ソードアート・オンライン 神速の人狼


 

〜プロローグ〜

世界初のVRMMO《ソードアート・オンライン》が最悪のデスゲームとなり、早くも1年と数ヶ月が経った。




アインクラッド迷宮区最善線にて、二人のプレイヤーが並んで歩いていた。

「はぁ…めんどくさ」

「あはは…ドンマイ♪」

顔を隠すほどフードを被った少年ーユーリが物鬱そうに呟き、紅い長髪をポニーテールに結った少女ーシィが慰めの言葉をかける。
それでもどこかめんどくさそうにしているユーリ

「まったくもぅ…そんなめんどくさそうにしてたら。ってい!」

「あっ⁉︎うわっ、コラ!」


シィがいきなりフードをめくりあげる。ユーリも抵抗したが重力に従って落ちるフードは止められず、中に収まっていた物がハラリと外へと出る。
はらりと透き通るような銀髪が肩甲骨辺りまで垂れ、その上に同色で先がギザギザとした狼のような耳が…そして、抵抗しようと激しく動いたためコートも宙をまい、腰の辺りから伸びたふさふさの尻尾が露見する。
だが、すぐにユーリに隠されてしまい、ぷくっと頬を膨らませて不機嫌をアピールする。

「まったくさ、いいもん持ってるんだからなんで隠すかな〜。」

「手をワキワキさせながら言うことじゃない!俺だってこんな容姿いらないから!」

まったくと盛大にため息をつき、ボーと前を見る。

全く…あの日からため息つくことが多くなったよな。


ほんと、なんでバレたんだろう。





 
 

 
後書き
プロローグだから、こんな感じ。まぁ、短めですけど、次からちゃんと書いていく予定でございます。 

 

噂

「なぁ、キリトよ。知ってるか?最近噂になってる奇妙な姿をしたプレイヤーのこと」

いつも通りアインクラッド第50層の主街区【アルゲート】にあるエギルの店でアイテムの鑑定をしてもらっていると唐突に話題を振られ、思わずハァ⁉︎と声が裏返ってしまった。興味があるのでそのままエギルの次の言葉を待つ。

「どうやら知らねぇらしいな。コレでどうだ?」

人差し指を立て、こちらに見せつけてくる。要するに情報料として1000コル払えということだ。さすがぼったくりの異名は伊達ではないようで料金がぼったくり…

「たく、それで大した話じゃなかったら訴えるからな」

睨みを効かせつつ、金を払うと満面の笑みを浮かべる。褐色の巨漢が笑みを浮かべるとこれほどまでにキモいのか…

「じゃあ話すぜ。そいつは目撃した奴らの間では人狼って呼ばれててな。とにかく神出鬼没らしい。現れたと思ったらすぐに姿が消えていなくなってるらしい。」

「それはただに《隠蔽》のスキルが高いだけじゃないのか?」

スキル《隠蔽》は使えば、姿が消え周りからは見えなくなる。そして、発動している間は隠蔽率というゲージが表示されそれが0%にならない限り発見される事はない。それに熟練度が高ければ高いほど隠蔽率の数字は上がり、見つかり難くなる。ただそれよりも熟練度の高い《索敵》をもってすれば容易に発見できる。それに隠蔽を使ったところでプレイヤーに視線を向けられれば、隠蔽率は自然に減少していき発見されてしまう。

「まぁ、姿が消えるっていうのはその線が濃厚だろうな。あと、そいつは終始黒をフードを被って顔を隠してるだとよ。なんでだと思う?」

「さぁな?」

「まぁ、わからんか…実はな、そいつを目撃した奴の中でフードの中身を見たやつがいるんだよ。なんか戦闘中に激しく動き回ってて、フードが捲れ上がったと思ったら頭にコレがあったんだとよ。」

「お前がそんなことやったって、キモいだけだぞ。

エギルは頭の上に手をやり、うさ耳みたいなポージングをする。素直に感想を述べてやると額に青筋を浮かべて睨まれた。

「巫山戯てやってるわけじゃねぇよ!頭に獣耳があっんだよ!」

「へぇー、なるほどな。それで人狼か。」

「ちっ、もっと驚けよ。」

いや、ただその前のポージングがキモ過ぎて驚くのを忘れたなんていえない。
それでと先を促す。

「あぁ、あとはめちゃくちゃ強いらしいぜ。急に姿を見せたと思ったら、見たことのねぇ技を使って最前線のモンスターを一撃で屠ってるらしいぜ。」

「へぇ〜、なるほどな。他には?」

「お?黒の剣士様も興味をもったみたいだな。武器は刀を使ってるっていうことと最前線の迷宮区でよく目撃されるらしいぜ。」

「そうか……。よし、今度行ってくるか」

「おうよ。いい報告を待ってるぜ」

エギルから買取料を渡されるとそのまま帰路につく。すでに外は暗くなっており、元々薄暗いアルゲートの街がさらに闇を濃くする。

「さて、明日は人狼探しだからさっさと帰るか…」

ポツリと呟くと自分が宿泊している宿へと足を向ける。





























現在、最前線の迷宮区。自分でマッピングしてあるところまでくるとスキル《索敵》をフルに発動しながら、周囲を警戒する。視界に光の点で近くに居るプレイヤーやモンスターの位置がわかる。その光の点に注意を向けつつ、移動を開始する。
探索を開始し始めておよそ3時間が経とうし、ため息が漏れてくる。そう簡単に会えるわけないよなぁと諦めつつ、帰路に迷宮区から出ようとすると、索敵に反応が現れる。そのの光点小刻みに移動をしているところから戦闘中だとわかる。
まさかと思い、駆け足でその場へと向かうと……


「ん⁉︎……あれか!」


キリトの視界に黒のフードを被ったプレイヤーがリザードマン三体を相手に刀一本で戦っている様子が映る。

(目深く被ったフード、刀……エギルの言ってた通りだな。しかし、まさか探索初日で遭遇するとは思わなかったな)

心の中で自分の幸運に感謝すると再び噂の渦中にあるプレイヤーを観察する。敵の攻撃を華麗なステップで躱し、カウンターで攻撃を当てていく。激しい動きの中でコートの端が宙を舞い、その奥から何やら白い物が見える。だが、キリトはそれではなく、人狼の動きに注目をしていた。

(さっきから動きに全く無駄がない。それに三体に苦戦するどころか圧倒している!)

そいつの戦闘技術の高さに舌を巻く。基本モンスターと戦闘を行う際はメンバーと同数またはそれ以下の数を相手にする。そうしなければ、死角から一撃もらい、それが致命傷となりゲームオーバーなんて事が容易にありえるからだ。黒の剣士と呼ばれる自分でも一体より多くの敵を相手取る場合は滅多になく、ありえたとしてもレベルの差がそれなりにある場合である。
しかし今、目の前で戦っているプレイヤーは雨あられと降り注ぐ相手の攻撃をひらりひらりと躱していく。まるで舞うように…

(ん?あの動き、どこかで見たことが…)

喉に小骨が引っかかるような違和感を感じ、記憶を探る。舞うような動き…あと少しで思い出せそうという時にパリンとガラスが砕ける音が同時に3つ響き、思考の海から引きずり上げられ、三体いたリザードマンたちポリゴン片へと返された後だった。
戦闘を終えたあのプレイヤーはこちらに気づき、一瞥すると溶けるように視界から消えた。

「なっ⁉︎」

突然視界から消えたプレイヤーを見て思わず驚きの声をあげてしまう。すぐに隠蔽のスキルを発動したのだと気づき、こちらも索敵を行使するが反応がない。見失った…と諦めた時、上層行きのゲートが歪んだ。つまりそこを誰かが通ったということだ。
なぜ、隠蔽を使用したままゲートをくぐったのか疑問が残るが考えるよりも早く体が動いており、気づけば消えたプレイヤーが向かったであろう方向へと走り出していた。








 

 

逃亡

 《第50層迷宮区》

 別名クウォーターポイントと呼ばれている階層でクウォーター、つまり4分の1である第25層、50層、75層、100層の事を指す。
 クウォーターポイントは他の階層よりも大きく違う点があり、それは迷宮区にポップするモンスターの強さだ。この層にポップしてくるモンスター達はあと5層以上上の強さを持ったモンスターが登場してくる。モンスターのステータスの上昇に加え、高度なフェイントを使ってきたり、複数でポップしてきた時は連携プレーまで見せる。
 そして、現在ユーリが相手をしているモンスター【リザードマン・ファット】も例に漏れず、現在ではなかなかの強さを誇っている。従来のリザードマンに比べ俊敏値は劣るもののその攻撃力は高く、さらに脂肪の鎧は通常種より高い耐久性に拍車をかけている。もっとも、現在それを同時に三体相手しているのだが……

『ギャァァァ⁉︎』

 上段から振り下ろされた曲刀を紙一重で避けられ、すれ違いざまに脂がのった腹部を切り裂かれたことに悲鳴をあげるリザードマン。
そこから、さらに連続して攻撃を加えようとするが他のリザードマンがそうさせまいと妨害してくる。

「まったく……めんどくさいことで……」

 そう呟き、一旦距離をとるとすかさず接近しソードスキルを発動して攻撃を仕掛けてくる。攻撃を避けつつ、さくりさくりとクリティカルポイントへと攻撃を当てていく。リザードマンのHPバーが減少していき、ついに三体ともがレッドゾーンに達する。グルルルと唸るように三体が声をあげるとユーリを取り囲むように位置取り、一斉にその手に持つ曲刀にライトエフェクトを纏わせる。

群れで行動をするモンスター特有の攻撃モーションである連携プレーだ。
三方向から放たれる攻撃は一つを受けたとしても、他の攻撃をくらい、さらに畳み掛けるように攻撃をもらう羽目になる。ソロプレーでは危険極まる技だが、それでもなお余裕の表情を崩さない。

「避けられないなら、避けなければいいんじゃん」

 リザードマンのソードスキルの発動に合わせ、ユーリもまたソードスキルを発動させる。

 カタナ 範囲技 《旋車》

 身体を半身ほど回転させ、溜めを作り、一気に解き放つ。目一杯に威力を上げられた一撃は三方向から迫る曲刀を全て弾き返しし、ノックバックさせる。そして、リザードマン達よりも早く硬直時間から解放されるとそのガラ空きの胴体を両断ひ、ポリゴン片へと変えていく。

 戦闘が終了し、ふぅと息をつく。今更ながら、物陰に潜みこちらの様子を観察しているプレイヤーに気づき、またかよ……。と内心ぼやきながら、《隠蔽》を発動させる。突然自分の姿が消えた事に驚いたのか隠れていたプレイヤー(ストーカー)は隠れるのを止め、辺りを見回し始めた。恐らく、《索敵》も発動しているだろうが見つかるわけがない。《隠蔽》はコンプリートし、全身を覆うローブはスキルに補正をかけ、さらには《人狼》によっても補正がかけられているため、よっぽどの事がない限り見つからない。

「よりにもよって、黒の剣士様かよ……。めんどうだなぁ」

 はぁ〜と盛大にため息をつくとゲートを潜り、次のエリアへと移動し始める。

 ゲートを潜ると赤と白で色付けされた騎士風の装備を身につけた血盟騎士団の一団がさながら軍団のように並んで進んでいた。隠蔽がしっかり発動されている事を再確認すると、その一団の横をさっさと通り過ぎようとする……が。

「あれ?今、誰か通ったような……。」

「っ!?」

 血盟騎士団副団長のアスナが何気なく発した言葉により、ユーリに緊張が走る。隠蔽率を確認すると9割以上を保っているはずがすでに2割ほど減少していた。お願いだから、バレるなよなと祈りつつ、背中に冷や汗がダラダラと流れる。
 アスナは辺りをキョロキョロと見回していたが、ユーリはすでに列を追い越して次のゲートを潜ろうとしていた。


 ◆

 今日も平常通り迷宮区の探索を続け、そろそろ終わりにして帰ろと思っていた矢先、ふと人の気配を感じ、周りの見回す。

「き、気のせいかな?けど、確かに今、人が……。」

「副団長、どうかなされましたか」

 急にうろうろしだす私を見て、心配になったのか団員の1人が声をかけてくる。とりあえず、大丈夫とだけ言っておく。喉に小骨が引っかかるような違和感を残していると後方から全身黒に統一されたプレイヤーが物凄い速さで駆けて来る。異常事態と判断した団員達が即座に戦闘態勢を取り、真っ黒黒助へと武器を突きつける。

「ストップストップ!この人、知り合いだから大丈夫」

 私の言葉を聞き、首元へと突きつけた武器を下ろしたのを確認し、ひとまず安堵する。

「ふぅ〜……酷い目にあったぜ」

 あ、そうだこの人ならと思い、尋ねる。

「ところで君。今、索敵スキルどの辺?」

「それなら、この前、完全習得したぞ」

 攻略組でのソロプレイヤー(変わり者)である彼ーキリトーは得意気にニヤリと笑う。

「なら、今すぐ使って付近にプレイヤー……。多分、ソロの人がいないか確認して!今すぐ!」

「い、イエッサー!」

 アスナに鬼の形相で急かされ、確認する。しかしこの場にいるプレイヤーを除いて、プレイヤーどころか、モンスターの反応すら見られない。

「いないな。ところで、どうしたんだ?」

今更ながらにキリトがアスナへと疑問をぶつける。

「それがね、人が側を通った気がしたのよ。けど、周りに誰もいなくて。だから、私よりも熟練度の高い隠蔽が使用されていると思ったからあなたに頼んだのよ。けど、君でも、わからなかったのか……。ところで、君はあんなに急いでいてどうしたのよ。」

「ああ、多分アスナがすれ違ったプレイヤーを追ってるんだ」

「じゃあ、私もついていくわ」

「は?」

「「「「「ちょっ、アスナさん/副団長⁉︎」」」」」

 まさかの発言に驚愕が隠せないキリトと団員達。彼らは必死になって副団長を止める反対材料を探す。

まず、先陣を切ったのは黒の剣士の異名で知られる キリト。

「ちょっ……。なんで急に?」

「それは、完全習得している索敵にも引っかからない隠蔽を持ったプレイヤーなんてそうそういないじゃない?だから、きっと高レベルプレイヤーだと思うから是非会ってみたいと思って」

 しかし、アスナの思わせぶりな表情と簡潔にまとめられた理由にあっさりと納得されてしまう。

「ちょっと納得しないでくださいよ!アスナさん、攻略の方はどうするんですか!」

「いや、次の安全地帯まで行ったら、解散にしようと思ってたところだから。というわけで解散!」

 急に解散を命じられ、唖然とする一方で、反論材料がなくなった団員。続いて別の団員が俺のターンだと言わんばかりに反論する。

「副団長⁉︎もし、そいつが危険な輩だったらどーするんですか?隠蔽使用しながら行動するなんて碌な奴じゃないですよ。もし、プレイヤー・キラーだったらどーするんです!」

「そこは…ホラ。黒の剣士様を護衛に付けて行くから。」

「えぇ⁉︎俺かよ!」

 意図的ではないとはいえ、アスナに上目遣いでお願いされ、NOとは言えず、さらに他の団員も反論できずにあっと言う間に言いくるめられてしまった。
ちなみに上目遣いでお願いされた事が羨ましいのか、血盟騎士団の団員達は視線で殺せそうなほどの形相でキリトを睨みつけている。

「じゃあ、急ぎましょう」

「…………はい。」

 団員達は諦めた様子で気をつけてくださいねとだけ言って、転移結晶を使い、一足先に帰って行ってしまった。
 そして、ゲートを潜ると進行方向にモンスター三体、道を塞ぐ形で配置されていた。

「リザードマン・ファットね…。三体だと少し厄介ね。」

 リザードマン・ファットは動きが鈍い代わりに耐久力が高く、さらに集団でいるとスイッチなどの技術を使って、動きをカバーしてくる厄介極まりないモンスターである。

「アスナ、俺が二体相手にするから、早めに一体倒して加勢に回ってくれ」

「わかった……え⁉︎」

 いざ、行動を開始しようとした瞬間、虚空からフードを被ったプレイヤーが現れ、リザードマン一体を一撃で屠り、さらに二体相手にも圧倒する戦いをする。その光景に目を奪われる二人。

「な、一撃で⁉︎」

「黒のローブに、刀……。俺がつけていた奴だ!」


 キリトが叫んでいる間にも、一人と二体の戦闘は続けられており、リザードマン二体がローブのプレイヤーめがけ、曲刀を振るうがそれを難なく躱し、三連撃《緋扇》を命中させると空いた左手にソードスキルの光を纏わせ、拳をリザードマンに叩き込むと一度距離を取る。

「あれは体術スキルの《閃打》だ。回避と同時に食らわせたのか……。」

 謎のフードのプレイヤースキルの高さに思わず舌を巻く。
左右から挟み込みように曲刀スキル《リーパー》を放つが刀の鞘で地面を突いて、垂直に飛び、それを躱すとリザードマンの背後へと着地し、首を撥ね、ポリゴン片へと変えてしまう。

「嘘だろ……最前線のモンスターをあんなあっさりと」

「ぼさっとしてないで行くよ!

「え!お、おう。けど、行ってどうすんだよ」

「攻略に参加してもらうのよ。あの動き見たでしょ。そうそうできるものじゃないわ。それにあの人は血盟騎士団の中でも噂になってるの。それにできれば……やっぱなんでもないわ」

「さいですか…」

 最後何かを言いかけるが目が是非戦いたいと顔に書いてある。若干呆れつつもすでに走り出しているアスナの背中を追う。

 ◆


「待ちなさい!」

 パリーンと心地よい音を聞き、いざ奥へと進もうとすると背後から聞き覚えのある声が響く。
後ろを振り向いたユーリはフードの奥で苦い顔をする。そこには、黒のロングコートを羽織った剣士と赤と白を基調にした騎士風の服装をした女性が仁王立ちしていた。

(よりにもよって、アスナとキリトかよ……)

攻略組で有名なプレイヤーといえば?と問えば、10人中8人くらいが答えそうなくらい有名な二人がそこにいた。

「あんたが最近巷で噂されている人狼っていうプレイヤーだよな?何で顔を隠すんだ?」

「(バレてる!? いや、幸い顔は見られてない…………逃げるか)……転移、コラル!って、危ないな!」

 ポケットから、転移結晶を取り出し転移しようとするがキリトが急接近し結晶を奪おうと手を伸ばして来ていた。即座に後ろに飛び、回避したのでキリトの手は空振り宙を切る。

 これじゃ、転移できないじゃん!くそ、キリトの奴め……忌々しい!

 こうなったら、俊敏値に任せて走って逃げるか……。さすがにキリトでも、反応できないだろう。

転移による脱出を不可能と判断し、別の逃走プランを立てる。
 ダッ!と地面を蹴り、キリトの真横を通り抜ける。だが、そう簡単には行かなかった。キリトが反応し、足をひっかけてきたのだ。

(ちょっ!あいつ、何してくれてんだよ!)

 咄嗟に地面に手をつき、バネのようにして上に飛び上がる。後方に控えているアスナを越えれる…………はずだった。

「フギャア⁉︎」

 飛び上がった事でローブの裾がめくり上がり、露見した尻尾を引っ掴んできたのだ。普通のプレイヤーには絶対にない尻尾……それを強く握られユーリの全身にヘンな感じが迸るように駆け巡り、全身の筋肉が弛緩するような感覚に襲われる。そのため、空中での体勢が崩れ、勢いよく地面に叩きつけられ、床と熱烈なキスをする羽目になってしまう。

「イテテ…ひどい目にあった…え?もしかして詰んだ?」

 鈍痛から回復し、顔を上げると眼前にニヤリと笑みを浮かべて見下ろしてくる二人がいた。

「さて、顔を見せてもらおうか、人狼さん?」

 ついにローブに手を掛けられ捲りあげられる。顔を見た二人は目を丸くし、驚きを露わにする。

「へぇ、本当に犬耳があるんだな……って、ユーリ!?」

「嘘、ユーリ君って、一カ月前から攻略に参加しなくなった?けど、彼は銀髪じゃないし…………本当だ」

「…………はぁ。キリト、アスナ。久しぶり」

 バツの悪そうな表情をしながら、約一か月ぶりの再開を果たすユーリ。諦めたように大きくため息を吐き、二人を見れば、目を丸くし、固まっていた。

















 
 

 
後書き
「ようやく書けたぜ……バタッ」

ユーリ「遅ーよ、一話目投稿から何日経ってると?」

「いや、マジすいません……。これから頑張り〼。」

シィ「出番……」

 

 

人狼

 
前書き
うゎい!ケンケンさんとコラボしてもらえたよ♪

初コラボめっちゃ嬉しいです!(゚∀゚ )三 三( ゚∀゚)」


 

 
元攻略組プレイヤー:ユーリ。彼は目にも止まらぬ高速の太刀筋から"神速"と呼ばれ、"黒の剣士"キリトと双璧をなすソロプレイヤーの1人として、アインクラッド第48層まで最前線で活躍していた。また、舞うような体捌きと美少女の容姿から"舞姫"とも呼ばれていた。ただ、この二つ名を本人の前で口にすると八つ裂きにされるので注意が必要である。48層が解放され、しばらく経つと消息を絶ち、約一か月以上もの間姿を見せていない。

◆

「まさか、噂のプレイヤーがユーリだったとは思いもよらなかったな」

「それは私も驚いたよ。それに頭のソレどうしたの?」

「…………後でまとめて説明するよ。で?俺をどこに連行する気だよ」


第50層の迷宮区でアスナとキリトの二人に捕まってしまったユーリはドナドナと呟きながら、二人の間に挟まれ第50層主街区《アルゲート》の市内を歩いていた。通りがかる人達が何事かとこちらを向いてくるのを煩わしいと思いながらおそらくホームで待っているであろうシィへとメールを送る。

『キリアスに捕まった。多分、遅くなる』

メールを送って、1分もしないうちに『ハハハ、ついに捕まったか笑笑』と返信してきた。少なからず、幼馴染みに殺意を抱く。

「なぁ、ユーリなんでフード取らないんだよ。」

「取れるか、阿保。それにとったら色々と騒ぎになるだろ。ただでさえ、自分の容姿は目立つのにこれ以上目立ちたくないんだよ。…………あと、害虫避け」

ただでさえ、容姿が美少女なユーリが噂のプレイヤーだと知られれば騒ぎが大きくなるし、それを差し引いても女性が少ないソードアート・オンラインの世界において男どもがアプローチ(ナンパ)をかけてくるのだ。鬱陶しいことこの上ない。

「着いたぞ。ここがエギルの店だ」

ついた場所は一軒の店で中を覗くとプレイヤーが大柄褐色スキンヘッドの男に恐喝されているような場面が伺える。

「ヘェ〜、エギルさんって見かけによらず商売人なんだね。」

「あれは商売人っていうよりヤクザか、ブツの取り引き人だろ。」

「おい、聞こえてんだよ!って、血盟騎士団副団長のアスナさんじゃねーか。それとそっちのローブ被ってる奴は誰だよ?」

カツアゲを終えたエギルは青筋を額に何本も浮かべながら店内から出てきた。そして、アスナがいることを認識すると怖すぎる表情を二ヘラとだらしなく緩ませる。

「とりあえず、中に入れてくれよ。話はそれからだ」

店内に入るとカウンターテーブルがある一角に通され、コーヒーが振舞われる。自分で淹れた方が美味いな……。

「で?そいつが例の噂のプレイヤーか?」

早速話題を切り出してくるエギル。こっちをガン見しないで欲しいんだが?主に顔が怖いのと、キモいので

「まぁ、そういうことになるな。ユーリもいい加減フード取ったらどうだよ。どうせもう逃げられないしさ。」

「その逃げられなくした張本人に言われたくねぇよ!はぁ、もういいや。」

諦めフードを取り、素顔を見せる。エギルは大きく目を見開きフリーズしてしまう。

「マジか、人狼はユーリだったのか……道理で姿を見せたくないわけだわ。その髪と耳じゃなぁ。クク、けどまさかあの舞姫が人狼だったとは…………」

「エギル?喧嘩売ってんなら高く買うぞ?」

そう言いつつ、ナイフを数本投擲する。それを必死になって避ける。とりあえず、商品は狙わずにターゲット(エギル)だけを狙っているので問題ない。

「おまえ、容赦なさ過ぎだろ⁉︎っあぶね!商品に当たったらどうするつもりだこの野郎!」

「大丈夫だ、お前だけを上手く狙ってるから。それと死ね!」

それから数分間必死になってナイフを回避し続けるエギル。二人に助けろと目線を送るが二人は自業自得だと返すと、我関せずと言わんばかりにコーヒーを啜る。
ようやくユーリの怒りが収まった頃にはゼーハーと息も絶え絶えな状況になっていた。

◆

「さて、本題に入ろうぜ。ユーリのその容姿はなんなんだ?特殊なスキルなのか?」

「物凄く突然だな……。まぁキリトの問いに対してはイエスだな。そのまんま"人狼"って言う名前のスキルだ。効果はステータスの強化と一部スキルの補正、あとはこの髪色と狼耳の強制って言ったところだな。」

「しかし、男に獣耳って似合わねと思ってたが、案外似合うものだな。意外と可愛いぞ、ユーリ」

「男に可愛いは褒めてねぇよ。」

それだけ説明すると《フェイス・チェンジ》を起動させ、髪色は黒になり、耳が消える。キリトは勿体無いな〜と密かに呟いたが聞き耳スキルにも補正がついてるためバッチリ聞こえている。あいつ、こういうのが趣味なのか?

「それでどうやってそのスキルを入手したの?」

「ん〜、クエストの初回クリア特典的な?とりあえず、クエストをクリアした時にこのスキルを入手するかどうかが出てきてイエスを押したらこのざまだよ。」

「え?じゃあ、うちの団長の"神聖剣"みたいなユニークスキルって事?」

「いや、あんなチート染みたものじゃないだろ。それにただの早い者勝ちってだけだからな。体術とかのエクストラスキルの分類じゃないか?」

その説明を聞いてふーんと納得する。
そして、メールが一通届いたようで内容を確認すると「あ、ゴメン。ちょっと急用できたから、じゃあね」とだけ言い残して店内を出て行ってしまったアスナ。

紅一点であるアスナが消えたことと話題もあらかた出尽くした事で話が続かなくなり、沈黙した雰囲気の中、キリトがローブの下から見え隠れしている白いふさふさした尻尾を指差しながら口を開く。

「なぁ、ユーリ……それ触っていい?」

「明日の情報誌の一面に『黒の剣士、謎の変死体で見つかる』って記事が載っても構わないならいいぞ?」

キリトの問いに関してニッコリと笑顔で答えるが要するにBU☆THI☆KO☆RO☆SUと言ってのと同義である。冷や汗を額に大量に浮かべなから、手を引っ込める。さすがに己の好奇心より命のが大事らしい。

「さて、もうそろそろ帰るわ。それと俺こと人狼の正体はくれぐれも内密に。バレたら、とりあえずお前ら二人を半殺しにしに行くからよろしく。じゃあな、エギル今度会う時はアイテムの買い取りでも頼むわ。」

「……さらっと怖いこと言うな」

「お、おう、じゃあなユーリ。客としてなら、いつでも歓迎するぜ」

バレた時の報復の事に関して戦々恐々としながらも営業スマイルで見送る。


◆◇◆


「迷った……どこ、ここ?」

エギルの店を出たはいいものの現在、右も左もわからない状況で絶賛迷子中のユーリだったりする。

第50層主街区《アルゲート》は薄暗くさらに入り組んだ作りをしているため、初見で奥の方まで行ったプレイヤーが出てこれなくなったという説話はよくある。そして、ユーリもその哀れなプレイヤーの内の一人となってしまったのだ。

「もう…ヤダここ。転移、コラル!!」

諦めたように呟くと転移結晶を用意し自身のホームがある場所を唱える。青白い光がユーリを包み込み、薄暗い町から脱出することに成功するのだった。その際、ユーリはもう二度とこんなところに来るか!と強く心に決めたのだった。


◆

第22層【コラル】

小さな湖畔がいくつもあり、このフロア全体が森林に囲まれた層。そして、転移門から離れた所にある大きな湖の前にユーリとシィが住むホームがある。

家の玄関の前までつくとなにやら人の話し声が聞こえてきた。誰だろうと思いつつ、扉を開け中に入る。そして、同居人のシィの他にもう一人の人物を目にして、ズッコける。

「な、なんでアスナが居るの!? お前、急用ができたんじゃなかったのかよ……いや、まさかシィか。」

上半身を起こし、二人を見るとアスナはニコニコとし、シィはニシシと笑みを浮かべている。どうやら、アスナを呼び出したのはシィで正解らしい。

「まさか、ユーリ君がこんなところに潜伏してるとはね〜。思いもよらなかったわ」

「けど、いいところでしょ?景色もいいし、空気も澄んでるしさ。」

シィがお家自慢を始め、ガールズトークが再開されたので一旦自室へと行き、この頃よく部屋着として着ている紺色の布地に白色で雪結晶があしらわれた浴衣に着替える。その姿をアスナが目にすると頬を微妙に紅く染める。どうした?

「なんか、ユーリ君の女子力がアップした気がする……どうしてそんな似合うのよ」

「褒められているのか、貶されているのかわからないんだけど…」

「ユーリの可愛さを褒めてるんだよ!」

またこの展開かよ…とため息を吐きつつ適当に受け流す。男相手なら、容赦無く制裁できるが女性相手にはそうはいかないので対応に困るな〜と内心悩むユーリ。

「ねぇ、その浴衣ってどうしたの?そんなの何処のお店でも見かけた事ないけど」

アスナが自分が着ている浴衣に興味を示したのか凝視している。

「ふふん、それは私作だよ、アスナ。ちなみに裁縫スキルは完全習得してます!」

誇らしげにない胸を張るシィ。阿保プラス余計に貧相な胸が強調するからやめろよと内心でツッコム。

「えぇ⁉︎すごい!今度私にも服作って!」

「いいよ〜、幾つか作って余ってるのがあったからあげるね♪」

それを聞いたアスナはヤッター♪と舞い上がる。バーサーカーのアスナさんは何処へ?

「あと、ユーリは料理スキル完全習得だから。ユーリの料理は絶品だよ〜」

「嘘!?ま、負けた……男の人に……。なんでユーリ君ってこんなにも女子力高いのよ……。」

急に落ち込み、床に"の"の字を書き始めるアスナ。さっきから俺への流れ弾が酷い気がするんだが⁉︎

「そう落ち込むなって、ついでに晩御飯も食べてく?」

うんと小さく傾く。まだショックから立ち直れていない様子。なんかものすごく罪悪感があるんだが……

それはさておき今日は何作ろうか……。そう考えながらキッチンに立つ。

まずはパスタ麺を茹でて、茹で上がる時間までに具材となる野菜などを刻んでおく。と言っても、包丁を一振りすればすぐに任意の切り方で切れるようになっているのだ。現実とは違い、簡略化され過ぎて作る楽しみというものが半減しているSAOの料理。と、そんな事を考えてたらパスタが茹で上がったようである。これも通常5分は茹でるところを1分で済ませれる。そして、茹でた麺と切った具材をフライパンに入れて一緒に炒め、味付けにケチャップを混ぜ合わせれば完成。たった3分で完成!超お手軽&時短ナポリタンの出来上がりである。

「なんかいい香り。何を作ったの?」

「ナポリタン?」

「何故、疑問形⁉︎」

「いや、ピーマンの代わりに人には言えない緑色の謎物質を使ってるから」

「え、なにそれ超怖い⁉︎食べて大丈夫、ソレ⁉︎」

「安心しろ、毒じゃない……」

「なぜ目を逸らす!」

シィとボケとツッコミの応酬をしながらもテーブルの上をセッティングし料理を並べていく。終始、アスナの視線が料理に釘付けになっているのだが……。

「じゃあ、食べますか。いただきます」

「いただきます。」

フォークでパスタ麺を巻き取り、パクリと一口食べる。アスナはその味に目を見開いて驚く。

「あっ、美味しい!しかも、この味、…………。もしかして、ケチャップ!?どうやったの⁉︎」

驚きの余りにユーリの肩を掴んで前後に激しく揺さぶる。それもそのはず、このSAOの世界において現実世界の味を再現できる物は少なく、見た目は林檎、味は桃みたいな外見と味がそぐわないものがほとんどである。さらに調味料などほとんど無く、あったとしても塩くらいである。

「ちょ、吐くから揺らすのやめて!」

「あっ……ごめん、ユーリ君」

ようやくアスナの暴走が止まり、解放されるユーリ。危うく調味料の作り方とは別の物を吐きそうになっていたところである。

「作ったんだよ。ところでアスナ、料理スキル今どの辺?」

「え?今は……600くらいかな?けど、作ったってどうやって?」

「まぁ、完全習得すればわかるけど、スキルの熟練度あげると食べ物の味覚エンジンを解析できるようになって、色々組み合わせて調味料とか作れるようになるんだよ。それで、かたっぱしから味覚エンジンを調べまくって、ついに『ケチャップ』を完成させました。めでたしめでたし。」

そこまで話、再度アスナの方を向くとドナドナと呟きながら、お皿フォークで突っついていた。アスナさ〜ん、もうお皿の上は空ですよ〜って聞いてねぇ⁉︎
なにやら呟いているので耳を澄ますと、「男の子に負けた……いや、男の娘に負けた……」と聞こえてきた。ものすごく貶されている気がする

「まぁ、料理は毎日するからアスナもすぐに完全習得できるって。」

「そ、そうだよね!けど、まさかユーリ君一か月、誰も見かけなかったのって……。」

「そうだよ。ほぼ毎日厨房に篭っては料理の研究してたよね〜。あれは狂気染みて怖かったな」

「まぁ、そのおかげでこうして美味いもの食べれるからいいだろ。それにケチャップ以外にもできたし」

「だね〜。この前はテリヤキソースとか作ってマクド○ルドのバーガーとか再現してたもんね。アレは美味しかった」

この前作った照り焼きバーガーの味を思い出したのか表情がだらしなく緩む。あの時は驚きの余りトリップしてたもんな。
一方、二人の会話を聞いていたアスナは目を丸くしていた。

「なんなのこの人…………男の子のくせして、可愛くて、強くて、女子力高いって……ハイスペック過ぎるって」

終いには、チートや!ビーターや!と叫び出すアスナ。ドードーとシィが宥め、事無きを得る。


◆

「そういえば、なんでアスナが居るんだっけ?」

晩餐が終わり、食後のティータイムを楽しんでいる時にふと疑問に思った事について尋ねると

「「え、今更⁉︎」」

二人の声が綺麗にハモる。

「いや、だってさ、帰って来た頃にはアスナは既に居たし」

「あー、そうだったね。まぁ、ぶっちゃけ私がアスナを呼んだんだけどね〜」

あっけらかんとして言うシィはユーリはまたかと思う。


「実は二人にお願いがあります」

二人の会話を聞いてる中でアスナは紅茶を一口、口に含むと真剣な面持ちになり、二人に向き合う。その表情はかつてボス戦攻略会議で見せた時の表情そのものだった。

「二人に次のボス戦に参加してもらいたいんです。第50層のボスは前回のクウォーターポイント、25層の時と同様、今までよりも苦戦すると思われます。だから、『神速』と『死神』と呼ばれた二人にぜひ協力してもらいたいんです。お願いします」

椅子から立ち上がり、腰を90度曲げ、頭を下げる。

「ん〜……いいよ」

「ああ、俺もバレちゃったしな」

「そうですよね……やっぱダメですよね……ん?っていいの!?」

あっさりOKされた事に驚く

「けどさ、一旦攻略組から抜けた俺らがまた堂々と参戦していいのか?少なからず、批判は出るんじゃないのか?特に青竜連合とかさ……あいつらそういうの煩いじゃん」

「別に二人は攻略組の中でもトップランカーだから大丈夫だと思います。もし出たとしても私が黙らせます」

「あ、アスナ……意外と怖いこと言うね〜」

アスナの気迫にシィが若干引いている。流石、攻略の鬼と呼ばれただけあるな〜

「あと、こっちからも条件出していいか?」

「え?あ、はい」

「俺のスキルの事に関してボス戦が終わるまで黙っていてくれ。単に俺が悪目立ちたしくないからなんだけどな…」

正直、自分の我が儘なのだがアスナはわかりましたと一つ返事で了承してくれる

「あと、優秀な武器職人を紹介してくれないか?アスナのそのレイピアってプレイヤーメイドだろ?見た感じかなり優秀だと思んだけど」

一瞬、驚いたものの快く教えてもらえた。どうやら、48層のリンダースという主街区にあるらしい。

「じゃあ、攻略の日時が決まったらメールしますね。じゃあ、もう帰るね」

シィがじゃあね。とアスナを見送る。

「はぁ……またボス戦か。」

約一か月ぶりのボス戦の事を思い、一人呟く

「ところでさ、ユーリはあのスキル使うの?」

アスナを見送り、戻って来るなり俺の隣に腰掛け、肩を寄せてくる。シィがこういう風に甘えてくるのは少なからず心配な事がある時なのだが……

「危なくなったらな……それに今の武器じゃ使えないしな〜。その辺はアスナが紹介してくれた子に期待かな?って寝てる?」

隣を見るといつの間にかシィが規則正しい寝息を立てて眠っていた。恐らく久しぶりにはしゃぎ過ぎたのだろう。そのままにしておくのは可哀想なのでソファに横にし、毛布をかけておく。

「んん……ゆぅりぃ」

「はぁ……俺は大丈夫だから。それに……前みたいにお前を危険な目に合わせない」

寝言で自分の名前を呼ぶシィを見ながら決意を新たにするのだった。







 
 

 
後書き
そう言えば、なんでユーリって尻尾触らせないの?正直、モフリたい……

ユーリ「うっ……それは……」

シィ「説明しよう!ユーリの尻尾と耳は本来プレイヤーにない部分にも関わらず、強く握られたりするとヘンな感じがして、力が入らなくなるのだ!某デビルーク星人みたいに弱点なのだ!まぁ、私は常日頃からユーリが油断して、隙を見せるのを虎視眈眈と狙ってモフッてやろうと企んでいるけどね〜」

つまり、びんかn「ズシャ!」……チーン

シィ「えー、もし触ろうとするとこの駄作者のように容赦無く殺ってくるのでくれぐれも細心の注意をはらってモフリにいきましょう。では、次回もよろしくぅ♪」

 

 

武具店

アスナにボス戦参加を頼まれた翌日、ついにボス部屋が発見され、ボス攻略は三日後ということになった。

そして、現在アスナに教えてもらった武具店を探しにアインクラッド第48層【リンダース】まで足を運んでいるのだが一向に見つかる気配がない。

「リズベット武具店ってどこだよ!」

「……アレじゃない?」

シィの指差す方向には、大きな水車が備え付けられた一軒家。アスナの証言と一致している。そして、【リズベット武具店】と看板もあるのでここで正解らしい。

「なんか武器屋って言うくらいだからもっとゴツいかと思ったぞ」

「確かに。けど、このお店すごくセンスがいいね。店主は女の子かもね〜」

扉を開けて入るとカランコロンと入店を報せる鐘が耳に心地よく響き、「いらっしゃいませ〜」とNPCの売り子の声が聞こえてくる。

「店主を呼んでくれる?」

「かしこまりました〜」

ぱたぱたと店の奥へと引っ込み、入れ替わりでピンク頭にフリルのついたエプロンドレスを着た少女が出てきた。

「どうも、この店の店主のリズベットです。え…と…?」

此方を見て、言い淀むリズベット。隣でシィが「フード取りなよ」と小声で言いながら脇腹を突っついてくる。いつもの癖でついついフードを被ってしまいがちで急いで取り、素顔を見せる。すると、リズベットと名乗った少女は目を大きく見開いて此方を凝視してきた。

「…………可愛い」


フードによって隠されていた顔を見た時思わずそう呟いてしまった。肌は雪のように白く、セミロングの艶のある黒髪は惚れ惚れしてしまうくらい美しい。友人であるアスナも美少女であるが、"彼女"は守ってあげたくなるような可愛さを持っていた。
改めて、"彼女"の方を向くとムスッとし、明らかに不機嫌である。さらに隣のポニーテールの女の子は口を手で抑えて笑うのを必死で我慢している。え?私何かした⁉︎

「可愛いって……俺は男だぞ」

「え?」

耳に手を当てて、もう一度お願いと催促をする。

「俺は男だ!!」

「エェェェェェェ!!??」

リズベットの絶叫が店内に響く。


◆

「全く……。ユーリだ。よろしく、これでも男だからな」

「あはは……はぁ〜、笑った笑った。いや〜、ナイスリアクション、リズさん。私はシィって呼んでね」

なんとか事情を説明……というか、ユーリが男だと納得させたわけだがその間、シィは腹を抱えて笑い、リズベットはマジか……と頭を抱えていた。

「よろしく、リズでいいわ。しかし、ほんっとうに、男だとはね……。」

悪かったなとユーリが不貞腐れ、シィがそれを宥める。割といつもの光景である。

「しかし、ユーリってどこかで聞いた事のあるような……」

「まぁ、これでも攻略組だしな」

「へ?攻略組⁉︎あぁ!思い出した!」

攻略組と聞いた時、何かを思い出せたようでポンッと手のひらを打つ。

「アスナと双璧を成す美少女プレイヤーで、攻略組の紅一点!だけど、ある日を境に姿を見せなくなった事から熱烈なファン(ストーカー)に拉致・監禁されているとかなんとか…」

「ちょっと待て⁉︎誰が美少女だ!それに後者はおかしいだろ!拉致監禁って……」

巷で広がっていた自身についての噂を耳にし唖然とする。

「あはは、美少女だって〜。あはは、お腹痛い。ねぇ、まだあったりする?」

「そりゃあ、まだ沢山……「もう言わなくていいから!」ちっ」

なぜか舌打ちをされる。これ以上、話させたら俺の精神がモタなさそう……。

「ところで、なんで攻略組の方々が店開いて間もない武具店に?」

「アスナにいい店ないかって聞いたら、ここを教えてくれた。アスナのレイピアもリズベットのオーダーメイドだろ?」

そう言うと、ふふんと誇らしげに鼻を鳴らす。

「さすが、アスナ!早速宣伝しといてくれたんだ。そうよ、アレは私が今まで作ってきた中で最高傑作よ。あと、リズでいいわ。その代わりタメ口で行くけど」

丁寧語を使っていたかどうか疑問なのだが⁉︎……初っ端から女子扱いされたしな

「了解。そーいや、内装もアスナがやったのか?」

「内装はアスナと一緒にしたわ。……髪型はアスナだけどね」

わー、物凄く納得いく。嬉々としてリズをコーディネートしている姿が目に浮かぶ。

「ところで今日はどうしたの?研磨?武器?」

「あぁ、新しく刀を打って欲しいだ。」

「オーダーメイドって事?……金属の相場が高くなってるけど」

ジロリとユーリの装備を品定めする。黒のローブに袴っぽい物に、上の服はわからないか……。けど、お金大丈夫かな?と心配になる

「ん?金なら心配ないぞ」

「そ、そう。けど、どんな刀にするの。とりあえず、これが今うちである最高の刀だけど」

ふと振りの刀を手渡してくる。大振りの刀身で、大太刀という分類らしい
片手で持ち、振ってみる。なぜか、リズが目を見開いて驚いているだが?

「…………軽いな」

「あんた、どうゆう筋力値してんのよ⁉︎それ、重量系のインゴット使ってるし、重さの方にステ振ってんのよ⁉︎それが軽いって……。あんた、どんな刀使ってるの?」

軽く人外認定された気がする。とりあえず、参考代わりに自分の今使っている刀を渡すと、落としそうになるリズ。

「重っ⁉︎どんな刀よ、コレ⁉︎魔剣クラスじゃない!」

「【妖刀ー紅椿】ですが……何か?」

「 よ、妖刀ー紅椿⁉︎って、あの超難関クエの!」

どんなのと言うのは、めんどくさいので省く。ソロ専用で、モンスターがうじゃうじゃ湧いてくると思ってくれ。

漆塗りの漆黒の鞘から、刀を抜くとまるで血を吸ったような赤みを帯びた刀身が露わになり、キラリと光を反射する。

「これ以上の奴作れるか?」

そう言うと首を横に振るリズベット。

「無理ね。精々今のクウォーターポイントをクリアしない限り、この妖刀を
超える剣を作れるインゴットなんて出てこないわよ」」

「そういうだろうと思ったよ。インゴットはこれを使ってくれ」

ポケットから半透明なインゴットを取り出し、カウンターへと置く。

「【神滅石】?聞いた事ないわね。どこで手に入れたの?」

「それは言えない。まぁ、できそうか?」

「無理ね」

即答するリズベット。使えねー、と目をで訴えかけるユーリとシィ

「ちょっと何その目は⁉︎無理って言っても、今はってことよ!」

「へぇ、じゃあ策があるの?けど、インゴットって打つだけじゃないの?」

とシィが疑問を口にする

「チッチッチ。インゴットわね、それを打つ為のハンマーとか、炉に入れる火とかレアリティがあってそれ相応のレア度じゃないと弱い武器になっちゃうわけよ。それで今使ってるやつだとね〜……。」

なるほどと納得する。

「けどね、最近になってレアな火とハンマーが手に入るクエが見つかったのよ!」

「あっそう、じゃあそれを取ってこればいいんだな?じゃあ、行ってきまグエッ⁉︎」

シィも既に出発する準備をしており、いざ行こうとするとフードの部分を思い切り後ろに引かれ、蛙が潰れた時のような声を出す。

「ちょっと待ちなさいよ⁉︎クエストの情報とか何も教えてないでしょ⁉︎それにさりげなく私をおいて行こうしてない⁉︎」

「…………。ナンノコトカナ?」

「その間はなんだ!その間は⁉︎」

リズの追及をめんどくさそうにしながら、スルーするユーリ

「で?そのクエストって、何?俺らがさっさと行ってクリアしてくるけど」

任せなさい!とナイ胸を張って主張するシィ

「まあ、手伝ってくれるに越したことはないけど。そのクエスト、鍛治スキルを習得しているプレイヤーが居なきゃいけないらしいのよ」

「 要するに連れてけと…………。わかった。それで、クエストの内容と場所は?」

数秒考えた後、リズの同行を許可する。

アレがあるからあんまり人とパーティー組みたくないんだよな……。

ちなみにユーリの言うアレとは、今は隠している尻尾とかである。


心配だな。と内心ため息を吐くユーリだった



◆◇◆

「うわ〜、暑いね。ここ」

シィがうんざりといった感じで愚痴を零す。それほどに今居る場所、《ボルケーノ火山・坑道》というダンジョンは蒸し暑いのだ。

鍛治用アイテムを手に入れる為に武具店から出た3人はクエストを受ける為に第30層にあるボルケーノ火山と如何にもな名称の火山の麓まで来ていた。そこで一人のNPCから約一時間ほど自慢話しを聞かされ、最後にチョロっとクエストの内容が伝えられる。

内容はボルケーノ火山の奥地に生息する竜からドロップされる【竜玉】というアイテムの入手。
だが、何十組ものプレイヤーがこのクエストに挑んだが誰もアイテムを入手できていない。中には、3桁に及ぶ程の回数をこなしたプレイヤーもいるそうだが無駄足に終わったらしい。そして、プレイヤー達は鍛冶スキルをある程度習得しているプレイヤーが居なければ、ダメなのではという結論に至る。


「まぁ、それは違うと思うけどな」

その考えは速攻でユーリに否定されたが……。

「なんでよ⁉︎」

「まぁ、行けばわかるだろ」

そう言うと、奥へと続く道をとっとと先に行ってしまう。


ここ、ボルケーノ火山ー坑道にポップしてくるモンスターのレベルはだいたい30で、高くてもそれより5上くらいである。そして、ユーリとシィの二人はレベル70越え、鍛冶職のリズでもレベルは45はある。
何が言いたいかというと物凄くオーバーキルなのだ……モンスター達にとって。先程から、ユーリが先頭を行き、うじゃうじゃと湧いて来る敵を全て数撃でHPを削りきり、霧散したポリゴン片が消える前に別のモンスターが倒されていくのでそこら中にはキラキラとポリゴン粒子が輝きを放っている。
そんな様子を見て、シィは武器すら持たず、あははと苦笑いを浮かべ、リズはと言うと……

(な、なんのよあのプレイヤー……。強過ぎでしょ‼︎いくらレベル差があるからってソードスキルを使わずに一撃で屠っていくなんて)

ユーリの規格外さに呆れかえっていた。

また、ユーリもソードスキルを使わずに戦っている理由は使えば、フェイスチェンジの効果が自動で解除され、頭のケモミミが露わになってしまうからである。あまり人目に晒したくないので多少無理しつつもソートスキル縛りで戦っていたのだ。

そうこうしているうちに、道が広がり、円形になっている場所へと出る。そして、その円の中央には赤茶色の鱗で覆われた土竜が鎮座していた。名前は【ティアマット】らしい。

『GYAAAAAAa‼︎‼︎』

「うるさいよ!」

『グギャア⁉︎』

開戦の合図と言わんばかりにティアマットが咆哮をあげるが、シィが身の丈ほどある漆黒の大鎌を構え、ティアマットの顎を下からカチ上げ、即座に黙らせる。シィはしてやったりと満足そうな顔をしている。

「さぁ、踊りましょう♪」

その言葉と共にシィの両手に持つ大鎌が深蒼のライトエフェクトを放つ

大鎌 八連撃 デスワルツ

上段からの強烈な一撃をティアマットの顔面に見舞うと、踊るようにサイドステップを踏み、側面を斬りつけていく

『ギャァァァァ⁉︎』

的確に鱗と鱗の間、防御が薄い部分を狙われ悲鳴に近い雄叫びをあげる。そして、仕返しとばかりに硬直時間(ディレイ)で動けないシィに前脚を振り下ろし、剛爪で引き裂こうとする。

「あ、危ない⁉︎」

その様子を見て、リズが叫び声をあげるもユーリは何もせずつっ立ったまま。そして、シィは余裕の笑みを浮かべティアマットを見ていた

「あまいあまい」

無理矢理に身体の重心を後ろに倒し、身体を後ろへと反らす。そして、体術スキル 弦月を発動させるとサマーソルトキックの要領で繰り出された攻撃はティアマットの前脚を弾き、その反動を利用し後方へとバック宙で距離を取る

「せいやぁ!」

着地と同時に硬直時間が解けると大きく前に踏み込み、ティアマットに急接近する

大鎌 単発技 クイックスラント

真横に振られた高速の一撃が顔面を捉え、その巨躯をぐらつかせる。硬直が解けると即座に回避をとり、肉薄、攻撃、回避、そして、接近とテンポよくダメージを与えていく

「あんたもあの子も無茶苦茶だわ。攻略組って、こんな化け物染みた輩ばかりなのかしら……。」

中ボスクラスの相手をたった一人で圧倒しているシィを見て、頭を抱える。本来なら、数人のパーティで防御と攻撃を分けて行う筈の戦闘をたった一人で、しかも余裕の笑みすら浮かべているシィを見れば誰でもこうるだろう。

リズがそんなことを考えているうちにティアマットの悲鳴と共に一本目のHPバーが破壊される。

「さて、そろそろ俺らも動くぞ」

「わかったわ」

二人共が武器を構え、ティアマットへと向かって駆け出して行く。シィをティアマットの正面に配置し、そこから三方向から囲むように陣取ると各々の武器による攻撃を仕掛けていく。リズは的確にヒットアンドアウェイを心がけ、安全にせめていき。ユーリはソードスキルを使わず、弱攻撃を連続して当てていくスタンスを取っている。

「プレス攻撃、来るぞ!」

そして、ユーリが指示をだし、二人がそれに従う。連携された動きのおかげで10分を少し過ぎたあたりで二本目のHPバーが消失する。それを確認したリズは内心、ほんっと無茶苦茶ねと呆れていた。

だが、それが油断となり、リズを襲う。

「キャァ⁉︎何よ、こいつら!!」

いきなり背後から黒い物体に奇襲をかけられ、叫び声をあげる

三本目のHPバーに突入した事により、ティアマットの行動パターンが変化し、雄叫びをあげる。すると壁にところどころ空いている穴から巨大な黒いコウモリが何体も湧出してくる。つまり、取り巻きと成るモンスターを咆哮によって呼び寄せたのだ。

名前は"ダーク・バット"。高い隠蔽能力を持ち、背後から奇襲を得意とするモンスター。一体なら全く問題ないが団体でポップしてきて、プレイヤーを囲んでチマチマと攻撃を仕掛けてくる。そして、リズにとって相性が最悪だ。的が宙に浮かび、小さい為、リズのメイスの大振りなスイングは掠りもしなく包囲網をだんだんと狭めてきて、焦りを感じ始める。

「ちっ!シィ、頼んだ!」

「はいよ〜、任せて〜」

リズの危機を察したユーリは即座に援護するべく行動を起こす。ティアマットを隔て、反対側に居るリズの下へと行くため、筋力地をフル活用して壁のような巨躯を飛び越え、リズのすぐ真横へと着地する。そして、ユーリの持つ刀がライトエフェクトを放つ。

「伏せろ!」

「へ⁉︎あ、はい!」

刀 高範囲技 旋車

ユーリを中心に円を描くように振るわれた刀は取り囲もうとするコウモリを次々に食らっていく。そして、たった一度刀を振るっただけでコウモリ達の包囲網を破壊し、運良く残ったコウモリも的確に攻撃を当て、屠っていく。

「大丈夫か?」

「ええ、ありがと。助かった…………え?」

ユーリの問いかけに反応し、返事をし、顔をあげる。そして、視界に写ったモノを見て、目をまん丸にする

「え?なに……それ?いぬ……みみ……?」

「やべ……」

リズが指さしたままフリーズし、その指の先には銀毛に覆われた犬?耳。そしてさっきまで黒かった髪は白く、いや銀髪に変わっていた。一方、ユーリはやっちまったと表情を固まらせていた。



























「な、な、な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ⁉︎」


パリーン


ようやく、再起動したと思った矢先に絶叫をあげる。だが、それはティアマットの断末魔とポリゴンが砕ける破砕音によってかき消された。

「ありゃりゃ、やっぱバレちゃったのね」

静かになった洞窟内にシィの独り言だけが虚しく響いた。

 

 

神刀ー神威ー

 
前書き
はぁ、この頃筆が進まない( ̄− ̄) シーン…

前回までのあらすじ
アイテムを入手しに、ダンジョンまできたよ。
↓
ボスと戦うよ。
↓
ユーリの狼耳と尻尾がリズに見られちゃったよ←今ここ



 

 
「えぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

「うるさい」

「〜〜〜〜ッ⁉︎イタイじゃない!」

鞘で殴られたリズは頭を抱えて、涙目になりつつ殴った張本人を睨みつける。

「何すんのよ⁉︎てか、その犬耳なんなのよ!」

「おわっ⁉︎逆ギレ!」

八重歯を抜き出しにしながら、ユーリにつかみかかる。それをひょいひょいとからかいながら躱す。

「ついにばれちったか……。まぁ、予想はしてたけどね」

あははとシィはじゃれ合う二人を見ながら笑っていた。


ーー数分後、

「また奇怪なスキルがあったもんね〜。ところでさ〜、その犬耳モフらせて」

「とりあえず、狼なんだけどな。そして、さっきから触ろうとすんな!」

「全く減るもんじゃないし、ケチ!」

頭の耳へと伸びる手をパシリも叩き落とすユーリ。

「ねぇー、ところでさ、例のアイテムって出たの?」

「あー、そうだったそうだった。私の方は出てないわね」

各々がそれぞれの取得したアイテムを確認していく。全員、ハズレのようでため息が漏れる。唯一、ユーリを除いて

「まぁ、予想した通りだな」

「ど、どういう事よ⁉︎」

「そもそも、NPCが言ってたモンスターと種類が違うだろ。」

「「へ?」」

はぁー……。と大きくため息を吐くと説明を始めるユーリ。

「お前ら寝てて聞いてなかったからだろ。NPCは首を赤い宝玉が埋まってる翼竜って言ってたんだよ。さっき倒したやつとは違うだろ?」

「な、なるほど。けど、此処にはティアマット以外ドラゴン系のモンスターはポップしないわよ!」

「此処には……な。」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべるとツカツカと壁側まで歩いていく。そして、右拳にライトエフェクトを纏わせ、閃打を発動させ壁を思い切り殴りつける。

するとガラガラと激しい音を立てながら土壁が崩壊して行き、マップには新たな道が出現する。

「なぁ⁉︎そんなのありぃ⁉︎」

「あー、なるほど。隠しステージですか……。」

リズは信じられないと言った風な感じで、シィはその逆で合点がいったと相槌を打つ。

「まぁ、RPGでよくある事だろ。さて、こっから隠しステージだけあってレベルが高くなってるだろうから気を引き締めろよ」

「あいあいさー」

リズも足手纏いにならないように気をつけなきゃと手に持つメイスのグリップ部分を、ギュッと握り込む




ーー数分後……

そんな私がいました…………はい。


平均レベルは10近くも上がっており、確かにモンスターは強くなっていた。だか、それ以上に強過ぎるのが二人。

戦闘に大鎌使いのシィも参戦し、そしてユーリはソードスキルが解放された事によって威勢良く立ち向かってきたモンスター達は皆、戦闘開始数秒後にはポリゴン片へと変えられていた。

初めの方の緊張感を返せ!と内心叫ぶリズだった


◆◇◆

「さて、着いたな。」

「案外、楽だったね〜」

「あんたらが強過ぎなだけでしょ……」

三人は洞窟には不釣り合いな巨大な鉄扉の前に居た。ここまでの道中全て一本道だったもののなかなかの量のモンスターがポップしてきていたが、ものの数分で最奥地まで辿り着いてしまい、リズは二人の規格外さに呆れを通り越し、つっこむ事をすでに放棄していた。

「準備はできたか?」

「えぇ、できてるわ」

「こっちもオッケーだよ」

各々がHP、武器、アイテム等の確認を終えるとユーリがおそらくボスが待っているだろう部屋へと続く扉を開ける。

中はティアマットと戦闘をした時のような円形の部屋。違いと言えば、直径が一回り大きくなった事と縦に伸びていることくらいである。そして、三人が中央まで歩みを進めるとバタンと勝手に扉が閉まる。

「なるほどね。後戻りはできないと……」

ユーリはポツリとつぶやくと己の刀へと手をかける。

『ギャァァァァ!!』

天井の方から、真紅の鱗に覆われた翼竜が激しい土煙を巻き上げながら三人の側へと降り立つ。

【クリムゾンレッド・ワイバーン】

真紅の翼竜に名前が表示され、それと同時に三本のHPゲージが現れる。そして、翼竜の咆哮が合図となり、戦いの火蓋がきって落とされる。

「いくぞ!」

「おー!やってやろうじゃないですか〜」

「もうこうなったらヤケよ!!」

翼竜向かって走りだし、シィが早速、大鎌を振り下ろす。だが、カーンと甲高い音と共に弾かれ、ノックバックをくらってしまう。すかさず、無防備なシィへと尻尾によるなぎ払いが振るわれる。

「やらせるか!」

間一髪、間に割り込んだユーリがソードスキルを発動させ尻尾をはじき返しつつ、胴体を浅く傷つける。

「ありがと。にしてもこいつ相当固いよ」

一度、翼竜と距離を置くと冷静に敵を分析する。高防御に加え、なかなか動きも素早い。二人がいくら強かろうと何が起こるかわからないため用心してかからなければならない。

「シィは遊撃でなるべく防御の薄い場所を探ってくれ。リズは俺がカバーしてくから積極的に殴ってけ」

「わ、わかった!ユーリ危なくなったら助けなさいよね!」

「任せろ!」

リズは元々生産職であるため戦闘に自信が無さげである。
シィは巧みに翼竜の尻尾や爪攻撃を躱していき、腹や脚を切りつけていく。リズも負けじと打撃系統のスキルを使い、地道にダメージを稼いでいく。

じわりじわりと、しかし一方的に翼竜のHPバーは削られていき、ついに一本目を削りきる。

『グギャァァァァァァ!!』

翼竜は怒り、叫びをあげると息を大きく吸い込み、口から火炎球を吐き出す。それを察知した三人は火炎球の軌道から反れる事によって回避する。

「うわー、火炎球とか……。見た目とか、攻撃方法からしてリオ○ウスだな。」

「この調子じゃ、サマーソルトとかやってきそうだね〜」

「なんの話よいったい……。」

戦闘中のはずなのにのほほんと会話しだす二人を見て、思わず呟いてしまう。ジクザグに移動しながら火炎球を躱しつつ接近し攻撃を再開していく。

大抵のボスモンスターはHPバーが一本減る事に行動パターンが変わったり、攻撃方法が増えたりする。そして、この翼竜も例に漏れない。

一歩後ろに下がるモーションの後、翼を使い推進力を得ると宙返り。そして、その際の遠心力によって勢いよく尻尾が振られシィへと襲う。間一髪のところで大鎌を盾のようにしてカバーが間に合うが完全に防ぎれていなかったため相応のダメージを喰らってしまう。

「うわっ、本当にやってきたよ。ユーリ、回復するから少しお願い!」

「ん、リョーカイ」

シィが後方へと下がったのと同時に翼竜に攻撃を加えヘイト値を稼ぎタゲを自身へと向ける。翼竜は正面で武器を構えるユーリめがけ火炎球を浴びせようと息を吸い込む。そして、いざ吐き出そうとする瞬間、ユーリは一瞬で肉迫すると浮雲を発動させ、顎を下からカチ上げて強制的に口を閉じさせる。放出されるはずだったエネルギーは行き場を失い、翼竜の体内で弾ける。自爆させられた翼竜は口から煙を吐き出し、一時的にスタン状態に陥る。それを好機とみた三人は痛烈な攻撃を仕掛けていき、早くも二本目のHPバーが消える。

『グガァァァァァァ!!』

ついに残りHPが一本分となり、怒り狂った翼竜は三人から距離を取り大量に周りの空気を吸い込む。

「アレはまずいよ!」

何が来るかいち早く察したシィは二人に呼びかける。

恐らく、火炎ブレスによる全体攻撃。私やユーリはレベル的にあの攻撃を食らったとしても残りHPは安全圏だろう。だが、私たちよりもレベルが20以上低いリズは別だ。確実に危険に陥る。どうにかしなければと思考を巡らせるが攻撃を放つ前に落とすしか思い浮かばない。だが、今からでは距離が遠く間に合わない。それに相手は攻撃が届くか届かないくらいの位置でホバリングしているため上手くディレイさせれるか不安である。

ユーリは刀を納刀すると、半歩後ろに身体を反らし左手を鞘へ、柄に右手をかけ、腰だめに構え、


なぎ払った

剛ッッッッッ!!

