
 そのチョイスに、サダトは既視感を覚える。

(これは……)

 寝たきりになった老人。苦痛に歪む顔。生気を感じない表情。それを診察する医師の、沈痛な面持ち。
 公害の一つとして数えられ、今もなお歴史に色濃く記録されている、時代が生んだ人災とも云うべき病に纏わる写真だ。

(なんで、こんな写真が……)

 正直、この資料に載っている怪人と関係があるようには見えない。だが、資料に貼られたこれらの写真は、どのページにも勝る存在感を放っている。
 まるで、これこそが全てだと訴えるかのように。

 ――その時。

「……!?」

 何かの「音」を、強化されたサダトの聴覚が感知した。無人であっても自然に発生する音とは――違う。
 サダトはページを捲る手を止めて書類を懐に仕舞い、息を殺すように静止する。耳を澄まし、音の実態を探る。

(……これは……)

 ――咀嚼音。

 何かを噛み潰す音。その答えに辿り着いたサダトは、息を飲むとワインボトルを手にして、音の発生源である奥の部屋へと踏み込んだ。

 やはり、怪人がここにいる。

 その確信を胸に、サダトは薄暗い研究室を静かに進み――扉を開ける。無機質な金属音と共に、開かれた先には。

「……!」

 あの時の男が、無残に引きちぎられた姿で転がっていた。手足は食いちぎられ、骨は露出し、肉という肉が食い尽くされている。

 ――だが、有る程度予想はついている展開だ。

 重要なのは、食っている怪人。

 この惨劇を起こした張本人であろう、その仇敵を凝視し――サダトは、息を飲む。












 黄緑色のボディを持ち、二本の触覚を伸ばした異形の怪人。その腕には、ひび割れた頭蓋骨が抱えられている。








「……お、まえは……!」

 飛蝗の貌を持つ、その怪人は――瞳孔の開いた目を剥く男の首を咥えたまま、じっとこちらを見つめていた。
 

 

第5話 飛蝗怪人の猛威

 薄暗い部屋に反響する水音。血の滴りが生む、その音だけが響き渡る中で――サダトと怪人の視線が交わる。

「……お前は、一体」

 問い掛けに対して、怪人は何も答えない。人語を理解できるのかも怪しい風体ではあるが。
 怪人は物言わぬまま男の首を貪る。骨が砕け散る音と共に両目が弾け飛び、割れたスイカのように赤色が広がった。
 その滴りを啜りながら、前屈みの姿勢で怪人は立ち上がる。片腕に抱えた頭蓋骨を、大切そうに抱きしめながら。

「戦うより他は……ない、か」

 こちらを見つめる複眼からは、理性が伺えない。口周りを血に濡らす彼の眼は、次の獲物を求めているようだった。
 何より、南雲サダトという男の第六感が訴えている。――生かしておいては危険すぎる、と。

「……ッ!」

 迷う暇はない。無防備なままでいては、今に男のように餌食になる。
 その確信のもと、サダトはワインボトルをベルトに装填し、素早く指先で「a」のイニシャルを描いた。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「変身ッ!」
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 そして変身完了と同時に剣を振りかざし、一気に斬りかかる。だが、怪人はその一閃を容易くかわして壁に張り付いてしまった。
 さながらそのモチーフ同様、飛蝗のようである。

「ク……速いッ!」

 この行動から、サダトを明確に敵と認識したのか。怪人は壁から弾かれるように飛び出し、サダトの上に覆い被さってくる。

「あぐッ!?」

 そして――並の改造人間を悠に凌ぐ膂力でサダトの両肩を取り押さえ。その肩口に、鋭い牙を突き立てる。

「うがぁあぁああッ!」

 先ほどまで静寂に包まれていたこの一室に、サダトの絶叫が反響し、鮮血が噴き上がる。APソルジャーの外骨格を容易く噛み砕き、中の肉まで貪ろうとする怪人は、生きたまま彼を食い尽くそうとしていた。

「くっ、そぉおぉおッ!」

 だが、ここで殺されるわけには行かない。その一心で彼は、震える左手でワインボトルを押し込んだ。
 右手を通じて、そこに握られた剣が紅い電光を帯びる。

『FINISHER! EVIL AND JUSTICE OF MARRIAGE!』
「がぁあぁあぁあッ!」

 そして無我夢中に、真紅に輝く刃を振るう。改造人間を斬り捨てるほどの電熱を帯びた剣が、怪人の身を刻んだ。

「ギャオオォアァア!」
「はぁ、はぁっ……!」

 その激痛にのたうちまわり、怪人はサダトから離れていく。サダトとしてはここから反撃に転じたいところであったが、今の捕食攻撃での失血ゆえか、速やかに動くことが出来ずにいた。
 出血が続く肩口を抑えながら、息を荒げてなんとかサダトは立ち上がる。一方、怪人は胸に刻まれた傷口から煙を噴き上げ、苦悶の声を漏らしていた。

 ――今の一撃は、さすがに効いたか。そう見るサダトは攻略への糸口を感じ、僅かに安堵する。
 ……仮面に隠された、その表情が一変するのは、この直後だった。

「……!?」
「アガッ……アァアァア!」

 傷を負った怪人は、僅かに落ち着きを取り戻すと――突如声の色を変え、辺りに散らばった白い破片を掻き集め始めた。無我夢中で放った今の一撃で、打ち砕かれた頭蓋骨だ。
 怪人は狼狽と嗚咽を混ぜ合わせた唸り声を、室内に響かせながら……必死に頭蓋骨のカケラを集めている。人間としての理性を感じられなかった先ほどまでとは、まるで雰囲気が違う奇行だった。

(な、んだ……!?)

 その様子を訝しむサダトは、怪人の様子を伺うように息を殺す。――すると。

「ト……ウサン、トウ……サン……!」
「――ッ!?」

 喋った。確かに、喋っていた。
 人ならざる彼の口からは、間違いなく人間の言葉が漏れている。掠れたような声色ではあるが、この静かな空間では聞き間違いようもない。

 だが――人語を発するその怪人は、対話の余地など全く見せない。今まで敵と認識していたはずのサダトを完全に無視して、ただ懸命に頭蓋骨の破片を拾い集めている。
 やがて、彼の両手の平に白い破片の山ができた。

「ア、アァ……」

 しかし当然ながら、それで元通りになるはずもない。粉々に砕かれた頭蓋骨は、砂が零れ落ちるかの如く手から離れていく。
 それをただ見ているしかない怪人は、深い落胆と哀しみに満ちた声を漏らしていた。その外見とはまるで噛み合わない、人間味に満ちた声色で。

(完全に理性が失われた怪人、とは違うのか……!? どうする、この隙に逃げるか仕掛けるか……)

 そんな彼の様子を伺いながら、サダトは思案する。

 人間を喰らう怪人である以上、人里に降ろせば甚大な被害が予想される。可能であれば、この場で始末するしかない。
 だが、この怪人はまだ底が知れない。自分も手負いである以上、迂闊に仕掛けて返り討ちに遭えば本末転倒である。

 先ほどの一閃を受けても、あれほど動き回っている点から見れば、決定打を与えられたようには感じられない。
 ――サダト自身の、怪人達との闘いで培ってきた経験則から判断するなら、もうしばらくは様子を見る必要があった。

 しかし。

 啜り泣くような嗚咽を吐き出す怪人が、次に放ったのは――空間も、世界も、全てを打ち砕くかのような咆哮であった。

「……が……!?」

 その絶叫に反応する間もなく――サダトの身体が一瞬にして、壁に激突する。総重量100kgを超える改造人間のボディを、容易く吹き飛ばす衝撃波が発生したのだ。

 壁から剥がれ落ち、地に伏せるサダトの身体は――この時すでに変身を解かれ、生身の身体が露出していた。

(……へ、変身が……)

 目に映る自分の手の色からそれに気づいたサダトは、今起きたことを整理しつつなんとか立ち上がる。しばらくの間……気を失っていたようだ。

 そして、ふらつきながらも両の足で立ち上がり、濁る意識を明瞭に取り戻した時。あの怪人が、姿を消していることに気づくのだった。

「……!? 不味い、外か!」

 傷の痛みに足取りを狂わされながら、それでも身を引きずるようにサダトも走り出す。躓きながら、転がりながら。
 息を荒げ、血を滴らせながら――ひた走る。

 このままでは……多くの血が流れることになるからだ。自分一人の血など、到底見合わないほどの。

「ハ、ハァッ、ハァッ……! く、そッ……!」
 

 

第6話 進化する怪人

 ――2016年8月24日。
 東京都奥多摩町某所。

 かつて平穏でのどかな街並みであったこの地は、今。

 飛蝗の姿形を借りた怪人の手で、阿鼻叫喚の煉獄と化していた。
 逃げ惑う人間は背中から喰らい。立ち向かう警官隊は、拳銃を握る腕から喰らう。

 怪人という暴威を鎮めるべく立ちはだかる人間達は、この存在にとっては「敵」ですらなく――ただ栄養に溢れた「餌」でしかない。
 武装した警官隊がなだれ込んで来ても、彼の者は餌が食われに来た、としか認識していないのだ。

 警官といえど、感情を持つ一人の人間である。大勢の仲間達が容易く、それこそ羽虫を潰すかのように殺されてなお、戦意を維持できる者などそうはいない。
 やがて絶対的な恐怖に支配された彼らは、市民を守るという己の使命さえ忘れ、立ち向かうことを放棄していった。

 そうして――怪人が奥多摩町に出現して、僅か40分。たったそれだけの時間が過ぎた頃には、もはや彼に戦いを挑む者はいなくなっていた。
 彼を取り巻くものは鮮血に塗れた骸の山と、炎上するパトカーのみ。今頃は警察では対処し切れない案件として、自衛隊の治安出動が要請されている頃だろう。
 ――このまま生身の人間をぶつけたところで、餌が増えるだけなのだから。

「あ、あぁ、あ……!」

 その時。
 彼の者を除き死者しかいないはずの、この場に――怯える少女の声が、微かに聞こえる。その方向へ、怪人が振り返った先には……ある四人の少女達が互いを抱き合い、震える姿が伺えた。

 年齢は十歳前後。夏休みを友達と過ごす――という、ありふれた平和な日常の中にいた彼女達は、慄くあまり逃げることすら出来ずにいたのだ。
 突如飛び込んで来た殺戮の光景に、何分も遅れてようやく理解が追い付いた彼女達に待ち受けていたのは、逃れようのない恐怖と絶望であった。

「お、とうさん、おかあさん……!」
「いやぁ……なんで、なんでぇっ……」

 今日は、この仲良し四人組で川に遊びに行くはずだった。昨日と変わらない、楽しい夏休みの思い出が、始まるはずだった。
 ――今日の夕暮れには、暖かい夕食が待っているはずだった。両親の笑顔が、待っているはずだった。
 決して、こんな怪物に食い殺されるために生まれて来たわけではない。今日まで、生きてきたわけではない。

 予告もなしに舞い込んできた残酷な運命は、覚悟を決める暇すら与えない。いや、暇があったとしても幼い少女に、そんな覚悟が備わるはずもないだろう。

 頼れる大人は軒並み殺され、何があっても自分達のような子供を守ってくれるはず(・・)の警官隊は、我先にと逃げ出していた。

 この瞬間に至り、平和な日常しか知らずに生きてきた彼女達はようやく、自分達が見放されたことを悟っていた。しかし、それを受け入れられるか否かは、全く別の問題である。

 ある少女は、自分の運命に「なぜ」とひたすら、答えがあるはずもない問い掛けを繰り返し。ある少女は、本能が訴える恐怖に突き動かされるまま、両親を呼ぶ。
 だが、助けは来ない。颯爽とこの場に現れ、怪人を蹴散らしてくれるヒーローの気配など、感じられない。

「み、んな……逃げよう、逃げるのよ!」

 その時。両足を震わせ、涙目になり、絶望に打ちひしがれた表情のまま。四人組の一人が、辛うじて声を絞り出す。
 このままでは、どちらにしろ死ぬ。ならば例え望みが薄くとも、生き延びる努力をしなくては。――そんな悲痛な決意を、表情に滲ませて。

 茶色のボブヘアーを揺らし、懸命にそう訴える彼女は、リーダーを自称して三人を遊びに連れ出したことに責任を感じているのだ。自分が三人を誘わなければ、こんな目には遭わなかったかも知れない――と。

「で、でも!」
「だだ……い、じょう、ぶよ。わた、しが……いるじゃない」
「……」

 絶望的な表情のまま、無理矢理「いつも」の笑顔を作ろうとする彼女。そんな痛ましい姿と真意に、三人の胸が痛む。
 そんな少女達の苦しみなど、知ったことではない――と言わんばかりに、この災厄の元凶が近づき始めたのは、この直後だった。

「ぐるなら……ぎなざいっ! ゆびいっぼん、みんなにばっ! ぶれざぜないっ!」

 それに気づいたボブヘアーの少女は、短い手足を目一杯広げ、怪人の前に立ちはだかる。
 涙も鼻水も垂れ流したまま、恐怖に慄いた表情のまま。それでも身を呈して、三人の友達を守ろうとしていた。三人の位置からはその表情は伺えないが、彼女の胸中なら悲痛な叫び声だけで充分窺い知れる。

「ダメェ! 逃げんですっ! 逃げなきゃ、ダメ……なのですうぅっ!」
「一緒に逃げなきゃ、逃げなきゃ意味ないわよ! 一人前のレディーに、なるんじゃなかったの!?」
「……逃げ、て……!」

 三人の少女達も必死に連れ戻そうとするが、ボブヘアーの少女は足に釘でも打たれたかのように動かない。その間も、怪人の影は少女の体を覆い尽くそうとしていた。

「だ、め……だめですっ……死んじゃ、ダメぇえぇえっ!」

 そして、かけがえのない親友を失うことに何より絶望した少女の一人が、茶髪のアップヘアーを振り乱して絶叫する――その時だった。

「オゴォ……ァア……」

「えっ――!?」

 突如、怪人はボブヘアーの少女に手が届く直前で……仰向けに転倒したのである。何か攻撃した覚えもなく、少女達は何事かと顔を見合わせた。

「え……なに? しん、だの?」
「わ、私達……生きてる」
「た、助かったの、です……?」

 何が起きているのかも、理解できず。そのまま暫し立ち尽くした後……彼女達は無我夢中でそこから逃げ出し、遠く離れた川辺に辿り着く。

 怪人は、追ってきていない。

「……き、てる。わた、し、たち……生きてる」

 そこでようやく、自分達がこの地獄から生き延びたと悟るのだった。理由はわからないが、あの怪人は死んだのだと。

「よ、がっだ、よぉ……う、うぇえぇえん!」
「なによ、ピーピー泣いて。そんなんじゃ、レディしっか、く……うわ、あぁあ、あぁああぁあん!」

 その次に飛び出たのは、生還への実感を起爆剤にして破裂した、号泣の嵐。少女達は互いに抱き合い、涙し、生きていることへの感慨を深めていた。

 悪い夢は覚めた。自分達は生きる。明日には、また眩しい太陽が待っている。家に帰れば、いつものように夕食が待っている。

 少女達は、疑うことなく。
 そんな未来が来ることを、信じていた。











 ――苦しむことも、恐れることもなく。
 巨大な牙の一撃で、死を遂げるその一瞬まで。










『ミズ……キレイナ、ミズ。トウサン……ミル、イッショ……』

 少女達四人を瞬時に喰らい、その「日常」と「未来」を閉ざした存在。それは、あの怪人とどこか似ているようで――果てしなく、異なる。

 体長は20メートル。六本の長い足を持ち、とりわけ最後部の後脚は一際長く、折り畳んでいても天を衝くほどの長さを誇っていた。
 黄緑色だった身体は新緑に変色し、人と飛蝗が合わさった貌は、さらに飛蝗の要素へと傾いている。

 ――今ここに生きている人間がいたら。この怪物を、「巨大なトノサマバッタ」と表現していただろう。だが、最後の生き残りだった四人の少女は今、微かな肉片を咀嚼されている最中だ。

 変わり果てた姿へと変態を遂げた怪人は、少女達の咀嚼を終えると、その脚を忙しなく動かし始め、ある場所を目指して進み始めた。

『ミズ、ミズ。キレイナ、ミズ。イッパイ。トウサン、イッパイ』

 向かう先は、まだ見ぬ無数の「餌」が犇めく日本最大の都市。そして、その経路上に在る、「ミズ」の溜まり場。













 ――東京都西多摩郡奥多摩町。「小河内ダム」と呼ばれる、貯水池であった。
 
 

 
後書き
 小河内ダムは、初代仮面ライダーが蜘蛛男との決戦に臨んだ場所でもあります。ライダーだけでなく、人造人間キカイダーでも戦いの舞台として登場していました。 

 

第7話 広がる災厄

 ――2016年8月24日。
 東京都青梅市某所。

 奥多摩町からやや離れたこの街は、穏やかでのどかな都市ではあるものの――やはり日本最大の都市である東京の一部というだけあり、建物と人に溢れた街並みを持っている。

 この街を二つに隔てる大きな川を眺めながら――黄昏時の歩道を、二人の少女が歩んでいた。

「お姉様。今日は何を買われたのですか?」
「ふっふーん。今日はドライフルーツデース! ディナーのあとのティータイムが楽しみネー!」
「ふふふ。あまり食べ過ぎては、お身体に障りますよ?」
「いつの世も、スイーツは別腹ネ! 我が頼もしき妹も、カレーを用意して待ってマース!」
「私は少々不安ですけど……あのお姉様のカレーは……」

 頭に二つのお団子を結った、ブラウン色のロングヘアー。その長髪を靡かせて、長女は天真爛漫な笑みを浮かべる。そんな姉を、隣を歩く妹は微笑ましげに見守っていた。

 帰国子女ゆえか特徴的な言葉遣いではあるものの、長女はその人柄から高校のクラスでは人気者であり、彼女達を含む四姉妹は半ば学園のアイドルのような扱いであった。
 黒髪のボブカットを揺らす、眼鏡をかけた長身の妹はそんな姉を暫し見つめた後――夕暮れに沈む空を見上げる。

(明日の献立、考えておかなくちゃ……)

 明日も、明後日も。平和な毎日は、必ずやってくる。当たり前の日常を、謳歌できる。
 それはこの少女に限らず、青梅市に暮らす誰もが、意識するまでもなく確信していた。

(今夜も、賑やかになりそう……)

 このあとは姉妹皆で食卓を囲み、夏休みのひと時を満喫するのだと。涼しくなる夜には、長女のティータイムに妹達で付き合うのだと。

 ――「その瞬間」が訪れる。その時まで。

「え……」
「……ん? 何デス、この音――」

 地の底から伝わるような振動音。それはやがて天地を引き裂かんとする轟音と化し、数秒と経たないうちに凄まじい揺れが姉妹を襲う。
 突破的な地震か――と、冷や汗をかきながらも、冷静さを維持しようと思考を巡らせる妹は、ここが川の近くであることにハッとなる。

「お姉様! すぐにここを離れッ――!?」
「……こ、んなの、聞いてない……デス……」

 だが。真相は、違っていた。
 この青梅市を襲った災害は、地震ではなかったのだ。今、地面が揺れているのは……とある災害の余波でしかない。

 本当の災害は。津波の如き、天を衝く濁流は。彼女達の目の前に、突如として現れたのだった。
 この地震……にも似た地面の揺れから、僅か十数秒。たったそれだけの間で――青梅市に襲い掛かる濁流は、彼女達のそばまで迫っていたのだ。

 しかし。

 彼女達の思考を停止させた、衝撃的な存在は、それそのものではなかった。

 青梅市に降り掛かる水の災厄。それが、運んできたものに――彼女達は理解が追いつかず、畏怖する。


















 ビルに張り付く、巨大な新緑の生命体。飛蝗を象った「何か」が、理性というものを感じられない複眼に、彼女達を映していた。

















「――お姉様、逃げッ……!」

 その時点で、すでに運命は決まっていた。

 恐怖に怯える暇も、絶望に打ちひしがれる暇も、正確に状況を理解する暇さえ、与えられず。何もかもわからないうちに、彼女は上体から食われていた。

「なん、デ……、なん、デ!?」

 この光景を、長女は受け入れられずにいる。だが、それを咎められる者などいない。

 今日は朝から夕方まで、友人や姉妹達と楽しく過ごし、夏休みの一日を満喫していた。男友達や女友達とプールに行ったり、ナンパされたり、軽い男はお断りと袖にしたり。
 仲間内でボウリング大会に興じたり、カラオケで盛り上がったり。周りが恋バナで盛り上がる中、恥ずかしくて入り込めなかったり。

 そんな当たり前の日常が、夏休みの日常が、今日もこれからも続いていくはずなのだ。こんな状況になるなんて、聞いていない。

 予報もなしに地震が来て、街が水に飲まれ、自分も腹まで水浸しになり――いきなり現れた怪物に、かけがえのない妹が食われた。
 この連綿と続く平和な人生の中で、どうやってそれを予感しろというのか。

「イヤ……イ、ヤ……!」

 ――これは、夢だ。今日のナンパを断ったり、昨日告白してきたサッカー部のキャプテンを振ってしまったりしたから、バチが当たってこんな悪夢を見てるんだ。
 だから、覚めれば自分は自宅のベッドの上にいるはず。今、血みどろになりながら下半身まで食い尽くされた妹も、いつものように呆れながら起こしに来るはず。そしていつものように、リビングの食卓まで半分寝ながら足を運ぶのだ。

 だから、早く覚めて欲しい。早く、解放して欲しい。誰も死んでいない世界に、自分を返して欲しい。

 その一心で、長女は両手で顔を覆う。次に目を開けたら、映っているのは見知った天井であると信じて。

 ――やがて。その間もじりじりと近づいていた巨大飛蝗は。

 動かぬ格好の餌を、頭から喰らうのだった。











 ――それから、しばらくした後。
 ほんの20分前まで、二人の美少女姉妹が歩いていた歩道の場所に……血に濡れた車が流れ着いた。そこから流れるラジオの音声だけが、水と血痕に溢れた、この街の中に響き渡る。

『本日未明、東京都西多摩郡の小河内ダムが突如決壊。大量の水が下流に流れる事故が発生しました。近隣の地域にお住まいの方々は避難を――』

『――臨時ニュースをお知らせします。現在水害発生中の小河内ダムにて、巨大な飛蝗のような怪物が現れたという通報がありました。警視庁、及び防衛省はシェードとの関連性を考慮し迅速に対応を行うと発表し、近隣の住民への避難が――』

 ◆

 ――2016年8月24日。
 東京都大田区東京国際空港。

 「羽田空港」の通称で広く知られる、日本を代表する空港の一つである。夜の帳が下りていたこの当時、ライトアップされた滑走路には231便の旅客機が着陸する予定だ。

 ……そして同機にはこの時。ある高校生の一団が搭乗していた。

「先輩って、ほんと愛想悪いですよねー。だから彼氏いたことないんでしょ」
「……彼氏がいないのは、あなたも同じでしょう」
「んなっ! わ、私はただ、好きな人が出来たら自分から告白するって決めてるだけで――って、うるさいうるさいっ!」
「……うるさいのはあなたよ」

 ある高校の女子弓道部。その夏合宿の帰りである彼女達の最前列の席で、隣り合わせに座っている二人の部員が小競り合いを続けていた。
 冷静沈着で人望の厚い部長と、次期部長でありながら血気盛んで、先輩との衝突が絶えない部のエース。そんな二人の舌戦に、後方座席の部員達は顔を見合わせて苦笑いを浮かべている。

 艶やかな黒髪をポニーテールに纏めた美女は、緑色のツインテールを揺らして憤慨する後輩を冷めた目で見遣る。だが、一見すれば冷徹に見えるその眼差しの奥に、穏やかな温もりが灯っていることは後輩自身も知っていた。
 ただ、それをひた隠しにする姿勢が気に食わないだけなのだ。

 部長自身も、後輩が部活の後に居残り練習を夜遅くまで繰り返し、血の滲むような努力の果てにエースとなった背景を知っている。だからこそ次期部長に指名したし、その実力と人柄は誰よりも買っていた。

 その裏返しである厳しい態度が、こうして当の本人からの反発を招いてもいるのだが。
 それでもなんだかんだで恋バナに花を咲かせているということは、彼女達の仲を示しているようにも伺えた。

「あの二人、相変わらずよね〜……」
「せっかくあたしらが色々お膳立てしてやったのに、結局いつも通りじゃん……」

 今回の夏合宿は全国大会に向けた追い込みが主目的であるが、共同生活を通じて彼女達の仲を取り持とうという部員達の試みも含まれている。
 部員達の誰もが、そうして二人の和解を願っていたのだが――追い込みはともかく、そちらの方は今ひとつだったようだ。相変わらずの喧嘩ばかりな二人に、部員達も苦笑いを浮かべざるを得ない。

「だ、だいたい私だってまだ本気出してないだけだし! 先輩こそ、そんな態度で居続けてたら一生彼氏出来ずにアラサー入りよ!」
「……頭に来ました。私も告白なら何度もされている。浴塗れの男に興味がないというだけよ。あなたなら簡単に引っかかりそうだけれど」
「んなっ、なんですってぇ〜!」

 その間に二人の口論は続いていた。これ以上(主にエースの方が)ヒートアップすると他の乗客にも迷惑になりかねない。見兼ねた部員達が、宥めようと席から立つ――その時だった。

「――だから彼氏が出来たら、私のところまで連れて来なさい。あなたに見合う男かどうか、審査してあげる」
「え……?」
「部のエースが悪い男に騙されて活動を疎かにされるようになったら、部員全体の士気に関わるもの」

 突然声色を穏やかな色に変え、煽るような口調から諭すような口調に切り替えた部長の貌に、エースは戸惑ったような表情で口ごもる。優しげな心遣いを包み隠さない、という何より強烈な不意打ちに攻勢を封じられたようだ。

「……なんか、ズルいよ。先輩」
「何が狡いのかしら」

 本当は優しいくせに、それを全く態度に出さず厳しい顔しか見せない。だからこちらも、それをわかっていても反発してしまう。
 そうやって反抗している最中に、いきなりストレートな気遣いを言葉にされたりしたら、どうしたらいいかわからなくなってしまう。

 ――そうして、いいように振り回されていることが何より気に食わない。本当に、嫌な先輩だ。

「……ばか」
「なにが馬鹿なのかしら?」
「独り言ですっ」

 そんな胸中が、態度に滲み出たのか。エースは緑色のツインテールをふわりと靡かせ、すとんと席に座り込む。いつまでも素直じゃない後輩の、そんな姿を物静かな部長はじっと見つめていた。
 彼女達の遣り取りが穏やかなものになる光景を見遣り、部員達は互いに顔を見合わせると、ふわりと微笑を浮かべて引き下がって行く。お邪魔虫にはなるまい、という彼女達なりの心遣いであった。

 ――きっと空港に着いて解散する頃には、二人の距離も縮まっていることだろう。後ろから彼女達を見守っていた部員の誰もが、そんな展望を夢想していた。















 ――が。

 機内に突如訪れた不自然な揺れが、そのイメージを吹き飛ばす。いきなり発生した異常事態に、女子弓道部のみならず乗客全てが目を剥いた。

『乗客の皆様にお知らせします。只今、羽田空港にて発生した非常事態を受け、本機の着陸先を中部国際空港に変更することとなりました。乗客の皆様には大変ご迷惑を――』
「着陸先を変更って……どういうこと!?」
「なに? なんなの? わたしたち、帰れるんじゃないの?」
「おい、どういうことなんだ! 説明しろ!」
「お客様、落ち着いてください!」

 次いで、機内に緊迫した声色のアナウンスが流れ込む。その内容に乗客達は騒然となり――弓道部員達にも緊張が走った。

「中部国際空港……? 妙ね。羽田に降りられないとしても、すぐ近くに成田空港もあるはず。どうしてわざわざ、そんな遠くまで……」
「せ、先輩! あれ!」
「……!?」

 そんな中、比較的冷静に事態を観察していた部長は、黒のポニーテールを揺らして逡巡する。その時、エースが突如大声を上げた。
 緑色のツインテールを振り乱し、動揺の色を声に滲ませる彼女。どんな土壇場でも大胆不敵に的を射抜いてきた普段の彼女からは、想像もつかないほどの狼狽えようだった。
 そんなエースの姿に、部員のみならず部長までも目を剥く。どんな時でも気丈さを忘れなかった彼女らしからぬ姿に、ただならぬ異常性を感じたのだ。

「キャアアアァア!」
「な、なによあれ……! どうなってるのよ!」

 さらに、エースと同じ光景を窓から見つけた他の乗客達にも衝撃と焦燥が迸る。ざわめきを広めているその「光景」を確かめるべく、部長は身を乗り出して窓を覗く。













 ――そして。

 あるはずのない水嵩が、羽田空港を侵食している「光景」を、目撃するのだった。

「な……!」
「羽田が……冠水、してる……」

 色鮮やかなライトアップに彩られた、東京の夜景が待っているはずだった。羽田に降りたら、派手に打ち上げてこの合宿を締めくくるはずだった。

 しかし羽田の滑走路は水浸しになり、何機かの旅客機は海上に浮かされ、沖合いへと流されている。その向こうに広がる都市からはあるはずの輝きが失われており、代わりにライトを照らしたヘリが群れを成して飛び交っていた。
 到底、円満に解散できる状況ではない。それどころか、無事に着陸できるかも危うい。果たして、中部国際空港まで燃料が持つだろうか。

「成田空港に降りられないのは、これが理由……なのね。確かにこの状況じゃあ、成田も……」
「ちょ、ちょっと先輩! 冷静に分析してる場合!?」
「こんな時だからこそ、迂闊に騒いで二次災害が起こることを避けるべきよ。ただでさえ、機体が瀬戸際なのかも知れないのだから」
「せ、先輩……」
「さぁ、あなたも狼狽えてる暇があるなら早く周りの乗客達を宥めなさい。スチュワーデスだけに任せていては駄目」
「わ、わかってるわよ……それくらい」
「いい? 時期部長なら、少々のことで動じてはならないわ。部員はみんな、あなたを見ているのだから」
「……こんなの全然『少々』じゃないわよ、ばか……」

 こんな異常窮まりない状況でも、冷静さを失わず部員達を騒動から守ることを心掛けている。そんな部長の頼もしい姿に、エースは思わず頬を赤らめるのだった。
















 ――その時。

「……ねぇ、見てあれ! 何か……何かいる!」
「何かって何だよ!?」
「知らないわよ!」

 状況が、動いた。

 乗客の一人が窓から指差した先――水没寸前の羽田空港から、さらに奥に伺える都市部。水浸しにされたその街道に、不自然な水飛沫が上がっていた。
 水を切る「何か」が、水中に潜んで羽田に近づいている。だが、その「何か」は鮫など遠く及ばないほどの大きさであった。

 しかし都市を侵している水嵩は、鯨が自在に泳げるほどの深さではない。自衛隊のヘリにライトで照らされている「何か」は、鮫でも鯨でもないシルエットを持っていた。

「なんなの、アレ……! こ、こっちに……羽田に来てる!」

 231便の乗客から見て、手前の方向へと「何か」は直進している。その進路上には、羽田空港――そのターミナルがあった。

「待って……! あそこに人! 人がいっぱい……!」

 新たに何かを見つけた乗客が指差した先。その場所――ターミナルの屋上には、大勢の民間人が集まっていた。
 この未曾有の大水害を受け、高所へ逃れようと急いだ人々が集中しているのだろう。身なりのいいスーツ姿の男性や、若い女性のグループなど、そこにいる人々の容貌は様々だ。
 この非常時においては正しかったのかも知れないが、水嵩はターミナル屋上に届くギリギリまで高まっている。水没は、時間の問題だ。

 そこには多数の救助ヘリも集まり始めているが、果たして間に合うかどうか……。

「……! お、父さん……!? お母さん……!?」
「なんですって!?」
「お父さん! お母さんっ!」

 すると、パニック寸前の乗客達を懸命に抑えていた弓道部のエースが、その足を止めて窓の向こうを凝視する。その口から出た言葉に、部長も思わず反応した。

 ――そう。ターミナル屋上に避難していた人々の中には、彼女の両親も含まれていたのだ。合宿を終えた愛娘を出迎えるため、ここまで駆けつけて来たところで水害に遭遇したのだろう。
 予想だにしない最悪の形で、合宿以来の再会となってしまった。

 さらに。

 この水害の猛威に震える、彼らを含むターミナル屋上の避難民に――水中の「何か」は、なおも急速に接近している。













「だっ――だめえぇえぇえぇえぇえッ!」

 そこから予想される展開。どれだけ頭で否定しても、脳裏に焼き付いて離れないその展開を拒むように。エースは髪を振り乱し、必死に叫ぶ。

 だが、水中から天を衝く水飛沫を上げて飛び出した、その「何か」――即ち巨大飛蝗は、彼女の命を削るような絶叫も、切実な願いも、容易く踏みにじっていく。

「な、なんだよあれぇえぇえ!?」
「きゃあぁあぁ! ひ、人が、人がぁあぁああ!」

 巨大な下顎が、ターミナル屋上を削りながら建物を両断していく。その直線上にいた人間は残らず餌食となり――辛うじて逃れた人々も、谷折りにされた折紙のようにひしゃげた屋上から、次々と海中に滑り落ちて行った。

「ぁ、あぁあ……い、いやっ……」

 エースはそれを、ただ見ているしかなかった。間一髪生き延びながら、悲鳴を上げて滑り落ちていく母を。咄嗟に妻を助けようと手を伸ばし、道連れとなる父を。
 散り散りに水底へと沈む生き残りに狙いを定めた巨大飛蝗が、急旋回して両断されたターミナルに迫る光景を。

「いやぁあぁあぁああッ!」

 文字通り、一人残さず。

 ひしゃげたターミナルの残骸だけを除く全てを喰らい尽くした巨大飛蝗の身体が、その僅かな足場に乗り上げ、勝鬨の如き咆哮を上げるまで。

 エースは涙も鼻水も溢れさせながら、泣き崩れるより他なかった。周りの部員はもとより、部長ですら掛ける言葉を見つけられず、立ち尽くしている。

「ぶ、部長……」
「……くッ」

 自分を迎えに来た両親を、目の前で食われた彼女に、何と言って励ませばいいというのか。どう取り繕えばいいのか。

「ねぇ……やだ! こっち見てる!」

 その沈痛な静寂を破るように、乗客の一人が悲鳴を上げる。二つに割れた羽田空港ターミナルに立つ、巨大飛蝗は咆哮を終えたのち――紅く鈍い輝きを放つ複眼を、231便に向けていた。

 231便と巨大飛蝗には、まだかなりの距離がある。とはいえ、相手は常識を遥かに超えた怪物であり、少なくとも見た目はジャンプ力が売りの飛蝗。
 この距離でも一飛びで食いついて来る可能性は、誰もが予感していた。あり得ない、とは誰も言い切れない。
 今の状況がすでに、常識というものを根刮ぎ崩壊させているのだから。

 ――その時。

「あ……あれ見ろよ!」

 何かに気づいたらしく、状況の変化を見つけた男性客がある方向を指差した。
 さらなる脅威が近づいているとでも言うのか。他の乗客達は絶望を滲ませた眼差しで、男性客が指差した先を見遣る。

「あれは……!」

 だが。次にそれを目にした乗客達が漏らしたのは、絶望の声ではなかった。

 浸水が激しい街道の中、僅かに水嵩が浅い道を通りながら急速に接近する――赤いバイク。そのシルエットは闇夜の中でも、乗客達には輝いて見えていた。

 そのバイクを駆る、命知らずな一人の男は。

「追い付いたッ……!」

 胸の傷に走る激痛も、滴る鮮血も、物ともせず。決死の形相で、ワインボトルをベルトに装填するのだった。

「もう……もう、これ以上は、絶対にッ!」
『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「変身ッ!」
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 そして素早くレバーを倒し、ワインボトルの紅いエネルギーを漆黒の外骨格へ循環させ――仮面ライダーAPへと変身する。

「お、おい! 仮面ライダーじゃないか!? あれ!」
「本当か!? ライダーが来てくれたのかっ!?」

 その光景を見つけた231便の人々は、仮面ライダーが現れたことに歓声を上げるのだった。

「ハ……ッ、ハァッ……!」

 ――すでに彼が、半死半生の身であることも知らずに。
 
 

 
後書き
 巨大飛蝗の犠牲になっている人々は、あくまで何の力も持たない一般人。異世界の誰かと似ているけど、似ているだけの別人。という設定です。
 ちなみに怪獣(?)が自分で壊したダムの水に流される、というくだりは「ゴジラ対メガロ」を参考にしました。その映画でも小河内ダムが破壊されています。 

 

第8話 蒼い光

「見えたか?」
「ええ。まさかこのタイミングで仮面ライダーまで出て来るなんてね……。今まで何してたのかしら」
「……どうやら、あの怪物に一杯食わされた後らしいな。見ろ、かなりふらついている」

 突如として、大水害の危機に晒された闇夜の東京。その渦中に駆け付けた仮面ライダーAPを、ヘリパイロットの二人が見下ろしていた。
 射撃手はウェーブが掛かった茶色のロングヘアーを、操縦士は漆黒のサイドテールを、それぞれ無骨なヘルメットで覆い隠している。操縦士は現れたAPがすでに手負いであることを看破しているようだった。

「これから反撃を仕掛けようってとこ? 自分の判断で攻めに移れていいわね……ホント」
「言うな。ターミナル屋上の避難民への誤射だけは、何としても避けねばならなかった。撃つなという上の命令に反していい資格は、我々にはない」
「……そのせいで、ああして皆が食べられても?」
「ああ。……引き金さえ引けば救えたかも知れん、というのは『驕り』だ。先人が残した教訓を、我々が捨てるわけにはいかない」
「……」
「それでも納得がいかないのであれば、せいぜいお前を止めた私を恨め。気が済むまでな」
「……私だって、わかってる。恨んだりなんか、しないわ」

 攻撃ヘリの能力がありながら、彼女達はターミナルに接近する巨大飛蝗を撃つことができなかった。ターミナル屋上の避難民への誤射を恐れた、上層部の命令によって。

 ――2009年に発生した、織田大道の蜂起から7年。すでに日本政府は事態への対処に向けて、対シェード特別法案を成立させていた。
 迅速に改造人間のテロから国民を守るため、あらゆる法的手続きを省略させたものだ。これにより自衛隊はより素早く治安出動に移り、シェードのテロに対して武力を行使できるようになった。

 だが、現状としては国民から不安の声が上がる結果となっている。
 通常兵器の殆どを受け付けない改造人間のボディに対し、自衛隊の武器では決定打にならず。決定打になりうる火力を投入すれば、それに伴い戦闘による被害も拡大していく。警察もまた、同様の悩みを抱えていた。

 それだけでなく、戦闘の余波による民間の死傷者が出た――という事案が何件か発生し、あわや自衛隊存続の危機にまで陥ったケースもある。
 そうした事案の責任を取るべく、命懸けで戦った身でありながら、免職の憂き目に遭った隊員は後を絶たず。いつしか対シェード特別法案は形骸化し、再び引き金が無駄に重い時代に逆行してしまったのである。

 だが何と言っても、警察と自衛隊のアイデンティティを崩壊させる存在が、対シェードの領分において幅を利かせていることが大きい。
 仮面ライダーと俗に呼ばれる彼らの存在が、シェードの改造人間を誰よりも素早く駆逐してきた実状。それがあるために、警察や自衛隊の働きを疑問視する声に拍車が掛かってしまったのだ。

 法的手続きの一切を要さない、無法と無秩序の中から生まれた「正義」の使者。
 そんな、法治国家において認められない存在でありながら、決して無視できない実績によって覆し難い人望を獲得してしまった、政府にとっての目の上のタンコブ。
 それが現代日本における、仮面ライダーであった。

「法的手続きを必要としない、正義の執行者……か」

 彼らのような「力」を持つ者が、もっとたくさん居れば。あの力を量産し、警察や自衛隊に配備出来れば。より容易くシェードのテロを鎮圧し、人々を守ることが出来たかも知れない。
 ……自分も女だてらにパイロットなどやらずに済み、婚期だって逃さなかったかも知れない。

(強いんなら、責任……取ってよね……)

 そんな途方もない展望を思い描きながら、「妙齢」の射撃手は満身創痍の仮面ライダーを見つめ、ため息をつく。

 ――すると。

「おい、ボサっとするな! 奴の様子がおかしいぞ……!」
「え……!?」

 巨大飛蝗の行動に、異変が訪れる。
 操縦士の声に反応して視線を戻した射撃手の目には、231便から目線を外してうずくまる、巨大飛蝗の姿が映されていた。

「あの体勢から231便に飛び掛かるつもりか……! 民間機231便に危害が及ぶ可能性がある! 射撃の可否を問うッ!」
『射撃待て! 現在本庁にて確認中である!』
「く……!」

 何をするつもりなのかは全く読めないが、直前の動作からある程度の推測はできる。その中で最も可能性の高い「危険」を鑑みて、操縦士は上層部に射撃許可を訴えた。
 だが、上層部はなかなか首を縦に振らない。射線上に231便が近いことから、万一の誤射を恐れてのことだろう。自分の相棒がそんなに信用ならないのか、と操縦士は内心で激昂していた。

「ちょっと……見て、あれ!」
「……!?」

 しかし、その怒りさえ頭から吹き消してしまうほどの事態が、進行しつつあるようだった。

 ――巨大飛蝗の全身から蒸気が噴き出し、その巨体を霧で覆い隠してしまったのである。

「……ッ!?」
「な、何をするつもり……!?」

 射撃許可を待ちながら数十分に渡り動向を観察してきたが、あのような挙動は見たことがない。
 命令がないまま撃つことはできないが、今まで以上の異常事態が起きている以上、指を咥えて見ているわけにもいかない。

「231便に告ぐ! 現在、正体不明の巨大生物が不審な挙動を見せている! 直ちに現空域より退避されたし! 繰り返す! 現在、正体不明の巨大生物が――」

 操縦士の勧告を受けるまでもなく、すでに231便は東京から離れるべく進路を大きく変えていた。だが、その速度はヘリと比べてかなり緩慢である。

(……あの進路方向から察するに、中部国際空港を目指しているな。確かに成田も使えない今、最寄りの空港はそこしかない。だが、そこまで行くにはかなりの距離がある。果たしてそれまで、燃料が持つかどうか……くそッ)

 速度のなさは、燃料を少しでも長く持たせるために出力を落としたことに起因している。それ自体は懸命な判断ではあるが、そのために巨大飛蝗から素早く離脱できずにいた。
 そのジレンマを抱えた231便を見遣るヘリパイロット達は、焦燥感を募らせ唇を噛み締める。

 ――すると、次の瞬間。

「……ッ!? き、霧が晴れるわ!」
「なっ……なんだ、あれは……!?」

 巨大飛蝗を包んでいた霧が、徐々に闇の中へと滲んで、消えていく。そのベールの向こうには、巨大飛蝗――だった「何か」の、変わり果てた姿が丸裸にされていた。
















 かつて、地を這う飛蝗の形をしていた「何か」は。

 ターミナル屋上に、両の足で立ち上がっていたのである。
















「冗、談でしょ……」
「……昼頃に奥多摩町に現れた怪人も、飛蝗のような姿だったと警視庁から報告を受けている。恐らくはその個体が、食人を経て変態したのがあの巨大飛蝗なのだろうが……さらに次の段階があったとは……」
「さしずめ、第3形態ってとこね……」
「……願わくばあれが、最終形態であって欲しいな」

 二足歩行の体勢に入った巨大飛蝗――ならぬ巨大怪人は、飛蝗の意匠を色濃く残しつつも人間に近しい体型へと変貌していた。
 さらに体長もかなり変化しており、50メートルにも及ぶ巨体と化している。
 新緑のボディと紅い複眼はそのまま。それに加え今度は、上体の胸や肩に深緑のプロテクターが備え付けられている。

「あの鎧、異様に重たそうね」
「それだけあの部位を厳重に守らねばならないのだろうな。なにせ心臓部だ」
「……そりゃあ心臓が大事なのは当たり前だけど。どうも、それだけじゃない気もする」
「というと?」
「――あの鎧の下に、『何か』があるのよ。心臓以外にも、何としても守らなきゃならない『何か』がね」

 プロテクターはカブト虫の甲殻のような光沢を放つ、生体鎧のようであるが。その硬度が並大抵のものではない――ということは、その分厚さから容易に窺い知れた。
 さらに厚いプロテクターに守られた上半身は、下半身と比べて異様に肥大化しており、細い手足と比べて不安定なシルエットになっている。

 今まで以上に、人類への攻撃性と不気味さを強調したフォルムとなっていた。それを間近で見ている二人のパイロットも、冷静さを保ちつつも冷や汗を止められずにいる。

「なんか、ビルでも掴んで投げて来そうな感じ……」
「同感だ、一旦離れて様子を見るぞ。いつ許可が降りても撃てるよう、照準は外すなよ」
「わかってるわ、任せて」

 本能的な恐怖を訴える、異様な巨大怪人の変貌。その手の内が見えない以上、迂闊に近寄ることもできない。
 操縦士は操縦桿を握り、機体を横へと滑らせて行く。彼女達を除く他のヘリ部隊も、同様に巨大怪人から距離を取って行った。

『官邸より通達。国民に危険が及ばない角度からの射撃を、許可する。各機、指定する位置に移動せよ』
「了解」

 そして――指揮所からの命に応じ、231便を背にするように陣形を組み、射撃体制に突入した。都市部と並行になるポジションであり、これなら231便にも都市にも誤射することは万一にもあり得ない。

「指定位置に集結完了。射撃準備よし!」
『目標、正体不明の巨大生物。射撃用意……撃て』
「射撃用意、撃てッ!」

 いかに誤射や誤爆の前例があろうとも、今迫っている危機を見逃すわけにはいかない。官邸閣僚も自衛官も、誰もが覚悟を決め――ついに射撃命令を下す。

 その覚悟に報いるが如く。ヘリ部隊に搭載された、全ての30mm機関砲が火を吹いた。
 水平に飛ぶ豪雨さながらに、巨大怪人の頭部に降り注ぐ弾丸の嵐。怪人の肉も骨も抉り取らんと、一切の容赦を捨てた掃射だった。

 ……だが。

「30mm機関砲、全弾命中。……しかし対象への損傷、確認できず」
「蚊が刺した程度にも、感じていないな……!」

 轟音と硝煙が渦巻く掃射を、一身に浴びて。巨大怪人は傷一つ負わないばかりか、撃たれたことすら認識していないかの如く、微動だにしない。
 対人兵器をものともしないシェード製改造人間との戦いでも、この30mm機関砲の掃射なら怯ませることはできた。だが、この巨大怪人にはまるで通じていない。

「鉛玉なんて効かないってことね……。でも、誘導弾なら……」
「……爆発の余波で231便が体勢を崩す可能性がある。総理は、許可できないだろうな。あちらも燃料ギリギリの瀬戸際だ」
「……辛いわね、これは」

 まだ自衛隊には、ミサイル攻撃の手がある。しかし、それを実行するには状況が悪過ぎた。

 確かに機関砲とは比にならない火力であるが、シェードの改造人間を相手にそこまでの兵器を投入した前例はない。その点だけでも議論に時間を奪われかねない上、ミサイル攻撃の影響が231便にまで及ぶ可能性も考慮せねばならなくなる。
 今すぐ使われるべき時に使えない手段を、当てにすることはできない。30mm機関砲が陽動にすらならない時点で、自衛隊が今すぐ打てる手はないに等しかった。

「……見て、仮面ライダーが接近してる。あんなに巨大になっても怯みもしないのは、さすがね」
「彼には悪いが、手負いの身であのデカブツを狩れるとも思えん。……自爆するのが関の山だぞ、ライダー」

 すると――射撃手の目に、仮面ライダーAPの姿が留まる。傷を負った身でありながら、怯む気配も見せず巨大怪人目掛けて猛進する光景を、操縦士は案じるように見つめていた。

(……まさか、あそこまで進化してるなんて……!)