「「なぁ⁉︎」」

思わず声をあげる二人。

神速の速度で薙ぎ払われた刀は紅い軌跡を残しつつ、強烈な突風を巻き起こす。それは真っ直ぐに壁のように迫ってくる炎にぶつかると霧散させる。そのまま残り風の煽りを受けた翼竜は空中で態勢を崩しそうになる。


「な、あんた何したのよ!」

「抜刀?」

「嘘〜……」

コテンと首を傾げつつ言うユーリに対し、この時ばかりはシィもユーリの規格外さに呆れる。ユーリは抜刀術の要領で刀を抜き放ちその時の勢いで強烈な風を発生、炎ブレスへとぶつけたのだ。むちゃくちゃである。

「さて、今度はこっちの番だな……。」

刀を納刀したまま翼竜の下へと走りっていく。そして、翼竜へと辿り着くと噛みつき攻撃を跳ぶことによって回避し、さらに頭を踏みつけてより高いところへと跳躍する。一度空中で停止するとそのまま頭から翼竜の背中へと落下するような軌道で落ちていく。そして、空中で居合の構えをとり、

「落ちろ……」

抜刀術 重単発技 紫電一閃

ポツリと呟き、鞘から刀が抜き放たれる。刀はバチバチと紫色の雷をスパークさせ、深く翼竜の背中を抉る。強烈な一撃を見舞われぐらりと空中での態勢が崩れる。

体術 単発技 月鎚

そして、追撃でくるりと空中で身体を一回転させ勢いをつけるとかかと落としを翼竜の頭部へと食らわせる。衝撃に耐えられなくなりついに地面へと落下する翼竜。下ではすでにシィとリズが武器を構えスタンバイしており二人とも黒い笑みを浮かべている。そ

「さっきはやってくれたじゃない?仕返しよ!!」

「ジ・エンドだね♪」

にっこりとシィが死の宣告を言い放ち、リズは抵抗のできない翼竜へと怒りのままにメイスをぶつける。その後、スタンが解けた瞬間に転けさせられ、所為嵌め技をされ、少しの間、切ない叫びがボス部屋へと響いていた。そして、それが収まったのは翼竜がポリゴン片へと帰った時だった。

翼竜が倒されるとリズの頭上に黄金の文字が輝き、ファンファーレが鳴り響く。つまりレベルアップしたのだ。やったーと舞い上がっているリズにユーリは紅い球体をオブジェクト化させるとリズへと投げ、それを危なげにキャッチし、大きく目を見開く。

「こ、これって…………」

「クエストの目的の品だな」

アイテムを鑑定すると【紅龍玉】と表され、相当高く売れるレアアイテムらしい。そして、リズは目を大きく見開くと歓喜する。

「これで新しい鍛冶用アイテムが手に入るのね!ヒャッホーイ!!」

このクエスト及びこの隠しステージまでクリアしたのへ三人が最初だ。よって得られる感動もひとしおだ。

「さて、リズ。喜んでいるところ悪いが早く刀を打ってもらいたいんだが?」

あくまで冷静を装って話を進めるユーリだが、彼の服の間から覗いている尻尾はゆらゆらと期待するかのように揺れている。それを見たシィは小さく吹き出す。

「そうね、私も早く武器を作りたいしね」

言うが早いか三人は転移結晶を取り出し、洞窟から脱出する。その後、クエストの品を届け、NPCからクエスト報酬を貰う事に成功する。リンダースにあるリズの店へと帰還した事には既に陽が落ち、夕暮れ時となっていた。

「さぁて、作るわよ!!」

リズは炉などを取り替え準備すると、インゴット片手に張り切って工房の奥へと行ってしまう。二人はそれを見おくりつつ近場の椅子に腰をかける。

カーン、カーンと規則正しいリズムが店の奥から聞こえ、それが約数十分経ったころにようやく止む。打ち終わったらしいので工房へと入って見ると、額の汗を拭っているの傍らに、大太刀が置かれていた。リズは二人の姿を見を認識すると、ドヤ顏を浮かべる。

「きたわね。できたわよ、あんたの刀が。そして、私が打ってきた中で最高傑作……。」

感無量ですという風な笑みを浮かべるリズを横目にユーリは大太刀を手に取るとニ、三回素振りをすると、刀をまじまじと見つめる。
全体的に装飾は少なめだが一目見てその性能の良さがわかる刀。そして、何より目を引くのがその刀身。一切の陰りなく、外の光を受けて銀白に輝いている。

「名前は《神刀ー神威ー》。聞いたことない名前だから、確実にワンオフ品ね。しかも武器に神様系統の名前が付くなんて相当よ」

「神威……神の力を宿す刀ってことか?」

「へえー、そんな意味なんだ。なんか凄いね」

「今使ってる紅椿よりもステータスは高いぞ。あ、そういえば刀の代金は?」

ゆーりがそう言うとリズは首を横に振る。

「いや、さすがに誰もクリアしてないクエストをクリアしてもらってしかも素材のインゴットまでもらっていたら代金なんて貰えないわよ。けど……」

リズはユーリに少し疑うような視線を向けると、

「一つ質問に答えくれないかしら?どうして新しい刀がいるの?今使ってる紅椿でも十分だと思うけど……。」

リズの言葉に反応し、ピクリとユーリの狼耳が動く。

やっぱ、スキルの事ばれてたか……。まぁ、どうせ隠せどうせないから言うか

何かを諦めたように溜息をつくと腰に吊るしてある鞘から紅椿を抜き放つ。だが、刀身は酷く損傷し、紅く妖艶な輝きは失われていた。

「なっ…………なんで……」

リズはそんな刀の状態を見て、絶句する。

「どうして、こうなってるのよ⁉︎普通、こうはならないわよ!」

「まぁ、とりあえず説明より、見せた方が早いだろ。とその前に鞘を見繕ってくれる?」

「わ、わかったわ…………。けど、ちゃんと説明しなさいよね!」

リズは急いでストレージを確認し、鞘を一振り取り出す。漆塗りの漆黒の鞘に金の装飾がされており、神威とマッチしている。そして、刀を腰に吊るし店の表へと出る。

「外に出てどうするのよ」

「まぁ、見ればわかるって」

シィはそう言うとユーリの方を見て、やってくださいなと伝える。

ユーリは居合の構えをとると一気に刀を鞘から抜き放つ。目にも留まらぬ速さで抜刀された刀は虚空に光のアークを描き、再び鞘へと納刀される。その光景を目の当たりにしたリズは目を大きく見開き、口をパクパクとさせ驚いている。

「な、何……これ……」

「抜刀術……ヒースの【神聖剣】と同じユニークスキルだと思う。」

ユニークスキルは修得方法不明、かつ一人しか修得していないスキルをさす単語で現在確認されているユニークスキルホルダーは攻略組トップギルド【血盟騎士団(Knights of blood)】の団長、ヒースクリフのみだ。

そして、ユーリのユニークスキル【抜刀術】は、速さとリーチに長けている分、外すと技後硬直が長く、さらにモーションの始動が全て納刀状態からなので発動の際は簡単にバレてしまう。しかし、間合いに入ってしまえば神速の太刀筋から逃れるのはほぼ困難であり、防いだとしても強烈なノックバックを強いられ二撃を入れられてしまう。それほどまでにユニークスキルは桁違いの強さを持っているのだ。

「なるほどね、あんたがめちゃくちゃ強いのに納得だわ。まさか二人目のユニークスキルホルダーだったとはね。けど、それと刀があんなに激しく損傷してるのとは関係なくない?」

「それがな威力が高過ぎて、並大抵の武器だとヒットの際の衝撃に耐えられないんだよ。紅椿でも耐えれて10回くらいが限度だな。」

「そーそー。二人でクエに行ってる時に刀がポッキリ逝った時はびっくりしたよ〜」

「さいですか……。」

シィの過去談を聞き、肩を竦める。

「あ……後この事は誰に言うなよ」

釘を刺されたウゲッと悪戯を担任に見つかった子供みたいな顔をする。

「わ、わかったわよ…………。その代わり、毎回武器のメンテに来なさいよね!」

「りょーかい。じゃ、また今度な」

「おやすみ〜」

別れを告げ、帰路につく頃にはすでに月が上り暗くなっていた。






 
 

 
後書き
さて、次回はついにクウォーターボス戦です!!
そして、ユーリが攻略組へと復帰。さて、どんな戦いを繰り広げるのか!!
 

 

第五十層ボス戦

sideアスナ


現在、第50層転移門の前でぞろぞろと50人近くのもの攻略組と呼ばれるトッププレイヤーが集結している。これから第50層のボス戦(クウォーター・ポイント)の攻略へと向かうところだ。

「まだ来ないか…………。全く何やってるのよ」

思わず不満の声を漏らしてしまう。

ユーリとシィの二人を待っているのだが一向に姿を現さない。

一向に出発しないことに不信に思ってか、ところどころ不満の声が漏れ始める。

「もうさすがに待てないか……。」

ユーリ達には次会ったときはお灸を据えてやろうと心に決め、集団の前に出る。するとざわざわとしていたプレイヤーたちは一瞬にして静まりかえり全員の目線が私に向けられる。

「絶対に勝って、次の階層へと進みましょう!!」

「「「「「おおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

私の掛け声に対し、みんなが各々の武器を持ち上げ、今のモチベーションを表すかの如き大声で応えてくれる。

「コリドー・オープン!では、行きましょう!」


目の前の空間に不思議な渦が現れ、ぞろぞろとプレイヤー達が入っていく。そして、視界が開けた先にあったのは重々しい雰囲気を放つ鋼鉄の大扉。

今回はクウォーターポイントと呼ばれる階層でクウォーターつまり四分の一層をさす単語。他の階層と最も大きく違う点はボスの強さ。一度目のクウォーターポイントである第25層では多くのプレイヤーが死に、通称"軍"と呼ばれるギルド《アインクラッド解放軍》は壊滅級の被害を受けるなど相当の損害を与えた。そして、そんな悲劇を繰り返さぬよう事前に偵察隊を編成し、何度もボス戦の下見をするなど準備は万端。

今回も死亡者無しでクリアしようとプレイヤー全員が心に決める。

大扉が開けられると即座にそれぞれのパーティーが、ポジションにつきボス部屋中央に鎮座する四つ脚のドラゴンを取り囲む。名前は《ザ・ティアマット・ドラゴン》。

『グゴォォォォォォォ!!!』

「戦闘開始!!」

私の掛け声と共にボスへのアタックが開始される。




◆

ボス戦が開始され、はや一時間。心配されていた第50層ボス戦は順調に進んでいた。いや、今思い返せば順調過ぎたのかもしれない。あんな事になるとはこの時誰もが思っていなかっただろう。

スタンするティアマットへとプレイヤー全員によるフルアタックを仕掛け、ついに五本もあったHPバー全てを削りきり、ティマットはその身体をポリゴン片へと変える。そして、プレイヤーたちからは歓喜の声が上がる。

だが、それは歓喜から悲鳴へと変わり、プレイヤー達を絶望の淵へと叩きつける。散ったはずのポリゴン片が再度集結し、別の個体を作り上げる。

「なっ……嘘……でしょ⁉︎」

私は驚きのあまり声が掠れる。

集結し、再構成された個体はより禍々しく、より凶悪なオーラを放つドラゴンへと作り変えられる。

《ザ・ティアマット・ロアード・ドラゴン》

復活したボスの頭上に表示され、同時に七本ものHPバーが表示される。

『GyAAAAAAAAAAAA!!!』

悪夢のような雄叫びと共に剛爪により攻撃が放たれる。すぐさま前衛のパーティーは立ち直り、防御行動を取る。だが……

「「うわぁぁぁぁ⁉︎」」

防御に特化しているはずのタンクがいとも簡単に吹き飛ばされ、ポリゴン片となり散っていく。

「うそでしょ……一撃で……」

ソードアート・オンライン屈指のハイレベルプレイヤーがたった一撃でポリゴン片へと変えられた事実はプレイヤー達を戦慄させる。

そして、戦線を立て直せないままに次々とプレイヤーが追い詰められて行く。

そして、また一人。吹き飛ばされ未だ立ち直れないプレイヤーめがけまた攻撃が悪魔のような繰り出される。

(間に合わない!)

また人が死ぬ……。第25層で起こった悲劇がフラッシュバックする。

「あぁ…………嫌だいやだぁぁぁ!!」

死を直前に泣き叫ぶも無情にも振り下ろされる。


ギャィィィィィィンン


突如、薄暗いボス部屋内に強烈な閃光と共に耳障りなサウンドエフェクトが鳴り響く。

「え…………」

ボスの攻撃を弾きかえす事はおろか、防ぐことも無理かと思われていた攻撃がボス戦へと乱入して来たプレイヤーによってパリィされていたのだ。
その光景に信じられず素っ頓狂な声を出してしまう。

「悪い……遅くなった」

聞き覚えのある声と目深に被られたフードから覗く銀髪。

「ユーリ……くん……」

「諦めたら、そこで試合終了だよ♪ そうでしょ!あんざいせんせー!!」

鮮やかな紅色のした髪をポニーテールで結んだ少女が陰湿なボス部屋には不釣り合いなほど明るい声が響かせ、アスナの横へと並ぶ。

「シィちゃん!!」

絶望的な局面に一筋の希望の光が差し込む。



◆◇◆
sideシィ


「行くぞ、シィ!」

「オーケーオーケー!任せんしゃい!」

パートナー(ユーリ)の呼びかけにできるだけ明るい声で、諦めかけたプレイヤー達を励ますような声で応え、ユーリの後ろを追随する。ユーリはすでに刀を納刀しており、《抜刀術》は使う気のようだ。

ユーリはロアード・ドラゴンへと接近し、射程圏内へと入ると即座に視認できないほどの速度で刀が抜刀され、強固な鱗を傷つける。目に見えて、ボスのHPが減少する。そして、返す刀で斬り裂き、バツの字に斬りつける。

「スイッチ!」

「ハイな!」

すぐさまユーリと場所を入れ替わり、ソードスキルを発動させる。

大鎌 八連撃 デスワルツ

踊るように身の丈ほどある大鎌を振り回し、次々と強烈な斬撃を一点集中して叩き込んでいく。
ここに来て私の愛鎌《冥福の大鎌ーレクイエムー》の特殊能力が活きているようだ。この鎌には、相手の武器や防具の耐久値を通常より大きく削るという【アームド・ブレイク】というスキルが備わっており、一撃当てるたびに強固な竜鱗が脆くなっていくのがわかる。そして、八連撃目を叩き込んだ時、ついに一つの鱗が破壊でき、無防備な部分が露出する。だが、それによってボスのタゲが私へと移行してくる。

「うわっ!危なっ!」

何人ものプレイヤーを屠ってきた剛爪の連撃が私に襲いかかるが危なげなく躱し、同時に鎌で切り裂いていく。

「破っ!」

『ギャァァァ⁉︎』

ボスはマークから外れていたユーリによって無防備な部分へと強烈な一撃を入れられ、悲鳴をあげる。もうすぐで一本目のHPバーを破壊できるところまできていた。

完全に崩されていたフォーメーションもようやく修復でき、後方からレイドリーダーの指示が飛ぶのが聞こえてくる。攻撃部隊が次々とボスへと攻撃を繰り出し、放たれた攻撃を防御部隊が攻撃部隊とローテーションし、重そうなタワーシールドを前面に押し出し、攻撃をカードする。
八パーティーあったのは、まともに機能しているパーティーは四つと半分まで減らされ、壊滅的な危機に陥ったものの今はマトモにやりあえている。そして、一番大きい要因は血盟騎士団の団長、ヒースクリフだろう。

「むんっ!」

ヒースクリフは二、三人のタンクでようやく受け止めているボスの攻撃をたった一人で受け止めている。おそらく、彼が居たからこそ戦線崩壊しても持ちこたえれたのだと思う。

「全く、ふざけてるだろ、その防御力。分けてくれよ。」

「なら私は君の俊敏値を頂こうかな?」

ユーリの呟きははっきりと聞こえていたらしく、ヒースクリフに冗談混じりで返されている。ボス戦、しかも一度でもミスればゲームオーバーな状況で何やってんのと思ってしまう。

「それは勘弁だな、っと!」

「そうか。」

二人を狙うボスの攻撃をユーリは刀ではじき返し、ヒースクリフは受け止める。私も負けてはいられない。そして、それは他のプレイヤーも同じようで士気が上がってきている。

着実にダメージを積み重ね。ようやく三本目のHPバーの全て削りとる事ができた。

このまま何もなければいける!そう心の中で確信する。だが、今思えばこれがフラグだったのかもしれない……。

side out
◆◇◆


何時間かかったかわからないがついに五本目のHPバーまでを削りきり、残すところあと二本。だが、その時悲劇が起きる。

大抵のモンスターはHPが少なくなると行動パターンに変化が起きたり、増えたりする。今回のボス《ティアマット・ロアード・ドラゴン》もその例に漏れず、HPバーを破壊するたびに攻撃パターンが増え、初めは単調だった攻撃もフェイントが混じり、ブレス攻撃や範囲攻撃なども追加された。だが、その度に順応し的確に対処していった事により被害を最小限に抑えていた。

残り二本となった時、ティアマット・ロアード・ドラゴンは一際大きな雄叫びをあげ、折りたたまれていた翼を拡げる。

「マジか……。」

思わず声を漏らすユーリ。それもつかの間、すぐに接近し、攻撃を再開していく。

抜刀術 重単発技 紫電一閃

紫の光を迸らせながら、巨躯を傷つける。だが、ヒットの際の感触に顔を顰める。相手が空中に居る分、衝撃が分散され、ダメージが減ってしまっているのだ。だが、それだけではなく、空中に相手がいるぶん、普通の片手剣などではリーチが届かず、攻撃を当てようとして接近すればすぐさま返り討ちにあう。一気に窮地へと陥る。

「くそ、こうなったら!」

ボスのスタンプ攻撃を避けるとそれを踏み台にし、さらに上へと飛び上がる。そして、ティアマット・ロアード・ドラゴンの背中めがけ落下しつつ、ソードスキルを発動させる。

刀 四連撃 氷麗

蒼い光を纏った刀は高速の二突きのあと、十字に背中を斬りつける。だが、ティアマット・ロアード・ドラゴンのステータスが強化され、防御力が上昇したのか、刀は竜鱗を浅く傷つけただけで対してダメージになっていない。

「よっと。」

無事に背中へと着地する。ボスが空中にいることから、攻略組の面々は攻めあぐねて居る様子。完全ノーマークとなっているユーリはバランスを取りつつ、背中へと刀を打ち付ける。しかし、生半可な攻撃ではカキンと甲高い音と共に弾かれてしまう。

「くそ……なんかないのかよ」

打開策を見つけようと攻撃の手を緩めずに思考を加速する。

「っ!まさか!って、うわっ⁉︎」

何かに気付いたユーリだが、それを実行する前にティアマット・ロアード・ドラゴンが急に上昇をしたために振り落とされてしまう。

「大丈夫か、ユーリ!」

ちょうど着々した付近にキリトがおり、声をかけてくる。

「ああ、なんとかな。」

何かに気づけそうだった時に振り落とされ、もう一度、背中に乗れないかと思案する。

「あ、そうだキリト……。」

何かを考えついたユーリは悪い笑みを浮かべる。ユーリの作戦を伝えられたキリトは思わず声をあげる。

「おまっ⁉︎マジでやんのか⁉︎」

「あぁ、もちろん。できそうか?」

「やってみなきゃわからない。けど、その前に動き回ってるボスの動きを止めないと無理だぞ」

必死に反論をするキリト。

「ほう、何か面白い事を考えているみたいだな。ぜひ私も協力させてもらおうか」

「ひ、ヒースクリフ⁉︎」

「へぇ、こりゃまた意外な人が……」

いつの間にかユーリ達の側にkobの団長 ヒースクリフが立っていた。その顔は悪戯を仕掛けた子供のような表情をしている。

「ほう、なかなか面白そうだな。ボスを止める役目は私が引き受けよう。」

ユーリの作戦を聞くと面白そうだと駆け出して行ってしまう。

「マジでやんのかよ……」

「頼んだぜ、黒の剣士様?」

ニヤリと笑うと横幅の広い肉厚な剣を渡す。ボスの方を見るとヒースクリフ率いる血盟騎士団が動きを抑えていたところだった。


◆◇◆


「いくぞ!ウオォォォォオ!!」

気合と共に足を踏ん張り、刃を横に向け、力強くスイングする。キリトがスイングし始めると同時にユーリが走り出し、キリトと並んだ瞬間に跳び上がる。跳んだ高さはちょうどキリトの剣が通り過ぎる高さで、ユーリの靴底と大剣の側面がぶつかる。

「いっけぇぇぇぇ!!」

両腕にかかる重さに耐え、大剣を振り抜き、ユーリが宙高く発射される。

「うわっ……自分で考えたけど怖ぇ……」

そんなことを言いつつも、ユーリはティアマット・ロアード・ドラゴンを越え、見下ろせる高さまで来ていた。物体は最高点まで上昇すると自由落下をし始める。ユーリもボスの背中めがけ落下する。着地する時、刀を抜くと背中へと突き立て、ブレーキをかける。なんとか着地に成功すると、すぐさま背中を見回し、龍種特有のあるものを探す。

「あった!」

背中に一枚だけある逆向きに生えた竜鱗ーー逆鱗を見つけると刀を一閃し、それを破壊する。

『ギャァァァァァ⁉︎』

逆鱗を破壊されたティアマット・ロアード・ドラゴンは悲痛な叫びをあげ、全ての竜鱗にヒビが入る。

「破ァァ!」

抜刀術 重単発技 紫電一閃

渾身の一撃がティアマット・ロアード・ドラゴンの背中を深々と抉り、目に見えてHPが減少する。

「っ⁉︎ボスの防御力が低下している!チャンスだ!」

誰かの掛け声と共に総攻撃が開始され、あっという間にHPバーが破壊され、残り二本となる。

『グルワァァァァァァァァァ!!!!』

強烈な咆哮をあげ、目を血走らせるティアマット・ロアード・ドラゴン。異質なオーラを纏ったボスに攻略組は一瞬たじろぐ。だが、アスナやヒースクリフの呼びかけに士気をあげる。ここで引いたら負けると全員が理解しているのだ。ユーリの奇策のおかげでボスの防御力は皆無となり、流れはこちら側にきている。

攻略組の面々は攻撃を再開する。だが、やられたくないのもティアマット・ロアード・ドラゴンも同じで決死の覚悟でプレイヤーたちに応戦し、苦戦させる。

「さて、あと少しだからサクッと殺っちゃおうか!」

大鎌 重単発技 ヘルスラッシュ

攻めあぐねている攻略組の頭を飛び越え、大上段から大鎌を振り下ろす。光さえ塗り潰さんとする漆黒の輝きを放つ大鎌がティアマット・ロアード・ドラゴンの尻尾の付け根を捉え、切断する。

悲痛な叫びをあげ、血走った眼を向けると硬直時間のせいで動けないシィめがけ、食い千切らんとする。絶対絶命なのだがシィは笑ってみせる。直後、ティアマット・ロアード・ドラゴンの死角からユーリが飛び出してくる。

刀 三連撃 出雲

ユーリの放った斬撃がティアマット・ロアード・ドラゴンの顔面を捉え、攻撃を強制中断させる。

「スイッチ!」

「あいさー!」

ユーリの掛け声で硬直時間から解放されたシィがソードスキルを放つ。

大鎌 七連撃 フルール・ダンス

クルリクルリとステップを踏みながら、斬りつけていき、一瞬の溜め時間の後、下段から大鎌を振り上げティアマット・ロアード・ドラゴンの顎をかちあげる。

「セイッ!」

直後にユーリが頭頂部めがけ紫電一閃を放ち、地面へと叩きつけられ、スタン状態に陥るティアマット・ロアード・ドラゴン。

「今!全隊、総攻撃!!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」

チャンスと判断したアスナが全隊に総攻撃を命令し、勇ましい雄叫びを上げながらティマット・ロアード・ドラゴンへと攻撃を加えていき、ついにHPバーが尽き、その巨躯をポリゴン片へと帰る。

多くの死者をだし、数時間にも及んだ激闘はプレイヤー側の勝利という形で終幕を迎えた。ユーリはその結末にホッと安堵の息を吐いた。










◆◇◆

「………………物凄く不快なんだが。」

「まぁ、しょうがないよ。こうなることは百も承知だったんだし。」

不機嫌な表情を浮かべるユーリをシィがあははと笑いつつ、宥める。

現在、長かった激闘は終わりを迎え、各々のパーティは談笑したり、ドロップしたアイテムを確認しあったりしてりしていた。だが、共通して全員が疑惑、興味、畏怖等様々なな視線を向けていた。…………ユーリに。

そんなものを向けられているユーリは落ち着いて休めるわけなく、不機嫌な感情を露わにしていた。

「よぉ、ユーリ。ひっさしぶりだな〜。さっすが、舞姫さんだな」

ユーリはどうやって、この状況を打開しようか迷っている中で手をひらひらさせながら、赤いバンダナを巻いた武士風の男が近づいて来る。

「はぁ、クラインか……。そのワード出すってことはキルされてもいいってこと……だよな?」

ユーリはにっこりと笑みを浮かべながら、刀の柄へと手をかける。

「待て待て待て⁉︎じょ、冗談だからな!この場の雰囲気を和ませようと思ったすえの行動でな、って、おいあぶねーな、オイ⁉︎」

ユーリの刀が頬を掠り、クラインが抗議の声をあげる。シィが間にはいったことで事なきを得る。

「しっかしよ〜。おめーさんの生えてる耳と尻尾ってなんなんだ?新しいアクセサリーか?」

ついに攻略組の全員が気になっていた事案に触れ、皆ゴクリと生唾を飲む。

「スキル、"人狼"……の影響だ。出現条件はクエストクリアの報酬みたいだな。」

ユーリは歯切れ悪そうに言う。

「へー、また奇怪なスキルがあったもんだな。けどよ、ユーリ。お前、見たことねスキル使ってたがその人狼とかいうスキルと関係あんのか?」

そして、恐らくユーリ自身がもっとも触れられて欲しくない点へと触れる。ユーリは一瞬、話さずに逃げてやろうかなどと考えたがそれだと話すまでしつこく聞いてくるので、諦めて話す事にする。

「…………。いや、別物だな。"抜刀術"。多分、ヒースの奴と同じユニークスキルだと思う。出現条件は知らん。いつの間にか出てた。」

「なっ⁉︎おめー、ユニークスキルってマジかよ!」

新たなユニークスキルと聞き、静まり返っていたプレイヤーたちが一気に湧き上がる。

「まぁ、お前が一時期攻略から外れていた理由がわかった気がするわ。特段に目立つ事を気にするおめえに獣耳とユニークスキルじゃあな……ぷぷぷ、それにしても犬耳ってよ〜、似合い過ぎだろ。」

「悪かったな……。そーいえば、こんなものドロップしてたんだが、欲しいひとー!」

アイテムウィンドウを弄り、一本の漆黒に輝く片手直剣をオブジェクト化させる。その剣の出現にキリトを筆頭に攻略組の片手剣持ち達が食いつく。

「こ、これって……」

「第50層のLA」

「は?」

キリトは恐る恐る尋ねたがあっけらかんとして答えるユーリに皆揃って素っ頓狂な声をあげる。

「おま、LAって……。自分が使ったりとかしないのかよ」

「いや、俺、刀だし。使わないし」

理由が理由なだけあって、さすがに呆れるキリト。ボスから得られるLAで得られる武器は魔剣級と呼ばれるほどの超レアアイテムの武器であり、プレイヤーなら喉から手が出るほど欲しくなる一品である。それをユーリはただで渡そうとしているのである。

「お、俺に売ってくれないか?」

などとユーリに詰め寄るプレイヤーが数人いたが金に困ってないからじゃんけんなり、決闘なりして誰の物にするか自分達で決めろと一蹴。

「まあ、ユーリだし……」

シィの一言でみんな納得したのだった。

その後、ユーリがドロップしたLA《魔剣 エリュシデータ》をかけたじゃんけん大会に50人近くのプレイヤーが参加したとか。

手に入れた幸運な持ち主はキリトだったとか……。その結果に対し、攻略組全員が口を揃えて「またお前かよ!!」と叫んだのは、言うまでもない。







 

 

宴会

「ん〜……ユーリ、おはよ〜」

 昨日のハーフポイントでの激戦が終わり、疲れた身体を癒すという名目のもと、たっぷりと惰眠を貪り尽くした後、ようやく目を覚ますとすでに陽は高く昇っていた。未だ眠い体を引きずりながら、リビングへと向かうとユーリがお気に入りのソファで丸くなっていた。当初は寝ているのかなと思っていたが実際はそうではなく、小さく震えていた。いつもはピンと立っている狼耳もへにょりと垂れ下がってしまっている。

 そーいえば、耳とか尻尾とか、ユーリの感情に応じた反応を見せるんだっけ?などと以前ユーリが教えてくれた事を思い出していると、

「…………索敵してみろ」

 こちらを向き、ただそれだけ言うとまた縮こまってしまう。

「何があるのやら…………ひっ⁉︎ なにこれ!」

 言われた通り索敵をしてみると、プレイヤーを表す白い点がホームの周りを取り囲んでいた。しかも、その数が1や2ではなく、数十個。ゾンビに囲まれたら、こんな気分になるのだろうか?耳を澄ませば、ゆーりさぁ〜ん……と呼ぶ声が聴こえてくる。一体これはなんの罰ゲームだと思っているとすぐそこに答えがあった。

「なるほど……これのせいか」

 そばに置いてあった新聞の一面に、でかでかとユーリのアップ写真が載せられ、

 "新たなるユニークスキル。ボスを断ち切る豪剣。帰ってきた攻略組の華"

 等々書かれたい祭りだった。必然的に家の周囲を囲むプレイヤー達は情報を求めにきた情報屋と野次馬根性丸出しの者たちということになる。

「ヒースクリフもこんな感じに囲まれたのかなぁ」

「あいつなら、逆に利用してギルドの番宣代わりにでもしそうだよ……」

「ユーリもしてみたら?」

 冗談混じりに言ってみたら、全力で首を横に振られた。解せぬ。

「それにしてもさ、これじゃあ外出できんねー」

「まぁ、方法はないこともないが……」

 そう言うが早いか、懐から 転移結晶 (テレポート・クリスタル)を取り出す。口早にボイスコマンドを発声すると淡い燐光を撒き散らしつつ、姿が消滅する。

「転移、アルゲート!」

 ひとり転移して行ってしまった相方を恨めしく思いながら、取り残された私はこれからどーしよと悩むのだった。



 ◆◇◆

「なぁ、ユーリ……お前の気持ちもわからないでもねぇがよ。ここは安宿じゃねえ!」

 エギルが怒鳴り、ユーリが耳を抑えて、うるさいとアピールする。
 現在、ユーリは第50層主街区《アルゲート》にあるエギルの店の二階で匿ってもらうという大義名分の下、くつろいでいた。

「まぁ、代わりにボス戦でドロップしたアイテム売ってやるからさ。」

 トレードウィンドウを開き、不要なアイテムを入力していく。その一覧を見たエギルは目を大きく見開き、驚きを露わにする。

「おいおい、結構レアなアイテムあるけどいいのかよ。」

「誰もタダでやるとは言ってないぞ……。それに正直ストレージの肥やしになるだけだからな……って、聞いてない!」

 エギルはユーリの話を他所にアイテムを鑑定している。時折、おぉ!と歓声が漏れる事から相当なレアアイテムもあるようだ。ココア(っぽいもの)を飲みつつ、ため息を吐く。すると、コンコンと扉がノックされる。入ってきたのは、現在ユーリにとって最も会いたくない相手…………。

「よぉ、ユーちゃん。やっぱし、此処に居たのか」

「なぜここがわかったし…………アルゴ」

 茶色のローブから覗く顔には鼠のお髭のペイントがされ、ニシシと意地悪く笑う。このアインクラッドにおいて知っていない人はいないくらいの有名人ーー通称、鼠のアルゴ。たった五分話しただけで情報を持っていかれるという悪評のある情報屋だ。

「いや〜、まさか、ユーちゃんがユニークスキル持ちだったとは盲点だゾ。それに人狼だっカ?中々面白そうなもんもあるみたいダナ」

 彼女特有のあだ名プラス語尾で話すアルゴはジロリとつま先から毛の先までユーリを見る。思わずブルリと身震いをしてしまう。

「なぁなぁ、せっかくきたんダ。ご自慢の獣耳と尻尾見せてくれヨ」

「自慢なんかしてないし。誰が見せるか、さっさと失せろ」

 ムスッと不機嫌になりながら、アルゴを突っぱねる。

「ぬぅ〜……やっぱ、ユーちゃんは冷たいナー」

「わかったなら、さっさと帰れ。今日は朝から情報屋に囲まれてうんざりなんだよ……」

 今朝の事を思い出したのかはぁと深くため息を吐く。一方、アルゴはソウカソウカとうなづくと踵を返し、店を立ち去ろうとする。

「そうだ……ユーちゃん……」

 扉の前でふと足を止めるとアルゴが振り返る。その表情はさっきまでのおちゃらけた雰囲気はなく、真剣なもの。

「…………また、アイツが企みだしたみたいダ。気をつけろヨ」

 アイツという単語を聞いたユーリはスッと目を細め、苛立ちを露わにする。

「あぁ……わかった。アイツの情報が手に入ったら、…………頼む」

「わかった。その時は人狼とかの情報くれよナ。あと、尻尾もふらせろ!」

「最後ので台無しだよ!!!用がないなら、さっさと帰れ!」

 最後にシリアスブレイクをしていくとユーリの怒声を気にせず、さっさと姿を消してしまう。

「おぉ⁉︎コレすげぇーぞ!」

「うるさい!」

 ユーリとアルゴの会話などよそに未だ鑑定を続けていたエギルが驚嘆の声をあげる。アルゴの登場に些か不機嫌になっていたユーリは反射的に空になっていたマグカップを投げると身体に染み付いた動作がソードスキルを発動させ、シングルシュートを発動させると、エギルの後頭部に見事吸い込まれていく。直前に紫の障壁に阻まれるもソードスキルの発動で勢いの乗ったマグカップはしっかりとエギルヘと衝撃を伝える。一方、エギルは情けない声をあげて、ぶっ倒れるーーー

「おーい、ユーリ。居る…………か?なんだこれ?」

「殺人現場?」

「え?……ユーリくん、何やったの?」

 同タイミングにキリトとシィ、アスナが扉を開け、入ってくる。三人プラス死人?は何も発せず、微妙な空気がその場を支配する。


 ◆◇◆

「おーい、エギル〜?起きて〜〜。」

 シィがブーツの爪先でちょんちょんと倒れたエギルの横腹をつつく。だが、一向に動く気配を見せない。

「ただのしかばねのよう……」

「死んでねぇ!!」

「ちっ……おはよう」

 最後まで言う前にエギルが起きたため、小さく舌打ちをする。

「ユーリ、このやろ!いきなりカップを投げつけてくるとはひでぇじゃねえか!」

 起き上がるや早々怒りを露わにして、椅子に踏ん反り返っているユーリへと掴みかかろうとする。だが、キリトに直前に止められてしまう。

「ゆ、ユーリくん……エギルさんに何したのよ」

「ただの事故」

「いやいや、ただの事故で圏内で人がぶっ倒れるわけないじゃん⁉︎」

 ただの事故で済まそうとした少年にツッコミを入れる少女。よほどスルースキルが高いらしく、新たに出したカップにお茶を注いでいる。

「ただうるさいから黙らせようとして、持ってたマグカップを投げつけたら、ソードスキルが発動しただけだ。イコールただの事故だな」

「なかなか鬼畜な所業だね」

「ところで、どうしてここにいるとわかったんだ?」

 ユーリがわかりやすく話を反らす。他の皆もこれ以上、糾弾するつもりがない……というか、意味がないとわかると話題に乗っかる。

「いや、ユーリがアルゲートで隠れられそうな場所はここくらいしか知らないから」

 とシィが。

「うろうろしてたら、街中でシィが迷子になってたから、ここに連れてきた。」

 とキリトが。

「私はたまたまシィちゃんとキリトくんを見かけたから、ついてきただけだよ。」

 とアスナが。

「バレた原因はやっぱお前か……」

 シィを一瞥すると本日何度目かわからないため息を吐く。コテンと首を傾げている少女は、訳がわからないと頭上にたくさんのハテナマークを浮かべている。

「お前ら、ここは俺の店だぞ。溜まり場じゃね!」

 完全に忘れ去られていたエギルが苛立たしげに声をあげるも、皆口々にエギルのケチと口にする。さすがにアスナやシィと言った女性プレイヤーまでに言われたら、了承せざるをえなくなり、結果的にユーリたちの居座りがOKされる。

 エギルは一階で店番をし、残りのメンバーは二階の客間でやることもなく、のほほんと寛いでいるとアスナが何か名案が思い浮かんだようで急に椅子から立ち上がる。

「ねえ、せっかくだからさ、パーティでもしない?ホラ、ユーリくん達の攻略組復帰記念とかでさ〜」

 攻略の鬼と呼ばれているアスナもやはり女の子。こういったイベントごとは好きなのだろう。目をキラキラさせて、一同に同意を求める。シィは速攻でOK。キリトは美味しい物にありつけそうなので、OK。ここで三体一となったのでユーリの意思など関係なく、開催される事になった。そして、簡単なパーティをやろうということが決まった後で肝心な開催場所を決めるのだが、いかんせん場所がなく、居酒屋などを貸し切りにするには金がかかる……結果的に今いる場所ーーエギルの店に白羽の矢がたった。

「ということなので、エギルさんもパーティやりません?」

 最初は説得するのに難しいと思われていたエギルだが、美少女ーーアスナに頼まれると鼻の下を伸ばし、一つ返事で了承してくれる。

「ありがとうございます、エギルさん」

「いいってことよ。その代わり俺にも美味いもん食わせてくれよ?食材は確かこの前仕入れたのが残ってるはずだからそれを使ってくれ」

 といかにも紳士っぽく笑顔で言うエギルだが、実は別の魂胆があった。エギルは食材の確認と称して自身のアイテムストレージを確認するとお目当てのブツを見つけ、ほくそ笑む。

 酒 【ブラック・イーコル】

 いかにも危なそうな名称の酒だが、毒などではなく普通のお酒。だが、他のアイテムと違う点が一つ……それは"酔える"という事だ。正確には、酔った時のような軽い酩酊状態に陥るという事なのだが、このアイテムが発見された時、現実で二十歳を超えているプレイヤー達はまたあの味が楽しめる!と歓喜した。だが、お酒アイテム一部を除き、レアアイテムに分類されるほど希少なため、市場にほとんど出回る事はない。

 ちなみに安い比較的楽に手に入るお酒はC級食材、美味いと評判のお酒はB級、飲むとバフや能力向上の効果がつき、なおかつ美味いものはA級に分類される。ブラック・イーコルはA級に当てはまる。

 エギルはこれを使い、ユーリを酔わせ、正常な判断力を欠落させた後、ユーリからレアアイテムを格安で分捕ろうと考えているのだ。最もトレードにするあたり、エギルの優しさの現れなのだろう。

 だが、彼はまさかユーリがあんなことになるとは思いもよらなかった。



 ◆◇◆

 アスナがユーリに負けじとあげた料理スキルとエギルから提供された食材をフル活用し、ピザやパスタ、グラタンなど僅か30分ほどで作ってしまうと早速パーティと称したお食事会が催される。

 キリトとエギルはプレイヤーの作ったご飯プラスアスナの手作りという付加価値付きの食事に歓喜し、某戦闘民族よろしくがっついていく。ユーリやシィは日頃からユーリの手作りを食べているためそれほど感激することはなかったが、美味しいと食べていた。ちなみにこの時、アスナはユーリに対し、どうだ!とドヤ顔を決めていた。

「ふぅ〜〜……食った食った。」

「いやー、まさかこんなうめぇ飯を食べれるとはな。生きててよかったぜ。」

 と男二人はぽんぽんとふくれた腹を撫でながら感無量と言った感じで発言する。

「うん、アスナもユーリに負けずとも劣らない味でとっても美味しかったよ〜」

「あ、うん、ありがと。けど、ユーリくんにはやっぱり勝てないのね……」

 がっくりとシィの評価にアスナは肩を落とす。やはり熟練度600そこそこのアスナとコンプリートしているユーリでは、どうあがいてもユーリの方が上である。この敗北を胸にしまい、今後より一層腕に磨きをかけようと奮起するのだった。

「じゃあ、食後酒つうことで……これでも飲むか」

 テーブルの上に置かれたのは、深めの緑色をしたボトルに入れられた紫色の液体。例のブラック・イーコル……ではなく、デザート酒の一種としてここアインクラッドで飲まれているアメジス・リコールである。B級食材の一つで、味はグレープっぽい。なかなかに美味しいと評判のアイテムである。

「へぇ、確か赤ワインみたいな味だったんだよな?じゃあ、ホットワインにでもするか。」

「じゃあ、ついでにおつまみも〜!」

「おっさんかよ!」

 シィにツッコミを入れたあと、エギルからボトルを受け取ると厨房の方へと向かう。数分後、ふんわりと甘い香りを周囲に漂わせながら、5つのマグカップが盆の上に乗せて運ばれてくる。中に入っている液体はほんのりと紅く色付きいかにも美味しそうである。ついでにちゃっかりと盆の上にはおつまみとして、チーズ(っぽいもの)の盛り合わせも乗っている。

「へぇー、すごい。こんな事もできるんだね〜。ねえ、ユーリくん、やり方教えて。」

 関心半分、悔しさ半分と言った感情をあらわにするアスナ。まだこんな隠し技を持っていたのか、と内心で悔しがる。キリトとシィはすでにコクコクとホットワインを飲み始めている。


 一方、エギルは内心で焦りを感じていた。ホットワインなど用意されては、ユーリにブラック・イコールを飲ませる事ができない!と。だが、天はエギルに味方をしたのか、ユーリはアスナにホットワインの作り方を教えるために厨房の方へと行ってしまう。これ幸いと思い、ユーリのカップの中身を減らし、ブラック・イコールを取り出すと減らした分だけ注ぐ。これで完全犯罪の成立である。あとは、ユーリがこれを飲むだけ……と。笑みがバレるのを誤魔化すため、ユーリが作ってくれたホットワインに口をつける。一方、何故かニヤついているエギルを見たキリトとシィは声を出すことを忘れるほどドン引きしていた。


 ◆◇◆



「こんな簡単にできるんだね〜。よく作り方知ってたね。」

「まぁ、現実の方で父さんが作ってるのを見てて、ちょうど覚えてたからな。あとは、適当に食材やら、スパイスやらを混ぜてたらいい感じのできたんだよ。」

「あ……ごめんね。リアルの事、思い出させちゃった?」

 この世界に置いて現実のことはタブー。アスナは気まずそうにするがユーリは気にしてないと首を横に振ると自分の分のホットワインへと口をつける。少し冷めてしまっていたがほんのり温かい液体が舌の上を通り、まったりとした甘さの後にスッキリとした葡萄の風味が通り抜ける。懐かしい味としみじみと思っているとその味にふと小さな違和感を感じる。だが、それに気づく前にクラクラと視界が歪み始める。

 ユーリがブラック・イーコル入りのホットワインを飲んだのを確認したエギルはただでさえ、気持ち悪い笑みをさらに歪ませる。それを見たシィがヒッと小さく悲鳴をもらす。


 ◆◇◆

 ホットワインを飲んでからというものなぜか瞼が重くなり、意識が安定しない。クラクラと身体が前後左右に揺れていると誰かに身体を支えられる

「お、おい。ユーリ、大丈夫か?」

「ん?きひとぉ?たいひょうふ……やなぁーー」

 じゃないと言おうとする前にユーリの意識は途切れてしまう。そして、全体重をキリトに預ける形になり、恋人にするような……肩に寄り添っているようである。
 キリトは一目見て、ユーリの現状況が異常だと判断する。

 ユーリの目は表情は頬が少し上気し、ほんのりと紅く染まり、目がトロンとしており、全体的に惚けた表情をしている。

 酔っていると直感するキリト

 いつものユーリは何処かめんどくさそうな雰囲気をだし、凛としているが、今はその真逆で、保護欲を高める雰囲気を醸し出している。さらに極め付けにいつもはフェイスチェンジによって隠されているはずの頭にある白くふさふさとした狼耳はいつもはピンと立っているのに対し、今は力なく垂れ下がってしまっている。時折ピクリと反応するのがなんとも可愛らしいと男のはずのユーリに対し、キリトは思ってしまう。もっともそんなことを言えば、ふざけんなと言いながら、容赦ない一撃をお見舞いしてくるが……。

「なぁ、エギル……お前、ユーリのカップになんか入れてたよな?」

 ユーリが厨房へと行っている際にエギルが何かをしていたのを思い出す。ギクリと表情を固めると三人からの追求の眼差しに耐えられず、素直に白状する。

「いや……ただブラック・イーコルを混ぜてやっただけだ。ほんのちょっとした悪戯のつもりだったんだが、まさかこんな事になるとはな……」

 予想外ですと気まずそうにハハハと笑う誤魔化そうとする。

「確かブラック・イーコルって本当に酔えるって言うお酒アイテムだったよね?よくそんなもの持ってたね〜」

「まぁ、ちょっとプレイヤーをカツア……、ゲフンゲフン!頼んでみたらくれたのよ。」

 カツアゲと言おうとしてしまい、急いで訂正するもジト目で皆から睨まれてしまう。

「けど、酔うってこんふうになるのかよ……。」

「いや、それは単にユーリがお酒に弱いだけなんじゃない?ところで、キリットくん?そのポジ変わる気は?」

「なんだよ、キリットくんって……。それにお前、変わったらユーリに絶対変な事する気だろ。」

「イヤー、ヘンナコトナンカシマセンヨー。ただ、すこーし、ユーリの犬耳を弄るだけだよ」

 そう言いつつもシィの目線はユーリの頭に生えた獣耳へとロックオンされ、手をワキワキさせている。最早、犯罪者の風格が出ている。

 ユーリは肩にもたれるのは疲れるのかいつの間にか身体を倒し、キリトの膝を枕代わりにして、スヤスヤと寝息を立てて眠ってしまっていた。穏やかに眠るユーリの寝顔を残りの面々は微笑ましく見ていた。

「けど、ユーリくんって酔うと甘えるんだね〜。いつもはクールの感じだから、ギャップがすごいね。」

「うん……私もこんなユーリは初めてだよ。エギルさん、超グッジョブ!」

「おうよ!」

 シィがサムズアップすると、エギルも同様にして応える。

「なぁ、シィ。それより、ユーリどうする?」

「んん…………」

 キリトは自身の太ももを枕にして寝ているユーリを呆れながら、見る。時折、気持ちよさそうに寝言を言っているので、起こすのも気が引ける。

「ん〜?そのままでいいんじゃない?いい絵になるし……」

 そう言いつつ、シィは記録結晶を取り出し、写真にその光景を納める。シィたちから見るとお兄ちゃんに弟が寄り添い、甘えている構図に見えている。

「今そんなことしてる場合じゃないだろ。とにかく、ホームまでおぶってくから案内してくれ。」

「う〜ん、わかった……」

 シィは渋々了承する。キリトは寝ているシィを起こさないように動かし、おんぶの格好になる。そのまま、何事もなく22層にあるホームまで辿り着く事ができた。だが、アルゴが帰り道に物陰からユーリをおんぶするキリトを見ていたことは彼らは知らない。














 ◆◇◆

 ーー翌日ーー

「頭痛い……」

「え?ユーリ、昨日の事覚えとらんの?なるほど、酔うと記憶がとぶタイプか……」

 その後、酔ってキリトに甘えていたユーリの写真を見せたら、耳まで真っ赤にし、その日は自身の部屋に閉じこもったとか。







 

 

圏内事件 ー昼寝ー

「おいおい……」

暖かい春の陽気の下、木陰の下で横を向き丸くなるように眠る白髪の少年を見て思わず口から言葉が溢れる。

ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー

俺らが囚われている世界ーー仮想世界アインクラッドには四季や気候が存在する。
夏はキッチリ暑く、冬は刺すように寒い。それと同様に日々気候パターンにも変化があり、快晴の日もあれば、ジメジメとした雨天もありさらには変な羽虫が飛んでいるときもある。
大抵、何か良ければ何かが悪いアインクラッドの気候状態だが、今日だけは違った。ポカポカと暖かい春の陽気に、心地よく吹くそよ風。勿論、変な虫が飛び回っている訳でもない。

今が春だと言ってもここまで好条件な気候は年間通して、五回あるかどうか。
恐らく、今日は気候パラメーターの神様が攻略を止め、日々の疲れを癒せ、と言っているのだろう。
というわけで、今日は他のメンツには悪いが攻略をサボり昼寝を決行させてもらおうと決め、あふっ、と欠伸を噛み締めつつ最近見つけた昼寝スペースへと足を向けたところ、木陰の中で眠りこけるユーリを発見、そして冒頭へと戻る。

気持ち良さそうに眠るその姿はいつものユーリからは想像できないほど無防備で、瞼を閉じ、すやすやと寝息を立てるその寝顔は『本当にこいつ男か?』と感じざるえないほど幼げだ。

自分も何かと女顔や線が細い、キリコちゃんなどとからかわれる事があり、男気溢れる容姿をしていないのは、重々承知している。だが、こいつ(ユーリ)は俺以上だろう。

ーー最もそんな事をユーリの意識があるうちに言えば、コンマ一秒で反応して抜刀を放ってくるだろうが。

けど、無防備に眠るユーリの姿を見ていると何故かユーリが年の離れた弟/妹のように思えてしまい、守ってあげたくなる気持ちが湧き上がってくる。
ーーこれが俗に言う庇護欲っていうやつか。

一人結論を出すと苦笑する。
そんな事を起きているユーリにでも言えば、汚物を見るような眼で見られるばかりがただでさえ俺に冷たい態度がさらに極まるだろう。

ユーリの寝顔を観察していたキリトの目線が頭の上ーー通常のプレイヤーにはないはずのーー獣耳へと釘付けになる。
銀色の毛に覆われたソレは風に撫でられ時折ピクピクと気持ち良さそうに動いている。
ユーリの二つ名、《神速の人狼》の由縁でもある頭の上の獣耳と腰あたりから生えているふさふさの尻尾はキリトは前々から触ってみたいと思っていたのだが、ユーリが頑なにガードするため、今日まで触れられずにいる。

そして、ユーリの安らかなる寝顔を見てふと思う。

ーー今なら触れるんじゃね?と。

理性が危険だと警告(アラート)を鳴らすが、即座に煩悩がそれを黙らせる。
周りに人がいない事を確認し、そしてユーリが深く眠っているのを再確認。
よし、と呟くと足音を潜め、念のため隠蔽(ハイディング)まで発動させ、ゆっくりと近づく。
ターゲットまで数メートル、ピクリとユーリの肩が動く。

「ッ!」
「……ん。…………。」
「ふぅ……。寝返りかよ。」

ホッと安堵する。
よしと再び気合を入れ、めくれ上がったローブの下にある白いふさふさへと手を伸ばす。

「おっ……!」

それは思ったより柔らかで滑らか。撫でる度に指の間を通り抜ける毛の感覚が心地よい。
「……これは病みつきになりそうだな。」

時折パタパタと揺れるそれを無心で撫で続けていたキリトだが、ふと悪戯心が芽生え、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
えいっ、と軽い掛け声とともにギュッと白い犬種の尻尾を引っ掴む。

「……フギャア!?」

途端、熟睡していたはずのユーリが物凄い悲鳴とともに跳び上がる。

「てっ……めッ!」

キッと犯人を睨み付けると、ライトエフェクトが瞬き、衝撃。視界が暗転する。


◆◇◆

「……ん、うぅん?」

キリトはコツコツと足に固い物が当たる感覚で意識を覚醒させる。何故かズキズキと痛む後頭部を撫でつつ、上体を起き上がらせると腰に手を当て、『オコです。』と表情に浮かべ睨んでいる《閃光》こと血盟騎士団副団長 アスナが立っていた。
彼女曰く、『他の皆が攻略に頑張っているのに、どうしてのんびり昼寝をしているのか?』と。

「どうして……って。天気がいいから?そーいえば、ユーリはどこいったんだ?」
「え?さっき市街区の方に歩いていったのを見たけど。って、話をそらさない!」

目論見は見事看破され、余計にアスナの視線はキツくなる。そして、そればかりか、

「天気なんていつも一緒じゃない。」

などとのたまった。
昼寝愛好家でもあるキリトは少しムッとすると同時に是非このお方(堅物)に昼寝の良さを体感してもらおうと考える。結果、『寝てみりゃわかる。』と言い返す。

そして、アスナはしばし逡巡したのち、俺の隣に横になり、背中を向ける形で寝転がる。
その光景を見届け、これで口煩いのに咎められずに昼寝が堪能できると思う。
再びキリトは意識を手放す。

◆◇◆

「なんだこれ……」

と、呟いたのは、ユーリ。
キリトに心地よい眠りを害され、腹を立てたユーリは制裁を加えた後に、気分転換の買い物を済ませ、再び昼寝をしようと先ほどの昼寝スポットへと戻ってきていた。

そして、先の発言は呆れ感を最大まで感情に表し、隣で眠る人物の横顔を眺める黒づくめの男、キリトとそれの隣で熟睡……否、爆睡している白を基調とした騎士服に身を包んだ女、アスナを見たからだ。

「ちょ……ユーリ!」
「はぁ……」

なんか面倒な事になりそうだなと察したユーリは昼寝を諦め、帰ろうとするがこちらの存在に気がついたキリトに呼び止められる。
心底嫌そうにため息を吐くとどかっとキリトの横に腰を下ろす。

「にしても、お前とアスナが……珍しい組み合わせだな。」
「本当にそうだよ。」

隣で心底面倒くさそうにため息を吐くキリトを見届け、芝の上にゴロリと仰向けに横になる。
心地よい風が頬を撫で、思わずうつらうつら舟をこいでいると「なぁ」と隣から声がかかる。折角できた話相手をキリトはそう易々と手放す気はないらしい。

「……なんだよ。」

上体は寝転んだまま、不機嫌さを全面に押し出した視線でキリトを見据える。

「尻尾、モフらせ……」
「死ね。」

キリトの願望を即効で一蹴すると、いつの間にか実体化させていた刀に手をかけ、今にも抜刀しようとする。
今キリトやユーリ、そしてアスナ達がいる場所は『圏内』であるため、いくら斬られようと、殴打されようと不可視の障壁に阻まれ、HPバーは一ミリも減少はしない。それがここ、アインクラッドでの絶対できなルール。
だが、衝撃は別だ。威力が高ければ高いほどプレイヤーに伝わる衝撃は強さを増し、その際の感覚は例え戦闘に馴れているキリトが喰らったとしても、心地よいものではない。

なので、ユーリが本当に攻撃してくる前に手を顔の前でブンブンと全力で振って、冗談だ、とアピールする。
ユーリも元々殺る気はないのか、キリトの言葉を聞くと傍らに刀を置く。
もっともストレージに戻さないところを見るに、警戒は解く気はないようだが。

「なぁ、なんで触らしてくれないんだよ。」
「毛が乱れるから……」

「あー。」と納得したような表情をする。
確かに銀色の毛は綺麗に整えられ、艶がある。だが、本当にそれだけかとキリトが思考を巡らせていると本人から答えが得られる。

「ていうのは、建前で。
撫でられるくらいなら、いいんだけど。急に握られると」
「握られると?」

あまり乗り気では無さそうに言葉を続ける。

「スッッゴイ、変な感じがするんだよ!」
「へ、ヘェ〜……。い、いやもう握ろうとなんて思ってないぞ。」


ユーリの剣呑な視線を感じ取ったのか、ぶんぶんと首を左右に振り否定する。
話題を反らすために話しを振ろうとするとキリトのお腹から「キュルル」と腹の虫が音を奏で、思わず本人は恥ずかしそうに頬を掻く。

視界の端へ表示されている時刻を確認してみれば、14:00を記していた。
昼飯を放ったらかし、昼寝を堪能していた事を今更ながらに後悔する。そして、ちらりとユーリに気まずそうな視線を向ける。

「なぁ……ユーリ。なんか食べ物持ってないか?」
「……はぁ。」

返答の代わりにため息を一つ吐き、アイテムストレージから簡素な包みを取り出すと投げてよこす。中には、丁寧に包装されたバーガーが入っており、ユーリの準備の良さに感心する。

包装を取ると現実でも食べた事のあるハンバーガー特有のスパイシーな芳香が香り、食欲をさらに刺激してくる。
堪らずガブリと大きめの一口でかぶりつくとまったりとしたソースが肉のパティの間から染み出し、噛めば噛むほどにバンズと肉とソースが口の中で絡み合い、旨さを何倍にも増幅させる。バーガーの半分程を食べ終え、取り敢えずひと段落つくとコレをくれたユーリに向き直る。

「なぁ、こんなバーガー何処に売ってたんだよ。そこら辺の下手なNPCレストランなんかより確別に美味いぞ!」
「…………。はぁ〜……。」

是非迷宮区攻略の際のお供にしたいと考えていると、なぜかユーリからはため息を吐かれ呆れられる。

「…………自作だよ。」
「あっ。……そーいや。」

ユーリのその一言で合点がいく。同時に攻略祝いとして料理を振舞ってくれた事を思い出す。

ーーそりゃあ、自分で作ったものがNPC製と一緒にされちゃ、いい気分はしないか。

「なんか、すまん。」
「そう思うなら、残さず食ってくれ。」
「そりゃもちろん!」

ユーリのせっかくの好意をありがたく思い、再びガブリとバーガーにかぶりつく。
キリトは残りのバーガーを食べながら、ふと思う。

ーー頼んだら、また作ってくれるかな?

ここVR空間ソードアート・オンラインにとって食事は最大の娯楽と言っても過言ではない。四、五カ月ほど前食事も睡眠すらも惜しんで無茶なレベルリングを行っていた過去があるキリトは食事のもたらしてくれる充足感は人一倍はわかっているつもりだ。

ーー今度、頼んでみるか。

なんやかんや言って友達には甘いユーリの事だから了承してくれるだろう。多分、凄く渋られるけど。

「なぁ、ユーリ。……ユーリ?寝てる……。」

いつの間にか隣で安らかな寝息を立て寝ているユーリとそのさらに奥で随分前から爆睡したままのアスナを見て苦笑する。

「疲れてるんだろうな。」

片や今の攻略のペースを維持し続けるターボ・エンジンであるアスナ。片やかの『聖騎士』ヒースクリフと同じユニークスキルホルダーであるユーリ。
どちらも種類こそ違えど、攻略組から寄せられる期待とそれによって発生する多大なるプレッシャーを受けているのは同じ。
攻略の度に、ボス戦の度に人一倍神経をすり減らしているのはソロであるキリトでも容易に想像がつく。

バーガーの最後の一欠片を口に放り込むと芝生に座りなおす。

ユーリはともかく寝ろと言ったのは俺だ。起きるまで付き合うのは当然の義務だろう。

◆◇◆

「ふわぁ〜……。よく寝……た?

欠伸とともに大きく伸びをし、固まった体を伸ばしほぐす。まどろみから覚め、状況を把握しようとぐるりと周りを見回す。だが、それは自身を余計に混乱させることになる。

ーーなんだこれ?!

視線の先には石垣に身を隠すようにしているキリト。そして、顔を真っ赤にし、今にもレイピアを抜かんとするアスナが居た。
状況が把握できぬまま、視界に映る混沌とした状況を眺めているとアスナがレイピアの掬から手を離し、おもむろに口を開く。

「…………ゴハン一回。」
「は?」
「へ?」
「ゴハン一回奢るから、今回の事はチャラにしてってことよ!」

ーーあ〜、そゆこと。

やっとこさ現状を把握する。それと同時に本能が『こいつらといたら危険だ。』と警鐘を鳴らすため、そそくさとその場を後にしようとする。だが、背後からかけられた声によってそれすらも阻止される。

「いいぜ。美味いNPCレストランがあるからそこにしようぜ。あ!あと、ユーリもいいよな。」
「んー。いいわよ。」

ーーキリトォォォ!?

せっかく面倒事に巻き込まれまいと去ろう(逃げよう)としたところを邪魔され、あろうことかアスナもOKを出してしまう。事の元凶を訴えるような視線で睨みつけるとニヤッと不敵な笑みを返してくる。ちらりとアスナに視線を向けるが、

「あら、レディ(わたし)のせっかくの御誘いを断るのかしら?」

追撃が行われ、退路を塞がれあえなく撃沈。
両手を上げ、降参の意を示すと二人と並び転移門へと向かって歩いていく。

『キリアスに捕まった』

取り敢えず遅くなりそうだと思い、同居人でありパートナーでもあるシィ宛に一通メールを飛ばす。

『ま た か 。ご愁傷様(笑)』

すると十秒も経たないうちに返信が返ってきて内容を確認すると、既視感を覚え頭を抱える。そして、もう一通。

『せっかくのご飯愉しんで逝ってきてね?』

ただの誤字である事を願いたいと切に思うユーリがそこに居た。

 
 

 
後書き
感想とかあるといいな。 

 

圏内事件 ー事件ー

 
前書き
超お久しぶりです。

一体前回の投稿からどれだけの月日が経った事やら……(ガクブル

なんとか続きを書くことが出来たのでリハビリがてら投稿を……



 

 
 第57層の主街区『マーテン』にあるキリトオススメのレストランまでユーリ、アスナ、キリトの3人は足を運んでいた。

「なんていうか、今日は……ありがと」
「「……えっ?!」」

 席に着くや否や、ポソリとアスナの口から普段のイメージからは意外な一言に、驚き、思わずキリトと顔を見合わせる。

「ありがとうって言ったのよ。ガードしてくれて」
「あ……いや、ど、どういたしまして」

 二人のリアクションに気分を害したのか、アスナは口元を尖らせて言うといつもは攻略会議の場であーだこーだと言い合っているキリトはいつもと違う態度に動揺したのか、しどろもどろになりつつも返答をした。

 運ばれてきた食前酒に口をつけつつ、2人のやりとりを見ているとアスナから昼間の事を振られた。

「そういえば、君も攻略じゃなくて、お昼寝……?」

「そ、……まぁ、こいつに邪魔されたけどね。なぁ、キリト?」

「うぐっ……」

 アスナがジトッと半目で睨んでくる。大方、攻略をサボった事に少し不満を抱いたのだろうか。
 攻略組を名乗るプレイヤーにとって、迷宮区の攻略は義務と言っても過言ではないが少しくらい休みがあってもいいと思う。
 もっともキリトよりソフトな対応をしてくれるあたり、日頃からキリトのように素行不良ではないからだろう。

 話を強引にだが、キリトへと繋げると案の定、アスナはキリトへと視線攻撃を開始する。

「君、ユーリ君に何したのよ……?」
「べ、別に俺は何もしてないぞ?!」

 びくりと肩を震わせて動揺するキリトに対し、アスナから「本当なの?」と真偽を問う質問が飛んでくる。

「まぁ、ナニ、かされたな……。」
「え……⁉︎」
「お、おい!誤解を招くような言い方はやめろって⁉︎」

 早速、キリトを見る眼が汚物を見るようなものへと変化する。
 キリトがアスナに睨まれ、冷や汗を流していると前菜のサラダが運ばれて来て、これ幸いとキリトが話題の転換を試みる。

「な、なぁ。栄養とかないのになんで野菜なんか食べるんだろうな?」
「えー、美味しいじゃない」

 アスナもアスナでキリトから目の前の前菜へと意識を向ける。パラパラと謎スパイスをサラダにふりかけ、レタスっぽい何かを上品に咀嚼してからアスナが反論する。

「まぁ、……不味いとは言わないけど、せめてマヨネーズとかあればなあー」

 マヨネーズか。確かまだ作ってないよな、などと思考の片隅で考えているとアスナと目線が合う。

「えーと、ユーリ君って色々調味料作ってたよね?その中にマヨネーズとかあったりするの?」
「いや、その辺はまだ、かな。最近のは、ケチャップっぽいのとか、ソース擬きかな?」
「あ、……アレってそれ使ったのか」

 恐らくキリトの言うアレとは今朝渡したバーガーに使ったソースの事だろうか、などと推測しながら、フォークで刺したサラダを口の中へと運ぶ。シャキッとした葉物の食感と瑞々しさ、そして粉チーズ風の味付けの相性がよくて頬が少し緩む。

 二人の会話を聞き流して暫し前菜を楽しんでいるとあ!と二人同時に呟くと顔を見合わせる。

「「醤油!!」」

「は?」

 会話は調味料議論にまで発展したらしく、日本人が愛して止まない調味料を叫ぶ事になり、事前に照らし合わせたかのようなタイミングぴったりな二人に思わず吹き出しそうになる。

 ーーだが、

「…………ィ、イャァァァァァァァァ‼︎」
「「「ーーーー⁉︎」」

 聞こえてきた恐怖に満ちた悲鳴により楽しい食事の時間は終わりを迎えた。

 ◆◇◆

「今のって……!」
「店の外だわ!」

 いち早く反応したアスナは表情を険しくさせると、椅子を慌ただしく引き、出口へと走っていく。自分も慌てて前を行く白と黒の背中を追う。

 二人の後を追い、悲鳴の発生源であろう円形広場へと飛び込んだ。しかし、そこで信じられないものを目の当たりにする事となった。


 広場の一角には、石造りの建物がそびえている。そして、二階の窓から一本のロープが垂れ、その先端には男性のプレイヤーが吊るされていた。

 吊るされたフルプレート・アーマーを全身を包み、大型のヘルメットを被った男の首元にはロープががっちりと食い込み、苦しそうに喘(あえ)いでいる。だがしかし、ここは仮想世界であり、窒息なんてありえない。

 広場に集まったプレイヤー達を恐怖に陥れているのはそれではない。

 恐怖の根源にあるのは男の胸元を深々と貫いている漆黒の短槍(ショート・スピア)にある。そして、その傷口からは血のような紅いエフェクト光が明滅を繰り返す。
 つまり、今この瞬間も男のHPにダメージが生じている事となる。

「早く抜け‼︎」

 驚愕から覚めたキリトが叫ぶ。その声に従い、男の両手がのろのろと動き槍を抜こうとするが、逆棘の生えたその槍は微動だにしない。

「くっ……」

 どうするべきなのか、思わず苦悶の声が漏れる。
 普通、『圏内』ならHPが減る事はまずない。それはここアインクラッドにおける絶対的なルールであるから。だが、男の胸元から溢れるように明滅を繰り返すエフェクト光が不安に落とし入れる。

「……なるようになれ!」

 動揺して動かない体に喝をいれると石畳の床を駆ける。

「キリト!受け止めろ!
「っ……!わかった!」

 すぐに男が吊るされている真下まで辿りつき、速度をそのままに思い切り跳躍する。
 届くかどうかは五分。うまくいく事を願い、腰に吊るされた刀の柄へと手をかけ、一閃ーー

「よしっ!…………なっ!?」

「ーーーー……‼︎」

 刀がロープを切断し喜びを覚えたのも束の間。男を首吊りかは解放した刹那、大きく目を見開き、宙を凝視した男は掠れた声を発する。

「嘘、だろ……⁉︎」

 ガラスが砕けるような破砕音とともに男の仮想体(アバター)が青い閃光とともに消滅した。


「……くそっ!」

 なんとか無事に着地すると、言い表せない感情をぶつけるが如く壁に拳を叩きつける。

 救えなかった……

 後悔の念が渦巻き、脱力する。体に力が入らずに、教会の壁へと凭(もた)れかかる。
 野次馬達の悲鳴に混じって、アスナやキリトの指示する声が聞こえるがどうも体が動く気がしない。

 気だるさを感じる体に鞭打って、周りで慌ただしく聞き込みや調査を行っていたキリト達の下へと合流する。結果を聞いてみたが、案の定、首は横に振られる。

「隠れてる奴は疎か、ウィナー表示まで出ないなんて……」

 ありえない、とアスナが呟く。

 本来、"圏内"においてプレイヤーは一部の例外を除き、ダメージを受ける事は絶対にない。
 そして、その唯一の例外が『決闘(デュエル)』だ。
 初撃決着、HP半損で決着、HPの全損と3つの種類があるがどれも必ずデュエルの終了後には、プレイヤーの名前、試合時間が書かれたウィナー表示と呼ばれる窓が出現する。

 いずれにせよ、上記の二つーー『圏内でのダメージ無効』と『ウィナー表示』ーー、はSAOでの絶対的なルールと言っても過言ではない。
 だが、その二つが破られたとしたら、

「システムの隙を突いた新たな『圏内PK』の可能性、か……」

「その可能性が高いでしょうね。いづれにせよ、このまま放置にはできないわね。早く仕組みを突き止めて対抗手段なりを公表しないと大変な事になるわ」

「あぁ、今回ばかりは無条件で同意するよ」

 ボス攻略会議など、いつもは対立している事が多いキリトとアスナだが事態が深刻なため、珍しく意見が一致する。
 そして、アスナはこちらへと視線を向け、一言

「もちろん、ユーリ君にも協力してもらいますからね」
「……げっ」

 またしてもこの二人と行動する羽目になり、内心面倒だと思ったことが看破されたのかピシャリと言い放つアスナ

「言っとくけど、お昼寝の時間はありませんからね!」

「……はい」

 流石に「寝てたのはどっちだよ……」などと火に油を注ぐような真似はしない。むしろ、できない。

 こうして、探偵トリオが結成されたのだった。


 ◆◇◆



 第一発見者への事情聴取やら、凶器である短槍の解析などを終え、第22層の町、コラルの村外れにある我が家についたのは既に日が暮れてからだった。
 すでにシィは迷宮区の探索を終え、帰ってきているらしく窓から漏れる灯りは二人に振り回され、疲労困憊した心にどこか安心感を与えてくれる。

「おかえり〜」
「ん、ただい……」

 ただいま、と言い終わる前にお気に入りのソファへと倒れこむ。
 自分が思っていたよりも疲れが溜まっていたらしい。腰から垂れる尻尾も力無さげに垂れてしまっている。
 ソファへと突っ伏したまま動かないでいるとすぐ隣にシィが腰掛け、サラサラと指で髪の毛を梳いてくる。心地よさにウトウトとしかけているとシィから発せられた言葉に驚愕させられる。

「なんか、上層の方で公開処刑があったんだって?」
「……公開処刑?」

 なにやら物騒なワードにソファに突っ伏した状態から顔だけを上げ、聞き返す。

「首吊りされた男の人が、槍に心臓を貫かれて死んだって聞いたけど……違った?」

「どこの串刺し公だよ……。とりあえず、公開処刑っていうか、圏内PKな?」

 考えるまでもなく、口伝によって人から人へと噂が伝わっていった際に事実と誤差が生まれてしまったらしい。

 なるほど、どうやら圏内PKは下層では公開処刑という認識になっているらしい。そして、早めに手を打たないと面倒な事になりそうだな、と頭の片隅に留めておく。

「ん……まぁ、詳しい話は夕食の後にしますか」
「謎解きはディナーの後でってやつだね!」

 シィは、それは違う、という俺の否定の言葉を聞く前にダイニングの方へと駆けていき、嬉々としながら準備を取り掛かっていた。
 奇怪な事件があったのによくそんなに喜べるなとシィの楽観的な性格を羨ましく思いつつ、疲れた体に鞭打ち、夕食の準備へと取り掛かる事にした。

 そして、夕食後。
 殺人事件の概要を話しながら、食後のティータイムと洒落込んでいた。

「ダメージを受けるはずのない圏内で人がね〜……」

 神妙そうに傾きつつ食後の紅茶を啜り、紳士ぶった態度をとるシィだが、残念なオーラが漂ってしまっており惜しい。


 食事の後、話した事と言えば今日の調査で分かった事、主に被害者の名前や人物関係、そして、第一発見者である中層の女性プレイヤー"ヨルコ"さんの事。そして、男の心の臓を貫き、その命まで奪った元凶の逆棘の短槍の情報について。
 ざっとこんな感じなのだが、シィが先ず目をつけたのが例の槍だった。

「名称は"ギルティソーン"。罪の荊って訳だけどなんかわかるか……?」

 俺が一番信用できるという身も蓋もない理由でキリトに押し付けられた逆棘の槍をストレージから取り出し、テーブルの上に置く。
 何か名案を思いついてくれるんじゃないか?と淡い期待と共に目の前で、逆棘の槍を弄んでいるシィを見つめていると口元を歪めた。

「……悪趣味」
「は?」

 思っても見ない、と言うか完全に的外れな感想に声が引き攣る。

「だってさ、普通槍っていう武器は突きとか薙ぎ払いが主な攻撃手段なんだけどそこにこんな物付けたら、邪魔でしょ。まぁ、ぶっ刺して引き抜く時に追加ダメは出るんだけ微々たるものだし?それに摩擦力云々のせいで次のモーションが遅くなるから、私として歓迎しないかなー。それに、モンスターだと恐怖心とかないからこういうのって効果ないんだよねー」
「まぁ、そう考えるよなー」

 腕を組みつつ、今朝キリアスコンビとともに調べた事を含め整理していく。

 彼女の言う通り、対Mob戦において貫通継続ダメージはほとんど意味をなさない。
 そもそも、貫通継続ダメージは武器が身体に突き刺さっている状態で発生するものであり、与えられるダメージも極々微量だし、モンスターだとすぐに引き抜かれポイっだ。

 武器に返しをつければ、抜き辛くなるがデメリットとして武器の性能が落ちたり、扱うのに必要な筋力値が増えたりといい事はない。
 だからこそ、メインアームを逆棘が生えたような特殊仕様なものにする輩は相当な下手物好きか、何か拘りがある奴くらいだ。

「……はぁ、明日からの捜査に期待か」

 シィからも事件のヒントになりそうな案も得られず、落胆のため息を吐く。
 そして、重要証拠に万が一の事態がないためにストレージにしまおうと手を伸ばした時、屋外に多数のプレイヤーの反応が《索敵》に引っかかる。

「こんな夜中にお客さん……?」
「さぁ?けど、こんな大人数で訪問なんてタダ事じゃないだろ……」

 人数にして、五、六人。ちょうど1パーティー分の人数が玄関扉を囲むようにして、位置取っていた。それから間もなくして、コンコンとノック音が聞こえてくる。
 警戒心を強めながら、扉を開けると、銀色に青の刺繍がされた顔以外を鎧で覆ったプレイヤーがすぐ目の前に立っていた為に思わずギョッとする。

「夜分遅くにすまないな」

「……シュミット」

 シュミットと呼ばれた青年は恭しく一礼をし、非礼を詫びた。一応、良識はあるようだ。

「で、聖竜連合の人がどうしたんですか……」

「単刀直入に言おう。圏内PKに使われた武器をこちらに渡してもらいたい」

「はぁ〜〜?」

 戸口に立たせたまま要件を問へば、武器をタダで寄越せと言われ、思わず声が裏返る。明らかな非マナー行為に怒りの感情が露見しそうになるが、ここで言い返せば面倒事ーー渡すまで居座られそうーーになりそうなので、グッと堪え、片手を振り、アイテムストレージを開く。
 先ほど収納したばかりの黒い槍を取り出す……のだが、ふと疑問がよぎり、操作の手が止まる。

「そういえば……、なんで俺が持ってるって知ってるんだ?」

 アスナとキリトと共に三人で行動していた為、例の槍を誰が持っているかなど特定はできないはず、なのだが現にシュミットは開口一番、俺が持っていることを当ててきた。
 すでに、他二人を当たっているのなら話は別なのだが……

(てか、なんで俺らのホームが知られてるんだ)

 頻繁に来客が来ても面倒だ、という理由でこの家の場所は極一部、親しい人物にしか教えていない。もちろん、シュミット含め聖竜連合の連中とはボス戦くらいの付き合いぐらいしかないので教えているわけがない。
 ということは、どこからか情報が漏れたわけだが、情報屋の『鼠のアルゴ』には口止料を払っている為に先ずない。人のプライベートをペラペラ喋る馬鹿はどいつだと内心憤慨していると、シュミットが口を開く。

「あぁ。それなら、キリトの奴がお前が持っている事と居場所を教えてくれたぞ」

 どうやら、馬鹿はキリトだったらしい。

「……あいつ」

 「昼寝を邪魔されたばかりか人のプライベートまでペラペラと!」

 後で絶対にしばくと心に決める。
 復讐方法を頭の片隅で考えつつ、アイテムストレージを探っていると今しがた放り込んだばかりの例の槍を見つけた。

「……ついでに、鑑定の手間を省いてやるよ。名称は《ギルティソーン》、製作者は『グリムロック』だ」

「っ!?」

 そう口にした瞬間、シュミットに明確な反応があった。
 震える手で槍を受け取ると、掠れた声で礼を言うと足早に帰って行ってしまう。

「……はぁ、帰ったか」

 先の団体が索敵範囲外まで離れたのを確認し、ため息とともに肩の力を抜く。ああいった緊迫した雰囲気は精神的な面で結構負担が来るので苦手だ。

 重要証拠である槍は持って行かれてしまい、アスナからお小言をもらいそうだが、もうアレから得られる情報はほぼないので大した痛手ではない。だが、それよりも一つヒントらしきものを得られた成果は嬉しい。

「シュミット、絶対何か隠してるね」

「……あぁ」

 被害者であるカインズ氏と槍の製作者グリムロック、そして彼の名前を出した時明らかに動揺を見せたシュミット。少しずつだが、人物関係が見えてきた。
 捜査初日にしては、なかなかの成果ではないか?と少し嬉しくなってしまう。だけど、今日はもう限界がきたらしく目を開いているのも億劫になってきた。

「んーー、おやすみ……」

 フラフラとしながら寝室へと向かい、ベッドに横になるや意識を手放した。

 
 

 
後書き
圏内事件のお話にうちのオリキャラを投入する構成となってます。
そこ、オリ主、ヒロインの影が薄いとか言っちゃダメ!

まあ初見でロジックを見破るみたいな原作ブレイクはしない予定なので(パクリ。ダメ、絶対)


ちなみに自分は感想が貰えると執筆速度が(当社比)二倍になります。続き読みたいなーという方がいらっしゃれば、ぜひ感想をば。


それではノシ
 

 

圏内事件 ー捜査ー

 
前書き
執筆速度が二倍に……→ただし投稿速度が速くなるとは限らない!!

お待たせしました。一週間開けての投稿です。 

 
午前九時半ちょうど。約束時間からきっかり三十分遅れで待ち合わせ場所の57層の転移門広場についたユーリは「なんだあれ……」と呆れ気味に呟いた。

ユーリの視界の先には、 男性 (キリト)の手を両手で包み込むようにして握る 女性 (アスナ)と、ぎこちない表情を浮かべる 男性 (キリト)。形だけ見れば公衆の面前で、イチャつく馬鹿ップルの構図がそこにあった。それと同時に周囲を行き交うプレイヤー達(特に男性)からはブツブツと呪詛めいた呟きが聞こえてくるので精神的によろしくない。


『い、いつの間に……『ブラッキー』とアスナ様にフラグが⁉︎』
『リア充乙』
『キリト氏スべし、慈悲はない』
『爆発しろや……‼︎』

世論は男女の二人組みには冷たいらしい。

はは、ハグでもしたらマジでPKでも起こるかも……などと碌でもないことを考え、そして今から自分もあそこに加わらねばならないと思うとなぜか下腹部がキリキリと痛む……ような気がする。もっとも仮想世界なのでそんなものなどあるわけないのだが、何故だろうか。

「お、ユーリ来たか!」

「……あぁ」

キリトが俺の存在にようやく気づき、声をかけてくると一緒に視線がこちらへと集中してくる。特に頭のミミとか、腰の辺の尻尾とか……。煩わしいこと限りないが、あいにく街中でフードまで被れば通報待ったなしのため、耳とか尻尾とかを隠せる事はできない。

「あー、ようやく来たわよ!」

「はぁ……」

続けて若干不機嫌なアスナから厳しめな視線が飛んでくる。合流するや否や周りの視線を忘れるため、本題を切り出す。

「で、生命の碑の方はどうだった?」

「あぁ。やっぱり同じ時刻に亡くなっていた」

「そうか……」

昨日起こった圏内プレイヤー(P) 殺人 (K)事件の第一発見者であるヨルコさんから被害者である男性プレイヤー、カインズ氏の綴りを教えてもらい、自分と別れた後、黒鉄宮にある生命の碑に確認しに行ったらしい。
生存者リストでもあるそれは《ソードアート・オンライン》のサービス開始からデスゲームと化すまでの間にログインした約一万人のプレイヤー名が刻まれている。そして、カインズ氏の名前には無感情に横線が引かれ、死亡原因《貫通継続ダメージ》と刻まれていた、との事。


改めて人の死を確認させられ、しんみりとなった雰囲気の中、キリトがこちらへと視線を向けてくる。

「そういえば、昨日馬上槍部主将が来たんだって?」

「ハ?」

「ホラ、シュミットさんの事をそんな風に思うの君だけだって」

口を開いたと思えば、訳のわからない事を……

アスナに一蹴されたキリトはそ、そうかな?などと口ごもりつつ頬を掻く。早々とキリトの話題が終わり雰囲気が気まずくなろうとし、強引にだが昨夜の出来事を二人に切り出す。


「まぁ、シュミットの印象は置いていて。確かに昨夜ウチに押しかけてきて、凶器を掻っ攫われた。けど、わかったことが一つ。多分、あいつがこの件に関わってる。」

え?と疑問の声を漏らす二人に、昨日シュミットがやってきた時、凶器である《ギルティ・ソーン》の作者、グリムロックの名前を出した瞬間に酷く動揺した事を話すと納得したのかうなづいていた

「それは確かに怪しいな」

「そうね。けど、待ち合わせの時間、もうすぐだから歩きながら話しましょう。」


◆

午前十時

事件の詳細の事情を聴くため、第一発見者であり、殺害されたカインズ氏と共に行動をしていたヨルコさんと合流すると、落ち着いて話すために昨日も使用したレストランへと足を運んでいた。

……なのだが、事件の話は未だ始まらず、ヨルコさんがアスナの服装を見た途端、寝不足な表情を一変。キラキラと目を輝かせた事に始まり、意気投合した女性二人の服談議が繰り広げられていた。

「えー!アスナさんの服って、全部アシュレイさんのお店のワンメイク品ですよね!凄いです、全部揃ってるの初めて見ました」

「そ、そうかな」

「そうですよ!最高級のレア素材じゃないと作って貰えない、って有名ですよ!」

第一印象が大人しめで清楚系な感じなヨルコさんが鼻息を荒くしてアスナの服について語っているのを見て、人って見た目によらないなと実感させられた。そして、ヨルコさんの誉め殺しにあっているアスナは恥ずかしそうに頬を赤く染めているが口元を緩めている事から、嬉しい事が伺える。

暗い話題を忘れ、ワイワイキャッキャッと話す二人のテーブルに頬杖をつきながら聞いていると向かいの席に座ったキリトが話しかけてくる。

「……なぁ、ユーリ。アシュレイって?」

「服屋」

「……どんな?」

「俺に聞くなよ」

「……だよな」

「「はぁ〜」」

ヒートアップした女性二人の話題についていけずに取り残された風の男子二人は顔を見合わせると揃ってため息を吐いた。

そして、あらかたアシュレイさんとやらに語り尽した女性二人の視線はチビチビとグラスのコップを飲むキリトへと向けられた。
下から上へ、そしてまた下へと移動した二人の視線は最後、キリトの顔へと止まりアスナが一言。

「君、私服も真っ黒なんだね」

「わ、悪かったな‼︎」

黒のズボンに、黒のシャツ。若干紺色っぽく見える黒色のコート。黒、黒、黒と黒づくめだ。流石《ブラッキー(笑)》。

キリトの服装をあらかた選定し終えた女性二人は、今度は俺の方へと向き、上から下へと視線が動きまた上へと移動し、固定される。正確には頭の上に視線が集中する。

「え……?」

「…………はぁ」


目を大きく見開いて停止するヨルコさんをよそに、毎度同じのリアクションにゲンナリとため息を吐く。それに呼応する様に頭の上の耳(・・・・・)も垂れ下がったのがわかった。

「ほ、ホントにお耳があるんですね」

「・・・・・」


アスナへと向けていた羨望の眼差しとは違う、好奇心を多分に含んだ興味の視線が向けられまたしても気分が重くなる。
ヨルコさんの好奇心の標的となっているのが、自分の頭上に生えている先がギザギザとし、銀色の毛に覆われた犬系の耳。そして、上着の隙間からチラチラと覗く見ただけでわかるフサフサとした同色の尻尾。
おそらく、アインクラッドにいるプレイヤー多しと言えども動物の耳と尻尾を生やしているのは自分くらいだろう。もっとも好きで生やしているわけでもないのだが。

そして先ほどからヨルコさんの行動が不審だ。チラチラと視線を彷徨わせ、手が忙しくなく動いている。ついに我慢の限界がきたのだろう。
ヨルコさんが恐る恐ると言った風に尋ねてくる。

「あ、あの……その触ってもいいですか?」
「ヤダ」
「え!即答⁉︎」


返答のあまりにもの速さにヨルコさんが目を剥いて驚く。
とりあえず、耳と尻尾はいろんな意味で弱いので、ホントに勘弁してほしい。

◆◇◆

脱線し過ぎた話が止まって微妙な空気感になってしまったところをアスナがわざとらしく咳払いをして意識を切り替えさせると、ようやく本題を切り出した。

「ところで、ヨルコさん。《グリムロック》と《シュミット》っていう名前に覚えはある?」

「はい……。知って、ます」

二人の名前を出した瞬間、ヨルコさんは肩を小さく跳ねさせた。そして、こくりと小さく、けれどハッキリと首を縦に振り、肯定を示した。ヨルコさんは言いずらそうにしながらもポツリポツリと彼らとの関係を喋り始めた。

「二人は、……同じギルドの仲間でした。ギルドって言ってもその日の食費や宿泊費を稼いだり、安全な狩場で適度に狩りを楽しんだりしているだけの中小ギルドなんですけどね……」

ヨルコさん曰く、所属していたギルドネームは『黄金林檎』。リーダーが『グリセルダ』という女性のプレイヤーで、『グリムロック』は現実(リアル)のグリセルダさんの夫であり、ギルドの副リーダーだったらしい。

「シュミットが……⁉︎」

「え?あいつ、昔中層プレイヤーだったのか⁉︎」

「ちょっと!失礼だよ!…………私も今知ったけど」

今は聖龍連合でリーダー格をやっているシュミットだが、意外な過去に驚くと即座にアスナから叱責が飛んでくる。もっともそういう彼女も寝耳に水だったらしいが。
三人のやりとりにヨルコさんは小さく笑った。

「私もですよ。皆さんからシュミットさんが大手ギルドの、しかもリーダー格って知った時きっと凄く頑張ったんだなぁって思ったんです」

そう言い、微笑むがその笑顔は無理しているように見える。
明かされたシュミットの意外な経歴によりなんとも気まずい雰囲気の中、キリトが切り出す。

「ヨルコさん、話しにくいことだと思うんだけど……本当の事を話してほしいんだ。事件解決のために。俺たちは今回の件は、『復讐』あるいは、『制裁』だと考えている。カインズさんがギルドや他のプレイヤーに恨まれていて、その報復を受けたんじゃないか……。昨日と同じ事を言うようだけど、もう一度よく考えてくれないか?」

もちろん返事はすぐには返って来なかった。それもそうだろう。そうやすやすと人が恨まれていた事を言えるとは思わない。ましてや、親しい人物の死を目の前で見てしまったのだ、言いにくいに決まっている。

長い沈黙の後、ヨルコさんは震える手でカップを持ち上げ、唇を湿らせてからこくりと頷き、語られたーー

「実は……昨日、おはなしていなかった事が、あるんです。ほんとは、忘れたい……思い出したくもない事だし……無関係だと、思いたかったんです。
ーーーでも、お話します。私たちのギルドが解散した、《出来事》を」

ーーー昔、起こってしまった不運な出来事を。


ヨルコさん曰く、彼女らが所属していたギルドは《黄金林檎》と言う総勢8人のその日に必要なお金を集めために安全な狩りをしていたギルドだったらしい。

だが、ある秋の日。偶然にもレアモンスターを発見し、運良く屠る事が出来たらしい。そして、そのモンスターから得られた指輪は「装備主の敏捷値を二十上昇させる」という過去類を見ないほどの強力な効果を備えたものだった。

そしてそんな強力なレアアイテムを手に入れてしまった《黄金林檎》では指輪の処遇を決めるための話し合いが行われた。当然、意見は一つに纏まらず、「ギルドで使おう」と言う意見が三人、「売って儲けを分配しよう」と言う意見が五人。
多数決の結果、指輪は売却に決まり、ギルドリーダーが上層に持って行き、競売屋に委託事になった。

下調べにも時間がかかるため、上で一泊する予定でホームを発ったリーダーだったが……いつまで経っても帰ってくる事はなかった。
嫌な予感がし、ギルドの何人かが生命の碑に行き、確認すればリーダーの名前には横線が引かれ、死亡時刻はリーダーが上層へと発った日の夜。死因は『貫通属性ダメージ』。

「……そんなレアアイテムを持って中層のプレイヤーが圏外に出るわけはない、よな。じゃあ、考えられるのは『睡眠PK』か……」

「えぇ、その頃は『睡眠PK』の手口が広まる前だったし、宿代の節約のために施錠の出来ない公共施設で休む人もたくさんいた頃ね」

「けど、偶然とは考えにくいだろ。側から見れば物見遊山に来たプレイヤーだし、リスクに見合うリターンが得られるとは考えにくいし……、あるとすればリーダーが、レアアイテムを持っている事を知ってた内部の人間の線か」

三人の考察に肯定するようにこくりとヨルコさんは頷いた。

「皆さんのように、《黄金林檎》に残された七人の人間の誰か。私たちも、当然そう考えました。けど、誰が何時、何処にいたのか証明する方法なんてありませんから……皆が皆を疑う状況が続いて……間も無くしてギルドは自然消滅となりました」


彼女の所属したギルドに起こった悲惨な出来事が語り終わり、再び重苦しい雰囲気が漂う。

皆が顔を伏せ、沈黙する中キリトが乾いた口調でヨルコさんへと訊ねた。

「最後に一つだけ聞かせてくれ。指輪の売却に反対した三人の名前は……?」

「シュミットにカインズ……それと私です」


数秒間黙り続けていたヨルコさんは意を決したように顔を上げハッキリと告げた。

(……やっぱり)

今の彼女の言葉により、この事件が『制裁』もしくは『復讐』の線がより濃くなる。だが、同時に次の標的にヨルコさん、そしてシュミットに狙われる事を示唆している。

その後、2、3質問をした後ヨルコさんを宿へと送り届けた。




 
 

 
後書き
圏内事件午前の部終了。

まだまだ続くぞ(´・ω・`)


こんな微妙なシリアスより、ガチな戦闘が描きたい!ほのぼのとした日常が描きたい!シィのDEBANを!だが、案が浮かばない!と思うざびーでした。

 

 

圏内事件 ー推論ー

 
前書き





 

 
 ヨルコさんと別れた後、『圏内PK』の手口を明らかにするためシステムについて詳しく、且つ信頼できる人物に話を聞こうとなったのだが、そこでキリトが『あいついるじゃん』と物凄い軽い調子で名前を挙げたのが、血盟騎士団のギルドリーダー、ヒースクリフ。

 ーーアスナの上司にして、ユーリの天敵である。

 当初は二人も反対したものの他に頼れそうな人物は居らず、渋々とアスナがヒースクリフへとメールを打つ羽目になった。
 そして、メールを送ってから三十分後、転移門の中の空間が揺らぎ、ホワイトブロンドの長髪を後ろで束ね赤いローブを着たプレイヤーが現れ、周囲にいたプレイヤーがざわめいた。《魔導師》のような雰囲気を醸し出すそのプレイヤーはやはり、ヒースクリフだった。
 ホントに来たのかよ……と驚いているとこちらに気づいたヒースクリフが滑るように近づいてくる。

「ふむ、待たせてしまったかな」

「突然のお呼びたて、申し訳ありません団長!このバ……この者たちがどうしてもと言って聞かないものですから……」

 ビシィと敬礼をし、急き込むように弁解したアスナはギロッとバカ……キリトを睨みつけた。

「なに、ちょうど昼にしようとしていたところだ。それに《黒の剣士》キリト君にご馳走してもらう機会などそうそうあるとは思えないしね」

「あんたには、ボス戦でタゲ取りやってもらってるそのお礼がすんでなしさ。ついでに、興味深い話を聞かせてやるよ」

「そうか。なら、楽しみにしておこう。しかし、まさか君もアスナ君やキリト君と一緒に行動しているとは少々意外だ」

「…………物凄く不服ですがね」


 団長、もといヒースクリフは低いテノールでそう言うと此方へと視線を向けて来たので咄嗟に目線を反らす。

「ところで、意思に変化はあったかね。今入団してくれるなら、三食昼寝付きに我がギルドホームの最高ランクの部屋を上げよう。……どうかね?」

「どうかねって、入らないって何度も言ってますけど!自炊もスキル上げてるんで出来ますし、ホームもありますから。……てか、俺のことペットか何かと勘違いしてませんか!?」

「ふむ。なるほど。確かに君がいれば、ギルドも和やかになりそうだ」

 片手を顎に当て、ふむと頷いているヒースクリフに頭痛がしてくる。
 おそらく冗談で言っているのだろうが、冗談に聞こえないのだから恐ろしい。
 ヒースクリフをユーリが睨みつけている一方で、二人のやりとりを見ていたキリトはアスナへと極力小さな声で話しかけていた。

「な、なぁ……二人って仲悪いのか?」
「私も知らないわよ。けど、団長もユーリ君に会う度に誘ってるみたいよ。まぁ、毎回フラれてるらしいけどね」
「へ、へぇ〜……」


 攻略以外興味ないと言われているヒースクリフがユーリに執着を見せていたという事実に目を丸くした一方で、しつこく勧誘されなくてよかったと安堵の感情もある。会う度に、勧誘とか嫌過ぎる。それがおっさんとかなおさらだ。まぁ生涯 ソロプレイヤー (ぼっち)を貫く自分にそんなものが来るはずもないか……と最終的な結論に至り、自己嫌悪に陥ったところで思考を打ち切り、ユーリ達に視線を向ける。

 ヒースクリフの勧誘がよほどしつこいのか、冷静沈着、クールなイメージに定評のあるユーリが犬歯を剥き出しにし剣呑な視線で睨みつけており、加えて彼のトレードマークである犬種の耳はピンと立ち、尻尾は高く持ち上がっている。

「君が入ってくれないならば、やはりシィ君の方を籠絡するべきか……」

「あいつにちょっかい出すのもやめろよ!」

 ユーリの剣呑な視線を受けても動じる事なく涼しそうな表情のヒースクリフを見て、刃傷沙汰にならないよなと一抹の不安が 過 (よぎ)る。実際、すぐにでもストレージから武器を取り出し、斬りかかりそうな殺気がユーリから感じられる。

 もっとも圏内で斬りかかろうともシステム障壁に阻まれ、同時にHPは固定されているのでHPが減る事は絶対にない。だが、圏内で殺人が起きるというありえない事象がありえた今、絶対のルールを過信するわけにはいかない。トッププレイヤーを失えば、攻略組の損失に直結する。

 昼飯にヒースクリフを誘おうと言い出したのは俺だし、ホストが仲裁に入るべきか……と腹をくくると意を決して、ヒースクリフへと話しかける。

「立ち話もなんだし、歩きながらでも話さないか。それに、あんたも一日中フリーってわけじゃないだろ?」

「ふむ。確かにメインはキリト君のランチだったな。今日はこれで引き下がるとしよう」

「……ふんっ」

 あっさりと引き下がってくれたヒースクリフに肩透かしをくらうも、安堵する。少し離れた位置でキョロキョロと辺りを珍しげに見ていた閃光様に声かけ、呼び戻すとキリト達、一向は目的の店へと案内へと歩き出した。


 ーーーーーーーーーー

 キリト曰く、『滅多に人の来ない穴場のNPC料理店』とやらに向けて、キリトを先頭にして歩き出した四人は狭い路地を進んだり、右に逸れたり左に行ったりして数分、アスナは前を歩くユーリの変調に気がつく。

 先ほどから、ビクビクと怯えた様子で動きがぎこちない。さらにいつもは多少は左右に揺れている尻尾も力無さげに垂れ下がっており、微動だにしない。

「ユーリ君、どうかしたの?」
「ひゃいっ!?」
「え……?」

 声をかけた途端、ビクンと肩が震え素っ頓狂な声を上げるユーリ。本人は問題ないと言うが声は上ずっており、問題ないことはないのは明らかだ。
 彼の態度といい、先の反応といい怪しいと疑心感を強めるアスナの後ろで、ふむと何かに納得したかのうようにヒースクリフが呟く。

「……犬の尻尾が垂れている時は、恐怖や不安を感じていたり、自分より強い相手にへりくだる場面が多いそうだが」

 そうヒースクリフが口にした瞬間、ユーリが一瞬だがギクリと固まった。そして、硬直が解除されるとあからさまに目線を反らす。

「そういえば……」

 何かに気がついたらしいキリトは顔だけを後方に向けたまま、薄く微笑む。

「ウワサじゃあこの街には道に迷った挙句、転移結晶まで持ってなくて延々と彷徨っているプレイヤーがーーーーッ!」


 一瞬で表情を消し、キリトの懐へと肉迫したユーリ。彼の体が沈んだかと思えば、腰溜めに構えられた右拳を薄いライトエフェクトが覆う。ユーリの次の行動を予期したのか、言いかけた言葉をのみ込んだキリトは後方へと下り、ユーリから距離を取ろうと試みる。

 ーーだがしかし、ユーリは踏み込みと共に思い切り、キリトの足を踏みつけ、それを阻む。

 刹那の内に行われた二人の攻防は、ユーリに軍配が上がり、ライトエフェクトに覆われ、強く握られた拳が一際強く輝く。

「ーーーグハァ!?」


 光芒の尾を引いた拳は的確にキリトの顎を捉え、強烈な一撃を容赦なく、叩き込んだ。
 薄暗い路地を照らす紫の閃光。爆発にも似た衝撃音。キリトの体はふわりと宙を浮き、直後、ドスンと鈍い音を響かせ、硬い石畳へと叩きつけられた。

「うわっ……すご」

「……お見事」

 あまりの鮮やかな一撃に感嘆の声を漏らしてしまう。体術系のソードスキルまで用いてキリトに強烈な一撃を見舞ったユーリを見つめていると、スタスタと無言で倒れ伏すキリトへと近づき、衝撃に表情を固めたまま 硬直 (スタン)している彼の胸ぐらを掴み、引っ張りあげると目線でさっさと案内するように促した。

「……気をつけよ」


 ーー人間、どこに逆鱗があるかわからない。

 ユーリの凶暴な一面を垣間見たアスナは、あまりユーリを怒らせないようにしようと決めたのだった。主に許可なく尻尾を掴んだりとか……。

 一方で、「あぁ……」と何かを思い出したかのように呟いたヒースクリフは何事もなかったかのように振る舞うユーリを呼び止めーー、


「ユーリ君、圏内で迷子になったのなら道端にいるNPCに頼めばいい。10コル支払えば、転移門広場まで案内してくれる」

「うるさいよっ?!」

 ーー見事に、地雷を踏みぬいた。


 ◆◇◆

 それから間もなくして、迷宮のような隘路を抜け、ようやく目的の店へと着いた。
 薄暗く胡散臭い店内に尻込みしていると、キリトはなんの戸惑いもなく暖簾を潜り、店へと入って行く。ちらりと横に視線を向ければ、アスナがなんとも言えない表情をしていた。


 店内はやはり、自分達以外プレイヤーは一人もおらず、閑散としていた。安っぽい四人掛けのテーブルに座り、やる気のなさそうな 店主 (NPC)に注文をしてきたキリトが戻ってきたところでアスナがうんざりとした表情で呟く。

「なんだが残念会みたいになってきたんだけど」

「気のせい気のせい。それより、お忙しい団長様のために早速本題に入ろうぜ」


 アスナが事件のあらましを説明する間、いつもと違った反応でも見られないだろうかと思い、目の前に座るヒースクリフの一挙一動を観察していたが全くと言っていいほど、表情に変化がなかった。唯一、カインズの死の場面で片眉がピクリと動いたくらいだ。

「では、まずはキリト君の推測から聞こう。君は今回のPK事件、どんな手口で行われたと考えているのかね?」

 一通り話を聞き、状況を把握したヒースクリフはふむ、と頷きキリトへと話を振った。
 話を振られたキリトは頬杖をついていた手を外し、三本指を立てて見せた。
 キリトの提示した仮説は3つ。

 一つ目は、デュエルによるもの。
 二つ目は、システム上の抜け道。
 三つ目は、アンチクリミナルコードを無効にするアイテムもしくは、スキル。

 だが、三つ目の仮説はヒースクリフによって切り捨てられた。

 曰く、『公平さ(フェアネス)を貫いているこのゲーム(SAO)において、それを真っ向から否定するような代物を作るわけがない』とのこと。

「もっとも、私やユーリ君のユニークスキルは別だがね」

 ヒースクリフはそう締め括るとこちらへと流し目を送った。寒気がした。


「いずれにせよ、仮説その二は検討に時間がかかり過ぎるし、仮説その三は証明のしようがないな」

「そうなると仮説その一……デュエルによるPKから検討するのが妥当かしらね」

 だが、ここで一つ素朴な疑問が生じた。

「そう言えば、デュエルのウィナー表示の出る位置の決まりってどうなってるの?」

「確か……両者の中間だったはず」

「ふむ、なかなか予習をしているようだが……50点の回答だ」

 暇つぶしでマニュアルに目を通してみた時の記憶を思い出し、アスナの疑問へと返答する。なぜか、教師然とした口調のヒースクリフに点数をつけられてしまった。

「正確には、決闘者二人の距離が10メートル以内ならば、両者の中間地点。それ以上離れていたならば、双方の至近に窓が表示される」

「惜しかったな」

 『ここ、よくテストに出されるので復習しておくように』と締めくくったヒースクリフが得意げな表情を向けてくる。なんとも言えない敗北感に打ちひしがれていると隣に座るキリトに肩を叩かれ慰められた。解せぬ。

 疑問は解消されたものの議論は再び振り出しへと戻ってしまう。
 首を傾げ、他の仮説を考え出そうとするも案は浮かばず、途中でキリトが『もし、上空から街の中へ入った場合、コードはどうなるのか』と言いだすが、『圏内は街区の境界線から次層の底まで垂直に伸びた円柱状の空間』とヒースクリフが《圏内》の定義を説明し、キリトの案も今回の事件のギミックとは関係ない事が証明されてしまった。


「しかし、料理が出てくるのが遅いな、この店は」

「同感です。……選択間違ってない?」

「キリトに任せた時点から間違いだろ」

「酷いな。おい。ま、他では味わえない雰囲気って感じでさ。そういったところも楽しんでくれよ。氷水ならいくらでもお代わりできるから」

 安っぽい水差しを手に取り、全員のグラスに冷水を足していく。
 アリガトと言うが、それきり会話が止まってしまい、いまだ料理も運ばれて来ない。薄暗い店内が余計に暗くなった気がした。