 一方。すでに巨大怪人が視界全体を埋め尽くすまで接近していたAPは、水害の影響で崩れ行くビルの瓦礫をかわしながら、ワインボトルをベルトから引き抜いていた。
 同時に、ハンドル中央にボトルを装填するホルダーが現れる。そこに手にしたボトルが差し込まれ――マシンアペリティファーのボディが、紅い電光を帯びた。

(刺し違えてでも……ここで、止めるッ!)

 連戦と負傷により、もはやAPのボディは戦闘不能寸前に至るまで傷ついている。その状態で必殺の一撃を放つなど、自爆に等しい。

 だが、サダトはそれでもやらざるを得ないのだ。すでに犠牲者が2000人を越え、東京の一部まで破壊された今、刺し違えてでも迅速に巨大怪人を倒さねば日本に未来はない。
 仮面ライダーGから日本の守りを託された以上、ここで傷を理由に引き下がることはできないのである。

 迸る殺気と、マシンアペリティファーに蓄積されていくエネルギーに気づいてか。
 巨大怪人の紅い複眼が暗闇に揺らめき――サダトの姿を捉える。

 30mm機関砲を浴びても微動だにしなかった、この巨体が初めて明確に「敵」を認識した瞬間だった。
 マシンアペリティファーに宿る電光のエネルギーと、サダト自身が放つ殺気が、同じ改造人間にしかわからない「力」の奔流を感じさせたのである。

「これでッ――最後だ!」

 もはや不意打ちは望めない。しかし、攻撃を中断して姿を消している暇はない。ここで目標がサダトから外れれば、巨大怪人の矛先は間違いなく自衛隊のヘリ部隊と――231便に向かう。
 それだけは、是が非でも許すわけにはいかない。例え、相討ちになるとしても。

 その決意を、血みどろの胸に抱いて。彼を乗せたマシンアペリティファーが瓦礫を乗り上げ、闇の空へと舞い上がる。

『FINISHER! EVIL AND JUSTICE OF MARRIAGE!』
「スワリングッ……ライダァアッ、ブレェイクッ!」

 刹那。

 紅い電光を纏うバイクは、ライフル弾のごとく螺旋状に回転し――眩い輝きを放つ、一条の光の矢となった。
 地から天へ駆け上る、真紅の彗星。その輝きは暗黒を裂くように、地獄絵図と化した東京の街を横切り――巨大怪人の顔面に肉迫する。

「飛び込んだ!?」
「どうなる……!?」

 その閃きを目撃する射撃手と操縦士は、揃って息を飲む。仮面ライダーの捨て身の特攻は、自分達の命運も握っているのだ。

「――だぁあぁあぁあぁあッ!」

 そして。炸裂する閃光と共に、紅い弾丸となったマシンアペリティファーが巨大怪人の下顎に激突する。
 激しい激突音と衝撃波が、そこを中心に広がりヘリ部隊や231便の機体を揺らす。誰もが、命を繋ぐための姿勢制御に必死だった。

 そこで命を燃やし尽くしたかのように、APとマシンアペリティファーはそこから海中に墜落していった。

「駄目、だったの……!? 今の、一発でも……」
「いや――見ろ!」

 海中に没してゆく仮面ライダーの姿に、射撃手は息を飲む。一方、操縦士は過酷な状況でも機体を制御しながら、事態を正確に見据えていた。
 
 スワリング・ライダーブレイク。その自己犠牲に等しい特攻を浴びた巨大怪人は、自らの巨体を揺らめかせている。
 半開きになった顎の隙間から、くぐもった呻き声を上げて。

「効いた……!」
「例え身体が巨大であろうと、人型である以上は急所も人体に共通している……ということか」

 顎の衝撃から脳を揺らされ、巨大怪人は上体を大きく仰け反らせている。――だが、そのふらつきはそれだけが原因ではないようだった。

「そうか――自重か」
「え?」
「あの鎧。奴自身にとっても過ぎた重さだったらしい。だからあんなにぐらついているんだ」

 上体にだけ纏われた分厚いプロテクターに対し、それを支える下半身や手足はあまりにも細い。そのため、平衡感覚を狂わされると容易く体勢が崩れてしまうのだろう。
 今にも倒れてしまいそうなほど、巨大怪人の体幹は揺らいでいる。

「だが……攻撃はここまでだな。仮面ライダーが墜ちた今、これ以上の追撃も不可能だ。今のうちに231便を中部国際空港まで護送する」
「仮面ライダーは……見捨てるのね?」
「ここで退かねば、全ての命が無駄になる。彼が作ってくれた時間を、浪費するわけにもいかない」
「……」
「……言いたいことは分かっている。その責めは甘んじて受けよう。ただし、それはここから生き延びてからだ」

 だが、これ以上巨大怪人を攻める術がない今、自衛隊は隙を見て退避するしかない。例え、自分達を助けてくれた仮面ライダーを見殺しにするとしても。
 さもなくば、罪のない民間人からさらなる犠牲者が出るのだ。

『攻撃中止! 全機撤退ッ!』

 彼女達を含むヘリ部隊の全機が、後ろ髪を引かれるような思いを抱えて――旋回していく。この戦地に身を投じている彼らにとって、巨大怪人に果敢に立ち向かった仮面ライダーは、かけがえのない同胞も同然であった。
 それでも今は、逃げるしかない。彼が身を呈して救った命を、繋ぐために。

「……ッ!?」

 その時だった。

 巨大怪人は、とうとう身を支えきれなくなったのか。
 大きく両手を広げながら、うつ伏せに倒れ伏していく。

 あれだけの巨体が、再び立ち上がり体勢を整えるにはかなりの時間が掛かるはず。この空域を離脱するなら、今しかない。
 ヘリ部隊の誰もが、そう確信していた。

























 ――だが。彼らが目にしたのは。

 巨大怪人が海上に倒れ伏す瞬間。では、なかった。

「なに、あの体勢!?」
「何をするつもりだ!?」

 うつ伏せに沈む直前。両手を前に突き出し、腕立て伏せのような体勢になった巨大怪人は、すぐさま両足をガニ股のように広げる。人間の体型のまま、飛蝗の真似をしているような格好だ。
 さらに、紅い複眼は水平線の彼方を映している。その視線の直線上には――ヘリ部隊と231便も含まれていた。

 だが、彼女達が異変を感じたのは、その格好だけではない。紅い複眼から光を迸らせ、巨大怪人は己の上顎と下顎を全開にしていたのだ。

 人間の肉片と血で汚された、その大口は裂けそうなほどに広がっている。
 さらに、あれほどふらついていたのが嘘のように――その姿勢は微動だにしない安定性を保っていた。























 そして。

 深緑のプロテクターは鈍い光を放ち――発熱したかのように、蒸気を立ち上らせた。

 上顎と下顎の間……口の中から、蒼い光が浮かび上がってきたのは。

 その、直後である。





















「――いかん! 散開だ! 全機散開ッ!」

 その光が、何を意味するのか。あの体勢は、何のためか。
 わからないことばかりではあったが――それでも、「逃げねばならない」という本能の叫びは、操縦士の焦燥感を突き動かしていた。




















 しかし、もう全てが遅い。

 巨大怪人の口から閃いた蒼い輝き。全てを飲み込む、熱く、激しい煌めき。

 それが操縦士の。射撃手の。ヘリ部隊全員の。
 ――231便に乗っていた乗員乗客の。












『キレイナ、ミズ。モット、キレイ……ミズ、キレイナ、セカイ……トウサン……』














 最期に見た、光だった。 

 

第9話 異世界への扉

 ――2016年8月25日、深夜。

 ありとあらゆる命の灯が消え去り、無と静寂に包まれた都市の中で……一人の男が、眠りから醒める。

「ぶっ……はぁあっ! げはっ!」

 瓦礫の上に横たわる、ひしゃげたマシンアペリティファー。その傍らに、水中から手が伸びてくる。
 瓦礫の端を掴んだその手は、自分の体を懸命に海中から引き上げて行った。

 やがて、夜の海中から這い出た青年――南雲サダトが、瓦礫の上へとよじ登っていく。彼が、共に戦った相棒の無残な姿を目の当たりにしたのは、その直後だった。

「ぶごっ……お、えぇっ!」

 だが、それに心を痛める暇すらない。なんとか海中から陸に上がってきたサダトは、傷が開いた胸を抑えながら海水を吐き出して行く。水没した状態で気絶していたため、大量に海水を飲んでいたのだ。
 忙しなく嘔吐を繰り返し、ようやくそれが落ち着いてからも、彼は傷の痛みに息を荒げている。

「は、はぁ、ぁあ……」

 だが、それすらも意に介さず。彼は自分の傷より、マシンアペリティファーの損傷と――東京の惨状に気を移していた。

(ち……く、しょう……ちくしょう……!)

 傷の痛みさえ忘れさせるほどの、変わり果てた東京の姿。炎上と共に傾いたビルや、水浸しの道路。亀裂が走る路面や瓦礫の山。二つに割れたターミナル。

 そして――海上に漂う、ヘリ部隊と。

 231便の、残骸。

 それだけが、この戦いの結末を物語っている。どれほどの命が、失われたのかを。

(……あの、光が……)

 スワリング・ライダーブレイクの一撃。その直後、サダトはマシンアペリティファーと共に墜落した。
 そのさなかで、彼は意識が混濁しつつある中でも確かに見ていたのだ。

 巨大怪人の大口から溢れ出た、蒼い輝き。その光が一条の線を描き、閃いた瞬間。
 ヘリ部隊も231便も光の中へ飲み込まれ、自身もマシンアペリティファーもろとも、衝撃波で遠方まで吹き飛ばされていた。

 気がつけば自分は水の中で、意識が明瞭になった途端に窒息寸前になっていることに気づき、もがき苦しみながらここまで上がってきた。巨大怪人が忽然と姿を消していることに気づいたのは、それからのことだ。
 そして今、無残に破壊された東京の有様を、己の眼に焼き付けている。

 そして。火の海に包まれた東京に、ただ一人生き延びた改造人間の、慟哭が響き渡る。
 涙で歪んだ視界の向こうには、焼き払われたヘリパイロットのヘルメットと、231便に乗っていた女子高生の制服の切れ端が、業火に照らされた海上に漂っていた。

「……!?」

 ――その時。

 涙すら枯れ果てた若者の眼に、あるモノが留まる。

 絶望が見せる幻か、蜃気楼か。その類と断じて直視していなかったソレは、現実の事象であると思い知らせるかのように、彼の視界に広がっていた。
















 空間に。夜空に。

 亀裂が走っていたのだ。

「あれ、は……」

 ひび割れた夜空の隙間からは、どんな闇にも勝るほどの――見ているだけで吸い込まれそうなほどの、圧倒的な深淵が覗いている。

 明らかに自然の現象ではない。だが、幻にしてはいやにハッキリと亀裂が見えている。むしろ、今自分が見ている夜空こそが偽物ではないかと、感覚が麻痺してしまいかねないほどに。

 だが。夜空も亀裂も、間違いなくこの世界に存在している。幻などでは、ない。

(な、んなんだ、あれは……まさか!?)

 少なくとも、気を失う直前まであんなものは視界に入らなかった。
 空の亀裂は、巨大怪人がいた場所に非常に近く、あの時から在ったなら接近する前に気づいていたはず。

 ――そう。あの空の亀裂は、巨大怪人が姿を消した後に見つけたのだ。
 ならば。あの蒼い閃光の影響で発生したものであると、容易に想像がつく。

(……あの、穴……)

 サダトは鋭い眼差しで、空の亀裂を観察する。広々と亀裂の線が伸びているが、そのほとんどは小さな穴しか開いていない。
 だが中央部に大きく開けられた穴だけは、ひときわ大きな風穴が出来ていた。

 ――あの巨大怪人くらいの大きさなら、入り込めてしまう程度には、巨大な風穴が。

(……)

 空に走る広大な亀裂。姿を消した巨大怪人。亀裂の中にある、大きな穴。
 この状況から導き出される答えは、一つだった。

 サダトはすぐさまマシンアペリティファーを起こし、エンジンを掛ける。原子炉プルトニウムの叫びが、主人に劣らぬ深手を負った車体を強引に蘇らせた。
 各部から煙という名の悲鳴を上げつつ。それでもマシンアペリティファーは、主人を運ぶために力を振り絞っていた。

「……行くぞ、アペリティファー。これが最後でいい、俺をあそこまで運んでくれッ!」

 そして――上向きに横たわる瓦礫を足場に、一気に助走を付けて駆け上がり。サダトを乗せたマシンアペリティファーは、再び空中へと飛び立つのだった。

 行く先は、亀裂の向こう。
 その最果てに待ち受けているであろう、あの巨大怪人だ。

「これ以上……させない! 絶対、絶対にッ……!」

 どれほど怒ろうと嘆こうと、決して戻らない命の群れ。現世を離れていくその魂を、看取る暇さえ惜しむように。
 サダトはエンジンを限界以上に噴かし、強引窮まりない加速で宙を駆け抜け、亀裂と大穴の先へと突き抜けて行く。

 そこで待ち受けている異次元が自分の理解を超えた、凄まじい戦火の中であることも知らずに……。
 
 

 
後書き
 今話でようやく、仮面ライダー側の世界のお話は終わりになります。次回からは、艦これ側の世界を中心に物語が展開していきます。 

 

第10話 艦娘と仮面ライダーのファーストコンタクト

 ――194X年8月25日。
 鎮守府執務室。

 この世界を脅かす深海棲艦に対抗すべく結集した、艦娘達の本拠地。その運営を担う提督の執務室は、整然とした内装で固められている。
 だが、今その席に着いているのは提督本人ではない。特型駆逐艦配備の交渉のため、大本営に出向いている提督に代わり――秘書艦「長門」が、その任を代行している。

「……由々しき事態だな。これは」
「深海棲艦の亜種……とも違うわよね」
「奴らに共食いの習性はない。もっとも、我々が今まで知らなかっただけかも知れないがな」

 執務室の席に座り、部下からの報告書に目を通す黒髪の美女。その傍らに立つ茶髪の女性――陸奥は、険しい面持ちの姉を神妙に見つめる。

「だけど今日に至るまで、彼らが同胞を捕食したケースなんて見たことも聞いたこともないわ」
「ああ。――確証はないが。深海棲艦でも艦娘でもない未知の脅威が、この海に現れた……という可能性が濃厚だな」

 本日の深夜4時。
 哨戒任務に就いていた川内型三姉妹が、帰投する航路の中で発見した深海棲艦の遺体。その遺体を喰らう、二体の未確認生命体。
 一つは鮫のような歯型を残す、恐らくは等身大の怪物。もう一つは、深海棲艦すらも丸呑みにするほどの巨大な生物。

 いずれも、既存の情報(データ)にはない個体である。そもそも、深海棲艦を捕食する存在そのものが前代未聞なのだ。

「深海棲艦を喰らう巨大飛蝗、か……」

 報告書に添えられた、数枚の写真。巨大生物を目撃した三姉妹が動転しながらも、確実な情報を持ち帰るために撮影した決定的瞬間が、そこに写されていた。

 身体のあらゆる部位が欠損した深夜棲艦の遺体……があったという海中。その最奥に、うっすらと赤い複眼を光らせ――こちらを見つめる、飛蝗の顔。
 造形こそ飛蝗のそれだが、その大きさは虫という範疇を逸脱している。頭部の尺から察するに、全長20メートルはあると見ていい。

「……他のみんなにも、不安が広がってるわ。深海棲艦が食われている以上、私達に害がない保証もないし……」
「そうだな。……今までの実戦経験も戦術も、根底から通じない未知の生命体。さらに対話の望みも薄い上、深海棲艦の群れ――夜戦特化のチ級まで喰らうほどの強さと来ている」

 この事態は、深海棲艦との戦いを専門とする艦娘達に衝撃を与えている。
 ただ強い、というだけではない。自分達の常識を根底から覆す、未曾有の大敵にもなりうる存在を知り、実戦経験が豊富な者達すら不安を覚えていた。
 経験が浅い一部の若手は、そんな先輩達の様子からさらに不安を煽られ、鎮守府全体が不穏な空気に包まれるようになっている。

 ここで艦娘達を束ねる立場にある長門が、先陣を切って全艦隊を鼓舞すれば、その空気を打破できるだろう。

 だが、この未確認生命体に関する手掛かりが何も無いまま、根拠もなく虚勢を張ることは長門自身の矜恃が許さなかった。それは、かけがえのない仲間達を欺くことに他ならないからだ。

 不確実な情報のままいたずらに戦意を煽ったところで、待ち受ける未来に光明はない。今の状況を切り開くには、この巨大飛蝗に纏わる謎を解き明かすしかないのだ。

「何処から来たのか、何のためにこの海域に来たのか、目的は何なのか、そもそも何者なのか……。いずれにせよ、今は情報が少な過ぎる」
「少しでもあの生物の情報が欲しいところだけど……金剛(こんごう)達からは、まだ?」
「ああ。まだ、これといった連絡はない」

 昼間の時間帯である今現在、川内型三姉妹が巨大飛蝗を発見した当該海域には、金剛型四姉妹「金剛」「比叡(ひえい)」「榛名(はるな)」「霧島(きりしま)」の四名が偵察に出ている。
 高い戦闘力と素早い移動速度を併せ持つ高速戦艦である彼女達ならば、調査対象が予想を遥かに凌ぐ戦力だったとしても早期に撤退できる――と踏んだ、長門の采配によるものだ。

 万一のことが起きても被害を最小限に抑えるには、少数精鋭で偵察を送るしかない。だが、それでも未だに有力な情報は得られずにいた。

「活動海域を移した……とは考えられないかしら。深海棲艦を何十体も捕食したあとなら……」
「私も考えたが、それなら他の海軍や民間が被害に遭う可能性も考慮せねばな。種類がわからなくてもいい、せめて習性が知りたい」
「そうね……今のままじゃ、行動パターンすらまるで読めないわ」

 ――もしかしたら、もうこの海域には現れないかも知れない。自分達に実害が及ぶことはないかも知れない。
 だが、それは自分達が預かり知らぬところで違う誰かが犠牲になる可能性を孕んでいる。最悪の場合、自分達が見失ったせいで民間人が餌食にされる危険すらある。

 ゆえに、見なかったことには出来ないのだ。人類の自由と平和を守る、艦娘としては。

 ……その時。

「長門秘書艦! 金剛より通信がありました! 当該海域にて、複数の深海凄艦を発見したと!」

 黒い長髪を靡かせ、眼鏡をかけた色白の艦娘「大淀(おおよど)」が飛び込んでくる。その報告を聞きつけた長門は、剣呑な表情で椅子から立ち上がった。

「状況はどうなっている。数は」
「駆逐イ級五体、ロ級三体。現在は扇状に散開しており、イ級二体とロ級一体が民間の海岸に接近中です!」
「民間の海岸……? よし、最寄りの艦娘にその四体の撃破を優先させろ。イ級とロ級の体型ならば地上を侵攻される危険性は薄いだろうが、最悪の事態も想定せねばならん」
「了解しました!」

 数秒に満たない短いやり取りを終え、大淀は素早く執務室から引き返していった。そんな彼女の背を見送り、長門は神妙な面持ちで陸奥と顔を見合わせる。

「扇状に散開して、民間の海岸に接近……か。今までにないケースだな、例の巨大飛蝗の影響と見ていい」
「攻めてきたのではなく、逃げてきたのね……きっと。でも、これではっきりしたわ。あの巨大飛蝗は、まだここから離れていない」

 陸奥の言葉に、長門は深く頷き。窓の向こうに広がる水平線を見つめる。

「……まさかとは思うが……いや、まさかな」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。――提督に現状を報告する。もはや我々だけでは、手に余る案件だ」

 そう呟く彼女のデスクには、提督が嗜んでいた一冊の本が立てかけられていた。
 その表題には、「パラレルワールド 互いに干渉する異次元」と記されている。

(相互に影響し合う、複数の世界――か)

 ◆

 ――194X年8月25日。
 某海域。

「海岸方面に逃げるなんてッ……今までにないパターンデスッ! 比叡、他のイ級とロ級はどうネッ!?」
「はい! 現在は榛名と霧島が追撃に出ており、この程度なら撃滅も時間の問題かと!」
「オーケー……とにかく、民間人に犠牲者が出ることだけは避けねばならないデース。比叡、私に続きなサーイ!」
「はい、お姉様!」

 溌剌とした声を上げ、二人の美少女が茶髪を揺らして海上を疾走する。
 長女「金剛」と次女「比叡」は、海岸方面に移動したイ級三体とロ級一体を追撃すべく、三女「榛名」と四女「霧島」に残りを任せて別行動に移っていた。

 魚雷のような形状であるイ級とロ級には小さな足があるが、体長に対してあまりにも短く地上での歩行には不便であるとされている。よって上陸してもまともに動けず、民間の住宅地まで侵攻する可能性は薄いと言われてきた。
 だが、それはあくまで「深海棲艦が陸に上がる場合を想定した場合」の「机上の空論」に過ぎない。そもそも今まで実際に陸に近づく気配がなかったこともあり、今となってはその信憑性も怪しくなってくる。

 歩きにくい体型であり、地上の侵攻に向かない個体であることには違いない。それでも、這ってでも地上を侵攻し出すようであれば、対抗手段を持たない民間人はひとたまりもないのだ。

「お姉様、これはやはり……」
「……偶然にしては出来過ぎてるネ。私も同じ考えデス」

 非常事態に次ぐ非常事態。金剛も比叡も、薄々ながら察している。
 川内型三姉妹が発見した、巨大飛蝗との関連を。

 ――やがて。二人の視界に、徐々に目標の影が鮮明に映り込んでくる。
 もはや海岸とは、目と鼻の先。避難警報が間に合わなかったのか、沖合いにいる金剛と比叡にまで、住民達の悲鳴が聞こえていた。

「見えましたネー……! 比叡、海岸との距離は!?」
「およそ130! イ級とロ級の射程圏内です!」
「クッ……! 比叡、後方に回るネ! 真後ろから確実にヒットさせマース!」
「了解しました!」

 すでにイ級とロ級は海岸を砲撃できる位置まで近づいている。彼らに攻撃の意思はまだ見られないが、次の瞬間には海岸線に火の手が上がっているかも知れない。

 民間人の安全を優先するなら、一秒でも早く彼らを背後から砲撃するに尽きるが、寸分でも狙いが狂えば海岸線に誤射する可能性もある。
 普段なら第一射の砲撃で射角修正を行った上で、本命の第二射を命中させるところであるが、今回に限っては試射する余裕がない。

 より命中精度を上げ、第一射で命中を狙うには、対象と同じ方向――直線上の射線に入れるしかない。
 金剛と比叡は互いに深く頷き合うと、同時に航路を大きく曲げていく。

 やがてイ級とロ級の航跡に沿うように、彼らの背部に回り込む二人は――同時に砲身を展開させ、狙いを定める。

「気合い、入れてッ……!」
「バーニング、ラァアァヴッ――!?」

 そして彼女達の35.6センチ連装砲が、同時に火を吹く――時だった。

 突如。海岸線の向こうから舞い上がった一つの物体が、放物線を描き――ロ級の上に激突する。轟音と同時にロ級を中心に波紋が広がり、水飛沫が天を衝くように噴き上がった。

「砲撃!?」
「違いますネー……榛名と霧島は向こうにいるはずデス。援軍が来るという連絡もナッスィング。……それに、あれは……」

 砲身を下ろした比叡が目を剥く一方。金剛は冷静沈着に、目を細めて状況を見据えていた。

 砲撃なら爆発と共に火の手が上がるはず。だが、ロ級には衝撃音が響くのみであり、爆炎は見えないし硝煙の臭いも感じない。
 不発弾という線も考えられたが、その可能性もすぐさま彼女の脳裏から消え去った。

 ――残ったイ級へと飛び掛かる物体の動きを見るに、そもそも「砲弾」の類に当てはまるものではないからだ。

「な、何かが海岸から飛びついて……深海棲艦を襲ってる!?」
「……比叡! 例の、二体現れた謎の生物のウチの一体かも知れマセン。気を付けるデス!」
「は、はい!」

 深海棲艦を捕食した、という二体の未確認生命体。片方は巨大な飛蝗であり、もう片方は鮫のような歯型を残した等身大の生物であるという。
 状況を見る限り、後者の生物が現れた可能性が高い。夜間のチ級を、いともたやすく屠るほどの存在となれば油断はできない。
 対象とコミュニケーションが取れる保証もないのだ。

 金剛はいざという時に比叡だけでも逃げられるよう、先陣を切り海岸線に近づいていく。イ級までもがロ級に続いて海に沈み、徐々に海に静けさが戻ろうとしていた。

「見てくださいお姉様! あの謎の生物、浜辺に……!」
「地上での活動も可能ということデスか……?」

 やがて海岸線の砂浜が見え始めた頃。
 三体の深海棲艦を沈めた謎の生物は、獲物の骸を足場に再びジャンプすると、浜辺の上にすたりと着地した。
 その光景から対象の活動範囲を推し量る二人の頬を、冷や汗が伝う。

 もし彼の者の攻撃対象が地上の民間人に移れば、地上で有効に戦えない自分達にそれを止める術はない。よしんばそれが出来たとしても、戦艦たる自分達の武装では確実に民間人を巻き込んでしまう。
 提督に深い愛情を寄せる金剛としては、彼が不在である時に不祥事を起こしてしまうことは何としても避けたかった。それは彼女に限らず、提督を慕う艦娘達の誰もが思うところなのだが。

「……とにかく、限界ギリギリまで接近するネ。周囲の影響を最小限に抑えるためにも、『絶対に外さない間合い』が必要デス」
「……わかりました」

 敬愛する姉の強い決意を背中越しに感じ取り、比叡も厳かに頷く。彼女達は滑るように海岸線に近づき――やがて、浜辺の上に辿り着くのだった。

 そして金剛と比叡は、三体の深海棲艦を沈めた戦士と対面することになる。

「あれが、昨日川内達が見つけたっていう……?」
「巨大飛蝗とは……随分受ける印象が違いますね。複眼くらいにしか共通点を見出せません」

 だが。その風貌は、写真で見た巨大飛蝗とは掛け離れたイメージを金剛達に与えている。

 黒塗りの外骨格。その全身を伝う真紅のエネルギーライン。金色の複眼に、一振りの剣。
 巨大飛蝗のような生物感が伺えない、機械的な容姿。人型であるという点といい、川内達の報告から予想されたビジュアルとはまるで噛み合わない。

 ――しかし、全くの無関係ではないのだろう。見た目も形状もサイズも巨大飛蝗とは大きく異なるものの、飛蝗を彷彿させる複眼という意匠は共通している。

 さらに、イ級とロ級を一瞬で斬り伏せる戦闘力。間違いなく、只者ではない。

「まさか、三体目の未確認生命体……!?」
「あの剣で鮫のような歯型は残せないハズ。その可能性が高そうネー……!」

 金剛と比叡は警戒心を露わに、35.6センチ連装砲を展開する。そんな彼女達を――異世界から紛れ込んだ異物は、金色の複眼で静かに見つめていた。

(……なんなんだ、この世界は。建物は古めかしい昭和の東京みたいだし、変な化け物は海岸に沸くし、武装した女の子が海の上を走ってるし……。まさか、彼女達も機械系統の改造人間なのか……?)

 先ほど斬り伏せた鯨のような怪物は、あからさまに人間を襲っていたが……自分に警戒している二人の少女は、敵意は見せつつも一方的に襲いかかる気配はない。
 ……望みは薄いが、単純なコミュニケーションなら取れるかも知れない。そんな僅かな希望を頼りに、異物――仮面ライダーAPは、剣を収める。

「君達、ここは一体どこ――」
「ひぇえぇえっ! 喋ったぁあぁあ!?」

 そして。そんな彼の希望は。
 予想だにしない速さで、叶えられたのだった。
 
 

 
後書き
 他の艦これ二次創作では「艦これ世界は現代もしくは近未来」という設定が多いようなのですが、本作では明確な「現代」である仮面ライダー側の世界と区別を付けやすくするため、戦時中に近しい時代として設定しています。 

 

第11話 滲む不信

 ――194X年8月25日。
 鎮守府執務室。

 夜の帳が下りる時間帯。一日の勤務を終えた艦娘達が、思い思いの時間を過ごしているこの頃。
 この世界における「異物」である南雲サダトは、金剛達に連行される形で鎮守府に招かれ――彼女達を率いる長門と対面していた。
 提督代理として、執務室に腰掛ける彼女の脇を、陸奥と金剛型四姉妹が固めている。彼女達はサダトが敵ではないと悟るや否や、物珍しいものを見る目で彼を見つめていた。

「……なるほど、な。おおよその状況は把握した。改造人間……つまりはあの巨大飛蝗も、元は人間だったということか」
「はい。……しかし、まさかこんな……」

 サダトからいきさつを聞かされた長門は、腕を組み神妙な面持ちで彼を見上げる。一方、川内達が撮影してきた写真を手にした彼は、訝しむように眉を潜めていた。

 写真に映されているのは、巨大な飛蝗の怪物。しかしサダトが最後に見た巨大生物は、巨大な人型に進化していた。
 深海棲艦の遺体に残された歯型も、彼が最初に戦った等身大の形態のものと一致する。

 ……つまりあの後、巨大怪人はここまで退化した、ということになる。

「まさか、とは私が言いたいところだな。件の未確認生命体が『二体』いたわけではなく、『一つの個体』による進化だったとは」
「はい。……それにしても、この世界には本当に驚かされました。艦娘に深海棲艦、鎮守府……今でも正直、信じられないぐらいで」
「それもこちらの台詞だ。我々の世界より科学技術が飛躍的に進歩した時代――というだけでなく、改造人間、シェード、仮面ライダー……か。全く、これを提督にどう報告しろというのだ」

 長門はまじまじとサダトを見遣り、この世界の日本人としては物珍しい真紅のレザーベストを注視する。

 ――この時間帯に至るまで、サダトと長門は互いの状況と世界情勢を説明し、双方が置かれている現状を教え合った。

 巨大飛蝗に通ずる姿に変身していたことでかなり警戒もされていたが、サダトの方から武装を解除して友好的なコミュニケーションを試みたことで、両者は交流を円滑に進めることができた。
 サダトとしては、なんとしてもこの世界の住民に事の重大さを訴えたい。長門としては、なんとしても巨大飛蝗に纏わる情報が欲しい。その利害が一致したことが、両者を素早く結びつけていた。

 ――長きに渡る戦いで培われた長門の第六感が、彼の人柄を看破したことも大きいだろう。

「そして、人間を喰らう進化怪人『アグレッサー』か……。話に聞く限りでは人間を捕食して進化を遂げていくようだが、まだ巨大怪人というような形態は発見できていないな」
「一度は退化したのに、昨日の夜明け前には、もう巨大飛蝗まで進化していた。……それだけ深海棲艦の栄養価が高いのかも知れません。俺が最後に見たあの形態になるのも、時間の問題です」
「ふむ。……しかし情報が少な過ぎる上に、我々との戦力差も不明過ぎる。南雲殿の云う『通常兵器』では通じなかったと聞くが、我々の火力がそれに勝るか否か……」
「情報、になるかはわからないんですけど。こんな物ならあります」

 だが。巨大飛蝗と同郷である協力者を得たと言っても、何もかも知っているわけではない。彼自身、あの巨大飛蝗とは戦い始めて間も無いのだ。
 それでも、このまま打開策が見つからないのはまずい。迂闊に攻撃を仕掛けてあの蒼い光を打たれたら、この世界も恐らくただでは済まないからだ。

 そこでサダトは、懐から一冊のファイルを引き抜いて長門の前に差し出した。血が滲んでいる上、インクが掠れているせいで読める字も少ない。
 それでも何か、彼女達にとっては助けになる情報があるのではないか。そこに望みを託し、サダトはファイルを捲る長門を凝視する。

「これは設計図……だけではないな。『アグレッサー』に纏わる資料と言ったところか。ところどころ滲んではいるが……まぁ、これは誤差の範囲だ」
「……よ、読めるんですか……?」
「無論だ。暗号解読に比べれば遥かに容易い。榛名。大淀にこれを解析するよう伝えろ、最重要任務だ」
「はい」
「……」

 そして、長門はあっさりとそう言い切って見せた。榛名は彼女からファイルを受け取ると、艶やかな長髪を揺らして執務室から出て行く。
 さも当然のことのように事を進める彼女達の姿に、サダトは暫し立ち尽くすのだった。これが戦いという日常に生きる、本職の軍人の姿なのか――と。

「さて、南雲殿。貴殿にはこの件における重要参考人として、暫くの間はこの鎮守府に滞在して貰う。あの怪物の対処には貴殿の協力が必要になる。貴殿としても、放ってはおけない案件のようだしな」
「わかっています。そのために、来たのですから」
「うむ。だが、今日はもう遅い。貴殿も見知らぬ世界に流れ着いて疲れているだろう、そろそろ休んだ方がいい」

 そんな彼に、長門は利害関係の一致による協力関係を確認し――彼の表情から、その決意のほどを垣間見る。
 異世界から現れた協力者の殊勝な姿勢に彼女は深く頷き、目線で霧島に指示を送る。その眼で上官の意図を汲み取った彼女は、指先で眼鏡を直すとサダトの前に進み出た。

「……では、客室までご案内します。どうぞこちらへ」
「はい。では、俺はこれで」

 その厚意を汲み、サダトは霧島の後を追うように執務室を後にする。彼の背が見えなくなるまで見送った後、長門は深く息を吐いて背もたれに身を預けた。

「……お疲れ、長門」
「なに、大したことはない。……確かに常識を疑うような事象ばかりに疲れはしたが、こうして数多くの情報を得られたのは僥倖だ」
「あの南雲っていうボーイ、中々いい眼をしてたネー。ちょっとやそっとの死線じゃ、ああいう眼にはならないデス」
「でも、信じていいんでしょうか……。もしかしたら、私達にそう思わせるための罠じゃ……」
「疑い出せばキリがないぞ、比叡。……彼の言動全てが信じるに足るかは、まだわからん。だが少なくとも、私達では到底知り得ない情報を持ってきた。今は、それで十分だ」

 南雲サダトが持ち込んできた、巨大飛蝗に纏わる資料。その解析結果が出れば、何らかの打開策が見えてくるかも知れない。
 それに、あの怪物と同じ改造人間であるという彼ならば、巨大飛蝗との交戦における戦力にもなりうる。
 巨大飛蝗が人肉を喰らい成長する生命体であると判明した今、あの怪物を放っておく選択肢は完全に消え去っている。深海棲艦すらも捕食するならば、いずれ艦娘も、その後ろで守られている人類も餌食となるだろう。
 専門外だからと黙って食われるなど、艦娘としても生物としても間違っている。その未来を変えるためならば、異世界から来た協力者だろうと改造人間だろうと、利用し尽くすのみ。

 それが、この件に対する長門の決断だった。

「提督には私から話しておく。金剛、比叡。お前達は明日、他の艦娘達に事情を説明しておけ」
「了解デース!」
「りょ、了解しました」

 上官であり、戦友である長門からの命を受け、金剛は朗らかな笑みとともに親指を立てる。それから一拍遅れて、比叡も敬礼で応えた。
 だが、サダトを視線で追うように、扉を見つめる彼女の瞳には翳りが窺えた。歴戦の戦艦は、その微細な影を見逃さない。

「……」
「彼は信用ならないか? 比叡」
「えっ!? あ、いえ、別にそんな……」
「取り繕う必要はない。お前のように疑いを持って、当然の案件だ。私もまだ信じ切ってはいないしな」
「そ、それは……」
「お前に見る目がない、とは言わん。彼が本物なら、遠からずお前から……そして私達から、信頼を勝ち取るだろう」
「比叡は心配性ネー。大丈夫デース、提督をロックオンしたこのお姉様の眼を信じナサーイ!」

 そんな彼女の胸中を汲み、長門はふっと口元を緩める。一方、長女は豪快な笑顔と共に妹の肩を叩いていた。

 ◆

 やがて、深夜の執務室は長門と陸奥の二人だけとなっていた。この日の業務を全て終えた提督代理は、椅子から立ち上がると窓に目線を向ける。
 ほとんどの施設や宿舎が消灯されている中、一つだけ灯りを放っている工厰。闇夜の中で一際目に付くその場所を、長門は暫し見つめていた。

「……陸奥。南雲殿が持ち込んできた『マシンアペリティファー』の解析結果は出ているか?」
「ええ。夕張(ゆうばり)からの報告書なら預かってるわ」
「大まかな概要は聞いている。……『核』が使われているというのは、本当か?」