 何かいい案でも浮かばないか……とぼんやり考えつつ店の奥で調理をしている店主を観察しているとキリトがぐいっとグラスの水を飲み干し、トンッと音を立ててテーブルへと置いた。それを合図として、アスナ、ヒースクリフの視線がキリトへと集まった。


「なぁ……物凄い威力のクリティカルヒットを喰らった時ってHPバーはどうなる?」

「……そりゃあ、ごっそりと減るわよ」

 何を今更と言いたげなアスナ。空になったグラスに水を注ぎつつ、何かを思いついたらしいキリトに続きを促す。

「減り方だよ。SAOの場合、大ダメージを受けた時被弾してからのHP減算のあいだにわずかなタイムラグがあるだろ?」

「つまり、そのタイムラグのあいだにカインズを教会に移動させて吊るしたって事か?」

 おそらくはキリトの言いたかった事を代弁すると本人から肯定の発言が返ってくる。

「でもさすがに時間が少な過ぎるだろ」

「いや、カインズ氏は装備から見て、 壁戦士 (タンク)だ。総HPはかなりあるはずだし、一気に満タンからゼロまで減らせば……そうだな、五秒くらいはあるはずだ」

 なるほどと納得する一方で、掠れた声でアスナが遮った。

「待ってよ。カインズさんはボリュームゾーンでも上の方のプレイヤーだったのよ。そんな人のHPを単発の……しかも槍で一撃死させるなんて無茶よ」

「まぁ、そうだろうな」

 アスナの反論にキリトは困ったように眉を顰めた。

 確かに一撃死なんてあり得ない。全身を防具で固めたプレイヤーに……例えはダメージディーラーであるキリトが重単発技《ヴォーパル・ストライク》をクリティカルヒットさせたとしても、減らせて精々半分ほどだ。

 ちらりと先ほどから瞑目して話を聞いているヒースクリフを見やった。ヒースクリフはゆっくりと頷いてみせた。

「そのような手法ならば、見かけ上の『圏内殺人』は可能だーー」


 もしかしていい線言ってるのか……?と淡い期待を持ったのも束の間、ヒースクリフはよく通る声で『だが』と続けた。

「ーーだが、君達も知っての通り、槍と言う武器は一にリーチ、二に貫通に重きを置いている。単純な威力では、他の武器に劣っている。それが元から威力の低いショートスピアなら尚更だ」

 正解と匂わせた途端、バツをもらってしまい口を尖らせるキリト。ヒースクリフはかすかな笑みを浮かべるとさらに続けた。


「決して高級でないショートスピアで壁戦士を一撃死させるとなると……そうだな、現時点でレベル100には達している必要があると思うが」

「ひゃくぅ⁉︎」

 素っ頓狂な声を出したのはアスナだ。大きく見開いた瞳で三人を順番に眺めるとぷるぷると首を横に振った。

「む、ムリでしょ……ゲーム開始から24時間ずっと最前線にこもり続けたってムリでしょ!」

「メタスラみたく、経験値ボーナスのある奴を狩り続けたとしてもか?」

「確かにそういったモンスターは出ないわけじゃないけど、狩れる数には限りがあるわ。それにいくら効率のいい狩場があったとしても、すぐに下方修正されちゃうし……」

 レベル100のプレイヤーの存在は論破されてしまう。もっともそんなプレイヤーがいたとしても、何処かのギルドに所属しているはずだろう。
 落胆のため息を吐いたところで自分とアスナのやり取りを聞いていたキリトがぼそりと呟いた。

「……新たなユニークスキル、か」

「確かにその線はあるだろう。わたしとユーリ君と、二つ以上存在している今三人目、四人目のユニークスキルホルダーが居たとしても不思議ではない」

 もっともそんなプレイヤーがいたら真っ先に勧誘しているがね……と続けたヒースクリフはこちらへと向き、パチリとウィンクした。本日何度目かわからない鳥肌が立った。


「……それにしても料理遅すぎではないか?」


ヒースクリフの問いかけに答える者は居らず、代わりに渇いた風がのれんを揺らし表で謎の鳥がカァーと鳴いた。 
 

 
後書き
アニメではカットされたヒスクリとの対談シーンでした。しかし、これだけで一話分使うとは……。

【無言の昇竜拳】→→↑AorB
威力A 、防御貫通 。
アッパーカット → 着地キャンセル → ジャブ → ストレート →ハイキックのコンボには気をつけよう。


 

 

圏内事件 ー聴取ー

 店に入ってから三十分、店内から出てきた四人はいずれも表情が優れない。というのも、『アルゲートそば』なるものを食べたせいなのだがその味は……

 ヒースクリフ曰く、『ラーメンと似て非なるもの』と断言させ、
 アスナに『……絶対、醤油作る』と決心させたとか。
 一方で、ユーリは『……ありえない』とうわ言のように呟き、犬の耳をへにょらせていたらしい。(某黒の剣士談)



 ◆◇◆

 午後から私用のあるらしいヒースクリフと別れた後、これからの行動について話し合っていた。

「さて、これからどうする」

「……どうするって言われても」

 どう?すぐにいい案が浮かぶほど、柔軟な思考をしているわけでもない。首を傾げているとアスナが思いついたのか、発言をする。

「じゃあ、あの人に話を聞きに行きましょう。つつけば、ポロッと漏らすかもしれないし」

「は?」

 だが、アスナの要領を得ない発言にまたしても首を傾げる。

「ほら、君から槍をかっぱらってった……」

「あぁ……シュミット」

 ヒースクリフの印象が強く残り過ぎていて存在が霞んでいたがシュミットもギルド《黄金林檎》の関係者であるのだ。
 だが、現時刻は午後二時。 迷宮区攻略:午後の部が盛んに行われてる時間帯であり、シュミットの所属する 聖龍連合 (DDA)も狩りに行っているはずだ。
 隣を歩くキリトも同じことを思ったのか、咳払いを一つした後、質問を口にする。

「この時間帯なら、シュミット主将も攻略に向かってるんじゃないのか?」

 対するアスナは「それはどうかしらね?」と言わんばかりに微笑を浮かべる。

「ヨルコさんの話によれば、シュミットも『指輪売却反対派』……つまり《レッド》に狙われるターゲットとなり得る。 そして、その自覚の有無はまぁ、ユーリ君の証言から有ると断定できるわ。 さて、謎の《レッド》に狙われてるとわかっている人物がわざわざ死地に赴くような真似をするかしらね?」

「言われてみれば、そうだな」

 アスナの推論に納得の意を示す。
 だが、カインズさんを殺害した《レッド》は圏内でもPKを行う方法を持っている。 だとすれば、シュミットが取る行動は自ずと絞り込めてくる。

「……籠城か。となると次の目的地はDDAの本部だな」


 ◆◇◆


  城 (キャッスル)、もしくは 城塞 (フォート)か……。

 小高い丘に聳えるDDAのギルドホームを転移門から捉え、内心で感想を述べる。
 ヒースクリフ率いる血盟騎士団のギルドホームがある一つ上の層、第五十六層に華々しくギルドホームが構えられたのはつい先日の事で、その時は披露パーティーが豪勢に催された。 だが、あいにく人混みはあまり好きではなく、タダでさえ人より目立つ容姿をしているためにパーティーは祝電と祝いの品をキリトに託し、欠席。故にこうして、DDAの本部を初めて目にしたことになる。

 そして、やはり思うのは値段だろう。 二十二層のコラルの村にある我が家も0がたくさん並んでいたが、それよりもスケールが何倍もデカイあのお城はお幾らするのだろうか。

 なんて事を考えながら、塔の頂点で銀の地に青いドラゴンが染め抜かれたギルドフラッグが風にたなびく様子を眺めているとそれを不思議に思ったのか、横からアスナが訪ねてくる。


「どうしたの。 そんなにDDAのホームが珍しい?」

「いや、別に。 ただ、凄い高かったんだろうな〜と。あと、部屋とか凄そうだよなぁ」

「ふーん。まぁ、ウチも負けてないけどね。 どう?多分ユーリ君がその気になってくれれば、部屋とか選び放題だよ?」

「……遠慮します」

 遠回しな勧誘を丁重に断りを入れつつ、この副団長もやはりヒースクリフの部下だなと思ってしまう。
 もっともいくら好待遇だろうと、どこのギルドに属す気もないし、マイホームを手放すつもりもない。 勿論、シィとペア解散なんてあり得ない。



 二人と雑談を交えつつ、赤レンガに舗装された坂を登ること数分、ようやく城門が見えてくる。 だが、そこから姿を現した人物に揃って声を上げる。

 門の左右に並び立つ番兵と挨拶を交わしつつ、出てきたのは紅い髪をポニーテールに結び、赤で統一されたコーディネートを着こなしたプレイヤー。 そして、紅い少女もこちらへと気がついたようで手を大きく振りながら駆けてくる。

 衣装どころか、髪の毛までも赤で纏めそれを着こなし、更に自分達と顔馴染みのプレイヤーなぞ、まず一人しか心辺りしかない。

「なぁ……」
「ねぇ……」

 左右に立つ二人もこちらへと小走りで駆けてくるプレイヤーに大方検討がついたのか、こちらへと視線を向けてくる。

「なんでシィがDDAの本部から出てきたかは、知らんからな」

「「……なんだ」」

 二人の質問に答えている間、紅いプレイヤー……もとい相方、シィはだんだんと加速し始める。そして、およそ10メートルくらいまでにその距離を縮めるとダンッと音を鳴らし、大ジャンプ。こちらへと向かって弾丸の如く飛び込んでくる。

「「げっ……」」
「ちょっ……!」

 いち早く反応した二人はそれぞれ両サイドに飛び退る。だが、自分だけは回避が遅れてしまい……

「ユゥゥゥゥリィィィィ!」
「フグウッ!?」

 満面の笑みのシィのタックルをモロに喰らい、苦悶の声を漏らす。
 スピード型の自分のステータスでは、目一杯まで加速されたアバターを受け止めきれず、上体が揺らぐ。そして、後方にはなだらかな斜面が広がっており……

「ウァァァァァァァァァァ?!」

シィに胴にしがみつかれたまま、斜面を転げて行った。



「……ひどい目にあった」
「いや〜、まさか坂を転げる羽目になるとは」

 テヘッと舌を出しながら、シィはおどけてみせる。反省する気はないらしい。

「てか、いい加減離れろよ」
「え〜、ヤダ〜」

 左腕に巻きついてくるシィを引き剥がそうとするがなかなか取れない。再び坂道を上がっているとニヤニヤ笑いを浮かべたキリトと目が合った。

「よぉ、ユーリ君。 大変だったな」
「…………」


「もー、拗ねないの」
「いや、シィちゃんが原因なんだけどね? けど、なんでシィちゃんがDDAの本部から出てきたの?」

 アスナがツッコミを入れつつ、おそらく三人ともが一番聞きたいであろう事を口にする。

「んー、言ってなかったっけ?私ってば、《裁縫》スキルコンプしてて、よく布系の装備品のメンテとか、アクセ作ってーとかって頼まれるんだよね。で、今回は頼まれた品の納品だね」

「「へぇーー」」

 関心したように二人が声を揃える。 特に金属系の装備を一切装備していないキリトは興味ありといった感じでシィの話を聞いていた。もっとも、装備に関しては自分も言えた義理ではないのだが……

 一通りこちらの疑問に答えると、同じような質問が返ってきた。それに対して、副団長様が簡潔に即答する。

「で、アスナ達はなんで此処に? PKの調査してるんじゃなかったっけ?」

「そうね。その調査の一環として、シュミットさんに話を聞きに行こうとしてたところなのよ」

「けど、時間が時間だからなぁ。シュミットの奴も狩りに出かけてるんじゃないか?」

「って事だけど、シュミット居たか?」

 キリトの言葉を引き継ぎ、いまだ腕にトリモチのようにひっつく相方に訊ねてみる。
 一応納得した表情を見せたシィは何かを思い当たる節があるようで「あぁ……そういえば」などと呟き、ポンッと手のひらを打ってみせた。

「そーいえば、ギルメンの誰かが『シュミットさん、珍しくサボったらしいっすよ』って話してたような……してないような??」

「いや、そこは断言しろよ」

 コテリと首を傾げるシィにとりあえず、ツッコミを入れておく。
「ごみん……」とはにかみながら、右手を振り、窓を呼び出す。そして、幾つかの操作をし、キーボードを出現させ、素早く文章を打ち込むとそのまま送信ボタンを押した。

 今の流れでいくとメール相手はシュミットだろうが……あいつとフレンド登録などしていただろうか。

「シィって、シュミットの奴とフレ登録してあったのか?」
「んー、まぁね。一応、DDAって金ヅ……取引相手だし? 何回か顔出してるうちに、ね」


 金ヅル(仮)発言は置いておくとして、シュミットをフレンド登録してた事は寝耳に水だった。この様子だと、割と多くのプレイヤーとフレンドの登録をしてそうだが。それが原因でホームに頻繁に客人が来る……なんて事にならなければいいが。

 ユニークスキルの事がバラされた時に、ゾンビ映画の如く情報屋共が押し寄せてきたのは、今でもトラウマだ。

 そんな事を考えていると、どうやらシュミットからの返事があったようだ。シィがメールを送ってから、五分ほどしか経っていないが……狩りに出ているのであれば、こんな早くメールを返す事は出来ない。故に、アスナの見立て通りシュミットはギルドホームに立て籠もっているみたいだ。


「アスナ〜、シュミットが要件はなんだ?って聞けって」
「え、早っ……じゃあ、指輪についてって伝えて」

 いつの間にか行われていたシィとシュミット間のやり取りに驚くものの、すぐに思考を切り替えて、簡潔に要件を伝えさせる。
 そして、シィの二度目のメールが送信されて待つ事、数分。フルプレートアーマーに身を包まれたシュミットが城門から姿を現した。そして、自分達を見つけるなり、勢いよく走って来て、『場所を変えてくれ』と一言発すると、さっさと前を行ってしまう。

「……なんなの、アレ」
「さぁ?」

 チョイチョイと袖を引っ張られ、横を向けば、シィが呆れた表情でシュミットを指差していた。その後、一言二言、言葉を交わし、前方を進んでいくシュミットを追った。


「誰から聞いたんだ」
 
 坂道を降りきり、市街に入ったところでシュミットがようやく立ち止まる。
 ガシャリと鎧を鳴らしつつ、振り向くとアスナではなく、何故か自分に詰問してくる。


「黄金林檎……ヨルコさんから」

『指輪』という文言が省かれている事に気づき、慎重に答える。
 問いに対する答えを聞くとシュミットは一瞬目を見開き、次いで大きく息を吐き出した。

 籠城していた件といい、『指輪』で釣れた件といい、既に圏内事件がギルド《黄金林檎》内で起こった指輪事件が原因で起こった事、そして圏内事件の目的が《指輪売却反対派》への報復、もしくは復讐という可能性まで辿りついていると考えられる。

 シュミットの反応を注意深く観察しつつ、自分は直球な質問を放った。

「シュミットさん。アンタが昨日、掻っ払ってた槍の作者……グリムロックさんが今何処にいるか知ってないか?」

「し……知らん!」

 叫びながら、首を激しく振られてしまう。切羽詰まった様子を見るにどうやら嘘ではなさそうだ。残念ながら、現在一番疑わしい人物まで辿りつく事は出来ないらしい。

 ここで、今まで黙っていたアスナが穏やかな声で話しかけた。

「……今一番疑わしいのはあの槍を鍛えた、グリムロックさんです。けど、誰かがそう見せかけようとしている可能性もあるけど、それを判断するためにグリムロック氏に直接会って話しをする必要があるんです。居場所か、連絡する手段に心当たりがあれば、教えて頂けませんか?」

 アスナにジッと見つめられ、シュミットの上体が僅かに引いた。

「アスナが、ここまで言ってるんだからさ。何かあるなら言った方がいいと思うよ?事件が解決すれば、PKの手口だって分かるんだし。……ね?」

 ぐらつくシュミットに追い打ちをかけるようにシィが言葉を発した。
 身長の高いために、意図せずして上目遣いで女性二人に見つめられる事となった彼は、ぼそぼそと話し始めた。

「……居場所は分からない。だが、あの人が異常に気に入ってたレストランなら知っている。ほぼ毎日通っていたから、今でももしかしたら……」

「ほ、ほんとか」

 自信なさげなシュミットの発言にキリトが食いついた。

 ここアインクラッドにおいて『食事』という行為は唯一の快楽と言っても過言ではない。今では《料理》スキルを習得したため、あまり足を運ばなくなったNPCレストランだが、毎日通うほど気に入った店ならそう易々と断ち切れるとは考え辛い。

「うっ……おなか空いた」
「…………」

 キュルキュルと腹の虫を控えめに鳴かせたシィを『少しは空気を読め、馬鹿!』とメッセージを込めて半目で睨む。

 緊張感の欠けたやり取りで、微妙な雰囲気が漂っていたが、キリトが咳払いを一つし、リセットすると話し合いを再開させる。

「……それで、その店の名前は?」
「教えてもいい。但し、一つ条件を呑んで貰いたい。…………ヨルコに会わせてくれ」


 議論の結果、シュミットとヨルコを会わせる事が決まり、その主旨を彼女にメールで伝えると即座に返信があり、了承の返事が貰えた。その際、結果をシュミットに伝えるとあからさまにホッと表情を緩ませた。一応、万が一の事態に備え、場所を彼女の泊まる宿屋に移す事となった。

 なお議論の最中、会話についていけてないシィが理解する事を早々と諦め、近くの屋台で買い食いをしていたのはまた別の話だ。


 
 

 
後書き
【お針子シィちゃん】
デザインの良さと質の良さから、尊敬の念を込めて彼女の作品は『無印良品』をもじって、「C印良品」と呼ばれている。
最近の傑作は『犬耳執事』。黒の燕尾服が銀色の毛を際立たせているらしい。
なお、『傑作』はそのまま、ユーリの黒歴史へと直結する模様。

【空気を読まないシィちゃん】別名:しりあすぶれいかー
今作品の癒し兼ボケ担当
どんなシリアスな場面でも、和ませてくれる清涼剤的な役割。実際には、なんとも言えない微妙な空気感になる。 

 

圏内事件 ー真相ー

 
前書き
解決策があらかた出し尽くされてる感じがする圏内事件。無駄な事を書きすぎたせいで、長くなってしまいましたが、ようやく終わりを迎えられそうです(多分、あと2、3話)。

少しでも楽しんでくれたらと思います。 

 
 アスナさんからのメールを受け取った後、ヨルコが宿泊する部屋に圏内PKの捜査をしている三人と事件の関係者であるシュミット、そしてなぜか攻略組としても、お針子としても知られているシィが一同に会していた。

 ソファに腰掛けながら、私とシュミットの話を聞くアスナさんとキリトさん。そして、SPの様に周囲に注意を払い、壁にもたれかかっているユーリさんとシィさんを見て、あることが脳裏をよぎった。


 ーー全部、私たちの自作自演だったんです。……なんて言ったら、彼らはどんな反応をするだろうか。


 もし、本当の事を知ったら、怒るだろうか……? 悲しむだろうか……? それとも、安心するのだろうか……?


 そこまで考えたところで私は思考を打ち止めにした。
 そんな事をすれば、カインズと積み重ねてきた努力が無駄に終わってしまう。ここまでは冗談のようにうまく行っているのだ。こんなところで気なんて抜けない。
 緩んだ集中力を戻すため、大きく息を吸って、吐いた。

「ーーーッ!」

 ただそれだけの動作で、テーブルを挟んで向かい側に座る大男の全身が大きく震えた。

 偽装殺人を信じ込ませる事も、シュミットに『指輪売却反対派』が狙われていると思い込ませる事も、そして彼に恐怖を植えつける事も……
 ここまでは全て予定通りだ。



 張り詰めた空気の中、シュミットと言葉を交えつつ視線を斜め上ーー自分の視界にのみ表示されているーー防具の耐久値と時刻表示へと向けると、作戦決行の時刻が迫っていた。


(…………そろそろね)


 心の内で呟くと、緊張で震える脚に力を入れる。
 ミスは、許されない。

 平静を装いながら、背中を見せないようにゆっくりと後ろ歩きをしていく。スリッパの底が床に擦れる音を聴きながら、無事大きく開いた窓枠へと辿り着き、一先ず安堵する。

 シン、と静まり帰った室内の中で私へと視線が集まるのをひしひしと感じる。

 ーー大丈夫、だいじょうぶ。ここまで何も怪しまれてはいない。きっとうまく行く。


 踵で後ろの壁を小突く。トン、と乾いた音を響かせ、わざと(・・・)体をよろめかせる。次いで、私の背中に刺さった短剣(ダガー)を見せるようにしながら、窓枠へと手をつく。

『なっーーー⁉︎』

 肩越しに彼らを見れば、大きく目を見開き戦慄していた。
 前後へとたよりなく揺らしていた体を、大きく窓の外へと傾ける。そうして私は、戸惑う事なく、身を外へと投げ出した。

「あっ……!」

 アスナさんの悲鳴染みた声が聴こえた。直後、キリトさんのものと思われる、黒いグローブに覆われた手が窓から伸びたが、しかし、ショールの端を指先が掠っただけで、私の仮想体(アバター)の落下は止まらない。


 ーーキリトさん、ごめんなさい。騙すような真似をして。
 ーーアスナさん、ごめんなさい。もっとお話ししたかったです。
 ーーユーリさん。あのふわふわ、本当は触ってみたかったです。

 窓から身を乗り出したキリトさんの顔がどんどんと遠ざかる中、走馬灯のように想いが巡る。
 全部終わった後で、話したら許してくれるかなぁ。やっぱり、無理かなぁ〜。

「…………ぐっ⁉︎」

 全身に衝撃が走り、不快な感覚に苦悶の声を漏らす。
 ズンッと音が響き、体が大きくバウンドする。それがトドメとなったのか、私の背後、隠されていた短剣が刺さったままのクッションの耐久値が限界に達し、青いポリゴンの飛沫が漏れ出す。

 同時に短衣(チュニック)の内側に忍ばせてあった転移結晶を握り締め、ボイスコマンドを紡ぐ。

「転移ーーー」

 私の仮想体を青いエフェクト光に包まれた。パシャという破砕音とともにーー彼らの目から私を隠すようにーー青いポリゴン片が撒き散らされた。


 ◆◇◆


 あまりにも、あっけなく消滅したヨルコさんを見て、この室内の誰もが言葉を発せずに居た。衝撃が覚めやらぬ中、キリトが二ブロック離れた屋根に佇む不審な人影を見つけ、叫んだ。

「野郎っ……!」

「っ!ばっ……待てっ!」

 窓枠に脚をかけ、飛び出して行ったキリトを追う。

「二人とも、だめよ!」

 背後からアスナの警告が飛ぶ。
 理由は明白だ。圏内でありながら、ヨルコさんを屠った一撃を喰らえば、俺らもただで済まない可能性がある。

 その危険性を十二分に理解しているが、キリトとアイコンタクトを交わすと屋根瓦を蹴り、駆け出した。
 キリトがそうしたように腰に吊るした刀の柄へと右手を置く。理論上、相手にダメージを与える事は出来なくても、一撃死させる投擲を叩き落とす事はできる。

 眼下の道を行き交うプレイヤーたちの視線を構う事なく、ローブの裾をなびかせ、屋根から屋根へと飛び続ける。
 一方で、フーデッドローブの暗殺者は逃げる事も、迎撃する素振りも見せず、猛追する俺らをただ眺めていた。
 両者を隔てる距離が建物二つ分となった時、不意に暗殺者の右手がローブの懐へと差し込まれた。

(……っ!来るかっ⁉︎)

 掴む右手に力が込もる。
 しかし、取り出されたのは黒い短剣ではなく、西陽を浴び青く煌めく結晶体。

(ーーー 転移結晶 (テレポート・クリスタル)!?)

「くそっ!」

 並走するキリトが毒づく。疾駆しながら、ベルトから投げ針(ピック)を三本同時に抜くと、一息に投擲した。
 反射的な回避動作を取らせ、コマンド詠唱を遅延させるために投げられたそれらは銀のエフェクト光を纏ってローブを襲う。しかし、相手へと届く前に紫に発光するシステム障壁に阻まれる。

 悠然とした動作で、結晶を掲げるローブをじっと見据える。頭の上(・・・)から伸びた耳を立たせると、ピンッと直立させたソレへと意識を集中させる。

 ボイスコマンドさえ聴き取れれば、結晶で追跡する事ができる。

 スキル《人狼》と《聞き耳》スキル、さらに派生スキル《広域聴覚》による二重、三重の聴覚強化によって、多少離れた位置にいる物音くらい問題なく聴き取れる。

 しかし、目論見はまたしても裏切られる。今、この瞬間、マーテンの街全体に午後五時を告げる大ボリュームの鐘の音が響き渡ったのだ。

 鐘の音色は肝心のボイスコマンドを塗りつぶす。殺人者が青いエフェクト光に包まれ、転移していく中、顔を苦痛に歪めた。
 だが、その理由は追跡の手段を失ったからではない。
 通常の何倍にも強化された聴覚は日常でも長時間使用すれば頭痛がするのに今回は一度に膨大な量の音情報を受け取ってしまった。脳が処理しきれずに負担がかかり、激しい鈍痛という形となってユーリ自身を襲っているのだ。

「……ぐぅ」

 激しい頭痛で視界が揺れる中、急斜面を走れるわけがなく足を踏み外し、切妻型の屋根を転げていく。
 咄嗟に瓦に指をかけようとするも、頭が割れるような痛みのせいでうまく力が入らない。ゴロゴロと屋根を下っていく中、ぼんやりと「今日はよく斜面を転がるな」と考えていた。屋根から投げ出され、一瞬の浮遊感の後、体全体に重力がかかる。

(地面に激突したって、死ぬわけじゃないし。クソ痛いけど……)

「ユーリッ!」

 半ば諦めていた時、痛みのせいか涙で霞んだ視界の中を黒い影が通り過ぎ、直後体へとかかっていた重力が消えた。不思議に思い、首を後ろに回せば見慣れた女顔が映った。同時に自分が置かれている状況に思考が追いついた。

「ーーーっ!??」

 両の腕で横抱きにされた状態ーー所為、お姫様だっこーーに加え、周りには街を行き交う人、人、人。奇異なモノをみる視線を敏感に感じとり、カッと耳まで熱くなるのがわかる。


「わ、コラっ!あんま暴れんな!」

「離せ!降ろせ!変態!」

「おまっ、危ねっ!ぜってー大丈夫じゃないだろ」

 しつこく残り続ける痛みのせいでうまく力の入らない体を動かし、抵抗を試みる。だが、キリトの筋力値が高いのかなかなか逃げられない。悲しいかな、なんとなく戯れたペット扱いされてる気がしないでもない。

 ようやく地面に降ろされた頃には、頭痛はだいぶ治まっていたがまだ、頭の奥の方がズキズキとする。

「……おまえ、後で覚えろよ」
「洒落にならねぇよ……」

 半目で睨みをつけると、キリトは降参の意を示すように両手を上げて見せる。いまだ体調が全快しない俺を気づかってなのか、ゆっくりと宿屋まで戻っていく。
 途中、ヨルコさんが消滅した路傍でカインズ氏を殺したショートスピアと同じ意匠が施されたダガーを回収し、俺たちは宿屋へと入った。

 ガチャンと扉の解錠音を聴きつつ、中へと入や否や紅い影が抜剣していたアスナの後方から飛び出して来る。

「ーーーっ!ユーリッ!」
「おっとと……」


 胸元に飛び込んでくるシィをよろけつつも、なんとか受け止める。視線を下へと向けると涙で潤ませた瞳とぶつかった。

「……ごめん」
「バカ……心配したんだからねっ」

 チクリと胸を刺すような罪悪感に苛まれ、謝ると落ち着いた声音で怒られた。現在進行形で、胸に擦り寄ってくる少女の頭を撫でていると、不意に名前を呼ばれた。

「ユーリ君。君たちいつまでそうしてるつもり?」
「……あっ」

 額に筋を一本浮かべたアスナがこちらを睨んでいた。どう見ても怒っている。部屋の奥には、罰の悪そうな表情を浮かべたキリトと明らかに怯えた様子のシュミットが居た。少しの間、慰めていたつもりがけっこう時間が経っていたらしい。

「はい、これ。君たちが預かってて。私とキリト君でシュミットさんを送ってから張り込みます。体調悪い人はさっさと帰ってて。攻略に支障が出ても困るから。あとでシュミットさんから聞いた事、メールで送ります。何かわかったことがあったら、連絡してください」
「は、はい……」


 去り際に凶器であるショートスピアとダガーを手渡され、淡々と捲したてるように言付けると男二人を引き連れ、さっさと行ってしまう。

「……なんか、悪いことしたね」
「そーだな」

 自宅待機を命じられた俺はなんだか居た堪れない気持ちになりつつ、相方と顔を見合わせる。肩をすくめると、帰宅するべく転移門へと歩いて行った。


 ◆◇◆


 よほど酷使したのか家に着くなり、ソファに倒れこむようにして寝てしまった相方を眺めて、息を吐き出す。キリトと共に部屋を飛び出し、殺人者を追いかけて行った時はさすがの私も肝が冷えた。アスナがキリトに対し、激怒する気持ちも分かる。

「……まったく、心配したんだからね」
「………………んっ」


 横になって眠っているユーリの横へと腰掛けると、さっき私がされたみたいに髪を梳く感じで頭を撫でる。指の間を通るサラサラの髪が気持ちいい。ついでとばかりに綺麗な銀色の毛並みを持った犬耳を優しく撫でる。寝ているはずのユーリの体がピクリと強張り、ふにゃりと脱力する。心地よいらしい。

「はぁ……びっくりした。さて、……どうしてやろうか」

 一瞬起きたかと思って冷っとしたが、安らかな寝息を立てているところを見るによく眠っていると分かる。今まで自重していた悪戯心が急激に主張し始める。

手始めに犬耳に指を伸ばし、親指と人差し指で擦るようにして触ってみたり、先端を手のひらで包むようにして、撫でたりとしばし楽しんでいた。自分の指の動きに合わせ、自在に形を変えるのが面白くてつい夢中になって弄っていると、「オイ」と若干怒気を孕んだ声をかけられた。

「……なにやってんの」
「あ、あはは……。起きてたんだ」


下に視線を向けると半目に開いた瞳が私に向いていた。一目見て、不機嫌だとわかる彼の表情を見て冷たい汗が頬を伝う。ソファから体を起こし、隣に座ったまま向き合うこととなり、冷や汗が止まらない。ゆっくりと顔が近づいてきてーー

「……え、ちょ、顔近っ」
「ーーッ!!」
「フギャァ!?」

ゴンッと音が響き、目の前に星が散った。すぐに頭突かれたとわかったが、いかんせん意外な行動過ぎて回避もままならず、結果としておでこがヒリヒリとした熱を持つハメになった。思わず眼に涙が浮かぶ。

「ひ、酷いんじゃないかな!? 女の子にヘッドバットなんてさっ!」
「晩飯抜きのが良かったか……?」
「すいませんでしたっ!」


抗議の声を上げるも、冷ややかな声音で返され、見事撃沈。今回は悪戯した自分が悪いので非は認め、反省しよう。そして、次のチャンス(いたずら)に活かすのだ。

「……反省する気ねぇだろ」

ーーもちろん!!


そのあと、宿屋での一件と、アスナから送られてきたメッセージに書かれたシュミットの証言の概要を整理していた。だが、やはり真相はいまだわからない。唸りながら、首を捻って考えてようがわからないものはわからない。私には、某少年探偵のような事件解決能力はないのか、諦め気味になっていると相方に呼びかけられた。

「なぁ、メールだけってのもアレだしさ。シュミットに直接聞きに行かないか?」
「えぇ〜……まぁ、いいけど」


アスナ筆のメッセージはかなり詳細に纏められていたが、ユーリは本人が話したこととの微かな齟齬を気にしているのだろう。本人から聞いた内容と、あいだに人を挟んで伝わった内容とでは若干だが内容の食い違いが発生する。伝言ゲームがいい例だ。
人の生き死にが関わっている事件だけあって、妥協なんかしてられない。

一応シュミットにメールで許可取りをしようとフレンド一覧を開いた時だった。

「…………え、なんで?」
「ん、どうした?」

彼の現在地がDDA本部のある56層ではなく、既攻略層であるはずの19層になっていたのだ。

 
 

 
後書き
少ない知恵を絞って考えた結果浮かんだのが、死亡直前のヨルコさん視点(多分まだ誰もやってないはず!)。
原本では、何ページも使って書かれているところをぎゅっと凝縮したので分かり辛いところもあると思いますが……まぁ、それは原作を買って読んでください。

多分、次回はラフコフとの戦闘かな?なるべく早く書けるように努力します。ではノシ。


ps.呟きにお知らせを載せましたので、目を通して頂ければと思います。 

 

圏内事件 ー対決ー

 シィにシュミットがDDAの本部ではなく、19層〈ラーベルグ〉の圏外にいると聞かされてすぐ、嫌な予感が脳裏をよぎった。
 すぐさま、相方を連れてシュミットのいる19層の主街区へと転移し、彼の下へと急いでいる最中、隣を並走するシィが切羽詰まった声で問いてくる。

「ねぇ、ユーリ! シュミットが危ないってどういうことっ!?」

「逆に聞くけど、護衛もつけずに人気のないエリアに高レベルプレイヤーがいたらレッド共はどうすると思う?」

「っ!? ……それは」


 そう応えるとシィは目に見えて戸惑った。 彼女の代わりに答えるとしたら、今のシュミットは殺人者(レッド)共からはかっこうの獲物に見え、嬉々として殺しにかかるだろう。 それだけは絶対に避けなければならない。

「……間に合えよっ!」

 外周部から差し込んだ月明かりが未舗装の砂利道を照らす中、そう口にした。 〈フレンド追跡〉からシュミットの居場所は、この層の外周部の近く、小高い丘の上にいることがわかっている。 しかし、主街区から10分足らずで走破できる距離が異様に長いものに思えた。

 〈俊敏値〉を全開にして、疾駆したおかげか既に道のりの三分の二は進んでおり、ようやく自身の〈索敵〉スキルにプレイヤーの反応を表す光点が現れる。その数は3つ。 ドクンと心臓が跳ね、緊張が一気に高まる。


(まさか……っ)


 だいぶ前に攻略完了域となったエリアにプレイヤーが寄り付くわけがない。 シュミットがいる場所に偶然、他のプレイヤーが立ち寄ったとは考え辛い。 護衛の線もあるが何か後ろめたいことを抱えている彼が、わざわざ頼むとは思えない。 最悪の展開を想像し、唇を強く噛む。

(遅かったか……)
「ユーリ、アレっ!」

 失意の念に支配され、俯いている中、彼女の声に促され、顔を上げる。 〈索敵〉スキルを上達させることで得られるオプション、〈暗視〉と〈視覚野強化〉の恩恵を得て、視界に映ったのは、自身の描いた最悪の展開ではなく、見知った人物の顔だった。

「ヨルコさんと、カインズさんっ!?」
「な、なんでかなっ?!」

 丘の上にいた三人のプレイヤーは圏内事件の第一の被害者、カインズ氏と第二の被害者、ヨルコ氏。そして、見慣れた金属鎧を着込んだシュミットが跪き、こうべを垂れていた。まさか幽霊っ!などと叫ぶシィをよそに、ひとまず安堵した。
 丘を登りきるとさすがにヨルコさんたちも気がついたのか、三人は目を丸くして驚いていた。

「あ、あなたは……教会の時に」
「ユーリさん……どうして此処にっ!」
「……はぁ、はぁ。シュミットを、〈フレンド追跡〉で追ってきたんです」


 肩で息をしながら、彼らの質問へと返答する。一度大きく息を吸い、呼吸を整えるとしっかりと彼らを見据え、言葉を切り出す。

「……どういうことか説明してくれますよね?」
「っ……はい」

 沈痛な面持ちで返事をしたのは、ヨルコさんだった。 今の彼女は宿屋で会った時のように何かに怯えた様子はなく、淡々とこれまでの事を語り始めた。

「私達は、グリセルダさんの死の真相を知るために、リーダーの死に関して調べてる中でわかったことが唯一、シュミットが中層プレイヤーから、トップギルドの一員になったことでした。初めは、頑張ったんだなと思っていたんですけど、ギルドが解散してからDDAに入るまでの期間が短過ぎた。だから彼が怪しいと考えた私たちは、精神的に追い詰めて真実を話させようとしただけです。 決して彼を殺そうとか考えてたわけじゃないんです」

「なるほどな……」

「えぇ、ですから全て終わった暁には、迷惑をかけてしまった皆さんに全て話して、謝罪しようと思ってたんです」


 そのために選んだのが、アイテム消滅時の演出を利用した〈偽装殺人〉。 彼女達が本当にシュミットを殺そうとしているわけではないと知れて、安堵した。
しかし、気が弛んだ瞬間、シュッと何かが風を切り、うめき声とともにシュミットの体が地面へと崩れ落ちた。

『なっーーー!?』


 突然の出来事に皆が息を呑みこむ。 全員の視線が倒れ伏したシュミットーー彼の首筋に刺さったスローイングダガーに集まる。 半分ほど埋まった刀身は、緑色に濡れており、麻痺毒が塗ってあることが判断できた。 即座にポーチから結晶アイテムを取り出し、解毒をしようとするが再び投げられたナイフがユーリの手から弾く。 ダガーの飛んできた方向を睨みつけると同時に、甲高い声が無邪気に響いた。

「見たかよ、ヘッド! 俺のスローイング、最ッ高にクールだったろ!」
「あぁ、上出来だ、ジョニー」

「っ! ……お前らは!」


 ダガーが飛んできた方向に顔を向ければ、通常のプレイヤーとは明らかに違う風格を身にまとった三人が佇んでいた。 その中で、ユーリの手から結晶を弾いたと思われる男が、自らの武勇をリーダー格と思われる黒いポンチョの男へと自慢していた。 そして、彼らの隣で髑髏マスクのプレイヤーがシュウシュウと不気味な笑い声を漏らしていた。
 全身を闇に溶け込むかのような黒一色の装備に身に纏った彼らを意識すると同時に、頭上にカーソルが出現した。 しかし、その色はプレイヤーを示すはずのグリーンではなく、ーー所謂、犯罪者を示す色ーー血に濡れたかのようなオレンジ色。 そして、彼らの利き手の甲には、黒い棺桶から伸びた骸骨の腕、そして蓋にはニタニタと不気味な笑いを浮かべたタトュー。

 ーー〈 笑う棺桶 (ラフィン・コフィン)〉

 迷宮区攻略を目的とせず、プレイヤーを殺す事を愉しむ殺人者(レッド)プレイヤーの集団。

 今まで犯罪者(オレンジ)プレイヤーは、集団で少人数のプレイヤーを脅し、金銭やアイテムを強奪するだけで、プレイヤーの命そのものを奪おうとはしていなかった。
 しかし、一部の犯罪者(オレンジ)を扇動し、殺人者(レッド)とたらしめたのが、今ユーリたちの目の前にいるポンチョの男、Poh(プー)である。

 アインクラッド最大の危険人物を前にして、ユーリは自身の運の悪さを悔いた。 状態異常を即座に回復できる結晶アイテムは、今ので最後だったのだ。 ストレージの中に予備はあるが、彼奴らはメニューを呼び出す暇さえあれば、嬉々として俺らを殺しにくるだろう。 エストックと毒塗りのナイフをそれぞれ構えた手下相手なら、ダメージを受ける覚悟で止めようと思えば、止められるが問題はPohの方だった。

 男が持つ中華包丁のような大型のダガー〈友切包丁(メイトチョッパー)〉は、ーー現時点のプレイヤーメイドで最高クラスだと自負しているーー自分の刀〈神刀ー神威ー〉に並ぶ性能を持つモンスタードロップ、いわゆる〈魔剣〉クラスであり、その切れ味はシュミットの堅牢な防御力でさえ、紙のように引き裂く。 布装備がメインであるヨルコさんたちが〈友切包丁〉の一撃をもらえば、ひとたまりもない。 さらに、数多のプレイヤーを殺した本物の殺人鬼は、プレイヤーの経験値やアイテムリソースを得ており、レベル、実力は攻略組に匹敵する程。 頼れる相棒がいるとは言え、被害者ゼロで殺人者(レッド)プレイヤー共を退けられるかは、正直わからない。

 せめて、一人でも戦力を増やそうと一か八か、メニューを開こうとするも目敏くPohによって制止させられる。

「おっと、動くなよDog。 何かしようってんなら、そこの男女二人を真っ先に殺すぜ?」
「「ひっ……⁉︎」」
「くっ……そ!」


 身を寄せ合い、目の前の恐怖に震える二人のか細い悲鳴を聞き、PoHの言葉に従う事を余儀なくされる。右手を下ろし、従う意思を示すと、気をよくしたのか、フードから唯一覗く口元がニヤリと嗤った。

「随分と素直じゃねぇか。 よく躾けられた飼い犬は嫌いじゃねぇぜ」
「ハッ、薄気味悪い格好した奴らに気に入られたくもないね」
「ほぉ、吠えるじゃねぇかDog!」


 殺人鬼の殺気を真正面から受け止め、額から汗が流れ落ちる。無言で睨み合いを続ける中、先に言葉を発したのはユーリだった。

「一つ聞いてもいいか。 なぜ、お前らがここにきた」

 シュミットがギルメンにここに来る事を伝えるとは考え辛く、また過疎っている地域を理由もなく彷徨う理由がない。 何より、シュミットへの奇襲はあらかじめ来ると分かっていなければ困難だったはず。
 だとすれば、シュミットとヨルコさんたちの関係があり、今回の事件についてよく知る誰かしらが情報をリークしたとしか考えられない。 しばし考える素振りを見せたPoHは、殺伐とした空気の中で陽気に問いに答えた。

「なに、今夜丘の上でステキなParty(パーティー)が開かれるって招待を受け、俺らはそれに乗っただけ。 そしたら、豪華にも攻略組が三人も居たってわけさ」
「お前らに情報をリークした奴は、誰だ!」
「さぁなぁ……? なんなら力づくで喋らしてみるかい?」

 ニヤリと笑うと、包丁の背で肩を叩き挑発する素振りを見せる。 しかし、それに乗った瞬間、後ろ二人とシュミットが食い散らかされる事は目に見えている。 誘いに乗ってこないと分かると、PoHの口元が歪む。

「なんだ、勇猛果敢なWolfかと思えば、玉無しかよ。 まぁ、いいか。 さて、豪華なメンバーが揃ってる手前、どうやって楽しんだものかねぇ?」
「アレ!あれやろうぜヘッド!」

 即座にジョニーが甲高い声で陽気に叫んだ。

「殺し合わせて、生き残った奴だけ助けてやるぜゲーム!ま、ハンデは必要だろうけどな」
「ンなこと言ったってオメェ。結局生き残った奴も殺したろ」
「ああぁ!ヘッド、それ先に言っちゃダメなヤツすっよ!」

 緊張感のない、しかしおぞましいやり取りに殺気めいた感情が込み上げてくるのを自覚する。 日々命を賭して、現実へと帰ろうと努力しているのにこんな風に人の命を弄んでいいのか!

 苛立ちを募らせる中、名案が浮かんだのかPoHは包丁の切っ先をユーリへと向け、ゲームの内容を宣言する。

「あぁ、じゃあこうするか。 ジョニー、ザザ。 オメェらでハンティングしてこい。 ターゲットは、そこの 臆病犬 (Chicken)だ」
「は……?」
「は?じゃねえよDog。 俺を失望させた分、せいぜい楽しませろ。 やり遂げられたら、そいつら見逃してやってもいいんだぜ? 」
「くそったれ……!」


 二つに一つか。 シュミットの麻痺毒ももう暫くすれば、効果が終了するはず。 それまで耐えればいいだけだ。 手下二人なら、耐えるどころか、撃退できる自信はある。 それに〈人狼〉スキルの恩恵で、相手が如何にハイレベルな麻痺毒を使用しようがそれで倒れる事はない。

 決意は決まった。しかし、それを止めさせようと腕を引かれる。後ろを振り返れば、大鎌を片腕に抱えたシィが不安で揺れる眼差しを自分に向けていた。

「待って……、ダメ、だよ!」
「……大丈夫。 シィは三人を守ってて」

 か細い声で心配する相棒を慰めようと頭に手を置き、グジグジと撫でてやる。不安を解消されたてあろう頃を見計らい、撫でるのを止め、一歩大きく踏み出す。

「ヒュー、見せてくれるじゃねぇか騎士(ナイト)様よ。 さて、愛瀬の途中邪魔しちゃ悪いが、こっちも退屈してきてるんでね。 早速だが準備はいいか」


 左手を鞘へと当て、右手を刀の柄へと置く。 いつでも〈抜刀〉を放てる状態にするとそれぞれの獲物を構えた狩人二人へと視線を向ける。

「It’sーーー」

 左手を空高く掲げ、

「ーーーShow time!」

 腕が振り下ろされ、開戦の合図となり、 三人がほぼ同時に駆け出す。 自分が二人との距離を縮めるために直進したのに対し、ザザとジョニーは挟撃するために左右に分かれる。

「シュッーー!」
「シッ!!」

 二人同時にソードスキルを発動させ、肉迫してくる。相手の戦略は、予想通りの挟撃。 普通ならば、左右からほぼ同時に繰り出される攻撃を防ぐ事は不可能。 そう、普通ならば。

「セヤァァッーー!」

 抜刀術 範囲技 〈波紋〉

 気合い一閃。 体を捻り、全方位への抜刀が放たれる。 夜を闇に銀色の軌跡が円を描き、挟撃を完全に弾き返す。ギリギリ武器で防御されるが、強烈なノックバックが彼らに反撃を許さない。 彼らより早く技後硬直を抜け出すと、納刀し、次へと備える。

「シ、ネェ!!」

 エストック使いのザザより早くノックバックから解放された毒ナイト使いジョニーは、次の一撃を撃たせまいと猛接近(チャージ)を仕掛ける。 ソードスキルの推進力を助けに、一瞬で懐へと入ると取ったと言わんばかりにニヤリと笑う。 しかしーー

「甘いっ!」
「グッ……ハッ?!」

 鞘の強烈な殴打がジョニーの痩躯にめり込み、体勢をくの字に曲げる。 すかさず、蹴りを叩き込み、地面へと転がすと思考を背後から奇襲を仕掛けてくるザザの対処へと切り替える。

「フッ……!」
「ッ!!?」

 背後に鞘で突きを繰り出し、ザザの腹部に強烈な一撃を見舞う。 予期せぬ一撃に発動中だったザザのソードスキルがファンブルし、技後硬直に襲われる。 大きな隙を見せたザザを袈裟懸けに斬りつけ、そのHPにダメージを与える。 先の防御で減っていたHPは、大幅に減少し、半分を切り、注意域(オレンジ)へと到達する。
 元より中層プレイヤーよりかは遥かに多い体力を一撃で大幅に削るユーリに脅威を感じたのか、追撃は行わず距離を置く。
 しかし、二人を退けたと思った矢先、彼奴が動いた。

「ハァッ!」
「クッ……!」

 大上段から放たれた〈友切包丁〉の一刀を〈神威〉で受け止める。 両者の力は拮抗し、鍔迫り合い、互いの獲物が火花を散らす。 しかし、その均衡を崩したのは、Pohだった。 ユーリの胴体へと蹴りを放ち、ーー彼から見ればーー小さな体躯が吹き飛ぶ。
 ユーリもわざと蹴られる方向へと飛び退き、大きく距離を取ると即座に体勢を立て直す。

 二度、三度と斬り結び、大きめの一撃が放たれ、衝突。 その際の衝撃で、二人とも大きく距離を取ると、武器を構えたまま睨み合う。 実力は拮抗して見えたが、その実多く消耗していたのはユーリの方だった。

「……はぁ、はぁ」
「なんだ、もうバテたのかよ」
「はぁ……お前こそ、傍観してるんじゃなかったのかよ」
「なんだそんなことかよ。 狩りは協力プレイが醍醐味だろ、そうゲームにもあるだろ」

 片手で包丁を弄びながらそう言うPohはユーリに比べ、かなり余裕がある。
 大きく息を吸い込み、呼吸を整えると、Pohへと向けていた刀を鞘へとしまう。 しかし、それは降参の意を示すものではなく、交戦。 犬耳をピンと立て、意識を自らを狩ろうとする殺戮者へと集中させる。
 一方で、ダメージから回復したザザとジョニーも加わり、ユーリを三方向から囲み、包囲網をジリジリと狭めていく。 殺気が先ほどより濃くなり、緊張が一気に高まる。 しかし、この死合いが終わりを迎えたのはすぐだった。

一触即発の空気の中、どどどっ、どどどっと地鳴りのような音が響き、武器を下げ、皆一様に震源の方へと視線を向ける。

 視界に捉えたのは、主街区から一直線に駆けてくる白い燐光だった。それが闇のような漆黒の騎馬の蹄を包む青い炎だと見て取れたのは数秒後の事だった。 そして、やはり騎馬の上には騎手が跨っており、夜の闇に白い光の軌跡を描きながら、猛烈の勢いで迫ってくる。
 轢き殺さんばかりの勢いで殺戮者たちの包囲網へと突っ込むと、騎手は手綱を思いきり引き、急制動をかけた。驚いた騎馬が前脚を高く掲げ、騎手は耐えきれずに背中から真後ろへと転げ落ちた。

 どすんっと尻餅をつき、「イテッ」と毒吐いた声にはやはり聞き覚えがあった。ズボンについた草を払い立ち上がった闖入者は、こちらを見ながら緊張感のない声を出す。

「ギリギリセーフか」
「んなわけあるかっ!」

 思わず空いた手で闖入者の後頭部を叩いていた。イテテと頭をさする闖入者ーー〈黒の剣士〉キリトを見ながら、毒吐いた。

「遅いわ、馬鹿」
「はぁ? これでも超特急で来たんだぞ。 第一、お前……シュミットが危険だから来いとか、場所がわからねぇよ。 もっと詳しく書け!」
「察しろ。 おかげでこっちは殺されかけたわ」

 事実、Pohとの交戦で総体力の一割ほどが削れている。突如、繰り広げられたまるで緊張感のないやり取りは、キリトがPohを視認したことで終わりを迎える。

「よぉ、Poh。 お前まだそんな趣味悪い格好してんのか」
「……貴様に言われたくねぇな。 それとその言葉お前の横に立ってる奴にも言ってやりな」
「……悪かったな、趣味悪くてよ」


 なぜか巡り巡ってディスられたユーリの声には僅かながら怒気が含まれていた。しかし、一歩踏み出したジョニーの怒声によって上書きされる。

「テメェ……! 状況わかって言ってんのか! 余裕かましやがって、ぶっ殺すぞ!」
「状況……ねぇ」

 そう言われて、周囲に視線を巡らす。 そして、隣に並び立った相棒と顔を見合わせ、ニヤリと笑う。

「案外余裕みたいだけどな」
「さて、攻守交替だよっ! 今度はそっちが狩られる番。 イッツ、ショウタイム、ってね!」

 大鎌を構えたシィを筆頭に、麻痺から脱したシュミットがタワーシールドとランスを装備し、ヨルコさんたちも決意を固めたのか各々武器を構えて交戦の意を示している。 数の差は6対3。単純に二倍の戦力がこちらにはある。

「あぁ、ついでに言っておくがあと数分もすりゃ援軍が駆けつける。 十倍以上の戦力を相手取る気はあるかね、ハンターさんたち」
「……Suck」

 PoHは、苛立たしい気に舌打ちするのが聞こえた。左手を鳴らし、手下を下がらせる。 Pohは、右手の包丁を持ち上げ、まっすぐユーリ達を指し、吐き出した。

「今度は俺らがパーティーに招待する番だ。 大事なお仲間の血と骸で豪勢に飾ってもてなしてやるから、期待しといてくれよ」

 包丁を右手でクルクルと回し、ホルスターへと納めると黒革のポンチョを翻し、丘を下っていく。 その後を手下二人が追いかけていくのを見ながら、ホッと安堵の息を吐き出した。




 
 

 
後書き
久々のガチ戦闘。 深夜テンションで一気に書き上げたため、粗が目立ちますが見逃してくりゃさい。
本作の〈圏内事件〉ではユーリ視点をメインに書いたので、シィが全然目立たなくて辛かった。
次章は、彼女にスポットを当てて書きたいな、と抱負を述べてあとがきとします。

圏内事件編は次でようやく終了です。
 

 

圏内事件 ー終幕ー

 
前書き
シィ「親指かむかむ、智慧モリモリ……み狐ーンと閃いた! 犯人はヨルコさんたちの中にいる!」
ユーリ「……そうだろうな」
シィ「叔父ちゃんの名にかけて、この事件解いてみせるぜ! 迷探偵Cちゃんの冥推理劇はっじまるよ〜!」

※始まりませんので悪しからず※



 

 
 〈笑う棺桶〉が去って数分、〈索敵〉の外へと出たのか怖い顔をしていた二人は表情を緩めて、息を吐き出した。

 目の前の危機が過ぎ去り、各々が武器を下ろして休む中、ひとりユーリは目に見えて疲労しており、地面にぐったりと倒れこんでいた。

「……だ、大丈夫?」
「ムリ、……っぽい」

 小さく返事をし、ぐったりと犬耳が垂れる。 無理もないだろう。 途中からとはいえ、命を賭して、殺人鬼三人を相手取っていたのだから。 それこそ、迷宮区で出現するエネミーを何倍も苦しかったはず。

 だから、こそ悔しい。 いつも彼の側に立って一緒に戦おうとこの世界(アインクラッド)に来た時から、決めていたのに……。 肝心な時は、いつもユーリ一人が背負ってしまう。無力な私が情けない。 だが、いつまでも悔しがっていられない。 心情を押し殺し、その上に明るい表情を貼り付ける。 地面に直に寝転ぶユーリの隣に腰掛けると、頭を持ち上げて私の膝の上に置く。 所謂、膝枕なる態勢に初めはユーリも慌てるがそれよりも疲労の方が勝ったらしく、目を閉じて眠ってしまう。

「……ありがとね、ユーリ」
「ん……」

 ゆっくりと頭を撫ぜると、小さく身動ぎ、微かに頬が緩んだ。
 後頭部越しに伝わる温かさに少しばかり微睡(まどろ)んでいると、突然足の上から重みと熱が消えた。 ハッとし、意識を覚醒させると起き上がったユーリが納刀されたままの鞘を手にし、丘の西側の斜面を睨みつけていた。 直ぐさま、〈索敵〉を行使するとプレイヤーを表す緑の光点が丘へと進んでいた。
 まさか〈笑う棺桶〉が戻ってきたのかと考えたが、どうやら違うみたいだ。

 ユーリが険しい顔で睨む中、暗闇から二人分の足音が響き、次第に大きくはっきりとしてくる。 まず視界に映ったのは、白と赤に彩られた騎士服を着た女性ーーアスナだった。 なぜか右の手には、透き通るような白銀の刃を持った細剣(レイピア)が握られている。 そして、彼女の剣呑な眼差しに追い立てられるかのように前を歩いていたのは、つばの広い帽子を被った長身の男性プレイヤーだった。

 香港映画に出てそうな兇人(ヒットマン)を彷彿とさせる出で立ちの男は、まずシュミットを、次にヨルコさんとカインズさんを見てから言葉を発した。

「……やぁ、皆。 久しぶりだね」
「……グリムロック、さん」

 人の良さそうな笑みを浮かべる男ーーグリムロックと呼ばれた男は、〈圏内事件〉を演出するために用いられた逆棘の武具を拵えたプレイヤーであり、ヨルコさん達以外に〈圏内事件〉のギミックを知っていたたった一人のプレイヤーでもある。

 彼がグリセルダ氏を睡眠PKに見せかけ殺人し、それについて調べていたヨルコさん達とグリセルダ氏殺害の片棒を担がされたシュミット達を消そう、〈笑う棺桶〉をけしかけて殺そうとした、とはキリトの見解であるが筋は通っていると思う。 足りないのは、〈結婚〉までした仲の人を殺そうとする動機だろうか?