 視線を合わせぬまま、長門は妹に問い掛ける。帰ってきたのは、普段の余裕を漂わせる口調とは異なる、真剣そのものの答えだった


「……本当よ。あのバイク……だったらしい鉄塊のエンジン部には、プルトニウム原子炉が組まれている」
「……」
「核エネルギーを動力源にしてコントロールするには、バイクの車体は軽過ぎるはず……。それだけシェードという組織の技術力が突出しているのね」
「……核、か。これを報告したとして、提督はどうされるだろうか……」

 現存するあらゆるエネルギーを凌駕する、凄まじい力の集合体。それが今、あの工厰に眠っている。
 大本営が聞きつけたら、間違いなく手段を問わず手に入れようとするだろう。核は、それほどの価値を持っている。
 どんな物でも勝つために利用せねばならない、この戦時においては。

「……利用し尽くす、か……」

 だが、この海が巨大飛蝗の脅威に晒されている今、くだらない内部闘争のために貴重なエネルギーを浪費させるわけにはいかない。
 核を巡るこの案件は、巨大飛蝗や南雲サダトの一件以上に、重く長門にのしかかっていた。
 
 

 
後書き
 仮面ライダー1号の愛車であるサイクロン号も、原子炉プルトニウムが動力源。……あれが破壊されたら、どえらいことになるんだなぁ。 

 

第12話 信頼の条件

 ――194X年8月26日。
 鎮守府艦娘寮前。

『ヘーイ、全艦娘の皆ー! 今日は我が鎮守府にやって来た、スペシャルゲストを紹介するデース!』
『なんとなんと、あの巨大飛蝗を退治するために異世界からやって来た戦士! 南雲サダト君でーす!』
『……初めまして、艦娘の皆さん。俺は、あの巨大飛蝗を倒すために、あいつと同じ世界からやってきた改造人間。南雲サダトです』

 広々としたグラウンドに艦娘達を集め、金剛と那珂が彼女達にサダトを紹介していた。快晴の夏空の下、彼女達の眼前に現れた見慣れない姿の男性に、多くの艦娘がどよめいている。
 ――そんな彼女達を、比叡は遠巻きに見つめていた。

(お姉様……)

 彼女に代わり那珂がサダトの紹介に加わっているのは、金剛の配慮によるものだった。
 彼に対する不信感を拭えないまま、紹介役をさせるのは辛いものがあると鑑みて、那珂に代わるよう頼んだのである。
 直に巨大飛蝗と戦った経験があり、その打倒のためにやって来たというサダトに対し那珂は好意的であり、彼の紹介役を請け負うことにも前向きだった。

『あの巨大飛蝗は、見境なく人を喰らう。俺の世界では、たくさんの人が犠牲になった。――その牙は、もうこの海にも迫っているんです!』
(……)

 そんな姉達の様子を見つめ、比叡は巫女装束に包まれた胸元を握り締め、切なげな表情を浮かべる。
 那珂にしろ金剛にしろ、考えなしにサダトを歓迎しているわけではない。友好的な関係を結ぶことで、あの巨大飛蝗に抗する術を得るためという打算も含まれている。
 長門もそれを狙い、出会って間もないサダトを味方として迎え入れているのだ。それに長い実戦経験で培われた観察眼を以て、彼女達は南雲サダトという男が善であると見抜いている。
 実績と経験が豊富な艦娘ほど、彼を受け入れている状態だ。

『俺はなんとしても、無関係であるはずのこの世界の人々に、無駄な血が流れることを阻止しなくてはならない! だけど、俺一人じゃどうにもならなかった……!』
(南雲君……)
『だからどうか、ほんの少しだけ! この世界をあいつから守るため、力を貸してください! その力がある、艦娘の皆さんだけが頼りなんです!』
(南雲君、私は……)

 それに引き換え、ただ胡散臭いという感情論だけでサダトを拒んでしまった自分の至らなさが。何より、そのために敬愛する姉に気を遣わせてしまったことが、比叡の背に重くのしかかっていた。

 聴衆の様子を見る限りでは、艦娘達の反応は二つに分かれている。金剛のようにサダトを受け入れる態度を見せている者と、比叡のようにサダトを訝しむ者の二つに。
 前者はベテラン、後者は若手と、キャリア層もはっきりと分かれていた。ベテラン達は若手達にはわからない何かを、サダトに感じているのだろう。

 理屈の上では、わかっている。
 巨大飛蝗に抗する鍵を握っているサダトを拒む理由など、あるはずがない。あの怪物を確実に排除するには、より多くの情報を持つ彼を味方に付ける必要がある。
 それに改造人間である彼が先陣を切って戦うのであれば、艦娘の損害を最小限に抑えることもできる。

 だが、感情がそれを拒むのだ。ぽっと出の、軍人ですらない男に、最愛の姉が笑顔を咲かせて明るく接していること。そんな男を、尊敬する先輩達が軒並み受け入れていること。
 許せない。だが、それ以上に。多くのものを失いながら、それでも巨大飛蝗を倒すために来訪してきた彼を、そんな浅ましい理由で拒んでしまう自分が、何よりも許せなかった。

「……待って頂戴」

「――ッ!?」

 その時。
 若手達が先人達の意向を雰囲気で汲み取り、不信感を抱いたまま彼を受け入れようとしていた、その時だった。

 凛とした一声が一帯に響き渡り、どよめく聴衆と金剛達を黙らせる。その声の主は、聴衆の最後部から静かに口を開いていた。

 ポニーテールを揺らし、凛々しい眼差しでサダトを射抜く、その美女の名は――この鎮守府の主力である第一航空戦隊の筆頭格の一人、正規空母「加賀(かが)」。その傍らには、同じく一航戦の筆頭格である正規空母「赤城(あかぎ)」が並んでいる。
 青いミニスカートを夏の風に揺らし、加賀は一歩踏み出す。その瞬間、彼女達に畏敬の念を抱く若手の艦娘達が、蜘蛛の子を散らすように道を開けた。

『おーっと、ここで我が鎮守府のエース加賀さんのマイクパフォーマンスかーっ!?』

 その鋭い視線から漂う殺気など気にする気配もなく、那珂は場違いなほどに明るく振る舞いながら、加賀の側まで駆け寄って行く。
 そして彼女の近くまで辿り着いた途端。加賀は問答無用で彼女のマイクをひったくり、サダトに厳格な視線を注ぐ。そのただならぬ気迫を真っ向から浴び、サダトの表情も引き締まった。

『……南雲サダト。あなたの意向は理解したわ。あなたの力を借りなければ、あの巨大飛蝗を倒すことはできない、ということも』
『……それなら!』
『けれど。命懸けで戦場に立つ艦娘が、己の命運を懸けるのは信じられる仲間だけ。今日私達と会ったばかりのあなたには、それが致命的に欠けている』
『……』

 それはまるで、若手達の胸中を代弁しているようだった。
 ベテラン陣のほとんどがサダトを受け入れる雰囲気である中、そのベテラン陣の中心である彼女が若手寄りの意見になることは想定外であり、遠巻きに見つめていた比叡は目を剥いている。
 だが不思議と、周りのベテラン陣は加賀の発言に驚く気配はなかった。まるで、こうなることが分かり切っているかのようだ。

『かといって、時間を積み重ねて信頼を築いて行く猶予はない。そうでしょう?』
『そ、れは……』
『ならばせめて。私達が命を預けても構わない、と思えるほどの覚悟と強さを証明しなさい』
『……!?』

 一方。加賀は物々しい雰囲気を全身に纏わせながら、サダトに一つの条件を提示する。

『この鎮守府の名代として、提督に代わり。私達一航戦が、あなたに試練を課す。その結果を以て、判断させて頂くわ。あなたが、私達の力を貸すに値するか否かを』
『……!』

 それは、何よりもシンプルで過酷な条件だった。鎮守府の主力である一航戦の主観で、サダトの能力を検証し、艦娘の力を貸し与えるか否かを審議する。
 つまり、鎮守府最強の彼女達を「力」を以て黙らせることで、艦娘を無駄に死なせない強さを証明しろ、ということであった。
 無駄な血を流させない、という言葉が口先だけではないことを知らしめるために。

 相手は一航戦筆頭格。まず、一筋縄では行かないだろう。サダトはチラリと、自分を見遣る金剛と目を合わせた。

(お膳立てはここまでネ。あとは、君のガッツ次第デース!)
(……ああ。ありがとう、金剛さん)

 そこから帰って来たウィンクから、サダトは彼女の意を汲み、強く頷いて見せる。そして、真摯な眼差しを真っ向から加賀にぶつけた。

『……わかりました! その試練、受けて立ちます! あなたの信頼を、勝ち取るために!』
『おぉーっとぉお! まさかまさかの急展開! 南雲サダト君と加賀さんとの、ガチンコバトルの開幕だぁあーっ!』

 やがてこの一帯に感嘆の声が広がり、どよめきは最高潮に達して行く。
 その喧騒のさなか。加賀はフン、と鼻を鳴らし、踵を返して立ち去って行った。その後に続く赤城は、たおやかな笑みをサダトに送っている。

(……ど、どうし、よう……)

 一方。
 その光景を見ているしかなかった比叡は、予想だにしなかった展開に青ざめていた……。

 ◆

 艦娘寮前で繰り広げられた、派手なマイクパフォーマンスからの宣戦布告。そして、試練の受諾。
 その一連の騒ぎを、窓から見下ろしていた長門は深くため息をついていた。そんな彼女の隣で、陸奥がくすくすと笑っている。

「やれやれ……結局こうなるか。一航戦には面倒を掛けてしまったな」
「加賀も赤城も面倒見がいいものね。後で山盛りの牛丼でも奢ってあげたら?」
「そうだな、検討しておく。――それで、解析の進捗はどうなっている?」
「もうすぐ終わるそうよ。成果は期待できそうね」
「そうか。……解析が終わり次第、私から提督に報告する。それから、夕張に預けたマシンアペリティファーはどうだ?」
「車体の損傷が酷すぎて、バイクとして修理するのは不可能だそうよ。ただ、エンジン部の原子炉プルトニウムは健在だから、それに見合う材料を使って別の乗り物を造ることは出来るみたいだけど」
「別の乗り物、か……」

 巨大飛蝗。南雲サダトという来訪者。巨大飛蝗に纏わる資料。そしてバイクに使われていたという、原子炉プルトニウム。
 様々な問題が深くのしかかる中、長門は深くため息をつきながらワイワイと騒いでいる艦娘達を見下ろしていた。

「……案外、それが鍵になるのかも知れんな。なにせ、我々の常識が何一つ通じぬ相手だ」

 その表情には、乾いた笑いが滲んでいる。
 

 

第13話 変身

 ――194X年8月26日。
 鎮守府工廠前。

「ご、ごめんね南雲君。いつかは来るかなー、くらいには思ってたんだけど。まさかこんなに早く決闘みたいなことになるとは思わなくってさ」
「あはは……すみません夕張さん。……でも、凄いですね。急造って割りには、こんなにしっかりした物をすぐに用意出来るなんて」
「はは、まぁこれが取り柄みたいなものだから」

 あらゆる武器装備の開発、製造を行うこの場所の近くにある桟橋。サダトはそのそばで、両足に履いた特殊ブーツの力で海上に立っていた。艦娘と同じように。
 だがさすがに慣れないのか、何処と無くふらついている。そんな彼を、桟橋に立つ緑髪の少女が見守っていた。
 工廠での開発を主任務とする軽巡洋艦「夕張」である。サダトが今履いている特殊ブーツも、夕張が彼のために急造した装備の一つだ。

「でも、南雲君こそ凄いよ。新米の艦娘は直進どころか、まっすぐ立つのもままならないくらいなのに……初めてとは思えないくらい安定してる。やっぱり改造人間ってそういうところでも優秀なんだなぁ」
「いえ、そんな……。でも、やっぱり中々難しいですねこれ。水上でもバイクに乗れたら戦いやすいんだろうけど……こればっかりは慣れるしかないか」
「……うーん、水上で走れる乗り物、か……」
「……夕張さん?」

 大破したサダトのマシンアペリティファーも、彼女が預かっている。とはいえ、その車体はもはや彼女でも修復不能なのだが。
 自分でも直し切れないことへの悔しさからか、どうにかしてマシンアペリティファーより優秀な乗り物に作り変えてやろうと目論んでいた彼女は、サダトの一言で深く考え込んでいるようだった。
 ――水陸両用の車体。それなら、マシンアペリティファーより利便性で勝る乗り物を造れるかも知れない……と。

「い、いた! 南雲くーんっ!」

 その時だった。技術者としてのプライドで燃え滾っていた夕張と、そんな彼女に掛ける言葉を見つけられずにいたサダトの前に、比叡が駆け込んでくる。

「君は……ええと、比叡さん?」
「は、はぁっ、はぁっ……!」

 息を切らして駆け込んできた彼女は、肩を揺らしながら切迫した表情でサダトに迫った。そんなエースの珍しい姿に、夕張も目を見張る。

「比叡ちゃん珍しいね、そんなに慌てるなん――」
「――どうするつもりなの南雲君! このまま試練を受ける気!?」
「おわっ!」

 だが、夕張に構う余裕もないのか。比叡は桟橋から手を伸ばして水上のサダトに掴みかかり、その両肩をガクガクと揺さぶる。
 彼女の青ざめた表情は、一航戦の試練というものの凄まじさを物語っているようだった。

「わかってる!? 一航戦はこの鎮守府のトップエース! しかも筆頭格の正規空母が直々にテストするって言ってるのよ! 並大抵の実力じゃ、一分も持たずに海の藻屑にされちゃう!」
「比叡ちゃん……」

 徐々に涙ぐんで行く比叡に、夕張は掛ける言葉を見失う。彼女の中に渦巻く、複雑な感情が表情に現れていたのだ。

 信じていい人間かも知れない。むしろ、現状と人柄から判断するならその可能性の方が高い。だが、自分は安心し切れず不安を抱いてしまった。
 それが形となってしまったかのような今の状を目の当たりにして、焦燥に駆られているのだ。自分の懸念が、この事態を招いたのだと錯覚して。

 ――それを知ってか知らずか。彼女の手に掌を重ね、宥めるように見つめるサダトの表情は穏やかな色を湛えていた。

「……大丈夫。きっと、なんとかして見せる」
「わ、わかってない! わかってないよ! 一航戦の実力は半端じゃないのよ!? あなたも腕に覚えがあるのかも知れないけど、彼女達は強いなんて次元じゃ……!」
「そうだろうな。きっと、そうだろう」

 比叡の手を優しく握り、サダトは肩から手を離させる。そして、彼女達が待っているであろう方角へ、剣呑な眼差しを向けた。
 その凛々しい横顔に、比叡は無意識のうちに見入ってしまう。

「だけど、引き下がることだけは絶対にできない。彼女達は『力』以上に、俺の『覚悟』を見ようとしている」
「えっ……!?」
「ここで背を向けるようであれば、所詮その程度の『覚悟』。試練に敗れるようであれば、所詮その程度の『力』。彼女達はその二つに段階を分けて、俺の本質を推し量るつもりなんだ」
「……!」
「例え敗れたとしても、試練に挑めば『覚悟』のほどは汲んで貰えるだろう。直接あいつと戦う『戦力』に数えてはくれなくなるだろうけど、それでも協力はさせてくれるはず」

 やがて、サダトの手に握られたワインボトルが夏の日差しを浴び、照り返すように輝く。すでに腰周りには、それを収めるベルトが現れていた。

「――だが。それは本来なら無関係であるはずの艦娘の皆が、巨大飛蝗との戦いで矢面に立たされることを意味する。逃げ出すことも敗れることも、俺には絶対に許されない」
「南雲君……」
「でも、心配はいらない。俺だって、負けるつもりで挑むつもりは毛頭ないから。必ず勝って、一人でも多くの艦娘から信頼を得て見せる」
「……!」

 自分が疑っている間も、彼は信頼を勝ち得るために無謀な戦いに挑もうとしている。その気まずさから、咄嗟に比叡はサダトから目をそらしてしまう。
 そんな彼女を一瞥し、サダトはベルトにワインボトルを装填した。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「だから、この一回でいい。見ていてくれ、俺の――変身!」

 電子音声が鳴り響く中、レバーを倒し。真紅のエネルギーを、漆黒の外骨格に循環させていく。
 金色の複眼が光を放ち、関節の隙間から蒸気が噴き出し、排熱完了と共に変身シークエンスは終わりを告げた。

『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 そして最後の電子音声と共に、「p」の字を象る柄から伸びる刃が、天の輝きを浴びて眩く照り返す。
 その剣を手にしたサダト――こと仮面ライダーAPが、特殊ブーツを頼りに水上を駆け出したのは、この直後だった。

「……南雲君……」

 もはやこうなっては、見ているしかない。そして、彼の宣言通りに勝利を飾ってくれることを、信じるしかない。
 彼の言葉を信じた長門や金剛達のためにも。――比叡自身のためにも。

(ちょっ……違う違う違う! 私は別に南雲君を信じてるわけじゃなくてっ……!)
「比叡ちゃん? 誰を信じてるわけじゃないって〜?」
「ひえぇえっ!? やだ、うそ、今の声に出てた!?」

 そんな胸中が、言葉に出ていたのか。夕張のからかうような囁きに、比叡は顔を真っ赤にして狼狽えるのだった。
 
 

 
後書き
 一航戦はアニメ版と同じく、鎮守府最強格として設定しています。大和や武蔵はいない設定なので。 

 

第14話 一航戦の試練

 ――194X年8月26日。
 鎮守府訓練場。

 多くの艦娘達が訓練のために使用している、開けた海域。鎮守府の領内にあるその海原には、移動訓練のための棒が何本も立てられている。
 その中央に、特殊ブーツを履いた仮面ライダーAPが佇んでいる。そんな彼を、波止場に立つ赤城と加賀が待ち受けていた。

「逃げずにここまで来た……か。少なくとも、ここで逃げるほどやわではなかったようね」
「すでに分かり切っていたことですが……その心意気、敬服致します。南雲君」
「……」

 こちらに向け、弓を引き絞る二人。そんな彼女達に対し、サダトは剣を水平に構えて静かに出方を伺っていた。
 もはや一触即発。そんな彼らを、大勢の艦娘達がギャラリーとなって囲っている。

『さぁ、世紀の一戦! 我らが栄えある一航戦のエース、赤城と加賀! 対するは、改造人間のボディを持つ異世界からの使者、南雲サダト! 果たして、この試練の先にはどのような結末が待ち受けているのかっ!?』
『霧島ちゃんキャラおかしいよ!? 絶対この状況楽しんでるよ! ツッコミは那珂ちゃんのキャラじゃないのに〜っ!』

 そんな彼女達の中で、太陽の輝きで眼鏡を光らせる霧島が、熱狂的な実況をお送りしている。本来その役目を担うはずの那珂が、困惑を隠せないほどの気迫を全身から放っているようだった。

(南雲君……)

 一方。そんな末妹とは対照的に、次女の比叡は指を絡めて不安げな表情でサダトを見守っていた。
 隣の金剛は自信満々な笑みを浮かべているが、そんな姉の姿を見ても、彼女の胸中に潜む淀みは拭いきれない。

「……心配デスか? 南雲クンのこと」
「お、お姉様! わ、私は別に……」
「大丈夫、大丈夫デース。私達が信じた男ネ、大船に乗った気分で見るといいデース!」
「……は、はい……」

 比叡の心配をよそに、周囲は益々ヒートアップしている。そのギャラリーの熱気に反するように、当の一航戦とサダトは静かに互いを見据えていた。

『両者やる気十分! ルールは簡単、一航戦の猛攻を10分間凌ぎ切るのみ! さぁ果たして南雲サダト、我が鎮守府の精鋭が繰り出す爆撃と銃撃の嵐を掻い潜り、その「力」を証明できるかっ!』
『あーん! それも那珂ちゃんのセリフ〜っ!』

 そして――戦いの火蓋を切り落とすように。小指を立ててマイクを握る霧島が、左手の手刀を天に掲げる。

『さぁ、世紀の試験の始まりですっ! 用意……始めっ!』

 その手刀が、下方に振り抜かれた瞬間。
 赤城と加賀の、引き絞られた弓から無数の矢が飛び出した。

「――ッ!」

 瞬く間に、その矢が全て――九九式艦上爆撃機の形状へと変貌していく。
 サイズはさながら模型のようにも伺える小さなものだが、機体下部から降り注ぐ爆弾は……紛れもない実物だ。

 爆炎と共に波が広がり、波止場に海水が叩きつけられて行く。絶え間無い爆撃が、容赦無く改造人間に向けられていた。

『ああーっと、速攻に次ぐ速攻! 並の深海棲艦なら、すでに轟沈必至の攻撃だぁーっ!』
「な、南雲君っ!」
「心配ないネー。……南雲クンなら、全弾回避してるデース」
「えっ――あ!」

 立ち上る煙幕。燃え盛り、倒れて行く棒。
 戦い慣れている艦娘でも、いきなりこの量の爆撃を浴びれば無事では済まない。新米の艦娘なら、間違いなく行動不能になっている。

 一航戦の名に恥じない、強力な速攻。この試練に対する、二人の意気込みが如実に現れていた。手加減など一切ない、本気の攻撃。
 その戦況を目の当たりにして、青ざめた表情になる比叡。そんな妹とは正反対に、金剛は胸を張ってある方向を指差す。

 ――その方向から、漆黒の外骨格が煙幕を突き破り、青空の下へ飛び出してきたのだった。
 今日が初の海上戦とは思えないほどの、滑らかな航跡を描く彼の身のこなしは、瞬く間にギャラリーの視線を独占していく。

『なぁーんとなんと、かわしました南雲選手っ! さすが戦闘に秀でた改造人間の戦士! 一航戦の爆撃にも屈していなぁい!』

 この番狂わせとも言うべき立ち回りと霧島の実況に、艦娘達は大いに沸き立つ。
 話でしか改造人間の力を知らない彼女達の中には、その戦闘力に対して懐疑的な者もいた。そんな彼女達も、一航戦の爆撃を鮮やかにかわした彼の機動力には舌を巻いている。

「南雲君……!」
「やっぱり、私達が見込んだ通りネ。でも、本番はここからデス」

 改造人間の力を知らしめる。という目的の達成へ、大きな一歩を踏み出す瞬間であった。

「――ッ!」

 だが、一航戦はいつまでも調子に乗らせてくれるような相手ではない。
 爆撃をかわしたサダトの上体に、無数の弾丸が降り注ぐ。防ぐ間もかわす間もなく、全弾を浴びてしまった彼の頭上を、零式艦上戦闘機21型の編隊が通り過ぎた。

「南雲君っ!」
「海上を走る際に生まれる独特の波紋を読み、南雲クンが煙幕から脱出した先に零戦を展開させていたようデスね」
「……!」

 水上を移動する際、足元から広がる航跡。その微々たる兆候を、あの爆撃による激しい波紋の中で見つけていた一航戦と姉の観察眼に、比叡を戦慄を覚える。

『ああっと! 一航戦も彼の動きを読んでいる! 零戦の機銃掃射を浴びてしまったぁ!』

 霧島の実況に覆い被さるように、再び零戦の編隊がサダト目掛けて射撃を開始した。

「二度もッ!」

 しかし、サダトも何度もやられているままではない。手にしていた剣を猛烈に回転させ、銃弾を凌いでいく。
 一航戦の必勝パターンから生き延びて行く彼の奮戦に、ギャラリーがさらに興奮していった。

『なんとここで南雲選手、剣を扇風機のように振り回して掃射をかわすという、まさかまさかのファインプレー! 果たして次は、どんなアクションを見せてくれるのかっ!』

 霧島の昂りを他所に、波止場に立つ赤城と加賀は同時に目を細める。
 そんな彼女を、サダトも静かに見据えていた。

「やはり、この程度では屈しませんか」
「だが、それがいつまで持つか。残り8分、ここからが正念場よ。――南雲サダト」
「……」

 次の瞬間、二人は矢を同時に放ち――今度は九九艦爆と零戦が同時に襲い掛かってきた。サダトは剣を下ろすと回避行動に入り、爆煙の中に姿を消して行く。

 ――だが、これは悪手だった。
 赤城と加賀は、航跡の波紋を辿ればいつでもサダトを見つけられる。が、サダトの方からは二人が見えないのだから。

 そう、例え二人が新手を放っていたとしても。

「……よし、抜けたッ――!?」

 その時は、彼が爆煙から飛び出た瞬間に訪れた。
 先程の経験則から、すぐに機銃掃射が来ると踏んでいたサダトは剣を構えて上空を見上げる。……だが、零戦の編隊はおろか、一機も見えない。

 足元で爆発が発生し、彼の体幹が大きくよろめいたのは、その直後だった。

「……、なッ……!?」

 一体、どこから。その焦りから視線を惑わせる彼の視界に、零戦でも九九艦爆でもない機体の編隊が映り込む。

『これは上手いッ! 一航戦、爆撃からの機銃掃射と思わせてか〜ら〜の雷撃に切り替えたッ!』
「雷撃……!」

 霧島の実況から拾った言葉が、サダトに新手の出現を悟らせた。
 九七式艦上攻撃機。雷撃戦に特化したこの機体の編隊が、お留守になっていた彼の足元を襲っていたのだ。

 上空からでも、水中からでも。攻撃を仕掛けられる場所もタイミングも思いのまま。
 しかも、そのいずれもが強力な威力を秘めている。それが意味する攻撃手段の多様性に、サダトは息を飲んだ。
 これが、一航戦なのか――と。

「……九七艦攻の雷撃をまともに受け、未だ健在……か。予想を遥かに超える自己防御能力ね」
「けれど、この世に不沈艦は存在しません。例え損害が軽微であれど、それが積み重なれば必ず綻びは生まれる。その時までに命を繋げられるかは、彼次第です」

 一方。この攻撃からサダトの能力を推し量る二人は、攻撃の手を緩めないばかりか、さらに多数の艦載機を放とうとしていた。
 試練というよりは、まるで――処刑のようだ。その容赦のなさに、比叡は目元に雫を溜め込んで行く。

「む、無茶苦茶です、こんな……! お姉様、やめさせてください! 一航戦の雷撃まで凌いだんです、もう十分じゃないですか!」
「比叡。よく見るネ。赤城も加賀も、南雲クンも、全く満足してないデス。せっかく10分も時間を取ったのデスから、最後まで好きにやらせてあげるデース」
「……!」

 だが、金剛は不敵に笑いながら、戦場に立つ三人を見守るばかり。彼らはどちらも止める気配を見せず、試練を続行していた。

 どれほど爆炎が上がっても、爆風が肌を撫でても。彼らは互いに引くことなく、力を尽くしている。
 片方は、力と覚悟を「検証」するために。片方は、それを「証明」するために。
 もしそこに手心が加われば、この場を設けた意味がなくなってしまう。何より、それ以上に相手に対する無礼もない。
 だから彼らは、寸分の加減もなくぶつかり合うのだ。

「……」

 それに深く理解を示す金剛に対して、比叡の表情は優れない。それでも彼女には、ただ祈るしか術はなかった。
 指を絡め、目を伏せて。南雲サダトの生還を、祈るしか。

 ――それから、7分が経過した。

 ついに試練終了まで残り1分となり、ギャラリーも比叡達も固唾を飲んで、戦いの行方を見つめている。
 その視線の向こうで、サダトは満身創痍になりながらも両の足で立ち続けていた。すでに外骨格には亀裂が走っており、素顔を隠す仮面も半壊し、目元が覗いている状態である。

 そんな彼を見下ろす赤城と加賀も、彼の異様なタフネスに手を焼いているのか。僅かに呼吸を乱しながら、次の矢を構えていた。

「……次が最後ですね」
「……ええ。行きますよ、赤城さん」

 自分達二人にここまで食い下がってきた、彼への敬意として。赤城と加賀は、全ての艦載機を解き放つ。

 九九艦爆、九七艦攻、零戦。三種の機体から繰り出す波状攻撃が、サダトを急襲した。

「――おぉおぉおおッ!」

 もう、持たないかも知れない。それでも彼は、立ち尽くすことだけはしなかった。諦める選択肢だけは、選ばなかった。
 その「心」を、彼女達は何よりも検証しているのだから。

 爆煙の中に姿を隠し、九九艦爆からの爆撃をかわし切り――煙の外へと飛び出す。
 その瞬間、彼は。

 水飛沫が天を衝くほどの蹴りを海面に放ち、上空に飛び上がるのだった。

「……!?」

 その行動に赤城と加賀が目を剥く瞬間。サダトは剣を振るい、機銃掃射に入ろうとしていた零戦を次々と斬り伏せる。
 彼が立っていた海面にはこの時、空振りに終わった魚雷の航跡が走っていた。

 爆撃も雷撃も銃撃もかわされては、もう一航戦でも決定打は与えられないだろう。誰もがそう確信している中、サダトは魚雷が通り過ぎた後の海面に着水した。

 ――だが、まだ終わりではない。一度のジャンプだけで全ての零戦を狩ったわけではないのだ。
 着水したところを狙うように、残りの零戦がサダトの背に群がって行く。だが、彼はそこから動く気配を見せない。

「南雲君っ!?」

 機銃掃射が終わり、零戦が通り過ぎて行くまで。サダトはそこから微動だにせず、立ち尽くしていた。
 ――それが、この試練を締めくくる最後の攻撃となる。

『10分経過……終了! 試練終了です! やりました、とうとうやってしまいました南雲サダト! 一航戦の雷撃、爆撃、銃撃を凌ぎ、10分生き延びてしまいましたぁぁあ!』

 そして、制限時間の終了を霧島が告げた時。爆発するような歓声が、この一帯に響き渡る。
 番狂わせに次ぐ番狂わせ。その積み重ねが、彼女達の興奮をこれほどまでに煽っていたのだ。
 一航戦のトップエース二人を相手に、ここまで持ち堪える戦いなど、今までになかったのだから。

 もはや彼女達の中に、南雲サダトの実力と誠意を疑う者はいない。彼の本質は、一航戦の手により証明された。
 今はただ、惜しみない拍手が送られている。

「南雲君……!」
「比叡。迎えに行ってあげるデース。多分、アレは相当疲れてるネ。……今なら、それくらいは出来るネー?」
「……はいっ! お姉様っ!」

 その中で、比叡は華のような笑顔を咲かせていた。そんな妹を温かく見守る金剛は、微笑と共に妹の背中を押して行く。
 その勢いのまま、次女はサダトが向かう桟橋に駆け出して行った。

「……南雲サダト。最後の銃撃……なぜ背中で受けたのですか? あなたなら消耗した状態でも、剣で防げたはず」

 一方。ギャラリーの歓声を浴びながら、訓練場を後にしようとしていたサダトの背に、加賀の一声が掛けられていた。
 サダトはその言葉に、半壊した仮面の奥から微笑を覗かせ――振り返る。

「……!」
「怪我させたら、いけない――て思ったんです」

 振り返った彼の腕には、何人かの小人が抱かれていた。先ほどサダトが斬り落とした零戦に乗っていた「妖精さん」である。
 彼は零戦を落としながら、その操縦をしていた妖精さん達を保護していたのだ。最後の銃撃を背で受けていたのも、彼女達を庇うことに専念していたためだった。

 もし彼が零戦を撃墜したまま妖精さん達を放っていれば、彼女達は小さい体で泳いで桟橋まで帰る羽目になる。剣で防御しようと向き直っていれば、銃撃が彼女達に向かう恐れもあった。

 ――その行為に、加賀は普段の無表情を崩し、呆気にとられた顔になる。そんな相棒の珍しい姿に、赤城はくすくすと笑っていた。

「南雲サダトさん。あなたは本当に、面白い人なのですね」
「……よく言われます」

 そんな赤城の褒め言葉を、からかいと解釈したのか。サダトは頬を赤らめると、そそくさと妖精さん達を抱えたまま桟橋に向かっていく。
 その背中を、二人は穏やかに見守っていた。

「……オホン。ともあれ、これで若手の不信は拭えたようですし。私達が一芝居打つ必要は、もうなさそうですね。赤城さん」
「ええ。これで他の艦娘達も、彼を仲間として受け入れてくれるでしょう。……私達が受け入れる姿勢でも、若い子達が不安なままでは艦隊の統率も乱れてしまいますし」
「全く……巨大飛蝗の一件が片付いたら、人を見る目というものを養わせる必要がありますね」

 ――最初からサダトを信用していた二人は、若手が彼に不安を抱いている現状を打破するために、この「試練」を画策していた。彼の「覚悟」と「力」を目に見える形として、鎮守府全体に知らしめるために。

 その目論見通り、彼は試練に耐え抜き艦娘達の信頼を勝ち取って見せた。
 戦士にとって「力」とは、決して無視できない要素だ。むしろ、「全て」に近い。一航戦の猛攻を耐え抜いた彼なら、信用していなかった他の艦娘達も受け入れられるだろう。作戦、成功だ。

「……そして。この『試練』を通して、一つわかったことがあります」
「……ええ」

 踵を返し、波止場から立ち去って行く二人。神妙な面持ちを浮かべる彼女達は、剣呑な雰囲気を纏いながら互いに視線を交わした。
 そして、同時に振り返り――桟橋に着いた途端にぶっ倒れ、周りを大騒ぎさせているサダトを遠目に見つめる。

「……私達の全力攻撃でも倒せない改造人間すら、容易く一蹴する。巨大飛蝗は、それほどの強敵なのだ――と」

 この試練を通して判明した、巨大飛蝗との戦力差。その大きさを感じ取った二人は、厳しい表情のまま波止場から完全に姿を消したのだった。

 ◆

「……赤城と加賀のおかげで、若い艦娘達の信頼も集まりつつあるな。……だが、問題は……」

 執務室の窓から、騒然となっている訓練場周辺を見下ろす長門。――その手には、何十枚にも重ねられた書類が握られていた。

 その表紙には、「資料解析結果」と記されている。

「……南雲殿。これほど度し難い話は、流石に私も初めてだよ」

 書類の内容を知る彼女は鎮痛な面持ちで、艦娘達にもみくちゃにされている青年を見つめていた。
 追い求めていた情報(もの)が手に入ったというのに。その表情はどこか、儚い。
 

 

第15話 結ばれる友情

 ――194X年8月27日。
 鎮守府甘味処まみや。

「赤城さん……それ、食べるんですか」
「ええ。南雲さんも一口いかがですか?」
「いえ……やめときます」

 一日の休みを経て快復したサダトは、改めて鎮守府に歓迎されることとなった。鎮守府における憩いの場である「甘味処まみや」に招かれた彼は、赤城と同席して昼食を取っている。

 そして今、山盛りという言葉では足りないほどの量の牛丼を平らげる彼女の食いっぷりに、閉口しているのであった。サダトも特盛り牛丼に手を付けている最中だが、彼女の皿に築かれた巨峰の前では並盛りより小さく見えてしまう。
 メガさえも、キングさえも超越しうるチョモランマ。そう呼んで差し支えない量の牛肉が、彼女の眼前に積み重なっていた。

「それにしても、凄まじい回復力ですね。あれほどの損傷が、一日で直ってしまうなんて。入渠(にゅうきょ)もしていないのに」
「……あはは、それが取り柄みたいなものですから。でも、流石に昨日は無理し過ぎたみたいで……皆さんにはご心配をおかけしました」
「ふふ、そうですね。特に比叡さんは、酷い取り乱しようで。あなたのことも今朝まで、つきっきりで看病していらしたわ」
「はい、長門さんからもそう聞いています。……彼女にもお礼を言いたいのですが」
「彼女なら、今は眠っていますから……もう少し待った方がいいでしょうね。彼女も、元気になられたあなたに、早く会いたいでしょうし」
「……はは」

 ――あの後。サダトは客室で比叡の看病を朝方まで受け、目が覚めた頃には彼女は疲れから寝入っていた。
 今こうして外を出歩いているのは、艦娘達への挨拶回りという(てい)ではあるが、どちらかと言うと比叡が目覚めるまでの時間潰しに近い。それほどに、サダトは彼女を案じていた。

 そんな彼の胸中を看破している赤城は、彼が気を落とし過ぎないようにするために、こうして鎮守府の各所を案内しているのだ。さながら、観光のように。

「ねぇねぇ南雲くん! 南雲くんの世界って、どんなレディがいるの!? 今流行りのふぁっしょんって何!?」
「あれ、君達は確か……」
「あ、(あかつき)ちゃん騒いじゃダメなのです! 南雲さんはお食事中なのです!」
「いいじゃない(いなづま)、今日は南雲くんを歓迎してあげる日なんだから! ちょっと騒がしいくらいの方がいいわよ!」
「……ハラショー……」
「あはは、みんな元気だなぁ」

 そんな彼ら二人のところへ、赤城と同じ常連客の駆逐艦四人が現れる。幼い少女の外見を持つ彼女達は、人懐こい笑みを浮かべてサダトのそばに集まっていた。
 その姿に和んだのか、サダトの表情もふっと柔らかくなる。彼の様子を見つめる赤城と、店長の間宮(まみや)も、穏やかな笑みを浮かべていた。

「お、いたいた噂の改造人間クン。具合はどう?」
「見たところ、体調は悪くないようだな」

 すると、暖簾を潜り新たに二人の艦娘が現れた。駆逐艦四人組とは対照的に、成熟した大人の女性である彼女達は、友好的な笑みを浮かべてサダトの隣にやってくる。

「はい、もうすっかり元気です。足柄(あしがら)さんと那智(なち)さんもお昼ですか?」
「まぁな。間宮、いつもの頼む」
「はーい」
「しかし聞いたよー? なんでも比叡がつきっきりで看病してくれてたらしいじゃん。……いいなー、私もそんな甘酸っぱいことしてみたい……」
「お前にはその前にそれをやる相手が必要だな」
「ちぇ……あ、じゃあ南雲君ちょっと半殺しにしていい?」
「さらっと何を!?」
「あはは冗談よ」
(冗談って目の色じゃなかった……!)

 足柄と那智。艦隊の中でも年長者である彼女達は、大人の余裕とも呼べる佇まいで、サダトのことも暖かく迎え入れている。
 そんな彼らを、二人の空母が暖簾の外から見つめていた。

「ふーん……話に聞いた時は、どんなヤバい奴なんだろうって思ってたけど。ああして見ると、結構普通のコなのね」
「戦わずして相手の本質を推し量れないようじゃ、いつまでも半人前よ五航戦」
「……何よ。先陣切って戦ったくせに」
「あなた達のような分からず屋を黙らせるためよ。やむを得ないわ」
「相変わらずムカつくわね、一航戦。……フンッ!」

 だが、この二人はさほど仲が良くないのか。加賀の隣に座っていた空母「瑞鶴(ずいかく)」は、彼女の辛辣な物言いに反発しながら立ち上がる。

 ――しかし、甘味処まみやから立ち去る直前。彼女は緑のツインテールを揺らし、サダトの方を振り返る。
 その甲板胸とも評される慎ましい胸の奥に、引っ掛かるものを感じていたのだ。そんな彼女の前を横切るように、他の艦娘達がぞろぞろとやって来る。

「お、やってるやってる。昨日はお疲れ様だったねー南雲君。巨大飛蝗のことはひとまず置いといて、今日はゆっくり休みなよ」
「そーそー、男の子は元気が一番だからね! というわけで今日は那珂ちゃんが景気付けのニューシングルを披露――」
「――うふふ。そういうのは店の外でやってね? 那珂ちゃん」
「……は、はい間宮さん……ごめんなさい……」
「も、もう……。ごめんなさい南雲さん、お食事中にお邪魔してしまって……」
「あはは、俺なら全然構いませんよ神通さん。……しかし、随分賑やかになってきたな。いつもこうなんですか? 赤城さん」
「いえ。……皆、珍しい仲間が出来て浮き足立ってしまっているのですよ。異世界の改造人間、なんてまさに千載一遇の巡り合わせというものですから」
「そうですね……」

 川内型三姉妹までもが集まり、賑やかさを増して行く甘味処まみや。そんな彼女達の中心で談笑するサダトを、加賀と瑞鶴は神妙に見つめていた。

「む? これは……ワインボトルか。ふむ、今宵の供に良いかも知れんな」
「ちょ、ダメです那智さん! それは俺の変身アイテムで……!」
「いいじゃんいいじゃん、固いこと言わないでさぁ。今夜はお姉さん達と飲み明かすわよー?」
「ダメですってば足柄さぁぁん!」

 妙高(みょうこう)型の姉妹二人に絡まれ、おもちゃにされているサダト。そんな彼が、変身していた「あの姿」に――加賀と瑞鶴は、どこか既視感を覚えていた。

(……変、ね。なんだか、どこかで会ったことがあるような……ううん、そんなはずない)
(あの巨大飛蝗も、変身した彼の姿も……どこかで見たような気がする。だけど……あり得ない話よ)

 燃え盛る街の中。巨大飛蝗に立ち向かう、仮面の戦士。そのビジョンが、二人の脳裏に過っている。記憶にあるはずのない、その光景が――彼女達の中に、焼き付いているようだった。

 それと同じ感覚を、妙高型の二人や駆逐艦四人組も味わっていたとは、知る由もない。

 ◆

「はぁ……えらい目に遭いましたよ」
「あっははは! 足柄は相変わらず野獣デスネー! ま、根の善良さは保証するので仲良くして欲しいデース」
「だ、大丈夫です。……多分」

 その後、金剛に招かれたサダトは、比叡が起きたと聞いて彼女の後ろに続いていた。今は霧島や榛名と共に、艦娘寮裏でティータイムに入っているという。

「しかし、なんだか不思議ネ」
「……?」
「南雲君の事情は話でしか知らないはずなのに……その光景が妙にハッキリとイメージ出来るんデース。まるで、本当にそこにいたかのように……」
「え……」
「もしかしたら、向こうの世界に住んでいるもう一人の私が、自分の記憶を伝えてくれているのかも――あ、霧島! 榛名! 今戻ったデース!」

 金剛がふと漏らした、不可思議な体験。その意味をサダトが勘ぐるより先に、妹達を見つけた彼女が声を上げた。
 榛名と霧島は華やかな笑顔で手を振っている。彼女達が腰を下ろしている椅子やテーブルは、西洋風の流線的なデザインだ。

「お帰りなさいませお姉様。南雲さんもようこそ」
「あれ? 霧島、比叡はどこに行きましたカー?」
「それが……」

 だが、サダトが最も会いたがっていた肝心の比叡の姿が見えない。訳を尋ねた姉から視線を逸らし、霧島は苦笑を浮かべる。
 そんな末妹を見やりながら、三女の榛名が同じく苦笑いを浮かべて釈明した。

「南雲さんが来られると知った途端、真っ赤になって逃げ出してしまわれて……波止場の方まで」
「あらら……世話の焼ける子デスネ。南雲君! ここからは男の仕事ネー! すぐ追い掛けるデース!」
「え、えぇ!?」
「ハリアーップ!」
「は、はいっ!」

 その理由を知った途端、金剛はサダトの尻を引っ叩いて追跡を促す。臀部に轟く戦艦級の痛みに涙目になりつつ、走り出して行く彼を豪快な笑顔で見送りながら。
 そんな強引極まりない長女の解決策に、妹達はティーカップを手にしたまま揃って苦笑いを浮かべていた。

「さて……榛名」
「……はい」

 ――が。その長女が真剣な表情で椅子に腰掛け、ティーカップを手にした瞬間。
 先ほどまで柔らかな面持ちでティータイムのひと時を愉しんでいた空気が、一変する。榛名も霧島も、すでに笑みなど一切ない剣呑な面持ちに変貌していた。

「例の解析結果、見せて貰ったネー……。割戸神博士とやらは、とんでもないマッド野郎デース」
「はい。……榛名も、住む世界が違うだけで、ここまで残酷になれる人間がいるとは知りませんでした。……まさか、自分の息子を……」
「……大淀には、辛い思いをさせたネ……」
「ですが、大淀さんのおかげで巨大飛蝗――いえ、『仮面ライダーアグレッサー』の情報はぼ網羅されました。解決策も、長門秘書艦と提督の案で確立されつつあります」

 巨大飛蝗。もとい、仮面ライダーアグレッサー。その脅威に抗する術は今、水面下で組み立てられようとしている。まだ完全には至らないが、時間の問題だろう。

「仮面ライダーへの当て付けとしてその名を冠する、次元破断砲搭載型改造人間……でしたカ。あれがシェードという連中の切り札ということは、それさえ処理してしまえば向こうの世界にも光明が差しマス。ここまで来て、あの巨大飛蝗を見逃す手はありまセン」
「はい。この世界のためにも、南雲さんの世界のためにも。不肖この榛名、全力を尽くす所存です」
「この霧島も、同じです。金剛お姉様」
「二人とも、サンキューネ。……ところで霧島。夕張が『例のアレ』を建造していると聞きマシタ。進捗のほどはどうデスカ?」

 工廠の方角に視線を移し、スゥッと目を細める金剛。そんな姉の眼差しを辿りながら、霧島は眼鏡を指先で直す。

「……やはりバイク型で再現するのは不可能だったようです。原子炉プルトニウムのエネルギーに対して、その形状では余りにも軽過ぎてバランスを維持できない、と」
「なるほど。やはりシェードの科学力はとんでもないネー……アレをバイクのエンジンとして定着させるなんテ……」

 悪の組織の科学力に、我が鎮守府の工廠が屈するかも知れない。その口惜しさに、金剛は下唇に歯を立てる。
 そんな姉をフォローするように、霧島はテーブルの上に一枚の資料を差し出した。その一面には、一台の軍用車の写真が載せられている。

「そこで、敢えてバイク型から離れて重量を高め、バランスを取る方向に切り換えたそうです。素材には大和型の艤装を使い、金型には陸軍の『九五式小型乗用車』を使うようです。提督に随行していたあきつ(まる)さんがパイプになって下さいました」
「彼女にも礼を言わなくてはならないネ。……とにかく、急ぐデス。いつアグレッサーが動き出すかわからない以上、一日も早く万全な状態を整える必要がありマス」
「ええ、もちろんですお姉様。夕張さんも急ピッチで作業して下さっています。……この作戦の成否は、彼女に掛かっているでしょう」

 資料を手にした金剛は、祈るように目を伏せる。霧島と榛名も、それに合わせるように俯いた。技術者ではない彼女に出来る事は、来たる日に向けて英気を養うだけ。
 その前準備を担う夕張達の健闘を、祈るより他ないのだ。

 ◆

「……比叡さん」
「あっ……南雲、君……」

 ――その頃。
 波止場の端に立ち尽くしていた比叡を見つけたサダトは、日の光を浴びる彼女と向かい合っていた。

「……」
「……その、聞いたよ。あの後、つきっきりで看病してくれてたって。ありが――」
「――ごめんなさいっ!」

 互いに掛ける言葉を見つけられない中。なんとか先に切り出したサダトの言葉を遮り、比叡は声を張り上げる。
 猛烈な勢いで頭を下げる彼女に、サダトは何事かと目を点にしていた。

「……? え、と……」
「ごめんなさいっ……! 私、ずっとあなたを疑ってた! あんなにボロボロになるまで戦ってる時も、この世界に流れ着いた時も、ずっと! お姉様や長門秘書艦が南雲君を受け入れている時も……!」
「……」
「私みたいな子達がいっぱいいたから、あんな無茶な試練をやることになって、そのせいでボロボロになって……だから、その……」

 だが、その理由に辿り着くまでにそう時間は掛らなかった。彼女の苦悩を悟ったサダトはゆっくり歩み寄ると、その頭に優しく掌を乗せる。

「……知ってたさ」
「えっ……」
「君が俺を信じてないこと。信じられないから、悩んでること。全部知ってる。だから、礼が言いたかったんだ。それでも俺の、そばにいてくれてたことに」
「……」

 やがて掌を下ろし、比叡と向き合うサダトは穏やかな笑みを浮かべる。そんな彼と眼差しを交わす比叡は、不安げな上目遣いで彼を見上げていた。

「だから――ありがとう。それだけが言いたかった」
「……」

 その恐れを、拭うように。柔らかな微笑みを送り、サダトは踵を返す。もう言うべきことはない、と言外に語り。
 比叡はその背中を、暫し見つめ――逡巡する。このまま、何も言えないままでいいのか……と。

「ね、ねぇ!」

 答えは、否。
 これ以上、彼の厚意に甘えたままでいることは、彼女の矜恃が許さなかった。

「……ん?」
「私の方こそ、その……ありがとう。こうして、会いにきてくれて」
「……」
「私……信じるよ。あなたのこと、信じてみる。だから……今からでも、一緒に戦わせて、くれますか?」

 喉の奥から絞り出すような、か細い声。だが、サダトに気持ちを伝えるにはそれでも十二分であった。
 彼は再び比叡の近くまで歩み寄り、右手を差し出す。

「こちらこそ。――改めて、よろしくな。比叡」

 その手を見遣り、比叡はようやく。
 心からの笑顔を。いつものような、溌剌とした笑顔を。

「……うん。よろしくね、南雲君っ!」

 取り戻したのだった。
 
 

 
後書き
 ここまで書き終わってから、赤城さんがコラボしていたのは牛丼じゃなくて親子丼だったことに気づく。ゴルゴムの仕業だー! 

 

第16話 アグレッサーの真実

 ――194X年8月28日。
 鎮守府執務室。

「……先日、大淀から解析結果が帰ってきた。それが、その資料だ」
「仮面ライダー、アグレッサー……ですか」

 巨大飛蝗改め「仮面ライダーアグレッサー」への対策を練るこの場の中で、サダトは長門から渡された資料を神妙に見つめていた。彼の周囲を取り巻く幹部格の艦娘達も、明らかにされたアグレッサーの実態に言葉を失っている。
 そんな部下達の様子を見渡しつつ、長門は視線で話を促してくる陸奥に頷き、口を開いた。

「……まず。シェードは次元の壁を破り、異世界へ侵略する計画を進めていたらしい。その成果として開発されたのが、『次元破断砲』。天文学的数値の熱量を一点に集中して放つ、『次元に穴を開ける大砲』だ」
「七年に渡る戦いで仮面ライダーに生態圏を奪われ、敗残兵ばかりになったシェードは、この兵器を後ろ盾に異世界を支配することで新たな資源の獲得を目指していたの」
「だが、この兵器のチャージには莫大な電力が要求される。シェードにはもはや、そこまでの予算もなかった。そこで足りない電力を補うために、摂取したタンパク質を熱量に変換する機能を取り込んだ。――例えるなら、人肉か」
「そしてチャージしている長い時間が無防備にならないように――戦闘用改造人間の体内に組み込むことになったの」
「物言わぬ大砲を、自己の判断で歩いて戦う砲兵に作り替えたということだな」

 長門と陸奥が語る、アグレッサーの体内に潜む次元破断砲。その威力を知るサダトは、資料を握る拳を震わせた。
 そんな彼の隣には、比叡が寄り添っている。彼女は無言のまま、彼を宥めるように拳に掌を添えていた。

「その結果、次元破断砲は戦闘用改造人間の『内臓器官』として定着した。それに合わせ、改造人間の方も次元破断砲の運用に対応する生態への進化を遂げた……」
「つまり、ただの大砲だった次元破断砲は、あの飛蝗型改造人間の器官となり……改造人間もまた、それを扱える肉体へと変異してしまったのよ」
「等身大の人間型である第1形態。川内達が発見した巨大飛蝗型の第2形態。そして南雲殿が最後に戦った、巨人型の第3形態。タンパク質を蓄えて行くことで段階的に進化して行き、次元破断砲の発射体勢を整えて行く。そして第3形態の状態でエネルギーを充填させ、発射したのち――力を使い果たし、第1形態まで退化。そうして進化と退化のループを繰り返すという構造だ」

 淡々とアグレッサーの生態を語る長門。やがて、彼女はテーブルの上に一枚の写真を差し出した。そこには、サダトにとっては見覚えのある老人の姿が映し出されている。

「そして、その研究開発を引き受けていた当時の主任が、『割戸神博志』博士。……彼は、この計画のために死んでいた息子を改造人間として強引に蘇生させていたらしい」
「……!?」

 その内容に、資料に目を通していたサダトが思わず顔を上げる。他の艦娘達も同様に、驚愕の表情を浮かべていた。
 だが、そんな反応は想定内だったのだろう。長門は気にした様子もなく、淡々と説明を続ける。

「この世界の1971年。彼が住んでいた某県では当時、自然破壊を顧みない工業開発の影響で河川が汚染され、住民の肉体に深刻な疫病を齎していたらしい」
「……!」
「その影響で割戸神博士は、一人息子の汰郎(たろう)君を喪った。以来彼は、汰郎君の遺体をホルマリン漬けにして、45年以上に渡り保存し続けていたの。いつか科学技術が人を蘇らせるほどに発達した時に、最愛の息子を生き返らせるため……」
「ホルマリン漬け……!」
「そう。そして、老いから自身の限界を感じた彼は、息子を改造人間として蘇生させることに決めた。完全な人間ではないけれど、それでも生き返りさえすればいい……と」
「そして彼は、息子に次元を超える力を持たせることで、息子を『綺麗な水』に溢れた世界へ導こうとしていた。体を犯すような汚水などない、綺麗な世界へ。……尤も、その結果が今の暴走なのだがな。シェードの科学者達でも、アグレッサーの狂気を御することは出来なかったらしい」
「……」

 長門と陸奥の口から語られた、割戸神博士の過去。
 シェードに身を寄せ、死んだ息子を改造人間にしてまで生き返らせようとしていた理由を知り、サダトは目を伏せ記憶の糸を辿る。

 あの時目にした、公害の写真。あれが撮影されていた時代と、長門が口にした年代は一致していた。さらに、サダトが読んでいた割戸神博士の著者には――気に掛かる記述があった。

 ――『この国には、この世界には偽善と欺瞞が溢れている。平和を謳いながらマイノリティを公然と迫害し、誰もそれを咎めない。この世界に生を受けていながら、この世界に居場所を見出すことができない。それを是とするならば、我々はもはや他の世界に居場所を求める他はないのかも知れない』。

(割戸神博士……あなたは、そのためにこんな……)

 「マイノリティ」とは割戸神博士とその息子を含む、当時の某県の住民達だろう。あの当時、被害者達は果敢に工場経営者に立ち向かっていたが、訴えが受け入れられるまでは何度も握り潰されてきた歴史がある。
 その歴史の中で息子を喪い、当時の大多数――マジョリティがそれを「肯定」した結果。彼は自分が住む世界に絶望し、次元を隔てた向こうの世界に望みを懸けたのだ。

 そうして彼はシェードに与して次元破断砲を開発し、息子を改造人間として蘇らせた。全ては、息子を外の世界へと連れ出すために。

(……じゃあ、あの時俺が砕いたのは……)

 アグレッサーと最初に戦った時。サダトは無我夢中で放ったスワリング・ライダービートの一閃で、彼が腕に抱えていた頭蓋骨を破壊した。
 その時のアグレッサー……もとい汰郎の取り乱し様は、はっきりと覚えている。あの時は何が起きているのか、まるで理解出来なかったが。

 今なら、わかる。
 あの頭蓋骨は、割戸神博士だったのだ。汰郎は改造人間と成り果てていながら、父を忘れずにいたのだ。

(……割戸神博士……)

 それに気づいてしまった今。果たして自分は、アグレッサーを討てるだろうか。……剣を握る手に、迷いは残らないだろうか。

「……許せないデース」
「……!」

 その時。
 黙って話を聞いていた金剛が、剣呑な面持ちで厳かに呟く。自分に注目が集まったと感じた彼女は、ここぞとばかりに声を張り上げた。

「結局、割戸神博士は自分のことしか考えてないド腐れマッド野郎デース! 愛する我が子の為だろうと、死んだ人間を歪に蘇らせ、大勢の人間を殺め、次元の向こうにまで災厄を振り撒く! そんな人を人とも思わぬ覇道が、許されるはずがありマセンッ! 犠牲になった向こうの世界の住民に代わり、この金剛が鉄槌を下してやるデースッ!」
「……榛名も賛成です。どんな理由があっても、こんなことが許されるはずはありません。こんな勝手は、榛名が許しません!」
「この私、霧島も同意見です。あちらにどのような事情があろうと、我々に危害を及ぼそうと言うのなら徹底抗戦あるのみ」

 それに恭順するように、榛名と霧島も声を上げる。大仰なその口振りは、明らかに艦隊の士気を鼓舞するためのものだ。
 そんな姉達の姿を見遣り――サダトの隣に立つ比叡も、語気を強めて声を張る。

「……この比叡も、そう思います。それに、同じ改造人間だとしても。向こうの性能が、計り知れないとしても。私達には、南雲君が……『仮面ライダー』が付いています。自分達の幸せのために人々を傷付ける巨悪に、皆の為に戦う仮面ライダーが、負けるはずありませんっ!」
「……!」

 その力強い宣言に、隣に立つサダトは驚嘆し――周りの艦娘達は一様に、勇ましい笑みを浮かべて頷いていた。
 金剛の計らいにより、艦隊の士気が維持されていることを確信し、長門もほくそ笑む。そんな姉の横顔を見つめ、陸奥も穏やかに微笑んでいた。

「……当然だ。この近海に生息している深海棲艦の推定総数と、その頭数から推測されるタンパク質の量から判断し……明後日には近海の深海棲艦を喰らい尽くして、この近辺に出現するものと予想されている。だが、我々も黙って喰われるつもりは毛頭ない。提督も私も、断固戦う方針だ」
「そのための作戦も、提督の発案により完成したわ。……この世界の生態ヒエラルキーの頂点が誰なのか。私達で教えてあげましょう?」

 シェードに……割戸神博士に如何ような理由があろうと、決して引き下がるわけには行かない。今生きている人々のためにも、何としてもアグレッサーを討つ。
 その一心に艦隊を集めるべく、長門と陸奥は提督に代わり、徹底抗戦を宣言するのだった。そんな彼女達に同調するように、幹部格の艦娘達は不敵な笑みを浮かべて頷き合う。

 一致団結。その言葉通りに結束していく仲間達を一瞥し、比叡は驚嘆してばかりのサダトに笑顔とウィンクを送る。彼女だけでなく金剛も、いつもの豪快な笑顔とサムズアップを送っていた。

(迷うことなんて、ないよ。……一緒に、守り抜こう? 今度こそ、みんなを!)
(今度は私達が付いてるネー。さぁ、リベンジマッチの開幕デース!)

 言葉ではなく、表情で。
 激励の想いを伝える彼女達に、サダトは――感情を噛みしめるように俯いた後。

「……戦おう。俺達、みんなで」

 溢れるような笑顔を浮かべ、機械仕掛けの鉄拳を、握り締めるのだった。

 比叡と金剛の連携により、サダトも戦意を回復させた。そのタイミングを見計らい、長門は作戦会議に入るべく椅子から立ち上がる。

「――よし。それでは作戦を説明する。我々艦娘側は迎撃以外に特別なことはほとんどしないが、南雲殿にはある重要な役割を委ねることになる」
「解析結果によれば、アグレッサーは熱量を溜めた状態から一定の外的刺激を受けることで、体内で飼っている次元破断砲を『排泄』の一環として発射する習性があるらしいの。今回はその『排泄』の習性を利用した作戦となるわ」
「本作戦名は『スクナヒコナ作戦』とする。各員、心して聞け。各艦隊の旗艦は、この後速やかに部下に作戦内容を下達しろ」

 遂に、あの巨大飛蝗との直接対決が始まる。サダトも、比叡も、金剛も。他の艦娘達も。皆一様に、剣呑な面持ちで聞き入るのだった……。
 
 

 
後書き
 1970年代の公害問題については、原作漫画版「仮面ライダー」でも深く言及されています。抗議デモの中心人物が暗殺されたりと、結構えげつない展開が多かったり。
 ちなみに今話で登場した「次元破断砲」のネーミングは、仮面ライダーZXを主役とする特番「10号誕生!仮面ライダー全員集合!!」に登場した「時空破断システム」が由来です。 

 

第17話 核の手は借りない

 ――194X年8月28日。
 鎮守府工廠。

 艦娘達へのサポートのため、日夜研究開発が進められている科学の砦。夜の帳が下りた今も灯火の光を放っているその門を、長門が潜ろうとした瞬間。
 溌剌とした面持ちで汗を拭う、緑髪の少女が出迎えた。

「長門秘書艦、お疲れ様です」
「夜分に済まないな、夕張。――アレは、間に合いそうか?」
「バッチリですよ。明朝までにはバリバリで運用出来る状態に仕上げておきます。見てみますか?」
「ああ、是非」

 夕張は微笑を浮かべる長門に向け、力強いVサインを送る。そんな彼女の後を追い、工廠の奥へと歩を進める長門は、やがて――

「……これか。確かに、あきつ丸が提供してくれた金型通りだな」
「でも色合いはオリジナルです。この方が、南雲君っぽいでしょう?」
「確かに、『あの姿』には似合うかも知れないな。目立つ色だが……まぁ、こそこそ隠れる意味のない作戦だ。構わないだろう」

 ――赤一色に塗装された、九五式小型乗用車を目撃する。陸軍から手に入れた設計図を使いつつ、大和型の艤装を素材にして創り出された、この世界でただひとつの水陸両用車だ。
 通常の九五式と寸分違わぬ丸みを帯びたフォルムであるが、その車体は大和型の強度と重量を秘めている。てこでも動かない重さと、砲弾でも破れない防御力はすでに保証されているのだ。

「原子炉プルトニウムの出力に見合う車体を、我々の技術で最小限のサイズに収めるにはこれしかない……ということか。あんな軽量な二輪車でよく今までバランスを維持できたものだ」
「シェードは許せない連中ですけど、その科学力だけは本物です。私も、負けていられません」
「お前が創った、この『アメノカガミノフネ』が奴らの切り札を倒す礎になるんだ。南雲殿が勝利した瞬間、お前の技術はシェードをも超えたことになる」
「えへへ……じゃあなおさら、南雲君には頑張って貰わなきゃなりませんね!」
「……ああ、そうだな」

 長門は「アメノカガミノフネ」の車体に歩み寄ると、ボンネット部に優しく手を添える。滑らかな曲線を描くボディは、彼女の掌に冷ややかな感触を与えた。
 感慨深げに車体を撫でる彼女を、夕張は静かに見守っている。その胸中を、察しているのだ。

「……使わずに、済んだな」
「ええ。使わずに……済みました」

 微笑み合う二人。互いの脳裏には、核エネルギーに纏わる懸念が過っていた。

「原子炉プルトニウム。それに秘められた膨大なエネルギーは、大量破壊兵器にもなりうる力だ。提督はそれを知りながら情報を上に漏らすことなく、単純な兵器としてこれを行使しない決断に踏み切って下さった」
「この力に飲まれてはならない。我々は我々の力で、海を守らねばならない。提督は、そう仰ったのですね」
「ああ。……『(ネコ)の手は借りない』、だそうだ」
「核兵器をネコ呼ばわりなんて、思い切った御人ですね」
「全くな。――だからこそ、信じられる」

 もし、提督が他の軍人達と変わらない凡百の男だったなら。
 核兵器になりうる原子炉プルトニウムを接収し、上層部に引き渡していただろう。それをダシに、出世の道に踏み込もうとしていたに違いない。

 一度、核兵器というものを軍が兵器として使ってしまえば。その絶対的な威力に取り憑かれた者達が、確実に正道を踏み外す。
 人を悪魔にしないために。提督は、核の力を知った上で、その力を兵器として使わない決断を下したのだ。

「……だが、その代わり。原子炉プルトニウムには破壊兵器ではなく、大和型の重量を持つこの『大飯食らい』を転がす動力源として、大いに働いてもらう」
「ですね。いくら飛ばしてもバテない大和型……って思うと、それだけでも破格の性能ですけど」
「だから上層部がこれに感づく前に、この件を片付ける必要がある。提督が作って下さった時間と作戦、決して無駄にはしない」

 アメノカガミノフネから手を離した長門は、決意を新たにするかのように、勇ましく拳を握りしめた。
 そんな彼女はふと、設計図や工具で散らかった夕張の机の上に、一本のワインボトルが置かれていることに気づいた。

「……む? あれは南雲殿のワインボトルか。どうしてここに……」
「ああ、違いますよ長門秘書艦。あれ、私の作品です」
「夕張の?」

 サダトが変身の際にベルトに装填している、小さなワインボトル。それとよく似た「夕張の作品」には、「比叡」と達筆でしたためたラベルが貼られていた。
 それを手に取り、小首をかしげる長門。そんな上官の姿を、夕張は悪戯っぽい笑みを浮かべて見守っている。

「『比叡』と書かれているようだが……彼女と何か関係があるのか?」
「えぇ、勿論。これを使えば、作戦成功率はさらに高まります。飛び道具を持っていない南雲君には、たまらない一品ですよ」
「……?」

 ◆

 ――194X年8月28日。
 鎮守府波止場。

「……やっぱり、ここにいた」
「あ、比叡さん」

 月灯りに彩られた夜の海。その水平線を見つめるサダトの背後に、今となっては聞き慣れた声が掛けられる。
 静けさに包まれた波止場で、一際響く彼女の囁き。その声に振り返った先では、月光を色白の肌に浴びる絶世の美少女が微笑んでいた。

「南雲君がふらっと出掛けたって聞いてね。もしかしてって思って来てみたら、案の定」
「あはは……どうも、寝付けなくてさ」
「無理ないよ。私も、結構緊張してる」
「その、今日はありがとう。作戦会議の時、勇気付けてくれてさ」

 比叡から見ても、月を見上げるサダトの横顔は輝いて見えていた。そんな互いを見つめ合う二人は、はにかむように笑っている。

「……南雲君のこと、ちゃんとわかろうとしてなかった時の私なら、あんな風には言い切れなかった。私も、怖かったから」
「比叡さん……」
「でも、今ならわかる。南雲君は、割戸神博士とは絶対に違う。みんなのために剣を取れる『仮面ライダー』だって、今ならわかるから」
「……」

 その笑顔のまま。比叡は、機械仕掛けの手を取ると、白い両手で優しく包み込む。
 彼女の掌から伝わる温もりが、冷たい改造人間のボディを通して、南雲サダトとしての心に染み付いて行った。

「だから……信じることだって出来るの。仮面ライダーは、私達は、負けないって」
「……ありがとう」
「もう。それは、アグレッサーに勝つまで取っておいて。私の、やり甲斐なんだから」

 その温もりに導かれるように、自然と表情を綻ばせるサダト。比叡はその唇に指先を当てると、悪戯っぽい笑顔を浮かべてウィンクして見せた。
 そんな彼女の姿に、サダトが微笑を浮かべる――瞬間。

「よーし。いいネーその調子ネー。後はそこからガバッと抱き締めて濃厚なキッシュ! ひと夏の甘く切ないアバンチュール!」
「は、はわ、はわわ、榛名は、だ、大丈夫です……」
「ふむ。南雲さんはかなりのスケコマシのようですね。あの笑顔で数々の女性を誑かしてきたものと推測されます」

 物陰に隠れ、自分達をガン見している金剛型三姉妹。その顔触れが目に入った途端、サダトはなんとも言えない微妙な表情に一変した。

「おぉ……こ、これが男と女の夜戦かぁ……」
「も、もう帰りましょうよ川内姉さん……これ以上はいけません……」
「これは盛り上がってきた……! 那珂ちゃん、ちょ、ちょっとドキドキして来たよ……!」
「那珂ちゃんももうダメっ!」

 しかも、出歯亀は彼女達だけではない。金剛達からさらに離れた位置から、川内型三姉妹が双眼鏡でこちらを観察している。

「いーなー……いーなー……」
「ぶつくさ言ってないで、もう行くぞ足柄。これ以上、無粋な真似はしてくれるな」
「ちくしょー! こうなったら自棄酒よ自棄酒!」
「お、おい待て! 明後日には作戦なんだぞ、全く……」

 さらに夜道を歩いていた足柄も、一連の遣り取りを覗き見していたらしい。泣きながら酒場へ駆け出す彼女を、呆れながら那智が追い掛けている。

「は、はわわ、凄いのです……比叡さんも大胆なのです……!」
「こ、これがレディの逢引……!」
「もー……みんな帰るよー……明日も朝早いんだからぁ……」
「ハラショー……」

 その上、駆逐艦四人娘も夜中であるにも拘らず、月夜に照らされた二人の姿を凝視している。雷だけは眠そうにしているが。

「あらあら、比叡さんも大胆ですね」
「……ふしだらです」
「ふふ、加賀さんも照れ屋さんなんですから」
「……」

 挙げ句の果てには、一航戦の赤城と加賀までもが、通りがかったところで二人の姿を目撃していた。

「あ、あ、あ……!」

 サダトの表情からそれに気付き、後ろを振り返った比叡は。自分達に注がれていた眼差しを前にして、茹で蛸のように顔を赤らめて行く。

「――いやぁあぁあぁんっ!」
「どふぇっ!?」
「あ、あぁっ!? ご、ごめん南雲君っ!」

 その恥じらいのあまり、サダトを波止場から海に突き落としてしまったのは、その直後だった。

 我に返った彼女が、海に落ちたサダトを見下ろしながらわたわたと慌てふためく姿は、姉達を暫しほっこりさせていたのだが――翌日、出歯亀を働いた面子は全員揃って、ぷりぷりと怒る比叡に説教されたのであった。

 ◆

 そして、二日が過ぎた頃。

 彼らは運命の日を迎えることとなる。

「第1防衛線に展開している第3水雷戦隊が、巨大な人影を確認した模様! 間違いありません、アグレッサー第3形態です!」
「――来たか。第2防衛線の第2支援艦隊、及び最終防衛線の第1機動部隊は直ちに厳戒態勢に入れ! 現時刻1230より、スクナヒコナ作戦を開始する!」

 作戦司令部に届けられた通信内容に、大淀が声を上げる瞬間。長門は高らかに声を上げ、作戦の開始を宣言する。

 斯くして。艦娘と仮面ライダーによる連合艦隊は、仮面ライダーアグレッサーとの決戦に挑もうとしていた。

 ――194X年8日30日。
 鎮守府工廠。

「作戦が始まった……! 南雲君、用意はいいね!」
「はい、調整は万全です! 行きますよ、夕張さん!」
「オッケー! 派手にぶちかまして来てねっ!」

 サダトを乗せた、新たな仮面ライダーAPの相棒「アメノカガミノフネ」は。主が踏み込むアクセルに共鳴し、激しいエンジン音を上げる。
 そして、元気いっぱいにサムズアップを見せる夕張の目前を横切り――弾丸の如き速さで、工廠の外へと飛び出して行く。

 舞い飛ぶ先は、見渡す限りの海。その真上まで、勢いのままに車体が舞い飛ぶ瞬間。
 サダトは左手部分にあるレバーを、思い切り倒すのだった。

「『アメノカガミノフネ』、抜錨(ばつびょう)しますッ!」

 刹那。そのまま海に沈むかと思われた九五式の車体は、その紅いボディに備えられている四本のタイヤを――水平に変形させる。
 海面の上に乗せるように、横倒しにされたタイヤは「アメノカガミノフネ」の車体を海上で支えると、そのまま主を乗せて海の上を走り出して行った。

 夕張により開発された、核搭載水陸両用車。それが、本作戦の切り札「アメノカガミノフネ」なのである。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「変身ッ!」
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 その新たな相棒の乗り心地を感じつつ、サダトはワインボトルをベルトに装填し、素早くレバーを倒して変身に突入した。

 黒い外骨格に伝う、紅いエネルギーの奔流。その力の高まりを感じ、サダトは己を昂らせるようにアクセルを踏み込んで行く。

 激しい水飛沫を上げ、海面を爆走していく「アメノカガミノフネ」は、艦隊との合流を目指してエンジンをさらに唸らせるのだった。

「頼んだよ……仮面ライダー」

 もはや、自分に出来るのはここまで。後は、サダト達の奮闘に委ねるより他ない。
 夕張は指を絡め、懸命に祈りを捧げる。

 艦娘の。仮面ライダーの。
 勝利を……。
 

 

第18話 スクナヒコナ作戦

 ――194X年8月30日。
 鎮守府近海第1防衛線。

「これが……アグレッサー……!」
「……予想以上の、迫力です……!」

 澄み渡る青空。太陽の輝きを帯びた、その夏空の下。天を衝くように聳え立つ、禍々しい飛蝗の改造人間。
 見るからに不安定なその体格から漂う不気味さは、最初に彼の者を発見した第3水雷戦隊に衝撃と動揺を与えていた。
 作戦会議で巨人型の「第3形態」の存在は知れ渡っているが、情報を持っていても実物を前に揺らがない保証にはならないのだ。

 榛名と霧島は、生理的嫌悪感に訴えるアグレッサーの凶悪な面構えに旋律を覚え、立ち尽くしてしまう。
 自分達があの試練で見た「仮面ライダー」と同じ「改造人間」だとは、どうしても思えない。自分達が知っている南雲サダトとは、あまりに違い過ぎる。
 ――根底から、隔絶している。

「榛名、霧島! ボサッとしてると踏み潰されるよ! ほら、牽制しつつ後退!」
「……了解ッ!」
「大丈夫です! 作戦通りにやれば、必ず勝てる相手です! さぁ、榛名さん!」
「……はいっ!」
「殿は那珂ちゃんにお任せーっ!」

 川内と神通の呼びかけにより我に返った二人は、砲撃を交互に放ちながら後退を始める。防衛線を後退させていく四人の最後尾は、那珂が死守していた。

 アグレッサーは第3水雷戦隊の牽制砲撃など意に介さず、ただ悠々と海上を歩いている。砲弾も魚雷も通じない生体甲冑の防御力に、川内は軽く舌打ちした。

「チッ、蚊に刺された程度にも感じてない! 神通、那珂、榛名、霧島! とにかく第2防衛線まで引き下がるよ! 神通、南雲君はもう動いてる!?」
「先ほど出撃したと大淀さんから連絡がありました! 約2分後に第1機動部隊と合流する模様です!」
「よぉーし……こっちに近づいて来てるのは間違いないみたいだし、このまま作戦通りに誘導していくよ!」

 絶え間無く攻撃を続けながらも、彼女達第3水雷戦隊は後方へと退却していく。その影を捉えた、遥か遠方の第2防衛線――第2支援艦隊が、動き始めた。

「来マシタ来マシタ……! 比叡、一気に行くネーッ!」
「はいお姉様ッ!」

 先陣を切り、第2支援艦隊筆頭格の金剛と比叡が、艦隊前方に進み出て艤装を展開する。発射準備を整えた二人の砲身が、唸りを上げてアグレッサーの影を捉えた。

「なんかムカつく面ァしてるネ……。比叡、遠慮なしにぶっ放すデースッ!」
「はい……! 気合い、入れてッ!」
「バーニングッ――ラァアァヴッ!」

 35.6mm連装砲の同時斉射。轟音と共に放たれた砲弾は、爆炎を上げてアグレッサーの顔面に着弾した。
 だが、アグレッサーに怯む気配はない。ゾンビのような覚束ない足取りで、彼の者は海原を掻き分けるように歩みを進めていく。

「こ、ここまで攻め立ててもまるで通じてないなんて……!」
「まだ『排泄』に至る『外的刺激』には及んでいない、ということデスネー。ノープロブレム、この程度は想定の範囲内ッ!」
「金剛さん! 3水戦の子達も間も無く合流よ!」
「オッケー瑞鶴! (あかつき)(ひびき)! 私達も後退ネー、3水戦を連れて第1機動部隊と合流デース!」
「りょ、了解!」
「……了解!」

 瑞鶴と駆逐艦「暁」、「響」の三人は金剛の支持に応じて後退を始める。牽制砲撃を繰り返しながら、比叡もその後に続いた。

「あんなの……勝てるのかな……」
「比叡、勝てるのかな、じゃないデース。――何が何でも、絶対に勝つ。その必勝の信念なくして、勝利はやって来まセン」
「お姉様……」
「この私が保証しマス。……我が妹の目に、狂いはない。南雲君は、絶対にやってくれるデース!」
「……はいっ!」

 その胸中に滲む不安。それを振り払わんと、姉は大仰な口調で鼓舞して見せた。
 相変わらずの全力投球。だが、その無鉄砲さに今まで何度救われてきたか。
 比叡は金剛の言葉を、大切にしまい込むかのように胸に手を当てる。そして、強い眼差しでアグレッサーを睨み上げ、反転した。

 ――絶対に、諦めない。サダトと、自分達の勝利を信じる。
 その決意を抱き、海上を走る比叡を含む第2支援艦隊は、第3水雷戦隊を引き連れて最終防衛線へと移動を開始するのだった。

「……来ましたね。ここまでは予定通りです」
「ここからも、ですよ。私達の手で、作戦を完遂させましょう。加賀さん」
「ええ、そうですね……赤城さん」

 その影と、天を衝くアグレッサーの巨体を視界に捉え。虎の子の一航戦を擁する、第1機動部隊が動き出す。
 同時に弓を引き絞る赤城と加賀は、互いに強く頷き合い――放つ矢の群れを九九艦爆の編隊へと変えて行った。

 けたたましいエンジン音と共に、数多の飛行機が「妖精さん」を乗せてアグレッサーの頭上へ舞い上がる。
 直後。彼の者の頭上に、必殺の信念を帯びた爆撃が、絶え間無く降り注がれた。

 その時。

 空間を揺さぶるような絶叫が、大気を震わせ波を荒立たせた。
 その叫びを浴び、近海に集結しつつある全艦隊に衝撃が走る。心構えが甘ければ、一瞬にして戦意を刈り取られてしまうような咆哮だ。

 雄叫びを上げたアグレッサーは、上体を大きくよろめかせながら前進していく。その僅かな変化を、一航戦は見逃さない。

「全弾命中を確認。外皮への損害は確認出来ず。――しかし、動きが変わりました」
「南雲さんの渾身の体当たり(スワリング・ライダーブレイク)には及ばずとも、それに近い『外的刺激』は与えられつつあるようですね。作戦通り、全艦隊でアグレッサーを包囲します」
「了解。……ここは、譲れません」

 赤城はアグレッサーの周囲で牽制砲撃を続けている第3水雷戦隊と第2支援艦隊を一瞥し、背後に控えている第1機動部隊の部下達に指先で支持を送る。

「い、いよいよなのです……!」
「大丈夫よ電、私がいるじゃない!」
「油断するなよお前達、ここからが正念場だ」
「さぁ……って! あの無性に憎たらしいツラ、私達で吹っ飛ばしてやろうじゃない!」

 部下の駆逐艦「雷」「電」、及び重巡洋艦「那智」「足柄」の計四名の艦娘は、彼女の指示に沿うように、扇状に散開していった。アグレッサーを、囲う形に。

 ――この「スクナヒコナ作戦」の第1段階は、具体的な位置が掴めていなかったアグレッサーを索敵することにあった。
 第3水雷戦隊、第2支援艦隊、第1機動部隊。この選りすぐりの精鋭艦隊を、3段階の防衛線に配置して索敵の網を張る。
 そして3艦隊のいずれかに「引っかかった」瞬間、アグレッサーを陽動して全艦隊で包囲。全方位から、徹底的に叩く。
 その作戦第2段階が終わり、最終段階に入る時こそ。本作戦の切り札が、動き出すのだ。

「全艦隊、砲撃用意!」
「3水戦砲撃用意急げ!」
「第2支援艦隊、砲撃準備完了!」
「こちら3水戦準備完了!」

 赤城が第1機動部隊に指示を送り、僅か30秒。第2支援艦隊及び第3水雷戦隊を含む連合艦隊が、アグレッサーの全周を包囲し――砲撃準備を整えていた。

 その様子を赤城からの通信で聞きつけていた長門は、深く頷く陸奥と大淀を一瞥して――通信機を口元に近づけ、厳かに命ずる。

「……我々の力、思い知らせてやれ。全艦、砲撃開始!」

 彼女が下した、一斉砲火の命。その指示に応じ、アグレッサーを包囲する全ての砲門が火を噴いた。
 砲弾の直撃。上空からの爆撃。機銃掃射。
 精鋭揃い艦娘達が、必殺の信念の下に放つ猛攻。その全てが、飛蝗の巨人に注がれて行く。

 硝煙と炎が辺りを包み込み、青空さえも暗雲が滲む。彼女達を取り巻くこの世界すらも飲み込むほどの「余波」が、近海全域に波及するほどの斉射だった。

 ――だが。

 煙が晴れた先には、傷一つないアグレッサーが立ちはだかっている。
 その光景に、誰もが戦慄を覚えたが――それでも、希望は捨てる者は一人もいなかった。

 これすらも、作戦の一つなのだから。

「……! 目標、口部より蒼い発光を確認!」
「次元破断砲が動き始めた……! 作戦、最終段階に入ります!」

 黒煙の中から現れたアグレッサー。半開きになったその顎の間からは、蒼い輝きが漏れ出していた。
 その光景から、「外的刺激」による「排泄」が始まったと察知した赤城と加賀は、同時に後方を振り返る。

 旗艦である赤城のその反応から、状況を悟った部下四名は、示し合わせるように左右に「道」を開けた。

「……南雲さん、ご武運を!」
「はいッ!」

 ――その道を、「アメノカガミノフネ」が突き進む。赤城の激励に応える彼は、仮面の戦士としてこの海域に踏み込んでいた。
 全艦隊の包囲網を突き抜けるように、一直線に水を切り疾走する九五式小型乗用車。その車体を操るサダトは、仮面越しにアグレッサーを睨み上げながら、足柄や雷の傍を横切って行く。

(南雲君……!)

 その光景を遠巻きに見守りながら、拳を握る比叡。そんな彼女の視線を他所に、サダトはハンドルの隣に現れたワインボトルの差し込み口に、素早くボトルを装填した。

「……行くぞ、割戸神博士ッ!」

 刹那。

 アメノカガミノフネの車体は、赤い電光を纏い――爆発するエネルギーに、その身を舞い上げられて行った。

 大和級の艤装を素材に造られたボディは、生半可な重量ではない。にも拘らず、マシンアペリティファーに組まれていたスワリング・ライダーブレイクの射出機能は、アメノカガミノフネの車体すらも紙飛行機のように吹き飛ばしてしまったのである。
 原子炉プルトニウムが秘める超常的エネルギーは、超重量の水陸両用車すらも容易く宙に舞わせてしまうのだ。

「おおぉおぉおッ!」

 うつ伏せに倒れ込み、次元破断砲の発射体勢に入ろうとしていたアグレッサー。その顔面に、赤い電光を纏うアメノカガミノフネが、質量にものを言わせて激突する。
 その衝撃と轟音に、空気はさらに振動し海面の波紋が噴き上がった。仰け反ったアグレッサーの頭上を、アメノカガミノフネが通り過ぎていく。

「そこだッ!」

 だが、この一撃は今の状況を作るための布石でしかない。アグレッサーの頭上まで舞い上がった瞬間、アメノカガミノフネから二本の錨が打ち出された。
 鉄の錨はしなるように真下へ伸び――アグレッサーの二つの複眼に、突き刺さる。目に錨を刺された激痛に、巨人はのたうちまわるように首を振った。

「取ったッ!」

 サダトはそのまま、アメノカガミノフネをアグレッサーの後方に着水させる。大和級の重量が50メートル以上の高さから落ちてきたこともあり、その衝撃から舞い上がる水飛沫は雲に届くほどであった。
 そして、仰け反ったアグレッサーに錨を突き刺したまま。アメノカガミノフネは彼の者から逃げるように、最大戦速で動き出した。

 だが、その車体が前進することはない。錨と車体を繋ぐ鎖がどれほど張り詰めても、アグレッサーの複眼とアメノカガミノフネは、強固に繋がれたままとなっている。

 体勢を崩した状態から眼に錨を打ち込まれ、ただでさえ姿勢が不安定なのに後方に引っ張られては、さしものアグレッサーも思い通りの発射体勢には移れない。
 しかも自分を引っ張っているのは、半永久的エネルギーの原子炉プルトニウム。発揮できる力に限りがあるアグレッサーでは、抗しきれないのだ。

 斯くして、うつ伏せの発射体勢に移り、次元破断砲の「排泄」で包囲網を破ろうとしていたアグレッサーの狙いは、眼に突き刺された錨とそれを引っ張るアメノカガミノフネに積まれた原子炉プルトニウムの力により、破綻することとなったのである。
 真後ろに引っ張られ続けているアグレッサーは、正面を向くことさえ出来ず空を仰ぎ続けている。喉元を過ぎた次元破断砲のエネルギーは……もはや、抑えられない。

「……来ます! 全員、衝撃に備えてッ!」

 大口を開いたアグレッサーの顎の間から、蒼い光が溢れ出して行く。その閃光を目撃した赤城が、叫ぶ瞬間。

 次元を裂いたあの光が、一条の閃光となって天へ伸びていく。

 雲も、大気も、この世界の次元すらも、紙切れのように断ち切る絶対の破壊力。

 どんな命も、未来も、希望も。一瞬にして、塵のように消し去ってしまう不条理の権化。それが、艦娘達がこの瞬間に目撃した、次元破断砲の威力であった。

(次元破断砲の斉射時間は15秒……! その間、南雲君がアグレッサーを抑え続けていてくれれば「排泄」は空振りに終わる!)