 皆に懐疑の視線を向けられた鍛治師グリムロックは微笑を滲ませたまま、弁明した。

「……誤解だよ。 私は事の顛末を見届ける責任があると思ってこの場所に向かっていたんだ。 けど、私はあんな恐ろしい殺人鬼たちが来るとは知らなかったんだ。 丸腰なのに、あんな奴らの前に飛び出していかなかったと言って、どうして責められなければならないのだろうか? そもそも、私が、妻をーーグリセルダを殺そうとする動機がないと思うがね」

 意外と情に熱いアスナが何度かいい返そうとしているのを、キリトが左手で制し、口を開いた。

「初めましてだよな、グリムロックさん。 俺はキリトっう……まぁただの部外者だけど。 ーー動機ならあるぜ?」
「ほう……なら聞かせて貰おうか、探偵君」

 グリムロックは、スッと目線を鋭くさせキリトへと続きを催促する。 対するキリトも何か確信を得たような表情で言葉を続けた。

「去年の秋、《黄金林檎》解散となった〈指輪事件〉……これはあんたが必ず関わっている。 いや、主導している。 なぜなら、グリセルダさんを殺したのは誰であれ、必ず得をするのはアンタだからだ。 彼女が死ねば、ストレージを共有化していたアンタの手元に、絶対に件の指輪が残ったからだ。 彼女が死んだ後、その事実を明らかにせず、指輪を密かに換金して、半額をシュミットへと渡した。 これは、犯人にしか取り得ない行動だ。 ゆえに、あんたが今回の〈圏内事件〉に関わった動機もただ一つ……関係者の口を塞ぎ闇に葬ること」

 そう締めくくると、濃い沈黙が生まれた。 青白い光を放つ月がこの場の陰鬱さを濃くする中、グリムロックは口元を奇妙に歪めた。

「面白い推理だ、探偵君。……だが、その推理には一つ穴がある」
「なに?」

 反論の余地があると宣告され、キリトの表情が強張る。 グリムロックは、黒手袋をはめた右手で、鍔帽子を引き下げると続けた。

「確かに、当時私と妻のストレージは共有されていたし、彼女か殺されたとき、そのストレージに存在していた全アイテムは私の手元へと残った、という推論は正しい。 しかし、もしあの指輪がストレージ内になかったとしたら……? つまり、彼女が装備していたとしたら……?」
「くっ…………」

 キリトが思わぬ盲点を突かれ、歯嚙みする。
 データから、オブジェクト化され装備されていたアイテムは被装備主が殺された時、無条件でその場へとドロップする。 だからもし、指輪をを装備している状態で殺されたら、指輪はグリムロックの手へと渡らず、殺人者の手に落ちたという論法は成り立つ。

 私たちが反論出来ないでいるのを見ると、グリムロックは少しばかり口角を持ち上げた。 しかし、その表情をすぐに消し、グリムロックは悼むような仕草を見せながら言葉を続けた。

「……彼女はスピードタイプの剣士だった。 だから、売却前に指輪に与えられた凄まじい敏捷力補正を少しだけ体感してみようと思っても不思議ではないだろう? だが、あの指輪の為に大切な妻を失う事になるとは……私は悔しくてならないよ」

 グリムロックは鍔を下げ、表情を隠すと最愛の妻の死を惜しんで見せた。 やがて顔を上向けると黙り込んだ私たちを見渡し、慇懃に一礼する。

「では、私はこれで失礼させてもらう。 彼女を手にかけた首謀者が見つからなかったのは残念だが、シュミット君の懺悔だけでも、いっとき妻の魂を安らげてくれるだろう」

 グリムロックはマントの裾を翻し、この場から立ち去ろうとする。 がーー

「……ねぇ、グリムロックさん」
「…………何かね?」

 ーー私は鍛冶屋を呼び止めていた。
 初めはそんなつもりはなかったけど、これだけは訊ねておかなければならない。 そんな決意を秘めて私は告げた。


「さっきから、愛しいとか、最愛のだとか……言ってるけど、本当にそうだったの? 」
「藪から棒だな。 勿論だとも、生涯私が愛するのは恐らく彼女だけだろう」

 振り返った男は、一瞬厭わしそうな表情を浮かべるとそう言ってのけた。 だが、構わず私は続ける。

「……それは、グリセルダさんが死んでからも?」
「あぁ……勿論だとも。 だがなんだな、急に私と妻との仲を疑り始めて……。 よくミステリ物にあるように夫婦仲の拗れ、なんてものを疑ってるわけではないだろうね?」

 グリムロックは声に怒気を滲ませるとあんなものは「創作上の都合だ」と言った。 私もそんな事を聞きたいわけじゃない。 此方を強く睨んでくる。

「なら、その奥さんとの結婚指輪、今どうしてる?」
「っ……!」

 グリムロックの肩が小さく震え、黒手袋が嵌められた右手を左手がギュッと摑んだむ。 だが、彼は一向に革手袋を外そうとはしない。

 SAOにおける〈婚約〉には、指輪の交換を必要とはしないが本当に愛しあって、信頼し合っている仲なら必ずすると言ってもいいだろう。 それに死後も愛し続けている言った男なら、忘れないために指輪は外さないなり、保管しておくなりすると思ったのだが……

「……はぁ」

 なんだかがっかりだ。 途端に先のグリムロックの発言が薄っぺらなものに思えてきて、同時にこの男による妻殺害の嫌疑が高まった。

 今思えば実際、殺害法なんて無数にあるのだ。 ストレージ共有化が解除され、アイテムが収納仕切れなくなるのだって、殺害直前に要らないものをホームのタンスなどの別場所に移し返せばいいし、鍛冶師ならば重いインゴットを扱うため、〈ストレージ拡大〉などのスキルを取っており同レベル帯のプレイヤーが所持できるアイテムより遥かに多い量を収納出来るはずだ。
 それに指輪だって、殺害する場に居合わせ、例の指輪だけ貰ってしまえは済む話。 ヨルコさん曰く、指輪は相当地味な作りだったらしいから、PKer達もそんな大それたマジックアイテムとは思わず、多少の金銭を要求して渡しくれるだろう。若しくは、圏外に誘って油断したところを麻痺毒を塗ったナイフで刺すとか……。

 ーーなんだ、なんだ。 呆気ない。

 一度大きく息を吐いてから、私の推測を口にしてみれば、グリムロックは冷静な態度を崩し大きく動揺を示した。

「私が、グリセルダに手をかけただと? 巫山戯るなッ! 冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「けど、結婚指輪ないんでしょう? 本当は金に目が眩んで殺したんじゃないの?」

「そんな馬鹿がことがあって堪(たま)るかっ……! 第一、私が彼女を殺すわけがーー」

 人が変わったように激情するグリムロックの言葉を後方でやりとりを見ていたヨルコさんが遮った。 そして、スッと迷いない動作で立ち上がるとグリセルダ氏の墓標の裏に跪くと、素手で土を掻き始めた。 全員が凝視をする中、やがて立ち上がったヨルコさんの右手には銀色に鈍く光る箱が握れていた。

「……〈永久保存トリンケット〉?」

 文字通り内部に保存したアイテムを永久に保存する事が出来る代物だ。 だが最大サイズが十センチ四方なので大きなアイテム類は入れられないがそれこそ、指輪アイテム位なら数個入れられる。 それにこれに収納されたアイテムは、フィールドに放置しておいても耐久値の減少による自然消滅する事は絶対にない。
 ヨルコさんがそっと銀の小箱の蓋を開けると、中に入っていたのは二つの指輪だった。

 片方は、平らになった天頂部に林檎の彫刻が施されたもの。 もう片方は、特にこれといった装飾はされていないものの、グリムロックはそれを目を見開いて見つめていた。

「……これは、《黄金林檎》の印章(シギル)。 そして、これは……これは! 彼女がいつも左手の薬指に嵌めていた、あなたとの結婚指輪よ! 内側にはしっかりとあなたの名前も刻んであるわ! ……この二つがここにあるという事は、リーダーが、ポータルから圏外に引き出されて殺された瞬間、両手にこれらを装備していたという揺るぎない証よ! 」

 二つの指輪をハッキリと見せつけ、ヨルコさんは涙混じりにグリムロックを糾弾する。

「ねぇ……! なんで……なんでなの⁉︎ なんでリーダーを殺したの! 本当に、お金のために……奥さんを殺したの!?」
「…………金? 金だって?」

 呆然としていたグリムロックは、ヨルコさんの言葉に反応を示したかと思えば掠れた声でく、くと笑った。
 左手を振り、メニューウィンドウを呼び出したかと思えば大きめの革袋がオブジェクト化され、それを持ち上げ、無造作に地面に放った。 ドスンという重い響きに、澄んだ金属音が幾つも重なった。 中身が大量の金貨だろうか。

「これは、あの指輪を処分した金の半分だ。 金貨一枚だって減っちゃいない」
「えっ?」

 戸惑った表情を浮かべるヨルコさんを見上げ、次いで私へと視線を移すと乾いた声で言った。

「金のためではない。 私は……どうしても彼女を殺さねばならなかった。 彼女がまだ私の妻でいるあいだにだ」
 墓標へと視線を向けた後、鍛冶屋は戸惑う私達を他所に独白を続けた。
「グリセルダ。 グリムロック。頭の音が同じなのは偶然ではない。 なぜなら、私達はSAO以前から同じPNを使っていたからだ。 そして、システム的に可能ならば必ず夫婦だった。 なぜなら……私達は現実でも夫婦だったからだ」
 全員が少なからず驚愕の色を表し、息を呑んだ。

「グリセルダ……いや、ユウコは私にとって一切不満のない理想的な妻だった。 可愛らしく、従順で、ただの一度すら喧嘩をしたことがなかった。 だが……彼女は、この世界に囚われてから、変わってしまった……」

 グリムロックは小さく息を吐くとまたツラツラと独白を再開し始めた。

「……デスゲームに参加させられ、怯えたのは私だけだった。 彼女のいったい何処にあんな才能が隠されていたのか……ユウコは着実に力をつけ、私の反対を押し切り、ギルドを結成し、メンバーを募り、鍛え始めた。 側で彼女を見ながら、思い知ったよ。 あぁ……あの従順だった妻はもう帰ってこないのだろうってね」

 男は小さく肩を震わせた。 それが自嘲なのか、悲嘆なのかはわからない。 だが、今度顔を上げると私達へと悲哀の視線を向けた。

「……君たちには、分かるまい。 妻と肩を並べ、戦うことことすら出来なかった夫の惨めさを。 同時に私は畏れた。 もし……もしもこのゲームがクリアされ、現実へと戻った時に、ユウコに離婚を切り出されでもしたら……そんな屈辱、私には耐えられない。 だから……だからこそ、彼女が私の妻でいるあいだにユウコを永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を、誰が責められるだろうか。 いや、きっと出来はしないだろう」

 長くおぞましい独白が終わっても誰も言葉を発しようとはしなかった。 ただ唯一キリトが体を震わせながら言葉を発した。

「屈辱……だと? 奥さんが、言うことを聞かなくなったから、そんな理由であんたは殺したのか?」

 今にも斬りかかりそうな激情に駆られているキリトをグリムロックは視界の端に捉え、囁いた。

「……充分過ぎるとも、探偵君。 君も愛情を手に入れればいやでも理解するだろうよ。 それが失われるときの屈辱と惨めさをね。 そしてーー」

 グリムロックの狂気染みた視線がキリトから私へと移動する。 がしかし、それを敏感に察知したユーリが庇うように一歩前へと出た。 鍔帽子の影に隠れた表情を不気味に歪めながら、続けた。

「赤い娘は、私に指輪の事を訊ねていたね。 確かにそれは何処かにやってしまったよ。 だが、誤解しないでほしいな。 ユウコへの愛情がなくなったわけではなく、単に必要ないからだ。 なぜなら、彼女は私の思い出の中で生きづいているからね。 だから、あんな形式的なものは必要ないんだよ。 分かるかね? いや、まだわからないだろう……」

 妻を殺した夫は胸へと右手を置き、そう締めくくった。 同時に私の心中では疑心が満ち、あり得ないだろう恐怖に震えた。

 もし、もしも……私が変わったら、ユーリもこの男のようになってしまうのだろうか。 いや、そんな事はない。 けど、もしかしたら……

「……大丈夫」
「えっ……」

 自ら肩を抱きしめ俯いているとポンッと頭に手を置かれ、そう囁かれた。 慈愛に満ちた声音は心を暗くする疑心の霧を払い、いつしか体の震えも治まっていた。 照れ隠しなのか、わしゃわしゃと強めに撫でるとユーリは手を離し、グリムロックを強く睨みつけると語調を強めて言った。

「……グリムロックさん、あんたは間違っているよ。 あんたが、グリセルダさんにーーあんたの妻に抱いていたのは、愛情なんかじゃない。 ただの所有欲だ」
「なにっ……!」

 チラリと私の方を向くと、再びグリムロックと向き合い毅然とした態度で続けた。

「レアアイテムを手元に置きたがるように……あんたも理想の妻を手に入れて悦に浸っていただけだ。 だからこそ、それが自分の手の届かないところに行ってしまう事に、もしくは他の誰かの手に渡ることを恐れてーーそれこそ、殺してまで手元に留めておきたかった。 違うか?」

 グリムロックはがくりと膝から崩れ落ちた。 グリムロックは下向いたまま、動こうせず、再び静寂が訪れた。だがそれを破ったのは、押し黙っていたシュミットだった。

「……キリト達よ。 この男の処遇は俺たちに任せてもらえないか。 もちろん、私刑にかけたりはしない。 だが必ず罪は償わせる」

 その落ち着いた態度に数刻前までの怯えは一切見られない。 キリトは、無言で頷くと解ったと一言言葉を返した。
 無言で頷き返すと、カインズと共にグリムロックの両腕を摑み立たせ、丘を降りて行く。
 その後を、小箱を埋め戻したヨルコさんが続いた。 私たちの横で立ち止まると深く一礼する。

「皆さん、ありがとうございます。 何とお詫びすればいいのか……。 けど、ユーリさん達が駆けつけてくれなければ、きっと殺されていたでしょうし、グリムロックの罪を暴けなかったと思います。 だから、本当にありがとう」

 顔を上げると今度は私をしっかりと見て、彼女は口を開いた。

「あの時、シィさんが問い詰めてくれなければ……私は指輪の事を気がつけなかったと思います。 それに毅然とした態度でグリムロックを問い詰めて……少しカッコ良かったです」
「……そんなこと、あるかな?」

 照れ隠しで戯(おど)けてみせると真横から「自粛しろ」と厳しいツッコミが入る。 ヨルコさんはクスリと小さく笑みを浮かべるともう一度深々と一礼をして、シュミットらに続いて丘を降りて行く。

  * *

 四人を見送った後、グリムロックの独白を聞いて胸に燻っていた疑問をユーリへと訊ねてみた。

「……ねぇ、ユーリ」
「ん?」
「……もし、もしさ。 私のユーリの知らない一面を知ったらどう思うのかな?」

 殊勝な態度に目を大きくして驚きをみせるもそれは一瞬の事で、直ぐに表情を改めると、なぜか呆れ顔をしながら口を開いた。

「年齢と同数の付き合いしてる俺らに知らない事ってあるのか……? 」
「いや、もしもの話だから、ねっ?」

 彼はうーんと首を捻り悩む素振りをみせた。 が、今度は私の顔をまじまじと見つめて小さく笑いながら。

「それはそれでいいんじゃないか? 馬鹿ですぐに調子にのる、どうしようもない阿呆だけど咲良(さくら)は咲良だから」
「……うー!」

 キザっぽい台詞に思わず顔を赤くしていると笑われた。 すぐにからかわれたって解ったけど、久々に名前で呼ばれて嬉しかったのは確かだ。

 キリト達は既に主街区へと向かったようだけど、私達は何だか動こうという気分にならず丘の上に腰を下ろして空を眺めていた。
 穏やかに吹く夜風を心地いい。 真っ黒なキャンパス一面に星が散りばめられたような夜空が綺麗だ。 夜空を見上げていると上空を幾つもの光の線が横切った。

「おっ……流れ星!」
「綺麗だね〜」

 横で無邪気な表情を浮かべ、空を見上げるユーリを眺めた後、私はそっと瞼を閉じ空を駆ける星へと祈った。

 ーー例え、現実でも仮想でもいい。だから、彼との幸せな日々が続きますように……。










 
 

 
後書き
圏内事件【完】!!

『ユーリ君のお昼寝話を書きたい!』という安直な気持ちで始めた圏内事件編がまさかこんな話数になるとは思いませんでした。 軽く見切り発車で幾度となく挫けそうになりましたが、読者様方の感想やお気に入り、評価のおかげでどうにかこうにか、一先ず終了させられました。 読んでくれて頂いた方は本当にありがとうございます。
オリキャラ達の魅力を見せつつ、原作の路線を沿うだけでなく少しずつオリジナル感を出せたと思います。 個人的には、自分に80点くらいあげたい。(残り20は更新の遅さと文章の稚拙さですかね?汗)


とまぁ、最終話みたいなあとがき書いてますが、ちゃんと続きます。そして次回からはようやく原作一巻です!
シリアスより、戦闘多めの章になると思いますので僕自身より一層張り切って、頑張りたいです。

ではノシ 

 

閑話 ー 二刀流 ー

 
前書き
原作一巻だと言ったが……アレは嘘だ!

 

 
 現在の最前線から僅か三層下迷宮区。 誰一人としてプレイヤーがおらず、閑散とした薄暗いダンジョン内をーー皮鎧と海賊刀、円盾で武装した緑色の亜人ーーゴブリンの一団が二列縦隊で徘徊していた。 それを物陰に隠れながら、やり過ごすと俺はベルトから、投擲用の細いピックを抜き出した。 俺に背中を向け、ダンジョン奥へと進むゴブリンたちの内一体に狙いを定め、右手にピックを構え、〈シングルシュート〉のモーションを起こした。 スキル練度はさして高くないものの、敏捷度の補正を受けた俺の右手は稲妻のように閃き、放たれたピックは、銀色の光の尾を引きつつ、狙い通りに一体の武装ゴブリンの肩へと着弾する。 たかだか投げピック一本で与えられるダメージなど雀の涙ほどもないが、狙いはそこではない。 突然の襲撃を受け、列の殿(しんがり)を務めていたゴブリンはギロリと後方を振り向いた。

 〈魔法〉のような遠距離強攻撃の存在しないSAOには、数の差は有利不利へと直結する。 デスゲームと化したこの世界ならなおさらだ。 ゆえにパーティメンバー以下の数のエネミーを相手にする事が推奨されている。 そこでより安全に、確実に狩るために使われるのが群れて行動するエネミーから一体もしくは少数だけ引っ張り、安全な場所まで導いて撃破する、通称《釣り》や《PULL》と呼ばれる兵法だ。

 ーー案の定《釣られた》ゴブリンは隊列を崩し、一人のこのことやってくる。
 
 離れた場所で待ち構えた俺を視認しするなり、腰に吊るした海賊刀〈カトラス〉を抜き放ち、奇声を上げて急接近してくる。 完全に戦闘状態へと移行したゴブリンを背中に吊るした二刀の剣を抜き、構え迎え撃つ。

「ギイッ!」
「……っ!」

 挨拶代わりの、光の軌跡を引きながら打ち下ろされたその剣を、右手の黒剣〈エリュシデータ〉で弾き返すと、間髪入れずに左の白剣〈ダークリパルサー〉をでっぷりとした胴へと見舞う。 攻撃がクリーンヒットし、ゴブリンのヒットポイントを大きく削る。 一歩、死へと近づいたゴブリンは、瞳に憎悪の炎を燃やし睨みつける。
 大きく吠えると同時に再びカトラスにライトエフェクトが灯る。

 凄まじい咆哮と共に放たれる上段斬りから始まる四連撃を左右の剣で全て逸らし、受け止め、防ぎきり、大技を放ったためにシステムによって課せられた技後硬直によって動けずにいるゴブリンへと反撃を開始する。

「……せあっ」

 掛け声とともに黒剣を垂直に斬り払い、即座に刃を返して逆袈裟に切り上げる。 ゴブリンの緑色の胴体にV字を刻んだ魔剣〈エリュシデータ〉は俺の期待通りの働きをして見せ、半分近く残されていたHPを全滅させた。 ガラス塊が砕け散るような爽快な破砕音と共に青い粒子へと還元されていくゴブリンへは一瞥もくれず、奥から気炎を吐きながら迫ってくる武装ゴブリンの一団へとターゲットのカーソルを合わせる。 おそらく先ほどの奇声で釣られて来てしまったのだろう。

 剣と盾が3、弓が1……!


 素早く戦力を確認すると小さく息を吐き、気息を整えると連戦を行うために意識を研ぎ澄ませる。 深く沈んだ態勢からダンッと強く石床を蹴り、地面スレスレを滑空するように突き進んだ。 横一列に並んだゴブリンの直前でくるりと体を捻り、右手の剣を左斜め下から叩きつける。 ゴブリンの構えた円盾とぶつかり合い、激しい火花を散らし、三体が同時に仰け反った。 そして、コンマ1秒遅れで左の剣がガードの上がったゴブリンたちの胴を切り裂いた。 二刀流 突撃技〈ダブルサーキュラー〉は、一度に三分の一以上のヒットポイントを削った。

 さらなる追撃を仕掛けようとするも、ヒュッと風切り音を立てながら足元に突き刺さった矢によって阻まれる。 弓兵ゴブリンの援護射撃だ。
ダメージこそカトラスの直撃を受けた時の半分以下の値もないが食らってしまえば極僅かながらも硬直を強いられてしまうので軽視は出来ない。

 第二射を叩き斬ると先に弓兵を落とすべく行動を開始する。 前衛を固める剣士ゴブリンを大きく弧を描くように迂回しながら、弓兵とある程度距離を狭めると、態勢を低くしながら強く地面を蹴った。 肩に担いだ右の剣が赤い光芒の尾を引きながら、さながらジェットエンジンのような轟音を立てゴブリンへと突き進む。

 片手剣にして刀身の倍以上のリーチを誇る重単発技〈ヴォーパルストライク〉が急所である心の臓へと炸裂し元よりHPの少ない弓兵ゴブを屠り去る。

次……!と先ほど後回しにしたゴブリンたちへと視線を戻すせば、ギィギィと喚きながら接敵し、包囲網を完成させつつあった。 距離がある程度まで狭まると、ダンっと1秒の遅れなく地面を蹴った。 ここのゴブリン隊特有のコンビネーション攻撃だ。 三方位から迫る突撃はまず防げない。 そのために一体ずつ狩る必要があったのだが……。

 絶対絶命の危機の中、冷静にも知り合いの刀使いの事を思い出していた。 確か似たような局面にてあいつはどうやって切り抜けていたか……。

 記憶を掘り返し、自身にトレースするまでを1秒足らずで行うと、感覚を一層研ぎ澄ませる。 三方位から突撃してくるゴブリンの動きが手に取るようにわかる気がした。

 突撃タイミングがコンマ秒の狂いもなく同時なため、合わせるのは簡単だ。

「ーーハ、ァァァァ!」


 二刀を大きく広げ、裂帛の気合を放ち、体を高速回転させ光と共に全方位を薙ぎ払う。 二刀流 範囲技〈エンドリボルバー〉。 ガキィンと甲高い音を立て、ゴブリンたちが弾き飛ばされていくのを視界の端で捉え、上手くいったとほくそ笑んだ。 一瞬緩んだ緊張を張り直し、状態異常(バットステータス)の一つである〈転倒〉状態に陥り、動けずにいるゴブリンへと二刀の剣を突き刺し、介錯する。 声とも言えない悲鳴を上げ、爆砕したのを見届けるとすでに〈転倒〉から解放されたゴブリンへとターゲットを向ける。 残る気力を振り絞り、二体を屠るために〈二刀流〉の上位剣技を発動させた。

「らああああ!!」

 リスクを度外視した両手の剣での攻撃。 右の剣で中段を斬り払い、間髪入れずに左の剣を突き入れる。 加速する思考の中、亜人たちへと夢中で剣を振り続けた。 甲高い音が立て続けに鳴り、星屑のように飛び散る白光が飛び散り、薄暗い迷宮区内を照らす。 二刀流 上位技〈スターバースト・ストリーム〉、数の暴力と呼べる16連撃という圧倒的な手数が必死に武器防御をしようとするゴブリン二体を押し潰し、最後の一撃が肩から胴にかけてバッサリと切り裂いた。


  * *
「ふぅ〜……」

 周囲をゴブリンたちの亡骸とも言える青白く発光するポリゴン粒子が照らす中、アクセラレートされた思考が通常へと戻ったことで軽く目眩を感じた。 いつもの癖で〈索敵〉を行い、周囲に敵やプレイヤーがいない事を確認すると大きく息を吐き、力を抜いた。

 戦闘終了。 左右の剣を払い、カチンと音を立てて背中の鞘に収める。ドサリとひんやりと冷たい床に腰を下ろしつつ、ーー視界の左上ーー自分の命と同期しているHPバーへと視線を合わせれば、ほぼノーダメージでの戦闘だった。 安全マージンを満たしているものの、レベル差がかけ離れているわけではないゴブリン隊を余裕で屠った〈二刀流〉スキルの規格外さを改めて痛感する。

〈ビーター〉として蔑まれてきたが、〈二刀流〉は〈チート〉そのものである。 バレた時の恐怖が脳裏を掠め、ぶるりと体が震えた。

 短い休憩を終え、立ち上がると次のエリアへと移動しようと歩みを進める。 が、突如パチパチパチと乾いた音が誰もいないはずの迷宮区内に響き渡った。 足を止め、振り返るなり、〈エリュシデータ〉を抜剣し音源の方角へと剣先を向けると、黒いフードで顔を隠したプレイヤーが壁に寄り掛かりながら、こちらを眺めていた。

「……誰だっ!」

 返事はない。 代わりに、黒ローブのプレイヤーの右手がフードへとかけられ、降ろされた。 迷宮区の淡い照明に晒されたのは、透き通るような銀糸を持った少年。 そして、頭からは髪色と同系色のとんがりが二つひょこりと立っていた。 あんな面白……いや、奇抜なアバターをしたプレイヤーはアインクラッド広しと言えど、一人しか知らない。 〈神速〉の二つ名で知られるプレイヤー、ユーリだ。

「……見てたのか」
「まぁ……偶然ね」

 偶然としたら物凄い確率だと思いながらも、内心では焦りと後悔の感情が渦巻いていた。
 だがそれを外面へと出さずに、ユーリの挙動に注意を払っていると、彼は何か考える素振りを見せると、窓を操作し小瓶をオブジェクト化するとこちらへと放ってくる。 中身は赤黒く、粘土の高そうな液体で、沸騰したように絶えずボコボコが泡が浮かんでは破裂している。 新種のポーションが発見されたという噂は聞いた事がないし、いかんせん怪し過ぎる。

 ユーリに疑わしげな視線を向ければ、顎をクイッと上げ、手の中に収まるガラス瓶を示す。 飲んでみろ、ということらしい。

(……毒、なんてことないよな?)

 盛るなら盛るでこんな堂々とはしないだろうし、第一、一服盛られる心当たりがない。心を決めると、瓶を持ち直し、栓へと手をかける。 キュポンと音を立てて栓が抜けると瓶から漂ってきたのは、意外にも柑橘系の爽やかな香りだった。 見た目と反する 香りに意外性を感じつつ、口をつけ、グッと中身を呷ると、驚愕に目を大きく見開いた。

「こ、これは……! 舌と喉を焼くような刺激に、この甘ったるさ! コーラか!?」
「そのとおり(Exactly)」
「おおっ……!」

 流暢な発音でそう言うと、ユーリは会心の笑みを浮かべた。 残る半分を飲み干すと思わず感激に体が震える。 子供から大人まで幅広い年代層に愛されて、一部の熱狂的なファンからは『血液そのもの』と言わしめるほど人気なーー俺も過去に一度似た何かを探したが、諦めたーー清涼飲料をまさか、この世界(アインクラッド)まできて飲めるとは思ってもみなかった。 思わず出処を訊ねて見ると、意外にもユーリのお手製だった。

「ユーリ、これって……どこのだっ!」

「いや、店売りじゃない。 〈料理〉スキルの応用だよ」

「……なんと!」

 売れる! と直感的に確信する。 SAOにログインしている大半のプレイヤーはきっと喉から手が出るほどこの懐かしの味を欲しがるだろう。 だが、すぐにその考えを改める。

「……俺の分が無くなったら困る!」
「……ば〜か」

 ユーリに軽く罵倒されながら冷ややかな視線を向けてくる。 だが、世紀の発明をした偉人は意外にも表情が優れなかった。 ガリガリと頭を掻きつつ、伏せ目がちにユーリは理由を語った。

「……色と、あと飲んだ時の感じが違うんだよね。 この手のゲームが液体の表現が苦手っていうのもあるかもなんだよなぁ〜」
「は、はぁ〜……」

 発明者様は、どうやら理想が高いらしい。
 しかし、謎だ。 てっきり俺が今までひた隠しにしてきた〈二刀流〉スキルについて訊ねられると思っていたのだが。 一体どういう風の吹き回しだろうか。 もしや、出現条件を訊く対価として渡してきたのか……などと、訝しんでいるとユーリは、少し言い辛そうに眉を寄せながら口を開いた。

「その、だな。 俺も他人の知らない情報くらい持ってるし……その試作品だってシィを除いたらお前が初めてだ。 だから、無理して……言わなくてもいいと思うぞ」

「え?」

「そのスキルのことだよっ!!」

 後半がよく聞き取れずに咄嗟に訊ね返すと何故か怒鳴られた。 解せぬ。 少し顔を朱に染めつつ、そっぽを向くユーリを見てようやく言いたい事を理解した。

(あぁ……そゆこと)

 〈二刀流〉という下手なレアアイテムより遥かに貴重な情報を隠匿してる俺を励ましてくれたわけだ。 それも何故か(偽)コーラを通して。 〈ユーリ〉という人間の優しさや思いやりを生で感じ、改めて思った。

(……いい奴じゃん)

 いつもは冷たい態度なのに今は優しくされ、背中にむず痒さを覚えて思わず苦笑した。ユーリは、天井を見上げるとどこか遠いところを見ているような表情でポツリと呟いた。

「バレた時がな……若干トラウマになるぞ」

「あ〜……」


 第50層ボス戦で前線復帰したと同時に彼の持つ特異なスキルの情報が公となり、それを嗅ぎつけた剣士や情報屋共が大挙してユーリたちのホームに押しかけ、大慌てでエギルの店へと逃げてきたのはよく覚えている。 あの時の恐怖を思い出したのか、三角耳を力なく垂らし、肩を震わせた。 天井から視線を俺へと戻すと、ユーリは柔らかく笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「……だから、いいんじゃないか。 無理しなくて。 そりゃ、いつかはバレるだろうけど、公表するのはその時でいいだろ」



 ーーそれに、いつかは必ずその二刀流(チカラ)が必要になる時が来るから。

 その言葉は、俺の心に暖かく響いた。


   
 

 
後書き
〜本編談〜
キリト「……しかし、なぜ俺にコーラを」
ユーリ「べ、別にお前に飲ませたいから、あげたんじゃないんだからねっ! は、話の口実だから……!」

…………ツンデレ乙。


最近、オリ主をTSさせたりロリ化させたいと密かに企んでいるざびーです。 次回から、ちゃんと原作一巻が始まります(予定)。
 

 

一項目『追いかけっこ ー時計兎を追いかけてー』

 
前書き
思いつきで練っていた話が形になったので急遽予定を変更し、新章を書こうと思います。 故に『ー青眼の悪魔ー』を非公開にすることをお許しくだされ。

グリームアイズ「まだ私が動く時ではない」

 

 
ーー越えて越えて虹色草原

声の調べに合わせ、草花が揺れ……

ーー終わらないお茶会を終わらせて

カチリ、カチリと金時計の針が音を刻み……

ーー名無しの森を抜けましょう!

鬱蒼とした森の木々がざわめき……

ーーさぁさ、みじめなウサギを助けましょう!!

ひときわ高く、少女の声が響きわたった。

◆


「……クエスト?」
「そう! なんかね、内容がよくわからないんだって……!」
「なんだ、そら」

ソファの隣に腰掛けた相棒のシィの物言いに呆れていると、彼女がキラキラと顔を輝かせながら、『よくわからない』クエストとやらの内容を語り始める。

話の舞台は第12層の『七草草原』。通称『虹の草原』と呼ばれるフィールドで、名称の由来は時間帯によって草花の色が七色に変色するから、らしい。 もっともそれはあくまで色が違うと意識して見た場合であって、前述の通り色の変化はかなり微妙で、特別に何かあるわけでもないただ広いだけのフィールドなのだ。

そして、話はそこに偶然プレイヤーが足を運んだ事から始まった。

曰く、突然どこからともなくあどけなさの残る少女の声が聞こえて来たと思ったら、目の前にクエストメッセージが表れたらしい。

そこまで話すとシィは一旦話を切り、淹れた紅茶を一口飲んとホッと一息ついた。 初めはどうでもいいと思っていたが、話を聞くうちに不思議な現象に興味が湧いて来て、気づけば彼女に続きを急かしていた。

「で、そこには何が書かれてたんだよ」
「ん〜と、ちょい待ち」

マグカップをテーブルに置くと、メッセージ画面を開き、カンペを見ながら続きを語り始めた。

『越えて越えて虹色草原!駆けて駆けて時計ウサギ!クルクルクルクル廻るドア! 行き着く先には、美味しいお菓子と温かい紅茶! さぁ、一緒に遊びましょう?』

なんとも不思議な詩だった。 恐らく何かの謎かけなのだろうが、唯一、詩中の『虹色草原』は、12層のフィールドだろうとは、推測が出来ただけでその他がサッパリだ。 解答を求め、隣を向けばどうやらシィも意味不明らしく困った顔をしていた。

「こんな謎かけみたいなの、暇な奴らが解いてんじゃないのか?」
「んにゃ……それが全然。 ていうか、メッセージが表示されたのは一度きりで、謎を解いた人は疎か、何かあったっていう情報はないよ」
「……マジか」

思わぬ返答に頭を抱えた。 だが、同時にその謎クエストに対する興味が俄然湧いてきた。 俺が興味を持った事を察するとニヤッと口角を上げた。 どうやら、こうなる事を見越していたのだろう。 向こうも乗り気なら、行動は早い方がいい。 ソファから立ち上がると、相棒へと話しかけた。

「行くか、謎クエスト!」
「おー!」

コラルの家にやる気に満ちた声が響いた。

♥︎

それからおよそ10分後、戦闘を見越して一応準備した二人は件の草原エリアへと足を運んでおり、 髪が顔にかかるのを気にする様子もなくシィは目一杯に体を伸ばして、風が吹き抜けるのを楽しんでいた。 そして、満喫した様子の彼女はユーリへと振り向きーー

「ホントに……なんっにも、ないね!!」
「そうだな」

半ばやけっぱちになってる彼女をドードーと宥めつつ、辺りを見回す。 だが、「私は馬かよ?!」と叫ぶ阿保以外に特筆すべき物はない。

「馬というか、馬鹿だろ」
「酷っ!?」

他愛もないやりとりを交わしていると、不意に強く吹いていた風が止んだ。 何事か、思い注意を巡らしていると鈴の音色のように澄んだ声が草原へと響いた。

「な、何事っ!?」
「シッ……、静かに!」

慌てる相棒の口を抑えて黙らせつつ、声へと意識を集中させる。 それは二人の少女が唄う調べだった。

ーー越えて越えて虹色草原
ーー終わらないお茶会を終わらせて
ーー名無しの森を抜けましょう!
ーーさぁさ、みじめなウサギを助けましょう!!

歌い終わると同時にユーリたちのへの前にメッセージウィンドウが表示され、今朝聞いた文面と全く同じ言葉の羅列が並んでいた。 初めの一件以来、発生しなかった現象が目の前で起こり、二人に喜びと同時に緊張が走る。
隣で目に見えて狼狽える相方を見やり、ふと脳裏にあることが浮かんだ。

「……ど、どうして」
「なぁ、シィ。 もしかしてさ、ここにきたプレイヤーって男女のペアか……もしくはパーティ内に女性が居たんじゃないか」

シィはえっ、と目の見開き、次いで首を縦に振った。 思わずニヤリと笑みが溢れた。

「……ひとつめの謎が解けたか」
「なるほど……男女が揃ってとか、性格悪過ぎでしょ〜」

《ソードアート・オンライン》において女性プレイヤーは男性プレイヤーに比べて極端に少ないため、条件が満たされる確率は極めて低く、加えて何もないような場所に暇を持て余したプレイヤーが、理由も無しに女性プレイヤーを連れて行くとは思えない。なかなか二例目が上がらなかったのも頷ける。

しかし、ほぼ偶然だったが無事条件を満たし、クエストが発生したはいいが、その先がサッパリ読めない。 考えている間にも、二人の少女が奏でる唄は遠く、小さくなっていく。

ーー越えて越えて虹色草原……、駆けて駆けて時計ウサギ……

「くそ……! シィ、走るぞ」
「えっ、ちょっと……?!」

毒吐くと相方の手を取り、走り始める。 慌てて着いてくる相方を他所に意識を前方へと集中させる。 そして、変化は緩やかに訪れた。

「ッ……! 」
「ユーリ、空が!!」

草原の先は空とフィールドを隔てる外周部の柵があるはずなのだが、ぼんやりと霞始めと思えば姿を消し、同時に青い空が緑へと染まった。 空が消え、草原の続きが現れたのだ。 そして、さらに変化は続く。 足元でゆらゆらと揺れる背の低い草花から、キラキラと輝く粒子が溢れ、遠くの方が虹色に輝いていた。走る速度を落として 思わずその光景に見惚れ、感嘆の囁きを零した。

「綺麗、だね」
「あぁ、けど……これだけじゃないらしい。どうやら、 お迎え役が来たらしいぞ」

スッとユーリの目が細くなり、草原の一点を睨みつけていた。 シィもそれに倣い、フォーカスを合わせると視界に首から金時計を下げ、片眼鏡に紳士服を纏ったウサギの姿が写った。

「あれが、時計ウサギ……、って逃げた?!」
「逃がすかよ!」

視界の先でくるりと反転し、勢いよく駆け出した時計ウサギを追って二人も駆けるスピードを速めた。 仮にもデスゲームを攻略せんと日夜、迷宮区で生死を賭けた戦いを繰り広げるトップ集団〈攻略組〉の一員だ。 その敏捷値は、並みのプレイヤーでは比較にならないほど高い。 しかし、一向に時計ウサギとの距離が縮まる気配がない。


若干の焦りの感情が芽生える中、夢中で追いかけっこに興じていると何もなく延々と続く草原にポツンと扉が現れた。 突然の出来事に驚きを露わにする中、ドアの足下、ウサギ一匹が潜れそうな小ささのドアを時計ウサギがガチャリとノブを捻り、ドアを潜り、忽然と姿を消した。

「逃がすかよっ……って?!」

ブーツの鋲で急制動をかけ、立ち止まり、即座にドアを開けたユーリは目を大きく見開いた。 ドアの先に通じていたのは、無限に続く草原……ではなく、底の見えない穴がぽっかりと口を開けていたのだ。 すぐに相方を止めようと後ろを振り返るがーー

「い゛っ?!」
「急に立ち止まらないーー」
「バカーーーー?!」
「デぇぇぇぇっ!?」

ーーブレーキをかけ損なったシィに突撃され、二人揃って穴の中へと転がり落ちた。

落ちて即ジ・エンドという事はなく、大穴の中は、スライダーのようになっており、二人仲良くゴロゴロと転がっていた。 視界がぐるんぐるんと回る中、さっきも聴いた声が再び聴こえてきた。

ーークルクルクルクル廻るドア! 行き着く先は……

光の点が見えたと思いきや、スライダーが終わりを迎え、二人は放物線を描いて、外へと吐き出された。 先に地面へと落下したユーリは、鈍痛に呻いていると聞き慣れた声の叫びが聴こえた直後、背中へドスンと衝撃が走った。

「グェ……」
「あ、ごめん」

見事にシィに押し潰されたユーリはみっともない声を上げて地へと伏した。


♠︎

地面へと伏したままのユーリは隣に腰掛ける相棒に恨みのこもった視線を送る中、シィは興味深そうにキョロキョロと見回していた。 視線攻撃は無意味と判断すると、よっこいせと立ち上がり、伸びをしつつ辺りを確認する。

背後には一本の巨木が佇み、幹には大きな穴がぽっかりと口を開けているのを見るに先のスライダーの出口が巨木へと繋がっていたと思えた。 そして、視線を後方から前方へと、向けると両サイドは木々に挟まれた一本の道が続いていた。 どうやら進むしか選択肢はないようだ。

「ここ、何処だろうね」
「たぶん……何かのクエストのインスタントエリア内だと思う……」

言いかけた時、草原に来た時、穴の中を転げた時に聴いた声がまた響き、咄嗟に声のする方を睨みつけた。

『来たわよ、あたし(アリス)』
『来たわね、あたし(ありす)』

一本道の先、いつの間にかそれぞれ白と黒のゴシックドレスを着た二人のそっくりな少女が佇んでいた。 『アリス』と呼ばれた黒い少女と『ありす』と呼ばれた白い少女は、ユーリを指差すと口々に言葉を洩らした。

『けど、あの犬のお兄さん、凄く目つきが悪いわ。 怖いわ、あたし(アリス)』
『だいじょうぶよ、だってあたしがいつも側についてるもの』
『ありがとう、あたし(アリス)。 それじゃあ、お茶会に誘いましょう?』
『そうね、あたし(ありす)。 美味しいお菓子と温かい紅茶が待ってるわ』

話を区切ると、歩きながらユーリ達へと近づいてくる。 そして、目の前へと来ると立ち止まり、スカートの裾を摘みながら一礼する。

『こんにちは、犬のお兄さん、赤いお姉さん』
『いらっしゃい、犬のお兄さん、赤いお姉さん』

白と黒の少女との出会いにより、ユーリ達の不思議な冒険の幕が上がる。


 
 

 
後書き
「白黒のゴシックロリ……あ、察し」となった方は多いと思います。 はい、その通りです。
この話は某運命的なアトモスフィアとなっております。

ではあとがきはこれくらいにして、次話で会いましょう。
待て、しかし希望せよ!(感想によって作者の執筆速度が上がる事を……!)

では、ノシ 

 

二項目『なぞなぞ ー終わらないお茶会ー』

 
前書き
むしば、こわい

 

 
 時計ウサギを追いかけ、見知らぬフィールドに降り立ったユーリとシィは白の少女『ありす』と黒の少女『アリス』に導かれるように道を進んでいた。

「ここは不思議の国よ! 」

「とってもヘンテコリンなのよ!」


 ユーリ達が進む先では、上機嫌の白と黒の童女が鼻唄を口ずさみながら、歩く後ろ姿を眺めていると、シィが意を決して話しかけた。

「ねぇ、此処はどこなの?」

  コテンと揃って首を折ったアリス達は彼女の言葉を聞くために止めた踊りを再開し始める。 クルリクルクル。 楽しそうに踊る彼女達は謳うように言葉を紡ぐ。

「あたし達は、不思議な国(ワンダー・ランド)って呼んでるわ」

「立って歩くイカれたウサギがいるわ!」
「頭の可笑しな帽子屋もいるわ!」

「意地悪な赤い王女様がいるわ!」
「恐ろしい怪物もいるわ!」

 がおーっ!と黒いアリスが脅かすと、白いありすはキャーと楽しそうに叫んだ。 あはは、ウフフと笑いながら息のあったステップを踏む彼女達は本当にそっくりで服の色でしか見分けがつかないほど。 ユーリが少女二人に訝しげな視線を送っていると、袖を引かれて、シィにそっと囁かれた。

「……ねえ、二人ってクエストNPCみたいなやつなのかな?」
「どちらかというとパターン化されたNPCより、高度なAIな気がするけど……」

 と、そこまで言いかけて止めた。 三歩ほど前を歩いていた白黒の少女がこちらを見て、頬を膨らませていた。 どうやら何かが気に入らなかったらしい。 二人は怒っててもなお、息の合った調べを唄う。

「失礼しちゃうわ、お兄さん。 あたしは、ありす。 〈えーあい〉なんかじゃないわ!」
「そうね、あたし(ありす)。 あたしは、〈えぬぴーしー〉なんかじゃないわ、お姉さん!」

 そう言うと手を取り合い、クルクルとステップを踏み始める。

「あたし(ありす)は、あたし(アリス)」
「あたし(アリス)は、あたし(ありす)」
「あたしたちは、二人で一人」
「いつも一緒なの!」


 そして、彼女達が踊るのをピタリと止めると、燦々と輝く陽の光が差し込み、森が開けると眼前には光を浴び、キラキラと水面が輝く湖畔が広がっていた。 二人の少女は手を取り合い、まるで呪文を唱えるかのように謳う……

「ようこそ、あたし達のお茶会(ティー・パーティー)へ!」
「いらっしゃい、あたし達のお茶会(ティー・パーティー)へ!」

 謳うように言葉が紡がれると周囲が光に包まれ、視界が晴れると湖畔には真っ白なテーブルクロスを敷かれた大きなテーブルが現れた。 そして、ユーリ達の目の前に新たなクエストメッセージが出現する。

『あたし達は永遠よ。 美味しいお菓子に、温かい紅茶、可笑しな帽子屋に、ヘンテコうさぎ……あたし達のお茶会も永遠なの。 時計の針が音を刻む時、お茶会の終わりのお報せよ。 さぁ、終わらないお茶会を終わらせて?』


「ユーリ、コレって……」
「あぁ、どうやら第二関門らしいな」

 またしても意味不明な詩。 今度は『お茶会』に参加しなければならないらしい。 若干疑念を感じながら、少女達に手を引かれてお茶会の会場へと足を運んだ。

 ♦︎

「やぁ、いらっしゃい少年少女。 ようこそ、 ありす達のお茶会へ。 ささ、こちらへ掛けたまえ」

 初めにユーリ達を出迎えたのは、長身痩躯の紳士然とした男だった。 縒れたスーツに、玉ブチ模様の蝶ネクタイ。 頭に乗っけた帽子を脱ぎ、恭しく一礼し、いま胡散臭い笑みを浮かべるこの男こそ、詩にあった『可笑しな帽子屋』なのだろう。

 帽子屋に勧められるがままに、席に座ると草原で追いかけっこをしたーー紳士服に身を包み、片眼鏡をかけたーーうさぎが、 白磁のティーポットを片手にひょこひょこと歩み寄ると、

「さぁ、お客さんたち。 紅茶を飲みな、美味しいお菓子もあるぞ。 それ、食べな。 食べて話して踊り狂え!」

 席に着いた二人はカップに紅茶を注ぐうさぎの物騒な物言いに、思わず固まる。見た目の可愛さと相まって怪しさ百倍だ。 二人が戸惑っている間にもありすとアリスは席に着き、狂ったうさぎの紅茶を嬉しそうに飲み始め、目の前のクッキーに手を伸ばす。


「な、ねぇ……ユーリ。 どうすればいいのかな?」
「……わからん。 ただーー」

 カップを手にしたまま動けずにいるシィは顔だけを、こちらに向けて救いを求めてくる。 だが生憎ユーリも謎が解けずにいた。 難しい顔をして、お菓子や紅茶を見る彼は何かに気づいたのかおもむろに口を開いた。

「ただ……?」
「たぶん、このクエの元ネタは『不思議の国のアリス』なんだろうな」
「あー、お菓子食べたらおっきくなったり小さくなったりする奴ね」


『不思議の国のアリス』は、英国人ルイス・キャロルによって書かれた児童書なのだが、その内容は子供向けにしてはあまりにも複雑な言葉遊びが含まれ、終わりもどちらかと言うハッピーエンドとは言い難い。

 ーーある日、主人公『アリス』は服をきた白うさぎを追ってウサギ穴に落ち、紆余曲折あり、時の止まり延々と続けられていたお茶会に参加する。

 ここまでの内容は、今までの自分達の行動と見事に合致している。 だが、物語上、主人公アリスは白と黒の双子ではないし、お茶会場も三日月ウサギの家の前で湖畔ではない。 ストーリー上の都合なのだろうか、と悩んでいる一方でシィは手のひらに包んだ白磁のカップを見つめていた。 そして、意を決すると口元へと運びーー

「……んくっ」
「あっ?!」

 ーー飲んだ。

「あ、美味しい」
「おまっ……なんか変なことになってないよな!?」

『不思議の国のアリス』をモチーフにしているだけあって、ーー体が大きくなったり、縮んだりはともかくーー何かおかしな事が起こるかもと思い、手をつけずにいたが……心配は杞憂に終わりユーリはホッと息を吐いた。 と同時に急速に美味しいと評された紅茶を飲んでみたいと思い始めた。

 カップを顔に近づけると上質な花の香りが鼻腔をくすぐる。 不安を押し込め、口へとカップをつけ、傾けた。 口一杯に清々しい花の香りが広がり、爽やかな果物の甘みが広がる。 紅茶特有の渋味はむしろ、それの美味しさを引き立てている。

「……美味しいな」
「ふふ、それは良かった。 さぁ、焼き菓子もある。 チョコレートもある。 遠慮せずに食べたまえ」

 帽子屋に勧められるがまま、白磁の食器に盛られたクッキーに手を伸ばす。 これもまたサクッとして美味しかった。 暫しのあいだ、二人は穏やかなお茶会を楽しんだ。

 ♣︎

 時間にしておよそ一時間ほどだろうか。 ユーリとシィは、アリス達とお茶会を続けながらも、クエストのキーワードを聞き出そうとしていた。 しかし、踏み込んだ質問をしても、黒の少女に『ダメよ、お兄さん。自分で気づかなきゃ』と窘められてしまう。 仕方なく、知恵を巡らせてもいい案は浮かんでこず、何杯目かわからない紅茶を飲み干してため息を吐いた。 いくら美味しい紅茶やお菓子でもずっと食べ続ければ飽きがくる。 テーブルに頬杖をついていると、テーブルの向かい側では、シィが膝上に白い方のありすを乗っけて、隣に黒い方、アリスを座らせた状態で絵本を読み聞かせていた。

「ーーーシンデレラと王子様は、幸せに暮らしましたとさ、おわり」

「まぁ、素敵なお話ね!」

 読み終わるとパチパチと小さな拍手が起こり、二人の童女がキャッキャッと楽しそうにはしゃいでいた。 会話の端々から察するにシィが読み聞かせていたのは、『灰かぶり姫(シンデレラ)』だろう。 今では色々と脚色されたおかげで典型的なハッピーエンドとなっているが、グリムの『シンデレラ』ではシンデレラを虐めていた継母たちが酷い仕打ちを受けたりするため、平和的な終わりとは言い辛い。

「やっぱりお話はハッピーエンドに限るわ!」
「そうね、あたし(アリス)。 それに甘いお菓子とお砂糖を入れた紅茶があればみんな幸せね」

 二人のアリスは、シィに取ってもらったクッキーを美味しそうに頬張りながらお喋りを始める。 双子の頭を優しく撫でるシィは楽しそうな反面、このエンドレスな展開に珍しく疲れているようにも見えた。 永遠に続くお茶会……、ポツリと漏らした彼女は何かを閃いたようで少女達にバレないようにこっそりと笑みを深めた。

「永遠、ねぇ……」

 わざとらしく深くため息を吐き出したシィにアリス達の大きな瞳が向けられる。

「残念だけどね、永遠っていうのには大きな代償が付き物なんだよ」

「「…………?」」

「お砂糖たっぷりのお菓子、甘いチョコレートにお砂糖たっぷりの紅茶……確かに美味しいよね。 私も甘いものは好きだよ。 けど、ずっとそればっかり食べてたらどうなるかな?」

 諭すような口調で話す彼女だが、何か悪いことを考えているようで愉悦を多分に含んだ笑みを隠しきれていない。 しかし、少女達がそれに気づく様子がないのをいいことに続ける。

「ーーずっと、甘〜いものばかりを摂取していると……」
「してると、どうなるの?赤いお姉さん」

 一拍間を置き、アリス達の表情をしっかりと見据えてショッキングな現実を告げた。

「……虫歯になります!」
「「ーーー!??」」

 言った途端、小さな肩がビクリと大きく震えた。 表面上は真顔を繕いつつ愉悦の感情を滲ませた表情のままシィが白い肌を青褪めさせた童女二人に追い打ちをかけた。

「いや〜、昔の虫歯は相当痛かったらしいよ。 それこそ、地獄のような激痛が続いて……」
「「地獄っ?!」」

 露骨な表現にアリス達がワナワナと震え出した。 まるで心当たりでもあるかのように。 しかし、白のありすは、今だシィの腕の中。 がっちりとロックされてしまっており逃げ出すこともままならずに悪魔のような宣告を突きつけられる。

「……子供の頃の歯は柔らかいからね、甘いものばっか食べてたら虫歯だらけになっちゃうね。 それこそ、痛くて痛くて痛くて、大好きなチョコやクッキーだって食べられないよ、ね? ほら、だんだん奥の方の歯がジンジンしてきて……」
「「ひ、ひぃぃ?!」」

 悪魔のように笑うシィを見て、アリス達は引き攣った悲鳴を洩らす。 恐怖からか、それとも虫歯の痛みを想像してしまったからか……目尻に水滴を浮かべながらアリスが叫んだ。

「う、嘘よ嘘よ! 虫歯になんてならないわっ。 べ、別におくばがいたいとか、ちくちくしたりとか、じんじんなんてしないもんっ! 紅茶を飲むときにしみたりしないんだからーーっ!」

 もはや自分から告白しているようなものである。 完全に嘘、ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション、だと思っていたが意外にも効いているらしい。 病は気からとは、まさしく今の状況を指すのではないだろうか。 完全に興ののったシィはトドメを刺すべくアイテム欄を開き、アイテムをオブジェクト化させ……

「……そうかそうか。 なら、是非もない……よネ?」
「えっ……?」

 鈴の音色と共にドスンと重い響きを持って地面に垂直に突き立ったのは、細長い円錐に螺旋状の彫り込みがされたドリルのような武器。 ランスだ。 鈍い銀色の光を放つそれを見て、二人の少女の瞳が驚愕にまんまるに開かれる。

「さ、お口あーんしましょうね〜。 痛かったら、右手を挙げてくださいね〜」
「「ひぃぃぃ!!?」」

 少女の小さなお口には不釣り合いな程大きな歯科ドリル(ランス)を片手に迫ると二人は揃って悲鳴を上げた。 事案である。

「歯医者さんが嫌なら、お茶会を終わらせよっか?」
「ひ、ひどいわ! あんまりだわ!」
「こういうのは、脅迫っていうのよ!?」

 ワザとランスを日光を浴びせ、ギラリと光らせると少女二人が抱き合い震えた。

「お、おお茶会は謎を解かない限り、終わらないわっ」
「そ、そうよ! 時計の針が止まってるからお茶会も終わらないのよ!」
「へぇー……だってさ、ユーリ」

 ニヤリと会心の笑みを此方へと向ける。 かなり正解に近いヒントを貰い、解答が解らないはずもなくユーリも笑みで返した。 一応、確認のためメニューを操作し時計を表示させるとそれは午後4時を表していた。 一方で、ユーリ達がクエストのため家を出たのは1時頃。お茶会をしていた時間は多く見積もっても一時間ほど。つりあわない。

 さらに、午後4時というのは『不思議の国のアリス』が書かれたイギリスでは午後のお茶の時間『ミッド・ティーブレイク』に相当する。

「つまり、午後4時のままだから終わらないお茶会ってわけね……」

 謎が解け、後は終わらせるだけとなる。 椅子から立ち上がると、スコーンに齧りついていた時計ウサギの所まで移動するとそれを抱え上げた。 案の定、首には金色のチェーンが掛かっており、その先は紳士服の中へと続いている。 鎖を引っ張り上げると先からは短針が4、長針が12で止まったままの金時計が姿を現した。

 さて、この針を動かしてお茶会を終わらせてやればいいのだが……。 不意に双子と目が合い、お茶会に未練があるのか涙で潤んだ瞳で一心に見つめられて良心が少しばかり痛む。 そんな時、肩にランスを担いだままのシィがポツリと呟く。

「……虫歯」
「「っ!!?」」

 ……罪悪感しかない。
 これ以上は、色々と可哀想なので終わりにしようと思い、指を長針へと添えて適当な位置まで動かす。 すると、時計がチッチッチと音を刻み始め、少し遅れて上空に黄金の光が弾け、壮大なサウンドが響いた。どうやら、第二関門突破ということらしい。 一方で、アリス達は肩を寄せ合い、シュンと縮こまっていた。

「うぅ……ひどい目にあったのだわ」
「そうね、あたし(ありす)。 けど、次のお話はお茶会より楽しいわ!」
「そ、そうねあたし(アリス)! きっと素敵な出会いがあるわ!」

 機嫌を直したありすとアリスは互いの手を取り合い、一緒になって物語の続きを紡ぐ。 二人がくるくると回るのに合わせ、周囲を色とりどり光が舞い、乱雑なピアノの音が響く。

 ーー止まった時計の針が進み、終わらないお茶会が終わったわ
 ーーさぁ、みじめなウサギを助けましょう!
 ーーバットエンドは懲り懲りよ
 ーー素敵なエンドで飾りましょう!