 アグレッサーが次元破断砲を出し尽くし、力尽きたその瞬間。彼の者を討つには、その僅かな隙を狙うしかない。
 だが、次元破断砲が万一にも鎮守府に向かえば致命傷は免れない。アグレッサーに次元破断砲を撃たせる上で、その一閃を空振りに終わらせる必要があった。
 そのために提督が発案したのが、この作戦だったのだ。原子炉プルトニウムを兵器としてではなく足として使い、アグレッサーを屠る重要なファクターとして利用する。それが、スクナヒコナ作戦における提督の狙いだったのだ。

(あと10秒……!)

 空に亀裂を刻み続ける、蒼い閃光。それを見上げながら、加賀も拳を握り締める。
 たった10秒が、恐ろしく、永遠のように――永い。

(……8秒! とっととバテるネー!)

 常に豪快な笑みを崩さなかった金剛も、この瞬間だけは冷や汗を頬に伝わせている。

(5秒! 早く過ぎなさいよっ!)

 瑞鶴も、滝のように汗を滲ませながら弓を握る手を震わせる。

(……3秒。もう、もう終わるっ……!)
(まだ!? まだ尽きないの!?)

 榛名と霧島も、緊迫の表情で閃光を凝視していた。
 ――そして。

(……1秒! 南雲君ッ!)

 祈るように、比叡が目を伏せた瞬間。

 亀裂が走るアグレッサーの複眼が、妖しい輝きを放った。

「え――」

 次元破断砲の斉射が途切れる直前。生物的な本能に訴える、強烈な危機感。それを肌で感じた比叡から、一瞬で血の気が失われた。

 辛うじて、直立の姿勢のまま垂直に次元破断砲を撃ち続けていたアグレッサーが――突如、後方に倒れ込んだのである。
 ――否、倒れ込む寸前まで仰け反ったのだ。まるで、ブリッジでもするかのように。

 そうなれば、口から放射し続けている次元破断砲の射線も変わってくる。天を切り刻むばかりだった熱線は、弧を描くように鎮守府の後方へと狙いを変えていく。
 遥か沖の彼方まで、次元の亀裂が広がり始めていた。

 ――だが、アグレッサーの狙いは次元の傷を広げることではない。

 自分を苦しめているサダトを、この一瞬で消し去ることが目的なのだ。

 ブリッジのように真後ろへ仰け反ったアグレッサー。熱線を放っているその口は、自分の背後でアメノカガミノフネを走らせていたサダトの方へ向けられたのだ。

「なッ……南雲くぅぅうぅうんッ!」

 比叡がそれに気づいた時には。彼女が叫んだ時には。

 ――何もかもが、終わっていた。

 真後ろに狙いを変えた次元破断砲は、撃ち終わる寸前にアメノカガミノフネを破壊した。赤い車体から噴き上がる爆炎と、立ち上る黒煙が、その結末を物語っている。

 ……確かに作戦通りだ。
 アグレッサーは「排泄」として次元破断砲を放つも空振りに終わり、鎮守府にも艦娘にも損害は出ていない。

 しかし。
 予期せぬアグレッサーの対応は、アメノカガミノフネの焼失という結果を齎したのだった。……中の人間がどうなっているかなど、考えるまでもない。

「いっ……いやぁぁぁああ!」

 比叡の痛ましい悲鳴が、青空に轟いて行く。だが、返事はない。
 南雲サダトの身はすでに、海中へと没しているのだから。
 
 

 
後書き
 スクナヒコナとは、日本神話に登場する小さな神様のこと。御伽噺として有名な「一寸法師」の源流でもある神様です。
 アグレッサー第3形態とAPライダーの、同じ改造人間とは思えないほどの体格差にちなんで「一寸法師作戦」とし、そこから転じて今の作戦名になった。という設定。
 アメノカガミノフネという名前も、スクナヒコナが日本にやって来る際に乗っていた船の名前から取っています。 

 

第19話 生きるべき世界

 ――194X年8月30日。
 鎮守府近海。

 仮面ライダーアグレッサーとの決戦は、佳境に入ろうとしていた。
 次元破断砲の放射は天を穿ち、沖合いの向こうまで切り裂くのみに留まり、鎮守府を含む日本列島は無傷。艦娘も、誰一人欠くことなく作戦を進めることに成功した。
 ――作戦の要であったアメノカガミノフネが、役目を果たす瞬間に爆散したことだけは、想定外だったが。

「南雲君、そんな! そんなぁっ!」
「比叡、気をしっかり持つネ! まだ作戦は終わっていまセンッ!」
「こんなの、こんなのって!」
「……比叡ッ!」

 思わぬ事態で南雲サダトを欠き、艦隊に衝撃が走る。それでも艦娘達は己の本分を全うすべく、敢えて彼の安否を頭から外していた。
 だが、比叡だけは割り切れぬまま取り乱している。敬愛する姉の平手が飛ぶまで、彼女はエースらしからぬ表情で錯乱していた。

 冷や水をかけるような乾いた音。その一発に呆然となり、立ち尽くす妹の両肩を掴み、金剛は険しい面持ちで訴える。

「……比叡。南雲君は、まだ戦ってるデス。今も、この瞬間も、私達と一緒に。ならば何としても作戦を完遂し、勝利を分かち合わねば。南雲君の命は『敗北』として、終わってしまいマス」
「……う、うっ……!」
「愛する男に勝利を捧げるのは、レディの嗜みデス。私は、必ずアグレッサーを斃す。そして、その勝利を提督と――南雲君に捧げマス」

 やがて彼女は、いつも通りの豪快な笑みを浮かべて。砲門を展開しながら踵を返し、アグレッサーと相対する。
 目を合わせることなく、肩越しに妹に語り掛ける彼女は――凛々しい眼差しで、討つべき仇敵を見据えていた。

「……何を以て何を捧げるか。それは、比叡が決めるデス」
「――ッ!」

 その背中は、巨大な敵と比べてあまりにも小さい。だが、今の比叡には山よりも大きなものとして映されている。アグレッサーなど、及びもつかないほどに。

(……私は、私はッ! 南雲君に、この勝利を……南雲君の世界で犠牲になった人々の、仇をッ!)

 そして。血が滲むほどに握り締められた拳が、武者震いを起こす。砲門を展開させ、立ち上がる彼女の眼差しは――必殺の信念を纏い、アグレッサーの複眼を射抜いていた。

 こいつだけは、必ず斃す。その信念を背負って。

『……今だ。全艦隊、砲撃用意ッ!』

 通信機から全艦娘に、長門の叫びが伝わる。それと同時に、アグレッサーの巨体に変化が現れた。

 蒸気を噴き出しくぐもった声を漏らしながら、新緑の肉体が枯れ木のような茶色に変色していく。ミイラのように細まって行く手足が、徐々に縮もうとしていた。
 次元破断砲のエネルギーを蓄積していた胴体の生体鎧も、抜け殻のように剥がれ落ちて行く。ただの肉片と成り果てたプロテクターが、海に落ち水飛沫を舞い上げた時には――すでにアグレッサーの体は、骨と皮だけに枯れ果てていた。

 次元破断砲の放射で蓄積していたエネルギーを出し尽くし、第1形態まで退化しようとしているのだ。
 ――そして。この無防備な状態こそ、スクナヒコナ作戦の真の狙いなのである。

 第3形態から第1形態に退化する、途中経過。枯れ果てた木のような、醜い今の姿こそが――待ち望んでいた絶好の的。
 第3形態でも第1形態でもない、その中間にある「第0形態」。数分に満たないこの形態になっている今こそ、アグレッサーに致命傷を与え得る千載一遇の機会なのだ。

 この一斉砲火で、全てを終わらせる。誰もがその決意を固め、砲身を巨大な仇敵に向けていた。

『……我々が勝ち取るこの勝利を、南雲サダトに捧げる! 全艦、砲撃開始ッ!』

 そして。

 異世界から来訪した歪な侵略者に、鉄槌を下すべく長門は全ての艦娘に砲撃を命じる。















 ――だが。

「……ッ!?」

 次の瞬間に訪れたのは、全艦隊から放たれる裁きの業火――では、なかった。
















『トウサン……トウ、サン……』















 枯れ果て、力尽き、何もできないはずのアグレッサー第0形態。

「……なッ!?」
「そんな……!」

 その骨格が浮き出た禍々しい大顎から、蒼い霧が溢れたのだ。

「まだエネルギーが尽きてないの!?」
「イタチの最後っ屁、という奴デスカ……! 往生際の悪いッ!」
『……不味いぞ! 全艦砲撃中止! 退避だ! 全速後退急げッ!』

 次元破断砲は撃ち尽くしたはず。
 現に今のアグレッサーから滲んでいる光は、先程の放射に比べてあまりにも弱々しい。例えるなら、山火事とマッチの火。

 だが、如何に出力が弱っていようと「次元破断砲」には違いない。
 全力放射なら次元を切り裂く程の破壊力。それが弱っているからと言って、自分達を壊滅させるには至らない威力で済む保証などない。

 艦娘達が強気に攻め入れたのは、アグレッサー第3形態の唯一にして最大の攻撃手段を「確実に外す」算段があったからこそ。それを欠いた今、不確定要素で満ちている第0形態の放射を浴びる訳にはいかない。
 一目散に、逃げるしかないのだ。

 だが――第0形態の、放射の方が……速い。

「くッ……! 間に合わない!」
「急いで! 少しでも遠くへッ!」

 現場指揮官として連合艦隊を纏めていた赤城と加賀が、艦娘達へ懸命に呼び掛け続けている。その後ろでは、アグレッサーの大顎に蓄積された蒼い霧が、熱線となりはち切れようとしていた。

「だっ……だめえぇぇえぇっ!」

 艦娘達を指揮する役目を担う、二人の司令塔。彼女達が地獄の残り火に焼き払われてしまえば、艦隊は間違いなく大混乱に陥る。
 最悪、第0形態を取り逃がしてサダトが作ったチャンスをふいにする可能性もあるだろう。第1形態に戻られて見失うようなことがあれば、もう自分達で対処できるかもわからなくなってくる。

 なんとしても、リーダーである彼女達を守らねば。間に合わないと知りながら、金剛の制止を背に受けながら、それでも彼女は――比叡はひた走る。

 届くはずのない、手を伸ばして。



















「……ライ、ダァアァアァッ!」

 だが。
 悲劇に終わるはずだった、この一閃は。

 不遜な乱入者の横槍によって、阻まれてしまうのだった。

「キィィイィックッ!」

「――!」

 海の底から突き上げる怒号。張り裂けんばかりの絶叫と共に、海面を突き破り垂直に舞い上がる飛び蹴りが、アグレッサーの顎を打ち抜いた。

 呻き声を上げ、力づくで再び真上を向かされた巨人。枯れ果てた顎の奥からは、素麺のようにか細い熱線が伸びていた。
 周囲に荒々しい波紋を起こし、耳をつんざく奇怪な音と共に。次元破断砲が、最後の熱線を吐き終えて行く。

 今度こそ、アグレッサーに抗する力はない。さらに干からびて行く彼の者の身体は、塩をかけられたナメクジの如く縮み始めていた。

 ――だが、全艦隊の視線は万策尽きたアグレッサーではなく。海中からその巨大な顎を蹴り飛ばし、灰となったアメノカガミノフネの残骸の上に着地した「影」に向かっていた。

 今となっては見慣れてしまった、その「影」。夢でも、幻でもないそのシルエットに、艦娘達は驚嘆と共に一つの真実に辿り着く。

「……南雲君っ!」
「すまない、遅くなった!」

 南雲サダトは、今もこうして生きている。そしてまだ、戦いを続けている。仮面ライダーは、死んではいないのだと。

「あの放射から生き延びたのデスカ!? とんだラッキーボーイネ!」
「アグレッサーは自分の邪魔をする『アメノカガミノフネ』が狙いでしたから。ギリギリまで粘って、海の底まで潜っていたんです」
「海の底……!」
「……潜水艦が艦隊にいない我が鎮守府では、まず辿り着かない発想ネー。何にせよ、生きててくれてサンキューデース!」
「よかった……! 南雲君、本当によかったっ……!」
「比叡! まだ嬉し泣きには早いネー!」

 南雲サダトの戦線復帰に、意気消沈しかけていた艦隊から歓声が上がり――彼女達の眼に、再び火が灯る。
 そんな仲間達の姿を一瞥し。涙を貯めて破顔する比叡を見つめながら、サダトは拳を握り締めた。

「……アグレッサーが等身大まで縮みかけている。第1形態まで完全に戻るのも、時間の問題だ。……終わらせよう、ここで!」
「――うんっ!」

 彼の呼びかけに応じ、止まらない涙を袖で拭いながら、比叡も元気に溢れた強気な笑みを浮かべる。
 仮面越しに、そんな彼女の姿に微笑を送りながら。サダトは再び一斉砲火の体勢に入ろうとしている全艦隊と共に、最後の一撃に臨もうとしていた。

「夕張さん。この力、有り難く使わせて貰います!」

 アメノカガミノフネの残骸の上に立ち、アグレッサーと真っ向から向き合うサダト。彼はベルトからワインボトルを抜き取ると、夕張から託されたもう一本のボトルを取り出した。
 達筆で「比叡」としたためられた、和風のラベル。その文字を一瞥しつつ、サダトはベルトにそのボトルを装填した。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』

 空に響き渡る電子音声。その場違いなほどに軽快なサウンドを、耳にしながら。サダトはベルトのレバーを倒し――ボトルから迸るエネルギーを、全身に循環させて行く。

 漆黒の外骨格の全身を巡る、「黄色」のエネルギーライン。その異色の力が彼の全身を駆け巡り――「仮面ライダーAP」の赤いライン部分は、全て黄色に塗り替えられて行った。

 さらに、その両腕には戦艦の艦娘が備えている「7.7mm機銃」が装着されていた。高速戦艦「比叡」の武装の一部である。

『HIEI! WE'RE GONNA KILL THIS!!』

 そして。
 変身完了を告げる電子音声が轟く瞬間、アグレッサーへの集中砲火が始まった。

 海を荒らす外敵には、容赦はしない。必ず、この場で裁きを下す。
 揺らぐことのないその決意が形となり、鉛玉や爆弾となり、降り注いでいるようだった。

 我が身を守る鎧を全て失ったためか。第3形態の時はあらゆる攻撃を弾いていたアグレッサーも、第0形態となった今は絶叫と共にのたうちまわるばかりとなっていた。
 枯れ木のような身体は爆炎に焼け爛れ、巨大なゾンビのような容貌になりつつある。その、どこか痛ましい姿に――サダトは同じ改造人間として思うところがあるのか。仮面の奥で、苦虫を噛むような面持ちとなっていた。

(……終わりにするんだ。今、ここで)

 だが、引き金を引くことに迷いはない。今さら助けるには、自分も相手も血を流し過ぎた。ならばせめて、楽に眠らせる。
 それが、サダトが導き出した決断だった。

 全艦隊の一斉砲火により満身創痍となり、赤黒く焼け爛れた巨人は。いるはずのない父を探すかのように、首を捻り続けている。
 己の死期を悟ったからこそ、せめて父の胸の中で逝きたいと願っているのかも知れない。そんな考えが脳裏を過る中。サダトは己の迷いを断ち切るように、腕の7.7mm機銃の銃口を向ける。

「……もういい。もう、いいんだ」

 そして、ベルトのボトルを強く押し込み。ベルトから伸びる黄色のエネルギーを、上半身を通して両腕に充填させて行く。
 その力の奔流が金色の光となり、機銃の銃口に現れていた。

『FINISHER! VOLLEY MACHINE GUN!』
「スワリング――ライダーシューティングッ!」

 やがて。
 銃口から濁流のように放たれる銃弾の群れが、アグレッサーの全身を抉っていく。蜂の巣を、作るかのように。

















『トウサ……ン。イッショ、ズット……ズット、イッショニ……』
















 命の炎を燃やし尽くし、力尽きて沈んでいく巨人の骸。それが完全に視界から消え去る瞬間まで。サダトの銃口からは、連射が続けられていた。

 ――この世界には。割戸神親子の居場所など、なかった。自分の世界を捨てたところで、新しい世界に安住の地を見つけることはできないのかも知れない。
 ならば自分は、帰らねばならない。戦うべき悪がいる、守るべき人がいる、あの世界へ。例え、そこに安住の地などないのだとしても。

「……」

 爆炎と残骸だけを残し、あらゆるものを消し去ってきた仮面ライダーアグレッサー。その暴威が去った今でも、歓喜の声は上がっていない。
 ただ、「終わった」という安堵感だけが、今の彼女達を癒し続けている。その一人である比叡は、じっとサダトの横顔を見守っていた。

(……これでもう、死者が振り回されることもない。45年も掛かったけど。汰郎さんはようやく、「眠る」ことができるんだ)

 痛ましい巨大な焼死体として、海中に没して行くアグレッサー……もとい、割戸神汰郎。その魂は、果たして故郷に還るのか。この海に、留まるのか。
 それを問うても答えはない。それでもサダトは、ただひたすらに――45年に渡り翻弄されてきた少年の思念に、安らぎが訪れることを願うのだった。

「……お休みなさい」

 そして、最後にそう呟いて。

 変身を解いたサダトは、安心感から腰を抜かしていた比叡に、穏やかな面持ちで手を伸ばす。

「……さ、帰ろう。俺達は、まだちゃんと『生きてる』んだから」
「……うん……!」

 その手を取り、はにかむ比叡の表情は。憑き物が落ちたかのように、晴れやかな色となっていた。そんな二人を金剛を含む共に戦った艦娘達は、ニヤニヤと厭らしく笑いながら見守っている。

『――終わったな。現時刻1345を以て、スクナヒコナ作戦を終了する』

 やがて。
 静けさから結末を悟った長門秘書艦の言葉と共に。

 仮面ライダーと艦娘の共闘は、終わりを告げるのだった。
 

 

最終話 別れと幕開け

 ――194X年8月31日。
 鎮守府波止場。

 蒼く澄み渡る夏空の下。南雲サダトの「船出」を祝うこの場には、作戦に参加した全艦隊が集まっていた。その筆頭として、サダトの眼前に立つ長門は澄んだ面持ちで彼と向かい合っている。

「短い間でしたが、お世話になりました。……おかげさまで、向こうの世界にも帰れます」
「我々もいい経験を積ませて貰った。深海棲艦ではない未知数の敵との遭遇戦――という経験の有無は、今後の戦術に大きく響くだろう」

 桟橋に立つサダトの傍らには、新造されたアメノカガミノフネ2号機が進水している。ボディが修復不可能に至るまで損傷していても、エンジン部の原子炉プルトニウムだけは無事だったのだ。
 一夜漬けで新たに二台目を建造した夕張は今、この場には来ていない。今頃は工廠で爆睡している頃だろう。

「夕張さんと、九五式の金型を下さったあきつ丸さんにも、よろしくお願いします」
「ああ、大層感謝していたと伝えておく。……急がねば、次元の裂け目がなくなるぞ」
「はい……では、御元気で」
「……達者でな。海の果てから、武運を祈っている」

 長門に促されるまま、サダトは新たな相棒に乗り込んで行く。
 ――昨日の作戦で水平線の彼方に刻まれた次元の裂け目は、時間を追うごとに小さくなっていた。

 もたもたしていては裂け目が閉じ、サダトは元の世界に帰れなくなる。
 急がねばならない。彼の居場所は、少なくともここではないのだから。

「……」
「比叡、いいんデスカ?」
「……はい。これ以上は……辛い、ですから」
「そう、デスカ……」

 長門の後ろで、サダトを見送っている艦隊。その群衆の中で、比叡はどこかものさみしい面持ちで彼の背を見つめていた。
 金剛の問い掛けにも、目を合わせて答えず。彼女は胸元で襟を握り締め、ただ静かにサダトの船出を見守っている。

 ――仮面ライダーアグレッサーは滅びた。だが、向こうの世界を脅かしているシェードが完全に滅びたわけではない。
 仮面ライダーGという先輩もいるらしいが、サダトは彼一人に戦いを押し付けられるような利口な男でもない。
 何より向こうの世界には、彼が仮面ライダーになってでも守ろうとしている人がいる。比叡が割って入る余地など、もとよりなかったのだ。

(……これでいいの。これで)

 赤城や加賀、駆逐艦四人組、妙高型姉妹、瑞鶴。彼と共に戦った仲間達が、歓声と共に手を振る中。比叡は自分の気持ちに蓋をするため、懸命に襟を握っている。

 ――その手が、震えた時。

 ふと、サダトが振り返った。

「……ありがとう!」

 彼の口から放たれた、その一言。それはきっと、艦娘達全員に向けられたものなのだろう。

 だが、眼差しは。優しげな微笑を浮かべる、彼の視線は。艦娘達の中の、ただ一人へ。

 ――比叡ただ一人へ、向けられていた。

「……っ!」

 交わる視線。高鳴る動悸。目尻に浮かぶ、感情の雫。
 耐え切れない激情の奔流は、彼女を桟橋の端まで突き動かしていく。そんな妹の背中を、長女は満足げに見送っていた。

「ばかっ! ……好きっ!」

 海上を走り去る、アメノカガミノフネ。その車を駆るサダトに、その叫びが届いたのかはわからない。
 だが、少なくともこの青空には、彼女の告白が轟いている。その後ろでは、艦娘達が暫しあっけに取られた表情で固まり――やがて皆一様に、微笑ましげな面持ちに変わって行くのだった。

 頬を濡らす彼女が、真っ直ぐに見つめる向こう。赤い車が、海原の彼方に消えていく。
 自分達が勝利を刻んだ、水平線の向こうへ。

 比叡はただ、それを見つめていた。アメノカガミノフネも、次元の亀裂すらも消え去り、眼前の景色が日常の海に戻るまで。

 他の艦娘達が踵を返し、解散しても。その時までずっと、見つめ続けていた。

 そして、全てが元通りになった――その時。
 彼女の傍らには、妹を見守り続けていた金剛だけが立っていた。

「……比叡」
「……はい」
「帰るネー。……私達の、生きるべき世界に」

 肩に手を乗せ、諭すように語る彼女は。踵を返すと、いつものような豪快な笑顔で比叡の「帰還」を出迎える。

 南雲サダトが自分の世界に帰ったように。自分達もまた、自分達の世界に帰らねばならない。守るべき、平和のために。

 ――次元を越えて旅立った彼も、そうしているはずだから。

「……はいっ!」

 そうしていれば、例え世界が違っていても……どこかで、彼と繋がっていられる。そう、心の奥底で思ったのかも知れない。

 比叡は涙を拭い去り、いつものように元気に溢れた笑顔を浮かべて。その拳を、強く握り締めた。

 もう、後ろは向かない。これは、前進への一歩だ。

「――これが、最後です。これからは! 恋も戦いも、負けませんっ!」

 ◆

 ――194X年X月XX日。
 鎮守府執務室前。

「はぁ〜……緊張するなぁ……」

 晴れやかな空。澄み渡る海。艦娘達が守り抜いて来たその景観を知る、一人の少女がこの鎮守府に訪れていた。
 やや垢抜けない面持ちではあるものの、意思の強い眼差しや、華奢な身に隠されたしなやかな筋肉には、戦士としての優れた素養が見え隠れしている。
 アグレッサー事件の際、鎮守府を離れていた提督が上層部に配備を要請していた特型駆逐艦。それが、彼女なのだ。

「……よ、よし、行くよっ。……し、失礼しますっ!」

 経験の浅さゆえ、緊張が拭えず上ずった声を出してしまう少女。しかし、それでも彼女は勇気を振り絞り、数回のノックを経て執務室のドアを開く。

 そして。
 手荷物を隣に置き、精一杯の勇ましい表情を浮かべて。艦娘として生を受け、この世界で生きてきた自分の名を語るのだった。

「初めまして、司令官! 吹雪(ふぶき)です! よろしくお願いしますっ!」

 艦娘として戦場に立つ者に相応しい、整然とした敬礼とともに。

 ――斯くして。
 この世界における、仮面ライダーAP――南雲サダトの物語は終わりを告げ。

 特型駆逐艦「吹雪」の物語が、新たに幕を開けるのだった。

 これは彼女の数奇な運命と。友情と。戦いの日々を大海原に描く、真の英雄譚である。

 ◆

 ――2016年9月10日。
 東京都奥多磨町某所。

 先月に発生した謎の怪物による大量殺戮。その現場検証と復興のため、警察や自衛隊、報道機関の関係者達が大勢集まっている。
 深夜になっても、彼らはこの世の地獄と化した街に居座り、絶え間無く行き交っていた。例え件の怪物が何者かに倒されたとしても、彼らの戦いは終わらない。

「ほら、こっちこっち! ――ちゃん、早く早く!」
「あんっ、待ってったら! ……やだもう、髪が傷んじゃう」

 そんな中。生き延びた住民達は、痛ましい惨劇を目の当たりにして――それでも挫けることなく、前を向いて生きようとしていた。生き残った二人の少女が、溌剌とした面持ちで炊き出しの列に並ぼうとしている様子が伺える。
 炊き出しに参加している人も。並ぶ人も。喪うばかりではいられないと、前へ進んで生きていた。
 アグレッサーの暴威を以てしても、彼らの気力を削ぎ落とすことは出来なかったのだ。

 ――その景色を、闇夜に包まれた林の中で。二人の男が見つめている。

「アグレッサーの生体反応が消えた。……お前の後輩に、討たれたようだな」
「……」
「所詮は量産型の一人。そう侮っていた、我々の落ち度だ。切り札を失った我がシェードに、もはや光明はない」

 白髪のオールバックや、皺の寄った顔立ちから、かなりの高齢であることが伺える……が。その男の体は、漆黒のトレンチコートが張り詰めるほどの筋肉に包まれていた。
 厚着でも隠し切れない肉体を持つその男は、懐に手を忍ばせると――小さなUSBメモリを取り出し、隣に立つ青年に手渡す。
 白いジャケットを羽織るその青年はメモリを受け取ると、暫しそれを神妙な面持ちで見つめていた。

「これが……例の?」
「そうだ。清山の行き先は、それに記されている。どうするかは、お前の好きにしろ」

 アグレッサーの暴走により、東京は半壊。その混乱に乗じ、牢の中に囚われていたシェード創始者・徳川清山が脱獄していた事実が数日前に発覚している。
 警察は清山の捜索とアグレッサーの事後処理に翻弄され、特に警視庁の機能は麻痺に近い状態となっていた。

「奴は外国を根城に、新たな組織の立ち上げを目論んでいる。全てに決着を付けたいのなら、すぐに奴を追うしかないぞ」
「……盟友であるはずの徳川清山を、あなたは見放すのか」
「確かに、俺と奴はシェードを創設する以前からの付き合いだ。……だがもはや奴には、この国を強くするというシェード本来の理念はない。今在るのは、目に見える『力』への妄執だけだ」

 白髪の男は、どこか哀れむような表情で夜空を仰ぐ。慌ただしい地上とは裏腹に、その空は静かに澄み渡っていた。

「組織の在るべき姿を見失った創始者など、後にも先にも害悪にしかならん」
「あなたは違う、と?」
「違う。俺は、シェードが潰えた先の未来を見ている」

 男は、青年とは目を合わせず。荒れ果てた街にも、大勢の人だかりにも、視線を向けず。ここではない、遠いどこかを見つめていた。

「織田大道も。ドゥルジも、博志も。果ては清山までも。目先の『力』に囚われる余り、我々が目指すべき『未来』を見失った。改造兵士の配備により『武力』を得た強き日本、という景色(ビジョン)を。……そして最後に残った俺も、先は長くない」
「……」
「だが、まだ諦めはせん。俺にはまだ、やるべきことがある」
「……No.0。あなたは、まだ戦いを続けるのか」

 怒りとも、哀れみともつかない青年の呟き。その言葉を拾う男は、切れ目の眼差しを彼に向ける。

「不服か。……だがどの道、お前に俺は殺せん。俺に戦い方を教わったお前ではな」
「……」
「No.5。どれほど小綺麗な理屈を並べ立てたところで、『勝てば官軍負ければ賊軍』だ。清山の改造技術が流出していなければ、俺達は今でも『官軍』だった。日本政府に生み出され、日本政府に捨てられた俺達はな」
「今さら、何をしたところで『賊軍』の汚名が晴れることはない。No.0、あなたもわかっているはずだ」
「わかっているとも。シェードはあくまで『賊軍』だ。それが覆ることはない。だが、賊軍でもこの国の行く先を導くことはできる」
「……この国の、行く先……」

 徳川清山の手で創り出された、この世界における最古の改造人間。「No.0」のコードネームを背負う、その白髪の男は踵を返し、青年に背を向け林の奥へ消えて行く。

 ――その影の、さらに向こう。大量の枝や葉で「偽装」された、巨大なもう一つの影が、彼を出迎えていた。
 その実態を、No.5と呼ばれる青年――吾郎はよく知っている。

 ティーガーI。通称、「タイガー戦車」。
 戦時中、ナチス・ドイツが率いる陸軍で運用されていた伝説的重戦車である。

 しかも、白と赤で塗装されたその車体は、ただの骨董品ではない。シェードの科学力を結集して造られた「火力」の悪魔が、この古びた重戦車の「仮装」の下に隠されている。
 No.0――こと羽柴柳司郎(はしばりゅうじろう)の相棒として、数多の紛争地帯を駆け抜けてきた歴戦の戦車でもあるのだ。

「俺はこれから、その行く先を導きに行く。お前はお前で、好きなように清山と決着を付けるがいい」
「――羽柴さん。仮面ライダーを、見くびらないことだ。彼は、あなたが思う以上に強い」
「だろうな。……だから俺も、殺される覚悟で挑む。こいつと共に、な」

 羽柴は吾郎の忠告を背に受け。それでもなお、立ち止まることなく重戦車の影の中へと消えて行く。
 老いさらばえながら、死期を悟りながら。それでも戦いを止めない師の背中を、吾郎は完全に見失うその瞬間まで、見届けていた。

「――僕も。あなたも。彼も。戦うことでしか、何一つ語れやしない。『力』が人の恐怖を煽り、憎しみを促す。そんなこと、誰だって分かり切っているだろうに」

 この戦いを終えた先に、光明は差すのだろうか。その疑問を拭えぬまま、青年も林の中に姿を眩ましていく。
 仮面ライダーと、シェードの。7年に渡る戦いに、決着を付けるために。全ては、守るべき人のために。
 吾郎は再び、旅立つのだった。

 ――それから、暫くの月日を経た2016年12月。南雲サダトの戦いは、最後の局面へと向かう。
 
 

 
後書き
※仮面ライダーアグレッサー
 シェードの改造人間であり、1971年に公害で亡くなった少年「割戸神汰郎」を素体にしている。
 等身大の飛蝗怪人である第1形態、全長20メートルの巨大飛蝗に変わる第2形態、そして全長50メートルの巨大怪人となる第3形態へと段階的に進化。その為の栄養源として人肉等に多分に含まれるタンパク質を摂取する。
 さらに第3形態の状態でエネルギーを充填させると、体内の「次元破断砲」を放射して次元に穴を開け、異世界に渡る能力を持つ。

 これを開発した城南大学元教授の「割戸神博志」は、公害で亡くなった息子・汰郎を生き返らせるため、その遺体をホルマリン漬けにして45年間保存していた。いつか科学技術が人間を蘇らせるほどに発達する時まで、息子の体を守るために。
 しかし2016年になっても科学はそれほどまでの技術には至らず、自身の老いから限界を感じた博志は、シェードの誘いに乗り息子を改造人間として蘇生させることを決意した。

 だが、結果としてアグレッサーとなった汰郎は暴走。公害による汚水で命を落とした生前の記憶から、「綺麗な水に溢れた世界」を求めて、人々を喰らい次元破断砲を放ち、異世界に逃走した。
 自我はほとんど失われ、改造人間として植え付けられた本能のままに行動するが、行動原理の一部には生前の人格や父への愛情も僅かに含まれている。

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第1話 聖女の偽善

 改造人間。

 7年前、日本政府により創設された特殊部隊「シェード」の手で生み出された、「人」にして「人ならざる」科学の申し子。

 その存在は人々に救いと、破滅を齎した。非人道極まるその所業の功罪は人々を混沌に陥れ、創始者である徳川清山(とくがわせいざん)は、その責任を問われ牢の中へと幽閉されてしまう。

 ――2009年1月31日。

 開局50周年を迎えたテレビ朝日本社ビルにて、突如謎のテロ組織が踏み込み、ビルが瞬く間に占拠される事件が発生。
 その正体は、「織田大道(おだだいどう)」をリーダーとするシェード残党であった。人質と引き換えに徳川清山の釈放を要求する彼らは、「No.5」と呼ばれる兵士に犯行声明を読み上げさせる。

 しかし――彼が改造される以前から恋人関係にあったワインソムリエ「日向恵理(ひなたえり)」の説得をきっかけに、No.5は洗脳から解放され、組織から離反。
 改造人間「仮面ライダーG」に変身し、織田率いるシェード残党の怪人部隊と交戦。これを撃破した。

 それから間も無く、No.5のコードネームを捨てた「吾郎(ごろう)」は恋人を残し出奔。人間社会からもシェードからも孤立したまま、人類を脅かす怪人達と激闘を繰り広げることとなる。

 ――2016年5月15日。

 長きに渡る仮面ライダーGとシェードの戦いも徐々に沈静化を見せ、シェード残党の勢いはかなり弱まっていた。

 そんな折、世界中に「シェードに改造された元被験者が生身を取り戻した」という不可思議なニュースが舞い飛ぶようになる。
 それは、改造人間にされた罪なき人々を救う為に外宇宙から来訪してきた、エリュシオン星の姫君「アウラ」の所業だった。

 「改造人間を生身の人間に治す」秘術を持つ彼女の存在に目を付けたシェードは、東京まで単身で来日してきた彼女を攫おうと画策する。
 しかしその目論見は、現場に居合わせた城南大学2年生「南雲(なぐも)サダト」によって妨害されてしまった。

 生身でありながら、改造人間である戦闘員から少女一人を助け出した彼の手腕にも狙いを定めたシェードは、アウラを匿う彼を急襲。
 敢え無く囚われてしまった彼は、仮面ライダーGをモデルに開発された新型改造人間「APソルジャー」の一員として改造されてしまった。

 やがて仮面ライダーGと交戦することになる彼だったが、戦闘中にアウラの呼びかけにより洗脳から覚醒。No.5と同様に、組織への反旗を翻す。
 斯くして「仮面ライダーAP」と名を改めた南雲サダトは、アウラの力で人間に戻ることをよしとせず、仮面ライダーとして彼女を守るために戦うことを選ぶのだった。

 ――2016年8月24日。

 この「Gの世界」における、第二の「仮面ライダー」が出現して3ヶ月。
 東京都奥多磨町の外れにある、シェードのアジトを発見した南雲サダトは、その地下深くの研究室で飛蝗型の怪人と遭遇する。

 その怪人は、人肉を喰らい段階的に成長していく獰猛な肉食怪人だった。撃破に失敗したサダトを残し、アジトを脱出した怪人は東京に住む人々を襲い、破壊と殺戮、そして進化を繰り返す。

 やがて体内に蓄えたエネルギーを熱線として吐き出し、次元に風穴を開けた怪人は異世界に逃亡。その後を追い、南雲サダトも異世界へと渡った。

 そこで彼は、「深海棲艦(しんかいせいかん)」と呼ばれる侵略者と戦っていた戦乙女達「艦娘(かんむす)」と出会う。
 試練を経て彼女達からの信頼を勝ち取った南雲サダトは、新たな相棒「アメノカガミノフネ」を獲得し、怪人こと「仮面ライダーアグレッサー」との決戦に臨んだ。

 死闘の末にアグレッサーを撃破した彼は、艦娘達に別れを告げ元の世界へと旅立つ。彼の戦いは、まだ終わってはいない。

 ――そして、それからさらに月日が流れ。
 壊滅状態のシェードは、ついにその最期を遂げようとしていた。

 ◆

 ――2016年12月2日。
 フランス・ローヌ=アルプ。
 国際刑事警察機構(インターポール)本部。

 世界的な犯罪行為に抗するべく1923年に設立された治安の砦。その構成員達は、日本政府の手を離れて暴走するシェードのテロ行為にも目を向けている。
 その非道を追う過程で彼らは、ある重要人物を保護していた。その存在が公になれば、全世界に激震が走るほどの、最重要機密(トップシークレット)を。

「……ではどうしても、その人物だけは人間に戻したいと」
「はい。……彼だけは、どうしても」
「そうですか……」

 一見すると、窓からフランスの華やかな街並みを一望できるテラスだが。その周囲には無数の隠しカメラによる厳重な監視体制が敷かれている。

 彼女――アウラ・アムール・エリュシオンもそれを知ってか、美しい景色を瞳に映しながらも表情は優れない。黒のボブカットを風に揺らす、碧い瞳を持つ絶世の美少女。

 異星人、と言われれば信じてしまう。それほどの、地球人からは隔絶された絶対的な美貌を、後ろに立つインターポールの捜査官は神妙に見つめていた。

 金色の髪と蒼い瞳。白い肌に、鍛え抜かれた長身の肉体。彫刻作品のように整えられた、天然の美形。
 それら全てを兼ね備えた、アメリカ合衆国出身のインターポール捜査官――ロビン・アーヴィングは、本部から彼女の保護を任されている。齢28歳にして最重要機密を託されるほどの精鋭である彼は、アウラの言葉に深くため息をついていた。

 青のライダースジャケットを羽織る彼は、彼女の隣に足を運ぶと諭すように語り掛ける。

「――アウラ様。あなたのお力により、大勢の人々が救われたことは事実。私の妹も、あなたのおかげで人間の体を取り戻すことができた。そのことは、深く感謝しています」
「……」
「ですが。先ほどもお話した通り、あなたのお力は危険なのです。これ以上その力を行使されては、我々でもあなたを匿い切れない。……あなたの影響により生まれる粗悪な被験者を、増やすわけにはいかないのです」

 ロビンの言葉に、アウラは桜色の唇を噛み締め拳を握り締める。血が滲みそうなほどに力が込められている様から、彼女の憤りの強さが伺えた。

 ◆

 ――外宇宙の惑星「エリュシオン星」。その姫君であるアウラは、改造人間を生身の人間に戻す秘術を持っている。
 彼女は約1年前からこの星に来訪し、独自にシェードによる改造被験者を治療する旅を続けていた。

 それから、半年。元凶の地である日本の東京に足を運んだ彼女は、そこで運命的な出会いを果たしていた。
 己の限界を嘆くあまり、自暴自棄になりかけていた自分を支えてくれる男性――南雲サダトとの邂逅である。

 彼との交流を経て、前向きな姿勢を取り戻しつつあった彼女は、再び被験者救済の旅に向かおうと考える。
 ――だがその矢先、シェードにより南雲サダトが誘拐される事態が発生した。アウラの恐れは的中し、彼は改造人間にされてしまう。

 だがそれでも、アウラを信じる姿勢を崩さずあくまで味方でいると宣言する彼に、アウラは再び救われた。
 斯くして南雲サダトは「仮面ライダーAP」となり、シェードとの戦いに参加。シェード残党の一人・ドゥルジを打倒した後、彼女の前から姿を消した。

 それはまるで、人間に戻そうとする彼女を、拒むかのように。
 それが、人間に戻るよりアウラを守るために戦うことを選んだサダトの決断であることは、想像に難くなかった。

 以来、アウラはサダトの行方を捜しながら、行く先々で被験者を治療する日々を送っていた。アグレッサーにより東京が半壊した際も、被災者の炊き出しに参加していた。
 ――そうして、愛する男を探す旅を続けていた彼女の前に。一ヶ月前、インターポールの使者としてロビンが現れたのだ。

 彼が語る、異星人の姫君が地球に齎した功罪。――それは、アウラの存在意義を根底から覆すものだった。

 ◆

 決して完全な生身には戻れない。今の科学力では、そこまでの実現はできない。
 その常識を破るように、次々と生身を取り戻していく被験者達の情報から、各国は水面下でアウラの存在に辿り着いていた。

 改造人間を生身に戻せる秘術の持ち主。それが本当なら、その力を手にすることでどれほどの利益が手に入るか。彼女に気づいた誰もが、その利益を追い求めるようになった。

 改造人間を元の人間に戻せる。それは即ち、多数の被験者を使わずとも強力な改造人間の研究開発を行えることを意味する。
 すでにシェードのテロにより改造人間の兵器としての商品価値は証明されている。通常兵器をものともしない機械歩兵をリスクなしに大量生産できる力を、強欲な地球人が放っておくはずはないのだ。

 だがアウラも、秘術を除けばただの少女というわけではない。彼女は外見こそ華奢だが、「銀河連邦警察」に所属する「宇宙刑事」の一人でもある。
 偉大な先輩「ギャバン」「シャリバン」「シャイダー」のようなコンバットスーツこそ持ち合わせてはいないが、それでも並大抵の人間に容易くどうこうされる女ではない。
 自身を捕らえようと近づく世界各国の工作員をかわしながら、彼女はあくまで被験者救済の旅を続行していた。

 しかし。それを受け、世界各国はさらに狡猾な手段に出る。

 彼らは自分達の科学力がシェードに及ばないものと知りながら、「シェードに対抗すべく設立した特殊部隊」を標榜し、秘密裏に改造人間部隊の編成を始めたのである。
 当然ながら、その結果生まれるのはシェード以下の科学力で作り出された劣悪な改造人間。兵器としても不良品な上に人間でもない、というシェードの被害者よりも悲惨な状況が続出する事態となっていた。