 またしても、謎めいた歌詞が唄われ、同時に本日三度目となるクエストメッセージが目の前に出現する。

『名無しの森へ行きましょう。そこでは人はただの人、そこでは鳥もただの鳥。貴方はだぁれ? わたしはだぁれ? 帰り道を忘れずに、さぁ、名無しの森を抜けましょう!』


「な、名無しの森……?」

 メッセージを覗き込む二人は揃って声を上げる。だが、驚くのも束の間、パラパラと本のページがめくられる音と紙が吹雪のように舞い二人の視界を一時的に塞いだ。 そして、視界が戻ると再び驚愕の声を上げた。

「う、嘘!」
「み、湖とお茶会場が……!?」

 先ほどまで陽の光を受けキラキラと輝いていた湖とテーブルやティーセットなどが忽然と消え失せ、ユーリ達の目の前には暗く重苦しい空気が漂う森の入り口がポッカリと開いていた。 唖然とする中、両サイドにカサリと草を踏む音が響き我に返るとそこには、お茶会の参加メンバーの帽子屋と時計ウサギがそれぞれ武器を手に佇んでいた。

「お茶会は終わった。 ならば、行こう。 わがまま女王に首切り刑を宣告された哀れなうさぎを助けにね……」

 よれたスーツに、細剣(レイピア)を彷彿とさせる銀の十字剣を帯刀した帽子屋が言うと、それに続いて木製の棍を肩に担いだ時計ウサギが忌々しげに呟いた。

「はっ、その前にこの森を抜けちゃならんだろうが! 獰猛な魔物に、イカれた奴らが跋扈するこの森をな!」

 ユーリの目の前にメッセージウインドウが現れ、『Mad Hatter(マッドハッター)』と『Watch(ウォッチ)』がパーティー加入しましたと表示される。 突然のメンバー増員に呆気に取られていると、仲良く手を繋いだ白と黒の少女が前に立ち、微笑みかけた。

『悲しい話は懲り懲りよ』
『ハッピーエンドで終わらせましょ!』

『不思議な森へと踏み入れて……』
『お城へと向かいましょう!』

 すると少女二人のアメジストのような澄んだ瞳がユーリへと向けられる。

『恐いお化けに、恐ろしい怪物!』
『けど、大丈夫! お兄さんなら、楽勝よ』

 そして、シイへと向き直り……

『名無しの森は恐ろしいわ……!』
『けど、大丈夫! お姉さんなら、ちょちょいのちょい!』

 最後に二人の顔をしっかりと見据え、高らかに宣言した。

 ーー名無しの森を抜けましょう!!
 
 

 
後書き
ノリと勢いで始まったナンチャッテ『ユーリ in ワンダー・ランド』2話でございます(深夜テンションって怖い)。

元ネタである『不思議の国のアリス』はかなりの長編なのでそれ全てを反映させるとかなりのボリュームとなるので極一部を抜粋、オマージュしてSAOのクエストとして盛り込んでいきます。

それでは、今話の解説をぶん投げてあとがきとしたいと思います。

『終わらないお茶会』
元ネタ『不思議の国のアリス』では、女王様から死刑宣告を受けた瞬間から時が止まっているため、お茶会が延々と続けられている。 イギリスでの午後のティータイムは、午後4時の『ミッド・ティーブレイク』である事から、クエスト中の一切の時間表記は、午後4時で固定される。 尚、自分の持つ時計アイテム、若しくは時計うさぎの持つ金時計の時間を『4:15』以降まで進めるとお茶会が終わる。 これは『ミッド・ティーブレイク』がおよそ15分間である事から。
謎が解けない場合の救済措置として、転移結晶を使えば元のフィールドへと戻る事ができる。
尚、転移結晶無し&謎が解けない場合の措置として、『ありす』が飽きたら元のフィールドへと戻される。

ありす「む、むしばになんてならないんだからねっ(涙目)」

待て、しかし希望せよ!(感想、評価によって次話の更新が早くなる事を!)

では、ノシ
 

 

三項目 『めいろ ー名無しの森ー』

 
前書き
鬼退治とか、お師匠と天竺目指してたら更新遅くなりました。
お、俺は悪くねぇ!全部ソロモンってやつが悪いんだ! 

 
 ユーリ達御一行が踏み入れた『名無しの森』は、不思議な国(ワンダー・ランド)の名に違わない森だった。
 幹が捻れた巨木が幾つも聳え空からの日差しを遮っているものの、根元には青白く発光するキノコが生え出ており、視界に困ることはない。 幻想的な雰囲気を醸し出している森を二人の童女が謳いながら進む様子は非常に絵になった。 しかし、ただ平和に済ませられないところがゲームとしての性(さが)なのだろうか。 前触れもなく、あどけなさの残る歌声がピタリと止んだ。

 アリス達が謳うのを止めて数秒。 ガサリと葉が揺れる音と共に木々の影からずんぐりとした、丸みを帯びたシルエットが浮かび上がり、アリス達は喜色に満ちた笑みを浮かべた。 そして、敵の全貌が明らかになるとユーリ達は悲鳴に似た叫びを上げた。

「「い゛っ?!」」

 カラフルな大きな卵に子供が描いたような歪な笑顔が張り付き、ひょろりとした手足が生えたナニかを楽しそうに指差していた。

『まぁ! 見て、あたし(アリス)! ハンプティーダンプティーだわ!』
『そうね、ハンプティーダンプティーね、あたし(ありす)!』


『マザーグースの詩』に登場する擬人化した卵が、童女達の声につられてやってくる。 手に巨大なナイフやフォークを持って向かって来る彼奴らの頭上には敵性エネミーを表すオレンジ色のカーソルが浮かび上がる。 その数は3。 二人のアリスがキャッキャッとはしゃぎ、 ユーリ達が色んな意味で驚いて動けずにいるとパーティーに強制参加してきた『イカれた帽子屋』こと〈マッドハッター〉と『時計ウサギ』こと〈ウォッチ〉が三体のハンプティダンプティに向かって駆け出した。

 一足で間合いを詰めた〈マッドハッター〉は、いつの間にか抜剣した十字剣に銀の光を纏わせ、極彩色の卵を十字に切り裂いた。

 片手剣 二連撃〈セイントクロス〉が鮮やかに決まり、吹き飛ばされたハンプティーダンプティーはボヨンゴロゴロと転がった後に、破砕音と共に砕け散った。 見た目の異様さと異なり、レベルそのものは大して高くないのかも知れないと二人が思っている間にも、時計ウサギは二体のハンプティダンプティへと弾丸の如く突っ込んで行った。

 後ろ脚のバネをフルに活かした跳躍で、技後硬直にあるマッドハッターに襲いかかる卵に突進を仕掛ける。 接敵の瞬間、小さな体躯を捻るとその反動を乗せ、木の棍を一薙ぎ。 カコーンと清々しい音と共にハンプティダンプティーが吹き飛び、遠くの方で爆発四散した。 そして、残った一体もマッドハッターによる手際の良く、処理すると血糊を払うように二度十字剣を振るい、剣帯へと吊るした。

 謎解きメインなため、出現エネミーの平均レベルは案外低めなのかもしれない、とこの後の展開が楽になることに期待を抱いた。

 ーーしかし、冒険がそう易々と終わるわけがない。

 ♣︎

「何か色々と凄かったね、■■■」
「え、なんて……?」
「へ?」

 後半、ザザザッとノイズが走り、思わず訊き返すとシィが不思議そうに首を傾げた。 気のせいか、と済ませようとしたところでユーリの〈索敵(サーチング)〉に敵性反応が出現し、森の奥から先と同種と思われるエネミーが現れた。

「あら、まただわ!」
「そうね、またハンプティダンプティーだわ!」

 ハンプティダンプティーは、楽しそうに指差す童女達には目もくれず、ポカンと呆けているシィへと巨大なフォークを掲げてしてくる。 しかし、さすがは攻略組というべきか即座に応戦する。 大鎌をクルクルと馴れた様子で扱い、突き出された三叉槍(フォーク)を弾き返し、丸い胴体を横一文字に切り裂いた。 続けて二回切りつけるとハンプティダンプティは呆気なく砕け散る。 物足りなかったのか、シィは微妙な表情を浮かべた。

「なんか楽勝だね」
「まぁな、かなりレベル差があるみたいだし」

 軽口を叩きながら、更に森の奥へと進むこと数刻。 ユーリ達一行を惑わさんと濃い霧が発生し始め、空気が淀み始めた 。 始めの頃のような神秘さは薄れ、森はただただ不気味だ。

 しかし、こうも霧が濃いと、〈索敵スキル〉による視覚の強化もあまり意味を成さない。
 数回のエンカウントをアリス達の事前の通告とマッドハッター達の協力のおかげで大きく消耗せずに進めているが、やはり油断は出来ない。 気を引き締めて先導する二人の童女の後ろを歩いていたユーリに、ザザザッとノイズ音が耳朶を打つ。 会話の途中に生じるノイズ音は、この森林地帯に踏み込んでから発生した現象なのだが、実害がないにせよ気に障ることこの上ない。

「ねぇ、■■■……?」

 そして、またザザザっと不愉快極まりないノイズ音が会話を遮る。
 ユーリは眉を寄せて、考える素振りを見せるもなかなかいい考えが浮かばないのか表情が優れない。 不満げに頭を掻いていると急に襟首を掴まれたと思った途端、後ろに強く引かれ危うく転びかけた。 何事か、と体勢を立て直しながら後ろを振り向けば、憂げな表情を浮かべたシィと目が合った。

「ねぇ、どしたの? そんな恐い顔して……」
「あー、さっきからさ……変なノイズが聞こえないか?」

 気まずそうにユーリは犬耳を伏せると、先ほどから気になっている事について簡潔に訊ねると、やはりシィも心当たりがあったようで「あー」とか「うーぬ」とか言いつつ、賛同した。

「いったいなんなのんだろうね、■■■。 バグかな……?」
「んなわけ……チッ、こんな時に」

 舌打つと森の奥を睨みつけた。 彼らの議論を邪魔するかのようなタイミングで現れたのは、もはや見慣れた敵、ハンプティダンプティー。 レベルがひとつ高くなったのか、先ほどよりもひと回り大きい。
  ヒャッハーーッ! と飛びかかってくるのを舌打ちをしながら叩き落とし、そこを一斉に袋叩きに処した。 しかし、先ほどからエンカウント率が高すぎる。

「■■■、なんか敵多くない?」
「……と言ってる側から!」

 周囲にモンスターを表す赤い点が5個。 輪を狭めるようにして、近づいてくる。
 そして、数秒後には霧の中から歪な笑みを貼り付けた極彩色のタマゴボディが現れた。

「あんたら、そっちを任せた!」
「ふむ、任された」
「■■、行くぞ!
「ふえっ!? え、え……うん!」

 盾役がいないパーティで一度に多数を相手にするなら、一体ずつ引っ張って倒すのがセオリーだが、レベル差もあるので二手に分けて速攻を決めることを選ぶ。 それにちんたらやっていて、別の敵集団を引っ掛けたら目も当てられない。

 カーソルの色が警戒の黄色から戦闘の赤色へと変わり、明確な敵意を向けてくるハンプティダンプティへと刀の柄へと手をかけながら、地を蹴る。
 横一閃に放たれた抜刀は、三体を纏めて吹き飛ばす。 上手い具合に半分に分けられたハンプティダンプティは攻撃を加えられた三体はユーリへと狙いを定め、残りをマッドハッター達が迎撃する形となる。 予定通りだ。

 注意を前方の三体へと向けれ、裂帛の気合と共に再び抜刀を繰り出す。

「ーーセアッ!」

 互いの武器同士が激しく衝突すると、甲高い金属音が響き、押し負けた三体は揃ってのけ反った。 僅かの硬直時間のスキを埋めるように後方からシィが飛び出し、凶刃を振るう。 ライトエフェクトを帯びた刃がそれぞれを切り裂き、ハンプティダンプティーのヒットポイントを散らす。 戦闘終了。 ホッとしたのも束の間、振り向いた彼女は大きく瞳を見開いて叫んだ。

「ーー■■■、後ろッ!!」

 ザザザッと特大のボリュームでノイズ音が周囲の音を塗りつぶし、後半は何を言っているのかわからない。 シィの尋常ではない様子に驚くのも束の間、背中に衝撃と共に鈍い痛みが走った。

「ーーぐっ!?」

 視界の端に映るHPバーが全体の一割ほどその幅を狭め、どっと冷や汗が吹き出した。内心驚愕しつつも、勢いをそのままに前方へと転がり受け身を取ると素早く立ち上がり、奇襲してきた敵を睨み据れば、やはりそこには楕円形のボディにひょろ長い手足のハンプティダンプティー。 ニヤけた笑みが余計に腹立たしい。

「ギィィッ!」
「ッチ……」

 突き出されたフォークを刀で軌道を逸らし、仕返しとばかりに柄の打突をみまう。 怯んだところへと深々と刀を突き刺し、介錯する。 一瞬の硬直の後、青いポリゴン片を撒き散らしハンプティダンプティーが消滅した刹那、シィが叫んだ。 今度こそ彼女の声はハッキリと言葉として伝わった。 が、衝撃的な一言も加わって。

「ーーイヌミミ(・・・・)上ッ!!」
「ーー!??」

 一瞬、我が犬耳を疑うが反射的に上向けばユーリを串刺しにせんと槍を構え、擬人化タマゴが飛び降りてきていた。 体を捻りそれを躱し、無理やりに鍔迫り合いに持ち込み追撃を封じると、後ろへとありったけの怨沙の念を込めて呟いた。

「……テメェ、アトデオボエテロヨ」
「ひぃぃ!?」

 死刑決定。 その前に目の前のこいつをやってしまおう。
 わざと力を抜き、拮抗していた状態を崩すと、前のめりになり、体勢を崩したタマゴをシィめがけて蹴飛ばす。 ゴロンゴロンと転がって行ったハンプティダンプティはシィの大鎌によって身体を二等分され、呆気なく散った。

 ♦︎

 確実に敵を殲滅したのを確認すると息を大きく吐き出し、気分を入れ替える。 そして、ジロリとシィをジト目で睨みつけ、手刀の形を取ったユーリの右手が閃いた。

「ーーセイッ!」
「ふぎゃあ!?」

 鋭い一撃がシィの脳天へと炸裂し、涙がじわる。 頭を両手で庇いつつ、涙目で恨めしげに睨みつけるが気にもとめず、ユーリはにこやかに笑い、肩に片手を置きながら告げた。 ただし、瞳は少しも笑っていない。

「……ねぇ、ちょっと君、最近、調子のってないかい? え?」
「ひぃぃぃぃ!? す、すいませんでした! 二度と言いません!」

 必死になって謝ったことによって、死刑執行を免れ、情状酌量を勝ち得、ホッと息を吐いた。 しばらくは、このネタで弄るのは止めておこうと心に刻むのだった。

 閑話休題(かんわきゅうだい)。
 一応怒りの矛先を収めてくれたものの、いまだイヌミミ呼ばわりしたことを根に持っているらしくユーリがそっぽを向いたままで会話もなく、正直気まずい。 意を決して……というのもおかしい気がするが先ほどから気がかりだった用件を訊ねてみた。

「ねぇ、このフィールドってやっぱり変……だよね?」
「だろうな。 まぁ、あらかた検討はついてるんだが……」
「ほへぇ〜」

 あっさりと返答してくれたことに驚いた反面、この森の不思議に興味があった。 やはり気になるので、先を促す。

「して、そのギミックとは?」
「……名前。 より詳しくは、〈PN(プレイヤーネーム)〉を呼ぶこと」
「は? なまえ〜?」

 思いもやらぬ解答にわけがわからず、おうむ返しに聞き返した。 だがそこはユーリ。 顎に手を当て、逡巡した後、口を開いた。

「そうだな、例えば……■■」
「へ?」

 この森に突入してから幾度となく聞いたノイズ音が走り、後半部分が聞き取れなかった。 その真意を考察する間も無く、いきなり〈索敵〉に反応があり、木の陰からハンプティダンプティーが飛び出し、ユーリへと襲いかかった。

「あっ……!ユッーー」
「シャラップ!」
「ッ!??」

 一喝すると、事前に予期していたような動きで敵を迎え打った。 突き出されたフォークを納刀したままの鞘で軌道を逸らし、ガラ空きのタマゴボディへとカウンターを叩き込んだ。 鮮やかにタマゴ型エネミーを調理してみせると、くるりと振り返り、「わかっただろ?」みたいな顔を向けてきた。

「……なまえ、名前。 もしかして、PNで呼んだら、さっきみたくモンスターが湧くとか?」

 そんなギミック聞いたことも見たこともねぇよ。 どんな友情破壊だよ……と思っているとユーリは首肯した。 マジですか!

「付け加えるなら、ノイズの発生もだろうな」
「あぁ〜、なるほどね」

 先ほどからバグだと思っていたノイズは仕様らしい。 まぁ、こんな大掛りな仮想世界を創り上げた天才がこんなちゃちなミスをするとは思えない。
 ようやく納得し、一人頷いているとしらーっとした視線を彼に向けられる。

「……な、なんですかね?」
「いや、別に……ただなんであんな呼ばれ方されたのか気になっただけですが?」

 ……何か? と最後に付け加えてくるイヌミミ、もといユーリ。
 てっきりもう許してくれたと思っていたが、まだダメらしい。 見かけによらずねちっこいな。
 額に冷や汗を薄っすら浮かべつつ、正直に答える。

「いや、だって、ユ……キミ、呼んでも無視するし。 ささやかな嫌がらせというか、悪戯というか?」
「そこでなぜ疑問系」
「あ、アハハ〜」


 ジトっとした視線を向けられ、思わず苦笑いが零れた。 しかし、縛り有りの会話とかどんなバラエティ番組なのだろうか。 話し難いことこの上ない。 故にまた、うっかり地雷を踏み抜いても仕方ないよネ!
 だが、そんな内情を読み取ったのかユーリは冷ややかな視線を向けながら言った。

「……次はないぞ」
「な、なんのことでしょうか……」

 これは早急に解決しなければ……。

「じゃあ、なんて呼べばいいのさ。 キミ、お前、アンタとかの代名詞呼びはさすがに辛いんだよ」

 親しい間柄だから余計に。
 そう言うと、一瞬だけ思案顔を浮かべた後、ごく普通に言った。

「名前でいいだろ」
「君のPN、本名だよね?!」

 ユーリは今気がついたと驚いた表情を浮かべた。 顎に手を当て、考える仕草を見せる。

「じゃあ、苗字……?」
「いや、うん……そうなるんだろうけど」

 妥当な案、だと思うのだが私は歯切れの悪い返事をしてしまった。なんか問題でも? と視線で訴えかけてくるが勿論、理由はある。
 実はユーリもとい、悠里の事を今まで一度も苗字呼びした事がないのだ。 長い付き合いなだけに、今さら苗字呼びとか、なんか背中がむず痒い。
 ちなみに他の呼び方ならよくしてる。 特にユリコちゃんは私的にベストだったのだが、当人は酷くお気に召さなかったようで1日無視され続けたのは辛かった。
 過去の思い出にふけっていると、ユーリが呆れた表情を浮かべていた。

「おい、で? どうすんだ、咲良さん?」
「ん? んー、コードネームとか!バーボンとか、ウォッカとか?」
「黒づくめかよ。 あと却下。 またどうせ、犬耳やら男のコやら言うだろおまえ」
「あ、自覚あるんだ……ごめんなさい殴らないでっ!」

 反射的に謝ってしまう自分が恨めしい。 しかし、このままというのもなんか釈然としない。 ので、意を決して初苗字呼びを敢行する。

「……う。 か、カミクラくん」
「……は?」
「反応が酷い?!」

「おまえなに言ってんの?」とでも言いたげな呆れ顔をされてしまう。

「いや、だって……その、初めてだし……恥ずかしい」
「あ〜、そういえば一度も苗字で呼ばれた事がないな」

 胸の前で人差し指をツンツンと突き合わせてながら、ユーリの反応を伺うが平然と答えられ、なぜかドッと疲れた。 私だけが恥ずかしがって馬鹿みたいじゃないか。
 羞恥で火照った顔を手団扇で扇いでいると、くすくすと口に手を当てて笑いあっているアリス達と目が合った。

「ねぇ、あたし(アリス)。あたし、こーゆーの知ってるわ、あおはるっていうのよね!」
「そうね。ラズベリーみたいに甘酸っぱくて美味しそうな響きね、あたし(ありす)」
「それにおねえさんなんてさくらんぼみたいにお顔が真っ赤よ!」

 此方をチラチラと見ながら言葉あそびのような会話に興じるアリス達に私から言える事はただ一つ。

「やかましいっ!」

 ♦︎

 森に入ってから、およそ一時間かけてようやく陰鬱とした森を抜けたユーリ達を待っていたのは、どこまでも続く平野でただひとつ異様な存在感を放つ赤いお城。
 細部まで作りこまれた城に感嘆の声を漏らす中、アリス達はスカートの端を風に靡かせくるりとステップを踏んでユーリ達と向き合った。

「これで名無しの森はお終いね」
「けれど、次の物語が待ってるわ!」

「お次の舞台はいじわるおばさまが待つお城のなか!」
「お兄さん達はうさぎさんを救えるかしら?」

「「さぁ、物語をハッピーエンドに導いて!」」

 そして、二人は顔を見合わせると声を合わせ、高らかに叫んだ。

『真っ赤なお城に、いじわるおばさま。 愉快な仲間と、恐ろしいかいぶつ!みごと、ジャバウォックを討ち取って、哀れなうさぎを助けましょう!』

 クエストメッセージの出現と共に、不思議の国での最後のクエストが開始される。
 
 

 
後書き
アリス「名無しの森では、いちいちつけた名前なんて必要ないの!それがここでのお約束!鳥は鳥で、人は人でいいじゃない。けれど、約束を破った悪い子はおしおきが待ってるわ。愉快で軽快なハンプティダンプティーがやってくるの!」

〈名無しの森〉内では、PN(プレイヤーネーム)を呼ぶと、PNにノイズがかかる&呼んだプレイヤーに対して、〈ハンプティダンプティ〉が一切の憎悪値やその他諸々を無視して攻撃してくる。
 

 

最終項『宝探しーゔぉーぱるのつるぎー』

 
前書き
一話ほぼ戦闘シーンなのでいつも以上にMPを消費しました(マダンテ並)。 

 
 〈ハートの女王(クイーン)〉が統べるお城は、外見も相当派手ながら、内部もかなりゴテゴテして目が痛くなるほどの派手さ加減だった。 どのくらいかと言うと、
 赤の色が強調され過ぎていて、イメージカラーが被ってるシィが保護色になるほど。 「私の存在感がっ!」とシィが涙目で喚いて少し可哀想に思えた。

 そして、現在。 ユーリ達御一行は、見張りのろくにいない城門から鮮やかな赤い薔薇の咲き誇る庭を抜け、城内へと堂々と進入しを果たし、 最後の敵が待ち構えているであろう大広間へと続く回廊を駆けていた。

 ♦︎

「そこを、どけぇぇぇ!!」

 敵を視認するなり、力強く床を蹴ったシィが道を塞ぐように現れたトランプ兵へと単騎突撃すると、勢いを乗せた大鎌が振るわれ、蜘蛛の子を散らす勢いで敵が駆逐されていく。 彼女のバーサークっぷりが功を奏したのか、およそ十数分ほど駆けると廊下の終わりに細かい装飾の施された大扉が見えた。
 迷宮区のボス部屋さながらに異様な雰囲気を漂わせるそれを前にさすがのシィも立ち止まると、不安げな瞳を向けてきた。

「……行くか」
「うん!」

 コクリとシィが頷く。
 短い言葉を交わし、扉を押すと音もなく開かれ、室内の状況を明らかにした。
 大きなホール状の室内には、即席の裁判所らしきものが設置されており、傍聴席には多くの動物達が詰め、被告人と思わしき子ウサギが1匹、裁判官の前に立たされていた。

『汝、女王様のお昼のおやつのタルトをつまみ食いした罪により、罰せられる』
「「おいちょっと待て!!」」

 あまりにも酷すぎる罪状に、つい反射的に声をあげていた。 だが、観衆の数人がチラリと視線を向けただけで不当な裁判は粛々と続けられる。

 朗々と裁判官がうさぎの罪状を読み上げる中、ホールの最奥に位置する場所では背後に煌めく宝飾剣が飾られた玉座に真紅のドレスに身を包み、いかにも感じの悪そうな女性がもたれかかっていた。 そして、それを見たシィが顔を青ざめさせながらグイグイと袖を引っ張って喚いていた。

「ユーリ!ユーリ!? なにあの赤いの!?尋常ないくらい私と色被ってんですけど!アイデンティティクライシスだよ?!」
「……アイデンティティクライシスってなんだよ」
「アイデンティティ(個性)がクライシス(危機)なんだよ! 」

 ハートの女王(クイーン)を指差し、ギャースカと喧しい相方の頭を優しく撫で、穏やかな笑みを浮かべると優しく告げてやる。

「大丈夫。 お前を超えれるアホはいねぇから」
「慰め方が嬉しくないっ?!」

 裁判の厳粛な空気そっちのけでシィと賑やかなやりとりを交わしていると突如、ズダーンと硬い物を勢いよく打ち付ける音がホールいっぱいに響きわたった。
 音源の方向へと視線を向ければ、服装だけでなく顔まで真っ赤にし、ハートの装飾が施された王杖を手にした女王(クイーン)がこちらを物凄い形相で睨んできていた。

「無礼者どもめっ!恥を知れっ!妾の居る場でそのようにギャーギャーと喚き散らしおって……!!」
「おい、シィ。言われてるぞ」
「なんでさ?!」

 だが、この態度が気にくわなかったのか再び王杖が打ち付けられる。

「もういいわっ!そこのうさぎ共々死刑にしてくれる!! ジャバウォーーークッ!!」

 ハートの女王(クイーン)が王杖を掲げ、ヒステリック気味に叫けぶと唐突な揺れと共に天上を突き破り、巨大な影がホール中央へと落下し、砂煙がそいつを覆った。
 皆静まり返り、落ちてきたソレを遠巻きに見ていると砂煙が晴れ、全貌が露わになった。 まず目についたのが、天井から降り注ぐ光を浴びて毒々しいほどの滑らかに光る緑色の皮膚。 そして、前後の脚の先からは鋭い爪が伸び、猫背に沿った背中から薄い飛膜の翼が生えていた。 ドラゴンのような怪物は爛々と光る赤い瞳を震えて動けない哀れな仔ウサギに向けると顎(アギト)を開きーー

「あっ……!」
「ちょっ?!」

 ーーパクリと、うさぎを丸呑みにした。

 微かな静寂の後、状況に理解が追いつき会場は一瞬で喧騒と混乱に包まれた。 慌てふためく者、恐怖で泣き叫ぶ者、逃げようとする者達が入り乱れる中でジャバウォックと呼ばれた怪物は、赤い双眸を俺達へと向けた。

「さぁ、お兄さん! 最後の物語(ストーリー)よ!」
「さぁ、お姉さん! 最高の結末(エンド)を迎えてね?」

 グッと小さな拳を握り、励ましてくる黒いアリスと心配そうな表情を浮かべた白いありす。 二人の声援を受け取ると、武器を手に取り改めて怪物ジャバウォックへと向き直る。 いざ戦いが始まる瞬間、玉座から高圧的な声が聞こえた。

「ジャバウォックを前に恐れぬ勇気に免じ、妾の前に跪き頭(こうべ)を垂れるのなら命くらいは助けてやってもよいぞ」

 フッ、と嘲笑するような自らの圧倒的有利を疑わないハートの女王(クイーン)。 そして、女王の優位さを体現するかのように炯々(けいけい)と紅い瞳を光らし、目の前へと立ち塞がるジャバウォック。
 だがしかし、こちらとて幾千もの死地を切り抜けてきた猛者なのだ。 これくらいのことで退くことはない。
 向かい合い。口元に微かな笑みを浮かべると、武力で独裁体制を敷く女王へと言ってやる。

「「だが断る!!」」

 交渉決裂。 ハートの女王(クイーン)はクシャリと顔を歪めると、鋭い視線を俺らへと向けた。 だが同時に加逆的な笑みを浮かべる。恐らく女王(クイーン)が指示を出せば、ジャバウォックはすぐにでも襲いかかってくるであろう。
 一触即発の空気の中、あどけなさの残る会話が響いた。

「ふふっ、やっぱりね!思った通りだわ!あたし(アリス)!」
「そうね、あたし(ありす)。お兄さん達はきっとこの哀れで寂しい物語に素敵な終わりを迎えてくれる!」

 キュッとシルクの手袋に包まれた手を握ると二人は声を揃えて言った。

「「信じてるからっ!!」
「任せて! とりあえずあの赤いの、ぶっ飛ばせばいいんだよね!!」

 殺る気を滾らせたシィが身の丈ほどある大鎌を構えて、ハートの女王(クイーン)へとその刃を向ける。

「頑張ってね、お姉さんたち。 これは餞別よ」
「おお、これは」
「凄いな……」

 黒いアリスはにこやかに微笑むとチュッと音を立てて投げキッスを贈った。 ふわふわと二つのハートが漂い、目の前で弾けると虹色の光が俺らを覆い、やがて消えるとともに二人のHPバーが完全に回復するとともにその下に様々なバフアイコンが並んだ。 それも一つや二つではない。滅多にない光景にたまらず声を上げた。
 だが感動するのも束の間、三たび王杖が叩きつけられた。

「フンッ、別れの挨拶は済んだようだな。ならば死ね。ジャバウォック!!」
『GYaaaaaaa!!!』

 主人(あるじ)の命を受けたジャバウォックが、大気を震わせるほどの咆哮を上げると、頭上へと三段のHPバーを出現させる。
 再び響かせた轟咆が戦闘開始の合図となり、俺と相棒はジャバウォックを正面から迎え討ち、成り行きで力を貸してくれることとなった帽子屋と時計ウサギは様子見のために散開し、距離を取る。

『GYaaaaaaa!!』
「どっ、せいっ!」
『GYaa!?』

 気の抜けるような掛け声とともに大鎌が振るわれ、ジャバウォックの横っ面を殴りつける。 いきなりの奇襲に悲鳴に似た叫びを上げるがそれほど効いていないらしく、微かに上体が揺れたのみでジャバウォックは即座に反撃の爪を振るった。 シィはそれを見事なタクトパリィで受け流すと、ジャバウォックで胴体に一太刀加えながら、後ろに大きく跳躍し、叫んだ。

「ユーリ、スイッチ!」

 両者の間に開いたスペースへと身を躍らせ、ギラつく爪を抜刀で迎え撃った。耳触りな音を響かせながら、ジャバウォックの鋭い前爪を弾き上げると即座に斬り上げ、刃を返して袈裟懸けに斬りつける。 カウンター気味に放たれた二連撃は、ジャバウォックの眉間を捉え、クリティカル判定を出しつつHPを大きく削る。
 よし、と意気込んだのも束の間、鋭爪が正面を薙ぎはらうように振るわれ、それをバックステップで躱すも追撃が放たれ、またそれを躱す。
 息もつかせぬ連続攻撃に曝され、ヒヤリと汗が額を伝う。 だがジャバウォック優勢の状況は別の要因によって覆される。

「ーーハァッ!」
『GAaa!』

 ジャバウォックの死角から〈マッドハッター〉が赤い光芒を引きながら、重単発技〈ヴォーパル・ストライク〉を怪物の横っ面へと叩き込む。 赤いダメージエフェクトを発生させながら、ジャバウォックの胴体が大きく揺らぐ。 発生した決定的なスキに、待機していたシィと〈ウォッチ〉の両名が各々の武器にライトエフェクトを纏わせ、ジャバウォックにダメージを与えていく。

『GYa、Aaaaaa!!』
「退がれっ!」

 早くも1本目の半分が消滅し、ジャバウォックが獣のような雄叫びを上げ、体を大きく捻る。 おそらくは何かの技の予備動作なのだろう。 後退の指示を出し退がった直後に轟ッ、と風が唸りを上げて巨躯を一回転させたジャバウォックは大樹のように太い尻尾で全方位を薙ぎ払った。

 指示出しが功を奏したのか今の一撃による被害はなく、ジャバウォックを囲むように散った四人は油断なく構え、ジャバウォックの挙動を伺っている。
 攻撃の手が一度止んだことで、蓄積された憎悪値もリセットされ、ジャバウォックは近くにいたウォッチへと紅い双眸を向ける。 が、しかしーー

「こっち、向けぇぇ!!」

 事前の取り決めで前衛を受け持った俺へとジャバウォックのヘイトを向けるために、力いっぱい叫んだ。 暫し遅れて、アォォォォォン、と遠吠えのようなサウンドが響き渡り、長い首が自分へと向けられた。

 壁役(タンク)御用達の憎悪値(ヘイト)操作スキル〈挑発〉の言わば、〈人狼〉スキル版。〈ウルフハウル〉により、自身のHPバーの下に〈タゲ集中〉を表すターゲットマーカーとオマケの〈攻撃力上昇〉のバフが並んだ。

『GYaaaa!』
「……よっと」

 床を蹴り、飛びかかってくるのを躱しつつ、ヘイトを持続させるために攻撃を再開させる。 無防備に曝された胴体に〈抜刀術〉の強烈な一打を叩き込むが、それだけでは止まらず、静止したはず刃に新たな輝きが宿る。踏み込み両者の距離を縮めると、斬り上げ、即座に刃を返してもう一度、袈裟懸けに斬りつける。
 ユニークスキル〈抜刀術〉をコンプリートしたことにより、数は少ないが即座に次のソードスキルに繋げられる〈派生技〉。 そのうちのひとつ、〈燕返し〉だ。
  威力もあり、使いがってもいい。 本来のボス戦なら綿密な計画の上で、自分は壁役(タンク)からタゲを移動しないように攻撃に手心を加える必要があったが、今回はその心配は無用だ。 故に思いっきりやれる。 遠慮なんかはなからする気がない。

「ハァァァァァッ!!」

  鉤爪による攻撃を抜刀で弾き返し、カウンターの〈燕返し〉で体力を削る。 ユニークスキル〈抜刀術〉のフル使用により、戦闘開始から間もなく1段目のHPバーが削りきられて消滅する。

『GYa……Araaaaa!!』

 凄まじい咆哮を上げると、折り畳まれていた比翼を広げ、一度力強く羽ばたくと突風を起こし上へと飛んだ。 羽ばたく度に、強い風が頬を打つなか、上空で俺らを猊下するジャバウォックの口内にチラチラっと赤い炎が見てとれた。

「ちっ、ブレスくるぞ!」
「オーライ!」

 いまだ〈タゲ集中〉の状態は続いており、ジャバウォックもこちらを狙う気満々である。 おそらく避けられないだろう。 少し離れた位置にいたシィがこちらに駆け寄ると一つ目配せし、目の前でくるくると大鎌を回し始めた。 ライトエフェクトを帯びて高速回転するそれはさながらシールドのように見える。 女子に庇ってもらう、など男として情けないことこの上ない。 そんな心情を知ってか知らずか、シィが景気よく声を上げた。

「バッチこーい!」
『GYaaaaaaa!』


 放たれた炎のブレスは、上空で津波のように広がり地上にいる俺らへと襲いかかる。 空気をかき混ぜ、高速で回転する大鎌は襲いかかる炎の波を押し返し、熱波を相殺する。
 ジャバウォックの切り札を防ぎきり、「あちち……」と相変わらず危機感のない言葉を洩らすシィのHPバーは全体の二割ほども削れておらず、今も〈戦闘時回復(バトルヒーリング)スキル〉により、減った分を取り戻している。
 レベルの差があるとはいえ、ボス級の敵の一撃を、加えて高火力に定評のある炎ブレスのダメージをここまで抑え込んだのは、やはり彼女お手製の紅い戦闘服の持つスキル〈回復量増加〉と〈耐属性〉による恩恵が大きいのだろう。
 〈お針子シィ〉の偉大さに感服しつつも、今度は自分が守る番だと彼女の前へと出る。

 だが敵もそれなりに賢いのか、制空権の優位を得たままで降りてこようとはしてこない。 さて、どう出るかと構えながら考えていると背中から声がかかった。

「ねぇ、ユーリ。ちょっとあいつ、叩き落とそうよ」
「オーケー。 頼んだ」

「アイアイサー」と了承の意を示すと、スカートの端を靡かせ、肩幅に足を開くと、 再び大鎌が回される。 しかし、今度は頭上で。 〈大鎌〉の固有ソードスキルらしい。
 ライトエフェクトを帯びて高速で回転する刃はさながら光の円盤のようで触れたものを両断しそうなほどの鋭利さを感じさせる。
 回転数が限界まで達すると、愉悦の色の浮かんだ瞳が上空でホバリングを続けるジャバウォックへと向けられ、ぐっと前へと大きく踏み込んだ。

「ーーセェアァァ!!」

 轟ッと唸りを上げてシィの元を離れた大鎌は、緩いカーブを描きながら宙を翔けるとジャバウォックへと見事着弾した。 グラリと大きく体がふらつくが、ダメージが足りないようで墜とすまでには至らない。
 幾分か回転の衰えた大鎌がカーブを描きながら戻ってくる。それを片手で軽々とキャッチしながら、相棒が不満げに呟いた。

「ちぇっ、落ちないか。ユーリ、頼んだ」
「やっぱりそうなるのね……」

 投擲で落とせないなら、直接叩き落とせばいいじゃない。
 ダンッと力強く蹴ると、天井を支える大柱へと向かって駆ける。 柱の根元までくると一瞬だけ身を屈(かが)め、柱へ向かって思い切り飛び上がった。 期待通り、浮遊するジャバウォックの足元まで到達すると、柱に足をかけそのまま駆ける。 さながらニンジャのような壁走り(ウォールラン)、もとい柱走りでジャバウォックを抜くと斜め上へと思い切り跳び上がる。

 ジャバウォックの背中を眼下に収めると刀を抜き放ち、両手でしっかりと構える。
 一瞬の浮遊感を味わった後、重力に体が引っ張られるのに任せてジャバウォックめがけ落ちていく。 そして、猫背に曲がった背中を間近にして、大上段に構えた刀に鈍色のライトエフェクトが宿る。

「ーーー堕ちろぉぉぉぉ!」

 気合一閃。 重力エネルギーを味方につけ、両翼の根元のちょうど真ん中めがけて振り下ろす。
 刀にしてなぜか打撃判定のある重攻撃〈隕石鉄槌(メテオストライク)〉が炸裂し、重鈍な音とともに骨がひしゃげた音が響き、着弾点から光の波紋が広がる。 体勢を維持できなくなったジャバウォックは引力に引かれて地面へと激しい音を立てて落下する。

「よっこいせ、っと」
「ワーン、ダウ〜ん!」

 衝撃を殺しつつ着地するとダウン状態のジャバウォックへと一斉に畳み掛ける。 物陰に隠れ、ブレス攻撃をやり過ごしていた二人も参加し、1本目よりも早い時間で2本目のHPバーが消失する。

「よし、あと1本目だね!」
「あぁ……」

 シィの元気な声が響く。確かにラスト1本 だが、むしろここからが本番と言ってもいい。 通常HPバーを複数持つエネミーはバーが消失するごとに強化され、最後の1本になると今までを凌ぐほど強化を受けるのがセオリー通りだ。

 故に油断なく、倒れ伏して動かないジャバウォックを見ていると痺れを切らした女王(クイーン)が王杖を叩きつけながら叫んだ。

「なにをしてる、ジャバウォック! 殺せ!さっさとあいつらを血祭りにあげろ!!」
『……g。 Gruuu……』

 主人に一喝されたジャバウォックは緩慢な動作で起き上がった。 だが既に満身創痍で、始めは爛々と輝いた紅い双眸は今では黒く濁っている。
 四肢に力を込め、踏ん張ると吼えた。

『GYa、Aaaaaaaaa!!』

 ジャバウォックから黒いオーラが滲み出る。 瞳を完全な闇色に染めたジャバウォックからは狂気すら感じられるほど。 劇的な変化を遂げた怪物ジャバウォックは狂気の光を帯びた双眸を自分へと向けた。
 ダンッと地面が蹴飛ばされると先ほどよりも格段に速くなった突進で間合いを詰め、ギラリと光るかぎ爪を振り下ろす。咄嗟に刀で受け止めるが俊敏値だけでなく筋力値も大幅な強化を受けているようでジリジリと押される。

「ハァァッ!」

 シィの体重を乗せた重い一撃がジャバウォックへと見舞われるがまったく堪えた様子を見せずに、さらにノーモーションで体を旋回させると周囲を尻尾で薙ぎはらった。

「きゃぁ!?」
「シィ! グッ……はぁ」

 木の幹のように太い尻尾が横腹を強かに打ちつけ、弾かれたように吹き飛ばされる。 ドンっと壁に背中から衝突し、微かに息が漏れる。 数回えづきながらも立ち上がると〈マッドハッター〉と〈ウォッチ〉が狂化ジャバウォックに応戦していた。 だがやはり長くは保たないだろう。

 ありえないほどの超強化を施されたジャバウォックを見据えながら、思考を巡らせる。
 不可解な点は幾つかある。 一つ目は、やはりジャバウォックのありえないほどの強化だろう。 その能力値の振れ幅はゲームとしてのそれを遥かに超えている。 公平さ(フェアネス)を心情するとSAOにあるまじき行為だ。 だが、もう一つ。 この一連のクエスト共通の課題と言っても過言ではない〈謎解き要素〉が絡んでくるとなると話は別だ。

 考えられるのは、ジャバウォックの打倒が真の目的ではない場合、もしくは何かフラグを建てる事でジャバウォックの強化が解除され弱体化する場合。 おそらく前者は違うだろう。 クエストメッセージには、『怪物ジャバウォックの打倒』という意味の文言が含まれている。 ならば、後者だが、これと言ってヒントが見当たらない。

 手詰まりか、と絶望しかけたその時、クイクイと袖を引かれた。ハッと我に返り、顔向ければ、いつの間にか袖を控え目に掴む白のドレスの童女ありすと心配げに上目遣いで見上げてくる黒の童女アリスが側に居た。 アメジストのように澄んだ瞳を向けると幼さの残る声音で恐々と伝えた。

「あぁなったジャバウォックは誰にも止められないわ」
「そうね、あたし(ありす)。 〈ゔぉーぱるのつるぎ〉がなければ止められないの」
「ゔぉーぱるの……つるぎ?」

 聞きなれない単語を耳にし、おうむ返しに聞き返すとアリス達はそろってこくんと頷いた。 そして、互いの手を取り合うと謳い始める。

「そうだわ、あたし(ありす)!あのお詩を謳ってあげましょう!」
「いい考えだわ、あたし(アリス)!そうしましょう!」

 すっと息を吸い込むと、二人の少女による歌詠みが始まる。

「我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ!」
「喰らいつく顎あぎと、引き掴む鈎爪!」

「ヴォーパルの剣つるぎぞ手に取りて」
  「尾揃おそろしき物探すこと永きに渉れり」

「かくて暴ぼうなる想いに立ち止まりしその折、
  両の眼まなこを炯々けいけいと燃やしたるジャバウォック!」
  「そよそよとタルジイの森移ろい抜けて、
  怒どめきずりつつもそこに迫り来たらん!」

 物語に引き込まれるような調べが流れるなか、アリスたちの声の迫力が増していく。


「一、二! 一、二! 貫きて尚も貫く」
「 ヴォーパルの剣つるぎが刻み刈り獲らん!」

 謳い終えてふぅ、と息を吐き出すとこちらを伺うような表情を向けた。 今アリスたちが聞かせてくれたのが、ジャバウォック討伐のヒント。 そして、明らかにキーアイテムと思わしき文言も盛り込まれている。

「……ヴォーパルのつるぎ、ね。 一ついいか」
「えぇ、どうぞお兄さん」
「その剣ってここにあるのか?」

 ダメ元の質問だったが、予想に反してアリスはコクリと首肯した。 なら、あとは〈ヴォーパルのつるぎ〉を探し出せばクリアだ。
 ぐるりと周囲を見回す。 あるのは、傍聴席に、ジャバウォックと三人が戦っている中央。 そして、ハートの女王(クイーン)がいる玉座。 果たして剣らしきものは……

「……すっごい簡単に見つかったんだけど」

 呆れを多分に含んだため息が溢れた。
 玉座の上。 壁に一振りの装飾剣が掛けられていた。隠す気など毛頭ないのは、設計者の優しさなのかはたまた罠なのか。 ホール中央で戦闘を行うシィ達を一瞥すると、うまくローテーションを行いながら立ち回っているが徐々に追い込まれている。 なんにせよ時間がない。腹を決めると、即座に行動へと移す。

「シィ、あと1分だけ堪えろ!」
「うぇ?! い、1分だけだかんね!」
「頼んだ!」

 戸惑いながらもしっかりとした声で返事が返ってくる。 なんだかんだ言ってまだ余裕はありそうだ。それに少し安堵しつつ、戦闘の邪魔にならないように中央を迂回しつつ玉座へと走る。
 数十段ある段差を助走をつけて一気に飛び越えると、玉座から猊下していたハートの女王(クイーン)の前へと着地した。 突然の出来事に女王(クイーン)は豪華な椅子の上でのけ反ってこちらを凝視していたが、すぐに声を張り上げ叫ぶ。

「ジャバウォーーック!こいつを今すぐ殺せぇぇ!」
『Gyaaa!!』
「ちっ、厄介な……!」

 女王(クイーン)の命令を受け、狂化ジャバウォックがぎろりとこちらを睨むと、シィたちなどお構いなしに突撃してくる。
 ヘイト関係無しの行動に悪態をつきつつ、刀を一閃させ宝飾剣の留め具を破壊する。 それを手中に収めると、アイテム名を確認するべく剣をタップする。
 目の前に浮かんだウィンドウにはただ一文、〈ヴォーパルの剣〉と。

 気がつけば、瞳を血走らせた怪物がすぐ下まで迫ってきていた。愛刀を鞘へと納め、代わりに宝飾剣を正眼に構える。
  ダンっと軽く揺れを起こし床を蹴ると階段を飛び越えて襲いかかってくるのと、自分が踏み込みのは一緒だった。光を浴び七色に輝く剣と黒く染まった鉤爪が同時に振るわれる。

「ーーハァァァ!!」
『Gruaaaaa!!』

 振り切った剣からは確かな手ごたえを感じ、空中ですれちがった俺らは元いた位置を入れ替え、着地した。
時が止まったかと思うほどの静寂が場を支配する。 しかし、それを破ったのは極々小さな音だった。
 装飾剣〈ヴォーパルの剣〉の刀身にピシリと小さな亀裂が走り、それが全体に達するとともに耐久値が全損した剣はポリゴン片となって自分の手の中から消え去った。 まさかの事態に冷たい汗が背中を伝う。 そうして剣が砕け散った直後耳をつんざく絶叫が響いた。咄嗟に空っぽになった両手で犬耳を抑えこむ。 常人より強化された聴覚にこれは堪えた。

『Gyaaaaaaaaaaa!?』

 振り向けば、身に纏った黒いオーラを霧散させたジャバウォックが喉を裂かんばかりに悲鳴をあげていた。 断末魔の悲鳴だ。 大きく後ろにのけ反った長い巨軀が、不自然な角度でぴたりと静止しーー

 ガラスを砕くような大音響とともに、微細なポリゴンの欠片となり爆発四散する。
  ジャバウォックが居た場所に思わぬものを見つけ、駆け寄った。

「あっ……!」

 戦闘開始直前にジャバウォックに呑み込まれていた子ウサギがそこに居た。 何が起きたかのかわからないと言った体で、首傾げているそいつを抱えあげて優しく撫でていると何処からともなく、白い紙片が宙を舞い、次第に量と勢いを増したそれが視界を覆う。

 ひときわ強く風が吹き、視界が晴れるとそこには豪奢な部屋はなくただただ白い空間が何処までも続いていた。 突然の出来事に呆然としていると聞き慣れた声に名前を呼ばれた。

「ユーリ……?」
「ん、あぁ……シィか」

 彼女も戸惑っているのか首を傾げている。 と、その時目の前にトンっと軽やかな音を立てて着地した白と黒の少女が現れた。 白の少女ありすが両腕を伸ばしてきたので、うさぎを渡してやると目を細め、愛おしそうにうさぎを撫でていた。 うさぎを愛でるありすに変わって、黒の少女アリスが微笑みながら言った。

「お兄さんたちのおかげで罪のないうさぎが死なないで済んだわ、ありがとう。それに意地悪なおば様も少しは頭を冷やしたみたい。 これで全部解決……ハッピーエンドね!!」

 気がつけば、足元から黄金の粒子がひらひらと舞い上がっていた。 なんとなしにもうこの冒険は終わりなのだと悟った。ひらひらと手を振る少女たちに笑みを返し、一言添えてやる。

「楽しかったか?」
「えぇ、とっても!」
「またね、お兄さん!今度はもっと素敵な物語にご招待するわ!」

 ありがとう、とっても楽しいひと時だったわ! 彼女たちのその言葉を最後にひときわ強く輝いた光が視界を覆い、転移特有の浮遊感を感じた。


 ♡♧♢♤

 冷たい風が吹き抜け、思わず体を震わせる。重たい瞼をなんとか上げると青く澄みわたった空が映った。 ゆっくりと上体を起こして周りに視線を配ると〈七色草原〉にいるとわかった。

(ーーあれ、寝てた?)

 その割には、やけにリアルな夢を見た気がする。 頬を掻いていると隣で寝転がっていたシィも起き上がると、眠たいのか瞼を擦り、ふぁ〜と大きく伸びをした。 そして、自分同様、周りを見回すとあれ?と首を傾げた。

「……夢?」

 もやもやしていると指先に固い物が触れた。 大判の絵本だった。 丁寧な装飾の施された絵本の背表紙には、見覚えのある犬耳をつけた少年と、赤い髪をポニーテールに結った少女が手を繋ぎ、笑みを浮かべていた。 そして、金箔文字で『Story for you(貴方の為の物語)』と綴られていた。

「……夢、じゃなかったんだね〜」
「そうだな」

 ふわりと暖かい風が吹き、ぱらぱらとページを捲っていく。そして、白と黒のゴシックドレスに身をつつんだ二人の童女が幸せそうな笑みを浮かべているシーンで止まった。

 ーーーありがとう

 そんな声が聴こえた気がした。

 
 

 
後書き
夢オチじゃないですよ?

vs怪物ジャバウォック戦
HPバーは全三段。一段減る毎に行動パターンが大きく変化する。
第一形態:地上のみ。 主に鉤爪による攻撃と突進、尻尾による薙ぎ払い攻撃。
第二形態:空中。 上空からの奇襲攻撃や、炎ブレス攻撃が主な攻撃。
第三形態:狂化。全ステータスアップ。 いくらレベル差があろうとも、自力での討伐は不可能。


原作で裁判が行われているシーンのオマージュ。 被告人がジャックから子ウサギに変わっている。全部ハートの女王(クイーン)の横暴が原因。
ジャバウォックが狂化状態に移行し、しばらくするとアリス達がヒントをくれるのでそれに従い、〈ヴォーパルの剣〉を探し出してジャバウォックを討伐する。なお〈ヴォーパルの剣〉の一撃で屠ることが可能。
一連のクエスト報酬として、『貴方の為の物語』と名打たれた絵本が貰える。


これにて原典、ディズニー、そして某運命とあらゆる要素をごった煮したなんちゃってアリスinワンダーランド終了です。
次から通常ルートに戻ろうと思います(予定)。

ではまたノシ
 

 

ー青眼の悪魔ー

「テン、テテて、テンテン、てっててー♪」

 薄暗く、ジメジメとした第74層迷宮区内に場違いなほど明るい歌声が咲いた。 独特なリズムを刻みながら、身の丈ほどある大鎌をバトンのようにクルクルと片手で回しながら遊ぶシィはいつにもなく上機嫌だった。 マーチーングリーダーがそうするように天高く大鎌を投げ上げ、くるんとターンを踏んでバックキャッチ。 どんなもんだ、とドヤ顔を向けてきる相棒に呆れながら、一言。

「……お前には緊張感というものがないのか?」

「ぜんぜ〜ん♪ 」

 いつもの事ながら、彼女の場所を選ばない陽気さに辟易としていると、にこやかな表情を浮かべながら、くるりんとターンを踏んだ。

  *

 迷宮区入りしてから早二時間ほど経つが、モンスターとのエンカウントが少なかったので迷宮の探索具合も順調でマップも大方埋まり、少し気分がいいのが原因かいつにも増して相棒の機嫌がいい。

 薄青い光に照らされる回廊をシィの鼻唄をBGMにゆっくりと進んでいると、突然音が止んだ。 何かと思っていると、控えめに袖を引かれてシィが不安げな瞳をこちらに向けていた。 不穏な空気に敏感な彼女は、恐る恐るといった風に訊ねてきた。

「……ねぇ、何か聴こえない?」
「いや? ……ちょっと、待って」

 立ち止まると眼を瞑り全神経を耳へと集中させる。 それなりの練度に高められている〈聞き耳〉スキルと様々な戦闘スキルを強化する〈人狼〉スキルの恩恵を得て、ある程度離れていようが問題なく聴き取れる。 遠方の微かな音もハッキリと聴こえ、アバターへと響いてきたのはーー


 ーー激しい剣戟と、獣のような咆哮。

「ーーーッ!?」

 ーーそして、プレイヤーの悲鳴。
 一種にして表情が強張るのが分かった。 即座に〈聞き耳〉を解除すると同時に駆け出していた。 シィも緊急事態だと察したのか、遅れずに並走している。

「ユーリっ、どうしたの!」
「……プレイヤーの、悲鳴が聴こえてきた。多分、交戦中なんだろうけど……」

 アレは、ーー聴こえてきた咆哮はこの層で戦ったエネミーのどれにも当てはまらない。 ヒヤリと脳裏に悪い予感がよぎった。

(まさか何処かの大馬鹿がボスに挑んだわけじゃ……)

 視界の端に表示されているダンジョンマップを確認しながら、声のする方角の道を選び、迷宮区を風の如く疾駆する。 途中、ホップするエネミーは一刀の下に斬り伏せながら、ユーリは自らの仮説について考えていた。

 マップデータの空白部はあと僅か。 それが示すのは、その層の最大の敵ーーボスが待ち受けるボス部屋が近いということ。 状況から推測するにこの先にあるボス部屋で戦闘が行われている可能性が高い、かなり。

 そもそも、層の元締めたるフロアボスは、プレイヤーもしくは、パーティ単体だけの力で斃せるものではない。 それこそ、何度も偵察が行われ、行動パターンを割り出した上で綿密な計画が練られ、漸く討伐に至る相手だ。 過去一度、二パーティーに満たない人数でフロアボスを討伐した事例があったらしいがそれはゲーム序盤かつその時のボスが少人数の方が適していたという理由に過ぎない。

ーーーいったい誰がっ!

 駆ければ駆けるだけ、不安を煽るサウンドは大きく、ハッキリとしたものになっていき、余計に焦りが募っていく。
 やがて角を曲がり、一直線の通路に変わり、シィが前方を指差し叫んだ。

「ユーリ、見えた!」

 回廊の突き当たりには、巨大な扉が左右に開き、入り口がぽっかりと口を開けていた。 ボス部屋だ。 薄闇の中ではソードスキルの演出光と思わしき色とりどりの閃光が眩く光り、同時に巨大な影が部屋の中で蠢いていた。

「ーーーあぁぁぁぁぁぁぁ」

「バカかっ……!」

 毒吐くと更にスピードを上げた。 ほとんど地に足をつけず、飛んでいるに等しい速度で最後の直線を駆け抜けた。 扉の直前で急制動をかけ、ブーツの鋲から火花を散らせつつ入り口のギリギリで停止した。 そして、半身を乗り入れ、言葉を失った。

 内部は修羅場だった。プレイヤーの一団が円形に広がるボス部屋の奥に押し込まれ、慌てふためきまるで統制が取れていない。 更に部屋の中央では、双眸を妖しく輝かせた青い悪魔が斬馬刀を片手に暴れていた。


 ーーなぜ、どうして……


 状況が飲み込めず、立ち竦んでいると背後から半ば叫ぶように名前を呼ばれ、ハッと我に返った。

「ユーリ! シィ!」

「……!? キリト、それにアスナも」

 黒と白のコンビが彼らの両脇に止まり、少し遅れて赤い鎧甲冑を身につけた集団ギルド〈風林火山〉がやって来、そして、彼らも中の状況を見るなり絶句した。 だがいち早く状況を呑み込んだキリトがボス部屋内部で倒れているプレイヤーに向かって叫んだ。

「……クリスタルを使え!!」

 だが、返ってきた答えはこの場にいる誰もに絶大な衝撃を与えた。

「だ、ダメなんだ……!クリスタルが使えないっ!」
「なっ……⁉︎」
「《結晶無効空間》……だと!?」

 一部迷宮区のトラップとして確認されていたがボス部屋でその仕掛けが採用されていることは一度もなかった。
状況に追いつけず、明確な行動を起こせないうちに、ボス部屋内部での状況は悪化していく。

『……逃げるな! 戦え! 我ら〈アインクラッド解放軍〉に撤退の二文字はありえないっ!!』

 リーダー格と思わしき男が片手直剣を掲げ、叫んだ。 本来ならプレイヤーたちの士気向上になるはずのそれは今に至っては自らの首を絞める行為に他ならない。八人の団員たちは四人二列となり、武器を構える。

「全員……突撃……!!」

 突撃指令。 本来なら、前衛に壁役(タンク)をおいて次々と入れ替わって(スイッチ)いくのが定石(セオリー)なのだが、……総突撃はあまりにも無謀過ぎた。

 悪魔は仁王立つと輝く噴気を吐き出し、隊員たちへと浴びせかけた。 恐らくあの吐息にも攻撃判定があるのだろう。 八人の突撃の勢いが目に見えて緩む。 そこにすかさず、大剣が突き立てられ、一人を掬うように斬りあげた。

 ボス部屋の主の頭上を越え、ユーリたちの目の前に激しく落下したのは、
 無謀な突撃を命令したリーダー格の男だった。

 ーーありえない

 そう言い残すと、無数の破片となり飛散した。 司令塔を失ったパーティーは瓦解した。 連携などあったものではなく、悲鳴をあげながら逃げ場のない部屋内を逃げ惑い、悪魔によって蹂躙されるのを待つだけ。

「もう……だめ、だよ」

 地獄絵図と化したボス部屋内を見て、アスナが堪えきれずに喘いだ。

「ダメーーーッ!!」
「アスナッ!」

 腰に吊った細剣(レイピア)の柄へと手をかけ、絶叫と共に駆け出した。 空中で抜いた細剣と共に閃光となったアスナは、悪魔へと痛烈な一打を与えた。 だが、まったく堪えた素振りを見せず、怒りの眼差しをアスナへと向けると猛烈な速度で大剣を振り下ろした。 咄嗟にステップで回避するも躱しきれずに斬撃の余波を受け、倒れてしまう。そこに容赦なく次弾が降り注ぐ。

「ーーざけんなぁ!!」

 咆哮一閃。 漆黒の鞘から放たれた銀の刃が光の軌跡を描きながら、部屋の主《ザ・グリーム・アイズ》の大剣を弾き返した。 凄まじい衝撃、激しい火花が散る中、ユーリは叫んだ。

「キリト、シィは援護! アスナとクラインたちは回復と救護!」


 威勢良い掛け声と共に野武士集団がボスを迂回しながら、倒れ伏す〈軍〉たちに駆け寄るも、中央ではグリーム・アイズとユーリが激しく斬り結んでいるため、撤退が遅々として進まない。 苦しい表情を浮かべるユーリを嘲笑うかのようにグリーム・アイズは暴れ狂う。


「ーーおぉぉぉ!!」

 悪魔の重く鋭い一撃と、ユーリの抜刀が衝突し、またしても激しい火花を散らし、衝撃の余波がビリビリと大気を震わせる。 周りへと気を使いながら、容赦なく降り注ぐ斬撃の嵐を必死に躱し、逸らすユーリの表情は厳しい。

 ユーリの扱う〈抜刀術〉は、強力な一撃を放てるが、一度使うと次の技の発動までに〈納刀〉という決定的な隙ができる。 それこそ一瞬のことだが、ボスの強靭なステータスとカスタマイズされたソードスキルがその隙を与えない。 ゆえに存分に自分の力を振るえずにいるユーリは、徐々に押されつつあった。

「ーーユーリ、スイッチ!」
「くっ……!」


 〈カタナ〉の強攻撃とグリーム・アイズの大剣が衝突し、その反動を利用し即座に後ろに飛び退り、入れ替わるための間を空ける。 そこに漆黒の片手剣に血色のライトエフェクトを纏わせたキリトが飛び込んでくる。

「ーーハァァァァァ!」

 〈片手剣〉の中でも屈指の威力を誇る重単発技〈ヴォーパル・ストライク〉が放たれるが、しかし、大剣を盾のように構え防がれる。 キーーンと虚しい音を立て、弾かれたキリトにカウンターの拳が放たれ、キリトの華奢な体を吹き飛ばした。 即座にタゲを自分に向けさせると、ユーリは必死に思考する。

 攻略組上位に入るダメージディーラーであるキリトや自分がマトモにダメージを与えられない中、スピード型であるアスナやシィではグリーム・アイズの一撃を捌ききれるとは思えない。 クラインもいるが数分と保たないだろう。

 斬馬刀とカタナが次々と衝突を繰り返し、火花を散らす中、戦況は悪化していく。

「ーーう、ウワァァァ⁉︎ 」
「ーーこ、こっちに来るんじゃねぇ!」

 ボス部屋奥。 グリーム・アイズの尻尾だと思っていた大蛇が鎌首をもたげ、毒液を撒き散らしながら〈軍〉プレイヤーと彼らを救助しようとするクラインたちを襲っていた。 そして、軍を庇った一人のプレイヤーが咥えられ、鋭い牙を突き立てられた。 血飛沫のような紅い飛沫が舞い、〈風林火山〉の団員が継続ダメージに恐怖に怯えた声を漏らす。 恐怖の感情が伝播し、もはや救助どころではなくなる。 クライン達が仲間を必死に助け出そうとするが激しく動き回る本体の悪魔がそれを容易にさせない。

 定石通りなら、本体か尾蛇に強烈な一撃与えてやれば、解放されるのだろうが、防戦一方でスタンさせるまでの一撃を見舞うまでの余裕はない。 焦りが募る毎に剣先が目に見えて鈍る。 大上段から放たれた大剣を逸らしきれず、已む無くカタナで受け止める。 ユーリを押し潰さんが如く、大剣に力が込められ、ジリジリと押され、ギシリと刀が嫌な音を立てる。

 打つ手なしと思われた時、大蛇の絶叫と共にプレイヤーがポロリと解放された。 見れば、太い胴体が穿たれ、切り裂かれていた。 アスナとシィだ。 二人は、強い意志を秘めた瞳をユーリへと向け、叫んだ。

「ユーリ! 尻尾は私たちで対処するからっ!!」
「任せたっ!!」
「任されたっ!!」

 短い言葉で応えると、四肢に力を込めグリーム・アイズの一撃を弾き返した。 即座に納刀し、抜刀を放つ。 唸りを上げた銀の刃が筋肉が隆起した胸元を捉え、切り裂いた。 初めてボスのHPバーが目に見えて減少するが、与えた傷は思ったよりも浅く、輝く双眼に怒りの色を滲ませた悪魔は、大きく息を吸い込み、わ輝く息を吐き出した。

「ーー舐めるなぁっ!!」

 再び抜刀が放たれ、凄まじい剣風がブレスを切り裂く。 輝く吐息がダイヤモンドダストのように散る中、悪魔と人狼が激しく斬り結ぶ。 今までの劣勢を跳ね除けるように刀を振るうユーリの猛攻に悪魔が僅かに後ずさる。

 もしかしたら、イケるのではないか……救助を続ける中、戦闘外にいるプレイヤーたちは希望を抱く。 だが希望はただの理想に過ぎず、即座に散った。

 グウォン……!と唸りを上げ、大蛇がその体を鞭のように振るった。 苛烈に攻撃を仕掛けていたシィの体を強かに打ち、その矮躯をいとも容易く吹き飛ばした。 壁へと激突し、苦悶の声をを漏らす相棒を見て、ユーリが堪らず叫んだ。

「ーーシィ!?」

 ユーリの視線がグリーム・アイズから一瞬だけ逸れる。 決定的な隙をグリーム・アイズが見逃すはずがなく、 体の捻りを前方位を薙ぎ払う両手剣技〈ラウンド・スマッシュ〉が放たれ、ユーリの華奢な体を吹き飛ばした。 ギリギリ、剣と体の間に刀を差し、直撃を免れるが強烈な一撃を受けた代償として〈転倒〉状態となり、ユーリに慈悲無き硬直が課せられる。

「ーーッ!? ユーリ!!」
「くっ……」

  地面に転がったまま見上げるユーリへと断罪者を狩るギロチンの如く大剣が振り下ろされる。 元より防御の低い自分が直撃を受ければ、HPは容易く散るだろう。 相棒が悲痛な叫び声を上げる中、ユーリは目を瞑った。

 だが、ユーリを襲う衝撃は数秒経ってなおやってこず、薄っすらと瞳を開ければ、コートの裾を翻したキリトがユーリを守るように悪魔の前へと立ち塞がり、漆黒と純白の剣を交差させ大剣を受け止めていた。

「お前……それ」
「……すまん、遅くなった」

 ユーリは思わず眼を見張った。 キリトがずっとひた隠しにしてきた〈二刀流スキル〉。 それを今解放したキリトは、ぐっと四肢に力を込め、二刀がグリーム・アイズの大剣を押し返し、即座に両手の剣が振るわれ、ガラ空きとなった胴体を深々と切り裂いた。 大ダメージが通り、グリーム・アイズが絶叫する。 さらに次々と両の剣が閃き、群青の体躯に紅い斬撃痕を刻んでいく。 凄まじい勢いでグリーム・アイズのヒットポイントが減少していき、 そして、二段目のHPバーが粉砕されると同時にグリーム・アイズの目の色が変わった。

 咆哮と共に大剣を振るい、強引にキリトを引き離す。 が、そこに眩い銀閃が放たれ、悪魔の胴体に傷をつける。 堪らず叫ぶ悪魔を他所に、再び風切り音が響き、銀閃が奔った。

ギロリと悪魔の双眸がキリトとグリーム・アイズの間に割り込んだ人狼へと向けられ、大剣が振るわれる。 だが本人はそれを易々と躱し、刀を鞘へと納めるとグッと体を屈ませる。 クラウチングスタートのような低姿勢から、ダンっと力強く床を蹴る音がだけ響き、ユーリの姿が一瞬だけ掻き消えた。

「ーーう、オォォォ!!」

 刹那の交差。 一条の閃光が悪魔の巨軀を貫き、斬ーーッと音が遅れて響く。 音すらも置き去りにした神速の一太刀は、三段目のHPバーのほとんどを消し飛ばし、遂にグリーム・アイズのHPバーをラスト一本にまで減らした。 上向き、焦点の合わない眼を向けるグリーム・アイズへと黒白の剣にライトエフェクトを纏わせたキリトが突き進む。

「決めろ、キリト……!!」
「うおおおおおおおお!!」

 防戦一方だったいままでの借りを返すが如く、両の剣による凄まじいラッシュが開始された。 右の剣で斬りはらい、間髪入れず左の突きが放たれる。 右、左、また右。 いつか見た〈二刀流〉の上位剣技〈スターバースト・ストリーム〉の斬撃が次々とグリーム・アイズの巨体を抉っていく。

「らあああああああ!!」

 大きく吠えたキリトの最後の一撃が胸の中央を貫いた。 断末魔の悲鳴を上げ、天井を振り仰いだ悪魔の全身が硬直したーーと思った途端。

 青い悪魔は、青い粒子となり爆散した。 部屋中にキラキラと光る粒が舞うなか、空では勝利した彼らを讃えるかのように黄金の文字が輝き、いくつものファンファーレが鳴り響いた。



 
 

 
後書き
二刀流及び、各sao二次創作における主人公の切り札の当て馬こと〈グリーム・アイズ〉さん討伐回【完】。

というわけで予告通り原作一巻の開始です。 ラグーラビットのくだりは皆さん見飽きてると思うのでカット(無慈悲)。
いきなりの迷宮区スタートかつボス戦突入と、かなり色々と端折っているのでわかり辛かったらすいません。
とりあえず、早めにsaoを終わらせたいです。

ではまたノシ 

 

ー騎士団会合ー

 
前書き
七夕投稿。 なおまったく関係ないもよう 

 
第74層のフロアボス〈ザ・グリームアイズ〉がわたしたちの手によって討伐された翌日。
アインクラッド中が昨日の一件で持ちきりだった。 次層の解放だけでも充分な話題なのに、今回は新たなスキルというオマケつきだ。 曰く、『軍を壊滅させた悪魔』、『悪魔を両断する神速の太刀』。そして、『二刀流の五十連撃』。 尾ひれがつくにもほどがある!!、とは某黒の剣士様の言葉だ。
しかし、〈軍〉がプロパガンダとしてボス討伐に乗り出した筈が、かえってキリトの新スキル〈二刀流〉の周知に一役買ってしまったとはなんたる皮肉か……。

そして、現在。な、ぜ、か噂の渦中にいる人物がアスナを引き連れ、目の前にいた。

「頼む! 一緒に来てくれないか?」
「……ぜってー、ヤダ」

腰を90度に曲げて拝み倒すキリトに対し、ユーリが不機嫌に表情を歪めてキリトを見下ろす。 一方、私とアスナは互いに顔を見合わせて、アハハと苦笑いを浮かべた。なぜこうなったかを説明するには、少し前に遡らなければなるまい。

* * *

第75層の転移門をアクティベートした翌日。今日は攻略をお休みにして何か美味しいものでも食べに行こうか、と予定を立てていた。 自室から出ると既にユーリは支度を終えていたようで、ジーパンにシャツ。裾の長い上着で彼の特徴でもある尻尾を上手に隠したユーリが壁によりかかっていた。 犬耳がうまく収まらないのか、キャスケット帽の位置調整をしているユーリを微笑ましく思いながら私は声をかけた。

「ユーリ、お待たせ〜」
「ん。 行くか」

キャスケットを深めに被ると壁から離れたユーリは私の横に並んだ。 そして、いざ出かけようとした矢先にキリトたちがやってきたのだ。

* * *

拝み倒すキリト氏曰く、アスナの所属する〈血盟騎士団〉の団長ヒースクリフが、キリトに会いたがっているそうで、行くにはいいが不安なのでついて来て欲しいとのこと。 ついでに、ヒースクリフから送られてきたメッセージにも『是非ユーリ君も一緒に』の一言が添えられていた。
団長のお願い(命令)だけあって断るわけにもいかず、アスナは良心との板挟み状態で心苦しいらしい。 だが、知っての通りユーリのヒースクリフ嫌いのせいで、キリトが拝みたおしても一向に折れる気配がない。
押して駄目なら引いてみろ。 もしくは北風と太陽か……戦術を切り替えたキリトが提案する。

「そういえば、最近美味い穴場のNPCレストランを見つけてだな……」
「うっ……」

ボソリと小さく呟くようなキリトの言葉はしっかりとユーリの犬耳に届いたらしく、頑な態度を貫いていた彼が揺れた。 友情ではなく、食欲に訴えるとは。汚いキリト汚い。ユーリの頑な態度が揺らいだのをチャンスと見たキリトが一気呵成に畳み掛けた。

「ランチメニューも美味かったけど、デザートもよかったな」
「む……」
「なんか山みたいなパフェがあったしな〜」
「むぅ……」
「頼む! 来てくれたら、奢るから!」

揺さぶり、揺さぶり、お願いのコンボが炸裂し、ユーリは目の前で頭を下げるキリトを見て考える素振りを見せたまま動かなくなってしまう。 しばし無言の状態が続くも、それを破ったのは彼の深いため息だった。

「はぁ〜〜……、わかったよ。そのかわりに不味かったら覚えとけよ」
「おぉ、助かる!」
「話済ませてたら、とっとと帰るからな」

ユーリはガシガシと頭を掻きながら、キリトの感謝の言葉を鬱陶しそうに受け止める。 文句を言いつつも人に甘いユーリはやはりツンデレさんだな……なんて事を頭の中で思い浮かべながら、私達は家を後にした。

* * *

鋼鉄の都市グランサム。 そこに悠然と聳え立つ城が〈聖龍連合〉と双角を成すトップギルド〈血盟騎士団〉の本拠地である。 その尖塔の一つ、その最上部に設けられた談話室に私達は足を運んでいた。
壁一面がガラス張りで、街のパノラマが見渡せるという高級なホテルかマンションのような豪華仕様なこの部屋には、長机に団長ヒースクリフが座り、その脇を固めた幹部職が無言の圧力をかけてくる。 が、その原因となったのは我らがユーリ君である。 部屋に入り、ヒースクリフを見るなり、意外そうに目を見開くと一言。

「……なんだヒースクリフ。まだ生きてたのか」
「ちょっとユーリくんっ?!」

のっけからいいパンチかますなぁ……。言外に早よ死ねと言っているようなものである。 視線を巡らせば、アスナとキリトがドン引きしてこちらを見ており、幹部職の連中たちは今にでもユーリに斬りかかりそうなほどの怒りの感情を露わにしていた。 額に青筋を浮かべ睨んでくる幹部たちに挟まれて座るヒースクリフは机に両肘をついたままユーリへと視線を固定し、薄っすらと微笑みすら浮かべて口を開いた。

「なに、そう易々とやられていては聖騎士の名が泣くからね。 しかし、ユーリくんがここに来たということは……気が変わったということかね?」

ヒクっとユーリの口元が微かに動いた。呼び出したのは、そちら側なのによくまぁぬけぬけと。
ユーリはため息と一緒に怒りの感情を吐き出すと、人を馬鹿にしたような視線をヒースクリフに向けて一言。

「……なに、もう呆けたの?」
「なに、ただの意思確認だ。 挨拶代わりだと思ってくれればいい。 それとわたしはまだ三十代だ」

しれっと毒を吐いたユーリに対し、ヒースクリフもまた動じた様子もなく言葉を返した。
一方で幹部たちは相当頭にきているらしく、耳まで真っ赤だ。ストレスで脳の血管がプッツンしないだろうかと他人事のように考えていると幾らかクールダウンしたユーリが口を開いた。 なおキリトたちは彼らのやり取りにドン引きしたまま固まっておられる。

「で、なに? 今日俺らはこのためだけに呼ばれたのか」

これ以上は無駄と判断したのだろう。 強引に話題を本題へと持っていく。 それを聞き、ふむと頷いたヒースクリフは手を組みつつ答えた。

「なに、君らが我々のギルドに加わらないかと言うつもりだったのだがね」
「あいにく怪しい宗教とギルド勧誘はお断りっていうのがうちの家訓でしてね」
「そうか。 二人目、三人目のユニークスキル保持者が入ってくれれば戦力の増強もそうだが、話題性も十分だと思ったのだが残念で仕方ないよ」

そう言うヒースクリフがまったく残念そうではないのは、ここまで予想通りだったのだろうか。 ユーリは頭でも痛むのかこめかみに手を当てると重々しい息を吐いた。

「ハァ〜……なんとなくこんな流れになるだろうとは思ってたけどさ。 仮に俺らが血盟騎士団に入ったとしても、大して旨みがないんだよ」
「ほぅ。 一応ギルドボーナスとしてステータスに上昇補正がかかる。集団で行動すれば、不測の事態にも対応できると思うが……それでもダメなのかね」

ユーリの言葉に興味を持ったのかヒースクリフは視線で先を促す。

「それは確かにプラスだけど。 ソロやコンビプレーでやり慣れてる側としては慣れてないチームプレーは自由に動けない分、枷になる。そもそも、そこの集団不適合者(ぼ っ ち)がギルドに馴染めるわけないだろ」
「……ぐはっ」

さりげなくキリトにダメージを与える手腕にさすがとしか言いようがない。 だがユーリの説明はまだ終わりではないらしく淡々と語っていく。

「それに今でこそ、血盟騎士団と聖龍連合の実力は同等だからいいけど、ユニークスキルなんてチート紛いが片方に集まってみろ。 もう片方からしてみれば、拮抗していた戦力に差が生まれ、それが妬み嫉みの原因になる。 最悪攻略に支障をきたすぞ」
「確かにそうかもしれないな……」

少し語調を強めるユーリに対して、眉を伏せたヒースクリフが相槌を打った。団長様も思うところがあるのだろう。 まだ攻略済み層が一桁だった時は二つのギルド間でのいざこざが絶えなかったらしい。 挙句の果てに、ボス討伐の際に得られる莫大なリソースを独占するために片方のギルドがもう片方を出し抜いて単独でボス戦を行おうとした事例もあるらしい。 もっともそれは未遂に終わったらしいが。
今でこそそんな馬鹿げた真似ーー軍は除くーーはしないものの、一歩間違えば過去のような事態を起こしかねない。 まぁ、ユーリはそんなことを心配しているというより、いざこざに巻き込まれたくないだけだと思うが。

「確かに今、攻略組の間に不和を生むわけにはいかない。 だが、ユーリくん。君が思っているよりも我々の戦力は常にギリギリなのだよ。ーーーなのにキリトくん、君は我がギルドの貴重な、主力プレイヤーを引き抜こうというわけだ」
「……っ!」

開かれた真鍮色の瞳がキリトへと向けられる。 水を向けられたキリトはゴクリと息を飲み込み、ヒースクリフと向き合った。 だがそれを遮る声がある。

「待ってください、団長!確かにメールでは抜けますと言いましたが、 私は別にギルドを辞めたいわけじゃないんです! 少し……考える時間が欲しいだけで」

ヒースクリフはなおも言い募ろうとするアスナを一睨みしただけで黙らせるとヒースクリフは強い意思を滾らせた瞳でキリトを見据えた。

「わたしたちが今いるこの世界は剣の世界だ。 なら、欲しいものがあればそれはおのが力で、おのが剣で手に入れて然るべきだろう」

周りくどい言い方だが、理解したであろうキリトは力強い視線でヒースクリフを見据えている。

「欲しければ、剣でーーー〈二刀流〉で奪い給え。私と戦い、勝てばアスナくんを連れていくがいい。だが、負けたら君が血盟騎士団に入るのだ」
「…………」

キリトの返答を求め、注意が一斉に彼へと向けられる。 重苦しい沈黙の中、一歩前へと踏み出した。

「いいでしょう。剣で語れというのならば、望むところです。 デュエルで決着をつけましょう」
「君なら受けてくれると思っていたよ。……ところでユーリくん」

その言葉を受け、ヒースクリフはニヤリと笑みを浮かべた。 もしかしたらキリトにデュエルを持ちかけるのがヒースクリフの狙いだったのかもしれない。 だがキリトがデュエルを承諾させられた矢先、水を向けられたユーリはうへぇと露骨に嫌な顔を浮かべた。

「……なに?」
「なに、君とも是非一度剣を交えてみたくてね」

聖騎士などと謳われていてもやはり、この男もこの剣の世界に魅入られた極度のゲーマーなのかもしれない。 もしくはただのデュエル脳。 いずれにせよ、見かけの割に好戦的な性格なのかもしれない。

「ーー条件はキリトくんと同じだ。 君が勝てば、望むものを。 私が勝てば君をもらう。 悪くないと思うが……?」

如何かね? 意思を尊重するように、しかし承諾以外を許さないような声音でヒースクリフが訊ねる。 ユーリの返答に興味があるのか皆の視線が集まる。 ユーリははぁ〜と息を吐き肩の力を抜くとしっかりとヒースクリフを見据えてーー

「イヤだ、めんどくさい」


ーーキッパリと断った。
この状況下で、しかもヒースクリフに頼まれておいて断る奴はいないだろうと思っていたのか、皆声も出せず、唖然とした表情を浮かべていた。 しかし、断る理由がただめんどくさいから、というのも彼らしい。
だが、せっかくこのアインククラッドのトッププレイヤーとデュエル出来る機会なので、正直もったいないと思う。 なので、私は威勢良く手を挙げた。

「じゃ、私やる!」


* * *

ヒースクリフ率いる血盟騎士団との会談を終えた私とユーリは、予定通り街開きで賑わう75層をぶらついた後、昼食にキリトが教えてくれた隠れ家風NPCレストランへと足を運んでいた。 それは迷路のように入り組んだ隘路の先に、ぽつんと佇んでいた。
中に入ると、陽光を反射したステンドグラスが七色に輝き、外周部に沿うように作られたテラス席からは暖かな日差しが差し込んでいる。 総じてお洒落なカフェのような店に思わず心が弾んだ。
ほぼ貸し切り状態の中、テラス席を陣取ると少し遅めの昼食を取ることにした。

「……はむ!」

大きな口を開けてBLTサンドに齧(かぶ)りつくと、シャキッとしたレタスの瑞々しい食感と、ベーコンの肉汁とトマトの爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。 なんとも幸せな感覚に浸りながら、もぐもぐと咀嚼していると既にデザートのイチゴパフェに手をつけていたユーリに声をかけられた。

「なぁ、シィ。 おまえなんでデュエル受けたんだ?」
「はんとはく(なんとなく)?」
「もぐもぐしながら、話さない」
「ほわ〜い」


ジトっと目を細めたユーリに説教されてしまい、「あんたは私の親か!」と言うツッコミはパンとともに飲み込んでしまう。 アイスカフェオレをストローでズズズっと啜り、喉を潤すと改めてユーリの問いに答える。

「別にただなんとなくやりたいと思っただけだからね、他意はないよ」
「……戦闘狂(バトル・ジャンキー)め」

私にとってそれは褒め言葉なのだが、それを言葉にすれば人を小馬鹿にしたような眼差しが返ってくるので敢えて止(よ)しておく。 アイスクリームの山を食べ進めていたユーリがスプーンを口に咥えたまま、視線だけを私に向けると呟いた。

「そういえばさ、アスナとやるとしても勝算はあるのか」

そうデュエルの相手はヒースクリフではなく、アスナの方だ。 ヒースクリフはキリトと戦うというのもあるが、単純に私がアスナと一戦交えてみたかったというのが最大の理由だろう。 なお私とアスナの決闘はヒースクリフvsキリトの前に行われる。すなわち前座だ。 色々と思う事もあるが、まぁ良しとしよう。

さて、アスナへの勝算だったか。
幾つか策を講じるつもりだが、こればっかりは実際にやってみないとわからない。 だが、易々と負けてやるつもりは毛頭ない。 だから、私は胸を張って言ってやる。

「まぁ、なんとかなるでしょう!」

私がそう言うとユーリはあきれた様子でこめかみに手をやり、ため息を吐いた。

「なぜ誇らしげなんだ……この馬鹿」
「ポジティブシンキングと言って欲しいね!」
「うざったい……」

ユーリは辟易とした表情を浮かべて呟くも、視線を外周部に広がる青く澄んだ空へと向けながら口を開いた。

「まぁ、やるからには勝てよ」
「はは、ツンデレ乙」
「やっぱりお前、完膚なきまで叩き潰されてこいよ」

 
 

 
後書き
いつにも増して投稿が遅いのは、この暑さのせいです。ワタシワクルナイアルヨ-

あと、作者のやる気スイッチは感想と評価ボタンに連動しているらしいので、よければポチっと押してくれると嬉しいZO!

ではまたノシ 

 

ー〈閃光〉対〈緋色〉ー

 
前書き
シィの二つ名を変更しました。
前〈紅い死神〉→後〈緋色の死神〉 

 
 古代ローマ風の建築物が建ち並ぶ第75層の主街区『コリニア』では、〈血盟騎士団〉主催であるデュエルイベントを目当てに多くのプレイヤーが押し寄せていた。 特に決闘の舞台となる円形闘技場(コロッセオ)の客席は、一大イベントを一目見に来たプレイヤー達に埋め尽くされており、満員御礼状態だった。 だがこの状態も当然と言える。 なぜなら、今日この場でしのぎを削り合うのは、知名度、実力ともに超級のハイレベルプレイヤーだからだ。
 屈強な男性プレイヤーの集まりのイメージがある攻略組で活躍する女性プレイヤー(紅一点) 〈閃光〉のアスナと〈緋色の死神〉のシィ。
  そして、それぞれ唯一無二のスキルを持つプレイヤー〈二刀流〉のキリトと〈神聖剣〉のヒースクリフ。
 この四名の決闘と言う一大イベントが始まるまでまだ時間があるのにも関わらず、会場の興奮は既に最高潮に達しつつあった。 そんな熱気渦巻く中、ユーリは客席から少し距離を置き、石柱に背中を預けてた状態で眼下を眺めていた。 この位置からだと、決闘の場となる砂地のフィールドがよく見える。

 決闘が始まるまでなにもすることがないのかくぁぁと欠伸をしているとするりと隣に並び立つ人影が現れた。

「貴賓席を設けなかったのは、失敗だったか……おはよう、ユーリくん」
「げっ……ヒスクリ」

 背中を若干仰け反らせるユーリの視線の先にいたのは、赤いローブを纏い、魔術師然とした装いのヒースクリフ。 ヒースクリフの登場早々ユーリは見るからに不機嫌になるとジトっと半目で睨みつけながら、口を開いた。

「なに? なんでこうお前って俺の前に現れんの?もしかして好きなの?ごめんなさい、そういった趣味ないんで。 今後一切、現れないでくれると嬉しいです」
「そういえば、誰かが言ってたな。 照れ隠しで好きな相手に対して、ぞんざいな態度をとってしまうとーー」
「んなわけあるかよ!」


 犬歯を剥き出しにして睨みつけるユーリの視線を余裕の態度で受け止めるとヒースクリフは視線を中央へと向けた。 それにつられてユーリも中央を向けば、白地の紅いラインで彩られた騎士服に身を包んだアスナがゲートから現れたところだった。

「さて、そろそろ始まるようだ」
「…………」


 アスナの登場により一層盛り上がる会場に辟易しつつ犬耳をペタンと伏せていると、アスナとは別のゲートから紅いノースリーブにスカートという出で立ちのシィが黒のリボンで結ったポニーテールを軽快に揺らしながら、入場した。

 互いに距離を置いて睨み合う中、シィは手元に出現させたメニューウィンドウを操ると一本の細長い槍を呼び出し、それを見て会場に僅かにざわめいた。

「ほぅ……シィくんは大鎌を使うのではなかったのかね?」
「元々は槍使いだったんで……」

 ヒースクリフから投げかけられた質問に対し、ユーリは非常に面倒そうな表情を見せつつ簡潔に答えた。
 扱い辛い武器として知られる〈大鎌〉の唯一の担い手であるシィだが、〈大鎌〉が長柄の武器の上位派生スキルであることを考慮すればシィが槍を使おうがなんら不思議ではない。
 今の大鎌を扱い始める前の愛槍〈栄光の薔薇(グロリアス・ローズ)〉を二度、三度と振り回し、調子を確かめると納得したのかうんと頷き、

「さて……始めよっか」

 紅い薔薇の意匠が施された槍を肩に担いだシィがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 それにアスナはむっとした表情を見せると右手を振り、メニューウィンドウを開くとデュエル申請を送る。 当然、それは受諾され、両者のちょうど中間地点に二人の名前とともに〈初撃決着モード〉が記された半透明のウィンドウが出現し、六十秒のカウントダウンが始まった。

 デュエルにおいて最もオーソドックスなルールである初撃決着モードは強攻撃が被弾するか、HPが半分を下回った場合に勝敗が決する。 HPが全損する事態はほぼ無いに等しいが、それでも命を賭しているということには変わりなく、二人の表情はいつにも増して真剣だ。

 アスナは剣帯に吊るした鞘から音高く彼女の武器である〈ランベントライト〉を抜き放つと、膝を深く曲げ、左を半身反らし、右手に構えた〈ランベントライト〉の剣先をシィへと向ける。 レイピアを構えるアスナの横顔からレイピアのような鋭利なものを感じられるのに対し、右手で槍の中程を持ち、左手を鈍く光る穂先に添えて構えるシィの表情は真剣であるもののこの状況を楽しんでいる風にも見てとれた。

「アル☆(スター)の流儀、その身に受けるがいい!」
「ケルト……?!」

「斬れー」「殺せー」と物騒なことが口々に喚かれるなか、デュエル開始のカウントダウンが刻一刻と迫り、両者の放つプレッシャーが臨界に達した瞬間、上空に【DUEL】の文字が瞬いたのと同時に刀身にライトエフェクトを纏わせたアスナが駆ける。

 二人の間の距離は少し広めの二十メートル。 だが、持ち前のAGIの高さを活かし、それを一息で詰めると、体の捻りを利用して打ち出された二本の刺突が完全に待ちの態勢のシィへと放たれた。

「ーーハァっ!!」

 二連刺突技〈ツイン・スラスト〉。 淡い緑色の光を帯びた、まさしく〈閃光〉の如き二連撃はほぼ同時にシィへと放たれる。だがしかし、シィは突き出した穂先を細い針のような刀身に添えるようにし、極々小さく動かすと彼女を避けるようにして刺突が逸れた。 攻撃が完全に無効化され、極僅かながらも課せられた硬直時間を狙い、カウンターの刺突がアスナの喉元へと放たれる。 アスナはなんとか首を傾け、鋭利な刃が薄皮一枚を切り裂くに留めると、レイピアを大きく斬り払い、大きくバックステップを踏みシィから距離を置いた。

 アスナの先制攻撃で早々と決まるだろうという予想は大きく外れ、シィが微量ながらも先制ダメージを与えることとなった。 刹那の攻防の末、一筋縄ではいかないことを悟ったアスナは距離を置き、シィの挙動を伺っている中、ヒースクリフが中央に視線を向けたまま口を開いた。

「ユーリくん、君はどちらが勝つと思っているのかね」
「……シィでしょ」
「……ふむ、根拠は?」
「いうわけないでしょ」

 ヒースクリフに一瞥もくれることなく即答で答える。 驚愕と喜色が入り混じった声で頷くとその理由を求めるが、ユーリはそれを素っ気なく突っぱねた。 だが、それで諦めははずなく、ヒースクリフはなおも言い募る。

「そうか。 だがアスナくんとて攻略組に名を連ねるトッププレイヤーであり、我ら血盟騎士団の副団長だ。 私は彼女が負けるとは思えない」
「……何が言いたい」

 言外にシィが負けると言いたげな内容に気に触ったのか、ユーリはジロリとヒースクリフを睨みつける。 ふっと薄く微笑むとヒースクリフは続ける。

「……君はシィくんが勝つといい、私はアスナくんが勝つと思っている。だが、勝者は常に一人だ。 故に 両者の思想は背反と言えよう」
「……回りくどいぞ」
「見かけによらずにせっかちだな、君は」
「……うるせ」

 ヒースクリフにそう言われるとむすっとした表情を浮かべたユーリは視線を中央のバトルフィールドへと戻してしまう。

「この闘い、どちらが勝つか賭けをしないか。 勝った方は負けた方に一つ命令を下せる。 勿論、生死に関わるのは無しだがね。 そして当然、私が勝てば君にはシィくんとともに血盟騎士団に入ってもらう」
「……まるでアスナが勝つと確信しているかのような口ぶりだなヒースクリフ」
「なに、根拠があるわけではない。 強いて言うならば、部下の実力を信頼している。 どうかね、なんなら今後一切の勧誘を行わないという条件もつけるがーー」
「あっそう。 ……いいぜ、その賭け乗ってやるよ」

 ユーリはニヤリと笑みを浮かべ、ヒースクリフの申し入れを受け入れた。
 一方、闘技場中央のフィールドでは読み合いは終わり、アスナとシィの死闘が再び繰り広げられていた。


 果敢に攻めているのはアスナの方だった。 素早いステップでシィの反撃を避けつつ、正確無比な鋭い突きを打ち込んでいく。 対するシィは、長いリーチを活かし間合いを広く取り、容易くアスナが細剣の間合いに持ち込めなようにプレッシャーを掛けるとともに、最小限の動作で鋭い突きをいなし、カウンターを仕掛ける。 アスナはそれをギリギリで躱していく。
 攻めのアスナ、守りのシィという構図が出来上がっている中、地面を強く蹴ったアスナが砂塵を巻き上げながら、猛攻を仕掛ける。 右手に構えられた細剣の刀身には、ソードスキルの起動を報せるライトエフェクトが輝いている。

「ーーハァッ!!」
「っ! 」

 ーー 四連撃〈カドラブル・ペイン〉
 迫る赤い槍の穂先を斬り払い、両肩、胸をめがけ三つの突きが放たれる。 そしてそれを即座に槍を引き戻したシィが、逸らし、弾(はじ)いてみせた。 そして、反撃の一突き。
 赤い火花が舞い、立て続けに甲高い金属音が響く。 互い躱しきれなかった刃がそれぞれに腕と首筋を掠め、赤いラインを刻み、極僅かなダメージを与える。
 決定打こそ未だないが、徐々に蓄積されたダメージは多く、 アスナは三割、シィが二割HPを減らしていた。


「……ユーリくん、彼女はいったい何者だね」

コロッセオの中央、砂地のフィールドでアスナの細剣とシィの槍が激しく交錯するのを見ていたヒースクリフがポツリと呟いた。 この男にしては、珍しく驚いたような、それでいて呆れたような声音だった。

「……あいつは、セオリーとか完全に無視して、物理法則なんかも捻じ曲げる阿保だよ」

ーーしかも、超が幾つものつくほどの、ね。
その言葉に納得したのか、ヒースクリフはふっと小さく笑うと視線を中央へと戻しせば、槍を棒高跳びにみたて高くに飛び上がり、空中殺法をを披露するシィがいた。 これには、ヒースクリフも苦笑いを浮かべる。

「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」
「なんのことよ?!」

『紅い……彗星?!』
『まさか、専用機だと言うのか!』
『こいつ、ぬるぬる動くぞ!』
『ていうか、人間の動きじゃねえぞアイツ!!』

シィが叫び突き出された槍を細剣で弾き返しながら、アスナが吠えた。何気に観客たちのノリがいいのはさておき、彼らがなにより驚いていたのはシィの技量に対してだった。 〈閃光〉と名高いアスナの刺突を、逸らし躱し防ぐだけではなくそこからの反撃もまた凄まじく鋭い。

「「ハァァァァ!!」」

 中央で強攻撃が衝突し、一際高い音を響かせると二人は弾かれたように後ろに大きく飛び退った。 油断なくランベントライトを構え、相手を見据えるアスナの息は少し上がっている。 一方、肩に槍を掛けたシィは戦闘中であるにも関わらず、無邪気に微笑んだ。

「いや〜、さすがに強いねアスナは」
「…………」
「まぁ、一筋縄じゃいかないとは思ってたけど……」

 シィの言葉にアスナは応えない。 それほど真剣なのか、それともその余裕もないのか理由は定かではないが、荒い息を整えながら、会話などという暴挙に出たシィの出方を伺う。

「さて、体も温まってきたんで……」

 肩から槍を外し、ひゅっ、ひゅっと宙を切り払うと、槍を短かく持ち穂先をアスナへと定め構える。

「ーー本気でゆこうか」
「っ!」

 シィは不敵な笑みを浮かべた。 今まで、シィは本気ではなかったという衝撃にアスナが息を呑むのとほぼ同時、シィがソードスキルを起動させるとともに地面を蹴った。

 突撃技〈ソニック・チャージ〉。 およそ十メートルを一瞬で駆けると、唖然とした表情を見せるアスナへと神速の突きが放たれる。 咄嗟にサイドステップで避けるもシィの槍は亜麻色の髪を掠め取っていく。

 アスナに劣ることのないチャージに会場が騒めく。 どんなもんよ、とシィは勝気な表情を浮かべ、アスナを挑発してみせた。 アスナがひくっと片頬が引き攣く。 当然、シィにそれが見えてないはずもなく、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「どう? ねぇ今どんな気持ち?ねぇ、ねぇねぇ!」
「っ! ……煩い!」

 細剣の上位スキル〈スタースプラッシュ〉を発動させ、挑発するシィに猛然と襲いかかる。 突きと斬り払いを混ぜた雷光のような八連撃がシィに放たれるが、それを先読みしていないはずがなく、同じく上位技〈ダンシング・スピア〉で迎え討つ。 互いの攻撃が相殺され、次の一手にアスナは超近距離(クロスレンジ)から、最高速の〈リニアー〉が放たれるが、ふわりとポニーテールを揺らし、躱してみせた。 次いでとばかりに槍の端を両手で持ったシィがステップ回避の回転力を乗せた横薙ぎの一撃をアスナへと叩き込む。

「ーーせいやぁ!」
「くっ……ぅ!」

 横薙ぎに振るわれた赤い槍が胴を捉える寸前、アスナは細剣を間に差し込むことでギリギリ武器防御に成功させるとともに、後ろに飛び退ることでダメージを減らしつつ、距離を取った。


 仕切り直し、今一度、それぞれの武器を構え直すと、地面を蹴ったのはほぼ同時だった。 AGI優先のビルドの二人が同時に駆けたことで二人の間は一瞬にして詰められる。 真正面からぶつかり合う形となる中、先にソードスキルを発動させたシィが緑色の光を放つ穂先を放ったーー

 ーー地面に向かって。
 アスナの眼前に砂塵が立ち上り、視界を覆うがそれに構うことなく単発突き〈リニアー〉を真正面へと放った。 ソニックブームを発生させながら放たれたそれは砂煙に風穴を空けーー、そして彼女はまったく手応えがないことに驚愕した。

「んなっ?!」

 まさか、と思い咄嗟に視線を跳ねあげれば、もう一度驚愕することとなる。 上空、青く澄んだ空を背後に笑みをたたえたシィがそこに居た。 ソードスキルが地面へと衝突した際に発生した爆風が彼女の華奢なアバターを上空へと押し上げたのだ。 簡単に思えるかもしれないが、実際には回避に転じるためのソードスキルを放つタイミングや、体運び、そしてなによりソードスキルの威力が足りなければ成功なし得ない珍技だ。
 ニィと口角を上げると、引き絞った槍に鮮烈な赤い光が宿る。 紛れもなく、上位剣技の予兆だ。 しかし、アスナの細剣スキルに上空に居る敵を迎え討つ術はなく、なによりソードスキルを放った直後ということもあり、技後硬直が彼女の動きを縛る。

「ーーーハァァァ!!」

 裂帛の気合いとともに放たれたのは八つの閃光。 まさしく槍の雨となり、アスナへと降り注ぐ。 対するアスナは、体を無理やり倒し地面を転がるようにして攻撃の範囲外へと逃げ果せた。 だが、避けきれなかった槍が肩や二の腕を掠めており、彼女の被ダメージは四割へと達していた。五割まで残り一割未満。 微かなダメージでさえ、敗北へと繋がってしまう。

 ゴロゴロと横転しながら、シィとは逆方向へと移動し、もう一度距離を置く。 一方で空中で身を翻しながら、軽やかに着地したシィは距離が大きく開いたのを確かめると薄く笑った。

(計画通り……)

 頬についた砂を左手で拭うアスナへと狙いを定めると槍をぐっと強く握った。 軽く足を開いた状態から、体の捻りを加え大きく振りかぶった。 エネルギーが肩、腕、肘へと伝えられ、手首のスナップとともに真紅の輝きを放つ槍が投じられた。

「穿て……! ゲイッ、ボルグッ!!」

 ゴウッと風を切り裂きながら飛翔する赤い槍はアスナへと一直線に飛んでいく。 滑るようにして、滑空する赤い槍はまさしく赤い流星のようだ。 寸分の狂い無くアスナの胸元へと吸い込まれるように飛来する槍は、しかし甲高い金属音と空気を震わせる振動とともに明後日の方向へと弾かれた。

「……げっ」

 デュエル開始後、初めてシィに焦りの表情が浮かんだ。
 狙うは心臓、必中を謳う投槍は僅かなダメージという代償を払うことによって防がれた。 だがアスナがそれによって得たアドバンテージはあまりにも大きい。 武器を失ったシィが新たな装備を出すよりも先に仕留めんと地面を蹴る。

「……これでも!」

 一直線に突進してくるアスナに対し、少しでも距離を開けさせようとバックステップを踏みつつ、右手を横に一閃させた。 キラリと何かが光り、直後アスナ側でカカンと軽金属がぶつかる音が響いた。

「……飛針とは。 暗器まで用意してるのかね、彼女は」
「びっくり箱みたいなやつなんで」

ヒースクリフの問いに対し、ユーリはどこか遠いところを眺め現実逃避しながら答えた。 ユーリ曰く、今のは彼女が普段〈裁縫〉をするときに使用する縫い針らしい。
正規の利用法とは異なるものの、立派な投擲武器である。 故に投げれば、例え雀の涙ほども与えられないにせよダメージは確実に発生する。 HP的に追い込まれたアスナは防がねばならず、奇襲性も相まって突進の勢いがわずかに衰えた。
 スッと息を吸い込み、止める。 シィは丹田に力を入れると徒手空拳のままで地面を蹴った。 リーチ的に圧倒的に不利な状況にもかかわらず、あえて素手という選択をしたシィに僅かばかり驚きつつも、こちらに向かい、疾駆するシィに狙いを定めた。


 細い刀身に眩い光が輝き、斬ッと空気を切り裂いて〈カドラブル・ペイン〉がシィに向けて放たれる。 だが、その剣先が彼女を捉える刹那、地面に這うようにその小さな体が沈み込んだ。 狙いが反れ、頬や肩に浅い裂傷を作り、シィが体勢を低くしたことで、跳ねたポニーテールを束ねていたリボンを引き裂く。 艶やかな紅髪が小さな背中に広がる。 前髪から覗く黒い大きな瞳が強い意志を湛えて、アスナを一点に見据える。 それに若干気圧されるも、刺突を放つアスナ。

「くっ、これで!」
「……武具など無粋!!」

 突き出された刺突に臆することなく、踏み込むと突きの軌道を手の甲によって逸らしながら、遂に懐へと入り込んだ。 勢いを乗せた掌打が腹部へとめり込み、ズンっと重い音とともにアスナの細い体がくの字に折れ曲がる。 より確実に仕留めるために、掌打からの勢いをそのままに、アスナの横を抜け、軸足を刈り取った。 体勢は完全に崩され、前のめりになったアスナの背中に向けて、トドメの〈閃打〉が放たれーー

「にゃに?!」

ーー見事に空ぶった。
アスナは体勢が崩れるのに逆らわずに、前方に転がったことが功を奏し、まさに紙一重の差でシィの一撃を回避したのだ。
今の攻防で極度に集中力を擦り減らしたアスナを見ながら、シィはぱちくりと瞼を瞬かせた。 そんな中、疲労困ぱいの様子のアスナが一言。

「……シィちゃんがもう少し大きければ、負けてた」
「喧嘩売ってんのかな?!」

あんまりだよ! と絶叫するシィ。 だがその間にも攻撃を仕掛けないのは、二人ともかなり消耗しているからだ。 なにより、無防備な相手に勝ったところで観客たちが許さないだろう。 彼らが求めているのは、エンターテイメントなのだから。
アスナによって髪を解かれたシィはアイテムストレージから予備のリボンを取り出すと、髪を結びながら提案した。

「さて、このままグダグダするのもなんだしさ。 次でラストにしない?」

すなわち一撃勝負。 ガンマン同士の早撃ち……とは毛色は違うものの次の一撃に己の持てる全力を込めろ、ということだ。 その提案に多少、戸惑いを見せつつもアスナは首を縦に振った。 シィはうしっ、と意気込むと漆黒の大鎌が呼び出され、ドンと石突で地面を打った。 正真正銘のラストバトル。 彼女は相棒で決着をつけようとという腹づもりらしい。
もう一つ、ストレージから何かを取り出したシィが左手に掴んだソレを上空へと放り上げ、声高らかに宣言した。

「ーーーこの一輪を手向けとしよう!」

大輪をつけた真っ赤な薔薇。 空を暫く漂った後、赤い花弁を散らし、ゆっくりと回りながら落ちてくる。 武器を構え、互いに一点を睨みつける。 ピンと張り詰めた空気の中、誰も口を開く者は居らず、静かに睨み合う二人を見守っていた。

地面へと降り立った一輪の薔薇が、パリンとガラスが割れるような破砕音とともに砕けーー

「「ーーーッ!!」」

二人は同時に地面を蹴った。
純白に輝く光の槍の如く疾走するのは細剣の最上位剣技〈フラッシング・ペネトレイター〉を発動させたアスナだ。 一筋の彗星のように突き進む先には、身の丈ほどもある大鎌に純黒のライトエフェクトを纏わせたシィがいる。

「ーーハァァァァァ!」
「ーーイャァァァァ!」

白と黒。 真逆の色彩を放つ両名が刹那の内に交差し、元いた位置を入れ替え着地。 一瞬の出来事に誰もが目を奪われ、水をうったような静けさがコロッセオ全体を包み込んだのも束の間、勝利者を讃えるファンファーレとともに紫色の文字列が頭上に輝いた。



 
 

 
後書き
「門を開け! 独唱の幕を開けよ!」
「我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け! しかして讃えよ! 黄金の劇場を!
童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!」
ここまでやりたかったかったんですがさすがに無理でした……いつかまた必ず。

多分、シィちゃんが英霊化したら槍兵一択ですね。

ではまたノシ
 

 

ー決闘の後にはー

 
前書き
最近、サブタイトルが適当とか思ったり思わなかったり……

ログインしていない方も感想が書けるようにしました。 

 
「あっはっはっはっはっ

突如として大爆笑がエギルの店の二階に響きわたった。
お腹を抱えて床の上をのたうち回っているのは今朝行われたデュエルで勝利したシィ。 ひとしきり笑い、目尻に浮かんだ涙を拭うと簡素な作りのベットに二人仲良く並んで腰掛けているアスナとキリトを見遣った。 怒りか羞恥か、ーーおそらく後者だがーー耳まで真っ赤にして俯いている二人の服装は普段とはかなり変わっていた。

まず、キリトだがヒースクリフとの一騎打ちに負け、誓約通り血盟騎士団に入ることとなり、襟首と背中に大きい十字架が刺繍された白の騎士服に身を包んでおり、見事にいつものキリトとは真逆の装いとなっていた。 白の剣士(笑)と、新たな二つなが生まれた瞬間でもある。

一方、シィの愉悦のこもった視線から逃れようとキリトに身を寄せ、プルプルと小さく震えているのは、メイド服を着させられたアスナだった。 無論、自らの意思ではなく、シィとの決闘に負けた結果である。
普段プレートアーマーに隠されているーーシィにはないーー豊かな膨らみが薄い生地を押し上げ、その存在を誇張しており、極短のスカートから突き出した脚は太腿まである白のハイソックスに隠され、僅かに覗く白い肌は艶かしい。
仕事着との機能より、華やかさや可愛らしさに重きを置いて作られただろうそれはアスナ自身のスタイルも合わさり余計にいかがわしいものに見えてしまう。

「……し、シィちゃん。 これいつまで着ればいいの」
「え? 今日一日中、かな?」

羞恥に耐えかねたアスナが今にも泣きそうな、いつもの彼女からは予想できないほとか細い声で訊ねるが、コテンと首を傾げたシィはにこりと微笑むと非情な言葉を突きつける。 仕草は可愛いらしいのに、やってる事は鬼か悪魔のようだ。

「似合ってるから恥ずかしがることないよ! ね、キリトもそう思うでしょ?」
「お、俺……?!