 だが。そうなることは、誰もがやる前からわかっていた。
 改造人間部隊の編成など、そんな悲惨な状況に巻き込まれた被験者への同情を誘い、アウラの身柄を自国の領地におびき寄せるための布石でしかない。

 彼らはアウラを手に入れるために、国の為だと信じる自国の民すら玩具にし始めたのだ。

 あまりに残酷にして、歪な地球人の所業。その企みに気づいたアウラは、シェード以上に腐り果てた地球人達に絶望し、己の力を呪うようになってしまった。
 改造人間を救う為だけに来たはずの自分が、さらなる悲劇の種を振りまいていた。彼らによって生み出された被験者の嘆きが、彼女の心を暗黒に突き落としたのだ。

 ――インターポール捜査官のロビン・アーヴィングが現れたのは、その頃のことだった。
 彼はアウラを匿うとフランスの本部まで護送し、彼女の身柄をICPOの保護下に置くことに成功する。

 国際的な警察機構の中枢に匿ってしまえば、各国政府も容易く干渉はできない。アウラの存在は公には認められていないのだから、引渡しの要求など出来るはずもないのだ。

 ロビンの任務はこうしたアウラの保護だけでなく、各国政府の策略により生まれた劣悪な改造人間プラントの摘発も含まれていた。
 イリーガルな手段で造られた改造人間の生産工場。その全てを滅ぼすため、彼は世界中を飛び回り工作員を相手に戦い続けてきたのである。

 ――そうして、彼を含むICPOがアウラを保護する方針を取ったのは、彼女が未知数の宇宙人であることに由来していた。

 「銀河連邦警察」の「宇宙刑事」。それがどれほどの規模であるかは、外宇宙と交信する術を持たない地球人には推し量りようがない。
 だが少なくとも、彼女に危害を加えても外宇宙の勢力がそれに気づかない、という可能性は薄いのだ。アウラを傷付けるようなことがあれば最悪、地球人類ではどうにもならないほどの圧倒的戦力が攻めてくる危険性も考えられたのである。

 彼女を捕まえようとしている各国政府は、そこまでは考慮できていない。あるいはできていても、対応次第でどうにでもなると楽観している。
 そんな手合いにアウラの身柄が渡れば、まず丁重な扱いは期待できない。彼らは非道な人体実験に掛けてでも、彼女の力を手に入れるつもりなのだ。

 この地球そのものを危機に陥れないためにも、己の利益しか考えない各国政府からアウラを守らねばならない。それがICPOの出した結論なのである。

 ――そして彼らは、アウラに故郷の星に帰るように促し始めた。

 欲深い人間に正道を説いたところで、何も生み出せはしない。彼女の力が地球上に存在している限り、世界はその力を諦めない。
 これ以上罪のない地球人を苦しめないためには、力そのものを地球上から消し去るしかない。そもそもの原因である彼女自身が地球を去る以外に、事態収束の方法はない。
 それが、彼女の今後に対するICPOの判断だった。

 自分が全ての被験者を救おうとしたばかりに、救った人数以上の新たな被験者を増やしてしまった。自分がこの星に来たばかりに、いたずらに悲劇を振りまいてしまった。
 ロビンに潰されたプラント数は数百に及び、各国政府に生み出された被験者は総合すると20000人を超える。対して、アウラが治療した人数は5000に満たない。
 目に見える数字として。アウラは自分の無力さを突きつけられてしまったのだった。

 ――そんな折。

 テレビで世界各地に報道されていた「仮面ライダー」の活躍が、彼女の耳に入った。

 シェードの怪人から人間の自由と平和を守るため、日夜悪と戦い続ける仮面の戦士。シェードと同じ改造人間でありながら、彼らの存在は大多数の民衆から英雄と讃えられている。
 改造人間の人権を脅かす連続殺人犯という見方もあるが、そう解釈しているのは日本の一部くらいのもので、世界各地で被験者問題に苦しむ人々は仮面ライダーを正義の味方として応援していた。

 その仮面ライダーの一人には、あの仮面ライダーAP――南雲サダトも含まれている。
 彼は自分が奪った命より、数多くの人々を救い続けていた。怪人を殺め、自分の手を汚してでも、より多くの人々の命を守り抜いていた。

 その姿に、アウラはただただ涙する。

 生身に戻る機会を捨ててでも、彼は自分を守るために仮面ライダーとなり戦う道を選んだ。自分が、全ての被験者達を救ってくれると信じて。

 それに対して、当の自分はその想いに応えられなかったばかりか、余計に被害を拡大させる結果を招いていた。

 彼が奪った命以上の人々を救っているのに、自分は救った命以上の犠牲者を出している。

 彼は自分を犠牲にしてでも、より多くの被験者が助かることを望んでいたのに。自分は、その大恩を強烈な仇で返してしまった。

 最愛の人を、計らずも最悪な形で裏切ってしまったことに、アウラはより深く絶望し自殺まで試みるほどに病んでしまう。
 それに気づいたロビンにより自殺は阻止されたものの、彼女の胸中に渦巻く絶大な罪悪感が拭われることはなかった。

 その自殺未遂から一週間が過ぎた今日。
 彼女は、ある決意を固めていた。

 例え、愛する彼に裏切り者と呼ばれようと。志半ばで使命を放棄したと糾弾されようと。

 この星を去る前に、彼だけは生身に戻す。それが、自分に出来る最後の仕事だと。

 ◆

「……私が力を行使するリスク。それくらい、分かり切っていることです。それでも、改造されたあの人を置き去りにしたまま帰ることなんて出来ない!」
「アウラ様……」
「私は行きます。例え、私を匿って下さったあなたを殺めてでも」
「……」
「もはや私は、この地球を蝕む災厄そのもの。ならばせめて、悪人として汚名を背負いながら……あの人を救います」

 決意の宿った碧い瞳は、ロビンの眼を真っ向から射抜いている。
 それはつい先日まで、絶望と後悔に打ちひしがれていた彼女からは想像もつかない強さを帯びていた。
 それだけで、南雲サダトへの深い愛情と執着が窺い知れる。

「……わかりました。私の、負けです。あなたにこれ以上泣かれて、外宇宙に睨まれるのは私も御免ですからね」
「……」
「ただ、約束してください。彼に再会するまで、決して私のそばを離れないと」
「ええ、わかっています。……ありがとう、アーヴィング捜査官。無理言って、ごめんなさい」
「構いませんよ。これで最後だと思えば、ね」

 ここまで件の仮面ライダーへの偏愛を拗らせている状態では、もはや説得は不可能。ロビンは長年の経験則からその結論に至り、深く肩を落とす。
 女性経験が豊富な彼は、こうなった女の行動力は口で止まるものではないと熟知しているのだ。

(仮面ライダーAP、南雲サダト……か)

 アウラから視線を外し、ロビンは青空を仰ぐ。彼はこれから会うことになるであろう仮面ライダーに、思いを馳せていた。

(彼がいなければ、私の妹も助からなかったのだろうな。……私にとっても、その恩に報いるまたとないチャンスなのも知れん)

 愛する妹を救ってくれた大恩人。そんな彼女をここまで突き動かした南雲サダトの存在は、ロビンにとっても大きなものであった。

 ――そして、翌日。
 二人はフランスを発ち、日本へ出発した。

 仮面ライダーとシェードの、最終決戦が始まろうとしている戦地へと。
 
 

 
後書き
 ロビンは当初、昭和特撮っぽく日本人設定で行く予定だったのですが、本作における彼の役どころは「日本を外から見る外国人代表」みたいなところがありますので、思い切ってバリバリの外国人になりました。いや、本来これが正しいんだとは思うんですけどね。 

 

第2話 仮面ライダーの死

  2009年にシェードの非人道的な人体実験が明るみになり、組織は解体された。
 しかし、それで改造されていた被験者達が元通りになれるわけではない。

 身体を人外の兵器にされた挙句、部隊を解体され居場所も奪われた被験者達が路頭に迷い、異形ゆえに人間社会から追放された影響で凶行に走るという、社会問題にまで発展してしまった。
 さらに元隊員だけでなく、シェードに誘拐され改造手術を受けた民間人も、周囲に白眼視され居場所を失う事態に見舞われている。怪人の素体として誘拐されながら、改造人間への適性の低さから半端な改造しか受けずに放逐されていた民間人も、元隊員と同じ問題に直面していたのだ。

 これを受けて、政府はただちに改造被験者保護施設を全国各地に設立。
 シェードに改造され、かつ民間人への害意を持たない被験者達を隔離にも近い形で保護することになった。改造人間にも、人権が保障される制度が組まれたのである。

 シェードの蜂起から7年が経過した2016年現在で被験者の数は300人を超えており、その保護施設は東京都内に設けられている。
 その役割を担う二つの施設。目黒区の市街地に設立されている(わたり)被験者保護施設と、稲城市郊外の山中に近年設立された風田(かぜた)被験者保護施設の二つには、それぞれ100人以上もの被験者達が収容されている。

 保護されている被験者達は税金から捻出された費用で生活しつつ、社会復帰に向けた職業訓練や勉学に励んでいる。特に体力を要する職業において、改造された彼らの肉体は労働力としての効果も期待されていた。
 だが、その期待通りに自らの能力をコントロールできた被験者は一握り。実際のところは自分の力を操り切れず、危険と見なされ社会への復帰が叶わない者が大半であった。

 情報化社会である昨今、そうした実情はネットを通して人々に広く知れ渡っている。

 テレビで被験者を好意的に取り上げる番組が組まれる一方で、ネット上や一部の週刊誌では被験者へのバッシングが横行していた。
 「税金の無駄遣い」「兵器の体なら某国に特攻して死ね」「人間でもない、ちゃんとした改造人間でもない。なんで生きてるの?」「こんな連中飼う金があるなら俺らに回せよ」。そんな人々の暗澹とした「本音」は、ネットワーク上に深く染み付いている。

 人間社会にも、シェードにも、彼らの安らぎとなる居場所はないのだ。仮面ライダーと、同じように。

 ◆

 ――2016年12月5日。
 東京都目黒区渡改造被験者保護施設。

「なんだよ……なんなんだよこいつッ!」
「逃げろ! 踏み潰されるッ!」

 日本最大の改造被験者保護施設の一つ。その地で今、未曾有の事態が発生していた。

 白昼堂々、市街地の真っ只中。
 突如現れた、数体の量産型フィロキセラ怪人。その猛威に為す術を持たない市民は蹂躙され、鎮圧に挑む警官隊も容赦無く餌食になっていた。
 彼らの肉体から伸びる触手は強靭な鞭となり、人々の体を容易く切り裂いて行く。肉の刃は命乞いも聞かず、淡々と弱者を屠り続けていた。

 ――だが、人々を脅かしている災厄は怪人達だけではない。むしろ、彼らは「おまけ」のようなものだった。

 白と赤を基調とする塗装。アスファルトに跡を残し、ガードレールもパトカーも人も踏み潰していくキャタピラ。
 一度火を吹く度に、何十軒というビルを灰燼に変えていく主砲。
 外見こそ、ナチス・ドイツ陸軍の重戦車――「ティーガーI」だが。その骨董品同然のフォルムの下に、破壊と殺戮に傾倒した最新技術が投入されていることは誰の目にも明らかだった。

 その周りをうろつきながら、手当たり次第に市民も警官も惨殺しているフィロキセラ怪人達は、重戦車の随伴歩兵に過ぎない。
 市民、警官問わず何もかも踏み潰し、破壊しながら渡被験者保護施設を目指して前進しているこの重戦車こそが、この戦場の主役となっていた。

「やはり施設を目指してるのか!? 収容者の避難は!」
「まだです! 中はパニック状態で……!」

 阿鼻叫喚の生き地獄と化した目黒区。その戦火の渦中で、警官隊はせめて一人でも多くの市民を避難させるべく奮闘していた。
 そんな彼らの勇気も、献身も。重戦車のキャタピラは、虫ケラのように踏み荒らしていく。その惨劇を身近に感じている渡被験者保護施設の人々も、騒然となっていた。
 すでに重戦車は、施設の門前まで迫っている。

 ――その時。

「……!? おい、あれ!」

 幸運の重なりから、未だに生き延びている警官の一人が声を上げる。
 彼が指差した先には――こちらに向かい、爆走している風変わりな一台の車。

 現代においては時代錯誤としか言いようのないフォルム。旧日本軍の九五式小型乗用車と見紛う赤い車体は、その形状に見合わない速さで廃墟に囲まれたアスファルトを駆け抜けている。

「……ッ!」

 その奇妙なマシン――「アメノカガミノフネ」を駆る、一人の青年。
 彼が羽織っている漆黒のライダースジャケット。その襟部に付いているファーが、向かい風に靡いていた。
 赤いグローブを嵌めた手に力が篭り、黒のブーツに覆われた足が強くアクセルを踏み込んでいく。

 彼は片手でハンドルを操作しつつ、懐から一本のワインボトルを引き抜いた。矢継ぎ早にそれを、ワインオープナーを模ったベルトに装填していく。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「――変身ッ!」

 ベルトから響き渡る軽快な電子音声。それに呼応するように叫ぶ黒髪の青年は、ベルトのレバーを倒してワインボトル――の形を持つ「エンジン」を起動させる。

 刹那。青年の全身は漆黒の外骨格に覆われ、全身にワインボトルから迸る赤いエネルギーラインが循環していく。
 金色の複眼を囲う「a」の意匠。胸に装着された「p」を象るプロテクター。その外見的特徴が、彼の実態を物語っていた。

 そして――風にたなびく白マフラーが、「歴戦のヒーロー」を彷彿とさせている。さらにマスクや外骨格は、長い戦いによる傷跡を色濃く残しており……装甲が破損している首元や後頭部からは、変身後であるにも拘らず、生身の肌や黒髪が僅かに覗いていた。

『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 変身シークエンスの終了を告げる、電子音声。鳴り響くその声と共に、青年こと南雲サダトは「仮面ライダーAP」として、地獄と化した目黒区の戦場に現れたのだった。

「か……仮面ライダーだ!」
「初めて見た……! お、おい俺達も一旦引くぞ! 巻き込まれたら今度こそ終わりだ!」

 時代錯誤の車に乗り、颯爽と駆けつけてきた仮面の戦士。その姿を視界に捉えた警官隊は、これから施設の門前で始まる激戦を予感し、蜘蛛の子を散らすように退散していく。

 仮面ライダーAP――サダトは素早くアメノカガミノフネから飛び降りると、赤い「P」の字を模した柄から刃を伸ばす一振りの剣を手に、白マフラーを翻して怪人達に斬り掛かって行く。

「――とあッ!」

 問答無用の速攻は、怪人達から伸びる触手よりも速く。しなる肉の鞭を裂く剣閃は、瞬く間に怪人の肉体に届いて行った。

 それはさながら、患者の体にメスを入れるかのように。
 肉も骨も、紙のように断ち切る剣が肉体を通り過ぎた後は――噴き上がる血飛沫が、その結末を告げていた。

「……ッ!」

 同胞の死を見せつけられた怪人達が、奇声を上げて次々と躍り掛かる。矢継ぎ早に舞い飛ぶ鞭の連撃が、仮面の戦士に降り注いだ。

 しかし、金色の複眼――の奥の瞳に、迷いの色はない。

 一撃目の鞭を切り裂いた直後。
 手首を返して逆手に剣を構え、死角を狙う二撃目の鞭を斬る。その隙を突いて左手に巻きついた触手を掴み返し、触手の「持ち主」を力技で手繰り寄せ――頭から叩き斬る。
 自分の肉体の一部を斬られた二体は痛みにのたうち、脳天から両断された一体は苦しむ暇もなく絶命した。

 そのまま流れるような剣捌きで、サダトは残る二体を斬り伏せてしまう。まるで、苦しみから解き放つ「介錯」のように。

『三体のフィロキセラを無傷で――か。その脆弱な体にしては、上々な戦果だ』
「……!」

 そうしてサダトの剣によりフィロキセラ怪人が全滅した後。残された最後にして最大の刺客――白塗りの重戦車から、くぐもった声が響き渡った。
 ノイズが混じるスピーカー音が、死屍累々と骸が転がる戦場に鳴り響く。――すると。

「……だが。今のお前では、その背に守られている弱卒と大差ない。その脆弱な改造ボディでは到底、改造人間の真の価値は証明出来んだろう」
「さっきから……何を言ってる」

 戦車上部のハッチが開かれ、そこから一人の初老の男が現れた。

 白髪のオールバック。皺が寄った顔でありつつも、精悍さを失っていない面持ち。漆黒のトレンチコートを内側から押し上げる、はち切れんばかりの筋肉。
 顔立ちから高齢であることは窺えるが、その長身の体躯は老境という言葉からは程遠い分厚さとなっていた。並の軍人では、こうはいかない。……いや、生身の人間ではこうはいかない。

 ハッチから乗り出してきたこの男がシェードの改造人間であることは、誰の目にも明らかだ。

 今まで戦ってきたシェードの刺客とは、全く雰囲気が違う異質な男。その得体の知れないオーラに反応し、サダトは素早く剣を構える。
 一方、切っ先を向けられている男は涼しい面持ちで、サダトの方をハッチから見下ろしていた。

「貴様は一体、何のためにこんなことを……!」
「――いいだろう、お前には知る権利がある。俺の目的は、ごくありふれた単純なことだ。改造人間の『兵器』としての『商品価値』を証明し、この国に改造人間の必要性を説くこと。ひいては、その過程を以て日本という国を富国強兵へと誘うことにある」
「……!?」
「仮面ライダーAP。お前は、政府に飼われたこの被験者達をどう見る。俺達と変わらない、人間を越えた力を手にしていながらその力を活かす義務を放棄し、あろうことか国の金を食い潰し利権だけを貪っている」
「……」
「大いなる力には、大いなる責任が伴う。だが、改造被験者保護施設で暮らす弱卒共に責任の二文字はない。俺の目的はそういった毒にも薬にもならない者達を排斥し、限りある国家予算を効率的に削減することにある」

 老境の男は表情一つ変えないまま、淡々と己の目的を語る。施設で暮らす改造被験者を「弱卒」と言い切る彼の眼を見据え、サダトは拳を震わせた。

「……力には、責任が伴う。それは、わかる。けど……俺達は、貴様らに力をくれと乞うた覚えはないッ!」
「誰しも『望んで』力を得ることはない。子が親を選べないように、己も己の力を選ぶことはできない。我々は常に、持って生まれた才能や実力で生きていくことを、この世界から強いられている。お前達が望んだか否かなど、何の意味もない話だ」
「なんだと……!」
「お前は改造人間として優れた適性を持っていた。施設で飼い慣らされている弱卒共にはそれがなかった。その違いに、『望み』の有無は関係なかろう」

 施設で暮らしている被験者の中には、元シェード隊員ではない民間人の被害者も大勢いる。そんな、何の罪もない人間までも弱卒と切り捨てる男の姿勢に、サダトはさらに声を荒げた。

「……この施設の人達は。貴様らに人間の尊厳を奪われながら、それでもなお『人間』として生きようとしている。貴様らは、そうやって自分の了見だけで、今も生きている人達の命まで奪うのか!」
「俺は単なる道楽で殺しているわけではない。弱卒共の頭が減れば、それだけ連中に割く予算が削減される。さすれば、真に強く正しい者達が然るべき恩恵を享受できるのだ」
「詭弁を……」
「お前にとってはそうであろうな。だが、日本政府はその『詭弁』を選んだらしい。――見ろ」
「……!?」

 だが、その横暴にどれほどサダトが怒ろうと、彼は怯む気配もなく話を続けていく。やがて彼が指差した先に視線を移し――サダトは、硬直してしまった。

 生き延びたパトカーの運転手や、移動手段を失った警官隊が、うめき声を上げて助けを求めている市民を放置し、我先にとここから離れている。そんな光景が、四方八方から窺えた。
 一時撤退からの立て直しにしては、妙だ。彼らが逃げ始めてから数分が経つのに、増援のサイレン音は全く聞こえてこない。

「……もしここが、普通の病院なら。警察署前なら。議事堂前なら。連中も敵わないなりに、あと数時間は粘っていただろうな。……政府にとっても結局のところ、被験者達は邪魔者に過ぎんということだ」
「……!」
「警察も政府の意向を汲んだ上で、撤退命令を出している。生きていたところで、この先役に立つ望みが薄い被験者100人の命より、警官一人の命の方が『重い』のだ」
「……そ、れは……」
「実利主義への傾倒。弱肉強食の肯定。悪くない判断だ。表立って被験者を排除すれば世論や国際社会から誹りを受けるが、シェードのテロで排除された――となれば、待っているのは『同情』。国の癌を切除できる上に融資も期待できるのだ、まさに一石二鳥だろう」
「そんな……!」
「シェードの改造人間に通常兵器は通じず、警官隊は敗走を繰り返してきた。今回も、力を尽くしたが及ばなかった――とされるだろう。この場にいる人間がこれから皆殺しになる以上、市民を捨てて逃げ出したという証拠も証言も――何一つ残らん」

 まさにこれから、全員を殺すと宣言する白髪の男。その発言を聞かされた瞬間、サダトの全身から突き上げるような憤怒と殺気が迸る。

「させると思うのか……俺が!」
「……加えて。頼みの綱のお前(仮面ライダー)も敗れたとあっては、誰も警官隊を責められまい。それほどの圧倒的な理不尽さが、この『タイガーサイクロン号』の威力なのだから」

 その発言を最後に。

 男はハッチの下へと潜り込むと、沈黙していた重戦車――タイガーサイクロン号を再起動させる。金属同士が軋み、こすれ合う歪な音と共に、鋼鉄の災厄が再び動き始めた。

『仮面ライダーAP。まずはお前を、その脆弱な肉体から解放してやる』
「……ッ!」

 スピーカーから響くノイズ混じりの声と同時に、主砲が施設の方に向けられる。すでに、砲弾は装填されているようだ。

 剣が届く間合いではないが――射撃できる形態(フォーム)に切り替えている猶予はない。そう判断した瞬間、サダトは施設を庇うように主砲の正面に立つと、ベルトのワインボトルを強く押し込み、エネルギーを右腕へ集中させていく。
 その力の奔流はやがて赤い電光となり、彼の右手に握られた剣に宿った。

『FINISHER! EVIL AND JUSTICE OF MARRIAGE!』
「スワリングッ――ライダァッ、ビィィィトッ!」

 そして。あらゆるものを切り裂く、必殺の電光剣を逆手に構え。
 一気に振り抜くように――重戦車目掛けて投げつけるのだった。

 真紅の矢と化した、電光の剣がタイガーサイクロン号に肉迫する。

 その直後。

 全てを破壊する重戦車の主砲が、火を吹いた。それはまるで、裏切り者に裁きを下すかのように。

 ◆

 ――2016年12月5日。
 某国某戦地。

 草一つ生えない不毛の荒野。その荒れ果てた地の上では、血で血を洗う争いが日常となっていた。
 何のために戦っているのか。誰のための戦いか。誰も何もわからないまま、それでもこの一瞬を生きるために。
 戦場に立たされた若者達は、今この瞬間も銃を手に戦っている。

 ――そんな、この地上を探せばどこにでもあるありふれた戦場の渦中。漆黒の外骨格を纏う仮面の戦士が、一振りの剣を携え戦地となった街を歩いていた。
 砂と廃墟と死体しかない、ゴーストタウン。その中を歩む彼は、「G」の形を持つ柄を握り締め、晴天の空を仰ぐ。

 ここではない、遠く離れた故郷を見つめるように。

「……」

 その刃には。

 彼が長年追い続けた宿敵の、血潮が染み付いていた。

 彼の戦いは、幕を下ろしたのだろう。「元」を絶った今、これ以上新たな怪人が生み出されることはない。

 だが。
 全てが終わったわけではない。

 終戦協定が結ばれても、それを知らない兵隊が戦い続けているように。今も、この戦地で若者達が戦い続けているように。

 戦火の残り火が、今も戦士の故郷を蝕んでいる。地獄の業火と成り果てて。

 しかし、仮面の戦士にできるのはここまで。手の内を知り尽くされている「師匠」を、討つ術は彼にはない。
 だからこそ「師匠」は、己の介錯を「孫弟子」に託したのだ。

「……羽柴(はしば)さん。『人間』は、あなたが思うほど脆弱ではない。生きる力は、愛は。あなたの理想には屈しない」

 仮面を脱ぎ、空の向こうを見つめる青年。戦士としての殻を捨てた彼は、その想いを故郷で戦う後輩に託していた。

「あの子が、きっと。それを教えてくれる」

 ◆

 ――2016年12月5日。
 東京都目黒区渡改造被験者保護施設跡。

 全てが終わったこの街――否、廃墟には。生者は独りしか残されていない。
 ただ独り、生きてこの地に立っているその男は、ハッチを開けて重戦車から降りると、辺りをゆっくりと見渡していた。

 悲鳴すら絶え果てた無音の廃墟。ゴーストタウンと化した、目黒区の市街地は閑散としている。
 逃げ出していく警官隊に見捨てられ、それでも懸命に生き抜こうとあらがっていた市民は、皆一様に力尽き亡骸と成り果てていた。炎上を続けるパトカーや路上に横たわる死体の山が、この場で起きた惨劇のほどを如実に物語っている。

 ――その災厄の手は、警官隊や仮面ライダーが身を挺して守ろうとしていた、改造被験者保護施設にまで及んでいた。

 半人半獣の身でありながら、それでも明日を夢見て人間としての生を追い続けていた、被験者達。彼らの骸は燃え盛る施設に焼かれ、無惨に爛れている。
 元隊員だろうと、誘拐されただけの民間人だろうと、関係ない。女子供も構わず焼き払われ、全てが蹂躙され尽くしていた。

「まずは一つ。残るは稲城市の風田改造被験者保護施設――か」

 静寂に包まれた廃墟の中。白髪の男の呟きは、この場に強く響き渡る。
 彼はゆっくりと歩み始めると、自分が乗り込んでいた重戦車の正面に立ち――感心するような色を僅かに表情に滲ませ、車体に突き刺さる白刃の剣を見つめた。

「……大したものだ。俺のタイガーサイクロン号にここまで傷を付けたのは、No.5を除けばお前が初めてだ」

 そう呟く彼が、振り返る先には――血だるまになり横たわる、仮面ライダーAP。

 だった「何か」が眠っている。

 手足はもがれダルマのようになり、腹には風穴が開いていた。血に濡れ、ひしゃげた外骨格は、もはや原型をとどめていない。

「だが、それまでだ。脆弱な『APソルジャー』の性能では、ここまでが限界。如何に訓練を積んだとて、これ以上は――俺を屠るほどには、強くなれん」

 瓦礫の上を歩む男は、足元に転がるサダトの腕を蹴り飛ばし。横たわるダルマの傍らに立つ。

「お前には、俺の理想の礎になってもらわねばならん。……用があるのは、その脆弱な体ではなく」

 そして片手で頭を鷲掴みにして、100kg以上ある外骨格の胴体ごと持ち上げると。ぶらがった胴体と頭を繋ぐ首に――抉り込むような肘鉄を放った。

 直後。

 男の肘に削り取られた首は、その役目を失い。頭と繋がっていた胴体が、瓦礫の上に崩れ落ちる。

 男の手には――僅かな脊椎が付着した、仮面ライダーAPの頭部だけが残されていた。

「性能差をものともせず、アグレッサーを倒した……お前自身の『魂』だ」

 そして、この日。

 仮面ライダーAPは、死んだ。 
 

 
後書き
 登場早々、脊椎ぶっこ抜かれる出オチ系主人公。ヒーローっぽくマフラー巻いても結局彼はこんな調子です。
 ちなみに「首元や後頭部の髪が露出」という外見設定は、仮面ライダー旧1号と「仮面ライダー THE FIRST」の影響から。 

 

第3話 人間達の決断

 ――2016年12月7日。
 警視庁警視総監室。

 日本警察の頂点が居座る、治安維持の中核。その一室に、三人の人物が集まっていた。
 テーブルを隔てて向かい合う彼らは、揃って神妙な表情を浮かべている。周り全てを押し潰すような重苦しい雰囲気が、この一帯に漂っていた。

 制服に身を包む精悍な顔立ちの壮年は、警視総監の地位に違わぬ屈強な肉体と壮健な眼差しを持っている――が。その瞳の奥には、深い葛藤の色が滲んでいた。

 警視総監番場惣太(ばんばそうた)。彼の向かいのソファに腰掛けるロビンとアウラは、その胸中を慮る一方で――彼が下していた決断に対し、厳しい目を向けている。

「それで、この結果ですか」
「……返す言葉も、ない。被害を最小限に食い止めるには、こうするより他はなかった」
「あなたはっ……!」

 渡改造被験者保護施設襲撃事件。2日前に起きた、その大量殺人事件において番場総監は、警官隊を途中から全員退却させていた。
 戦線に加わった仮面ライダーAPに戦いを任せ、現場から手を引いていたのである。

 敵のテロに乗じて、被験者達を処分せよ。
 それが日本政府の意向であり、警視総監といえど逆らうことの許されない大命であった。

 結果として渡改造被験者保護施設は壊滅。同施設の被験者は全員死亡し、テロリストと交戦していた仮面ライダーAPも消息を絶った。
 仮面ライダーまでもがやられた――と判断して差し支えない結果に終わり、警視庁は今も事後処理で騒然となっている。

 特に、社会的弱者とされる改造被験者を狙った虐殺行為である本件は衝撃的ニュースとして世界中を駆け巡り、世界各国から哀悼の意が贈られた。
 ――そう、重戦車に乗っていたあの男が言っていた通りに。そしてそれは、番場総監の上に立つ閣僚の目的でもあった。

 改造被験者を蔑ろにしては、人道的見地という面から日本は諸外国から猛烈なバッシングを受けることになる。
 すでに政府により創設されたシェードの暴走が原因で、日本は国際社会からの信用を失いつつあった。故に、これ以上の信用問題は回避せねばならなかった。

 そうした苦肉の策の中で生まれた改造被験者保護施設だったが、結果は国内からの批判を浴びる的と成り果て、政府もその維持費に頭を悩ませるようになっていた。

 そんな折、シェードのテロとして保護施設が破壊され収容者が全員死亡した。それはある意味では、政府にとって僥倖だったのである。
 合法的に予算を食い荒らす被験者を始末できた上、その罪を全てテロリストが被ってくれた。おかげで諸外国からは同情が集まり、融資のきっかけにもなりつつある。

 ――そんな情を持たない人面獣心の魑魅魍魎は、治安の要たる警察すらも飲み込んでいたのだ。
 敵も味方も、救い難い俗物ばかり。改めて突き付けられた現実と、やり場のない怒りに苛まれ、アウラは膝に置く両手を震わせる。

 一体、何のために地球に来たのか。このような者達を救うことに、如何程の価値があるというのか。
 その葛藤に直面する度、彼女は南雲サダトの貌を思い浮かべては誠意を尽くしてきた。だが、今は心の拠り所だった彼までもが行方知れず。

 地獄絵図と成り果てた事件現場からは彼の一部と思しき「部品」も発見されたが、それでも彼女はサダトの生存を頑なに信じ続けていた。
 そうでもしないと自分を保てないほどに、追い詰められている。焦燥や怒りに駆られた彼女の横顔を見遣るロビンは、そう感じていた。

「……恥ずかしいとは、思わないのですか! この施設で暮らしていた人達は、皆あなたの御息女のように懸命に生きていたのに!」
「アウラ様……」
「それなのに、こんなの……こんなこと……! あなたの、御息女までっ……!」
「……」

 ひとしきり番場総監を責め立てた後。アウラは身を乗り出した姿勢のまま、今度は崩れ落ちるように嗚咽を漏らす。

 ――あの事件に対する世論の反応は、当然ながら「表面的には」被験者への悼みとテロリストへの義憤に満ち溢れていた。
 だが、ネット上では重戦車による施設破壊を称賛し、あろうことか今回のシェードをヒーローと讃える者まで現れる始末となっている。

 「こいつらのおかげで税金が浮いたぜ! おかげで経済がよくなるな!」「殺してくれて良かった。これでもう化物に怯えずに済むな!」「罪を背負って正義を成し、クソゴミに天誅を下してくれた。仮面ライダーなんかより、こいつの方がよっぽど正義だろ」。
 そんな意見が表立っては言えない「本音」として、世界中を巡っている。そのどす黒い地球人の本質が、アウラの心をさらに責め立てていた。

 守るべき人々に、自分ばかりか罪のない被験者まで否定され。とうとう、自分のために戦ってくれていた南雲サダトまで否定されてしまった。
 ただ人々を救うためだけに異星へ足を踏み込んだ少女にとって、苦い思いでは済まされない傷となっている。

 そんな彼女の姿を見かねたように、ロビンは彼女の肩に手を当ててソファに座らせる。番場総監は目を閉じ、彼女の叱責に耐え忍んでいた。

 ――だが。堪えようとしているのは、彼女の言葉だけではない。

 日本政府は事件を受け、警察側と同様に一つの予想を立てた。それは、渡改造被験者保護施設を破壊した犯人は、次に風田改造被験者保護施設を狙うだろう――というものだった。

 そして。政府は、彼に命じたのである。

 風田改造被験者保護施設の警護に、人員を割く必要はない――と。

 同施設は市街地内に設立されていた渡改造被験者保護施設とは異なり、東京都稲城市と神奈川県川崎市の境にある山中に造られている。要は、人里から離れているのだ。

 危険と称して人払いさえしておけば、施設に人員を割かなくても実態が漏れることはない。
 漏れるところがあるとすれば同施設の収容者達だが、その口ならテロリストが一人残らず封じてくれる。

 警察側の被害を最小限に抑えた上で、残る最後の保護施設を破壊し被験者を全滅させ、予算を削減。さらに国際社会からの同情も買える。その罪は全て、実行犯のテロリスト一人に被せればいい。

 政府主導によるその計画――「12月計画(ディッセンバープロジェクト)」は、人を人とも思わぬ「非情」の塊であった。

 選りに選って人民を守ることを主命とする警察、その管轄を任されている警視総監にそれを強いるという悪辣さに、アウラは怒髪天を衝く――というほどの怒りを掻き立てられていた。
 そして彼女の怒りは政府だけでなく、言われるままに渡改造被験者保護施設を見捨てた挙句、最後の保護施設にいる被験者達まで見殺しにしようとしている番場総監にも向かっていた。

 警視総監としての職務に背いていることだけではない。
 命じられるままに、たった一人の愛娘さえも見放そうとしていたことにも、彼女は激昂しているのだ。

 ――数ヶ月前。シェードは番場総監への脅迫として、当時中学2年生だった14歳の娘「番場遥花(ばんばはるか)」を誘拐。警察への見せしめとして、彼女を改造人間にしようと企んだ。
 しかしその企みは、アジトを発見した仮面ライダーAPの乱入により頓挫。改造手術を受けている最中だった遥花は救出され、番場総監のもとへと送り返された。

 しかし無傷だったわけではない。右腕一本だけであるが、彼女はすでに改造手術を受けてしまっていた。
 意識が快復しても右腕が元通りになるわけもなく、遥花は脳改造を受けていないためにその力を操り切れず、このままでは危険と判断され風田改造被験者保護施設に収容されることとなったのである。

 同施設は渡改造被験者保護施設よりも危険性の高い被験者達を、保護と称して隔離する目的で山中に建てられている。
 一般人の面会が絶対に許されない魔境であり、警視総監である彼も容易くは娘に会えない日々が続いていた。

 それでも電話を通して、親子で励ましあい生きてきた。その矢先の――この「12月計画」である。

 愛する娘を「国」に見放され、番場総監は無力感に打ちひしがれていた。アウラの言葉は、その胸中を深く抉っている。
 ロビンはそんな両者の様子を、暫し見つめた後。ようやく口を開いた。

「――政府の目的はあくまで、被験者全員の抹殺。自衛隊に要請を出しても同じですし、被験者達を施設から逃がせばいいというわけでもない、ということですか」
「政府はシェードの蜂起が原因で、世界各国から睨まれている。そんな中で積極的に被験者達を殺すことは出来ん。……だから理由を付けて警護を外し、テロリストに皆殺しにさせようと誘導しているのだ」
「なるほど。……人道的には腐り果てているが、理には適っている。阻止するには直接テロリストを倒してしまうより他はない、ということですか」
「……そういうことになる。だが、それはもう不可能だ。仮面ライダーGも仮面ライダーAPも、もういない。奴らに対抗しうる人類側の改造人間は、もう誰もいないのだ」

 番場総監が言う通り、仮面ライダーGは9月を境に怪人が出現しても姿を見せなくなり、彼に代わって戦い続けていた仮面ライダーAPも、先日のテロで消息不明となっている。
 通常兵器が通じないシェードの怪人に対抗できる仮面ライダーがいない以上、仮に無数の警官を施設の警護に充てたとしても結果は変わらないのだ。
 だからこそ政府も国力を無益に損なわないために、「12月計画」に踏み切ったのである。

「――では、やはりなんとしても仮面ライダーを捜し出すしかありませんね」
「……」

 そのロビンの発言に、アウラはハッと顔を上げる。番場総監は、彼の言葉に無言で頷いていた。

 ――政府は積極的に被験者を抹殺することはできない。つまりテロさえ阻止してしまえば……シェードさえ倒してしまえば、政府はもう被験者に手出しはできないのだ。
 その鍵となる仮面ライダーを捜し出せば、政府に見捨てられた被験者達を救えるかも知れない。

 ロビンはアウラの証言を元に作成した書類を、番場総監の前に差し出した。彼はその書類に書かれた、仮面ライダーAPの正体に目を見張る。

「南雲サダト……1996年4月3日生まれ、20歳。城南大学医学部2年生。少林寺拳法四段、テコンドー五段。高校時代はテコンドー高校生世界選手権大会で三連覇。……しかし、若いな。こんな若者が今まで、体一つであの怪人達と渡り合ってきたというのか……」
「彼は今年の5月に行方を絶って以来、シェードとの交戦を繰り返しています。先日の事件現場からは彼の部品と思しき物も発見されましたが、『本体』は未だに発見されていません。……仮面ライダーGの行方はともかく。彼が死亡したと判断するのは、些か性急かと」
「わかった。……基本的には最重要機密事項として扱うが、ウチの捜査一課にだけは情報を共有させて欲しい。こちらも手を尽くして、彼を見つけ出す」
「了解しました。そちらの捜査一課には、派生組織『ネオシェード』を壊滅させた優秀な刑事もいらっしゃるとか。……その手腕に、こちらも期待させて頂きます」

 政府が被験者を殺すためにシェードを誘導しているなら、こちらもシェードを止めるために仮面ライダーを誘導するしかない。そのためにはまず、仮面ライダーの身柄を確保する必要がある。

 そのために動き出そうとしていた番場総監の前に、もう一つの書類がロビンから提示された。

「……番場総監。あなたはこちらも知りたかったのでは?」
「……そうだな」

 番場総監は二つ目の書類を手に取ると、苦々しい面持ちになる。

羽柴柳司郎(はしばりゅうじろう)……1948年8月15日生まれ、68歳。43年前に警視庁を退職、以後行方不明――か」
「現場に残されていたDNA情報が、ICPO本部のデータバンクと一致していました。あの重戦車に乗っていたという男に違いありません」
「羽柴先輩……」

 その名前を、番場総監はよく知っている。右も左も分からなかった新人の自分を、厳しくも優しく導いていた憧れの先輩警官――それが彼の記憶に残る、在りし日の羽柴柳司郎だった。

 しかし彼は汚職に塗れた警察上層部に絶望して、警視庁を去ってしまった。
 それを受け、若き日の番場惣太は彼のような警官を生まないため、質実剛健たる警視総監を目指して――今に至っている。

 正義を守る使命に燃えていた羽柴柳司郎は、シェードのテロリストに成り果て。彼の恩に報いるために正しい警察官僚であろうとした自分は、政府の虐殺計画に加担している。

 二人して、かつての理想からは程遠い自分になってしまっていた。その現実と改めて向き合い、番場総監は暫し目を伏せる。
 そんな彼の胸中を慮り、ロビンは彼が口を開くまで静かに待ち続けていた。

「……南雲サダト君を、何としても捜しだそう。――この男を、止めるためにもな」
「ええ。――その言葉を聞きたかった」

 そして彼は、袂を分かったかつての恩師を止めるべく。意を決して戦う道を選び、ロビンに片手を差し出した。
 その手を握り、日本警察とICPOに協力関係を結んだロビンは、この場で初めて微笑を浮かべる。

「……サダト様、どうか……ご無事で……」

 一方。アウラは両手の指を絡めながら、窓の外に映る青空を見つめていた。
 愛する男の、行方を求めるように。
 
 

 
後書き
 ちなみに羽柴柳司郎は本郷猛と同い年。
 原典「仮面ライダーG」の悪役達が「織田」だったり「徳川」だったりしたので、本作のラスボスは「豊臣」で行こうかなー、とも思ったのですが。
 さすがにどストレート過ぎかなー、ということで「羽柴」に決まりました。

 ちなみに今話で登場した「12月計画(ディッセンバープロジェクト)」は、原作漫画版「仮面ライダー」に登場した「10月計画(オクトーバープロジェクト)」を元ネタにしています。この「10月計画」も、日本政府に端を発する計画として描かれていました。 

 

第4話 異形の右腕

 ――2016年12月7日。
 東京都稲城市風田改造被験者保護施設。

 東京都稲城市と、神奈川県川崎市を跨ぐ県境に位置する、山の奥深くにひっそりと建つ保護施設。
 今となっては唯一の改造被験者用の施設となってしまったそこには、先のテロで破壊された渡改造被験者保護施設の収容者よりも危険性の高い被験者が集められている。

 能力が強過ぎて制御できていない者がほとんどであり、ここに入れられた者は社会復帰が困難であるとも言われていた。
 そのため専門の職員以外は立ち入ることが許されず、俗世からも離されている。

「……」

 窓の外から、森の向こうに広がる街並みを見つめる少女。番場遥花も、その一人だった。

 セミロングの艶やかな黒髪と、透き通るような色白の柔肌。そしてあどけなくも愛らしい顔立ちは、良家の子女としての気品を滲ませている。14歳としては肉体も発育しており、歳不相応に膨らみ始めた双丘が患者服を押し上げていた。