突然、シィに水を向けられたキリトは声を引きつらせながらも、アスナへと視線を向ける。その際に、目線がバッチリ合ってしまい、恥ずかしいのか耳まで真っ赤にして黙ってしまう。無言の状態が続く中、沈黙に耐えきれなくなったアスナが体を捩らせ、そっと囁くように口を開いた。

「に、似合う……かな?」
「あ。 ああ、まぁ、うん。 に、似合ってるぞ」

戸惑いながらも返答を返すキリト。 だが、羞恥心は払拭できておらず、頬を赤く染めながら顔を逸らす二人。 初々しい二人の反応を見たシィは、誰に向けたわけでもなく呟いた。

「もうお前ら結婚しろよ」

◇

「「……なんかドッと疲れた」」

先の乱痴気騒ぎから数刻。 いまだ純白の騎士服とメイド服の装いの二人は憔悴し切った表情でベンチ代わりのベットに腰掛けていた。 一方、元凶であるシィはむふーっと満足そうに微笑んでいた。 自分以外の被害者が増えるのはいい事だ。

「はぁ〜……」
「ん? どったの白いの」

はぁ〜と深くため息を吐き出したキリトを怪訝に思ったのか、シィはこてんと首を傾げた。 心配ないと意思表示なのか、顔の前で手を横に振りつつ、口を開いた。

「いや、俺もついにギルドに入るんだな〜、って思ってさ」
「いいんじゃないか? 住所不定で、闘うこと以外取り柄のないニート剣士に役職がついて」
「ぐはっ……」

何気なく呟いた一言は、キリトのハートにクリティカルヒットしたらしくうっと胸を押さえながら床に倒れこんだ。 戦闘バカ……ニート剣士……とぶつぶつと呟くキリトを一瞥し、苦笑を零すとこれ以上キリトに被害をもたらさないための心遣いか、アスナが強引に話題を変える。

「けど、なんかコスプレ会みたいになっちゃったね〜」

あはは〜と笑い声をあげるものの、その笑みは引き攣っており無理してることが丸わかりだ。 恥ずかしいなら、この話題を出すなよ、と内心呆れていると女性二人の視線が自分へと向いていることに気がついた。 胸中になんとも言えない不安が広がり、冷や汗が頬を伝う。

「……な、なにかな」
「いや、ユーリ君だけ普通だなぁって思って」
「充分普通じゃないんですけどね」

ほら、耳とか尻尾とか……これ以上辱しめを受けろとか鬼ですか貴女?
抗議の意味を込めて、アスナを半目で睨みつけていると何か閃いたらしくシィがポンっと掌を打った。

「そういえば、メイドがいるなら執事(バトラー)も必要だよね!」
「なんか言いだしたぞ、この馬鹿……」

そう言うとアスナとシィが顔を見合わせ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
この後に起こり得るであろう展開はわかりきっているので、被害に巻き込まれる前に逃走を図ろうと逃走しよう。 そう思うが、足が何かに捕まれピクリともしない。 咄嗟に下に視線を向ければ、ついさっきまで屍のようになっていたキリトが、右足をがっしりと掴んでいた。

「なぁ、ユーリ。 死なば諸共って言葉知ってるか?」
「お前と心中する気はねぇよ、バカ! 離せ!」

濁った眼を向けてくるキリトからなんとか逃れようと自由な左足で足蹴にするが、意地でも逃す気はないらしく、一向に拘束力が弱まる気配がない。 焦りを感じていると、ヒヤリとうなじに寒気が走り、そっと腕を掴まれ、右肩に細い指が添えられた。

「……観念、してくれるよね?」
「ーーーっ!??」

氷のような冷たい微笑を浮かべたアスナが耳元でそっと囁く。 下手なB級ホラーよりもよっぽど恐い。 内心、焦りと恐怖で混乱しているとトドメを刺すかのようにシィが左腕にムギュと抱きついてきた。

「つ〜か〜ま〜え〜た♪」

ニヘヘっとあどけない表情を浮かべる相棒がこの時ばかりは悪魔に見える。 三箇所を押さえられ、もはや逃げる事は不可能。 故に残された選択肢は一つだけ。

「……もう好きにしてくれ」

◇ ◇

「はぁ、なんだかボス戦よりも疲れた気がする

部屋の片付けをしていたアスナがこっそりとため息を吐いた。 すでに『シィちゃんお手製メイド服』から私服へと着替えられているところを見るに、シィの暴走は治まったらしい。
キリトはエギルの手伝いに呼ばれ、シィも「ちょっと急用が」と慌ただしく出て行ったので、エギルの店の二階には、ベッドでうたた寝するユーリとアスナの他にいない。
最終的にもっとも被害を被ったユーリに多少の申し訳なさを感じつつ、掃除を進めていると「……んっ」と小さな息づかいが聞こえた。 うたた寝から、完全に眠りに落ちたらしい。

「……こうしてみるとユーリ君って意外と可愛い、かも」

いつものクールな面影は何処へやら……すやすやと安らかな寝顔を晒す彼を見てにアスナは頬を綻ばせた。そんな寝顔を見つめること暫し。 何か思い立った様子のアスナは一旦掃除の手を休めると、ベッドの端に腰掛ける。 彼がよく眠っているのを確かめると 恐る恐る彼の頭の上でピコピコと動く犬耳へと手を伸ばし、その柔らかな感触に驚いた。 まるで上質なシルクなような手触りに感動しつつ、犬や猫にするように耳の裏側を優しく掻いてみる。 それが心地よかったのか、ユーリはにへらと表情を崩し無防備な寝顔を晒した。 それに庇護欲を刺激され、優しい手つきで頭を撫でるのに夢中になる。
だが、静かな室内にギシリと板が軋む音が響き急速に現実に引き戻される。 音の方向ーー部屋唯一の出入り口である扉が僅かに開けられ、その隙間からシィがジトーッとした目つきでアスナの所業を見ていた。

「ひっ!?」
「しっーー!」

慌てて口を両手で押さえ、悲鳴を堰き止める。 シィが咎めるような視線と共に、口に人差し指を当て「静かに」とサインを送るとなるたけ音を立てずにベッドの側までやってくる。 そして、にこぱーと眩しい笑顔を見せると単刀直入に切り出した。

「で、どうでした? ワンコ(ユーリ)の撫で加減は」
「……気持ち、よかった、です」

感想を述べた手間、何かイケナイことをしているんじゃないかと錯覚に陥り、赤くなったアスナの横では仲間を得て嬉しいのかシィがしきりに頷いていた。
それを横で見ているとアスナはふとあることが脳裏に浮かんだ。

「そういえばさ。 シィちゃんって『結婚』ってどう思う……?」
「はい?」
「その、君たちとっても仲いいし結婚は考えないのかな〜って。 も、もちろんシステム的な意味でだよ?!」

シィは「あぁ、そっちね」と納得するが、首をゆっくりと横に振った。てっきり『結婚』をしてるか、考えてると思っていたので驚くが追求するようなことはせず彼女の言葉を待った。

「いやだってほら。 婚約するとさ、見られたくないものとかも知られちゃうわけじゃん」

この世界で結婚すれば、所持金はもちろんのことアイテム・ストレージまでも共有化され、ストレージ内に隠しておきたい秘密が詳(つまび)らかにされてしまう。だが、彼女の場合は違うらしく、軽く笑うとちゃうちゃうと手を横に振った。

「ほら、私って色々作ってそれを時々売ってるのね。 で、その作品をこいつにバレるとマズい。 すごくマズイ。 具体的に言うと絶対にボッシュートされる」
「あぁ、なるほど」

なんとなく納得してしまい、アスナは同情した。 もちろんユーリに対してだ。 おそらく今日自分が着せられたメイド服やそれに準ずるものを作ろうとしてるとわかれば、被害が被らないように積極的に阻止しにいくだろう。 というよりむしろ、自分やキリト君のように第二、第三の被害者を出さないようにするために結婚してでもシィちゃんの作品とやらを監視してもらいたいと切に思った。

「あれ?……ふふっ」

そうこうしているうちにシィちゃんがうつらうつらと眠そうに体を揺らし始めた。 ユーリ君の眠気に誘われたのかしら、と微笑を浮かべているとコテンと彼の隣に横になったシィちゃん。 いつにも増してはしゃぎ過ぎたのだろう。 彼らの安らかな寝顔を見ると暫く寝かせておいてあげようと気を利かせ、毛布を取り出すと二人に被せてやる。

「さて、私はもう帰ろうかな」

アスナは胸にほっこりとした温かさを感じつつ、静かに部屋を後にした。


 
 

 
後書き
何をやっているんだ……自分は(白目) 

 

ー第75層 迷宮区ー

 第75層迷宮区。 円形の部屋に私とユーリを含め数十人の攻略組プレイヤーがダンジョンに蔓延る魔物たちとしのぎを削り合っていた。 連携が取り辛くなるという事で親しい者同士やよっぽどの理由がない限り共闘することばないのだが今回はその特別な状況なのだ。
 部屋の奥には、私たちの行く手を阻むように門が固く閉ざされ、先に進むには門番となるモンスター達を討伐しなければならないというひと手間もふた手間も掛かるギミックだ。 そして、それもかれこれ3回目。 前回、前々回は大量湧出(モンスターハウス)だったが今回は二体の強力なエネミーが配置されている。 門を護るように佇んでいた馬頭の怪物はーーくじ引きで決まったーー聖龍連合の皆さんが相手をしてくれており、門番の片割れとなる牛頭の怪物は大戦斧を構え、憎悪(ヘイト)をユーリに向けており、そのHPバーは黄色く色づき、残り半分まで減らされていた。 対して、ユーリのHPは1割減ってるかどうかだ。 ユーリさんマジぱねぇっす。

 中ボスクラスを相手に一人でそのHPを半分以上を削る相棒を呆れ顔で眺めていると白い吐息を噴き出した〈牛頭鬼〉が大戦斧を大上段に構え、地を蹴った。 二倍ほどの身長を持つ巨体が迫って来ているにもかかわらず、冷静に愛刀を正面で構えており、その集中力や気迫は背中越しにもひしひしと伝わってくる。 一際高く啼いた牛頭鬼がライトグリーンの光を纏わせた斧をユーリ目掛け振り下ろす。

「ブモォ、ォォォォォォ!」
「ラァッ!!」

 牛頭鬼の振り下ろしはユーリの刀に導かれ、大戦斧はユーリ自身を避けるようにして硬い床へと食い込んだ。

「ブモッ?!」

 カウンター技〈虚月(きょげつ)〉が完璧な形で決まり、大きな隙を作る。 ガラ空きとなった胴体を痛烈な袈裟斬りが襲い、その巨躯が大きくノックバックする。 床を蹴り、牛頭鬼の顔ほどまで跳び上がると空中で前転しながら、斬りつける。 6連撃〈窮寄〉の最後の一撃が顎を強くかち上げ、牛頭鬼が怯む間に着地したユーリは立て続けに3連撃〈緋扇〉を放つ。 遂に牛頭鬼のHPが赤く染まる。 双眸を怒りで赤く染めた牛頭鬼が大戦斧を力任せに振り下ろすーー

「ガァァァァァ!!」
「遅いーー!」

 零距離抜刀術〈零閃〉

 ーーチンッと刀を鞘に納める音が響いた後、斧を振り下ろそうとした体勢で硬直していた牛頭鬼が爆発四散する。既に馬頭鬼の討伐を終えていた聖龍連合やユーリに出番を奪われたギルドの人たちが歓声を上げた。 ひとまず戦闘が終了し、弛緩した空気の中、単独で中ボスを撃破して見せたユーリを見て興奮した野郎共がワイワイと騒ぎ立てる。

「ユーリさん、マジ強すぎっすよー!」
「きゃー、ユーリさんイケメソー!」
「ユーリさん、結婚してくれぇー!」

 ……一人おかしいのがいたが気のせいだろう。
 抜け駆けして求婚した男が血の涙を流す男たちによって異端審問にかけられているのは見なかったことにして、一仕事終えて回復ポーションを呷る相棒へと駆け寄った。

「お疲れ、ユーリ」
「ほんとだよ……」

 お前も手伝えよ、と言いたげな視線を受け、思わず苦笑いを浮かべる。 まさか一人で中ボスを相手取った挙句、倒してしまう奴とか他に誰がいるだろうか。ヒースクリフやキリトたちならやりかねん。 ユニークスキルはやっぱりチートだと思います。
 がしゃんがしゃんとさっきから煩いなぁ、と音源の方向に視線を向けると聖龍連合の頼れる隊長ことシュミットがこちらに向かって歩いて来ており、片手を上げて挨拶してくる。

「あんたが牛の方を受け持ってくれたおかげでだいぶ助かった」
「どういたしまして」
「お、シュミットはん、お疲れ〜」
「シィさんも、いつもお世話になっている」

 いえいえ、いつもがっぽり儲けさせていただきありがとう、とは内心で留めてにっこりと笑顔を返答とする。 その間にも彼らの話は進んでいたらしく言葉が交わされていた。

「じゃあ、この先のマッピングは頼んでいいか?」
「あんたらにはいつも世話になってるからな。 それくらいは安いもんだ。 それに今回はユーリさんのおかげで消耗も少なく済んだからな」

 お礼の気持ちか、マッピングを快諾してくれたシュミットは再びガシャンガシャンと音を立てて仲間たちのもとへと戻って行く。 シュミット隊がこの先のマップを埋めるのに出発するのを見送っているといつもまして疲れた様子のユーリが大きくため息を吐いた。 心なしか尻尾の毛並に艶がない気がする。

「さて、帰りますかね」
「ん……」

 こくりと頷き、もと来た道を引き返して行く。

「そういえばさ、ユーリも意外と戦闘狂(バトル・ジャンキー)さんだよね〜」
「そんなこと……ない、はず」
「片割れとはいえ、中ボスクラスを一人で倒す人が何を言ってんだか」
「うぐっ……否定できん」

 よほど気にしてたのか、がくりと肩を落として落ち込んだ相棒を見て思わず苦笑する。 こんなにナーバスで、可愛げのあるユーリが巷で最優の剣士様とか言われてるとか信じられようか、いや信じられない。 なんでも彼氏にしたいプレイヤーランキング、彼女にしたいプレイヤーランキングでどちらもトップ5には入っているらしく、中でも彼女にしたいプレイヤーランキングでは私よりも上だとか。 思い出しただけでムカムカするので仕返し代わりに頭を掴まえるとヘッドロックしつつ、わしわしと乱暴に髪の毛を撫でる。

「わっ、ちょ! やめろ、バカっ」
「〜〜〜〜♪ 嫌よ嫌よも好きのうちってね〜」

 ジタバタと暴れるがその抵抗はいつもよりも弱々しい。 およそ全ての女子達が羨ましいがるような艶があり、柔らかな質感の髪の毛を撫でるたびに荒んだ心が癒される気がする。 ユーリセラピーの効果は抜群である。

「むふ〜♪」
「くそ……」

 満足して解放するとボサボサになった髪の毛のまま抗議の意を込めた視線を投げかけてくるが、すぐに無意味と悟ると足早に歩いて行ってしまう。 その背中を追いかけつつ、私は小さく微笑んだ。
 門(ゲート)の解放後、暫くの間モンスターとのエンカウントが少なくなるという制約のおかげで特に戦闘することなく出口に辿り着くと、既に陽が傾き、夕陽が外の景色を茜色に染めていた。

「綺麗だな」
「そだね〜」

 石段に腰掛けるユーリの隣に座ると空をと目の前に広がる森を視界に収める。
 次第に茜色から濃紺色へと塗り替えられていく様を見て、二人揃って感嘆の声を洩らした。 現実の世界では特に気にすることのなかった夕焼けがここでは特別に見えてくる。 もしかしたら、私たちが気がつかないだけで現実はもっと素敵なことが溢れているのかもしれない。 茅場彰彦がなぜこんな世界(デスゲーム)を創ったのかは知らないし、許す気もないが今この瞬間だけは感謝した。

 と、そんな時チカチカと視界の右端で光が点滅し、メールの受信を告げていた。

「……誰だろ」

 フォルダを開き、確認すると差出人は今は休養中のアスナからだった。

『相談したいことがあるから明日、家に来て欲しい』

 簡潔に書かれた内容が私の不安を煽った。

 
 

 
後書き
『ユーリセラピー』
ワン娘ことユーリを愛でることによって得られる癒し効果。 なおユーリの憎悪値が一定の値を超えると斬られる。
御利用は計画的に!!


 

 

ー 平和な日常 ー

 
前書き
数えるのも億劫になるくらい、久々の投稿です。
アニメの時間軸では『朝露の少女』ら辺ですかね?
それでは、どうぞ 

 
「むぅ〜〜〜〜!」
「こら、ユイ! 暴れるな!」
「……………………………」

メッセージを受け取った次の日、二十二層に引っ越してきたキリト達のホームを訪れていたユーリは、かつてないほどの危機に見舞われていた。 と同時にどうしてこう厄介ごとが向こうからやってくるのか、と自問自答を繰り返し、深くため息を吐き出した。 そして、今一度現在悩みの種となっているキリトの膝上を占拠している黒髪の少女ユイを見た。

くりりとした黒の瞳は、獲物を逃さないとばかりにある一点に向けられ、四肢は触らせろ!と主張するかの如く暴れている。 だが、それはお腹に回された腕がそれ以上の行為を許さない。 かたや幼女、かたや攻略組きってのハイレベル剣士。 力の差は歴然であり、ジタバタと暴れる幼女はキリトのお膝の上へとしっかりと座らされていた。 もしも、ユイを固定するロックが外れた場合には、弾丸の如くユーリへとツッコミ、容赦なく欲望のままに一目に極上の代物とわかる犬耳や尻尾をモフりにかかるであろう。 最悪の結末を思い浮かべてしまい、ユーリは悪寒にぶるりと体を震わせた。

「もういっそのこと、触らせてあげたら? てか、わたしが触りたい!」

シュバッと挙手をしながら、発言するシィはいつも通り楽しげで、その隣ではアスナが困ったような曖昧な笑みを浮かべていた。 味方が全くいない状況にユーリは嘆くように何度目かわからないため息を吐き出した。


あれから、実力行使から懇願へと手段を切り替えたユイは数十分に及ぶ説得の末に「強く握らない」という条件付きでふさふさとした柔らかな毛並の犬耳を触らせてもらっており、むふー、と息を吐くユイは極上の笑みを浮かべており、上機嫌なのは明らか。

一方で、触られるユーリは堪ったものではなく時折背中に走る悪寒に似たゾワゾワとした感覚を堪えながら、少女を拾った経緯について犬耳を傾けていた。 が、そわそわと落ち着きのないユーリの様子に気がついたアスナが心配そうな表情で訊ねる。

「えっと……ユーリ君、大丈夫?」
「大丈夫に見えるなら眼科に行く事を勧める……ていうか、もうそろそろいいだろ?」

皮肉を混じえつつ、もう限界です、と保護者(仮)へと訴えかけるが頭の上から聴こえてくるのは「もうちょっと!」と絶望的な響き。 そして諦めとも取れる深いため息を吐いたユーリに向けられるのは、保護者二人による同情の眼差しだ。 だが、この場に居て今まで静観を決め込んでいたーー、というより、アスナお手製のケーキを堪能していたシィはケーキの屑を払うと、よしっと立ち上がった。

「はいは〜い、ユイちゃん。 次はシィちゃんと遊ぼうね〜」
「む、むぅ〜〜っ!」

ユイの抵抗もなんのその。 ユーリの後頭部にへばりついていた少女をべりっと引き剥がすと抱きかかえたままソファの方へと移動し、自らの膝上へと座らせてしまう。 よほどユーリの犬耳が気に入っていたのか、しばらくふくれっ面を浮かべていたが仔犬にそうするように撫でられ撫でられ、にヘラと表情を緩ませた。 この光景に目を瞬かせたのは、ユイを自らの子供のように可愛がっていたアスナだ。

「……シィちゃんって実は子供好き?」
「んー? こんなの慣れだよ、慣れ」


ユイと戯れつつ、アスナに何でもないことのようにシィは言ってのけるが実際はそんなに甘くない。 対応を誤れば、ユーリのようにオモチャにされるか、最悪泣かせてしまおうものなら、罪悪感と周囲からの冷たい視線でメンタルに致死のダメージを受けかねない。
平然とやってのけるシィにキリトとアスナが羨望と驚きのこもった視線を向けているとユイから解放されたユーリはカップにお代わりの紅茶を注ぎつつ、ユイの暴走で中断されていたが、半ば強引に話を本筋へと戻す。

「……で、その子はどうするんだ?」
「……。 一応、訊ね人に上がってないかは調べてみたけど手がかりはなかった」
「それで、私たちどうしたらいいのかわからなくて」

暫しの沈黙の後、キリトが重々しく口を開き、声を暗くさせたアスナがそれに続く。 静まりかけた空気をハイ!、と澄んだ声が切り裂く。 音源の方へと視線を向ければ、片腕で器用にユイを抱きしめながら挙手をするシィ姿があった。

「『始まりの街』で子供たちの保護してる人がいるから行ってみたらー?」

シィの発言にへー、と三人が声を揃える。 この殺伐とした仮想世界にそんな親切なプレイヤーが居ることに驚くが、アインクラッドの攻略が4分の3進んだ今、ほとんど寄ることがない第一層のことについて知っているシィにも驚きだ。
なぜ、そんなことを知っているのか? と懐疑の視線を向けられ、シィは気まずそうに目線を逸らす。

「その……ブッパンのイベントが『始まりの街』でやってて。 ほら、あそこ広いじゃん」
「いや、そのまえにブッパンって何さ」

と、ユーリが突っ込む。 最近まで迷宮区攻略に明け暮れていたアスナは別として、それなりに自由な時間を過ごしていたユーリやキリトも聞き馴染みのない単語に首を捻る。

「物品販売の略ね。 製作系のスキル取ってる人が自分の作った作品を見せ合ったり、売ったりするんだよ」
「フリーマーケットみたいなものか」
「そう、それそれ」
「へー、もっと早く知ってれば行きたかったなぁ」

攻略の鬼と呼ばれるアスナも年頃の女の子らしく、楽しそうなイベントに表情を明るくさせる。
攻略組であり、お針子でもあるシィ。 自分の店を持たない割に、やけに顧客や知り合いが多いのはこういったイベントで作ってきたのであろう、と合点が言ったと頷くユーリの横で、何かを思い出したらしいキリトがポンと手のひらを打った。

「あぁ、思い出したぞ! なんかやたらとマニアックな武器やら悪魔的彫像とか、SAN値が削れるような代物が並ぶって噂があった奴か!」
「失礼な! 私はマトモだい!」
「……やっぱり知らなくてよかったかも」

速攻で手のひらを返すアスナに、言外にマニアック呼ばわりされて声を荒げるシィ。 そこに、どうだか、とユーリの冷ややかな視線が突き刺さる。

「例えば、お前は何売ってたんだよ……」
「み、巫女服とか……ヴィクトリアメイドとか?」

「「「…………」」」
「じゅ、需要があるから仕方ないじゃん!」

シィの発言を聞き、一斉に押し黙る三人。 一人は地味にトラウマを刺激され、残る二人は頭を抱えるユーリを心配そうに見つめながらも被害が飛び火せずに済んだことにこっそりと安堵のため息を洩らした。 一方で三人の露骨な反応に苦笑いを浮かべるシィであった。

「まぁ、今はやってないんだけどねー」
「へぇ、またなんでなんだ?」
「軍が、土地税払えだなんだってめんどくさくてね」

あの野郎共、次あったらタダじゃおかねぇと何やら穏やかではない言葉は聞かなかったにしつつ、またそれとは別の理由でキリトとアスナは驚いた表情を浮かべ、顔を見合わせる。

「……軍が徴税に乗り出すって噂があったけど、ほんとだったんだ」
「うん。 最近、リーダーの人が変わったらしくて、段々エスカレートしてるらしいよ」

アスナに返答しつつ、メッセージウィンドウに素早く文字を打ち込んでいく。 宛先は件の保護しているプレイヤーらしい。
ターンッと最後の一文字を入力し、メッセージが無事送信されたことを確認すると、ティーカップに手を伸ばし、空だったことを思い出す。

お代わり〜、とカップを差し出すシィに応じたのはアスナではなく、ユーリ。 近くにあったポットを引き寄せ、十分に温かいことを確認し、カップへと注ごうと近づいたその時。 今まで大人しかったユイがシィの腕を振り払い、膝の上から飛び降り、着地とともに床を蹴る。 意識の隙を突いた完璧な不意打ち。 ポットを片手に即座に反応できなかったユーリへと容赦なく突進を敢行する。

「………!」
「ふぐっ!?」
「ユイちゃん?!」

鳩尾で幼女の突進を受け止めるハメになったユーリは、耐えきれずユイとともに床へと倒れ込んでしまう。 ユーリがクッションとなったためにユイは怪我はなく、ホッと胸をなでおろすのもつかの間、シィの悲鳴が響いた。

ワタワタと慌てるシィの足元には、先ほどまでユーリの手にあったティーポットが転がっており、そして、濡れた衣類や髪の毛から滴る雫から何が起こったかは一目瞭然だろう。
仮想空間故に痛みは《ペインアブソーバー》によって、シャットアウトされるが、それも完全に、というわけではない。 特に温度は遮断するわけにはいかない。 とりわけ、痛みに近しい感覚を味わうこととなる炎系の攻撃ははもっとも食らいたくない攻撃の1つとしてランクインしている。
というわけで熱い液体を頭から被れば、火傷こそしないものの熱いし、びっくりする。 一通り慌てたシィは、ゼェハァと荒い呼吸を繰り返し、

「…………な、なぜ私に」
「天罰だろ」
「理不尽過ぎる!」

ユーリの冷たい切り返しに怒りの声を上げるが、ユイをしっかり抑えていなかった自分にも責任の一端はあるためだけに、ついてなかったと諦める。 ストレージからタオルを取り出して拭くもべったりとした不快感は拭いきれない。

「アスナママー、お風呂かしてー」
「……ママって。 ちょっと待っててね」

ユーリの尻尾を狙おうとするユイを彼から引き剥がしつつ、再びシィの腕の中に捕える。 未だ諦めきれないユイの頭を撫でて、宥めつつ既に外は陽が暮れ始めてきていることに気がつき、シィの脳裏に名案と閃く。

「あ、そうだ。 ユイちゃんも一緒に入る?」
「うん! しぃとママと一緒に入る!」
「そうだね、じゃあ三人で入ろっか」

すっかりと意気投合した二人は、男子二人を残してアスナが準備をしているであろう浴室へと赴く。 長湯のし過ぎでバッタリと倒れてキリト達を慌てさせることとなるのはもうしばらく先である。


ーー◇ーー◇ーー


「うぅー……頭がずんがずんがするです」
「はぁ……」

そう呻く相棒を背負いながら、呆れを多分に含んだ息を吐き出す。
女性のお風呂は長いと聞いたことがあるが、まさか長湯のし過ぎで、のぼせるとは予想だにしていなかった。 浴室からようやく出てきた時には、ほとんど死に体でリビングのフローリングにばったりと倒れられた時は、流石に慌てざるを得なかった。 だが一応、寝間着に着替えるだけの余力と理性が残っていただけはまだマシと思えた。

「うへぇ……頭、痛い……」
「自業自得だ、馬鹿」

のぼせたことによる体調不良(バッドステータス)なのか、頭痛を訴えるシィを背負い直す。 さすがにキリトたちのホームに体調不良者三人を置いておくわけにもいかず、こうして動けないシィを家へと運んでいるわけだが、今は冬の初め。 時折、頬を撫でる風は冷たいが《裁縫スキル》完全習得者が編んでくれたセーターは店買いの物よりよほど防寒にも優れており、加えて背中越しに伝わる温もりのおかげで体感はそれほど寒くはない。

一応、シィにも上から厚手のコートを被せてあるので大丈夫なはずだが……

寒くはないだろうか? 自分よりも幾分か小さな体を背負いながら、あれこれと考えていると何かが頭に触れる感触。 ペタペタと触ってくるそれは寒さに震える犬耳へと伸ばされ、ふにふにと優しい手つきで弄り始める。 温かな手のひらが柔らかな毛に包まれた耳へと触れ、一旦寒さは和らぐが撫でられる度に感じるこそ痒さはさすがに看過できない。

「落とすぞ」
「えー……もうちょっとだけ」
「はぁ……」

忠告の声を発すれば、背中越しに不満げな声が返ってくる。 痛みが和らぐから、などと言われてしまえば、止めさせるわけにもいかず、今だけはシィのなすがままにされておくとする。 だが、それも少しの間だけ。 いつしか犬耳を弄っていた手はぴくりとも動かなくなり、代わりに小さな寝息が聞こえてくる。

「……寝たか。 まったく、ほんと自由な奴」

ひとりごちると自分の背中に体を預けて眠るシィをなるべく起こさないように気をつけながら、背負い直す。
既に外は暗く、冷える冬の夜を出歩く物好きは他に居らず、自分達以外に動くものはいない。 なんとなしに空を見上げるが、そこには岩と鉄の蓋があるだけで現実で見られるような星はなく、無機質な闇が広がっている。 唯一の光源たり得る外周部から差し込む月明かりも行く先を照らすには心許ない。 その様子はまるで先の見えないデスゲームのよう……

「必ず、帰ろうな」

彼女に聞かせるわけでもなく、ただ一言呟く。
いつ死ぬかわからないこの世界で俺はただ平和な日常を願い、現実へと帰還することを夢に見続け、前へと進み続ける。

ーーただシィと共に帰るために。
 
 

 
後書き

犬耳と尻尾は、AIすらも魅了する。
というわけでサービス回? お風呂シーン、知らんな。


 

 

秘めたる想い

 重い瞼を持ち上げると視界一杯に血のような紅に染まった空が広がっていた。
 既視感のある光景に、すぐにここがどこであるのかを、思い出す。

ーーゲームがログアウト不可・ゲームの死=現実の死となった日。
ーー仮想空間が現実と等しくなった日。
ーー茅場 昭彦によって、始まりの街に集められた約一万人のプレイヤーに非情な宣告がされた日だ。

広場中に響く一万人近いプレイヤーたちによる激情や絶望の感情が入り混じった怨嗟の大合唱。 吐き気すら覚えるなかで、自身の名前を呼ぶ掠れた声がはっきりと聞こえた。

 オイルの切れた機械のように緩慢とした動作でそちらに視線を向けるとそこに居たのは初期の布系の装備で身を固めた幼馴染の姿。 そこにいつもの笑みはなく、目の前に広がる絶望に身体を震わせていた。

 青褪めた頬に透明な雫が伝うのを見て、ギシリと何かが砕ける音がした。
 上空に佇む仇敵である紅いローブをありったけの怨嗟を込めた視線で睨みつける。

 ーー絶対に、許さない

◇

「ーーリ、起きて。 おーい、起きろーケモミミ〜」


 名前を呼ばれ、べしべしと叩かれ、意識を覚醒させるとそこはあの広場ではなく、見慣れた天井。 どうやら、懐かしい夢を見ていたらしい。 もっともその内容はさっそく悪夢のようなものだったが。

 寝起き特有の倦怠感のせいでぼんやりとしていると、自分が起きたことに気がついていない幼馴染が腕を組み首を傾げていたかと思えば、ハッと何かを閃いたのか掌を打った。

「もしかして今って思う存分モフれるチャンスなのではアイタァッ!?」
「……お前は朝からなにを言っているんだ」

 勢いが乗ったチョップが脳天に炸裂し、ベットから転げ落ち涙目で蹲るシィを見て、怒る気すら消え失せる。 「起きてたなら言ってよね!?」と瞳を潤ませ、抗議してくるが元はと言えば、原因は向こうにあるので謝るつもりはない。

 しかし、シィが起こしに来るとは珍しい事もあったものだ。
 いつもなら先に起きた自分が朝食の準備をしていると、シィが寝癖をつけたままの状態で起きてくる(詳しい事は彼女の名誉のために省く)のだが、今日はいったいどう言った風の吹きまわしだろうか。

 布団から覗く尻尾へと伸びる手をはたき落としつつ、そのあたりを訊ねてみれば、キラリと瞳を輝かせた彼女が機敏な動作で立ち上がり、窓から覗く景色を指差す、


「今日は月一度あるかどうかの快晴! これはダンジョンに篭ってる場合じゃないよね!」
「まぁ、確かに……それで?」
「というわけで。 ピクニックに行こう!」
「……さいですか」
「というわけで、お弁当よろしくね〜〜!」

それだけ言うとドタタッと慌ただしく部屋を出て言ってしまう。 何年経っても、あいつの突拍子もない行動を予測出来た試しがない。 幼馴染に振り回されぱっなしの運命を呪いつつ、 ベットから飛び降りる。

「さて、弁当は何にするかなぁ……」


 ◇

時刻は昼過ぎ。
 あの後、どいうわけかキリトやアスナを誘い、湖の畔へと赴いていた。空になったお重を片付けつつ、湖の方へと視界を向ける、湖面に糸を垂らすキリトをシィが興味深そうに眺めていた。 珍しい取り合わせだけに、どんなことを話しているのか気になり、犬耳をそば立てて、《聞き耳スキル》を発動させてみた。 周囲の音がクリアに聞こえてくる。

「ほら! そこ! 魚!」
「馬鹿っ!? 槍を投げようとすんじゃねぇ! 魚が逃げるだろ!」
「一匹も釣れてない人がなーに言ってんですかねぇ?」

「……なにやってんだ、あいつら」

繰り広げられるお馬鹿なコントに思わずため息が溢すとすぐそばから、くすくすと控えめな笑い声が聞こえてくる。 芝生の上に足を伸ばし、寛いだ格好のアスナが背中を丸めるようにして笑いを堪えていた。

「……笑ってないで、助け舟出してやったらどうだ?」
「キリト君なら大丈夫だよ」

笑いの余韻を残したアスナがストレージからティーポットを取り出しお茶の準備をし始める。 琥珀色の液体が注がれ、湯気の立つカップが差し出される。 ありがたく受け取る。 温かいカップを両手で包み、フーフーと冷ましていると柔らかな笑みを浮かべたアスナと目があった。

「……なにか?」
「いや、ユーリ君って意外と子供っぽいな〜」
「悪かったな、ガキで……」
「悪い。意味じゃなくて、子供っぽくて可愛いって意味だよ」
「フォローにみせかけた追い討ちはやめてくれ」

思わずそっぽを向いてしまうのも、我ながら子供っぽいと思ってしまう。
慌ててそんな事ないよーとフォローしてくれるが、緩んだ表情と見つめてくる瞳は完全に手間のかかる弟を見るソレである。 居心地の悪さを紛らわすようにずずずっと音を立ててお茶を啜っていると、アスナは視線を陽の光を浴び胸元で輝く水晶のネックレスへと向けていた。


「……今日は、誘ってくれてありがとね」

不意打ち気味に向けられた笑みは、少し前の、『血盟騎士団副団長』としての彼女からは想像もつかない優しげで思わずどきりとさせられる。

「……礼なら、シィの奴に言ってくれ」

誤魔化すように呟くと、盛大に視線を逸らす。 その様子を見て、ふふと小さく笑ったアスナは膝を抱えて丸くなる。 チラリと視線を向けるも栗色の髪の毛に隠されその表情は窺い知れない。

「……ユイちゃんがね、「ママたちにはいつも笑っていて欲しいです」って。 だから、私は泣いて、立ち止まっていられない。」

我が子のように愛した子共を失った悲しみはそう易々と忘れられるものではない。 だが、アスナはそれすらもバネにして前へと進もうと言うのだ。

「それにね。キリト君が時間はかかるかもしれないけどユイちゃんのデータを復元出来るかもって……だから、私は絶対にこのゲームをクリアしてみせる!」
「……そう」

上層を見上げたアスナの力強く紡がれた言葉に、相槌を打つ。
いつの間にか釣りを楽しんでいたはずの二人が、釣竿と銛でチャンバラを繰り広げているのを見るなり、「あの二人は……!」とレイピアを片手に駆け出した背中を見送る。
一人取り残され、他人の目を機にすることがなくなりごろりと仰向けに寝転がる。

キリトたちにあの黒髪の少女ユイの真実を聞かされたのはつい最近のことだ。
彼女のステータス表示が通常と違ったのも、プレイヤーカーソルが出なかったのもバグではなく、仕様。 メンタルヘルスケアプログラム(MHCP)というプレイヤーの精神状態を確認し、問題があればそれを解決するプログラムAIであったらしい。 というのも、ゲーム開始直後にGMによってプレイヤーへの接触を禁じられたため、本来の役割を果たせず、そして負の感情に触れ過ぎ、バグを蓄積させてしまう。

そして、命令違反をした彼女がカーディナルに削除される瞬間、システムに割り込んだキリトがユイを構成するコアプログラムをカーディナルから切り離すことに成功したらしい。

ーーユイちゃんのためにも、絶対にこのゲームを、クリアしなきゃ

そう意気込んでいたアスナを思い出し、シィの懸念は杞憂だったと思う。
どうせ、ユイが居なくなって気落ちしているだろうところをリフレッシュさせてやりたかったのだろうが、前を進むと決めた彼女たちには必要なかったのかもしれない。

次のボス部屋は第75層。 第25層、第50層に次ぐ、第三のクォーターポイントであり、第50層の時よりもはるかに厳しい戦いが待ち受けているだろうことは予想がつく。 だが、現実に帰るため、勝たなければならない。 穏やかな日常で緩んだ決意を固め直し、起き上がった時、鈴の音色がメッセージの着信を報せた。

いつの間にか、空に澄んだ青は薄く灰色の雲がかかり、吹く風はいがらっぽい
不穏な気配を感じながらも、その内容を目に通し、俺は言葉を失った。






ーーー第75層ボス部屋偵察部隊、全滅





 
 

 
後書き
ーーー内に秘めた想いが、綺麗で甘酸っぱいものとは限らない。

というわけで、ユーリ君がSAO で最前線で戦う理由づけ&第75層ボス戦のフラグが建った!
 

 

ー破滅への序曲ー

『偵察隊全滅』という報せを受け取った翌日には、攻略組に席を並べるギルド、及びソロプレイヤーたちから選りすぐりの高ランクプレイヤーを選出し、短期決戦が決行されることが決まった。

 本来ならば、ボスアタックは何度も偵察部隊を出し、ボスの行動パターンを割り出してから行われるべきなのだが、第75層ボス戦――第三のクォーターポイントは、今までと仕様が違う。 転移脱出不可、そして一度入ったら最後、ボスかプレイヤー……どちらかが死ぬまで出ることは叶わない。 緊急離脱ができた今までとは違い、 プレイヤーへの殺意溢れる変更に攻略組の面々は気を引き締め、同時に命がけのデスゲームであることを実感した。

 そして死闘への準備が進められるなか、ユーリたちは馴染みの武具店へと足を運んでいた。



 第49層『リンダース』に店を構えるリズベット武具店の店主リスベットは、カウンターに置かれた大鎌とその情報が表示されたウインドウを見比べ、うへっと苦言を零し、形の良い眉を寄せた。

「銘は『魔剣 ハルペー』。 『異形(モンスター)』に対して、ダメージ超増加って……また見たことない効果があるわね。 しかも、魔剣クラス(最高ランク)とか」

 それを見て、にゃははと楽しそうに笑う件の武器を持ち込んだ張本人――シィ。 実は歴史や神話に詳しいシィによると、この武器(ハルペー)は英雄ペルセウスが怪物《ゴルゴーン》の首を切り落とした不死殺しの魔剣をモチーフにしているらしい。 本来は刃の部分が鎌のように湾曲した剣らしいが、大鎌なのはゲームの拡大解釈故だろうと推測する。 


「こんな武器を入手できるクエストってそんなのあり? 性能からして、完全に生産職プレイヤーに喧嘩売ってるんですけど!」
「まぁ、ボス戦には間に合ってよかったよね〜」
「いやまぁそうだけどさ。 そこに一匹、ダウンしてるんですけど……」

 言いつつ、壁際に椅子を寄せてうつらうつらと舟を漕ぐ犬耳を生やしたプレイヤーを見る。 シィ曰く、件の大鎌は徹夜でクエストを進めた挙句、最後に中ボスクラスのモンスターを倒して手に入れたものらしい。 片や今にも眠りに落ちそうなほど疲弊し、片やボス戦明けとは思えないほどハイテンションだ。 苦労の底が知れないユーリに内心で労いの言葉を投げかけつつ、改めてシィを見やる。

「で、こいつの強化はどういった割り振りにするの?」
「んー。 丈夫さ三割に、鋭さ七割で。 素材は持ち込みで、足りない分はお願いね」

『丈夫さ』は武器の耐久度が上がり、『鋭さ』は武器の切れ味が上昇し、部位破壊の確率が上がる。 他にもクリティカル補正が上がる『正確さ』や単純に武器の重量が大きくなる『重さ』などがある。
 オーダーとともに、皮袋にどっちゃっりと詰められた強化用素材を前にして、思わず頬が引き攣る。 『最高ランク(魔剣クラス)』の武器となれば、強化施行回数は10や20では済まない。
 加えて、武器の強化は100パーセント成功ではなく、武器のステータスが下がってしまう『失敗』も確率上、存在する。 もっとも、鍛冶師の熟練度や強化素材によって、成功確率を最大95パーセントまで上げられるが。

 しかし、5パーセントというハズレがあるギャンブルを何十回も連続で続けるのは本当に苦難である。

 新たな相棒を任してもらえるのは鍛冶師として名誉なことだが終わった頃、私は無事だろうか……精神的に

 しかし、避けては通れない道であることは明らかであり、私のいい加減な仕事が原因で持ち主が危険な目に会ったらきっと立ち直れないだろう。

 ふぅ~と大きく息を吐き、覚悟を決めるとニっと広角をあげ笑みを作る。

「……まったく。 今度、美味しいものでも奢りなさいよね」
「イエス、マム!」
「……ほんと、あんたってそういうところは調子いいわね」
「それが私のとりえだからね~」


 ビシッと敬礼のポーズをして、元気よく返事するシィに毒気を抜かれる。 他に注文がないことを確認し、素材の入った袋を片手に工房へと向かおうとした時、丸椅子に腰掛けた状態でこくりこくりと不安定に揺れるユーリが見えた。

「おーい、そこのわんこ」
「…………。」

 言葉の代わりに、ぴくぴくと犬耳を前後に動かして返事をするわんこ――もといユーリ。 わしゃわしゃと撫でたくなる衝動を必死に抑え、言葉をかける。

「よかったら、そこの揺り椅子使ってもいいわよ」
「…………ん」 

 窓側にある揺り椅子は、ちょうど今の時間帯なら暖かい日差しが差し込み、昼寝するなら絶好の場所だろう。
 本来ならば、お気に入りの場所を誰かに使わせたくないが、明日には苛烈な戦いが待っているから、しっかりと休ませてやりたいと思っただけだ。 決して他意はない。
 んみゅ……と謎言語で返事をしたユーリは犬耳をへたりと倒したまま立ち上がりフラフラとしながら、揺り椅子へと移動する。 寝やすい体勢を取ると、安心したように表情を緩ませ、すぐに寝息をたて始めた。
 シィはと言えば、私が淹れたコーヒーと自前のお茶請けをお供に、裁縫作業に没頭している。

「……妹や弟が出来たらこんな感じなのかしらね」
「ん?……何か言った?」
「なんでもないわよ。 さて、私も仕事しますかね!」

 
 

 
後書き

なぜか話を書くとほのぼの系ばっかりなのはたぶん犬耳のせいです 

 

ー いざ、決戦へ ー

場所は第75層の主街区の転移門がある広場。
時刻はお昼を少し過ぎた頃。
石段に腰掛けて座る私とユーリを行き交う人々が二度見して通り過ぎていくのもかれこれ10回目だ。
中には、立ちとまりじっと眺めてくるデリカシーのない連中もいた。

ボス戦が開始されるまで一時間弱あるな、と頭で考えつつ手を動かす。 灰に銀粉をまぶしたような不思議な色合いの髪を一房手に取ると、ブラシで髪を梳き、三つ編みに編んでいく。 髪の毛を編まれているのはユーリであり、そのユーリが借りてきた猫のように大人しいのをいい事に、黙々と進めていると、髪の毛と同色の獣の耳がピクピクと小さく動いた。
その直ぐ後、転移門から新たに現れた一団がガチャガチャと鎧を鳴らしながら広場へと踏み入れてくる。 このワンコはどうやら人の往来にも敏感らしい。
高性能な犬耳に関心していると二人分の足音がこちらへと向かってくるのに気がついた。

トンダ失礼な輩もいたものだ、と呆れ半々。邪魔者の出現に怒り半分。
殺気を込めた視線を上へと上げた私は、珍しい顔ぶれに目を丸くしたのだった。

「よぉ、嬢ちゃん。 元気してっか?」

と頭の赤いバンダナがオシャレな(ダサい)野武士面のクライン

「相変わらず仲がいいようだな」

とバリトンボイスが耳に心地よいのは、スキンヘッドな戦士姿が様になっているエギルだ。

前回のボス戦からの再会だから、かれこれ一週間以上顔を合わしていなかったことになる。

「なんだ生きてたのかお前ら」
「相変わらず手厳しいなぁ、ユーリの字はよぉー」

孫か親戚の子供にそうするように頭を撫でようとクラインが手を伸ばすが、ユーリによって容赦無くはたき落とされる。
哀れクライン、好感度を上げてから出直して欲しい。

クラインがイッテー、と手をさする横で私とユーリを交互に見たエギルが呆れたようにため息を零した。

「で、お前さんらは何やってんだ」
「暇つぶし」

……文頭に「ユーリで」がつくが。 もっともそれを言うとユーリがキレるので口が裂けても言えない。
諸々の事情を察したのか、エギルはユーリの様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
艶やかな銀の髪の毛を腰に届くほどに伸ばした格好で、石段に腰掛けていれば絵になるというもの。 加えて、心機一転、野暮ったい黒のローブから萌葱色の羽織りにそれに合わした和装に変えたこともあり、お人形のように見えるのは私だけだろうか、いやない。

とはいえ、普段のユーリなら人形の代わりみたいな事をさせてもらえない。

「で、嬢ちゃんは今回はどんなマジックを使ったんだ?」
「なにおう!? 私が悪者みたいな言い方あ!」

本当かよ、と怪訝な視線が突き刺さる。

「どうしてこいつはこんなに大人しいんだよ」
「装備を『メイド服にしてあげるね☆』って提案したら、喜んで髪結わせてくれたよ!」
「「え、えげつねぇー」」

揃って非難の声を上げる二人に、ユーリがコクコクと無言で頷いた。
完全に私が悪者の空気だが、少し待って欲しい。 メイド服を着た犬耳が、刀を片手にボスに切った張ったを繰り広げる。 さぞかしボス戦は盛り上がるだろう。 と提案してみたところ非常に微妙な表情を浮かべられた。

「カオスかよ」
「カオスだな」

おそらくメイド服を着たプレイヤーが暴れまわる様子を想像したのだろう。 二人が意味深に呟くと、ユーリを哀れなものをみる視線で見下ろした。

「な、なんだよ」
「いやお前さんも苦労してんな、って」
「嬢ちゃんも相方を労ってやれよ? そのうち愛想尽かされるぜ? それが家庭円満の秘訣だ」
「くっ、言葉の重みが違う……て言うか、労わるのは夫であって、逆だよね!?」


喧々囂々。 喧しくも楽しい時間は、あっという間に過ぎて行く。 途中合流したアスナにユーリが犬可愛がられるハプニングこそあったが平和そのものだった。 とてもこれから死地に赴くとは思えないほどに。 今の時間が永遠に続けばいいとさえ思ったりもした。

しかし、時間は無情にも進む。

そして、時刻1時半。 第75層ボス攻略が開催される時間がやってきた。
回廊結晶によって、一団ごとボス部屋の前まで転移しており、緩んだ雰囲気はなく、空気が冷たく張り詰めている。

相棒のユーリでさえも、少し近寄り難い雰囲気を醸し出し、大扉の奥で待ち受けているであろう敵を睨みつけていた。
そんな彼を見て、ユーリが手の届かないところに行ってしまうような言いようのない不安と寂しさに駆られる。
気がつけば、空いた手がそっと着物の袖を掴んでいた。

「……ねぇ、ユーリ」
「ん?」

単純に私の神妙な様子に疑問を持ったのだろう。 首を傾げると、言葉の先を促してくる。

「このボス戦が終わったら、さ」
「お、おう」

一拍置き、続く言葉を満面の笑みとともにぶちかました。

「ーープロボーズしてね?」
「死亡フラグじゃねぇか!!」

ピンと犬耳を立たせてツッコミをするユーリの様子がおかしくて、安心出来て、体の強張りが解けていく。
私のふざけ癖は、ただの強かりだ。 ずっと一緒にいるユーリもそれを理解しているのだろう。 額に手を当て、深いため息を吐き出すがそれ以上は何も言ってこない。

「……あはは、って痛ったぁ!?」
「自業自得!」

せいぜい頭をはたかれたくらいだ。

「よーーし! やる気でた! 悪魔でも、ドラゴンでもドンと来い!」
「あぁ、もうどうにでもなれ!」

私の隣でユーリがヤケクソになって叫ぶ。
ボス部屋と迷宮を隔てる大扉が開け放たれ、ヒースクリフの号令が掛かる。

「行くぞ、皆! 戦闘開始!」

差し出された手のひらを握り、漆黒の闇が満たす室内へと雪崩れ込むレイドメンバーに私たちも続いた。
 
 

 
後書き
ユーリの影が薄過ぎて、正直シィちゃんが主人公じゃないのだろうかと思う今日この頃です。
まぁ、ヒロイン=女主人公って意味だから、あながち間違いじゃないよね!

と言うわけで、次回第75層ボス戦となります。

ではまたノシ

誰か自分に速筆のパフかけてくれーー!(切実
 

 

ー 屠ルモノ ー

始めの犠牲者は、逃げ遅れた壁役のプレイヤーだった。

一団がボス部屋内へと、突入しボスの出現を待っていると湾曲して遥か頭上で閉じた天井で待ち伏せしていたモンスターに奇襲を受けたのだ。

ーー《ザ・スカルリーパー》
それは巨体の鎌を持った、伽藍堂の眼に敵意の炎を燃やす巨大な骨のムカデだった。
目を見張るほどの巨体が、脚を広げての落下。 途中撤退不可、という状況が判断を遅らせたのかもしれない。
落下時の衝撃に巻き込まれ、転倒したプレイヤーが背後から致命の一撃を受け、あっけなく死んだ。

強大な敵の攻撃を防ぎ、受け止める壁役は他のプレイヤーに比べ、防御力もヒットポイントも比べものにならない。 例えボスの攻撃をノーガードで受けたとしても、一撃、二撃は耐えるだろうと思われていた。

しかし、目の前で起こってしまった最悪の現実は攻略組に少なくない混乱と恐怖を与えた。

ーー二人目の犠牲者は、致命の一撃をうけそこない呆気なく死んだ。

ーー三人目、鎌で掬い上げられ甘くなったガードの隙から槍状の尾骨に貫かれて死んだ。

仲間だったポリゴンの欠けらが薄暗い室内を照らす。
瞬く間に散っていったプレイヤー達を嘲笑うかのようにスカルリーパーは雄叫びをあげる。 彼らが今まで戦ってきたモンスターとは文字通り格が違う。 むしろ、逃げ出し恐慌状態にならなかったのは、奇跡だ。
圧倒的に不利な状況。 だが、諦めない者もいる。

「ーーGAuuuuuA」
「好き勝手させて、たまるか!」

円陣を組み、スカルリーパーと対峙する一団からプレイヤーが一人、疾駆する。
僅かな光源に照らされ、鈍い銀色の光を放つプレイヤーは振り下ろされる大鎌を尻尾を揺らし、避ける。 スカルリーパーの攻撃を掻い潜り、ついに射程範囲に本体を捉えた。

「プレイヤー、舐めんじゃねぇ!!」

銀光一閃。 神速と謳われた一撃が絶望的な空気諸共スカルリーパーを切り裂いた。初めてボスのHPバーが減少する。
だがしかし、巨体なボスエネミー。 加えて斬撃系統のダメージが通り難い骨系のモンスターが相手だ。

「浅いか……!」

大技の反動で動けないユーリめがけ大鎌が振り下ろされる。 壁役さえも一撃で屠る攻撃だ。 軽装備の彼に当たれば、絶命は免れない。

『GYAAAAAAAAA!」
「ちっ、あんま効いてないな。 シィ!」
「あいよ、まっかせてー!」

後方から響く明るい声とともに飛来した槍が振り下ろされる鎌の側面を叩き、狙いが僅かに逸らされる。 数十センチあけて着弾した鎌の切っ先を顔色ひとつ変えずに見送ると、スカルリーパーへと果敢に斬りかかる。

一撃目の攻撃は相棒の援護でいなした。 だが鎌は二本あった。 狙いを凍りついた一団へと向けないために果敢に切り込むユーリへと振り下ろされると、その真下に飛び込む影があった。 ヒースクリフだ。 巨大な盾は、衝撃音と火花を撒き散らしながら、鎌を迎撃する。

「ユーリ君、君は攻撃に専念したまえ。 鎌は私が防ごう」

片方の鎌を抑え込んだヒースクリフが視線だけを向けてそう言い放つ。 その後ろでは一足遅れたキリトとシィが攻撃に加わり、ようやく呪縛が解けた一団が雄叫びを上げ、武器を構えてスカルリーパーに向かって突撃する。

「ーーアスナ!」
「キリトくん! 一緒に! 」

キリトとアスナ。完璧にシンクロした二人の剣がスカルリーパーが二筋の光芒を描き、鎌へと命中。 敵の攻撃を弾き返した。 怯んだスカルリーパーに強烈な一撃を与えたユーリが背後に向かって叫ぶ。

「スイッチ!!」
「ハァァァァァァ!!」

後ろに下がるユーリと入れ替わるようにして、大鎌に持ち替えたシィが突撃する。 唸りをあげて振るわれる大鎌の軌跡が薔薇の紋様を空へと刻む。

「オニキスローズ!!」

漆黒の薔薇(オニキスローズ)を意味するソードスキルがスカルリーパーの頭部に炸裂し、骨で構成された上体がふらついた。
刀身に刻まれた紅いラインが血を求めるかのように脈動する大鎌ハルペー。 ハルペーの特殊能力である異形特攻はスカルリーパーに対し、絶大な効果を発揮していた。
体勢を崩したところにさらに追撃を受け、スカルリーパーの巨体が横倒しに転倒した。
状態異常の一つ、転倒(タンブル)。 この巨体だ、数十秒は動けないだろう。
この好機を逃さないはずがなくアスナが細剣を指揮棒のように振るい、叫んだ。 それに一団は雄叫びを上げて答えた。

「畳み掛けて!」

「ォォォォォォォォォォ!!」

スカルリーパー何するものぞ。 起き上がれずもがく骨百足に色とりどりの光を纏った武器が叩きつけられ、ヒットポイントを削る。

「喰らいやがれっ!」
「ウォォォォォ! 仲間の仇い!」

ランスが骨を抉り、戦槌が砕く。
一歩間違えば全滅もあり得る綱渡りのような戦況で仲間の死すら力に変えたプレイヤーたちが徐々にボスを押し始める。
しかし、僅かな希望すら砕こう転倒状態から復帰したスカルリーパーが憤怒の咆哮を上げる。

「正面は私たちとA隊が抑えます! 残りはは左右に分かれて、脚を止めてください!」

敵の攻撃の隙間に血盟騎士団の副団長としての面影を見せるアスナが鋭い指示を飛ばす。
プレイヤー側の最高戦力と今までの中で最悪の敵。
命をとした 両者の死闘はひとりのプレイヤーによって予想だにしない結末を迎えることなる。
 
 

 
後書き
思いもよらない結末……いったいなにがおこるんだー(棒読み

このスカルリーパー戦とその後の展開は先輩方に粗方掘り尽くされてますがそれでも原作の大筋の流れに乗りつつ、新たな切り口を見つけられればなー、と思いつつ書いております。

しかしこんなシリアスな場面よりハロウィン書きたい(本音
脳味噌空っぽにして、『トリックオアトリート!』な短編でも書きたいのです!

……ちょうど犬耳尻尾が付いてるコスプレ紛いな主人公もいることですし