 ――だが、鍵爪のような機械仕掛けの右腕は、人間の手には程遠い。
 改造手術の最中に救出されていなければ、全身がこのようになっていたのかと、少女は右腕を見遣る度に戦慄を覚えていた。

(お父さん……)

 ゆえに彼女は思案する。いつか、父に会える日は来るのだろうか……と。

 ベッドの下に隠されているもう一つの「力」の存在も、彼女の不安を煽っていた。触れてはならない、その禁忌の力から目を背けるように。彼女は窓から窺える自然の景観に、目を向けている。

 能力を制御する訓練は続けている。初めは触れるもの全てを弾丸のように吹き飛ばしていたが、今では少し物に触れても亀裂が走る程度に収まっている。
 それでも常軌を逸する膂力であるには違いないが、ここまで力のコントロールに成功しているのは、この施設内では彼女だけだった。

 能力制御に失敗した影響で、施設内はあらゆる箇所に亀裂が走り、さながら幽霊屋敷のようになっている。壁に穴が空いているのは序の口で、天井も壁も壊れて部屋そのものが露出している場所まである。
 施設職員もたまにしか顔を出さない上に、業者も危害を恐れて寄り付かないため、今のような状態が続いているのだ。

「……!」

 ふと。外を見つめる遥花の視界を一瞬、何者かが遮った。
 慌てて窓から身を乗り出して下を見ると、若い男性が地面に倒れ伏している様子が伺える。

 飛び降り自殺、だった。

 だが、例え不完全でも改造人間。生身なら即死は免れない頭からの墜落でも、彼は即死できず苦しみにのたうちまわっている。
 なまじ生きているがゆえに、終わらない苦しみ。尊厳死という概念から縁遠い環境が生む歪さが、この施設の被験者達を蝕んでいた。

「……みんな! バカな真似はやめてっ!」

 すぐさま屋上に駆け上った彼女は、先ほど自殺した若者に続こうとしている十数人の男女を、必死に呼び止める。
 だが、誰一人耳を貸す気配はない。一人、また一人と、屋上の端へと歩み寄っている。生気というものが感じられない、虚ろな瞳で。

「……うるせぇよ。どうせ俺達ァ助からねぇんだ。一生ここから出られねぇし、行く先もねぇ」
「それに……ニュースでやってたじゃん。目黒区の施設が壊されて、みんな殺されたって。仮面ライダーもやられたって」
「じきにここもブッ壊されて、俺達も殺される。警察だって助けてくれやしねぇよ、今までだって仮面ライダー任せだったし。その仮面ライダーだって、もういねぇんだから」
「そ、そんなことないっ! お父さんは……きっとお父さんは助けてくれるっ!」

 そんな彼らに、被験者の中でも最年少の少女は懸命に生きる大切さを訴える。幼くして母を事故で喪った彼女は、残される家族の悲しみというものを身を以て学んでいた。
 だからこそ、このような状況に立たされてなお気丈さを忘れずに生きてきたのだが――「実状」は、そんな健気な少女にさえ牙を剥く。

「……へ。助けてくれるから、何だってんだ。家に帰してくれるのか? 人間に戻してくれるのか? 仕事はあるのか? 保証してくれんのか? してくれねぇだろ。散々死にたい目に遭わせておいて、死のうとしたら『死んじゃダメ』? ……ざっけんじゃねぇクソがぁあ!」
「なっ……!」

 遥花を怒鳴りつける男性の眼は暗く淀み、濁り果てていた。少女にとっては理解し難い、人間に出来るものとは思えないほどの「眼」。
 闇の奔流そのものと呼べる、その眼差しで射抜かれた彼女は、思わず硬直してしまった。

 その隙に踵を返した男性は他の者達と共に、屋上から身を投げて行く。

「だ、ダメぇぇええ!」

 何がダメなのか。死を選ぶことの何がいけないのか。それはもう、少女自身にもわからない。
 それでも、両親の愛情に育まれた彼女の心は、これを許してはならないと叫んでいた。理屈では止まらない力が、彼女を屋上の端へと突き動かしていた。

 滝のように次々と飛び降りていく被験者達。彼らは自らの死を願い、躊躇うことなく身を投じていく。
 頭部への衝撃は即死に至らないだけで致命傷には違いなく、半端な改造人間である彼らは一人、また一人と苦しみながら死んでいく。

 ――そんな中、ただ一人。

 どこか瞳に迷いの色を滲ませた女性が、屋上の端で立ち往生していた。

「あ、う……」

 生と死。その境界まで、あと一歩。
 待っているのは「解放」か、さらなる「苦しみ」か。死後の世界を知る由もない彼女は、未知の境地に希望を見るか否かに、揺れていた。

「なんだビビりやがって! オラ、もう終わりにすんぞっ!」
「ひっ……いいっ!」

 その時。後ろから進み出た男性が、強引に女性を突き飛ばす。
 女性の身体は宙を舞い、男性もそれに続くように屋上の向こうへと飛び出して行った。

 望まぬタイミング、望まぬ死。

 唐突にそれを突き付けられ、女性の悲鳴が上がる。

「きゃあぁあぁあっ!」

 重力に吸い寄せられ、地面が近づいてくる。風音が耳周りを吹き抜け、恐怖を煽る。
 もがいても生き延びてもどうにもならないと知りながら、それでも彼女は叫ぶのだった。

「間に合って……ッ!」

 だが、逃れられない死の運命に、警察官の娘は敢然と立ち向かう。遥花は屋上端に辿り着いた瞬間、改造された右腕の「力」を解放した。

 機械仕掛けの右腕――「ロープアーム」に取り付けられた鍵爪は、唸りを上げて彼女の腕から射出されていく。その爪と腕は、一本のロープで繋がっていた。
 一瞬にして、落下して行く女性の胴体に巻き付いたロープは、その身体を地面に激突する直前で食い止める。さながら、墜落すれすれのバンジージャンプのようだった。

 だが、助かったのはその女性一人。
 彼女を突き落とした男性を含む、他の被験者達は軒並み、自殺という本懐を遂げていた。

「あ、ありがっ……う、ぁ、あぁあぁんっ!」
「……大丈夫ですから。きっと、大丈夫……」

 所詮は気の迷いに過ぎず、本気で死ぬつもりはなかったのか。引き上げられた女性は、何歳も年下の遥花にしがみつくと赤子のように啜り泣いていた。
 そんな彼女の頭を抱き締め、母のように労わりながら。遥花は死を選んでしまった人々の骸を……骸の山を、哀しげに見下ろしている。
 その脳裏には、男性が訴えた奇麗事の脆さが焼き付いていた。

「……お父さん……仮面、ライダー……」

 頼みの綱は、果たして頼れるのか。行きたいと願う自分達に、救いの手を差し伸べてくれるのだろうか。

 懸命に、気丈に、前向きに生きる一方で。
 孤独に震える少女は、助けを求める言葉すら飲み込んでしまっていた。

 口にすればきっと、この緊張の糸は途切れてしまう。今まで耐え続けていたものに、押し潰されてしまう。無意識のうちにどこかで、その可能性に勘付いていたから。

(たす、けて……)

 だからせめて、心の内は。

 本来の、か弱い少女としての己に生きるのだ。本当の自分を、見失わないために。
 
 

 
後書き
 話の根幹に漫画版ストロンガーのオマージュが絡んでるので、遥花の能力は当初、電波人間タックルをモチーフにする予定でした。が、「中途半端な改造人間」という要素を強調したかったので、結局こういう感じに。
 ちなみに遥花の外見設定は、艦これに登場した艦娘「山城(やましろ)」がモデル。当初は「扶桑(ふそう)」をモデルとする姉を登場させる予定もありましたが、登場人物を最低限に抑えるため端折ることに。第3話でアウラが番場総監の対応に憤る場面は、元々そのキャラが務めていました。
 

 

第5話 促された覚醒

 ――2016年12月9日。
 某所。

「ここも、静かになったな」

 薄暗い、とある研究室。電気一つ付けられていない闇の中で――羽柴柳司郎は、眼前の寝台で眠る「何か」を見下ろしていた。
 暗さゆえに全貌は見えないが、彼は「何か」の実態がわかっているようだった。

 ――しかし、それも当然のことだろう。それは、羽柴自身の手で造り出されたモノなのだから。

「織田大道も。ドゥルジも、博志も汰郎も。……清山も。最期まで俺に付き合った兵達までもが斃れ、もはやシェードは俺独りになってしまった」

 寝台に横たわる自分の作品を撫で、羽柴は独りごちる。

「その俺も、老いさらばえた。もはや、我がシェードに未来はない。我々の手で、これ以上新たな改造人間が生み出されることもない」

 やがて彼は撫でる手を止めると、背を向けるように踵を返した。その瞳は天井を仰ぎ――その先に在る未来を見つめている。

「……だが。俺達が築き上げた『改造人間』という技術を……清山が遺してくれた福音を、潰させるわけには行かん。そのためにも、俺達『改造人間』は絶対に『人間』の手で斃されてはならんのだ」

 歩み始めた羽柴は、扉を開け研究室の外へと踏み出していく。――その直前。
 一度だけ振り返った彼は僅かな間、最後の作品を見つめていた。

「『改造人間』を斃せるのは『改造人間』だけ。その前提を覆さぬためにもお前には、人柱になって貰う。その暁には、報酬として……」

 そして、彼は視線を前に戻して研究室を去り、扉を閉める。次に会う時は敵であると、袂を分かつように。

「……この俺の首を、くれてやる」

 ◆

 ――2016年12月10日。
 某所。

「……ハッ!?」

 あの瞬間から、目覚めて。

 南雲サダトが次に目にしたのは、薄暗い無人の研究室。寝台に寝そべった自分の両腕には、千切れた鎖が巻き付いていた。

「……! 俺はあの時……それに、これって……!」

 重戦車の砲撃に巻き込まれた瞬間から、自分は確かに意識を失っていた。間違いなく、あの時に自分は死んだものとばかり思っていたが――どういうわけか、まだ生きている。
 あれから施設がどうなったのかはわからないが、自分が敗れた以上……前向きな結果は期待できないだろう。それだけに、最も直撃に近いダメージを受けたはずの自分が生き延びていたことが、不思議でならなかった。

 だが驚かされたのは、その点だけではない。

 サダトは今、自分が寝ている寝台に見覚えがある。ドゥルジに誘拐され、「APソルジャー」に改造された時にも寝させられていた、改造手術を行うための特殊な設備だ。
 脳改造が不完全だった場合、暴走によって手術が中断されないように、この寝台には改造人間の膂力でも容易に千切れない特別製の鎖が備え付けられている。

 その、改造人間のパワーでも破壊できない拘束具が――自分の腕で、無残に千切られてしまっているのだ。
 ほんの、飛び起きた際の弾みだけで。

(……意識的に力を入れたわけでもないのに、対改造人間用の鎖がこうも簡単に……!?)

 サダトは半信半疑のまま、寝台に両手を着いて力を込める。――水に濡れたダンボールのように、寝台がひしゃげたのはその直後だった。
 明らかに、APソルジャーの……否、今までの改造人間のパワーから逸脱している。

(な……んだ、この力は!? それにこの格好……!?)

 原因が見えない異常なパワーアップ。その謎が解明されないまま、サダトは自分の身体を見下ろす。
 服装はあの時のままであり、すぐにでも外に出れる姿になっていた。しかも、ガラス状になっている床下には、整備された「アメノカガミノフネ」までこれ見よがしに配置されている。

(不自然過ぎる。見たところシェードのアジトのようだけど……人が全然いないし、まるで脱出するよう促されてるみたいだ。罠、か……?)

 拘束具を容易く破れるパワー。元通りの服装に、目に見える位置に置かれたアメノカガミノフネ。
 脱出のチャンスには違いないが、些か出来過ぎている。

 罠の可能性は非常に高い。考えられそうなのは、アメノカガミノフネにエンジンをかけた瞬間爆発――といったところか。

「……」

 サダトは訝しむような表情のまま、その力を活かしてガラス床を蹴破り、アメノカガミノフネの隣に着地する。
 そのまま車体のあらゆる箇所を点検したのだが――爆薬に当たるようなものは、最後まで見つからなかった。

(なんだ……? 本当に何もないぞ。一体、俺を捕まえたあの男は何が狙いで……)

 あの男――重戦車に乗っていた老境の軍人は、「改造人間の商品価値を証明する」という旨を主張していた。
 自分を強化改造した上で逃亡させることが、それに関係しているとでも云うのか――。

 答えは見出せず、サダトは暫し思案する。だが、やがて彼は結論を出せぬまま、アメノカガミノフネに乗り込みエンジンを掛けた。
 企みは読めないが、こうして立ち止まっているうちにも被害は拡大しているかも知れないのだ。とにかく今は、すぐにでも外に出て情報を集めるしかない。

(……渡改造被験者保護施設がやられた、としたら……次は風田改造被験者保護施設か。あいつは、政府に保護されている被験者を皆殺しにすると言っていた。……なんとしても、止めないと)

 仮面ライダーは、人間の自由と平和を守る正義の味方。例え正義が自身の味方でなかろうと、その歩みを止めるわけには行かないのだ。
 例え改造被験者であるとしても、罪のない人であるならば――その人もまた、ライダーが守るべき「人間」の一人なのだから。

 ◆

 ――2016年12月10日。
 東京都稲城市山中。

 アジトの壁を突き破り、アメノカガミノフネが飛び出した先には――夜景が広がる山道が待っていた。
 道無き道と林を超えた果てに辿り着いた、無数の輝き。大都会が創り出すその光の群れに、サダトは思わず目を細める。

(ここは……東京の稲城市! 施設のすぐそこか!)

 その景色から拾い上げた情報を頼りに、サダトは現在位置を素早く特定し――焦燥を露わに車を走らせる。
 アジトと施設がここまで近いなら、とうに風田改造被験者保護施設も破壊されているかも知れない。あの男がアジトを出払ったタイミングはわからないが、すでにあの重戦車が動き始めている可能性は十分に考えられた。

 サダトは頭の中にある地理情報をフル活用し、風田改造被験者保護施設に続く最短距離を走る。道路交通法にはそぐわない走りだが、人命には代えられない。

「……ッ!?」

 そして、木々の隙間を縫って道無き道を駆け抜け、施設に繋がる山中の一本道に出た瞬間――サダトの眼前を、眩い輝きが襲った。
 舗装された一本の広い道路。並木に囲まれたその道の向こうには――道路そのものを封鎖するかのように、数台のパトカーが横並びになっていた。

 警察が、風田改造被験者保護施設への道を完全に封じていたのだ。

(警察!? 警察まで施設に集まってたのか! くそっ、こんな時に……!)

 彼らは林を突き抜け、あり得ない方向から道路上に飛び込んできたアメノカガミノフネに猛烈なフラッシュを当てている。
 その光を腕で隠しながら、サダトは自分の浅はかさを悔いた。

 ――渡改造被験者保護施設が壊滅したなら、警察も次の狙いに予測を立てて網を張っているはず。
 そんな当たり前のことすら見落とすほど、サダトは焦っていたのだ。重戦車の行方を辿ることと、風田改造被験者保護施設の安否だけに思考を奪われていた。

(とにかく、一旦逃げて体勢を立て直すしかない! 警察と……「人間」とことを構えるのだけは御免だ!)

 この封鎖された道路の向こうにある、施設が無事がどうかはわからない。だが、このまま無理に押し入れば大なり小なり、生身の人間を傷付けることになる。
 今はただ、退くしかない。

 サダトはハンドルを切り、反対方向に急速旋回する。そして全力でこの場を離れるべく、アクセルを踏み込――

「サダト様ぁあっ!」

「……!?」

 ――む、瞬間。

 決して忘れられない少女の呼び声が、その足を止めた。

 幻聴か。罠か。

 そんな可能性がある、と危惧しつつも。サダトは思わず、振り返ってしまう。

「……ア、ウラ……!?」

 そして、彼が目を向けた先――フラッシュの中から。

 仮面ライダーとして戦うと決めたあの日に別れで約半年、会うことなど叶わないままだった、あの異星人の姫君が――溢れる涙を堪えることすら忘れて、こちらへ駆け寄ってきた。

 涙を流しながら、歓喜の笑みを浮かべる、その笑顔。それは間違いなく、サダトは人間に戻る道を絶ってでも護ろうとした少女。

 アウラ・アムール・エリュシオンだった。

 ◆

 ――2016年12月10日。
 東京都千代田区国会議事堂。

 真紅のカーペットを敷く、整然とした廊下を歩く二人の男。
 初老に差し掛かった彼らの一人は、歳を感じさせない筋肉質な体格の持ち主であり、傍らを歩く小太りの男とは比にならない背丈だ。

「議員。警視庁の番場総監が、例の保護施設の件で行動を起こしています。――噂では、あなたが手引きしているとの情報も」
「そうか。ま、言いたい奴には言わせておけ」

 脂汗を滴らせる小太りの男に対し、長身の男は涼しい表情で堂々とカーペットの上を歩んでいる。
 心配するようなことは何もない、と言いたげな彼だが、小太りの男の顔色は優れない。

「ここで本件との関係を明確に否定しなくては、内閣から報復人事を受ける可能性があります。ただでさえ、あなたは現内閣の政敵なのですから」
「政敵……政敵、か。ま、確かに俺は敵だろうよ。国民を私欲で切り捨てる手合いと仲良しごっこをやれるほど、俺は器用じゃねぇからな」
「そんな悠長なことを仰っている場合ではありませんぞ」

 まくし立てる小太りの男に対し、長身の男は飄々と薄ら笑いを浮かべる。そんな部下の反応も含めて、楽しんでいるかのような笑いだ。

「何をそんなに焦ってる。番場の奴は、パトロールの延長で捜査一課をうろちょろさせてるだけだろうが。直接、施設に警護のための人員を配置させたわけじゃない。あいつは閣僚に逆らっちゃいないさ」
「確かに形式上、施設周辺に警護の任務に就いた警官隊がいるわけではありません。ですが、内閣はいくらでもこじつけるでしょう。必ず番場総監は責任を問われます。その時に、背後にあなたまでいると知られては……」

 小太りの男は余裕を崩さない上司に、なおも言い募る。だが彼はその表情のまま、視線を外して穏やかな眼差しで、ここではない遠いどこかを見つめていた。

「ICPOもその件の裏を嗅ぎつけてる。今に報復の心配なんてなくなるだろうよ、当の内閣が悪事をバラされ空中分解するんだからな」
「その前にあなたが政界から追放されては、元も子もありません。現内閣の崩壊が先かあなたの失脚が先か……賭けにしてもリスクが高過ぎます」

 長身の男はあくまで自分の身を案じて、諫言を繰り返す部下を見つめる。その表情は――自分の政治家生命が消えかかっているにも拘らず。

「そんなこと、俺が知るか」

 豪快な若者のように、屈託のない笑みに満ちていた。

 
 

 
後書き
 議員が発した最後のセリフ。昭和ライダーに詳しい方なら、多分通じる……はず。 

 

第6話 過ち

 ――2016年12月11日。
 警視庁警視総監室。

 日本警察の中枢であるこの一室には、四人の男女が同席している。
 警視総監番場惣太。ICPO捜査官ロビン・アーヴィング。異星人の姫君アウラ・アムール・エリュシオン。

 ――そして、仮面ライダーAPこと南雲サダト。

 シェード最後の一人・羽柴柳司郎の虐殺を巡る問題の対処のため、彼らは一堂に会して顔を付き合わせていた。

「……そうか。そうだったんだな」
「サダト様……」

 そのためにはまず、情報の共有が優先される。ロビンの口からアウラが置かれていた状況や、改造被験者を巡る社会問題の暗部を聞かされ、サダトは脱力したようにソファに座り込んでいた。

 そんな彼の姿に、再会した喜びを噛み締めることさえ叶わず、アウラも胸を痛めていた。そばに寄り添い、慰めたいというのが本音であったが、自分が撒いた災厄のことを思うと、罪悪感から踏み出せない。

 己の罪の重さゆえ、何もできず立ち往生していた彼女を横目に見やりながら、ロビンはこの空気を打破するべく言葉を切り出して行く。

「実行したテロの内容から見て、次に狙われる対象が風田改造被験者保護施設であることは明白。君も防衛のため駆けつけて来るに違いない、と網を張っていたのが功を奏したということだ。策を練ってくれた捜査一課の(とまり)巡査部長には感謝しなくてはな」
「……警察は、あの男……羽柴柳司郎に対処するつもりはないんですか? ロビンさん」
「対処するつもりはない――か。番場総監の御気持ちを汲むなら、『対処できない』と言うべきだが……君にとっては、同じだろうな」
「……すまない」

 サダトの言及に、番場総監も深く頭を下げる。
 本来、何の義務もないはずの彼に戦いを押し付けた上、あまつさえ一部の世論に「改造人間の人権を脅かす大量殺人犯」というレッテルまで貼らせてしまった負い目から、番場総監はその地位に見合わぬほどに威厳を損なっていた。

「政府の圧力がある以上、警察も直接事件に介入することはできない。――が、別件をカモフラージュに間接的なサポートに徹することは可能だ」
「というと?」
「稲城市近辺のパトロールと称して、現在捜査一課を山道近くの麓を中心に展開させている。名目上は単なる巡回だから、政府も口は挟まない」
「……」
「……仮に、政府の圧力がなかったとしても警察や自衛隊の装備ではあの重戦車は止められない。一番可能性の高い君に頼らざるを得ないことには違いないだろう。それでも、奴を見つけるための『目と耳』にはなれる」

 憔悴した番場総監の姿を横目で見やりながら、サダトはロビンの話を聞き物思いに耽る。

 政府が改造被験者を見殺しにするつもりであること。警察もそれに逆らえないこと。――アウラの力を巡る醜い争いで、彼女の救済が水泡に帰していたこと。

 何もかもが不条理で、救い難い話ばかり。自分を治すことを最後に、治療を切り上げて星に帰るというアウラの意向にも、反論できない程の有様。

 そんな絶望的な状況ではあるが――それでもまだ、抗う人間は確かにいる。
 世の不条理に立ち向かい、戦っている人間が。

(……それなら、俺は)

 やがて彼はソファから立ち上がると、不安げなアウラの貌を見遣る。
 地球人への愛情ゆえ、その救済のために己の秘術を行使した彼女に待ち受けていた、俗物達の妄執。全ての献身を台無しにする、その行いに傷つきながら、それでもここまで来た彼女の胸中は、察するに余りある。
 元々自分は、彼女を守るために仮面ライダーの道を選んだ。なら、やるべきことは一つ。

「……わかりました。索敵はあなた達にお任せします。奴は……必ず、俺が倒してみせる」
「サダト様……!?」

 その宣言に、ロビンと番場総監は揃って息を吐き出し胸を撫で下ろす。彼が戦意を喪失した場合、確実に次のテロで大量の死者が出るのだから当然なのだが。

 一方で、アウラはこれほどの無情さを突き付けられてなおも戦おうとする彼の姿勢に、驚愕を隠せないでいた。

 地球人を救う救世主気取りで災厄を撒き散らした自分のために、彼自身までもが化物扱いされているというのに。自分達の「正義」を、どこまでも「世界」に否定され尽くしたというのに。

 ――その眼は、まだ死んでいなかったのだ。

「……アウラ」
「……は、はい」
「今まで、君一人に辛いものを背負わせてきて、済まなかった。これは俺自身で決めたことだったけど、それでも君には辛かったんだと思う」
「……」
「本当なら、ここで今すぐにでも終わりにするべきなんだと思うよ。だけど今はまだ、待っていて欲しい。人間に戻る前に、俺にはやらなくちゃいけないことがある」

 勇ましくも、どこか儚い。そんな横顔を見つめるアウラは、不安げに瞳を揺らして袖を握り締めた。

「でも……でも! 私、正しくなかったんです! 私は人々のためにと、信じてここまで来たけれど……全て間違いだった! 過ちだった! あなたが仮面ライダーになってしまったのも、『過ち』なんです! そんな過ちのために、あなたがこれ以上傷つくなんておかしいっ!」

 その手を離さず、アウラは嗚咽と共に訴える。
 自分の行いが過ちだと認めれば、そんな自分を支えるために剣を取ったサダトさえ「過ち」だったということにしてしまう。
 だが、それでも「過ち」のために愛する人を喪うようなことだけは、避けねばならない。それが、アウラの胸中に渦巻く焦燥となっていた。

「……アウラ。確かに俺達は、間違っていたのかも知れない。人を守るために戦うことも、改造人間の体に苦しむ人を救うことも。全部、『過ち』だったのかも知れない」
「……」
「けど。君がいたから、救われた命はある。君がいたから、俺が護れた未来がある。振り撒いたのが不幸ばかりだったからって、その『過ち』で救われた少ない幸せまで、否定したくはない」
「……!」
「俺は最後まで戦うよ。君が、今日まで進んできた道を信じて。だって俺が信じなきゃ、君が救ってきた人が生きてることも『過ち』にされちゃうもんな」

 南雲サダトを人間に戻す――それを最後に地球人への施術から手を引き、故郷の星へ帰る。それがアウラの選択だった。
 サダトはその決断を責めはしなかったが、今すぐに人間に戻ることを良しとせず。あくまで、シェードを完全に潰して「人類では対処できない、強力な改造人間」がこれ以上増やされない措置を優先する。
 それが、彼にとっての為すべき最後の使命だった。

「……ロビンさん、番場総監。羽柴柳司郎を止めるためにも……終わらせるためにも、力を貸してください。『過ち』だけで、俺達の戦いを終わりにしないために」
「是非もない。すでに風田改造被験者保護施設では、現状に絶望した被験者の自殺が相次いでいる。このまま護るべき者がいなくなっては、我々ICPOも正真正銘、張り子の虎だ」
「重戦車の破壊行為をこれ以上看過しては警察のみならず、政府の沽券にも関わる。奴の影響が保護施設に収まる保証など、ないのだから……」

 協力を求めるサダトに、ロビンと番場総監も深く頷く。あらゆる物理的障害を打ち破るあの重戦車を阻止するには、仮面ライダーの力を最大限に発揮させるしかないのだ。

「捜査一課以外からも、パトロールを増員させよう。彼らに全ての真実は明かせないが、今は一人でも多くの『目』が欲しい」
「実態が見えない仮面ライダーに協力することについて、抵抗のある警官もいるでしょう。――『仮面ライダーは警察が開発した対改造人間用特殊装備であり、機密保持のため警視庁主導のもと事実を隠匿していた』と公表し、世論を仮面ライダーの味方に付けることを進言します。まずは現場の警官に『仮面ライダーは間違いなく味方』であると納得させる必要があるかと」
「そうだな……。現場の警官隊には、私から伝えておく。アーヴィング捜査官には現地での指揮を頼みたい」
「了解しました」

 番場総監とロビンは速やかに今後の対応を定め、重戦車の出現に備えるべく動き出す。そんな二人を一瞥した後、サダトはアウラの方に向き直り――微笑を浮かべた。

「……な。間違いだけじゃない。正しかったかどうかなんて、まだわからないんだ」
「サダト様……」
「せめて、最後に君に見せたい。シェードがいない――仮面ライダーなんていらない、平和な世界を。絶望だけを背負わせたまま、君を星に帰したくは、ないから」

 その口から出た言葉は。アウラが心の奥底で求めていながら、決して口にできない願いでもあった。
 無意味には終わらせない。悲劇だけにはさせない。その確かな決意を秘めた眼差しが、正義を失った聖女を射抜く。

 全ての力も肩書きも残らない、ただの少女としての彼女が、その胸で啜り泣いたのは、その直後であった。闇を内に秘め続け、瓦解寸前だった精神は遂に決壊し、濁流のように溢れ出す感情だけが彼女を慟哭させる。

 嘆きとも感涙ともつかない、その雫を拭いながら。彼はただ、何よりも護りたかった少女の体を、その胸に抱き寄せていた。

 そんな彼らの様子を、金髪の美男子は静かに見守っている。

(……妹の恩人である彼らに、私は何一つ報いることが出来なかった。そればかりか……その絆を引き裂こうとまでしている。……この私も含め、救い難い限りだな……人類という生き物は)

 人類の平和のために戦っていたはずの彼らは、その人類に裏切られ――それを知りながら今、再び立ち上がろうとしている。

 それに対し、大恩があるはずの自分達は全てを知りながら、直接加勢もしないばかりか二人を永遠に引き裂こうとまでしている。

 これ以上、愚かな話が果たしてあるだろうか。

(だが、それでも私は……こうするより他はないのだ。彼女自身が願った人類の平和のためには、こうするしか……!)

 その罪深さを知ってなお、ロビンは是非もなく咎人の道を突き進む。彼女の願いを、在るべき姿に僅かでも近付けるには、これ以外に手段がないのだから。

(全ては、我々の弱さ故……。それでも――今は、願うしかない)

 番場総監もまた、同じ心境であった。愛する娘を、迫る死の運命から救うため。彼は覇道と知りながら、その道に片足を踏み入れる。

(今の我々に出来ないことを……君達がやってくれ)

 ◆

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市山中。

 寒風が吹き抜ける曇り空の下。風を浴びて揺れ動く無数の葉が擦れ合い、さざ波のような音が絶えず林の中に響いている。

 その木々に囲まれた地上は落ち葉に覆われ、土に還らんとする自然の摂理が、枯れた葉を無の境地へと導いていた。

 ――しかし。その大自然を脅かす侵略者は、唐突に現れる。

 落ち葉が舞い、土砂が飛び散り、天を衝くように根と葉が噴き上がる。さながら、噴火のように。

 衝撃音と共に地中を破り、外界へ乗り出したその物体――白塗りの重戦車は、キャタピラで地上へと乗り上げて行く。
 その様子はまるで、地の底から蘇った怪獣のようであった。

(……いよいよ、この日が来たか。俺が本来の性能を維持出来る、最後の日。今日を生き延びたとしても、俺の命は燃え尽きた蝋燭のように消えゆくしかない)

 ハッチを開け、車上から曇り空を仰ぐ羽柴柳司郎は、己の68年に渡る人生を振り返るように、感慨深げに目を細める。

(あの小僧の意識が戻るタイミングは予想より少々早かったが……まぁ、いい。おかげで奴も、「新しい体」を慣らす時間を稼げただろう)

 そして、視線を正面に戻す。見渡す限り、木枯らしが吹き荒れる林ばかりだが――この道無き道を突き抜けた先に、最後の標的が待っていることを羽柴は知っている。
 風田改造被験者保護施設。その最終目標を。

(あの施設を破壊し、被験者共を皆殺しにすれば、俺の役目もようやく終わる。地獄の底で、清山も待っているだろう)

 ――捜査一課を含む警察の厳戒態勢は、羽柴も察知していた。日本政府の圧力に屈することなく、別件のふりをして網を張り巡らせる、この対応。
 羽柴は、かつての後輩が決めた覚悟の強さを、改めて実感していた。

(番場。腰抜けだったお前も、ようやく一端になったらしいな。……だが、残念ながら無駄なことだ。いくら策を弄したところで、警察の力では改造人間は止められんよ)

 だが、いかに手を尽くそうと警察の対応力では改造人間を止めることは出来ない。ましてや相手は、シェード最古参の古強者なのだ。
 仮に政府の圧力がなかったとしても、施設の命運は変わらなかっただろう。

(じきに俺も奴に消されるだろうが、それは施設を潰した後だ。奴も俺を捜し出す前に、俺はやるべきことを――!?)

 ――だが。羽柴が想定していたのは、そこまでだった。

 仮面ライダーと警察が共同戦線を張っているとまでは、気づかなかったのである。

「まさか、な……!」

 不敵な笑みを浮かべて、イレギュラーの出現を出迎えた羽柴の視線の先には――アメノカガミノフネに乗り、羽柴と相対する南雲サダトの姿があった。
 さらにその頭上では一機のヘリが上空を舞い、林の中に猛風を巻き起こしている。その中から鋭い眼差しで――ロビン・アーヴィングが、重戦車を射抜いていた。

 警察は上空から発見した情報を、ダイレクトにサダトへ伝えていたのである。

「……警察と組んでいたとはな。予想以上の回復力といい、つくづく計画を乱してくれる小僧だ」
「……貴様は、もう独りだ。俺も似たようなものだけど……少し、違う」
「そうかも知れんな。して、その違いを如何に証明する?」
「――決まっているだろう」

 サダトは、手にしたワインボトルをベルトに装填する。ボトルのラベルには、「比叡(ひえい)」としたためられていた。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「独りでは届かなかった力。それを、ありったけ叩きつけるッ!」

 そして、電子音声と共に。彼はタクトを振る指揮者のように滑らかな動きで、左手の人差し指と中指で「a」の字を描くと――最後に、その指先を顔の正面に立てた。

「変身ッ!」

 その直後。サダトはベルトのレバーを倒し、ワインボトルから迸る黄色のエネルギーラインを、漆黒の外骨格に循環させていく。
 さらに彼の両腕には、「7.7mm機銃」が装着された。高速戦艦「比叡」の武装の一部である。

(比叡……鎮守府の皆。一緒に戦ってくれ!)
『HIEI! WE'RE GONNA KILL THIS!!』

 やがて変身シークエンスの完了を告げる音声が、曇り空の彼方へ鳴り響く。白マフラーを靡かせ戦場に君臨する、本来の「APソルジャー」ではあり得ない形状に……羽柴は口元を不敵に緩めた。

『シェードのデータにない形状の仮面ライダーか。……面白い!』
「貴様の思い通りにはさせない。全て、ここで終わらせる!」

 そして羽柴がハッチの下へ潜り込み、重戦車「タイガーサイクロン号」を起動させる瞬間。サダトもハンドルを握り「アメノカガミノフネ」のエンジンを噴かせる。

 最初の改造人間と、最後の改造人間。

 天地を隔てる二人の男が、雌雄を決しようとしていた。
 

 

第7話 覚悟と銃声

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市風田改造被験者保護施設。

 あれからも収容者の自殺が相次いだ同施設内において、今も命を繋いでいる被験者は僅か数名となっていた。
 その一人である番場遥花は、この状況に立たされてなおも、気丈に振舞っている。昨日に父から励ましの電話を貰っていた彼女は、生きる希望を捨てずにいた。

「もう、ダメね……私達。なんで……なんでまだ、生きてるんだろう」
「大丈夫よ! あんな戦車一台くらい、お父さん達がきっと何とかしてくれるから……だから諦めないでっ!」
「あなた……元気でいいわね。でも、もう無理に気張ることもないんじゃない? どうせ私達、助かりっこないのよ?」
「そ、そんなのわからないよ! わからないまま、私は諦めたくない!」

 死を目前にしてなおも屈しない少女。生き地獄に等しいこの施設の中で、彼女の生気に溢れた眼差しは一際輝いていた。

 ――実のところは、遥花自身も深い不安や恐怖に飲まれかけている。それでも、父の言葉を信じて戦うことを、諦め切れずにいたのだ。

「……っ!?」
「きゃあっ! 何、一体!?」

 だが、シェードの暴威はさらに彼女に試練を課す。全てを穿つような轟音が、亀裂だらけの施設を激しく揺らした。
 地震と誤解しかねないほどの揺れに、さしもの少女も悲鳴を漏らす。

 焦燥を露わに、音の行方を辿り窓から身を乗り出す彼女の眼には――けたたましく林の中から噴き上がる爆炎と土埃、そして根元から吹き飛ばされた無数の木が映されている。

 しかも。爆発により舞い飛ぶ木の群れは、こちらに向かい降り注いでいた。

「みんな伏せてぇっ!」

 状況を理解した遥花が、叫ぶよりも速く。木々が崩壊寸前の施設にのし掛かり、あらゆる箇所の亀裂が限界を迎え始めた。
 死を受け入れる態度であり続けても、やはり本心では恐れていたのか。眼前に突如舞い込んできた脅威に、生き残った被験者達は阿鼻叫喚の渦に飲まれる。

 崩れ落ちた天井に押し潰され、一人、また一人と命を絶たれ――とうとう生き残りは、遥花を含めて片手の指に収まる人数となってしまった。

「く、うぅっ……!」

 僅かに生き延びた被験者達も、もはや死期が近いと確信し、逃げ出すどころか床にへたり込んでしまっている。
 立ち上がって走り出さなければ、確実に死ぬ状況だというのに。誰もその場から、動こうとしない。

 そんな同胞達の、生気が絶え果てた瞳を一瞥し。遥花は唇を噛み締め、自分の部屋へと一目散に駆け出した。
 崩落して穴だらけになっている床を飛び越し、いつも自分が寝ているベッドの下に手を差し込む。

 そこから引き出された手には――金色の複眼を持つ、仮面ライダーGと瓜二つのマスクが握られていた。

(……右腕の「力」だけなら、まだしも。この「力」にまで、頼るのは絶対に嫌だった。この異形が、お母さんから貰った体から……遠のいて行くのを感じてしまうから)

 左手に抱えたマスクと正面から向き合い、彼女は自分が目を背けてきた「異形の証」と対峙する。

 亡き母から貰った体が、悪の手で異形に変えられたこと。
 その事実を右腕以上に強く思い知らせる、この仮面は――遥花にとって何よりも直視し難い「もう一人の自分」だった。

(でも……これ以上、何も悪くない人達が死んでいくなんて……絶対に許せない! 許してお父さん、みんなのためにっ!)

 だが、それ以上に。
 自分と同じ境遇に思い悩む人々が、絶望のまま死んでいくことの方が。そんな彼らに、何一つできないことの方が。
 彼女にとっての、耐え難い生き地獄なのだ。

 少女は勇ましく目元を釣り上げ、表情を引き締める。やがてその覚悟の赴くまま、マスクを被るのだった。
 ――禁忌の力。その境地のさらに向こう側へ、「変身」するために。

 刹那。

 マスクを中心に閃く紅い光が、少女の肢体を包み込み――全身にぴっちりと密着した黒の外骨格へと変貌していく。
 豊満な胸により内側から押し上げられている「G」の形を描いたプロテクターや、複眼を囲う同じ形状の意匠は、仮面ライダーGと酷似した外見となっていた。

 ただ、全ての外見がGと一致しているわけではない。

 歳不相応に発育した双丘を含む、彼女の女性らしいプロポーションを露わにしたボディスーツ。頭部を含む体の大部分を、その外骨格や仮面で覆い隠している一方で、ただ一つ露出している口元が、人間としての「番場遥花」を証明しているようだった。
 黒のスーツとは対照的な、口元から窺える雪のように白い肌と薄い桜色の唇が、一際「人間」らしい美貌を強調している。

 そんな「改造人間」と「人間」の狭間を彷徨う少女は――仮面の戦士としての「もう一つの名」を、シェードから与えられていた。

「みんな、待ってて! もう誰も……誰も死なせないからっ!」

 だが、当の少女はその名を知らない。彼女はあくまで、ただの番場遥花として。この戦場に立ち上がるのだった。

 「変身」を終えた遥花は素早く病室を飛び出すと、生き残った被験者のそばへと駆け付ける。
 そして、彼らの頭上に迫る瓦礫を、ハサミのような形状に変形した右腕――「パワーアーム」で、粉々に打ち砕くのだった。

「……! あ、ぁあ……!」
「みんな、遅れてごめん。仮面ライダーのようにはいかないけど……それでも、みんなは私が守るからっ!」

 ――番場遥花はこのマスクを付けることによって「ライダーマンG」となり、手術した腕が電動しアタッチメントを操ることができるのである。

 ◆

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市山中。

 木々をなぎ倒し、矢継ぎ早に主砲を放つタイガーサイクロン号。その猛攻を、並走するアメノカガミノフネは絶妙にかわし続けていた。
 その真紅の車体は絶えず重戦車の巨体に、体当たりを繰り返している。九五式小型乗用車でタイガー戦車を相手にカーチェイスを仕掛けるなど、本来なら自殺行為以外の何物でもない。

 ……が、その車体に詰められた圧倒的質量は、タイガーサイクロン号の超弩級の体格にも屈しないほどのパワーを秘めている。
 南雲サダトが異世界で獲得した「大和級の艤装」の質量は、この世界の地球上に存在するあらゆる物質に勝る超重量を誇っているのだ。

 主砲の破壊力に対して、「7.7mm機銃」の威力はあまりに頼りない。しかし、アメノカガミノフネによる体当たりは、確実にタイガーサイクロン号を仰け反らせていた。
 機銃による車体へのダメージは軽微であるが、砲撃を掻い潜りながらしきりに繰り返してきた体当たりの成果は、ひしゃげた装甲に大きく顕れていた。

『ク……フフ。まさか、そんな小さな車にそれほどのパワーがあったとはな。機銃だけなら何とでもなっただろうが……』
「死にたくなければ戦車を捨てろ!」
『生憎だが、年寄りに死を迫っても脅しにはならんよ。お前に殺されるのは構わんが――それは不要なガラクタを処分してからだ』
「ガラクタだとッ……! それを創り出したヤブ医者風情が、よく云うッ!」

 サダトの怒声に怯む気配もなく、羽柴はさらにタイガーサイクロン号を加速させていく。まるで、彼を振り切ろうとするかのように。

 急加速で僅かに間合いを離した瞬間。
 後を追うべくアクセルを踏み込もうとしたサダト目掛けて、砲身が後方へ旋回していく。

「……!」
『悪いが、先に行く。俺が憎いなら、口先よりもその御立派な機銃で語ることだな』

 咄嗟にハンドルを切り、軌道を逸らしたサダトの側を、砲弾が轟音を上げて横切った。その風圧で、白マフラーが激しく揺らめく。

 タイガーサイクロン号はその砲撃による反動さえ利用し、さらに加速していく。
 一方、回避行動により僅かにスピードを殺されたサダトは、焦りと共にアクセルをフルスロットルまで踏み込んだ。

「くそッ! 俺を殺すより、施設のみんなを殺す方が優先なのか!?」

 サダトとしては羽柴を挑発し、注意をこちらに引き付けることが狙いだった。しかし当の羽柴は誘いに乗らないばかりか、逃げるように施設目掛けて爆走している。
 邪魔者の排除より、殺戮を優先しているようだった。仮面ライダーを後回しにしてまで施設の破壊に拘る真意は読めないが、いずれにせよ彼の野望を達成させるわけにはいかない。

 サダトも全力でアメノカガミノフネを走らせ、一気に追い上げていく。地形が安定しない林の中を跳ね回りながら、その赤い車は瞬く間に戦車の隣に舞い戻ってきた。

『ちっ……聞き分けの悪い小僧だ。なら、まずはその「足」を頂いておくとするか!』

 羽柴は一瞬舌打ちした後、砲身をアメノカガミノフネに向ける。妨害を繰り返すサダトへの対処として、その移動手段である車を潰すことに決めたのだ。

(――今はまだ計画のためにも、殺すわけにはいかない。まずは、奴の動きを封じねばな)

 だが。
 アメノカガミノフネは、その照準を振り切るようにさらに加速し――砲身の回転が間に合わないほどのスピードで、タイガーサイクロン号の斜め前方に回り込んでしまった。

『……ほう? 的になりに来るとは、奇特な小僧だな』
(照準は奴の方が遥かに手慣れてる、逃げ回れるのも時間の問題。……それに決定打が打てないまま、この調子でいつまでも走ってたら……奴を施設の目前まで案内してしまう。手を打つなら、今しかない)
(施設に辿り着かれてしまうことを恐れる余り、焦り出したか。あるいは、そう思わせるための演技か。……面白い、ならば乗ってやろうではないか。お前に何ができるか、何が守れるか。この老いぼれに篤と見せてみろ)

 だが、ただ撃たれるために正面近くまで追い抜いたわけではない。彼は、早期に決着を付けるべく「賭け」に出たのだ。
 それを知ってか知らずか、羽柴は敢えてその「誘い」に乗り、照準を前方付近で走り続けるアメノカガミノフネに定めた。

 ――それから間も無く。タイガーサイクロン号の砲弾が唸りを上げ、撃ち出された。

 高速で道無き道を駆け抜ける赤い車を、その破壊の申し子は一瞬にして鉄塊に変える。

 命中を告げる爆炎と黒雲が、羽柴の視界を封鎖した。

(……この手応え。やはり、あの車は間違いなく撃破したようだな。……見込み違いとは、俺らしくもない)

 黒雲の外へ飛び散るタイヤや赤黒い鉄塊を見るに、アメノカガミノフネが破壊された事実は明白。やはり、焦りから出た無謀な行為だったのか。

「……フゥ」

 計画の邪魔者がなくなったことへの安堵か。これしきのことで「足」を失った南雲サダトへの失望か。あるいは、その両方か。
 羽柴はタイガーサイクロン号の中で、深くため息をつく。

 ――その時だった。

『FINISHER! VOLLEY MACHINE GUN!』

「……なにッ!?」

 黒雲の向こうから突如響き渡った、電子音声。その音の「方向」に驚愕し、羽柴が操縦席の背もたれから身を起こす瞬間。

 ――黒雲を裂くように。タイガーサイクロン号の正面に、仮面ライダーAPが出現した。両手の機銃を、こちらに向けて。
 しかもその銃口には、すでに黄色いエネルギーが溢れんばかりに集中している。間違いなく、破壊力を一点に集中した「必殺技」の体勢だ。

 サダトは撃たれる瞬間にアメノカガミノフネを乗り捨て、爆炎をカムフラージュにしつつ、空中から必殺技でタイガーサイクロン号を撃ち抜くつもりだったのだ。

(あの車は、こちらに撃たせて隙を作るための捨て石か。確かに見事な作戦だが――詰めが甘いぞ小僧、タイガーサイクロン号の次弾装填は自動式。次の瞬間にはさしものお前でも――)

 だがタイガーサイクロン号の装甲には、サダトの機銃を凌ぎ続けてきた実績がある。
 唯一の脅威だったアメノカガミノフネも破壊された今、これまで通じなかった機銃で必殺技を放ったところで、大した決定打には至らない。
 その攻撃を凌いだのちには、こちらの砲撃が待っている。どのみち、サダトにタイガーサイクロン号を破壊する力はない。

 そう、彼は思っていた。その慢心こそが、サダトが狙い続けていた隙であるとは気づかずに。

(――!? まさか、狙いは……!)

「スワリング――ライダーシューティングッ!」

 銃口から溢れ、濁流の如く連射される金色の弾丸。黄金の輝きを纏う鉛の奔流が、流星群となって銃口から飛び続けていく。

 その全てが――タイガーサイクロン号の「砲口」へ撃ち込まれていた。細長い筒の奥で、出番を待ち続けていた「次弾」目掛けて。

『――ウオォオオオオオォォオッ!』

 自動で装填されていた次弾は、砲身の中を突き抜けて車体の中へ入り込んだエネルギー弾で誘爆し、炎上。
 タイガーサイクロン号は内側から火の海となり、中に搭乗していた羽柴を飲み込むほどの爆炎に包まれて行く。
 羽柴の絶叫が車体の中から轟いたのは、その直後だった。

「ぐあぁあッ!」

 タイガーサイクロン号の起動系統は死んだ。しかし、だからと言って今まで猛進していた超弩級の鉄塊が、急に止まるわけではない。地球には、慣性というものがある。

 内側から蒸し焼きにされながら、ただ慣性だけで走る鉄屑と成り果てたタイガーサイクロン号に正面から追突され、サダトのベルトに装填されていたボトルが割れてしまった。
 そこを中心に黄色いエネルギーが外部に漏れ出して行き――サダトは追突された格好のまま、変身を解かれ生身の姿に戻ってしまう。

「……あぁあぁあぁああッ!」
『ゴォアァアァアァアアッ!』

 そして、互いに絶叫を上げながら。

 サダトと羽柴は、その状態のまま林を抜け――風田改造被験者保護施設へと、辿り着いてしまうのだった。

「があっ!」

 施設の門前に激突した瞬間、サダトは車体から弾き飛ばされ……羽柴を閉じ込めていたタイガーサイクロン号は、跡形もなく爆散する。

 爆炎と黒煙が施設周辺を飲み込み、辺り一面は火の海と化した。さらにこの衝撃が影響し、施設の崩壊はさらに進行している。

 この世の果てとも言うべき、この地で今。

 全ての戦いに、決着が付こうとしていた。
 

 

第8話 青空になるまで

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市風田改造被験者保護施設跡。

 施設のほとんどが瓦解し、建物としての体裁を成していない風田改造被験者保護施設。その廃墟同然と化した建造物らしきものの近くには、タイガーサイクロン号の残骸が散乱している。
 さらに辺りには火の手が上がり、黒煙が絶えず昇り続けていた。

「ぐ、う……!」

 その渦中である敷地内の庭園。そこに倒れていたサダトは、混濁しかけていた意識を持ち直して何とか立ち上がる。

「……ぬ、ぁ……」

 一方、それと同時に――黒ずんだ鉄塊の蓋を開け、羽柴も身を乗り出してきた。
 噴き上がる黒煙の中から現れたその姿は、蒸し焼きにされた影響であちこちが焼け爛れ、さながらゾンビのようになっている。

 ボロボロになったトレンチコートを脱ぎ捨てシェード特有の迷彩服姿になった彼は、歪に焼け爛れた面相のまま庭園の上へ降りてきた。
 彼が黒の軍靴で踏んだ草花が焼け落ち、黒ずんだ炭になっていく。彼がそこに存在しているだけで、この地の自然は焼き尽くされようとしていた。

 例えるなら、この世の最果て。そんな戦場の中心で再び相対した二人は、満身創痍のまま睨み合う。

「……詫びねばならんな。貴様を見くびっていたことに」
「詫びというものを知る頭があるなら、さっさと降伏しろ」
「降伏、か。俺がもし人間だったなら、それも有りだったのかも知れん」
「……」

 自嘲するように嗤う羽柴は、懐から一本の酒瓶を取り出した。
 昭和時代の日本酒に使われる、その瓶には――達筆で「八塩折(ヤシオリ)」としたためられている。

 それに呼応するように、サダトも懐からワインボトルを引き抜いた。比叡達から貰った力は、先程の追突で失われている。
 もう彼には、この一本しか残されていない。

 だが、そのボトルには――「GX」という見知らぬ字が刻まれていた。そんなボトルは、サダトは使ったことがない。

 しかし彼は、直感でそれが何の力を秘めたボトルなのかを見抜いていた。
 強化改造され、目覚めたあの日から自分が持っていた、この力。

 これこそが、今の自分の「新しい体」の力を完全に引き出す鍵なのだと。

「ようやく、俺の餞別を使う気になったか」
「貴様のモノを使うのは癪だが、他にアテもなくてな」

 羽柴は迷彩の上着を、サダトは黒のライダースジャケットをはだけて、その下に隠されているベルトを露わにする。

 互いのそれは一見同規格のようにも見える形状だが、羽柴のベルトは木製と見紛うようなカラーリングとなっていた。日本酒を模した起動デバイスに合わせたデザインとなっている。

「勝てば官軍、負ければ賊軍。世界は、その真理に対しては実に正直だ。お前に如何程の大義があろうと、ここで俺に屈せば賊軍の徒労に終わろう」
「……終わりじゃない。俺と同じ理想を抱えている人がいる限りは……まだ終わらせない」
「ならば検証してみるか。お前の正義が、いつまで持つか!」

 そして両者は同時に、ベルトにそれぞれの起動デバイスを装填した。ワインボトルと酒瓶が同時にベルトに収まり、電子音声が流れ出す。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』

(ワレ)、コレヨリ変身(ヘンシン)セリ。(ワレ)、コレヨリ変身(ヘンシン)セリ』

 軽快なサウンドと共に流れるサダトの音声に対し、羽柴の方は野太く重苦しい音声が轟いていた。さながら、怨嗟の声である。

 続いて、両者は同時に変身のための動作に入った。

 サダトはタクトを振る指揮者のように滑らかな動きで、左手の人差し指と中指で「a」の字を描くと――最後に、その指先を顔の正面に立てた。

 一方、羽柴は剣を上段に構えるように両手の拳を天に掲げ、青眼の構えのように顔の正面へゆっくり下ろしていく。

「変身ッ!」

「……変身!」

 その動作が終わる瞬間、二人は「変身」のコールと同時にベルトのレバーを倒した。双方のベルトに装填されているワインボトルと酒瓶が反応し、その内側に秘めたエネルギーを持ち主の全身に循環させていく。

 そうして、サダトの全身を漆黒の外骨格が覆い尽くして行く。だが、その姿は従来の仮面ライダーAPからは逸脱した外見に変化していた。

 金色の複眼を囲う意匠は師と同じ「G」の字となり、胸のプロテクターは真紅の「X」となっている。さらに両肩には鋭利に突き出た紅蓮の肩鎧が装備され、その左右両端に「A」と「P」の字が刻まれていた。
 風に揺れる純白のマフラーは、その武骨な甲冑姿に見合わない優雅さを漂わせている。

 それだけではない。彼の手には、これまで使っていた「P」字型の柄から伸びる片手剣ではなく――「G」の形の柄から伸びた大剣が握られていた。
 「破邪大剣GXキャリバー」である。

 ――これこそ、羽柴の手で強化改造された南雲サダトの、「新たな体」の実態。
 「仮面ライダーAP-GX」なのだ。

 一方。

 羽柴の方も、酒瓶から迸る金色のエネルギーを浴びて真の姿へと変身していた。

 曇り空の下に立たされてなおも眩い煌きを放つ、黄金の甲冑。
 黒をスーツの基調としつつ、その暗さと対比させるかのような輝きを持った装甲が、全身の各関節部に装着されていた。

 金色のマスクは仮面ライダーGを彷彿とさせる一方で、禍々しく吊り上がっている赤い複眼が、その心中の邪悪さを如実に物語っている。

 はち切れんばかりの筋肉で膨張しているその手には、一振りの日本刀が握られており――刀の(はばき)には、「改進刀(カイシントウ)」とう(めい)が彫られていた。

 ――これが、シェード最古の改造人間。最後に残った「怪人」、羽柴柳司郎の真の姿。
 「仮面ライダー羽々斬(ハバキリ)」だ。

『AP-GX! GO FOR THE TRUTH KAMEN RIDER!!』

雲起竜驤(ウンキリュウジョウ)羽々斬(ハバキリ)推参(スイサン)

 やがて。軽快な電子音声と呪詛の囁きが同時に、変身シークエンスの完了を告げる。

 仮面ライダーAP-GXと、仮面ライダー羽々斬。南雲サダトと、羽柴柳司郎。

 この戦場に立つ、二人の剣士の果し合いが始まった。

 ◆

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市風田改造被験者保護施設跡。

 廃墟同然と化した同施設を飲み込む、災禍の炎。その渦中を脱するべく、ライダーマンG――番場遥花。
 彼女は地獄の淵の中で「生」を捨て切れない同胞達を引き連れ、施設の壁をパワーアームで破りながら脱出を目指していた。

「だ、だめ……もう、だめよ……!」
「諦めないで! 私も絶対、諦めない……からっ!」

 何度も諦めかけた。死んだ方がずっと楽だとは、誰もがわかっていた。
 だが、その合理性を以てしても。生存本能という人間の――生物の遺伝子に刻まれた欲求を、阻むには至らず。

 助かる保証などないと知りながら、その足を進ませていた。
 そのあまりにしぶとい生物としての在り方が、功を奏したのか。遥花の一撃に最後の壁が破られる瞬間まで、最後の生き残りから脱落者が出ることはなく。

「――だあぁあぁあっ!」

 遥花が「変身」と引き換えに救った命は、施設の外へと解放されていくのだった。
 瓦礫と黒煙を突き抜けた先に広がる、火の海。だがそこは紛れもない、施設という檻の外であった。

「た、助かったの……? 私達……」
「……あ、あれ……!」

 だが、全てが終わったわけではない。

 間一髪、崩れゆく施設から脱出した彼らの目には――火に囲まれた庭園の中で剣を交える、仮面の剣士達が映されていた。
 遠巻きにその一戦を目撃した彼らは、揃って息を飲む。

 鬼気迫る殺気を互いに迸らせ、切り結ぶ二人の剣士。火がなかったとしても、決して近寄れない圧倒的な迫力が、その空間から放たれているようだった。

「……仮面、ライダー……」

 その剣士達のうちの、一人。仮面ライダーAPの姿を、遥花はよく知っていた。シルエットこそ少し違うが、人々のために振るわれてきたその太刀筋を、見間違うことはない。
 彼女自身、彼に救われ、ほのかな憧れを抱き続けてきたのだから。

(……そうか、そうだったんだ。お父さんが、大丈夫だって言ったのは……こういうことだったんだ……)

 父から受けた励ましの言葉。絶対に大丈夫だと言い切って見せた、彼の発言の意味を、遥花はここに来てようやく悟る。

 ――警察は、仮面ライダーとの協力に成功していたのだ。だから、父は仮面ライダーをここに連れて来れた。
 だから、父は――大丈夫だと、言い切ったのだと。

「よかっ、た……これ、で……みんな……」
「あっ!? ちょ、ちょっと! ねぇ!」

 その「答え」に、辿り着いた時。
 ようやく手にした安心感から緊張の糸が途切れてしまい、遥花は変身を解き――意識を手放してしまう。改造人間としての適性こそ過去最高ではあるものの、14歳の女子中学生の体では、変身を維持するだけでもかなりの体力を消耗してしまうのだ。

 力無く倒れこんで行く遥花。その小さな体に、周りの被験者達は慌てて手を伸ばすが――その細い肩を抱き止めたのは、彼らではなかった。

「あっ……!?」

「――御息女の身柄を保護。生存者、他に発見できず。これで……全員かと」
『わかった。……生存者の、救出を頼む』
「了解、しました」

 突如現れ、気を失った遥花を受け止めた金髪の美男子。その人物が通信で連絡していた相手は安堵のため息を漏らし、彼に次の指示を送っていた。
 美男子こと、ロビン・アーヴィングの頭上には――火の海を吹き飛ばすように猛風を巻き起こし、この施設跡に近づいているヘリが舞っている。

 そこから吊るされたロープを伝い、救助隊員が生き延びた被験者を次々と回収している。「施設の警護」は禁じられているが、「火災現場からの救助」はその限りではない。
 詭弁に過ぎないが、通信先からロビンに指示を送る番場惣太にとっては、それで十分だった。

 やがて全ての被験者を救出し、ヘリは最後にロープを掴んだロビンを吊るしながら、遥か上空へ舞い上がって行く。

「……南雲君。アウラ様の願いは、君を在るべき『姿』に還すことにある。だから……必ず、生きて帰って来るんだ。君が愛した、織姫のために」

 片手一本でロープに捕まりながら。ロビンは見下ろす先の火の海で、剣戟を続ける仮面ライダーに慈しむような眼差しを送る。

 妹を救ってくれたアウラ。そんな彼女を地球に繋ぎ止めてくるた南雲サダト。
 彼らに何一つ報いることが出来ない苦しみの中で。

 ロビンはせめて、祈る。彼らにとって少しでも、望ましい未来が訪れることを。

(サダト様……過ちに塗れた私でも、どうか、あなたの幸せだけは……)

 そんな彼を運ぶ、ヘリの中で。か細く白い指を絡ませるアウラもまた、愛する男への祈りを捧げていた。

 数え切れぬ上、取り返しもつかない「過ち」を繰り返した今からでも、せめて――その人の幸せだけは叶うように。

 ◆

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市風田改造被験者保護施設跡。

 二人の剣士による剣戟は膠着状態となり、サダトも羽柴も互いに決定打を与えられずにいた。

「……計画外の戦闘だというのに、つい熱が入ってしまうな。どこまでも昂らせる男だ、お前は」
「……言っておくが。俺はこれ以上、貴様の計画とやらに付き合うつもりはない。――終わらせるぞ」
「あぁ。――年寄りには、その方が有難い」

 だが、もう戦いがこれ以上長引くことはない。

 サダトと羽柴は、ベルトに装填されたボトルと酒瓶を同時に押し込み――そこから高まるエネルギーの奔流を、自分の得物に集中させていく。

 サダトが逆手に構えたGXキャリバーは、その奔流を浴びて紅い電光を放ち。羽柴が水平に構えた改進刀が、金色の電光を纏う。

『FINISHER! LET'S GO RIDER BEAT!』

驍勇無双(ギョウユウムソウ)旭日昇天(キョクジツショウテン)気剣体一致(キケンタイイッチ)!』

 互いの電子音声が、必殺技の発動を告げ――双方は電光を纏う剣を翳し、雄叫びと共に走り出す。

 全てに今、決着を付けるために。

「スワリングッ! ハイパァアァアッ、ビィィィイィトッ!」

劒徳正世(けんとくよをただす)――桜花(おうか)! 赤心斬(せきしんざん)ッ!」

 横一文字の一刀。逆手持ちの大剣。

 双方の剣が、電光を迸らせ――激突する。

 轟音と衝撃波が嵐の如く吹き荒れ、火の海さえかき消していく。

 タイガーサイクロン号の残骸までもが横転し、大地が剥がれ、草木が吹き飛ぶ。

 彼らという存在そのものが、嵐となっていた。

「おぉおぉおぉおぉおッ!」

「ぬ――あぁあぁあぁああッ!」

 叫びが。魂からの叫びが、雲を衝き天を貫く。

 地を揺らし。

 風を巻き起こし。

 命を燃やす彼らの絶叫が、神々の怒りの如くこの世界に轟いていた。

 その命が――燃え尽きる、その瞬間まで。

 ◆

 ――それから、どれほどの時が経つだろう。

 何もかもが吹き飛び、施設の跡らしき鉄骨だけが残った荒地。その中央に立つ、ただ一人の男は――足元で朽ち果てた老兵を、どこか憐れみを孕んだ眼差しで見下ろしていた。

「……」

 その老兵の、墓標代わりか。

 男は手にした大剣を、体重を預けるように大地へ突き刺す。暗雲から降り注ぐ豪雨は、そんな彼らの全身を絶えず濡らしていた。

『長い――旅だった』

 それが、老兵が男に残した、最期の言葉だった。それはどんな旅だったのか。その旅で、何を得たのか。何を掴んだというのか。
 今となっては、それを問い掛けることもできない。

 瞳孔の開いた眼で、この世界の空を仰ぐ老兵は、何一つ語らず眠る。その表情は、どこか安らいでいるようにも伺えた。

「……」

 男は片膝を着くと、そっと手を乗せて老兵の瞼を閉じさせる。

 死んでしまえば、敵も味方もない。それだけが、彼に残されたただ一つの真理であり、正義だった。

(……俺は、生きる。まだ、何が正しいのかも、わからないままだから)

 男は立ち上がり、空を仰ぎ続ける。激しく雨に打たれても、その雫を拭うこともなく。

 どれほど水を浴びたところで、己の罪は洗い流せぬことを知りながら。それでも彼は、この雲が晴れるまで。

 ――荒れ果てたこの世界の果てに、虹が差し掛かる、その時まで。

 青空になるこの世界を、見つめ続けていた。
 
 

 
後書き
 今回出てきて速攻で退場したラスボス変身態。どうしてこうなった……。ちなみにモチーフはゴルドドライブです。

※仮面ライダー羽々斬
 シェードの最古参隊員「羽柴柳司郎」が変身した姿であり、日本酒の酒瓶を模したデバイスを介して変身する。専用武器は日本刀であり、その鎺には「改進刀」という銘が彫られている。
 コードネームは「No.0」。「No.5(仮面ライダーG)」のプロトタイプであり、彼の元教官でもあった。旧式ながら新型を手玉に取る技量の持ち主であるが、すでに68歳の老体であり、肉体の「老朽化」が進行しつつある。
 愛車はティーガーIを模した改造人間用重戦車「タイガーサイクロン号」。

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第9話 人類の挑戦

 ――2016年12月25日。
 警視庁警視総監室。

「……報告は、以上となります」
「ありがとう。……ようやく、君も肩の荷が降りたな」
「ええ。――いえ、降ろしてしまった。という方が、正しいように思えます」
「そうか……」

 平和を掴み取った世間が、復興への景気付けにクリスマスで賑わう中。
 警視総監室で対面している番場総監とロビンは、どこか物寂しげな面持ちで、手にした資料を見つめていた。

 ――あの激戦の後。

 ロビンはサダトの証言を基に羽柴柳司郎のアジトを発見し、そこで発見した手記から彼の「計画」を明らかにしていた。

 改造人間になり、数十年。羽柴柳司郎の身体は既に限界を越え、人工筋肉や装甲の補強では往年の性能が発揮できないほど老化が進んでいた。
 しかも、設備も人材も7年に渡る仮面ライダーとの戦いで消耗しており、この状況を打破する糸口もない。彼はじわじわと老いに力を奪われて行くしかなかった。

 だが彼は老い以上に、それが結果として「改造人間が生身の人間に屈する」という事態に繋がることを恐れていた。
 改造人間こそが絶対的な「力」の象徴であると信じて疑わない末期のシェードにおいて、それは自分達のアイデンティティが完全に崩壊することを意味している。

 だから彼は最後の改造人間である自分が、人間に敗れるほどに朽ちる前に、自らを処分することを考えついた。
 自分の衰えが改造人間の価値を落としてしまう前に、自分を超える改造人間を創り出し、自分を倒させる。「改造人間を倒せるのは改造人間だけ」という図式を死守するには、そうするしかなかった。

 だが、自分を倒し得るほどのポテンシャルを持った改造人間など部下にはいない。元弟子の仮面ライダーGが相手では、手の内を知り尽くしているせいで決着がつかない可能性もある。

 だから彼は量産型改造人間の身でありながら、シェードの切り札だった「アグレッサー」を倒した仮面ライダーAPを、「自分を倒す役」に選んだのである。
 ――仮面ライダーGに導かれ戦士となった、自らの孫弟子を。

 その計画通りに、彼は自らの理想の赴くまま渡改造被験者保護施設を破壊。そのテロで誘き寄せた仮面ライダーAPも撃破し、頭脳を持ち帰って肉体そのものを最新型改造人間のボディに挿げ替えた。

 あとは日本にとっては不要な風田改造被験者保護施設を破壊して被験者を全員殺害した後、怒り狂うであろう仮面ライダーAP-GXに討たれる。
 それで彼の計画は完成していた。

 人間を超えた上位種としての、改造人間の地位を貶める施設の被験者を抹殺し、自らを最強の改造人間に倒させることで、兵器としてのアイデンティティを維持する。
 それが、シェードが潰えた先も改造人間を絶対の兵器として人類に語り継がせるための、羽柴柳司郎の命を懸けた計画だった。

 ――改造人間は人類を超越した選ばれし者であり、下等な人間の生殺与奪を左右する権限がある。その者達には持って然るべき地位があり、それを捨てて人間の軍門に下ることは断じて許されない。
 それが、末期のシェードに蔓延していた優生思想。その扇動者だった羽柴は、この思想に基づいて最期まで戦い続けていたのだ。

「羽柴柳司郎の優生思想は、決して許されるものではない。……だが、一つの真理ではあるのかも知れん」
「だから誰に許される必要もない地位を、官軍だった頃のシェードに求めていたのかも知れません。――ですが、我々人間には理性というものがある。人間の『体』と『心』を捨てた改造人間にはない、人としての矜恃が」
「心……か」

 ロビンの言葉に、番場総監は目を伏せる。政府の圧力に屈するまま愛する娘を見捨てかけていた彼にとっては、何とも耳の痛い単語だった。

「我々は、彼に試されているのです。人間の心が、どれほど理性を保てるかを。……この戦いを生き延びた我々には、その試練を制して彼の思想を否定する義務があります」
「君は……出来ると信じるか?」
「信じます。実例なら、ありますから」
「実例……仮面ライダー、か」

 仮面ライダー。改造人間でありながら人間の「心」を捨てず、その苦悩を仮面に隠して戦い抜いた戦士。
 その名を感慨深げに呟く番場総監の脳裏には、ある青年の勇ましい横顔が過ぎっていた。

「彼らは人の体を捨てた……否、奪われた。しかしそれでも、人の心を失うことはなかった。人体の変調が精神に齎す影響は大きい。にも拘らず彼らはその影響に屈することなく、半人半獣の怪人達と戦い抜いて見せた。彼らは人間として、その心の強さを我々に証明してくれた、生き証人です」
「……」
「彼らのような人間がいるなら……私も、それに懸けて戦います。――魂くらいは、共にありたいから」

 胸に拳を当て、己に言い聞かせるようにロビンは厳かに呟く。彼が自嘲するような笑みを漏らしたのは、その直後だった。

「……魂、か」
「ふふ。尤も、この言葉は現FBI副長官の受け売りですがね」
滝和也(たきかずや)副長官か……あの人らしい言葉だな。……わかった。ならば、私も賭けてみよう。人類のため、などというお題目で全てを奪われた彼への、せめてもの罪滅ぼしだ」
「ありがとうございます。……遠回りではありますが、ようやくこの世界も前を向けるようになるでしょう」

 ――羽柴柳司郎が掲げた、優生思想。
 その理性を捨てた人面獣心の思想に対する人類の挑戦は、未だに続いている。

 事件の後、ICPOの捜査で「12月計画」が明るみに出たことにより、当時の内閣は激しく世論に責任を問われ総辞職を余儀無くされた。
 その政治的空白を埋めるべく、総辞職から間も無く城茂(じょうしげる)大臣を筆頭に置く臨時内閣が台頭。シェードのテロによって混迷の時代に立たされた日本を立て直すべく、日夜奔走していた。

 一方。事件を生き延びた番場遥花を含む数名の被験者は、日本政府から離れICPO本部に護送されていた。現在はそこで世界各国から結集した研究チームによる、改造人間の能力を無効化する治療を受けている。
 サイバネティクスにおける世界的権威である結城丈二(ゆうきじょうじ)博士の尽力もあり、現在は被験者の能力暴走も沈静化に向かっているようだ。

 今では、被験者に対する国民のバッシングも薄まっている。彼らに関する負担を外国が請け負ったことで、非難する理由を失ったためだ。
 ――それに「仮面ライダーとシェードの共倒れ」が周知されたことで、国民感情が安らいだことも大きい。

 すでに仮面ライダーとシェードの決着は世間にも知れ渡っており、今では誰もが仮面ライダーの功績を讃えるようになっていた。

 だが、それは「仮面ライダーはシェードと相討ちとなりこの世から消えた」と公表されたからに他ならない。ライダーの存命が周知されていれば、その力を恐れるあまり民衆は彼らを「恐ろしい殺人鬼」と糾弾していただろう。
 そのような人間の弱さというものを嫌という程知っているからこそ、番場総監とロビンはそのように公表したのだ。

 それに、仮面ライダーが消滅したというのはあながち嘘でもない。

 事実、アウラによる最後の秘術により南雲サダトは人間に戻り、現在は「シェードに長らく囚われ、改造人間の適性も皆無だったために労働力として使役されていた」とされ入院生活を送っている。来年には、シェードの拉致から解放された一般人として城南大学に復学する予定だ。
 すでに「仮面ライダーAP」としての彼は、この世にいないのである。

 さらに仮面ライダーGも行方不明であり、その居所はICPOの総力を挙げても見つからなかった。彼の恋人だったという女性シェフも消息を絶っており、二人して雲隠れしてしまったものと思われる。

 片方は行方知れずとなり、もう片方はすでに改造人間ですらない。仮面ライダーは、確かにこの世界から消え去ったのだ。

 だがロビンは、これで良かったのかも知れない――とも考えていた。
 仮面ライダーも怪人もいない世界。それをきっと、宇宙へ帰ったエリュシオンの織姫も願っていただろう――と。

(南雲君。君と彼女の絆を引き裂いたのは、我々の不徳の致すところだ。……その罪を贖うことこそ、この時代に生き延びた人間の役目であると、私は信じている)

 窓の外から見下ろせば、このような時代の中でも笑い合い、手を取り合い生きている人々の姿が伺える。
 そんな彼らの様子を、ロビンは喜びを噛み締めた面持ちで見守っていた。

(だから君にも……どうか、見守っていて欲しい。君達「仮面ライダー」が紡いでくれた、この世界の未来を)
 
 

 
後書き
※アウラはなぜ遥花達を治療しなかったのか
 改造被験者保護施設は「衛生省(えいせいしょう)」という省庁により設けられている。この衛生省により保護対象として登録された被験者が、国の管理下で施設に入ることができる。遥花も仮面ライダーAPに救出された直後に、衛生省から登録を受けていた。
 こうして国に「改造人間にされた被験者」として登録された彼らが、アウラの治療を受けると「生涯治らないはずの改造体が、不可思議な現象で生身に戻った」という記録が残ってしまう。
 万一、アウラを狙う諸外国にその記録を嗅ぎつけられた場合、彼らの狙いが日本に及ぶことになる。イリーガルな手段を辞さない連中が、日本に足を踏み入れれば何をするかわからない。
 無関係な日本の人々を、アウラの力を狙う勢力から守るためには、遥花達の救済を地球人の科学力に託すしかなかった。そうして、結城丈二を筆頭とする研究チームが組まれたのである。
 ただ、サダトだけは例外だった。彼は公式記録上「5月に消息を絶った行方不明者」でしかないため、衛生省の登録も受けていない上に改造人間にされたという物的証拠もなかった。彼がアウラの治療を受けても問題なかったのは、こっそり人間に戻っても衛生省にバレない身の上だったためである。

 ちなみに、衛生省というネーミングは「仮面ライダーエグゼイド」から。上記の内容を作中にぶち込む余地がなかったので、こちらに記載させて頂きました。ご了承ください。
 

 

最終話 紡がれた未来へ

 ――2022年4月3日。
 大戸島(おおどしま)しばふ村。

「はい、これでよし。かけっこもいいけど、あんまり無茶なことするんじゃないよ?」
「オッケー、ありがとね先生! それじゃまた怪我したらよろしくねー!」
「あっ!? も、もう島風(しまかぜ)ちゃんっ、さっき擦りむいたばっかりなのに! 南雲先生、夜遅くにすみません! ありがとうございました!」
「あはは、吹雪(ふぶき)ちゃんも気をつけて帰るんだよ。僕なら、いつでも大歓迎だからさ」

 日本列島から遠く離れた孤島にある、小さな村。芋が名産と評判のこの村の中には、一軒の診療所がある。
 そこに勤務している医師「南雲サダト」は、村民から先生と慕われる温厚な青年であった。

 彼は今日も、躓いて擦り傷を負った女子中学生に手当てを施しつつ、穏やかな一日を終えようとしていた。部活帰りの中学生達が通りがかる頃には、その日の診察も終わりが近いのだ。

「ま、待ってよ島風ちゃん! なんで練習のあとなのにそんなに元気なの〜!」
「早く早く! 私んちまで競争だよ〜!」

 手当てが終わった途端、性懲りも無く全力で走り出す親友に手を焼く少女。そんな彼女達の幼気な背中を見送りつつ、彼は澄み渡る月夜を見上げ、朗らかな笑みを浮かべていた。

「んー……涼しくていい夜だね」
「――いい夜だね、じゃありません! この島でたった一人のお医者様なんですから、もっとシャキッとしてください!」
「うわぁ! 出たぁ番場さんだぁあ!」
「出たって何ですか人をお化けみたいに!」

 すると、背後から突然怒号を浴びせられ、サダトは仰天して振り返る。その視線の先では、黒く艶やかなセミロングを靡かせる一人のナースが、むくれた表情で彼を睨んでいた。

 そんな怒り顔でも隠し切れないほどの美貌と、ナース服がはち切れんばかりの巨峰を持った彼女の名は――番場遥花。

 約6年に渡る治療を経て、生身の人間と遜色ないレベルまで能力を抑えることに成功した彼女は、人を助けたいという一心から看護師の道に進んでいた。
 また、人間社会に復帰する際「元改造被験者である絶世の美少女」としてマスコミ関係者が殺到したこともあり、周囲の奇異の目やストーカーを避ける目的で、父の生まれ故郷であるこの大戸島で勤務することになったのである。

「全く! 南雲先生には、医師としての自覚が足りていません!」
「番場さん、僕としてはそんなにむくれてちゃ可愛い顔が台無しだと思うなぁ。ホラ笑って笑って」
「か、かわっ……!? て、ていうか南雲先生がヘラヘラし過ぎなんですっ! いい加減にしないと本気で怒りますよ!」
「うわぁすでに本気で怒ってる!」

 とはいえ本島から離れた島に移っても絶世の美少女であるには変わりなく、ここでも村の若い男達からは絶えずアプローチを受けているらしい。
 だが彼女はその全てを断り、あくまで看護師の職務に集中したいと主張してきた。

 ――しかし実のところ、その言い分は村の者達からはあまり信じられていない。彼女はいつも、共に診療所を切り盛りしているサダトの隣にいるからだ。
 たまに村民がその点を指摘する度、彼女は顔を真っ赤にして「私情」を否定するのだが――その反応がさらに、村民達の疑惑を煽っていた。

 そういうこともあり、サダトは村民の大部分からは慕われる一方で、一部の若い男達からはあまり歓迎されていなかったりする。

「全く……よくそんな調子で医師になれましたね。何で医師になろうと思ったんだか」
「ん? 何で医師に、か……うーん」

 遥花が漏らした愚痴に、サダトは顎に手を当て暫し逡巡する。口をついて言葉が漏れ始めたのは、その数秒後だった。

「……わからなかったから、かなぁ」
「え?」
「人のため、人のためって言っても……それが本当に人のためになってるかなんて、結果が出るまでわからない。僕自身はそのつもりでも、本当はそうじゃなかった――『過ち』だった。そんなことが、たくさんあった」
「……」
「だから、本当に人のためになることが何なのかを知りたくて……それをずっと追い求めていたら、いつの間にか医者になってた。気がついたら、この白衣を着てたんだ」

 普段の間の抜けた雰囲気とは、少し違う。その違和感を肌で感じた遥花は、暫し神妙に聞き入っていた。
 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、サダトはすぐにおどけた表情に戻ってしまう。

「あはは、なんかごめんね。わけわかんない理由で医者になっちゃって!」
「……今も、『過ち』ですか?」
「ん?」
「この島で、この村で医師を続けていること。私と一緒に、診療所を切り盛りしてること。村のみんなと、笑い合って暮らしていること。先生にとっては……『過ち』ですか?」

 だが、遥花の表情はどこか不安げだった。
 宇宙へ帰った異星人の姫君とどこか似ているその表情に、サダトはバツの悪そうな面持ちになると――青空を仰ぎ、呟いた。

「……まだわからない。その時が来ないと」
「……」
「だけど。きっと『過ち』なんかじゃない。ここに来たこと、みんなに会えたこと。医師でいること。どれも大切なことなんだって、僕は今も信じてる」
「……そっか……そうですよね! 私も、南雲先生と会えてよかっ――い、いえ、なんでもないです」

 その言葉に、遥花は不機嫌だったり不安げだったりと曇りがちだった表情を一変させ、華やかな笑顔を浮かべる。すぐに顔を赤らめて言葉を中断してしまったが。
 そんな彼女に、何処と無くあの姫君を重ね――サダトも、穏やかな笑みを浮かべていた。

 ……しかし。遥花の視界に、目を光らせてこちらを覗き見る女子中学生達が入り込んだ瞬間。ナースの表情は凍り付き、好転していたムードは一気に瓦解してしまう。

「ふっふーん。見ちゃった見ちゃった聞いちゃったー。これは村のみんなに報告しないと!」
「えっ!? 島風ちゃんに吹雪ちゃん!?」
「ご、ごめんなさい遥花さん。立ち聞きする気はなかったんですけど」
「みんなー! 遥花さんが南雲先生とランデブーしたいってー!」
「ちょ、ちょちょちょ! 待ちなさい、こらぁああぁあぁ!」

 島風と呼ばれる少女は一目散に村の中を駆け抜けながら、有る事無い事を吹聴して回り出した。吹雪という片割れの少女は必死にペコペコと頭を下げるが、そうしている間も島風の言い触らしは進行している。
 遥花は顔を茹で蛸のように赤らめながら、怒号を上げて島風を追いかけて行くのだった。豊満に飛び出した胸を、激しく上下に揺らしながら。

「……ふふ」

 そんな彼女達を、遠巻きに見守りながら。サダトは月明りを映す海原から――夜空の彼方へと視線を向け、微笑を浮かべる。この星から遠く離れた、銀河の果てへと。

(……アウラ。俺達がしてきたことは、もしかしたら「過ち」だったのかも知れない。でも、その「過ち」の中で見つけた幸せは、ただの間違いなんかじゃない)

 その先にある異星――エリュシオン星の玉座に座する、若き女王も。その君主の座から、この蒼い星を見守っていた。
 彼と同じ、穏やかな微笑を浮かべて。

(だから俺は、今でも。君に会えてよかったと思ってる。それはこの先もずっと変わらない。君の願いは確かに、この星に届いたんだから)

 星を隔て、永遠に別れた織姫と彦星。年に一度も会えない彼らだが――互いが残した絆の深さは、絶えずその想いを繋ぎ続けている。彦星が「剣」を捨て、その手に「メス」を取った、今も。
 織姫がこの星に残してしまった「罪」を彼女に代わり清算するべく、その道へ踏み入った、今も。

 それはさながら、脈々と鼓動する「命」のように。

 この島に咲き誇る「花」も。夜空を滑るように舞う「鳥」も。頬を撫でる夜の「風」も。煌々と光を放つ「月」も。――その全てに宿る「儚き命」も、彼らの絆を見守っていた。

「南雲先生っ! ぼさっとしてないで先生も島風ちゃんを捕まえてくださいっ!」
「え、僕も?」
「さっさと走るっ!」
「は、はいはい。おーい島風ちゃーん!」
「ふっふーん! ここまでおいでー!」
「もぉー! 待ってったら島風ちゃあぁーん!」

 そして今日も、南雲サダトは。守り抜いた人々と共に、穏やかなひと時を謳歌するのだ。

 仮面ライダーがいないのは、世界が平和である証なのだから。

 ◆

 ――2022年4月4日。
 東京都稲城市山中。

「……」

 陽の光が網を抜けるように僅かに差し込む、新緑に包まれた自然の砦。その森の中を歩む一人の男は、神妙な面持ちで道無き道を進んでいた。

 金色の髪や蒼い瞳を持つ、壮年の男性。彼は林の奥を突き進む中で見つけた、あるものと対面すると――嘆息するように息を吐く。

「……科学に善悪を判断する力はない、善悪を分けるのはいつも人間……か。結城博士の仰る通りだな」

 彼の眼前に映る――重戦車と小型乗用車の残骸。かつて正義と悪に分かれ、熾烈な争いを繰り広げたこの二台の車は今、一様に鉄屑として朽ち果てている。

 車体のあちこちから苔や雑草、果ては花々まで咲いていた。善悪に分かれていようが、壊れてしまえばどちらもガラクタ――という非情な現実を物語っているようだ。

 そしてその現実こそが、正義と悪を分かつものに科学の関与はないのだと訴えている。

 シェードも仮面ライダーも、元を辿れば源泉は一つ。人間を超える超人を生み出す科学が、シェードという悪を生み、仮面ライダーという正義を生んだ。

 そのぶつかり合いの果てに待っていたのは、共倒れ。対消滅の如く、どちらも残らないこの結末は、人類の進歩を押し留めていると言えるだろう。

 だがそれは、争いの虚しさを伝える福音として、残された人類が手にした叡智の一部となった。

「……我々は。この戦いを教訓に、前へ進む。君達の骸を、踏み越えて」

 この光景から決意を新たにし、男は踵を返して行く。一歩一歩、草木の上を強く踏みしめて。

「だから君達は、静かに眠りなさい。もう……誰も、君達を振り回したりはしないから」

 教訓を残すために犠牲となり、朽ち果てた二台の車。

 雌雄を決するべく激突した二人の男を乗せていた、この二つの鉄塊を一瞥した後――男は正面へ向き直り、前に進んでいく。

 もう、振り返ることはない。

 立ち去った男の後ろでは――花と草木に彩られた屑鉄達が、今も沈み続けていた。
 二度と醒めることのない、安らかな眠りへ。

 ――人生が誰もみな、一度きりであるように。 
 

 
後書き
 本作を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。仮面ライダーAPは、今話にて完結となりました。
 明日この時間帯からは、宇宙戦闘機SFアクション「超速閃空コスモソード 〜最強のエースパイロットは、静かに朽ちたい〜」を全4話+番外編1話でお送りします。お楽しみに。
 それでは、仮面ライダーAPこと南雲サダトの旅路を最後まで見送って頂き、誠にありがとうございました。機会があれば、またどこかでお会いしましょう。失礼します。